首刈コリス   作:ことのはだいり

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第10話 Honestly, it's a disease and it will kill you

 毎回タクシーを呼ぶのも大変だからと自家用車を調達しておいたのが功を奏しました。

 大量のドローンと護衛隊の三人、そして「拙者も一緒に行って一年の始まりを故郷で迎えたいでござる〜」と言って同行してきたお侍さんを詰め込み、高速道路を車で移動すること数時間、私は千束さんが登っている山の麓に到着しました。

 ちなみに神社の方にはチサにVロボで代わりに行ってもらっています。

 ファレノプシスの連中は千束さんを尊敬していると言いながら本物と偽物の区別もつかないお間抜けさんたちなので問題ないでしょう。

 

「さて……それではドローンによる探索と並行して山頂を目指しましょう」

 

「はっ!」

 

「おおっ!」

 

「はーい!」

 

「ござる!」

 

 千束さんがどのような経路を通ったにせよ、私たちよりも先に出発しているのですから、ある程度は山頂に迫っているはずです。

 せめて車で途中まで進めたら良かったのですが、雪に覆われた斜面を進むのはさすがに無理でしょう。

 滑落する未来しか見えません。

 ……正直、車輪ほどではないにせよ、足で登るのも大概危険だと思いますけどね。

 

「千束さんが足を滑らせて怪我などしてなければ良いのですけど……あなたたちも生身なのですから、足場には十分注意しなければいけませんよ」

 

「御心配いただきありがとうございます」

 

「それなら俺は足首まで地面に突き刺して進みますぜ!」

 

「じゃあ私は膝まで突き刺す!」

 

「なら拙者は刀を鍔まで突き刺すでござる!」

 

「そんなことしたら雪崩を起こしかねないのでやめなさい。馬鹿なことしてないで、早く先に進みますよ」

 

 そんな気安い雰囲気で登り始めて一時間ほどが経過した頃、私たちは妙なものを見つけました。

 なんと雪に完全に覆われた地面から人の手が草花のように伸びていたのです。

 

「……人の手に見えますね。アンドリューとタンドリーは不意打ちを警戒して私を守ってください。ポンジョルノ、あれを引っこ抜いてきてください」

 

 私は護衛隊の中で見た目通り最も力自慢のポンジョルノに人の手を引っ張らせてみました。

 そしたら血の気を失った知らないおじさんが抜けました。

 ……死んでいますね、この人。

 死体の上に雪が降り積もって埋まったとしたら腕が上に伸びていたのはおかしいので……雪崩にでも巻き込まれたのでしょうね。

 それもかなり大規模な雪崩があったのでしょう。

 ……千束さんは巻き込まれていませんよね?

 あの千束さんですし、雪崩への対処くらいできるはず……いえ、でもファレノプシスの少女たちに話を聞いた限り、リコリスは雪山での訓練なんて経験しないようですし……しかし銃弾を避けられる千束さんなのですから雪崩なんて……でも範囲攻撃はさすがに……あああまずいまずいまずい!

 

「千束さあああん! ワタクシが首を刈るまで……死んではいけませんわ〜〜〜〜〜!」

 

 我慢できずに私が千束さんへと呼びかけた直後、それが引き金となったのか、はたまた偶然タイミングが重なったのか、大きな雪崩が発生して私たちを飲み込みました。

 

          ◯

 

 千束は一緒に山頂を目指していた他の全員と共に一度目の大きな雪崩に飲み込まれていた。

 衝撃で気を失っていた千束が目を覚ましたのはそれから数時間後だった。

 身体はそれなりに雪に埋まっていたが幸いにも呼吸が可能な状態で、わけあって保有している特別な心臓のおかげで気絶中も脳にしっかりと血が回っていた千束は、ちょっと身体が痛むものの命に別状はなかった。

 どうにか自力で雪の中から這い出た千束は、ぼんやりとした頭で何があったのかをゆっくりと思い出して、顔面を蒼白に染めた。

 

「誰か……誰かいないの!?」

 

 雪崩に飲まれる前は十人を超える大所帯で行動していたのに、今は千束の大きな声に誰も声を返さない。

 きっとみんな、雪の下に埋まってしまったのだ。

 そう考えた千束は慌てて雪を掘り返した。

 冷たさに手が痛むが、まったく気にせず掘り続けた。

 やがて手の感覚が完全になくなって、それでもひとりも見つけられなくて千束が途方に暮れていると、二度目の雪崩が発生した。

 幸いにも雪崩が起きたのは千束がいる場所から離れていたようだったが、この様子では三度目の雪崩がいつ起きるか分かったものではない。

 

「……誰か! 返事して! 誰か!」

 

 自分の命を守るためにも今すぐ捜索活動を打ち切って安全な場所に逃げるべきだ。

 それを頭では理解しているのに、千束はこの場に留まり続けた。

 偶然同じ登山ツアーに参加した初対面の人たちを救うために……彼らの救世主となるために。

 しかし無情にも千束は誰も見つけられず、どんなに叫び続けても聞こえてくるのは虫の羽音だけ。

 やがて低体温と疲労感で頭が働かなくなった千束は、ちょっとだけ休憩したいという衝動に駆られて、その場で横になった。

 雪はふんわりと柔らかく、まるで布団のようだった。

 このまま意識を投げ出してしまえば、きっと天にも昇る心地だったことだろう。

 

「……千束さん!? そんな……心臓が止まっていますわ!」

 

 そんな千束を目覚めさせたのは、何者かによって胸を揉みしだかれるこそばゆさであった。 

 

「千束さああああん! 戻ってきてくださいましいいいいい! ああもうっ、大きな乳房が邪魔で圧迫しづらいですわね!」

 

 耳障りな大声にまどろみを吹き飛ばされて、千束は閉じていた瞼を僅かに開いた。

 その瞬間、目の前にあったのはカリスの唇だった。

 

「お前何する気だぁ!?」

 

「むきゅっ!?」

 

 たまらず千束は飛び起きて、掌でカリスの顔面を押し返した。

 

「千束さん! お目覚めになられましたのね!」

 

 カリスは千束に先制攻撃を受けても怒りを見せず、ただ千束の目覚めを喜んだ。

 

「離れろ変態! 人が寝てるからって好き勝手しやがって!」

 

「心肺蘇生はいかがわしい行為ではありませんわ! あなたさっきまで心臓が止まっていましたのよ!」

 

「いやそれは……」

 

 千束に限っていえばそれが正常な状態なのだが、事情を知らないカリスには一大事としか思えなかっただろう。

 

「……私を救けようとしてくれたの?」

 

「当然ですわ! ワタクシが首を刈る以外で死なれては困りますもの!」

 

「さっきまで隙だらけだったんだから、起こさないで切り落とせばよかったじゃん」

 

「それはワタクシの流儀に反しますわ」

 

 千束にはカリスのこだわりが全く理解できなかった。

 理解はできなかったが、カリスが自分を殺すのではなく生かそうとした事実だけは目にしたままに受け入れた。

 

「あのさ……ひとつ聞いていい?」

 

 むしろ受け入れられなかったのはカリスの行動ではなく、カリスと愉快な護衛たちの外見だった。

 服装自体は前に水族館で遊んだ時と同じだが、びしょ濡れのブラウスから下着が透けて見えているカリス。

 下はブリーフ、上は裸にネクタイの細身ロン毛。

 腰蓑だけのハゲマッチョ。

 上下とも水着……いや、下着姿の金髪ギャル。

 褌一丁のコスプレ侍。

 どいつもこいつも極寒の雪山においては異様過ぎる装いだ。

 

「……なんで君ら、そんな格好なの?」

 

「見苦しい姿で恥ずかしい限りですわ。しかしこれには事情がありますの」

 

 聞くところによるとカリス以外の者たちはその身を盾にしてカリスを雪崩から守った際に服がぼろぼろになってしまい、着心地が悪いからと脱ぎ捨てたらしい。

 なお、そもそも脱ぎ捨てる前から雪山登山向けの格好ではなかったのだが、それについては山登りが急に決まったことなので仕方がないのだ。

 

「特に被弾面積の大きいポンジョルノは下着まで完全に破損してしまって、付近で調達した植物で腰巻きを作って隠すことしかできませんでしたの」

 

「あっ、ポンジョルノそいつなんだ……」

 

 カリスと千束の会話に名前が出ても、当の本人であるポンジョルノは反応しない。

 耳に装着していた翻訳機が雪崩で失われたせいで、この国の言葉で行われている会話の内容を理解できていないのだ。

 ちなみにアンドリューとタンドリーも同様の状態である。

 

「いや、うん……そっか……寒くないの?」

 

「私の護衛隊は特別な筋肉を有していますわ。筋肉は人体において特に大きな熱を作り出しますので、彼らが頑張って筋肉を動かすことで暖房の代わりとなってくれているのですわ」

 

「筋肉すげぇな」

 

 かなり大雑把な説明だったが、寒さと疲労で頭が働いていない千束は言われたままを受け入れた。

 

「それよりも千束さん、今この山はいつまた雪崩が起きるか分からない危険地帯ですわ。千束さんが頂上を目指していることは把握していますが、今回は諦めて早急に下山するべきですわ」

 

「うん、私もその方がいいとは思うけど……その前にお願い! 力を貸して!」

 

 自分では無理でも、殺人鬼のはずなのになぜかいつも誰かの命を救ってるカリスなら、雪に埋まってしまった人たちを救出できるかもしれない。

 そう考えた千束は自分が救世主となることにこだわらず、カリスを頼った。

 そんな自分の行動に、千束はふと何かが腑に落ちたような……大切な何かを掴めたような不思議な気持ちになった。

 

          ◯

 

 千束さんに頼まれた雪崩の被害者の捜索は蜂ドローンの活躍により問題なく完遂しました。

 ソナー、光学、サーモグラフィー……蜂ドローンには隠れ潜む害虫を見落とさないようにと捜索系の機能を大量に搭載していたので、雪にほんの少し埋もれているだけの人間を見つけるのは難しくありませんでした。

 問題があるとすれば掘り出した人間が尽く手遅れの状態だったことですね。

 

「この人は頚椎骨折で即死ですわね。こちらは岩か何かにぶつかって腹部を深く抉られたせいで、既に失血死していますわ」

 

「……そんな」

 

 千束さんが並べた死体の前で立ち尽くしています。

 そんな千束さんに、私は見知らぬ人たちの状態を端から順に説明していきます。

 

「あら? この人は体表に外傷は見当たらないので、おそらく窒息ですわね」

 

 ほとんどの人は完全に手遅れでしたけど、一緒に発見された大柄な外国人観光客らしき二人の男性の身体が盾となったおかげか、ひとりの中年男性だけはまだかろうじて手遅れとは言えない状態でした。

 

「もしも運良くこの低い気温で脳細胞が保護されていたならば、心臓さえ動かせば蘇生の可能性はありますけど……この場で長く留まることは危険なので、見捨てて下山することを提案しますわ」

 

「なら、カリスたちは先に行って。心臓マッサージのやり方は私も昔先生に習ったから」

 

「……それでは苦労してここまで来た意味がなくなってしまいますわ」

 

 仕方がないので千束さん、私、そしてお侍さんの三人で適度に交代しながら絶え間なく胸骨圧迫を行いました。

 護衛隊の三人は力加減に失敗してとどめを刺してしまう懸念があったので、雪崩の警戒に専念させました。

 

「……千束さん、もう日が沈みますわ」

 

 私たちはしばらく胸骨圧迫を続けましたが、救命対象が息を吹き返すことなく時間だけが過ぎて、ついには辺りが暗くなり始めました。

 

「もうちょっと……せめて、あと十分だけ」

 

 日没後の下山は危険性が日中の比ではないというのに、千束さんが諦める気配はありません。

 

「これだけ時間が経ってしまうとさすがに手遅れだと思いますわ」

 

 千束さんは圧迫を続けながら返事をします。

 

「でも! 私は! 見捨てる! なんて! 嫌だ!」

 

「……わかりませんわ。なぜ千束さんはリコリスなのに人の死を嫌いますの?」

 

 人殺しを肯定される環境で幼少期から育てられたはずの千束さんがなぜそんな信条を持つに至ったのか、心の底から不思議に思います。

 

「それは……だって……」

 

 千束さんの声はどんどん小さくなっていきました。

 そこで私は千束さんをこの危険な地から引き離す名案を思い付きました。

 

「十秒以内にワタクシが納得する答えを出せないのであれば、力ずくで千束さんを下山させますわ。明確な理由もなく千束さんが身を危険に晒すだなんて看過できませんもの」

 

 私は千束さんに聞こえるようにカウントダウンを始めました。

 

「十、九、八……」

 

「私……」

 

「七、六、五……」

 

「私は……」

 

「四、三……」

 

「私は……!」

 

「二、一……」

 

「救世主さんになりたいから!」

 

「ゼ……はい? 救世主ですの?」

 

 なんか予想外の答えが出てきました。

 救世主とはまあ……なんとも規模の大きな話です。

 

「……えっと、それは宗教でよく聞く感じの?」

 

「いやそういうんじゃなくって……救世主さんってのは心臓の病気でずっと昔に死ぬはずだった私に時間をくれたアラン機関の人のこと!」

 

「……千束さんが受けた支援は医療の提供でしたのね。それにしても、救世主というのは表現が誇大な気が……」

 

「仕方ないだろ子供だったんだから! あの人が冗談で言ったことを真に受けちゃったんだよ!」

 

 どうやら匿名の支援者であるはずのアラン機関の人が名前を聞かれた際に救世主と名乗って誤魔化したのを幼少期の千束さんは心から信じ込んでしまったようです。

 なんともかわいらしい話ですね。

 

「とにかく私は私を助けてくれた救世主さんに憧れてんの! 救世主さんみたいに誰かの命を救いたいって思ってんの! だから命を奪うなんて私のやりたいことと真逆のことは……絶対にしたくないの!」

 

 千束さんは私を睨みながら怒鳴るように言います。

 

「納得しただろ!? 続けるよ!」

 

 有無を言わせない千束さんの気迫に、私はどうやら気圧されてしまったようです。

 何も言い返せなかった私は大人しく蘇生に協力することしかできませんでした。

 それからついに辺りが薄暗くなった頃、千束さんの執念が実を結びました。

 

「……ひゅほっ! ぐ、うぅ……こ、ここは?」

 

「よっしゃあ! ほら見ろカリス!」

 

 得意気な千束さんの傍らで、息を吹き返した細身の中年男性が忙しなく周囲の様子を探り、ポンジョルノを視界に捉えたところで急に騒ぎ出しました。

 

「ひぃい!? わ、わかったぞ! 今度は俺が気絶するまで痛めつけやがったな!? これだから外人は嫌なんだ! 話の通じない野蛮人め!」

 

「ちょっ、こんなとこで走ったら!」

 

 見るからに強そうなポンジョルノに驚いたのでしょうか。

 

「うるせえ! お前ら全員遭難して死んじま……うおっ!?」

 

 錯乱した中年男性はこの場から走って逃げ出そうとして、すぐに足を滑らせました。

 斜面を転がり落ちた中年男性はやがて岩に身体を打ち付けて止まりましたが……遠目に見ても明らかに首が折れています。

 

「……さすがにあんまりだよぉ」

 

 これまでの努力が一瞬で水の泡となる驚愕の展開を見せられて、千束さんは涙目で震えていました。

 

          ◯

 

「千束さん、ご覧になって……初日の出ですわ。あれが見たかったのでしょう?」

 

「うぅ……ぐすっ……」

 

 かつてこの山で二十年間修行を積んだというお侍さんの助言で、下山するよりも山頂に登って救助を呼んだ方が早い位置にいると知った私たちは、多数の死体を背負って暗闇の中の登頂を成功させました。

 

「なんで……なんでせっかく助けたのに死んじゃうのぉ……他の人たちも、みんな後で死んじゃってるのかなぁ……?」

 

 どうやら先程の蘇生直後に死んだお馬鹿さんは詐欺師の小悪党だったらしく、ちょっと悲観的な思考になっている千束さんは、これまで見逃してやった悪党も今回のように逃した後で死んでいるのではないかと思い至ってしまったようです。

 私はここぞとばかりに千束さんの肩を抱いて慰めます。

 

「今回は不幸な事故ですわ。他の人たちはきっと千束さんに感謝を抱きながらまっとうに生きていますわ」

 

 などと言いましたが、まずありえないでしょうね。

 千束さんと交戦するような裏の人間は、表に居場所がないから荒事を生業としているのです。

 拾った命を維持するために裏の仕事を続けるしかなくて、結局はどこかで命を落とすでしょう。

 ……それにDAなら禍根を残さぬよう追跡して消すくらいはやると思いますけど、指摘するのは無粋というものです。

 

「ひっぐ……そうかなぁ……」

 

「そう信じて前に進みましょう。千束さんには泣き顔よりも笑った顔がお似合いですわ」

 

「カリス……」

 

「どうかワタクシが首を落とす時も、素敵な笑顔で死んで……」

 

「離れろ変態!」

 

「うっ」

 

 千束さんに横腹を蹴り飛ばされました。

 その気になれば仕込み刀を首筋に添えられる距離でしたから、千束さんの対応は適切です。

 

「カリス様!」

 

「てめぇよくも!」

 

「殺す!」

 

「ううむ……これぞ日出る国が誇る絶景でござる!」

 

「おうおう上等だ裸族ども! かかってこいやぁ!」

 

「やめなさい。千束さんも、どうかご安心くださいまし。今はワタクシもそういう気分ではありませんわ」

 

 お侍さんのように刈った首をその場に晒す主義であれば山の頂はこの上ない舞台なのでしょうけど、私は首級を綺麗なまま持ち帰って保存したいので、落とした直後に鋭利な岩肌で千束さんの顔が傷つくかもしれないこの環境では手を出したくありません。

 私は登る朝日が良く見える場所に腰を下ろして、隣の地面を軽く叩いて見せました。

 

「一緒に眺めませんこと?」

 

「……凶器突き付けてこない?」

 

「不安なら外しておきますわ」

 

 私は両腕を外してタンドリーに預けました。

 

「必要であれば足も外しますわよ?」

 

「……いや、いいよ」

 

 千束さんが私の隣に肩を並べて座ってくれました。

 

「……ねえ、聞いていい?」

 

 ぼんやりと太陽を眺める千束さんの横顔を眺めていると、不意に千束さんが口を開きました。

 

「なんですの?」

 

「カリスはどうして人を殺すの?」

 

「ワタクシ別に人を殺したいと思ってはいませんわ。ただ人の首を刈りたくて、その結果として死んでしまうだけですの」

 

「じゃあどうして人間の首なんて切り落としたいと思ったの? 聞かせてよ。私と出会う前のカリスのこと」

 

 隠すようなことでもなく、時間も十分にあったので、私は楽しい思い出に浸る気分でこれまでの首刈りライフの全てを千束さんに語りました。

 ご先祖様のように敵の首を刈って富と名誉を得ようとしたのが始まりだったこと。

 富と名誉よりも首刈りそのものに満たされていたと気付いたこと。

 一国の王と同等かそれ以上の価値を持つ首として、アランチルドレンに目を付けたこと。

 そして今、それなりに数が存在する天才たちよりも特別な、世界でただひとつの愛する人の首が目の前にあること。

 

「……つまり、突き詰めると人の首を切ることに幸せを感じるからやってるってことなんだよね」

 

「そうですわね。好きだから、楽しいから、満たされるから……首刈りは、首刈りだけがワタクシにあらゆる幸せをもたらしてくれますわ」

 

「やばいってそれ。絶対病気だから治した方がいいよ。カリスならできるでしょ?」

 

「どうやってですの? 身体はどうとでも弄れますけど、心は……」

 

 さすがに弄りようがないと一瞬思いましたけど、実際どうなのでしょうね?

 私はこれまで、作ろうと思って作れなかったものはひとつもなかったので……意外と人の心に干渉する装置も作れるかもしれません。

 

「そりゃお前……もっとこう、平和な方法で幸せを感じられないか探してみなよ」

 

 頭の中で装置の設計図を描いていると、私が言葉を詰まらせて困っていると思ったらしく、千束さんがそんな提案をしてきました。

 

「例えば何がありますの?」

 

「おいしいご飯を食べるとか」

 

「姫という立場になって以来、最高級の食材で作られた料理を日常的に食べていますけど、大した感動はありませんでしたわ」

 

「映画とか音楽とか、そういう一般的なエンタメは?」

 

「アランチルドレンが携わったその類のものを素晴らしいと思ったことはありましたけど、その人の首を刈った時の感動の方が上でしたわね」

 

「ん〜〜〜〜〜……じゃあ、その……」

 

 千束さんは声を潜めて「エッチなことは?」と聞いてきました。

 

「……誘ってますの?」

 

「ばっ、ちげーし! ほら君、子供いるって話だし、既に男の人とそういうこと経験済みなんでしょ? ……どうだったの?」

 

「行為の際はいつも大量の潤滑剤の使用が必要と言えば答えになりますでしょう? ……ただし、千束さんが相手の場合、どうなるかは分かりませんけど?」

 

 どうせ拒まれると分かっていながら、からかうだけのつもりで私は千束さんを挑発しました。

 そしたら……顔を真っ赤にした千束さんが、防寒用の分厚い上着を脱ぎ始めました。

 

「千束さん!? 何してますの!? まさか低体温症で……」

 

 人間は低体温症が酷くなると逆に暑く感じるらしいです。

 千束さんもそういった状態なのかと思いましたが、続く言葉を聞く限りではどうやら違います。

 

「それでカリスが救われるならやってあげるから! 早くカリスも脱いでよ!」

 

「お待ちになって! いくら千束さんのお誘いでも、さすがに屋外では……」

 

「うっさい! 脱がないなら脱がせてやる!」

 

 両腕のない今の私が抵抗なんてできるはずもなく、乱暴に押し倒されて衣服に手をかけられてしまいました。

 

「やめてくださいまし! やめてくださいまし!」

 

「このっ、動くな! 脱がせづらい!」

 

「護衛隊! 千束さんがご乱心ですわ! 抑えてくださいまし!」

 

 私が呼びかけてもこちらに背を向けて背後を警戒している護衛隊は反応しません。

 なぜかというと慌てていた私が彼らに伝わらない言葉で話していたからなのですが、この時の私は気付けませんでした。

 

「もうっ、騒いだら邪魔が入っちゃうだろ!」

 

 私の口を塞ぐつもりなのでしょう。

 千束さんの顔が吐息のかかる距離まで迫ってきて、二人の唇が……というところで邪魔が入りました。

 

「千束おおおおお! 無事かあああああ!」

 

 とてもうるさいプロペラ音を響かせて現れた救助ヘリからミカさんが大声で呼びかけてきました。

 さすがに千束さんも行為を続けることはできず、一瞬で私の上から飛び退き、服の乱れを直して、何事もなかったかのようにミカさんに手を振ります。

 

「せっ……せんせー! 千束はだいじょーぶ!」

 

 普通の警察のお世話になると色々と面倒なことになりそうだったので、私はミカさんに連絡して救助を頼んでおいたのです。

 

「……では名残惜しいですが、今日のところはこれでお暇いたしますわ」

 

「えっ、一緒に乗ってかないの?」

 

「あの小型機にこの人数は乗れませんわ。元より千束さんだけ救助してもらうという話でしたもの。死体に関しても山頂の分かりやすい場所に安置しておけば、後でDAが手を回して回収することになっていますから、あれに乗せる必要はありませんわ」

 

 伝えるべきことを全て伝えて、私は護衛隊とお侍さんの体力事情を考慮して早急に下山するために出発しようとしました。

 

「待って!」

 

 そんな私を呼び止めて、千束さんは予想外の用件を切り出してきました。

 

「デート! 約束してたでしょ! どこ行くの!?」

 

 まさかその話題に千束さんの方から触れていただけるとは思ってもいなかったので、私は硬直してしまいました。

 

「決まってないなら私が決めちゃうから! カリスが殺人なんかどうでもよくなるような、とびっきりの一日になるようにスケジュール組んどくから! だからまた……すぐに会いに来てよね!」

 

 それだけ一方的に言い放ち、千束さんはヘリに乗り込んで飛び去りました。

 

          ◯

 

「千束、どういうつもりだ?」

 

 ミズキが操縦するヘリでの移動中、ミカは千束がカリスをデートに誘った真意を尋ねた。

 千束がカリスを本当に好きになったからというのはありえない。

 なぜならミカが千束に同類の匂いを感じていないからだ。

 

「私さ、カリスはその気になれば救世主になれると思うの」

 

「はぁ? あのやべー奴が救世主ぅ?」

 

 ミズキは千束の言葉にしっくりこなかったようだが、外科手術の知識すら持ち最先端医療の情報収集に余念のないミカは違った。

 

「……いや、彼女ならいずれそう呼ばれるようになりかねん」

 

 夏頃に新型MRIを発表したばかりだというのに、カリスは既に複数の新発明を世に送り出している。

 特に話題となっているのは血液型を考慮せずに誰にでも輸血できる人工血液で、まだ現場に導入されたばかりで恩恵を受けた患者は限られているが、将来的に長期的な安全性が確認されればこれまで救えなかった多くの命が救われるだろう。

 

「それなのにさ、今のカリスは人に迷惑かける悪い趣味に時間使ってばかりなんだよ? それを私が更生させて、カリスが世のため人のために頑張るようになったら……私も救世主名乗っていいんじゃない?」

 

 救世主を夢見ても、錦木千束にできることはリコリスとして悪人を倒し、殺さずに見逃してやることだけだ。

 見逃した悪人はまた悪事を働くかもしれないし、馬鹿なことをしてせっかく拾った命をすぐに落とすのかもしれない。

 しかしカリスだけは特別だ。

 生かしておけば多くの人を救うし、人殺しをやめさせられたらもっといい。

 

「人を殺すことでしか幸せになれないカリスに、それ以外の幸せを教える。救世主さんに命を貰った私がカリスの救世主になって、カリスは数え切れないくらい沢山の人の救世主になる。カリスに救世主になる使命を託す。きっとそれが私の人生の意味……この心臓と一緒に貰った、大切な使命なんだよ」

 

 ここにいる二人の大人は千束に残された時間が短いことを知っている。

 千束の決意表明にミズキは何も言えず、ミカは千束の成長に涙を堪えながら、せめてもの助言を口にした。

 

「……千束、お前なら殺人鬼ギロチンを殺して、カリスを救い出せる。なんたってお前は、私が認めた……史上最強のリコリスだからな」

 

 そして私の愛しい人が認めた、殺しの天才なのだから。

 ミカは千束に悟らせぬよう、心の中でそう言った。

 

「殺すなんてそんな物騒な……そんなことより先生には、その、ね? 同性との、その、コツというか……」

 

 千束は凄まじく言い淀んでいたが、何を聞きたいのかミカには分かった。

 

「……悪いが、私には女性のことは良くわからん」

 

「じゃあミズキはどう……うおわぁ!?」

 

「ぬうっ!?」

 

 突然ヘリが激しく揺れた。

 千束の言葉に酷く動揺してミズキの手元が狂ったのだ。

 

「くおらミズキ! 墜落したら死んじゃうだろ!」

 

「あんたが変な話題振るからでしょ! だいたい! いくら男っ気がないからってぇ! アタシにそっちの気があるとでも思ってんのか!」

 

「いやぁ……女っ気もないかなぁ」

 

「ふんぬぁ! 自分が老若男女関係なくモテるからってぇ!」

 

 その後、千束とミカはミズキを刺激しないよう口をつぐんだ。

 カリスをどうこうする以前に、ここで墜落して死んだら元も子もないのだ。

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