弱肉強食が基本である、徹底した階級制が強いられている
最下層に位置し、なんてことのない一般生徒でしかないと自覚していたとある男子生徒は、ある日突然学園における最上位の生徒の前に立たされていた。
最底辺に居る2年生、
さほど特徴もない地味な青年である。
対するは本能寺学園を牛耳る生徒会長、
厳めしい表情をしているものの、太眉の美女であり、常人では相対しただけで気圧される女傑。
そこらの生徒では会うことすらできないはずの彼女が目の前に居ること自体が信じられず、最太はビリビリと肌を震わすプレッシャーに戦き、今にも膝から崩れ落ちそうだった。
「服を脱げ」
本当にその必要があるのか、と思ってしまうほど広い生徒会室で二人きり。
ただの生徒では欲しがったところで絶対に手に入らないだろう、そうした状況下における第一声がそれだった。
言われた最太はまず理解することができずにきょとんとしてしまった。
「……え」
「聞こえなかったのか? 服を脱げと言ったんだ」
「え。えっ。ええっ⁉ な、なっ、なんっ――」
「動揺など無価値。無駄な時間など使わせるな」
皐月は日本刀を持っていた。
鞘に納めたままの刀でドンと地面を叩き、激しく混乱している最太をびくつかせた。
「貴様に与えられた選択肢は2つに1つだ。自ら脱ぐか、私に脱がされるか。今すぐ選べ!」
「な、なぜっ⁉ 理由は――!」
「判断が遅い‼」
部屋全体が揺れるほどの大声を発した皐月が、目にも止まらぬ速度で刀を抜いた。
あっと思う暇さえない。
強い風を感じると、気付けば皐月が目の前に立っていて、すでに刀は振り切られている。次の瞬間には最太が着ていた制服がバラバラになり、まるで紙吹雪のように辺りへ舞い落ちた。
一瞬にして全裸である。下着すら斬り捨てられていた。それでいて体には傷一つついておらず、ちょっとした痛みすら生じなかったため気付くのが遅れている。
最太は違和感を覚えて自分の体を見下ろし、裸だと知ると女の子のような悲鳴を上げた。
「きゃああああああっ⁉ なななんですかいきなりぃ⁉ なんですかこの状況は⁉」
「貴様に新しい制服をくれてやる」
「俺制服なんて一つしか持ってな……え?」
流れるように納刀して、踵を返した皐月は机の上に置いてあった物を手に取り、改めて最太の前に立った。
その時には彼は少しでも自分の肌を隠そうと両手を股間に置き、座り込んで小さくなっていた。
差し出された新しい制服を見ると再びきょとんとしてしまう。
「
「え……へ、へんたい?」
「そうだ。これを着こなしてみろ」
ずいっと押し付けられて、思わず受け取った最太だが動揺や戸惑いは消えていない。
さらに皐月は指先でピンと弾くように極小のTバックを放ってくる。
「下着はこれを着けろ。生命戦維を織り込んである」
「ほ、本当に変態みたいな……これじゃちょっと、ギリギリ過ぎるというか」
「さあ着ろ」
「え⁉ 今?」
何が起きているか、いまいち呑み込めていないというのに話をどんどん進められてしまう。
最太は素直に反応して驚愕しているが、皐月は躊躇うことも恥じらうこともなく、素っ裸で制服を抱えている彼を見下ろしている。その眼力にたじろぎながらも、最太も黙ってはいられなかったようでもじもじしながら言った。
「裸で帰るつもりか? さっさと着ろ」
「き、着ますっ。けど、あの……見られていると恥ずかしい、んですが」
「知ったことか。貴様の体など、見ていてもなんとも思わん」
「ひどいっ」
どうやら目を逸らすなどの気遣いはしてくれないらしい。かといって裸でいられるはずもなく、渡された制服と下着を身に着ける以外の選択肢はなかった。
できるだけ大事なところを隠すように、横を向いて最太はいそいそと服を着始める。
皐月は何も言わずに厳しい表情でその様子を見ていた。
最太が新しい制服に袖を通した。
他の生徒とは異なる黒い学ランである。胸元には白い十字型の印があり、それ以外は目立った特徴もなく、着心地はむしろ前の制服よりも良い。
突然のことで驚いてしまったものの、さっき斬り捨てられた制服より良い物をもらったのだ。
一体どういう状況なのだと思う一方で、あまりにも軽いその制服に最太の笑みがこぼれる。
「す、すごいですねこれ……でもなんで俺にこれを」
「お前は何も知らないだろうが」
皐月が何かを言おうとしたため、彼女の顔に目を向けると、首を小さく振られる。
「いや……とにかく貴様のためにあつらえたものだ。誰にも奪われるな。いいな?」
「は、はい」
「用件はそれだけだ。下がれ」
「はい! ありがとうございます!」
余計なことは言わない方がいい。
元気よく返事をした最太は腰を曲げて頭を下げ、礼を言って出入口まで歩く。
扉の前に立ち、開くより先に振り返った最太は礼儀として再び皐月に頭を下げようとした。
「普遍方」
「はい!」
その前に呼びかけられて激しく動揺した。
しかし怒られないようにとその動揺を気合いと大声で隠す。
「何か問題が起きれば、真っ先に私のところへ来い。相談でも雑談でもいい。真っ先にだ! それを肝に銘じておけ」
「おっ……は、はい! 銘じました! たった今!」
「ならばいい。行け」
「ありがとうございます! 失礼します!」
最太は扉を開けて外へ出た。
乱暴だと思われないようそっと扉を閉めた後、へたり込みそうになるくらい深く息を吐き出す。
凄まじい緊張感だった。裸をしっかり見られてしまった。新しい制服をもらったとはいえ、一度は刀を抜かれてしまい、今でも何の時間だったのか理解できていない。
「なんだったんだ……今のは」
考えるだけ無駄か。最太はそう結論付ける。
文武両道にして完全無欠。本能寺学園の絶対的最強。生まれも育ちも見ている景色も、何もかもがあまりに違い過ぎる。
最太にとって皐月は気楽に話しかけられる隣人などではなく、絶対に手が届かない天上の人。
理解しようという態度すら傲慢なのかもしれない。ついそう思ってしまう。
「よくわからないけどまあいいか。前よりいい制服までもらっちゃったし、下着は気になるけど、あり得ないようなシチュエーションで……うっ」
下腹部が熱くなってくる。
混乱し過ぎて覚えていることは少ないが、それでも鮮明に記憶しているものがあった。
凛々しい顔立ち。冷たいはずだとばかり思っていたのに、近くで見ると意外な温かさを感じる、そしてやはり鋭さは変わらない眼光。怖くもあるがたまに優しかった声。
ただの生徒が絶対に近付けないはずの鬼龍院皐月が本当に目の前に居たのだ。
そして彼女の手によって全裸にされてしまい、見られながら服を着るという異常な状況。
次にやるべきことはすでに決まっていた。
最太はマゾでこそないが高い妄想力があって、突然体感した非日常に興奮している。
そそくさと歩き出し、彼は脇目も振らずに前屈みの状態でトイレへ向かった。
最太が退出した後、皐月は首にかけているペンダントに手で触れた。
パチン、と蓋を開いて中を見る。
そこには幼い男女が写っている写真が納められていた。
「お前が忘れてしまっていても……私は」
その言葉は誰にも伝えられずに静かな室内に消えていく。
彼女にしては珍しく吐息をこぼして、何も行動せずに立ち止まること数十秒。
懐かしむように穏やかな顔で写真を見つめた後、再び蓋を閉じた時、皐月の顔つきは再び普段通りの厳しく凛々しいものに戻っていた。
簡易キャラクター紹介
・普遍方 最太(ふへんがた さいた)
孤児。貧乏。なんでもない人。
妄想力が強いむっつりスケベである。
・鬼龍院 皐月(きりゅういん さつき)
黒髪ロング。太眉。生徒会長。
一切赤面しないが全部見てはいた。