無声の耳籠   作:Tethys

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次なる予感-1

そして、響き渡る。どこか上方、視界のどこにも見えぬ天頂から、聞き覚えのある冷徹な音が落ちてくる。

「時間になりましたので、中央までお集まりください。」

同じ言い回し。変化のない抑揚。けれど、その意味はあまりに重い。

 

数刻の静寂はすでに終息していた。

空気の密度がわずかに変わりつつある。

自らの呼気すら、どこか輪郭を失って漂っていくようで、指先は意識よりも早く、膝の上を離れていた。

 

眼前の景色には、再び重さが戻っていた。

音なき足音。動きのないまなざし。

あらゆる沈黙が、輪郭を持ってこちらに迫ってくる。

 

重なり合うように立ち上がってゆく影。

それらはいずれも、先ほどまで互いを削ぎ合った者たちの姿であったはず。

だが今は、角を引いた刃のように、どこか伏し目がちに静けさを身に纏っている。

 

服の裾が揺れている。

あのとき、戦場の吹き曝しの中で獣のように跳ね上がっていた布地が、いまはただ、呼吸と同じ周期で波打っていた。

髪もまた同じ。

血を浴びた記憶さえ残る金の巻き毛が、いまは雫のように肩を滑っていた。

誰もが何かを封じたまま、中央へと向かう。

 

その中に、わたしもまた紛れていた。

押し出されるようでもなく、導かれるようでもなく。

ただ、そうすることが当然であるかのように、重力の命ずるままに。

 

靴裏が擦れる音が、規則もなく交錯していた。

あらゆる動きが、目的のために矯正された線として集約していく。

中央とは、つまり再びの殺意が積もり集まる場所。

それを知りながら、誰もが歩みを止めることはなかった。

 

熱気は、まだ満ちきっていない。

けれど、それこそが次の嵐の前触れであると、体の奥がすでに知っていた。

静寂が続けば続くほどに、次の一閃は深く、そして重くなる。

 

私の視線は自然と、足元ではなく、遥か前方へと上がっていた。

濁った灰の構造の円環、その中心。

第一戦と同じ、あの集合点。

あの高みで、再び命が削がれてゆく。

それを自覚するたびに、背筋の奥が冷えるようだった。

 

誰も声を発さなかった。

言葉を交わせるほどの余裕も、信頼も、もはや残ってはいない。

わずかに肩を寄せ、視線を交差させる者たちもいたが、それは確認ではなく、確認の否定であった。

互いの名を呼ばぬまま、いずれまた敵として立つための、薄い牽制。

 

深呼吸を一度。

胸腔を満たす空気は、どこかざらついていた。

何を吸い込んでいるのかすら、曖昧だった。

 

再び、あの場所に立つ。

地面がわずかに震えるような錯覚の中、指先が冷えきる前に拳を握った。

何も始まってはいない、にもかかわらず、心拍は既に一合目を越えていた。

 

やがて、沈黙をまとった行列が、ゆるやかにひとつの点へと収束していく。

その輪郭は、静かに、けれど確実に過去と重なってゆく。

前の戦いで始まりの音を聞いた場所。

無数の命が散じ、意志が交錯し、記憶と痛みだけが濾過されて残された空白。

 

あの場所に、再び戻ってきていた。

 

目を伏せれば、すぐそこにある。

極薄の硝子の足場、その向こうに広がるのは、先の戦場。

それは、ただの舞台装置ではなかった。

複数の死角が交錯する構造と、逃げ場なき光の投射が、未だ輪郭を保ったまま横たわっている。

 

さらに視線を落とせば、その下層。

円環の底。

自分自身が、いくばくかの無音と共に落ちた場所。

あの場所に、今もなお身じろぎもせず座り込んでいる者たちの姿が、遠くかすかに確認できた。

自分もまた、あの中の一つに過ぎなかったことを、脳裏が正確に思い出してくる。

 

この硝子の薄さは、もはや比喩ではなく、事実としての不安定さを伝えていた。

足元に広がるかすかなひび。

透明な地面のわずかな軋み。

そのどれもが、次に始まる何かを予告していた。

 

まわり。

かつて敵として、またはただの風景として視界に映っていた者たちが、再び輪を成していた。

年若い顔立ちをした者が、虚ろな目で足元を見つめている。

隣には、軍服めいた構造の上着を無造作に羽織った者が、無言で腕組みをしていた。

やけに細身の体に、長すぎる袖の付いた灰色の衣。

不釣り合いな装飾の少ない剣を下げたまま、表情一つ動かさない姿もあった。

 

どれも、既視感と未知が入り混じる顔ぶれ。

言葉は交わされない。

それが当然という空気が、沈殿したまま会場全体を覆っていた。

 

風がなかった。

けれど、熱だけはあった。

どこから生まれるものでもなく、誰かが放っている気配でもない。

集まり、立つという行為そのものが、すでに熱を孕んでいた。

 

指先が、汗を帯びていた。

それが緊張から来るものか、熱から来るものかは判然としない。

ただ、戦いという語の核心が、再び眼前に差し出される予感だけは濁らなかった。

 

そして——中央に位置する演壇の上、再びあの声の主が姿を現していた。

衣擦れの音ひとつなく、無風の空間に佇むその人影は、先程と寸分違わぬ構えで、ただそこにあった。

 

風景の明暗は変化していない。

けれど、明らかに空気は異質なものに変容していた。

円環の端に立つ誰もが、体のどこかで既に察していた。

 

次は、少数の戦ではない。

ただの数を削る段階は終わった。

選び、進み、残ることを許された者のみが、先へと至る仕組み。

 

心臓の音が喉の奥で跳ねる。

それを感じながらも、わたしはまだ動かない。

誰もがそうであった。

何も動かぬはずの空間に、視線と意識だけが縺れ合っていた。

 

そして——

舞台上の人物が、ゆっくりと顎を引く。

目線が全体を見下ろすようにわずかに傾く。

 

声が降りてきた。

高くも低くもない、無感情な律の響き。

 

「只今より行いますのは、勝ち上がり形式です。」

 

その一言が空気を震わせた瞬間、視線の多くが微かに揺れた。

感情ではなく、反応として。

予測していたはずの展開に、心身がようやく応じたに過ぎない。

 

わずかな吐息、気配の屈折、眼差しの角度。

それらすべてが、次なる試練の開始を告げる鼓動のように、微かに場を振動させていた。

 

未だ誰も言葉を発さぬまま。

ただその形式が宣言されたことだけが、この空間に意味を与えはじめていた。

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