生徒会四天王の一人、風紀部委員長、
金髪をオールバックにした褐色肌の大男である。非常に逞しい筋肉を持ち、厳めしい顔をしているのも手伝って、相対しただけで相手がビビるほど強烈な印象の男だった。
彼の下に風紀部の生徒が駆けつけてくる。
慌てた様子で声をかけられ、蟇郡はすかさず振り返った。
「大変です! 纏流子とその仲間たちが、料理部を襲っているそうです!」
「何ィ⁉ すぐに行く!」
詳細を聞く前に駆け出し、扉を壊しかねない勢いで扉を開け、早歩きで廊下を直進し始めた。
廊下で走ってはいけません。
風紀部の委員長として、どんな学校であっても定められているこの決まりを破ることはできず、どれだけ急いでいても走ることはできなかったのだ。
「どういうつもりだ纏流子……! 皐月様を敵視する女がなぜ料理部を襲う!」
部下が追い付いてくるのも待たずに先行して、蟇郡は料理部が活動する家庭科室へ到着した。
壊しそうになる勢いで扉を開けて迷わず一歩中へ入る。
「纏流子っ‼ そこで何をしている!」
状況を確認する前にまずそう叫んでいた。
そして言い切った後で家庭科室内の状況を確認する。
エプロンを着用している料理部の生徒たちがこぞって倒れていた。何やら顔色が悪く、毒を盛られたかのように青ざめた顔で小さく呻いている。
その姿とは対照的に、腹がはち切れんばかりに大きくなって、丸々と太った二人の人間を見た。
何から言えばいいのか、蟇郡は一瞬困ってしまった。
予想外にも纏流子が困った顔をしている。その隣に居る二人、太り過ぎだろう。倒れている料理部の生徒たちに外傷はなく、ではなぜ苦しんでいるのだ。
わからないことが多過ぎた。
あらかじめ想像していた光景とは違ったものの、カッと目を見開いて蟇郡は叫び出す。
「貴様ら、料理部の食材を奪ったな⁉ この本能寺学園で強盗を働いたのかァ!」
「違います! 強盗ではありません、これは決闘だったのです!」
「何ィ⁉」
両腕で大きくバツを作り、真っ先に否定したのはマコであった。
普段と比べれば体長が倍になるほど腹がパンパンに膨らんでおり、そんな状態で苦しがるどころか生き生きしている。たくさん食べてかつてないエネルギーに満ちていた。
流子はすっかりマコと最太を友達だと思っているが、その姿を見て言葉を失くしている。
彼女たちは本当に人間なのだろうか。
「貴様は誰だ! 名を名乗れ!」
「2年甲組、流子ちゃんの親友、満艦飾マコ! そういうあなたは生徒会四天王にして風紀部委員長の蟇郡苛先輩ですね!」
「そうだ!」
「ちゃんと説明します! 蟇郡先輩にわかってもらえるように!」
「よし! ではきちんと説明しろ!」
「はい!」
マコと蟇郡が向き合っている。
勢いよく飛び込んできた割には意外に冷静で襲い掛かってくる気配はない。
ただでさえ現状に引いている流子は、穏やかに話しかけてくる最太にも微妙な顔をした。
「意外と話がわかりそうな人だね。蟇郡先輩」
「お前らに言われるとなんとも言えねぇよ……」
流子が呆れている一方で、かつてなく満腹になっているマコが元気よく語り始めた。
「蟇郡先輩、ご説明します!」
「よし! してみろ!」
「最初に流子ちゃんが言いました! 鬼龍院皐月様から聞き出したいことがあるから勝負をして勝たなきゃいけないって! そのためにまずは皐月様にお相手をしてもらうために注目を集めなければいけません!」
「次に普遍方くんが言いました! それなら部活の部長をしている二つ星の人たちを倒していけばいいんだって! せっかくだから料理部でおいしいごはんをいっぱい食べたいって!」
「そして私たち、やってきました! 料理部に!」
「もちろん料理部のみなさんは私たちのことを認めませんでした! 料理を作らないなら帰れ! 無星の私たちへの風当たりはあまりにもきつかったのです!」
「流子ちゃんが言いました! なんだとぉ! だったら力ずくで奪ってやろうじゃねぇか!」
「そこで! この私、満艦飾マコが言いました! ケンカはだめぇ~!」
「私たちの方から料理部に来たんだから、お料理で勝負するのが筋だよ! そう言ってお料理勝負が始まったのです!」
「お互いがお互いのために料理を作って、作ってもらった料理を一つ残さず食べきったら勝ち! それが私たちのお料理勝負でした! なのでこれはお互い納得した上での決闘だったのです!」
「なるほど。それでお前たちは料理を平らげ、料理部は……残しているのか?」
「そうなんです! 私たちの手料理がちっとも食べられないまま残されているんです! ひどいと思いませんか⁉」
「満艦飾家特製のなんだか食べられそうなものをぎゅぎゅっとしてカラッと揚げたコロッケに! なんだか食べられそうなものを出汁を取らずにじっくり煮たお味噌汁! 普遍方くんと流子ちゃんの共作、なんだか食べられそうなものをガッとササッと炒めたチャーハン!」
「料理部のみなさんが全然食べてくれないんです!」
「うううぅ、にがい……からい……ぐにゅぐにゅする……」
「口の中で何かが動いてた……」
「め、目が、チカチカ……」
「下水道の水に浸したゲロの匂いがする……」
蟇郡は静かに冷や汗を垂らした。
屈強な肉体と精神を持ち、肉弾戦においては無類の強さを誇る彼であるが、見たことのない料理とそれを食べて倒れているだろう料理部の面々を見て悪寒を感じずにはいられなかった。
「私と普遍方くんが胸の中で大事にしている言葉は同じでした」
「虫はゴミよりごちそう!」
「カラッと揚げたり焼いたりすればおいしくなります」
「ですから蟇郡先輩、これは決闘です! 男と女とそれ以外が認め合って始めた決闘なのです!」
「私たちが一方的に襲ったわけではありません!」
「むぅ……それはわかった。互いにルールを決めて戦ったのであれば外野にとやかく言われることでもないだろう。しかし――」
蟇郡はマコの説明に納得した様子を見せた反面、微妙そうな顔をする。
マコたちが作った料理を改めて確認すると、「あれは本当に料理なのか?」と思ってしまうほどに禍々しく、恐れを抱いてしまう。
久しく忘れていた「怖い」という感覚。まさかこんな場面で味わうことになるとは。
「これは、本当に食べ物なのか……?」
「食べ物です! 私の体を作っているれっきとした料理なんです! ちなみに流子ちゃんはあまり料理ができないことがわかりました!」
「う、うっせぇ! 余計なこと言うな!」
「ううむ……纏流子、だけの問題なのか?」
黒々としている料理を眺めながら蟇郡はふと真剣に考えてしまっていた。
ハッと我に返ると、料理について考えている場合ではないと気付く。
蟇郡は生徒会会長である鬼龍院皐月に忠誠を誓っている。
皐月の敵は彼の敵。そして現在は皐月に反抗している纏流子を最優先のターゲットとして敵対しているのである。
呑気に喋っている場合ではない。どんな事情があるにせよこの場に流子が居るのは確かなのだ。
「料理部との間に何が起きたかはわかった……だがしかし! 貴様らが料理部の下へ殴り込んできた事実は変わりあるまい!」
「ハッ、だったらどうするよ。言っとくがこっちはとっくに準備できてんだ。あんたらがしっぽ巻いて逃げ出さねぇって言うなら相手してやるぜ」
挑発的な態度の流子が不敵な笑みを見せる。
蟇郡は見るからに怒りを表し、爆発的にプレッシャーを増して拳を硬く握りしめた。
「この本能寺学園は鬼龍院皐月様の支配下にある! 貴様の身勝手が許されるなどと思うなァ!」
「御託はいいからさっさとかかって来いってんだ。まずはお前からでいいんだなァ!」
「笑止千万! 貴様など皐月様のお手を煩わせるまでもない! この場でこの俺が――!」
「ちょーっと待ったぁ~‼」
ヒートアップする二人の間にマコがぴょーんと飛び込んだ。
咄嗟に二人の動きが止まって空気が変わる。
特に驚いていたのは蟇郡だ。視界の中に現れたマコは先程とは別人のように痩せていて、普段通りの姿で生き生きしている。流子もまた驚いていたがすぐにまともに考えることをやめたらしい。
「待ってください二人とも! せっかく話がまとまったばっかりなのにケンカなんてしないで!」
「むおっ⁉ 貴様、満艦飾か! なぜ痩せている⁉」
「私、代謝がとてもいいんです! よく食べ、よく動き、よく寝る! いつも心がけてます!」
質問の答えとしておかしいとは思ったが、蟇郡もまた言葉を失い、何も言えなくなった。
「それに今日は栄養失調ギリギリで生きている私たちが、新鮮な食材で作られた料理をたくさんいただきましたので、体がとても喜んでいます! おおおぉかつてないエネルギー! バク宙だってほらこの通り!」
「バカかっ⁉ スカートを履いて跳び回るな満艦飾!」
「ひゃああっ⁉ 見せパン忘れちゃった! パンツ見えちゃう~!」
「跳ぶのをやめろと言っているんだ! なぜ跳ぶ!」
さっきまで敵対していたというのに、いったい何をやっているのか。
気が逸れた流子は呆れ返っており、口を挟むことさえできない。
そんな彼女の隣にすっと最太が立った。
「漲ってきたな」
「お前もかっ⁉ なんでこの短時間で痩せてんだよ……」
最太もまたマコと同様にすっかり痩せていて、いつも通りの体型に戻っている。
果たして本当に人間なのか。極制服より彼らの方がよほど不思議だ。
「とーうっ! ほーうっ! 誰か止めてぇ~!」
「早く止まれ満艦飾! 食べ物がある場で跳び回るな!」
「くっ……⁉ くそっ、もう少し――!」
「つーかお前はパンツ見ようとしてんじゃねぇよ! 向こう行ってろォ!」
「ぶへぇ⁉」
新鮮な食材で作られた美味しい料理を食べて、かつてないエネルギーを感じているマコは自分自身の動きを止められなくなってしまい、素早く大胆に動き回っている。
蟇郡が慌てながら止めようとしている一方で、最太が流子に殴られて倒れた。
誰も居なかった状況になり、ドタバタと騒がしくなる。
何がどうなっているのか、流子や蟇郡でさえわからなくなるがひとまずマコを止めようとした。
「事情はわかった。この一件、私が預かろうではないか」
その一声で流子と蟇郡が振り返ってぴたりと固まる。
マコは相変わらず力を持て余して跳ね回っており、最太も目をギラつかせるが、あっと思った時にはもうマコに目を向けられなくなっていた。
本能寺学園生徒会会長、
簡易キャラクター紹介
・蟇郡 苛(がまごおり いら)
金髪オールバック。褐色肌。強面。
移動するだけで壁をぶち破ることが少なくない。