目的である
「鬼龍院皐月! よくもまあのこのこと顔を出せたもんだな! ここで会ったが百年目ェ!」
「この学園は隅から隅まで私のものだ。いつどこを歩こうが私の勝手だろう」
一触即発。流子と皐月が睨み合い、今にも戦いが始まりそうな雰囲気だった。
そんな中で
「纏さん」
「なんだよ! 止めんな! ここで倒しちまったらそれが一番早いだろうが!」
「満艦飾さんが外に出ちゃった」
「満艦飾ぅ! 窓ガラスを割るなァ!」
「ごめんなさ~いっ!」
美味しい料理をたらふく食べた
自分でも止められなくなったところで窓ガラスをぶち破って外へ出てしまい、その瞬間に風紀部委員長の
いまいちシリアスになり切れない空気だ。
幸いにも1階であるためマコの心配はいらないだろう。そもそも異様に元気が有り余っている彼女がどうにかなってしまうことは付き合いが短くとも想像ができない。
気を取り直して、キッと目つきを変えた流子が武器である片太刀バサミを取り出した。
切っ先を皐月へ向けて再び殺気を込めて睨みつける。
「と……とにかく! まどろっこしいやり取りはなしだ! 勝負しろ!」
「図に乗るな。貴様如きが私と同じ舞台に立ったなど、思い上がりも甚だしい」
「何ィ⁉」
「貴様は“
蟇郡がマコを追って、壁を破壊して外へ出ていった一方、皐月は意外にも冷静に話していた。
逆に流子は熱くなっており、我慢することなく感情をぶつけている。
そして最太は、彼自身は巻き込まれたかのような、当事者としての自覚が欠けていたが、ちらりと皐月に視線を送られたことであっと思う。
「条件を設けてやろう。私に挑むためのな」
「ハッ、かっこつけて逃げようってのか! ふざけるんじゃねぇ! なんで私がお前の命令なんて聞かなきゃならないんだ!」
「今の貴様ではどうあがこうが私には勝てん。でかい口を叩くならそれ相応の結果を見せてみろ」
流子が舌打ちしても皐月は表情を変えないどころか、刀を抜こうとする気配さえ見せない。
時折最太を気にしながらも厳しい顔で淡々としてあくまでも流子に対して発言する。
「貴様ら三人、一人につき五つの部の長を倒し、その座を奪え。それで私に挑む最低限の資格を得たと認めてやる」
「勝手なことをペラペラと」
「貴様が少々戦えたところで、他の二人を守れるとでも思っているのか?」
そう言われて流子の表情が曇った。
出会ったばかりとはいえ、すでにマコと最太を見捨てられなくなっている自覚はある。そして自分の目的を果たすためには多くの危険が降りかかってくるだろうことも、自分一人で戦うには限界があることも察している。
その時、ハッとした流子が振り返って最太を見る。
彼に与えられた極制服。他ならぬ皐月からプレゼントされたと言っていた。
何のために渡したのだろうと思っていたが今になってもしやと思う。
「はじめっからこいつも巻き込むつもりだったか……」
「それともお望み通りこの場で私と戦ってみるか? 四天王の手など借りるまでもない。貴様らをまとめて全滅させてやってもいいぞ」
皐月が初めて刀に手を伸ばした。
まだ構えてすらいないのにプレッシャーが増して、なるほど、確かに強いと理解する。このままぶつかればただでは済まないのは間違いない。
流子は険しい顔になり、自らの気持ちとは裏腹に、すぐ傍に最太が居ることを気にしていた。
「理解したようだな。己の無謀さと力の無さを」
「チッ……一旦見逃してやるだけだ。一対一でやりゃあどうやろうが私が勝つ」
「今日より貴様ら三人を“決闘部”に任じる。部員を増やすのは貴様らの勝手だが条件は変わらん。一人につき五つ、部長の肩書きを奪い、保持しろ。一週間くれてやる」
フンと鼻を鳴らして皐月が踵を返す。
「せいぜい力を尽くすことだ。この学園で生き残りたいのならばな」
「てめーこそっ! 首洗って待ってやがれ! 必ず後悔させてやる!」
皐月は悠々と歩いて家庭科室から立ち去った。
一方的に喋られて、条件を決められて、言い終えるとさっさと立ち去る。なんとも勝手な立ち振る舞いである。しかしこの場で倒せるものを敢えて手にかけず、勝手に暴れた流子たちに何もせずに去ろうとしていることに、最太は意外な優しさを感じていた。
「皐月様!」
家庭科室から出ようとしていた皐月が立ち止まり、わずかに振り返る。
そこには黒々とした何かを乗せた皿を差し出している最太が居た。
「俺と纏さんが作ったチャーハンです! 一口いかがでしょうか!」
「えっ。いや……それは……確かにチャーハンみたいなものではあるけど。っていうか今そんな状況じゃなかっただろ」
最太の突然の行動に流子が呆気にとられる反面、皐月は考える素振りもなく体ごと振り返った。
「いただこう」
「はあっ⁉ マジかよてめぇ!」
「どうぞ」
スプーンを受け取り、最太が持つ皿を見下ろして、皐月は躊躇いなく一口食べた。
見た目は悪く、とてもチャーハンには見えない。しかし口に入れると嫌な顔一つせずに咀嚼して味わっている様子だった。
「なんだかよくわからない物は全部満艦飾さんが使ったので、この皿には料理部が普段使ってる食材しか入れてません。ただ纏さんがむやみやたらと火を入れ過ぎてしまって……」
「んがっ⁉ よ、余計なこと言うな! 言っとくけど失敗はしてねぇからな!」
「しかし俺がそこをこう……アレして! 皐月様のお口に合うかはわかりませんが死にはしない感じになっているはずです!」
「元々死なねぇよ! ただのチャーハンだぞ!」
「ふむ。辛いな」
「うるせぇ! なに食ってんだ!」
やはり怖い印象があるが意外に優しい人なのかもしれない。
昨日の顛末で怯えていたはずの最太は肩の力が抜けて、彼女の前に立ってにこりと笑っていた。
「次はお前が一人で作ったものを食べさせてくれ」
「おっ……は、はい!」
「なんで私がなしみたいになってんだ! ふざけんな!」
「えぇ~っ⁉ 私たちが部長になるの⁉ しかも五つも掛け持ちで⁉」
蟇郡に抱えられて戻ってきたマコに事情を説明するとすぐに呑み込んだ。
むしろどんなやり取りがあったか知らない、気になって仕方ない蟇郡の方が動揺しており、すでにこの場から皐月が去っていることにも狼狽している。
「皐月様……! 新たな闘争をお望みか!」
「すごいね~! ってことは私たち星をもらえるのかなぁ? 出世のチャンスだよ流子ちゃん!」
「んなこと言ってる場合じゃねぇだろ。星がどうこうじゃねぇんだよ」
悩んだり迷ったりする素振りを全く見せず笑顔になるマコに対して、流子は呆れている。
彼女は能天気に考えているようで、皐月に強制されている事実などまるで気にならないらしい。
「いや、この際星が上がるか否かは大した問題じゃないよ。満艦飾さん」
微妙な顔になっている流子とは異なり、いつになく真剣な様子の最太が口を挟んできた。彼自身が普段から不真面目なわけではないが、今は何やら気合いが違う。
その態度を見ただけで何を言い出すのかはなんとなく予想できる。
流子は不意に疲れを感じて黙ってしまった。
「どういうことなの普遍方くん?」
「今ある部活から部長の座を奪えって話なんだよ。部長になるってことは、その部に関するあれこれの決定権が手に入るってことなんだ」
蟇郡が小脇に抱えていたマコをそっと下ろす。
彼らの会話に興味があるのか、自身が生徒会に所属する四天王の一人であり、スパイ活動をするつもりすらなく真剣に最太の発言を聞く。
「今日、俺たちは料理部を奪ったんだ。そしてこの料理部には新鮮な食材が集められ、料理上手な部員たちが集まっている。それを俺たちが自由に動かせるということは――」
「もしかしてっ、お持ち帰りを⁉ 私たちおいしいごはんを毎日たくさん食べられるってこと⁉」
「そう! この本能寺学園では強さこそ正義! 勝てば官軍、負ければ追放! 部長を倒した俺たちは料理部を好きにできる! 食生活の改善さ!」
「すごいすごーい! 部長の座を奪うってそういうことなんだね! 生活水準がぐっと上がるってことなんだね!」
「つまり俺たちが狙うのは生活に役立ったり生活を良くしたりする部活動! 部長の座を奪えば部長権限を行使して色々手に入ります! スラムに住んでたってモーマンタイ!」
「すごい作戦だね普遍方くん! しかもそれをやることによって流子ちゃんもやりたいことができるから一緒にお得! 生活をよくなると流子ちゃんのサポートにもなるよ!」
最太とマコが見る見るうちにヒートアップしていく。
恐怖心など一切感じられず、ただ純粋に楽しそうであった。
「皐月様のお言葉を聞いていないとはいえ、それだけじゃないぞと言いたいのだが」
「こいつらに言っても無駄だろ……今更変わるわけねぇ」
流子と蟇郡は取り残され、彼らのように騒ぐことができずにすっかり落ち着いてしまっていた。
「なんなら部長権限を振り回して部を動員し、スラム全体の生活環境を変えてしまったっていい! そうすればスラムの人間同士で争わなくて済む!」
「みんな仲良し! みんな幸せ! 天才的な発想だね!」
「待て貴様ら! 本能寺学園が階級制度を採用しているのには理由がある! 明確な貧富の差を設けることで個々の競争心を煽り、人間の心身を鍛え、本当に強い者を――!」
「蟇郡先輩!」
マコが鋭い声で蟇郡の名前を呼び、おもむろに右手をバッと伸ばした。
突然差し出された手を見て困惑してしまい、蟇郡の動きが止まる。
「入部しませんか!」
「……何ィ⁉」
「普遍方くん、私たちって何部だっけ⁉」
「決闘部」
「生徒会もみんな仲良し! そのためには蟇郡先輩が私たち決闘部と生徒会の皆さんを繋いでくれればいいと思います!」
「いいわけがあるか! 俺は皐月様の楯でありこの学園の盾! 皐月様の障害を取り除くことこそ俺の役目である!」
今度はマコと蟇郡がヒートアップし始めた。
どちらも声が大きい。
マコと一緒に居る以上はこうなるのだろうと、すでに何度も経験がある流子は慣れつつあって、驚くことも面倒になって口を挟まないように気をつけている。
「いいえ、できます! 蟇郡先輩はできます! だって蟇郡先輩はまじめじゃないですか! 力が漲って私自身を止められなかった私を止めてくれたじゃありませんか!」
「それが決闘部に入部となんの関係が……!」
「できないって言ってるのは蟇郡先輩だけです! やってみたら実はできるんです! だって私が無理だと思っていた私を止めることが蟇郡先輩にできたんですから!」
「あれって説得してんのか? 何やってんだ……?」
「仲間にしたいってことじゃないかな?」
「完全に勢いだけで動いてるな……」
「ええいっ、できるかできないかではない! そのつもりがないと言っているのだ! 俺は皐月様の配下であり、貴様らは皐月様の敵であろうが!」
「いいえ、敵ではありません! 私たちは皐月様の敵ではありません! だって流子ちゃんは皐月様に認めてもらって知りたいことを教えてほしいだけ! そのために今は流子ちゃんも怒りっぽいワンちゃんみたいにワンワンしてますが、ちゃんとお願いを聞いてもらえた後は、敵になる理由がないのです!」
マコの発言を聞いて流子は頭を抱える。深くため息をついて肩を落としてもいた。
「はあぁ~、まーたあいつは勝手なことを……」
「流子ちゃんがワンワンしている……」
「そこだけ切り抜くなよっ⁉ 変なこと考えてんじゃねぇ!」
嫌な予感がして流子が最太の尻を蹴り上げた。
かなりの力を入れたため確かに痛かったはずなのだが、痛がりながらも彼は折れておらず、赤面しながら「おぉう⁉」と叫んでいたのだ。