オーバーロードによく似た世界で(本編完結) 作:ペンギン勇者
「――説明しろ、ミストバーン!!」
「はい」
ミストバーンは背筋を伸ばして立ち、しかしその態度はいつも通り微塵も反省していなかった。
「なんで事前連絡もなく、勝手に《永劫の蛇の指輪》使って竜王国に転移した!?」
「だって、女王陛下が“来い”とおっしゃいましたし」
「文脈的に“手はずを整えてから来い”だったろ!?」
怒り心頭のプニット萌えが机をバンと叩く。
「“後は任せろ”という女王の気概、しかと受け取りましたので」
「お前の読解力どこ製だ!? 脳に火山灰でも詰まってんのか!?」
「失礼な、ちゃんと頭に脳みそが詰まってま――ちょっと失礼…………とってきていいですか、詰め忘れました」
「なに言ってんだこのバカはーーーーッ!!」
プニット萌えが立ち上がり、隣の椅子を殴り飛ばした。かわいそうに椅子は何もしていない。
「貴方……始祖魔法の行使など、世界の均衡に関わると理解しての行動なの?」
ヤマイコがガントレットをガチンと鳴らし静かな声で詰め寄る。その背後ではアウラとマーレがこっそり避難準備中だ。
「理解しています。だからこそ必要だと判断しました」
「誰が判断を許した!?」
「ミストバーンさん、もしや貴方、また“ノリと勢い”で行動を?」
「はい」
即答だった。
一同、沈黙。
「……殺していい?」
「だめです、ヤマイコ様。せめて情報を吐かせてからにしたほうが宜しいかと」
デミウルゴスが書類をパラパラとめくりながら冷静に進言する。
「吐かせるような情報ありませんよ? 私、ただ呼ばれたので行っただけですし」
「“行っただけ”で始祖魔法が発動する世界があるかァァァ!!」
ウルベルトのボルテージが一気に上がる。
バンッ!
ドアが勢いよく開かれ、場の空気を一変させる存在が現れる。
「落ち着け、皆の者!!」
その声とともに、漆黒のローブに身を包んだ骸骨の大魔法使い――
アインズ・ウール・ゴウンの長ことモモンガが悠然と現れた。
「も、モモンガ様!」
「おお、ナザリックの長!」
「モモンガ……!」
一同が慌てて姿勢を正す中、モモンガはローブの袖をひと振りして皆を制する。
「……全員、落ち着いてくれ。事情は聞いた。ミストバーンが、また……その、やらかしたと」
「やらかしたなんてもんじゃありません! このバカ、始祖魔法を!」
プニット萌えが即座に詰め寄るが、モモンガはゆっくりと首を振る。
「わかっている。だが、結果として――何が起きた?」
ミストバーンが涼しい顔で答える。
「竜王国の女王陛下に謁見し、王都地下の封印魔法陣に干渉してきました。ついでにドラゴンも一体屈服させました」
「なぜ“ついでに”でそんなことを……?」
「ノリと勢いです」
アインズはローブの下の骨の顔を両手で覆いたくなる衝動を、精神安定スキルでかろうじて押さえた。隣ではアルベドがぷるぷると肩を震わせている。
「……おまえ、それでなぜ生きて帰ってこられたんだ?」
「女王陛下が、たいへん寛大でしたので」
「寛大すぎるだろあの女王!」
「あと、モモンガさんの御名を使わせていただきました。“モモンガの代理で来ました”と」
全員、凍りついた。
「おまえぇぇえええええええええッ!!!」
アインズの魂の叫びがナザリック中に反響する。
「わ、私は知らないぞ!? そんな話は一切聞いていないぞ!? 頼んでいないし、命じてもいないぞ!?」
「大丈夫です。堂々とした態度で言えば、信じてもらえました」
いえ、気が付いていましたがツッコムのがめんどくさくてスルーしただけです。
「それが一番怖いわァァァァッ!!」
「でも、まあ、結果的には――竜王国との関係が前進したのでは?」
アルベドがぎりぎりと歯を食いしばりながらも、理性を総動員して言葉を選ぶ。
「……それは、確かにそうだが……ッ!」
「では、報告書を提出して、責任の所在を明らかにし、再発防止策を検討した上で、今回は不問と……」
「いやいやいやいや、責任重すぎるからな!?」
アインズはローブの袖をばたばたと振って制止する。
「……まあ……うん……女王に不快感を与えてないのなら……今回は……大目に見るとしよう……。な?」
「おお、ありがたき幸せ」
ミストバーンが平然と頭を下げる。
「ただし、次はないからな!? 次は本当に、議決で火山に投げ込むからな!?」
「了解しました。次は気をつけます。ノリと勢いには責任を持ちます」
「いや、それ根本的に矛盾してるだろ……」
アインズは精神力を使い切ったようなため息をついた。
◇ミストバーンがふざけている最中
「ねえルシ★ファー、ミストバーンってさ……あれ、本気でふざけてると思う?」
そう言う餡子ろもっちもちの表情は深刻そうだ。
「悪ふざけが得意な僕が言うのもあれだけどふざけて居るというよりは狂ってるように見える、何かの精神疾患かな」
そういうルシ★ファーの表情も深刻そうだ、ミストバーンとはよくふざけ合う中なので仲がいい。
「私ね、医者じゃないけど看護師だから、色々な患者を診てきたの」
餡子ろもっちもちがそっと呟く。もはや甘味のようなその名前とは裏腹に、声色は静かで重い。
「それでね……今のミストバーンは、強い精神性ストレスを抱えてるように見えるの」
「精神性ストレス?」
隣でルシ★ファーが首を傾げた。ふざけているように見えて、実は誰よりも鋭い彼の目が、ミストバーンを追っている。
「うん。あの人ね、“ふざけてる”んじゃないと思う。“ふざけてるように見せることで、自分を保ってる”ように見えるの」
餡子の声はどこか、看取りに近い静けさを帯びていた。
「……あれって“防衛機制”なんだ」
ルシ★ファーの表情が曇る。
「悪ふざけが得意な僕が言うのもアレだけどさ……アイツ、多分、どこかで壊れかけてるよ。ふざけ合ってて、たまに空気が切れたみたいに冷える瞬間、あるんだよな……」
「うん、わかる。笑ってるのに、どこか目が笑ってない。周囲に合わせて無理やり“面白いやつ”を演じてるような……そんな感じ」
餡子がそっと手を握る。
「あれはね、限界ギリギリの患者さんが見せる“頑張ってる仮面”に似てるの。壊れたら一気に来る、ってタイプ。誰かあの人に“本音で怒ってくれる”人がいればいいんだけど……」
「……モモンガさんが、どうにかしてくれるといいけどな」
ルシ★ファーが目を細める。
「モモンガさん、気づいてると思うよ。だからこそあんな風に、わざと怒鳴って、わざと許してる」
餡子がぽつりと呟いた。
「“次はないぞ”って言いながら……本当は、もう何度目かの“次”なんだろうけど」
静寂が落ちる。
部屋の中で、まだ茶番じみた叱責とツッコミが飛び交っている。だがその裏に、誰も知らぬ想いと、痛みと、裂け目が広がっていることを――
「このままじゃ悪化する一方だな、そう言えば魔法にライオンズハートってあるけど試してみる?」
ルシ★ファーがそう提案する。
「うん、いいと思うけどこれはカウンセリングも必要だと思う、ペストーニャを連れてミストバーンさんを診てもらうのが一番いい」
「傷や状態異常を治す呪文はあっても精神を正常に戻す魔法なんて無いからな、僕もペストーニャに見せるのが一番いいと思う……今怒ってるけどその時はヤマイコさんも呼ぼう」
「じゃあ、私……モモンガさんに話してくる。ミストバーンさんが、本当に壊れる前に」
餡子ろもっちもちは静かに立ち上がると、ミストバーンの方へ一瞬だけ視線を向ける。彼は相変わらず、椅子を逆さにして「王の玉座」と称し、頭に鍋をかぶって「料理の神」として即興劇を続けていた。
「……ねえ、ルシ★ファー。あの人の“ふざけ”ってさ、本当に痛々しいくらい、努力してるように見えるよね」
「うん。あそこまで突き抜けた茶番って、もう才能か病気かの二択だと思ってたけど……今は、どっちでもないのかもしれないって思うよ」
餡子は一歩、二歩と静かに部屋を後にしようとした。だがその背中に、ルシ★ファーが問いかける。
「餡子。……お節介だって、嫌われるかもしれないぜ?」
「それでもいいの。助けられるなら、それでいい」
餡子ろもっちもちの返事は揺るがなかった。彼女は、看護師という立場以上に、「命が壊れる音」を聞き分ける感性を持っていた。だからこそ、自分を壊してまで“明るい面”をつけ続ける誰かを、見過ごせないのだ。
◇暫くして
ナザリック大墳墓・執務室。
扉をノックすると、すぐに「入れ」と低くも落ち着いた声が返ってきた。
「モモンガさん、少し、お時間いただけますか?」
書類から顔を上げた骸骨の主は、面を動かさぬまま、ほんのわずかに首を傾げた。
「餡子さん……何か、問題でも?」
「……ミストバーンさんの症状ことで、です」
その名を聞いた瞬間、モモンガの指が止まる。
「……やはり、気づいてました?」
と餡子ろもっちもちが言うと、
「もちろんだ。……彼が、ふざけているときほど、空気が張り詰めることがある。あれは、ただの悪ふざけではない。何かを、押し殺している……いや、誤魔化しているようにしか見えない」
モモンガの声は、苦悩と疲弊を含んでいた。
「私は……彼を止める立場にあるはずなのに、彼を笑って許すことしかできなかった。何度も“次はない”と言ってきたが、それは結局、自分に言い聞かせていただけだったのかもしれない」
「それでも、彼は助かってきたと思います。モモンガさんが見放さなかったから」
「見放せるものか。……彼は、私にとって、かけがえのない仲間だ」
モモンガは立ち上がった。
「ペストーニャを呼べ。……必要ならヤマイコさんも。それと、彼が素直に応じない可能性もある。最悪の場合、物理的にでも止める準備がいるかもしれん。タッチさんと武御雷さんも呼んでくれ」
「……はい。私達も、全力でサポートします。絶対に彼を“壊させない”」
餡子の目が、決意で光る。
◇
そのころ。
「……ん? あれ? なんか、急に静かになった?」
鍋を頭に被ったまま、逆さ椅子の上で仁王立ちしていたミストバーンが、ふと周囲の違和感に気づく。
「……ははーん、さてはみんな俺の芸術的茶番に圧倒されすぎて気絶したな? それとも……またやっちゃった? やば、あれ? 俺今、さっき何言ったっけ?」
鍋を外し、苦笑いしながら辺りを見回す。けれども、その瞳の奥に、ふと影が走る。
(……なんで、いつもこうなるんだろうな、やっぱりもう俺は限界なんだろうか)
次の瞬間、扉が開いた。
そこには、モモンガと餡子、そして後ろに控えたペストーニャとヤマイコ、タッチ、武御雷、ルシ★ファー、ブルマの姿があった。
「……ミストバーン。話がある」
部屋の空気が、音もなく張りつめた。
ミストバーンは一瞬、笑顔を保とうとした。だがその顔は引きつり、口角は震え、鍋を持つ手はゆっくりと下がった。
「え、あれ? なんか、ちょっとした茶番だったんだけど……モモンガさん? みんな、何その顔……」
彼の声がかすれる。視線が自然とペストーニャへと向く。だが彼女の穏やかな微笑みも、今だけはどこか悲しげだった。
「……茶番なら、もう終わりにしよう」
モモンガの低く、しかしどこまでも優しい声が部屋に響いた。
「ミストバーン。私は、お前を止めに来た。……これ以上、自分を壊しながら周囲を笑わせることを、“芸”と誤魔化すな」
ミストバーンの肩が、びくりと震える。
「な、なんのことか分かんねえよ! 俺はただ場を盛り上げようとして――」
「その“盛り上げようとする”努力が、お前の命を削っているんだ!」
モモンガが、珍しく声を荒らげた。
「……私も、怒鳴って笑って、許して、また怒鳴って。そうやって“いつものこと”として見て見ぬふりをしてきた。だがもう、それでは済まないと気づいた。お前が本当に壊れてしまう前に、止めると決めたんだ」
ミストバーンの唇がわななき、笑おうとした目が、上手く吊り上がらない。声が出ない。
ペストーニャが一歩、彼に近づいた。ヤマイコも、そっと手を差し出す。
「……ミストバーン様。私たちは、あなたを“治療対象”としてではなく、“大切な仲間”として見てます。だから、どうか一人で戦わないでください……ワン」
「君の内側が、どれだけの圧力に晒されていたか……君自身、もう分からなくなってるはずだ。私たちが支える。少し、任せてほしい」
その言葉に、ミストバーンの表情がついに崩れた。
「……俺は……っ、俺は……ッ!」
床に膝をつき、両手で顔を覆った。
「なんで、こんなに怖いんだよ……誰かに助けられるって、こんなに……!」
嗚咽が漏れる。その姿を、誰も咎めなかった。誰も、恥とも言わなかった。
ルシ★ファーが、そっと近づいて背中に手を置く。
「ふざけても、泣いても、叫んでもいい。……でも一人でやるなよ。俺たち、いるから」
モモンガもまた、その場に膝をつき、ミストバーンの肩に手を置いた。
「……お前は、私の、ナザリックの、大事な仲間だ」
ミストバーンはそのまま、子供のように泣き続けた。初めて、自分の仮面を外して。
転生してから今まで休みなしで一人で戦ってたらこうもなる。