もし鬼滅の刃に本物のガチ鬼がいたら   作:物体Zさん

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これで終いじゃ

 

 

 「……まぁいいやぁ、とりあえず死ねや」

 

 低く響いたその声と共に、大地が爆ぜた。

 タケシがわずかに踏み込んだ瞬間、街道の石畳が音を立てて砕け、地面ごと陥没する。爆風のような圧が周囲の空気を揺らし、竹林の枝葉が大きく揺れた。

 

 視界がぶれたかと思ったその瞬間、青白い男の首はすでに掴まれていた。タケシの巨大な手に喉元を締め上げられ、彼は浮き上がったまま空中で足をばたつかせる。

 

 「グッ……!」

 

 反応できなかった。

 視認する間も与えられず、腕を振ることすら叶わず、首を締められた状態で息を奪われる。

 

 男の顔に血が上り、瞳が赤黒く染まり始めた。息が通らない。口を開いても空気が喉を通らない。

 

 (……血を、流し込む。私の血で、奴を――)

 

 男は焦りながらも、背から伸びた触手を振り上げた。

 牙のついた棘の先端が、タケシの身体を貫かんと突き出される。青白い男は“始祖の鬼”と呼ばれていた。その血には“変異”の力がある。傷口から血を流し込めば、対象は鬼と化す。適応すれば化け物になる。できなければ爆散する。

 

 だが――

 

 棘は、タケシの皮膚に触れた途端に弾かれた。

 

 刃のような触手は、まるで見えない壁に阻まれたかのように軌道を逸れ、タケシの身体に傷一つつけることはなかった。

 

 

 

 男の目が見開かれた。

 

 棘が触れた箇所――そこには変化が起きていた。

 

 皮膚が破れ、中から赤黒い何かが覗いている。筋肉ではない。それは“もう一つの皮膚”。

 まるで最初から、《人の皮》の下に重ね着するように存在していた、“異なる肌”。

 

 

 

 (なんだ……!? 人間では……ない……!?)

 

 直感が叫ぶ。

 だが男はその可能性を否定する。

 

 (いや……そんなはずはない。私の支配下にない鬼など存在しない! 奴が鬼であるはずがない!)

 

 

 

 しかし、現実は違っていた。

 

 

 

 「ん? 剥がれちまったかぁ」

 

 タケシは淡々と、肩に目をやった。

 そこには、破けた“偽りの皮膚”の裂け目から、炎のように煌めく本来の皮膚が露わになっている。

 

 彼はすぐに視線を戻し、青白い男を見据えた。

 

 

 

 男は息を呑んだ。

 タケシの瞳が赤く、そして黄金色に輝いていたのだ。

 

 それは人の眼ではなかった。鬼でもなかった。“太陽に焼かれるような圧”を放つ視線――存在そのものが“理”から外れていた。

 

 

 

 「き、貴様は…………!?」

 

 「……あぁ? ごちゃごちゃうるせぇよ」

 

 

 

 タケシは拳を握った。

 

 骨が軋む音。血管が浮かび、筋肉が隆起する。

 その腕に込められた力に耐えきれず、人の皮膚がひび割れ、次第に剥がれ落ちていく。

 

 表面の肌色はめくれ、炎のように脈打つ《真の肌》が現れる。

 

 それは、鬼でも神でもない。だが確実に、人ではなかった。

 

 

 

 「じゃあな」

 

 

 

 その一言と共に、拳が振り下ろされた。

 

 夜を割るような音が、竹林に轟いた。

 

 

 

 「……なんだ……?」

 

 縁壱は、背筋に走る重い震えに気づいた。

 呼吸は整っているはずだった。それでも肺が、微かに軋んだ。空気が、遠くの異変を伝えてきていた。

 

 見上げた空は静かだ。藤の屋敷の周囲は変わらぬ平穏に包まれている。だが――確かに、彼は感じ取っていた。

 

 《強大な力》と、《鬼の気配》。

 いや、それだけではない。

 

 その力は、あまりにも――“優しかった”。

 

 

 

 「……タケシさん……?」

 

 

 

 縁壱の唇から、自然と名が零れた。

 恐ろしいほどの圧。だが、その中心にあるものは、縁壱にとって馴染みのある温もりを纏っていた。

 

 

 

 「何かと……戦っているのか?」

 

 

 

 すぐさま動いた。

 道場の壁に立てかけてあった、自らのために鍛えられた日輪刀を手に取り、鞘を腰に差す。

 

 草履を履く間も惜しんで、飛び出す。

 

 

 

 「タケシさんの気配……そして、その近くにある嫌な臭い。……まさか――!」

 

 

 

 その瞬間、地面が小さく軋んだ。

 否、それは“踏み込み”の音だった。

 

 

 

 縁壱の足が、大地を置き去りにした。

 

 空気を裂く音すら追いつかず、彼の足跡はその場に亀裂を残し、体は竹林の遥か先を走る風と化した。

 

 ひと息、ふた息。

 

 彼の“走り”はもはや移動ではない。“そこに届かねばならない”という、ただ一つの意志だけで動いていた。

 

 

 

 一方――

 

 

 「じゃあな」

 

 その言葉とともに、タケシの拳が閃いた。

 

 赤く燻る拳が青白い男の顔面を叩き潰す。

 一発目で顔の肉が吹き飛び、二発目で頭蓋ごと消し飛ぶ。三発目は胴体に深く突き刺さり、胸から背中まで風穴を開けた。

 

 ――パァン、パァン、パァン!

 

 音は炸裂に近かった。肉が破裂し、骨が砕け、肉片が飛び散る。

 タケシの腕の中で“鬼”はもう人型を保っていなかった。達磨すら超え、もはやぐずぐずの肉団子だった。

 

 「……終いか」

 

 しかし次の瞬間、あり得ぬことが起きた。

 

 

 

 肉団子のようになった本体から、突如として四方に触手が伸びた。鋭利な棘、牙の生えた口が次々に開き、回転しながらタケシへと襲いかかる。

 

 「うおっ!」

 

 タケシは一瞬驚き、手を離した。

 肉塊は“ぼとり”と石畳に落ち、そのままころころと転がり、距離を取った上で更に触手を増やす。

 異形が、再び蠢いた。

 

 

 

 回転する触手群がタケシに襲いかかる。

 それらは腕のようであり、鞭のようであり、獣のようであった。

 

 乱れ飛ぶ牙付きの棘がタケシの服を切り裂き、布が次々と飛散していく。

 上着が、襦袢が、帯が、さらには下着までも容赦なく削がれていった。

 

 

 

 「ぬおおおおおお!? わしの皮がぁぁぁぁぁ!!」

 

 怒号と悲鳴が混じったような声が響いた。

 タケシは交差させた腕で必死にガードするが、それでも牙の鋭さが人の皮膚を剥いでいく。

 

 だが――剥がされたのは“本当の肌”ではなかった。

 

 

 

 肌色の“皮”が剥がれ落ちていくたび、その下に現れたのは赤黒く、灼熱の気配を帯びた皮膚。

 筋肉の繊維が一本一本、紐のように締まり、まるで命そのものが脈動しているかのような生体構造。人のものではなかった。

 

 なおも続く触手の猛攻。その棘が、タケシの赤い肌に食い込もうとするたび、弾かれ、裂けもせず、血が滲むどころか《蒸気》を生み出した。

 

 鬼の血が、触れるたびに焼かれ、蒸発していく。

 

 蒸気が辺りに立ち込め、タケシの姿が霞んでいく。

 

 

 

 「な、何が……?」

 

 

 

 肉塊だったものが再び人型に戻っていた。

 髪を揺らしながら、目を凝らし、蒸気の奥を睨む。

 なおも無数の触手がタケシのいた位置を打ち据えている。だが――感触がない。

 

 これまで、どんな相手も仕留めてきたこの“牙”が、何も捉えられない。

 噛みちぎる感覚がない。抉る感触もない。まるで“何もいない場所”を攻撃しているかのような虚無。

 

 

 

 「……はぁ……」

 

 

 

 微かな溜息。

 

 蒸気の奥から、それは確かに聞こえた。

 

 

 

 「な、な、なんなのだ貴様は……!」

 

 鬼は叫んだ。恐怖が混じっていた。

 

 

 

 そして現れた。

 

 蒸気の奥から、ゆっくりと。

 

 

 

 人の形をした何かが、立っていた。

 

 その皮膚は燃えるように赤く、黒く、そして内側から燻っていた。

 目は金に輝き、瞳孔が縦に裂けている。

 腕も胸も脚も、まるで岩のように硬く、筋肉は剥き出し。もはや人間の形を借りた“神”のようでもあった。

 

 

 

 「オメェのせいで、せっかく施した《人化の術》が剥がれちまったじゃろがい……」

 

 

 その声は静かだった。

 だが、そこに宿るものは――

 

 

 絶対的な怒りと、遥か太古からの“本性”。

 

 

 蒸気が徐々に晴れていく。

 肌を刺すような熱気の中、青白い男は見た。

 

 そこに立っていたのは、まさしく異形だった。

 

 

 

 大きな影――否、巨体。

 赤黒く光る肌はまるで灼熱の鉱石のように脈打ち、剥き出しの筋肉が力強く盛り上がっている。腕も脚も首も、一本一本が重い鋼鉄のように、ぶ厚く重厚だった。

 

 手指と足指には鋭い鉤爪が生えており、どれも肉を裂くために生まれた武器にしか見えない。

 その背からはうねるような熱気が立ち上り、全裸であるにもかかわらず一切の羞恥も、無防備さも感じさせなかった。まるで、大地そのものが立ち上がったような威容。

 

 

 

 頭には――太く、立派な二本の角。

 

 漆黒の髪を突き抜けて天へと伸びるそれは、まさしく《鬼》そのものであった。

 

 そして、瞳。

 

 金。鈍く輝きながらも燃え尽きることのない太陽の色。

 縦に裂けた瞳孔が、青白い男の存在をひと目で“見透かしていた”。

 

 

 

 「……なんだ……これは……」

 

 

 

 青白い男の喉が、かすれた。

 鬼の始祖たる自負が、思わず逃げ腰になるほどの、明確な“格”の違い。

 だがそれでもなお、己を鼓舞するように言葉を紡ぐ。

 

 

 

 「私は……最も完全な存在……鬼の始祖、完全生物に最も近い存在であるこの私が——」

 

 

 

 「……あぁ?」

 

 

 

 タケシが、首をゴキリと鳴らしながら言った。

 その声音は、嗤うでも怒るでもない。ただ、《つまらなさ》の滲んだ音だった。

 

 

 

 「オメェが鬼ぃ?」

 

 

 

 カッカッカッカ、と腹の底から笑う声が響いた。

 その笑いのなかには、侮蔑と――どこか、哀れみに近い感情すら含まれていた。

 

 

 

 「オメェみてぇな気色悪りぃのが鬼だって?……笑わせんじゃねぇよ」

 

 

 

 鬼のような姿でそう言い放つタケシ。

 だが、青白い男にはわかっていた。この者こそが、“自分たちが模倣しようとした何か”の“本物”なのだと。

 

 

 

 黄金の瞳がゆっくりと動き、青白い男を見下ろした瞬間。

 その身体に、走るような寒気が広がった。

 

 

 

 動けない。

 膝が震え、背筋が凍りつく。

 

 視線だけで、身体が縫い止められる。

 否、魂が押さえつけられていた。

 

 

 

 「ガッ……! な、なぜ……身体が……!」

 

 

 

 タケシはゆっくりと前に進み出る。

 ひと足、踏み出すたびに石畳がひび割れ、大地が震えた。

 

 

 

 「餓鬼にも劣る雑魚畜生が……“鬼”を名乗るんじゃねぇ」

 

 

 

 それは、咆哮ではなかった。

 呟きに近い声。だが、天地に響いた。

 

 

 

 そして、タケシは止まった。

 正面に立ち、言った。

 

 

 

 「――わしが鬼じゃ」

 

 

 

 その言葉は、世界に刻まれた。

 

 千年の時を経て、今また、本物の鬼が世に現れた。

 

 

 

 

 鬼舞辻無惨は――怯えていた。

 

 およそ六百年。

 この世のすべてを見下ろしていたはずだった。

 

 人を喰らい、試し、棄て、操り、屠った。

 追ってくる者どもはすべて殺し、屈服させ、粉砕してきた。

 唯一の欠点、《陽》の下を歩けないという弱点を除けば、自分こそが《完全なる生物》であると――そう、思っていた。

 

 だが、それは幻想だった。

否、幻想と知りながらも、なおしがみついていた妄執だった。

 

 あの男――タケシと、かつて対峙したときに思い知ったはずだったのだ。

 「鬼」とは何かを。

 「強さ」とは何かを。

 自分が積み上げてきたすべてが、ただの“模倣”に過ぎなかったことを。

 

 (……出るべきではなかった)

 

 珠世を連れ、こうして夜道に出たこと自体が過ちだった。わかっていたはずだった。

 

 自分の作った鬼たちが悉く滅ぼされていったこの二年、もはや“地上”は安全な場所ではないということを思い知らされていた。

 

 (気配を消せば気づかれはしない。姿を隠せばやり過ごせる。そう、思った……そう“願った”)

 

 自己催眠にも近い欺瞞だった。

 そうでもしなければ、地を歩くことすらできなかった。

 

 けれど――あの男の前では、存在することそれ自体が罪だった。

 

 「わしが鬼じゃ」

 

 真正面から届いた声に、血が凍る。

 静かな言葉。ただそれだけで、万象が重く沈む。

 

 無惨は動けなかった。否、動かぬことしか許されなかった。

 

 彼は知っている。

 この先にあるのは、逃亡でも反撃でもなく、ただ――裁きだということを。

 

 (なぜ……私は、あの時、地下に戻らなかった?)

 (なぜ……私はまだ“自分なら大丈夫”などと考えていた?)

 (なぜ……私は、タケシという存在を忘れられると思った?)

 

 それは、彼にとって最も忌まわしい言葉だった。

 

 「あのとき、出なければよかった」

 

 その言葉だけが、鬼の王の心を焼き尽くしていた

 

 そして今、目の前に立つ“それ”を前にして――彼は恐怖していた。

 

 

 

 赤黒い肌。血が燃えたように輝く筋肉。頭に突き出た二本の角。

 剥き出しのその肉体は、どんな刃より鋭く、どんな獣より強く――なにより、“理屈を超えていた”。

 

 《死》のにおいがする。

 

 かつて、無惨がまだ“人”であった頃に感じた、抗いようのない圧。

 息すら許されぬ“気配”が、全身を包み込んでいた。

 

 

 

 身体が、動かない。

 

 

 

 いや――“動かせない”。

 

 指一本、眼球すらも。脳が指令を送っても、筋肉が一切応じてくれなかった。

 汗が、止まらない。

 頬が濡れ、顎を伝い、胸元にしみこむ。己に流れる血が身体を構成する細胞全てが恐怖していた。

 

 

 

 ――涙だ。

 

 鼻が鳴った。鼻水が垂れた。下半身に生暖かい感触。

 

 

 

 「う……う……」

 

 

 

 嗚咽すら、声にならない。

 

 かつて、どれほどの人間がこの男に命乞いをしただろう。

 どれほどの女が、子が、戦士が、自分に泣きながら殺されたか。

 

 そのすべてが今、報いとして己に降りかかっていた。

 

 

 

 (死ぬ……)

 

 

 

 これが“死”かと、理解した。

 

 これが“喰われる側”かと、脳が認めた。

 

 

 

 (逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ)

 

 

 

 本能が叫んでいた。全細胞が悲鳴を上げていた。

 動け――と。

 

 だが、動かない。

 心臓が軋み、肺が破れそうなほど震えているのに――足が、一歩も進まない。

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

 “音”がした。

 

 

 

 ――風の裂ける音。

 

 

 

 赤き鬼の背後に、何かが“降り立った”。

 

 その気配を感じた瞬間、無惨は息を止めた。

 

 

 

 まるで――《太陽》だった。

 

 

 

 その者は、太陽を背負っていた。

 

 否、太陽のように《穢れなき力》を纏っていた。

 

 

 

 (ダメだダメだダメだダメだダメだダメだ!!!!)

 

 

 

 無惨の心が、叫びを上げた。

 

 絶望の上に絶望が塗り重ねられた。

 最悪の存在の隣に、《最も忌むべき男》が立っていた。

 

 

 “はじまりの剣士”。

 

 

 月の下で、赤き鬼と、赤き剣士が並び立つ。

 

 それは――鬼舞辻無惨にとって、この世でもっとも恐ろしい光景だった。

 

 

 縁壱が降り立った瞬間、無惨は直感した。

 

 (逃げねばならぬ)

 

 だが、すでに遅かった。

 

 タケシが動く。

 炎のように赤黒く輝く巨体が、唸る大気と共に拳を振り上げた。

 その動きに合わせるように、縁壱が静かに日輪刀を抜いた。

 

 

 

 ――ズンッ!!

 

 

 

 地面が呻いた。

 

 重さに耐えかねるように、大地が沈む。

 周囲の空気が圧縮され、山鳥は声をひそめ、草木は葉を伏せる。

 

 

 

 《始まる》。

 

 

 

 鬼舞辻無惨は、己の身体が完全に《動かない》ことにようやく気づいた。

 

 腕も、脚も、声も、眼球すらも――動かぬ。

 

 

 

 “鬼”としての本能が警告を鳴らす。

 あの赤い鬼の眼が、《自分のすべて》を縫い止めていると。

 

 見られている。

 

 皮膚の内、細胞の奥、核の裏側まで――

 “視られて”いる。

 

 ただ“見られている”だけで、命令が届かない。神経が伝わらない。

 思考よりも先に、存在そのものが凍結されていた。

 

 

 

 《絶対の否定》がそこにあった。

 

 

 

 タケシが一歩、踏み出す。

 

 タケシは、ゆっくりと息を吸った。

 どこまでも静かに、どこまでも深く。

 

 その瞬間、空気が――消えた。

 否、違う。

 あまりに濃く、あまりに重く、そこに在るすべてが《タケシの呼吸》に引き込まれたように見えたのだ。

 

 拳が、赤く燃えた。

 皮膚が音を立てて割れ、黒き大地の下に隠された《真の姿》が、赤熱とともに露出していく。

 

 腕が膨張し、血管が光り、指先の一点に《太陽の鼓動》が宿る。

 

 無惨は、喉の奥が焼けるような渇きを覚えた。

 恐れではない。

 それは――《渇望》だった。

 生まれて初めて見る、“本物の鬼”の力。

 

 「鬼の呼吸――」

 

 石畳が割れた。

 衝撃で吹き飛ぶ塵が、炎を孕んで弾ける。

 

 巨体がうねる。

 拳が唸る。

 

 煮えたぎる血が燃え、握られた拳に赤黒い光が宿る。

 

 「——真打ち【火之岩戸】」

 

 次の瞬間。

 

 その拳が――無惨の胴を、貫いた。

 

 

 

 「ッ……!!」

 

 血が、爆ぜる音すら出せなかった。

 

 タケシの拳は、ただ力任せに肉を穿ったのではない。

 

 内部の臓器を《焼き》、筋繊維を《断ち》、核の周辺を《崩した》。

 

 灼熱の血が流れ込んだ無惨の体は、瞬く間に内側から膨れ上がり、皮膚が裂けて膿み、煙を上げて黒焦げになっていく。

 

 

 

 だが――

 

 それは“第一打”に過ぎなかった。

 

 

 

 拳を引き抜いたその瞬間、タケシは声を放った。

 

 

 

 「縁壱ぃ!」

 

 

 

 声などいらなかった。

 

 

 

 すでに背後にいた。

 風の流れすら気づけぬ速さで、鬼の背後に現れたのは――“はじまりの剣士”。

 

 

 

 その眼は、まっすぐに“鬼”を見ていた。

 

 哀れみも、怒りもない。ただ《終わらせる》という意志だけが、そこに在った。

 

 

 

 縁壱の呼吸が、深く静かに空気を満たす。

 

 世界が息を止めた。

 

 

 

 「――日の呼吸・終ノ型」

 

 

 

 太陽の化身が、刃を掲げた。

 

 その剣筋は、線ではなく、輪。

 無限に回帰し、因果を焼き尽くすかのような――

 

 

 

 「《天輪廻日》」

 

 

 

 斬撃が、空間ごと焼き払った。

 

 

 

 まるで太陽そのものが落ちたかのような光が走る。

 白金の光輪が無惨の全身を覆い、その中心を斬り裂いていく。

 

 

 

 首が斬れた。

 背骨が砕けた。

 複数の心臓が、脳が、肝が、腸が、脚が、翼が、尾が――すべてが断たれた。

 

 鬼として生きてきた千年のすべてが、その一刀で“完結”した。

 

 

 

 そして――燃えた。

 

 

 

 光が収束する。

 

 無惨の肉体は、塵すら残さず灰と化し、夜風に混じって跡形もなく消えた。

 

 

 

 残されたのは、焼け焦げた大地と、黒く染まった夜空。

 

 

 

 その中心に、ふたりの影が立っていた。

 

 

 

 一人は拳を握ったまま、肩で息をしている。

 

 もう一人は、刀を下ろしたまま、目を閉じている。

 

 

 

 言葉は、なかった。

 

 もう言う必要も、なかった。

 

 

 

 終わったのだ。

 

 

 

 鬼の王は――

 《本物の鬼》と《太陽の剣士》によって、完全に、滅ぼされた。

 






■ 真打 火之岩戸(ひのいわと)

 かつて神々の世において、闇を封じるために用いられし、岩戸あり。
 それは天をも閉ざす牢。
 陽の光は隠され、鬼も人も、その理を知らず沈みゆくのみであった。

 そして今、
 その岩戸を破壊する者が現れた。

 名もなき鬼神――タケシ。
 鬼にも非ず、神にも属さず、ただ拳ひとつで万象を屠る存在。

 彼が振るうは、型なき呼吸。
 流派も奥義も持たぬ、一度きりの拳。



 ■ 日の呼吸・終ノ型 天輪廻日(てんりんねじつ)

 遥かなる時の淵にて、
 ひとりの剣士が、光そのものを剣と成した。

 その男の名は、継国縁壱。

 透き通る世界を超え、
 彼はただ一人、“陽の理”を剣技として顕現させた者。

 その終ノ型は、《天輪廻日(てんりんねじつ)》――

 終わりを告げる太陽の輪。
 斬撃は弧を描き、万物の命脈を断ち、
 それすら知られることなく、敵は跡形もなく消え去る。

 この技が振るわれるとき、空は静まり、影が逃げ惑う。
 天地の循環、因果の鎖、生と死の廻りもまた、彼の剣によって断ち切られる。

 彼が剣を抜いた時、既に決着は着いていた。
 死者は知らぬまま、斬られたことにも気づかず、
 魂のみが、陽の輪の中に溶けてゆく。

 かくしてこの剣技は、“神をも殺す日輪”と畏れられ、
 戦場に伝承は残らず、ただ焼け残った地の温もりだけが、
 その存在を証明していた。

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