第1話 We are not machines, we are humans
昔々、私の御先祖様は敵国の英雄の首を刈り取って莫大な富と最上の名誉を手に入れたそうです。
その話をお父様から聞いた私は御先祖様に憧れを抱きました。
だから私も人の首を刈ることにしました。
今はもう戦場で英雄が生まれるような時代ではありませんでしたから、とりあえず偉そうな人の首を適当に刈ってみました。
最初に私の家……ちなみにお父様は国で一番大きな反社会的勢力の親玉です……と敵対していた警察組織の幹部。
その次は邪魔な役人。
それからどんどん標的の肩書きが立派なものになっていき、ついには国の最高権力者、すなわち王の首にまで私の刃が届きました。
こうして時流に取り残されて落ち目だった私の家は国の支配者に成り上がり、私はお姫様となりました。
御先祖様と同じように大物の首をたくさん刈り取ったことで、御先祖様と同じ……いえ、それ以上の富と名誉を手に入れたのです。
……ですが、不思議と私の心は満たされませんでした。
そして棚に並べた立派な首級の数々を眺めながら三日三晩考え抜いた末に私は自分の本当の望みを理解しました。
私は富や名誉が欲しかったのではありませんでした。
凄い人の首を刈りたい。
ただそれだけだったのです。
それに気付いたところで国内には私の首刈り欲を満たせるような凄い人は残っていませんでした。
さすがの私もお父様やお父様に味方する人たちの首を落とさないだけの理性を持ち合わせていました。
そうなると狙うべきは国外の大物ですが、戦争の引き金になりそうな人を狙うのはお願いだからやめてくれとお父様に懇願されてしまったので、次の標的はなかなか決まりませんでした。
そんな時、私はふと思い出してしまったのです。
凄い人を見つけ出して支援しているという謎の組織……アラン機関の存在を。
◯
「ギロチンが入国した」
ここは個人経営の小さな喫茶店リコリコ。
閉店作業中の店内で、リコリコの看板娘である錦木千束は色黒イケおじ店長のミカから唐突にそんなことを言われた。
落ち着いた雰囲気の喫茶店という平和な空間にそぐわない物騒な単語を聞いた千束は、それに対して呆気にとられることなく、酷く嫌そうな顔で「マジか〜」と呻いた。
二人が話題としているギロチンは古い処刑器具の名称ではなく、とある凶悪な犯罪者を示す異名だ。
最初の犯行はおよそ二年前、スポーツの世界大会で金メダルを獲得した外国の有名選手がテレビ中継の真っ最中に襲われ殺害された。
その次は科学者、その次は音楽家、その次は作家、その次は映画監督……職業も人種も性別も関係なく、世界的な著名人が次々と命を奪われた。
周りに武装した屈強な護衛がいても躊躇なく標的を襲撃し、首を切り落として持ち去るその恐ろしい手口から、いつしかその連続殺人鬼は民衆からギロチンと呼ばれるようになったのである。
「幸い、ラジアータの予測では標的はお前らしい。そういうわけだから、明日は本部で表彰式だ」
「うぇぇ……恥っず」
「そう言うな。この方法が一番確実だ」
千束は表情こそ不満げだが、文句は言わずにミカの指示に従った。
そして翌日、とある施設の広い講堂にて、揃いの学生服を着た大勢の少女たちが見守る前で千束は名を呼ばれ登壇した。
「表彰状。錦木千束。貴方はファースト・リコリスとしてこの国の平和維持に大いに寄与した。よってここに表彰する。おめでとう」
この施設で最も偉い人物……楠木は真顔で無感情に表彰状を読み上げた。
「楠木さーん、もうちょいおめでたそうにできません? 文面も短いしなんか露骨に雑っていうか」
「うるさい。早く受け取れ」
「へーい……」
そんなやり取りを小声で済ました千束は受け取った表彰状を観客席に向けて大きく掲げた。
観客の中には笑いをこらえてぷるぷる震えている者もいたが、大半は敬意に満ちた眼差しと共に盛大な拍手を千束に送った。
「どーもどーも! ありがとー! フキお前後で覚えてろよ」
引き攣った笑顔を作った千束が観客席に手を振って応えている。
この空間の盛り上がりが最高潮となった、その時である。
施錠されていた扉を破壊して仮面に黒コート姿の不審者が講堂に侵入してきた。
その見間違えようのない特徴的な外見は世間を騒がす首刈り魔ギロチンに他ならなかった。
「来たか、ギロチン……作戦開始だ!」
恐ろしい殺人鬼が現れたというのにこの場にいる少女たちのひとりたりとも悲鳴をあげない。
それどころか楠木の号令がかかった瞬間、千束を除く全ての少女たちが拳銃を構えてギロチンを取り囲んだ。
『あら……情報は真実だったようですわね。国家が子供を殺し屋として運用しているだなんて疑わしかったのですけれど』
そんなことを呟いたギロチンの声は変声機を通しているようで、酷く不気味なものだった。
「あの見た目であの声とか、デスゲームの司会者かよ」
「死ぬのは奴の方だがな……安心しろ、最初は拘束弾による捕縛を試みる。この状況下での実弾使用は流れ弾や跳弾でこちらに被害を出しかねないからな」
とはいえ後で死ぬことに変わりはないが、と千束に悟らせることなく頭の中で楠木が考えていると、千束と同じ赤い学生服を着た少女からギロチンの捕縛が完了したと伝えられた。
いかに狂人が殺人技術を磨いていようとも、銃を持つ百人の兵に囲まれてしまえば突破はおろか逃走すらできないのだ。
「はやっ」
「殺人鬼と言っても所詮は素人に過ぎない。当然の結果だ」
非武装の主人公たちが必死に逃げ隠れするしかなかった殺人鬼を警察官があっさり射殺する。
そんなすっきりしない終わり方の映画を思い出して千束は憮然とした表情を浮かべた。
楠木は千束を置き去りにして、大量の拘束用ワイヤーで雁字搦めにされて床に転がっているギロチンに近付いた。
「司令、危険です」
「この無様な姿で何ができる」
あからさまな罠に飛び込んで何もできずに捕まった間抜けの顔を見てやろうと楠木はギロチンの仮面に手を伸ばした。
『心外ですわね。このワタクシが人の首よりもずっと細いこんな縄を切れないと思いまして?』
楠木の手が仮面に触れるよりも早く、腕力で強引に拘束を引き千切ったギロチンが体勢を立て直し、楠木の手首を掴み取った。
「なっ……!?」
『あなたはここの偉い人でしょうか? 悪くはないですが、アランさんの子供たちに比べたら見劣りしますわね。コレクションには相応しくないので……摘まずに手折りますわね』
ギロチンが切り落として持ち去るのはとある共通点を持つ標的の頭部のみだ。
しかし標的以外を殺さないのかというとそうではなく、標的の護衛などの邪魔者は頭を切り落とすことなく乱雑に殺して捨て置くのだ。
ギロチンの凶手が楠木の首に触れる……その寸前、異変を察知して後方から駆け寄ってきた千束がギロチンの額に拳銃を密着させ、発砲した。
着弾の衝撃によりギロチンは一歩後退した。
『あら! 本命の方から来てくださるなんて!』
「ふざけんな! 映画じゃないんだから撃たれたら倒れとけ!」
千束が使った銃弾は非殺傷のゴム弾だったが、頭に直撃すれば普通の人間は間違いなく昏倒する威力の代物だ。
しかし仮面が防弾仕様だったのか、ギロチンは一切の痛痒を感じた様子もなく今も平然と立っている。
『その首、貰い受けますわ!』
ギロチンは楠木から千束に狙いを変えて右手を突き出してきた。
そしてその手首から飛び出た剣が千束の髪の先端を僅かに切り落とした。
「うわっ、ちょっ、あぶなっ!?」
口ではそんなことを言っておきながら、千束は冷静にギロチンの動きをしっかり見て、的確に凶手を回避して、反撃の銃弾を撃ち込んだ。
『素晴らしい! まったく当たりませんわ! これがアランさんに選ばれた貴方の才能なのですわね!』
「このっ……なんでこれで効かないわけ!?」
速度では銃弾に劣っていても、途中で曲げられるギロチンの刃は直線でしか飛ばない銃弾以上に回避が難しい。
それでも千束はどうにか回避と反撃をこなしていたが、何発直撃させても銃弾はギロチンにまったく効かず、周囲の多数の座席が邪魔で動きづらいこともあって次第に追い詰められていた。
「ひぃ!? やばいやばい弾切れフキ助けて!」
「ゴム弾なんて使ってるからだ馬鹿!」
千束にフキと呼ばれた赤い学生服の少女は、実弾を装填した拳銃を構えて、名前を呼ばれる前からギロチンに迫っていた。
完全に不意をついたフキの銃弾がギロチンの胸の中心に命中し……その部分を覆い隠す布を吹き飛ばしただけでギロチンの肌に弾かれた。
服に空いた穴から露出したギロチンの肌は金属質で、それは明らかに人間のものではなかった。
「金属鎧か!?」
「今時そんなわけあるか! こいつはターミネ」
『違いますわ。ワタクシは機械じゃなくて人間ですわよ。これは遠隔操作ですわ』
銃弾の効かない怪物の正体。
それは遠隔操作される殺人ロボットだった!
「何のひねりもないつまんねーオチだなあ!」
毒づきながら千束は叫んだ。
「リコリスの装備じゃ火力が足りない! 絶対勝てない! 逃げろ!」
◯
アラン機関は天才を支援する謎の組織で、貧困者に対する資金援助や身体障害者に対する医療提供などを匿名で行っています。
機関の支援を受けた天才はアランチルドレンと呼ばれ、あらゆる分野で華々しい偉業を成し遂げています。
つまりアランチルドレンはひとりの例外もなく凄い人でありながら、アラン機関以外に頼れる相手のいない社会的立場の低い人ばかりという、私の首刈り欲を満たすにはちょうどいい存在でした。
昔は標的をメディアで見繕っていましたけど、最近は私を警戒してアラン機関との繋がりを隠す人が多くなってしまったので、基本的に知り合いの情報屋さんのような人を頼らせてもらっています。
そしてある日、私は極東の島国に住むアランチルドレンの少女を標的に選び、そのついでに彼の国を守る国家公認の殺し屋……リコリスを知りました。
異常に低い犯罪発生率を誇る彼の国は孤児の女の子たちを殺し屋に育て上げて、犯罪者が犯行に及ぶ前に暗殺させているそうです。
生物学的に身体能力でどうしても男性に劣ってしまう女性の、しかも未成年の女の子を使っているのは、その殺しとは無縁の容姿で標的を油断させるためなのだとか。
私みたいな天然物も存在するというのに、相手が少女というだけで油断するだなんて、平和ボケが甚だしいですね。
まあ、他所の国の政治的な事情とかはどうでもよくて、私が気にするべきはそんなリコリスのひとりがアランチルドレンということだけです。
その少女の名前はチサト・ニシキギ……錦木千束。現在十五歳で私と同い年。
千束さんは年齢が一桁の頃から三段階あるリコリスの階級において最上位のファーストに任命されており、彼の国における最後の大事件と言われる電波塔事件を解決した、紛れもない凄い人です。
報酬も名誉も与えられず、使い捨てが当たり前のリコリスという存在でありながら、史上初めてその働きを表彰されるというのですから、その首の価値は私が標的とするのに十分でしょう。
過去の大事件を解決した時ではなく、私が千束さんを狙うと決めた今になって表彰されるというのは些か話が出来過ぎているような気はしていましたが、たとえ罠であっても踏み抜くのは仮初の身体ですから臆する理由にはなりません。
そして私はリコリスを運用する秘密組織ダイレクト・アタック……通称DAの本部を襲撃しました。
懸念した通りリコリスたちから熱烈な歓迎を受けましたけれど、拘束に使われたワイヤーは問題なく引きちぎることのできる強度でしたし、戦車と同等の強度を有する表面装甲は少女の細腕で扱える小型銃の威力では傷ひとつ付きませんので、何ひとつ問題はありませんでした。
そんなこんなで私に対して打つ手なしと察した千束さんは脇目も振らずに逃げ出してしまいました。
「捕まえられるもんなら捕まえてみろ! のろまな屑鉄野郎! お前の関節錆びてんぞ!」
おそらく他のリコリスを守るためでしょう。
千束さんは私を挑発しながら、私を引き離し過ぎない速度で走り回っています。
凄いですね……走りながらあんなに激しく喋っているのにまったく息切れしていません。
『ねえ、もしかして貴方は長距離走の天才ですの?』
こちらがバランスを取るのが難しい遠隔操作の身体で転ばないように速度を落としているとはいえ、疲れない私を相手にこんなにも余裕で逃げ続けられるのは驚嘆に値します。
『それとも格闘技の天才かしら? 数多の首を落としてきたワタクシの剣をあんなにかわせる人なんて初めてでしたわ』
このまま延々と続けてもエネルギー切れになりそうなので、出直すことも念頭に置きながら戯れに立ち止まって話しかけてみると、千束さんも休憩を取りたかったのか足を止めて会話に応じてくれました。
「知らない。私を助けてくれた人は何も言わずにいなくなっちゃったから」
『あら、そうなんですのね。ワタクシの時はちゃんと教えてくださいましたのに。担当者次第なのかしら?』
「は? お前……」
『ワタクシも持ってますわよ。あのフクロウ……フクロウですわよね?』
アランチルドレンを殺し回る私も実はアランチルドレンの端くれです。
その情報に衝撃を受けたのか、千束さんが動揺して僅かな隙を見せてくれました。
その瞬間、私はこっそり千束さんの足に左手の親指の先端を向けて、そこから銃弾を放ちました。
『油断しましたわね! 仕込み機関銃ですわ!』
頭を穴だらけにするような勿体ないことはしませんけれど、逃げる標的から足を奪うことに躊躇はありません。
『さあ千束さん! あなたの首級をあげさせていただきますわ!』
この距離で放たれた銃弾を人間が回避できるはずありません。
さんざん焦らしてくれましたが、千束さんもこれでおしまいです。
逸る気持ちに身を任せ、銃撃の結果を確認せずに千束さんへと近付き手を伸ばした私は……手痛い反撃を受けてしまいました。
「表面が硬くても、内側なら効くだろ! 今度はちゃんとお約束守れよ!」
運良く一発も当たらなかったのか、防弾装備など何らかの手段で防いだのか……あるいは自力で回避してのけたのか。
無傷の千束さんは私の仕込み機関銃の銃口に拳銃を密着させて、発砲しました。
戦車のような耐久力を驚きの薄さで実現している私のお手製特殊合金は特定の方向からの衝撃にのみ強く反対側からの衝撃には非常に脆弱という残念な性質があったため、そのたった一発で私の左腕は破裂して、さらに弾帯を胴体内部に格納していたせいか左半身も少し破損してしまいました。
『くっ……よくもやってくれましたわね! ですがこの程度でワタクシは止まりませんわよ!』
「いーや! 残念だけどそろそろエンドロール流す時間なんだよね! だから……これで終わっとけ!」
千束さんが勢い良く何かを放り投げました。
それは非力な女の子でも問題なく扱える武器としては随一の威力を有するもの……手榴弾でした。
私の身体の表面装甲は手榴弾の直撃でも問題なく耐えられるはずでしたけど、破損部から少し露出していた内部構造は耐えられず、私の身体は動かなくなってしまいました。
この距離でこのような爆発を起こしては千束さんも無事では済まないのではと心配でしたが、通信が途絶する直前にカメラが捉えたのは、鞄から巨大な風船のようなものを膨らませて破片と爆風から身を守る千束さんの姿でした。
あれは無傷でしょうね……。
こうして、私と千束さんの初戦は私の完敗で終わりました。
◯
「……ただいま」
「おう、お疲れ」
項垂れて帰ってきた千束を見て、ミカはDAによるギロチン討伐作戦の結果が芳しくないことを悟った。
「とりあえず、ひと息つくといい」
椅子に座ってカウンターに突っ伏した千束の前にミカは淹れたてのコーヒーを置いた。
千束はしばらく無言だったが、やがてコーヒーを飲み干すと何があったのか話し始めた。
「リコリスに犠牲者は出なかったけど、ギロチンには逃げられちゃった」
「そうか」
ミカは千束の元気のなさから死人が出たものと思っていたが、そうではなかったらしい。
「てかあいつ遠隔操作のロボットだったよ。ラジアータで探しても見つからないから、たぶん中の人は外国にいる」
「それは……とんでもない技術だな」
ギロチンはテレビの生中継の最中にアランチルドレンを殺害したことがあり、その映像は今でも違法動画サイトで探せば閲覧できる。
ミカも映像でギロチンの姿を見ているが、人間と遜色ない動きのそれがロボットだとは疑ったことすらなかった。
「それから……」
千束は何かを伝えようとして言い淀み、重い手つきで服の下に隠れていたネックレスを引っ張り出した。
「……あいつもこれ、持ってるんだって」
千束がミカに見せたそれはフクロウのチャーム……アラン機関との関わりを示す唯一の物証だ。
「ロボット作りの才能とかかな……絶対使い方間違ってるよ」
「……そうだな」
ミカは表情を動かさずに千束の言葉を肯定した。
その一方で、ミカは心の内でこう思っていた。
アラン機関が見出したギロチンの才能は、千束と同じ……人を殺す才能かもしれないと。
◯
非力な私が銃を持つ屈強な護衛に守られた首を刈るにはどうしたらいいか。
その難題の答えとして、私は遠隔操作できる首刈りロボットを考案しました。
設計図を書き上げたところまでは順調でしたが、私は落ち目の貧乏反社の娘でしたから、製造に必要な設備や材料を用意する段階になって資金不足が障害となりました。
アラン機関から手紙が届いたのはそんな時でした。
『君には類稀なる人を救う才能がある。我々は君を支援する』
封筒の中にはそう書かれた手紙と一緒にフクロウのチャームと莫大な金額の書かれた小切手が同封されていました。
人を殺そうとしている私に人を救う才能があるから支援するなんて、あまりにもおかしな話です。
だから最初は人違いか、あるいは悪ふざけかと思いましたが、小切手は本物でしたから遠慮なく私の懐に入れさせていただきました。
資金を得た私は無事に首刈りロボット初号機を完成させ、充実した首刈り生活を送れるようになりました。
そんなこんなで年月が過ぎ、私が国の要人をいっぱい生首に変えた頃、ついに国家が本気で私を殺しにきて……色々あって私は四肢を失いました。
頭さえ残っていれば首刈りロボットの操作は可能なので首刈りに問題はありませんでしたが、首刈りロボットで自分を抱えないと移動すらできない状況は何かと不便で、私は自分用に機械の義肢を作ることにしました。
やがて私が王の首を取り、私の家が新たな王家となった後、国王となったお父様は生身と見紛う動きをしていた私の義肢を見て言いました。
その技術があればこの国を医療大国にできるのではないか、と。
こうして取るに足らない小国に過ぎなかった私の国は、反社だった我が家の領分である賭博事業に加えて、医療用機械義肢を前面に押し出すことで大いに発展しました。
つまり私の開発した技術で多くの肢体不自由者が救われてしまったわけで……的外れと思っていたアラン機関の見立ては、どうしようもないほどに的確だったのです。
◯
透明な筒が棚の上にいくつも立ち並び、筒の中の保存液が仄かな照明を反射して星空のように輝いています。
少し寒いこの部屋は私の聖域、すなわち刈り取った生首の保管庫です。
「あなたは速く走る才能をお持ちでしたね。これまでずっと変わることのなかった世界記録を更新したあの十秒にも満たない時間は世界の時が止まったかのようでした。そんなあなたの時を永遠に止めたあの瞬間、私は……ふふ、はしたないので言わないでおきましょう」
私は筒の中に納まったアランチルドレンたちの頭部に語りかけています。
普段この部屋にいる時はコレクションを静かに眺めるだけで、物言わぬ生首に向かってひとり言を垂れ流すという淑女にあるまじき行為はしないのですが……今回は特別です。
彼らの首を刈り取った瞬間を思い出して、千束さんの首を刈り逃したことで生じた空虚感や苛立ちといった悪い感情を抑え込むのです。
「あなたのピアノ演奏の才能は素晴らしかったです。一度だけ生の演奏を聴かせていただきましたが、首刈りではなく音楽に感動して涙を流したのは初めての経験でした。そして同じように涙を流して命乞いをするあなたの首を私の手が断ち切ったあの瞬間、今度は下から……これもはしたないですね」
生首は現在十六人分あります。
ちなみに私の国で手に入れたものはアランチルドレンに見劣りしていたので先代国王だけ残して処分しました。
ですから私が首を刈ったアランチルドレンは今のところ十五人ということになります。
「ああ……もう終わってしまいました」
首を刈り取るのは一瞬で終わります。
だから十五人分あっても楽しい思い出に浸っていられた時間はほんの僅かでした。
足りません。
首の数が全然足りていません。
私が幸せを感じるためにも、もっと沢山の首を刈り取る必要があります。
「ですから……」
私は棚の空いている場所にいつか飾られる千束さんの生首を思い描いて、その幻に語りかけました。
「すぐに公務を片付けて、またあなたに会いに行きます。その時はきっと、今回は掴めなかったあなたの才能を理解してみせますね」
おそらく千束さんの才能は戦いに関連するものなのでしょう。
アラン機関に選ばれたその才能は、決して容易く打倒し得ないものなのでしょう。
ですが。
いかなる才能を持っていようとも、この私……カリス・シュタルフクスが必ずや千束さんの首を刈ってみせます。
これより幕を開けるのは、人を殺して成り上がった一族に生まれておきながら人殺しの才に恵まれなかった小娘が、人殺しを生業とするリコリスの、その史上最強と謳われる英傑の首を見事に刈ってご覧に入れる、他に類を見ない大番狂わせの舞台です。
千束さんの人生の衝撃の結末によって私に最高の感動と興奮がもたらされる瞬間を、どうぞお見逃しなく。
まあ負けるんですけどね。