無声の耳籠   作:Tethys

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円環の底

視界が、まだ仄暗い。

けれど、それが夜ではないことだけは分かっていた。

大気の濃度も、音の輪郭も、肌を撫でる温度も、どこか遠慮がちで、乾いている。

 

ふと、自身が長らく上を眺めていたことに気づく。

明確な意識ではなかった。

ただ、まばたきもせずに、かつて在った場所――

光と人声と、熱の渦巻く円環の上部を、淡々と見上げていたに過ぎなかった。

 

軌道を描いている光が、何層にも重なっていた。

それが何の残滓か、すぐには判じ難い。

だが、遅れて耳の奥に届いた音――

それが、決定的だった。

 

割れるような歓声。

喉を潰すような絶叫。

驚嘆と熱狂と、どこかにある興奮と羨望。

 

それらは、自分に向けられたものではないと直感していた。

むしろ、その中心から、最も遠い辺縁。

自分という存在が既に周回遅れに置かれていることを、誰よりも早く肌が悟っていた。

 

勝者が、出た。

そういう音だった。

 

誰が残り、誰が消え、誰が選ばれたのか。

情報は、脳内で繋がらない。

けれど、理解は出来た。

これは――終わったのだ、と。

 

その熱は、すでに頭上を通り過ぎていた。

自分の体温と接触することすらなく、舞い上がる花火のように、遠くへと弾けていた。

指先に何も触れぬまま、まるで過去形になった祭の名残。

 

体はまだ、そこにあった。

円環の底――最下層。

規則に則り、脱落者は地に降ろされ、そこで次の開幕を待つことを強いられる。

もう戦いは終わっていた。

それなのに、鼓動だけはまだ完全には静まりきらず、時折ずれるようにして鳴っていた。

 

視線を横に向ける。

自分と同じように、壁際に腰を落とし、何を思うでもなく、そこに在る者たちがいた。

 

淡い橙の法衣を巻きつけたまま、膝を抱える者。

無地に近い薄墨の裾を引きずり、やや斜めに壁に背を預けた影。

黒ずんだ戦闘服に血の滲みを帯びた少女が、鋭い目だけを上に向けていた。

軍帽を脱ぎ、膝の上に丁寧に置いたまま、じっと掌を見つめる少女もいる。

 

彼らの誰もが、すでにこの局を終えていた。

声を発するでもなく、ただ静かに、そして確かに、そこにあった。

 

時折、誰かの視線が交錯する。

だが、そのどれもが突き刺さるようなものではなかった。

痛みも、憎しみも、もはや熱を失っていた。

それは、敗北ではなかった。

ただの――通過点。

 

空では、まだ歓声が尾を引いている。

目に見えぬ勝者が、きっと祝福の輪の中央にいるのだろう。

だが、今はそれもどうでもよかった。

否応なく始まる次に向け、休息の刻は静かに巡る。

 

軽く首をまわし、壁に預けた肩から重みを外す。

どこか擦れた感覚のまま、掌を地につけて体を起こす。

関節が静かに軋み、冷えた石材の感覚が手に染み込む。

それが、確かに自分がまだここに在ることの証左のようにも思えた。

 

次が、来る。

そのための、呼吸をひとつ。

吐いて、吸って、また、歩き出さねばならなかった。

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