もし鬼滅の刃に本物のガチ鬼がいたら   作:物体Zさん

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会うだけなら、行ってみようかのう

 

 

  ――鬼の出没。

 

 報が届いたのは、朝霧の立つ頃だった。

 場所は、藤の屋敷から北へ二里半。崖下に流れる黒谷川の渓谷沿い、かつて捨てられた山寺の跡。

 

 そこには、幾人も消息を絶ったとされる谷底の社があり、「夜に祈りを捧げる者が消える」という怪談が村に残っていた。

 

 

 

 縁壱は道場を出ると、すぐに蔵から日輪刀を選び取った。

 その鋒は淡く陽の気を帯び、手に馴染む感触がある。

 

 「……全集中」

 

 すぅと息を吸い、吐く。

 

 常中。呼吸は既に骨と血肉に染み込んでいた。

 その背に、数名の隊士たち。先頭には、炎柱の家系に連なる煉獄寛寿郎の姿がある。

 

 

 

 森を抜けると、斜面に差しかかる。

 縁壱がふと足を止めた。

 

 「……来ます」

 

 その瞬間だった。

 

 草木がざわりと音を立て、黒い影が谷底から跳ね上がる。

 

 

 

 鬼。

 

 四つん這いのまま、岩肌を裂きながら斜面を駆け上がる。

 赤く光る双眸、腕よりも太い爪、何より腐臭の混ざった“血の塊”のような気配。

 

 

 

 縁壱は何も言わなかった。代わりに、前へ出た煉獄が踏み込む。

 

 「――炎の呼吸 壱ノ型《不知火》!」

 

 地を蹴る音と同時に、火花のような閃きが迸る。

 前傾からの連続踏み込み――斬撃は炎の形をなぞるように鬼の胴を焼き裂いた。

 

 「ギャアアアアアァッ!!」

 

 断末魔が木霊する。鬼の肉がただれ、焼ける。

 だが首は落ちていない。鬼は斬られた腹から再生しながら、煉獄に跳びかかろうとする。

 

 「左!」

 

 縁壱の指示と同時に、もう一人の隊士――風の呼吸を使う少年が動く。

 

 「風の呼吸 弐ノ型《爪々・科戸風》!」

 

 逆巻く風の爪が、鬼の腕を絡め取るように裂いた。

 鬼がよろめいたその瞬間、縁壱が地を蹴る。

 

 

 

 「日の呼吸 壱ノ型《円舞》」

 

 まっすぐな太陽の軌道――それは円を描くように伸びた刃だった。

 

 一拍の間もなく、鬼の首が斬り落とされる。

 再生が追いつかない。首が地に落ちる前に、刃がすでに鞘へと戻っていた。

 

 鬼は燃えるように、黒い灰となって崩れた。

 

 

 

 静寂が戻る。

 隊士たちが息を呑む音、風に揺れる木の葉。

 

 煉獄は肩で息をしながら、縁壱に問うた。

 

 「……今の、技。あれが“日の呼吸”か」

 

 「はい。……けれど、俺にしか使えません。骨格と呼吸の器が違う。

 あなたには、“炎”の型が合っている。もっと、燃やすように――魂が熱くなるように」

 

 煉獄は、黙って頷いた。

 

 あの一瞬で、何かが伝わったのだ。

 技ではなく、“心”が。

 

 

 

 一方その頃――

 

 藤の屋敷の縁側では、タケシが湯を沸かしながら、何やら眉をひそめていた。

 

 「……ふむ、ようやっとるのう」

 

 手元の茶器は放ったまま。

 風が匂いを運んでくる。血と、鉄と、灰。鬼の滅ぶ気配。

 

 「……あの煉獄の小僧、やるようになったわ」

 

 陽が隣でちょこんと座って、耳をすませている。

 

 「たけちー、こえ、きこえるの?」

 

 「聞こえるというより……鼻がきくんじゃ。くっさいのが遠くで消えたら、それでわかる」

 

 「くさいの、きらいー」

 

 「わしもじゃ。……けど、それを消せるようになったら、人間ちゅうのも捨てたもんじゃない」

 

 

 

 空を見上げたタケシの目に、鳥が一羽、東へ飛んでいくのが映った。

 その羽音が、風の音に混ざるように、すぅと消えていく。

 

 人が人の手で、鬼を滅ぼす日が来る――

 

 その“始まり”の朝が、いま確かに昇りつつあった。

 

 

 鬼の肉が焼けて崩れ落ちたその後。

 谷底に戻った静寂は、なぜかひときわ澄んで感じられた。

 

 風が抜ける。

 縁壱は鞘に刀を納め、散った鬼の灰に頭を垂れた。

 

 「……命を断つのは、いつでも重い。けれど、今は“守った”と思えます」

 

 背後で、煉獄寛寿郎が深く頷いていた。

 肩で息をするその顔には、初めての“勝利”と“確信”が宿っていた。

 

 「……縁壱殿」

 

 「はい」

 

 煉獄は数歩前に進み、まっすぐ縁壱を見つめた。

 

 「今、俺は確信しました。あなたの力が、そしてあなたが広めた“呼吸”が――この国の、未来を変えると」

 

 縁壱は何も言わずに目を伏せた。

 

 「そこでお願いがあります。……あなたも、鬼殺隊に加わっていただけませんか?」

 

 「……俺が、鬼殺隊に?」

 

 「はい。いえ、まずは、鬼殺隊を率いるお方――“御館様”にお会いしていただきたいのです。

 あの方なら、あなたの力を正しく受け止めてくださる。……どうか」

 

 縁壱は少しだけ迷うような表情をしたが、やがて静かに頷いた。

 

 「……会うだけなら、いいでしょう」

 

 

 

 藤の屋敷に帰り着いたのは、日も傾き始めた頃だった。

 

 縁側に座っていたタケシが、陽を抱えながら出迎える。

 

 「おかえり。匂いからして、倒したんじゃな」

 

 「はい。みんな、無事です」

 

 「そうか、ようやったの」

 

 縁壱は少しだけ困ったように頭をかいた。

 

 「……あの、ひとつ、ご相談が」

 

 「ほう?」

 

 

 

 その夜。

 

 食卓を囲んだ縁壱とタケシ、そしてうたと陽。

 縁壱は、今日の戦いと、煉獄の言葉を包み隠さず話した。

 

 「俺に“鬼殺隊に入らないか”と。……そして、“御館様”という方に会ってみてはどうかと」

 

 タケシは腕を組んで、ぽりぽりと頬をかいた。

 

 「ふむ……なんや、話が大きゅうなってきたのう」

 

 うたが微笑む。

 

 「けど、タケシさん。あなたが“育てた”人が、今こうして、誰かの命を守ろうとしている。……なら、その先にいる人たちとも、ちゃんと向き合ってもええんやないですか?」

 

 陽がぽん、と縁壱の腕に触れて言った。

 

 「にぃに、いこ?」

 

 縁壱は目を細めて笑った。

 

 「……うん。行ってくる」

 

 

 

 その数日後。

 

 藤の屋敷を後にした一行は、荷を軽くまとめ、産屋敷家の屋敷へと向かった。

 

 背を押すように咲く藤の花の香。

 タケシは屋根を振り返り、ひとつだけ、ぽつりと呟いた。

 

 「……家族で出る旅っちゅうのは、いつぶりじゃろかの」

 

 

 こうして、物語はまたひとつ、大きな節目を迎えることになる。

 

 産屋敷の屋敷は、静かな場所にあった。

 街からも離れ、藤に囲まれた広大な敷地。門をくぐると、竹の林を抜けて石畳が続いていた。

 

 四人で歩く音だけが、庭に響いた。

 

 タケシは歩きながら、ちらと周囲に視線を走らせる。

 

 「……ふむ。やけに静かじゃの」

 

 「鳥すら鳴いていませんね」

 縁壱の言葉に、うたも小さく頷いた。

 

 「音が消されているような……境に近い空気、感じます」

 

 「陽、こわくないか?」

 

 「うん。たいちょーさん、いるの?」

 

 タケシは思わず吹き出した。

 「誰が教えたんじゃその呼び方」

 

 

 

 やがて、木造の渡り廊下を通され、屋敷の奥へ案内される。

 

 そこにいたのは、一人の男だった。

 

 歳は若い。だが、その目は“死を間近に置いている者”の静けさを宿していた。

 膝に置いた手の白さ。藤の香をまとう衣。顔には深い穏やかさと、消えかけの命の気配。

 

 

 

 「初めまして。私は産屋敷 御利哉(うぶやしき みりや)――鬼殺隊を束ねる者です」

 

 縁壱はすぐに頭を下げる。

 タケシは軽く一歩後ろに下がって腕を組み、様子を見ていた。

 

 「この度は、急な申し出にもかかわらず、ご足労いただき感謝いたします。……あなたが、継国 縁壱殿ですね」

 

 「はい」

 

 「……そして、あなたが」

 

 産屋敷の視線が、すっとタケシに向けられた。

 

 「……言葉にはなりませんが、風が教えてくれました。“異質なる者が、味方である”と」

 

 タケシは片眉を上げた。

 

 「……どこぞの神さまでも憑いとるんかの。おんし、よう見抜くのう」

 

 「神も鬼も、人の在り方で分かたれます。あなたは、“命を守る側”に立つ者でしょう」

 

 

 

 静かな沈黙のあと、産屋敷は縁壱の方へと向き直る。

 

 「あなたが伝えようとしている技。呼吸と斬撃。

 それを、我が隊に広めていただけませんか」

 

 縁壱は少しだけ言葉を探し、それから答えた。

 

 「……俺の持つ技は、“日の呼吸”という名です。

 ただ、これは俺自身の骨格、動き、感覚すべてが合わさって成り立っている。……他者には、完全には使えません…ですが」

 

 「ですが……?」

 

 「ですが、俺は見えるんです。骨の動き、血流の流れ、剣筋の癖。

 だから、その人に合った呼吸の型を、導き出すことはできます」

 

 「……“育てる力”をお持ちなのですね」

 

 産屋敷の目が、初めてほんのわずか緩んだ。

 

 「では、縁壱殿。今後、我が隊に集う剣士たちに、あなたの“視”と“技”を継いでいただけますか」

 

 「……はい。できる限りのことを」

 

 「では柱達を集めます。しばしお待ち下さい」

 

 

 

 静かな応対の間にも、陽はウタの膝の上でくるくると指を回していた。

 

 「ねぇ、たけちー」

 

 「ん?」

 

 「おに、もうこない?」

 

 タケシは、陽の小さな声に耳を傾けたあと、目を閉じた。

 

 ――風がない。

 ここには鬼の気配が、入り込めん。いや、入る気がせん。

 

 「しばらくは、来んじゃろ。ここは、そういうとこじゃ」

 

 

 

 そして産屋敷が言った。

 

 「あなたがたをここに招いたのは、力のためではありません。

 “未来をつなぐ意志”が、我が隊にも必要だと感じたからです」

 

 縁壱は深く一礼した。

 

 

 

 屋敷の渡り廊下。

 陽はすでにタケシの肩に乗って、くすくすと笑っている。

 

 「たけちー、たいちょーさん、しろくて、かみさまみたいだったね」

 

 「ほんまじゃの。なんじゃ、神さまにも“やわらけえ”のと“堅え”のとおるんかもしれん」

 

 

 

 縁壱は、屋敷の外に広がる空を見上げた。

 藤の香が、風もなく、ただ静かに漂っていた。

 

 ――これが、“はじまり”になるのだろう。

 呼吸が人に根づき、剣が繋がれ、意志が灯されていく。

 

 

 

 誰かの命を守るために。

 

 今、この手に持つ剣は、ようやく“誰かのための力”として震え始めていた。

 

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