オーバーロードによく似た世界で(本編完結) 作:ペンギン勇者
精神がボロボロのミストバーンはそのまま泣き崩れるのだった。
【ナザリック地下大墳墓・応接間】
――突如として泣き崩れたミストバーンの嗚咽が、重たい空気に吸い込まれていく。
鍋は床に転がり、椅子も倒れ、彼の気高さも威圧感も、まるで外套のように脱ぎ捨てられていた。
「……怖かったんです、誰かに助けられるのが」
「うん」
モモンガは深くうなずく。言葉を挟まない。ただ、受け止めるように。
「……嫌だったんです。プレイヤーだってだけでも異物なのに……自分がこの世界の人間じゃないってバレたら……嫌われるんじゃないかって……」
「うん……!?」
モモンガの骸骨顔が、かすかに引きつった。
横で餡子ろもっちもちが「え? え? えぇぇぇ!?」とフリーズしている。
「――もう限界だったんです、俺一人で“あっちの世界”を守り抜くのが」
「ちょっと待てぇえええ!!!」
椅子から落ちながら叫んだのはルシ★ファーだった。
「お前……今さらっと言ったけど、それマジか!? この世界どころか、現実世界も別ってことか!?」
問いかけに、ミストバーンは嗚咽混じりに小さくうなずいた。
「詳しく言うとややこしいですが……俺、この転生を含めると――二回目なんですよ」
嗚咽混じりに、ぽつりとミストバーンが呟いた。
「二回目……?」
モモンガが繰り返すと、彼は深く息を吐いた。
「最初の人生は……病気で、闘病の末に終わりました。そして気がついたら、皆さんのいた“あの世界”に転生してたんです。いきなり一人で、何の説明もなしに」
「お、おいおい……」
ルシ★ファーが完全に言葉を失いかけている。
「混乱しましたよ。何も知らずに放り込まれて……けど、時間が経つにつれて、情報が集まってきたんです。“この世界、俺の知ってる現実じゃない”って」
「……まさか」
「そう。俺が転生した先――皆さんがプレイしていたユグドラシルがあった“現実”は、俺の元いた現実とはまったくの別物だったんです」
「……現実世界から異世界へ転生して、しかもその“異世界”が俺たちの現実だった……?」
モモンガの言葉に、応接間の全員が静まりかえる。
「……でも俺は、生きなきゃならなかった。だから、最初は“世界を救おう”と思って頑張った。でも……」
ミストバーンは目元を拭いながら、乾いた笑みをこぼす。
「……無理でした。正直、自分一人じゃ日本一国で精一杯。宗教やら、部族対立やら、もうクソみたいな現代兵器と対立の壁が山ほどあって」
「なんか現実的すぎて、逆に信じられる気がしてきたな……」
タッチミーが半ば呆れたように言うと、ルシ★ファーも「お前それ、一国を平和にした時点で普通にバグだろ……」とつぶやいた。
「話を聞いてくれてありがとうございます」
そう言って、ミストバーンは少しだけ笑った。
「でも……その中でも、ずっと心の奥底で怖かったんです。“もし本当の出自を知られたら、誰にも受け入れてもらえないんじゃないか”って」
「――そんなわけないだろ」
モモンガの声が、いつになくはっきりしていた。
「異世界から来たって? 二回転生してるって? 上等じゃないか。俺だって骸骨になってんだ、今さら細かいことは気にしないさ」
「モモンガさん……」
「それに、お前がやってきたこと――ナザリックやこの世界のために動いてくれていたことは、本物だった。俺たちは、それを見てる。だからもう……そんなもん、気にすんな」
ミストバーンの肩が小刻みに震える。今度の涙は、確かな安堵と――居場所を得た者の涙だった。
「ありがとう……ございます……!」
部屋に響く嗚咽と共に、空気がふっと和らいでいく。
「にしても、転生してスキルで現代日本救ったって……やっぱお前チートかよ……」
「ねぇ、そのスキルって何だったの? “労基法改正”とか?」
餡子ろもっちもちの願望が少し漏れている
「いえ、“色々と出来ますよ”、物を凍らせたり巨大化したり、一番のお気に入りは時間操作です」
「マジチート系かよ!」
武人武御雷のツッコミが炸裂し、応接間に久しぶりの笑い声が戻った。
「一つ聞きたいんだけど、伏黒くん」
静かに、しかしはっきりと声を発したのは、ブルマだった。応接間の空気がふっと引き締まる。
「あなた、最後にちゃんと休んだのはいつ?」
彼女の問いに、ミストバーンはふと虚を突かれたようにまばたきをする。
「……え?」
「その様子じゃ、相当長いこと働き詰めだったように見えるのよ。現代日本を維持するために、あらゆる努力を続けていたって、そう言ってたわよね?」
「……ええ、そうですね……ぶっ通しで……この身体になってから、ろくに寝た記憶もありません。休んでいる時も、頭の中では常に次の策を考えて、走り回っていました。そうでもしないと、日本の平和が壊れてしまう気がして」
「呆れた……」
ブルマは小さくため息を吐き、少しだけ声を優しくした。
「確かに、日本の平和を守ってきたことは本当にすごいことよ。感謝するし、尊敬もするわ。けどね――」
彼女はまっすぐミストバーンを見つめた。
「それじゃあ、心が壊れるのも当然じゃない。あなた、ずっと一人で背負いすぎてたのよ。もう十分頑張ったでしょ。今あなたに必要なのは、“なにもしない休息”よ」
「……なにもしない……」
ミストバーンの喉から、かすれた声が漏れた。
「そう。人に任せて、ぼんやりして、何もしない時間。あえて、無駄に過ごすの。ずっと“しなければ”で縛られていたでしょう? その鎖を、今こそ外すのよ」
しばしの沈黙が流れた。
「……そういうの、していいんでしょうか」
震えるように問うその声に、ブルマは微笑む。
「していいのよ。して“ほしい”の。私たちは、あなたの味方だから」
「……ありがとう、ございます……!」
またも涙が零れ落ちた。だが今度は、絶望の涙ではない。受け入れられた人間が流す、救いの涙だった。
「ふふっ、じゃあまずは“湯治”からかしらね?」
「温泉ツアーにでも行くか? 秘湯に案内するぜ、ミストバーン!」
和やかな声が次々と上がり、笑いが広がっていく。
モモンガはその中心で、そっと心の中でつぶやいた。
――ようやく、あいつに居場所ができたな。
そして、こうも思う。
――なら今度は、俺たちが“あっち”の世界を救う番だ。
そんな決意を胸に、ナザリックの仲間たちは一人の戦士に安息を贈るため、次なる策を練り始めようとしたが、ミストバーン――いや、伏黒は、静かに息を整えると、もう一度口を開いた。
「……本当は、ずっと吐き出したかったんです。けど、それをしたら……“壊れてしまう”気がして。だからずっと押し込めてました。でも……今なら、話せそうな気がします」
静まり返る応接間。誰一人として茶化す者はいなかった。
「俺はこの世界、オーバーロードという世界の知識を少しだけ持っています」
「オーバーロード?なんなのそれ」
ヤマイコが不思議そうに尋ねる
「つまり……俺から見れば皆さんは、ゲームやアニメ、小説の中に登場していた――“架空の存在”でした」
伏黒の口から出た言葉は、応接間に重たく響いた。
「……マジかよ」
ルシ★ファーが頭を抱える。冗談にしてはあまりにも真に迫っていた。
「信じられないとは思います。けど……俺が“あちらの世界”で見ていたオーバーロードという作品には、モモンガさんとNPCたちが全員出てた。モモンガさん、アルベド、
デミウルゴスも……全員、知ってるんです。元々は、俺にとって“物語の登場人物”だった」
「ちょっと待てそれが本当だとしたらギルドメンバーや母さんたちはどうなったんだ」
そう言ったのはモモンガだった。
「最後にログインしたのはヘロヘロさんのみで今みたいにギルメンは揃っていません、全部過去界の回想みたいな登場の仕方です。御家族に関しては――母親のみの登場で、それも回想でサトルさんが幼少期の頃に過労死だったと記憶しています」
「ふざけるなあああああ!!、そんな事あってたまるか!!」
モモンガの絶叫が応接間に響き渡る。
その声には、怒り、悲しみ、そして抗いきれないほどの現実への拒絶が混じっていた。あまりに人間的で、あまりにサトルらしい、魂からの叫びだった。
「母さんが……過労死だと!? ギルメンが出てこないだと!? 冗談じゃない! 俺たちがどれだけの思いでこの世界を作ったと思ってるんだ!! 仲間たちと、母さんと……!」
拳を握り締め、モモンガは立ち上がる。体が震えていた。
「でも安心してください、この世界は違います。むしろ俺が言ったことがフィクションになって、モモンガさん達の日常が現実になってますからこの世界はオーバーロードによく似た世界であって原作のオーバーロードの世界ではありません」
伏黒――いや、ミストバーンの言葉は、まるで嵐の後の静寂のように、応接間に安堵をもたらした。
「……この世界は、俺が知っていた“オーバーロード”とは違う。似ているけど、確かに違う。皆さんが“生きている”こと、それ自体が……何よりの証明です」
ミストバーンの目には、もう涙はなかった。代わりに浮かぶのは、確かな確信と、わずかな微笑み。
「俺の知っている物語が全てではありません。この世界には、まだ続きがある」
「……ああ」
モモンガは深くうなずいた。怒りに震えていた肩が、少しだけ落ち着いたように見える。
「たとえ、元の世界の“オーバーロード”がそんな内容でも……この世界では違う。俺たちはここにいて、仲間たちもいる。母さんのことだって、まだ――希望があるってことだな」
「ええ。現実が創られるのは、選ばれた記述だけじゃない。……生きる意志のある人間が、それを創り変えるんです」
「どこまでカッコつける気だよ、お前……」
ルシ★ファーが半笑いで突っ込む。
「もう十分すぎるほど頑張ったろ。こっちでくらい、お前も“普通”に生きてみな?」
「そうよ伏黒くん、こっちはね、“救った世界の続き”って考えてもいいくらいなんだから」
餡子ろもっちもちとブルマがふんわり笑いながら湯呑みを差し出す。
「どうぞ。あんこ入り抹茶ラテ。とろけるよ」
「それ名前だけで胃もたれしそうなんですが……」
苦笑しながらも、伏黒はそれを受け取った。
「けど、ありがとう……みんな、本当にありがとう……」
その言葉に、応接間の空気がふっとやわらぐ。
「さて……」
と、ブルマが改まって立ち上がる。
「今後のこと、話し合いましょうか。“世界を救った男”にちゃんと休暇を取らせる計画、始動よ!」
「異議なーし! よし、次の目的地は温泉だ!」
「いやその前に人間ドックと健康診断だろ!」
「伏黒くんの精神ケア計画、始まる!」
誰からともなく飛び交う声に、ミストバーンは――いや、伏黒は、ようやく小さく、しかし確かな笑い声をこぼした。
その笑いは、どこか子どものような、無垢なものだった。
そしてその夜。
ナザリック地下大墳墓では、久方ぶりに“宴”が開かれた。
誰かの正体も、過去も、異世界も、転生も、もう関係ない。ただ、「ここにいる」という事実を祝福するためだけの、穏やかな時間が流れていた。
モモンガは宴の最中、そっと伏黒の隣に腰掛ける。
「……どうぞ。あんこ入り抹茶ラテです」
伏黒――ミストバーンは、差し出された湯呑みを両手でそっと受け取った。その手は、もう震えていなかった。
「あんこ入り……ラテ……?」
「うん、甘さと渋みのバランスが絶妙なの。癒やされるよ~」と、餡子ろもっちもちがどこか誇らしげに微笑む。
一口すすった瞬間――
「……あったかい……」
ぽつりと漏れたその言葉に、全員の表情がやわらぐ。
ナザリックの応接間は、今やかつてないほど“人間らしい空気”に包まれていた。かつての死の支配者たちと、異世界の戦士、そして数多の戦いを経た仲間たちが、静かに同じ時間を過ごしている。
その中心に、ようやく心を許し、涙を流し、そして――笑った男がいた。
伏黒の目が、ふとモモンガと重なる。
「……これからは、肩の力を抜いてもいいですか?」
「ああ、好きにすればいい。俺たちは、もう“お前の味方”だからな」
その言葉に、伏黒は微笑む。そして、ほんの少しだけ冗談めかして、こう呟いた。
「じゃあまずは、温泉より先に……三日三晩寝倒します」
「それだ!」「それが一番健康的!」「生きてるうちにやるべきことランキング一位!」
満場一致の賛成と共に、ナザリックの応接間に、優しい笑いが響き渡った。
――こうして、長きにわたり一人で戦い続けた男・伏黒ミストバーンは、ようやく「居場所」と「仲間」を得た。
彼の戦いは終わったのではない。
ただ、ここからはもう、“一人で戦う必要はない”というだけのこと。
そして――
ナザリックの物語は、新たな章へと進んでいく。
何か忘れてるような