首刈コリス   作:ことのはだいり

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第11話 It's my first time doing it with my own body

「さあ千束さん、ワタクシとデートに参りましょう!」

 

 年が明けてからひと月も経っていない、特別でも何でもないありふれた日曜日の午後に、カリスは再び喫茶リコリコに姿を見せた。

 これまでに比べて間隔を空けずの再来であったが、千束の心の準備は万全だ。

 千束はミカにアイコンタクトを取って頷き合い、更衣室に向かった。

 そしてすぐにお気に入りの私服に着替えて戻り、カリスに堂々と向き合った。

 

「こっから夜まで休憩なしのフルスロットルだけど、ついてこれる?」

 

「まあ……激しい一日になりそうですわね。ですがご心配なく。ワタクシ、これでも激務には慣れていますのよ」

 

「ならよし! よっしゃ行くぜ!」

 

 千束は夏祭りの日を再現するようにカリスの手を強引に引っ張って駆け出した。

 そんな二人を追跡する複数の集団がいた。

 

「標的が外出しました。一般人の同行者が一名います。引き離しますか?」

 

『不要だ。そのまま追跡しろ』

 

 第一の集団は千束に仕掛けるタイミングを計っているリリベルの少年たち。

 

「あっ、千束さん出てきた!」

 

「……ちっ、あいつも一緒か」

 

 第二の集団はこの前の催事の際にチサから喫茶リコリコの住所を聞き出したものの、出禁であるために入店できず、仕方なく外出時に偶然を装って接触しようと企てている休暇中のファレノプシスの四人組。

 

「君たち、本当にカリス様のご命令を理解できているんだろうな?」

 

「しつこいぞアンドリュー。カリス様に何があっても、あのニシ……ニシ……?」

 

「ポンジョルノは馬鹿だなぁ。ニシキゴイチートだよ!」

 

「そうだ、その魚女に危害を加えるなって話だろ……おいタンドリーてめぇ、俺のこと馬鹿にしたな?」

 

「えっ? したっけ?」

 

 そして最後、第三の集団はステルスプロテクターを装備して陰ながらカリスを護衛しているいつもの三人組だ。

 このように多くの人間にストーキングされている千束とカリスであるが、どちらもデート相手のことで意識がいっぱいなためにストーカーを認知できない。

 認知していないので配慮するわけもなく、千束が最初にカリスを連れ込んだのは……女性用の下着専門店であった。

 

「こちらデルタスリー! 標的と同行者が……その……女性用下着店に入りました! どうしますか!?」

 

『入店して監視を続けろ』

 

「しかし……!」

 

『今はそういった嗜好に優しい時代だ。咎められはしない』

 

「……ちょっと何よあいつ! さっきからランジェリーショップの周りをうろちょろして……まさか試着中の千束さんを覗くつもり!?」

 

「すぐに始末を……あっ、そういえばもう銃は持ち歩いてないんだっけ」

 

「こっちは四人よ! 相手がひとりなら素手で殺れるわ!」

 

「手遅れになる前に行きましょう!」

 

「うおっ、なんだお前ら……待て! 違う! 俺は変態じゃ……ぎゃあああ!」

 

『デルタスリー? デルタスリー! 応答しろデルタスリー! くそっ、奴め追跡に勘付いたな!?』

 

 店の外でリリベルのひとりが激しい集団暴行を受けていても、試着室に一緒に入った千束とカリスからは外の様子が見えていない。

 

「……いや、あのさぁ……確かにどの下着がいいか聞いたの私だよ? でも、だからってこれはさすがに……はみ出ちゃうだろ?」

 

 千束が両手で持って広げている上半身用の下着は、どう見ても下着というより紐だった。

 

「だからいいのですわ」

 

「えっ……カリスまさか、こっちの首も……?」

 

 両手で胸を覆い隠した千束に対してカリスはにっこりと微笑んだ。

 なおカリスはたとえ相手が千束であっても首から上以外にはそれほど興味を持っておらず、千束をからかって恥じらう表情を楽しんでいるだけなのだが、真に受けた千束は悩んだ末に紐みたいな下着を購入した。

 

「あら? そのまま着用はいたしませんの?」

 

「……あんなの公共の場で着れるか! 次行こっ、次!」

 

 続いて千束がカリスを連れ込んだのは若い女性客の多いおしゃれなカフェだ。

 

「こちらベータセブン。標的は飲食店に入店しました」

 

『入店して監視を続けろ』

 

「はっ……怪しまれないよう、何か注文した方がいいでしょうか?」

 

『任せる』

 

「了解」

 

 死体となった前任者から追跡任務を引き継いだリリベルの少年は、千束とカリスから少し遅れて注文待ちの列に並んだ。

 

「……じゃあ、私はこの期間限定のやつで!」

 

「では、ワタクシも同じものを」

 

 千束やカリスも含めてほとんどの客が期間限定の飲み物を頼んでいたので、リリベルの少年も目立たないように同じものを購入した。

 それが彼の運の尽きだった。

 

「……なんだこりゃ。女はよくこんな甘ったるそうなもん飲めるな……後で捨てとくがっ!?」

 

 大量のクリームが乗った飲み物を見て思わずそんなことを口走ってしまったリリベルの少年は、突然見えない何かに後頭部を殴られた。

 

「いらないならよこせ! 私もカリス様と同じやつ飲みたい!」

 

 透明になってカリスを見守っているタンドリーは商品を購入することができなくて苛立っていた。

 そこにリリベルの少年が不愉快なことを言ったものだから、思わず手が出てしまったのだ。

 なお、脳挫傷で絶命した少年が手放した飲み物はタンドリーがキャッチする算段をつけていなかったため、残念ながら全て床に撒き散らされた。

 

「うおっ、何事?」

 

「誰か倒れたみたいですわね」

 

 さすがに千束とカリスもこれには一瞬注目したが、店員が救急車を呼んだので大丈夫だと呼びかけているのを聞いて、すぐに関心を失った。

 

「……それにしても、どうやったらこんなに繁盛させられるんだろーね? うちも味じゃ負けてないと思うんだけど」

 

「宣伝が不足しているのでしょう。まずはお店に来てもらわなければ味を知ってもらうことすらできませんもの。千束さんがお望みならチサの動画でリコリコを紹介させますわよ?」

 

「ちょっ、冗談でもそんなこと言わないでよ! あいつの動画知ってる人が店に来るたびに別人だって説明すんの、もんのっそい大変なんだからね!? そんな動画出されたら完全に同一人物って思われちゃうじゃん!」

 

「いっそ同一人物ということにして、チサの知名度を千束さんのものにしてしまっても良いのではありませんこと? もしかしたら千束さんのお好きな映画に出演することも叶うかもしれませんわよ?」

 

「それは……う〜〜〜〜〜ん……いやでも、いきなりあいつと同じレベルの演技しろって言われてもできる自信ないし……」

 

 千束とカリスはとりとめのない話をしばらく続けて、やがて飲み物を飲み干して席を立った。

 

「さぁて次はお待ちかねのメインイベント!」

 

「ホテルですわね?」

 

「違う! まだ早い!」

 

「まだ早いというのは親密さが足りていないという意味ですの? それとも……夜になれば、連れて行ってくださいますの?」

 

「おまっ、それは……ネタバレはなし! とにかく次行くのは映画館だから!」

 

 実際のところ、千束は既に覚悟を決めていた。

 カリスを救世主とするために、今夜身を捧げるつもりでいた。

 しかし……千束のデートプランは、映画館にすら到達できないうちに破綻する。

 

「……! 千束さん!」

 

「えっ……わっ!?」

 

 映画館への道中、突然カリスが千束を突き飛ばした。

 

「いきなり何を……カリス?」

 

 尻もちをついた千束の視線が一瞬カリスから外れて、次に顔を上げた時には……カリスは胸に空いた銃創から大量の血を垂れ流していた。

 

「カリス!? やだ、なんでこんな……」

 

「ちさ……さん……無事……? よかっ……」

 

 千束は倒れ込んできたカリスの身体を受け止めた。

 だらりと垂れ下がった手には力がなく、流れる血が止まる様子はない。

 

「だっ、駄目! 死なないで! すぐに救急車を呼ぶから!」

 

 見開かれた目はどんどん濁っていき、その口はもはや血を吐くだけで何の言葉も返してくれない。

 傷口から吹き出る血は千束の服を真っ赤に染めるだけでは飽き足らず、コンクリートの地面に赤い水たまりを作ってすらいる。

 

「あっ、わかった! ドッキリなんでしょ!? この血も偽物? うわ再現度すっごいなもう! 鉄分豊富や嫌な臭いまで完璧!」

 

 カリスは動かない。

 人殺しをしないために人はどれだけ血を流したら命が危ぶまれるのか熟知している千束は、既にカリスの出血量が手遅れであると分かってしまった。

 

「……ねえ、実はロボットってオチなんでしょ?」

 

 零れ落ちる千束の涙がカリスの頰を打った。

 千束は濡らしてしまったカリスの頰にそっと触れた。

 その感触は硬く冷たい金属の塊とは異なり、人肌の軟らかさと、消え行く温もりがあった。

 

「ねえ、起きてよ……ねえ……」

 

 呼びかけても、呼びかけても……カリスは千束に返事をしてくれなかった。

 

          ◯

 

「標的を庇って同行者の一般人が撃たれました! いったい誰が撃ったんですか!?」

 

『なんだと!? まだ発砲の指示は出していないぞ!? 誰がやっ……』

 

 ビルの屋上に伏せて狙撃銃を構えていたリリベルの少年は通信機から発せられる言葉を最後まで聞けなかった。

 彼は突如現れた何者かに胸倉を掴まれて、とんでもない腕力でそのままビルから投げ落とされたのだ。

 

「ひっ、なんだお前……やめっ、ぎゃああああああああああ!」

 

『アルファナイン? 何があったアルファナイン!?』

 

 同じ光景が複数の地点で起きていた。

 壁を垂直に駆け上がって手近なビルの屋上まで登ったカリスの護衛隊の三人が、高所から高所へと飛び渡りながら、見つけた不審な少年たちを容赦なく地上に投げ飛ばしていったのだ。

 空から次々に降ってくる少年たちを優れた視力でいち早く認識した千束は、彼らがどのような存在なのかすぐに理解した。

 

「リリベル!? まさか、また私を狙って……そのせいでカリスが……」

 

 千束の周りに落ちてきた少年たちが衝撃で弾け飛び血肉を散乱させた。

 そんな惨状の中心にありながら、千束はカリスの死体に縋り付いたまま動けずにいた。

 

『何が起きている!?』

 

「分かりません! しかし標的は同行者の死に動揺して動けない模様! 今なら仕留められます!」

 

『そうか! ならば伏せておいた兵たちを全員動かせ! 飽和射撃で蜂の巣にしてやれ!』

 

「了解!」

 

 周辺の建物内から続々と機関銃を手にしたリリベルの部隊が展開する。

 

「させない!」

 

 リリベルたちが包囲を完成させるよりも早く、腕輪型銃弾反射フィールド展開装置を装備したファレノプシスの少女たちが千束の周りに飛び込んだ。

 リコリス登録ごと武装を剥奪された無力でか弱い少女たちが自分の身を守れるようにとカリスに持たせられたその装置は、かつて彼女たち自身も被害に遭ったいわくつきの代物で、理屈は分からないが迫ってくる飛来物を材質に関係なく跳ね返してくれるのだ。

 なお弱点として一枚の壁としてしか展開できないため、ファレノプシスの少女たちは千束を囲んで四方に立っている。

 自分たちが放つ銃弾の向かう先がそんな状態になっていると知らないリリベルたちは、紛れ込んだ一般人にしか見えない少女たちにも躊躇することなく発砲し、その報いを受けることになる。

 

「なっ……弾が跳ね返って」

 

「ごぼぼぼぼぼぼばぼぼぼ!?」

 

 飛来物を感知して自動で展開された反射フィールドにより機銃掃射の銃弾は全てリリベルたちへと返された。

 これにより大半のリリベルは即死し、生き残ったリリベルも少なくない怪我を負った。

 そして高所から降りてきたカリス護衛隊と、機関銃を奪い取ったファレノプシスの少女たちにより、生き残りにとどめが刺されていく。

 その光景を、千束は何も言わずに眺めていた。

 

『おいどうした!? 失敗したのか!?』

 

「……主力部隊は……壊滅……白兵戦を……推しょぼっ!?」

 

 ポンジョルノに頭を踏み潰される直前、死にかけの赤い服のリリベルがどうにか伝達した情報を受けて、リリベルの司令は予備戦力に指示を出した。

 

『銃は使うな! 白兵戦だ!』

 

 千束との戦闘区域を封鎖し、違和感を与えないよう一般の通行人に扮していたリリベルの残兵が最後の特攻を仕掛ける。

 その数は百人どころか千人に迫る。

 この作戦には仕事のない暇なリリベルがほぼ総動員されていたのだ。

 

「ゴロオオオオオオオオオオズ!」

 

「ゴアアアアアアアアアア!」

 

「ピギャアアアアアアアアア!」

 

 怒りで人語を忘れたカリス護衛隊が押し寄せるリリベルたちを素手で紙切れのように引きちぎり蹂躙する一方で、ファレノプシスの四人は千束を守る最後の壁となり、拾った機関銃を必死に撃ち続けた。

 

「ひっ……こんなの、弾が足りないよ!」

 

「無駄弾撃つな! ちゃんと狙って撃つのよ!」

 

「おかしいでしょこの数!? こいつらいったい何なのよ!?」

 

「知るかそんなもん! つべこべ言わずに千束さんを守ることだけ考えろ!」

 

 怒号と、銃声と、悲鳴が交錯する地獄の中心で、千束はただカリスを見つめて涙を流し続けた。

 

「千束さん? どうしましたの?」

 

 そんな千束を再び動かしたのは背後から聞こえてきたカリスの声だった。

 

「……えっ?」

 

 頭だけで振り向いた千束の目に映ったものは、剣の生えた腕を振りかぶって微笑む、傷一つないカリスの姿であった。

 

          ◯

 

 いかなる攻撃も回避してしまう千束さんの首を刈るためには、どうにかして彼女の動きを止める必要がありました。

 そこで思い付いたのが、死んだと思っていた相手が突然目の前に現れたらさすがの千束さんも驚いて硬直するでしょう作戦です。

 死んだふり自体は私型のVロボを損壊させればいい話ですけれども、長年のリコリス業で人間の死体を何度も見てきたであろう千束さんの目を欺けるかという不安がありました。

 それを解消するべく私は数か月かけてVロボの改良を重ねました。

 外見自体は既に完璧な再現度だったので、手を加えたのはそれ以外の細かい部分です。

 音声を限りなく肉声に近付けて、人肌の軟らかさと温もりを再現して、人工血液を循環させて……とにかく思い付く限りの生きた人間との相違点を潰して回りました。

 そんな苦労は実を結び、試しに雪山の事件の時に生身の護衛隊とお侍さんに混じって私だけ神社からVロボを操縦してみたところ、千束さんはそれがVロボであるとまったく気付く様子がありませんでした。

 また、死んだふりの準備に並行して、私が千束さんの目の前でいい感じに死ぬシチュエーション作りも進めていました。

 死ぬだけなら暴走車両に轢かれるとかでもいいですけど、あまりVロボの破壊規模が大きいと内部の生体に偽装できなかった機械の部分が露出してしまうので、色々考えた末に小さな傷口で死ねる射殺が最適であるという結論に達しました。

 街中で私を唐突に射殺してくれる存在は……と考えて、真っ先に思い浮かべたのがリリベルでした。

 聞くところによるとリリベルは千束さんを抹殺対象としていて、一時的に襲撃を控えているだけでいつまた襲ってきてもおかしくないという話でしたから、千束さんを狙った攻撃の巻き添えで私が死ぬという展開はとても現実感を出せると思いました。

 そうと決めた私は楠木さん経由でこの国の偉い人と交渉しました。

 無情な話ですけど、国内の治安維持はリコリスさえいれば事足りていて、戦争を想定するにしても近代化により子ども兵の使用が過剰なまでに嫌悪される現状、リリベルの価値は低いどころか早く処分したいという領域まで下がっていました。

 そのおかげで私から代替となる人型無人兵器技術の提供を提案したら二つ返事でリリベルとそれを運用していた組織の抹消を任せてもらえました。

 その後、私は呼び出してもらったリリベルの司令をその場で殺害して、同じ外見のAI制御式自律型廉価版Vロボを送り返しました。

 必要ならもう何人かすり替えるつもりでしたが、組織の幹部はほんの少し誘導しただけで千束さんへの襲撃に賛同してくれたので、無駄にVロボを新造せずに済みました。

 そして今日、AI式自律型のVロボと並んで街を歩く千束さんのすぐ後ろをステルス装備で身を隠した状態で追跡して、千束さんの首へと伸ばしそうになる手を必死に止めながらやっとの思いで一般人を非難させた戦闘区域に到達して、千束さんを突き飛ばしたVロボの胸を拳銃で撃ち抜いて、ついに千束さんの首を刈る準備が整いました。

 本当は千束さんが襲いかかるリリベルと戦って動けなくなるくらいに疲労する展開を期待していたのですが、まあ誤差の範囲なので構わないでしょう。

 もはや千束さんの首は私の剣が触れる寸前。

 ここからの逆転劇はありえません。

 長かった……。

 本当に……本当に長い道のりでした。

 世界中を巡り、数多の首を刈り、やっと出会えた運命の人。

 彼女の首を刈るために作っては壊された幾多のVロボ。

 時間もお金も信じられないくらい費やしましたけど、これで全てが報われます。

 感謝します千束さん、この世界に生まれてきてくれて。

 感謝します千束さん、私と巡り合うまで生きていてくれて。

 千束さんのことは私が永遠に忘れません。

 ですから安心して……その首を私に捧げてください!

 それをもちまして、この舞台の〆括りとさせていただきます!

 

          ◯

 

 結論から言うと千束の首を刈ってもカリスが満たされることはない。

 カリスが俗に言う首フェチであることは明確であるが、彼女にはもうひとつ大きな性癖がある。

 本人すら一度も考えたことのなかったその性癖の名称は……マゾヒズムである。

 父親から先祖の話を聞いた時、カリスが憧れたのは敵の首を刈る先祖ではなく、本当は首を刈られて晒される側だった。

 首刈りの標的を選ぶ基準も、実はカリスに負け筋があるかどうかであった。

 走る天才であれば追いかけるカリスから逃げ延びて、その上でどうにか本体までたどり着いて報復してくれるかもしれない。

 文学の天才であれば言葉でカリスを惑わせて、自ら死を選ぶ方向に誘導してくれるかもしれない。

 音楽の天才であれば、科学の天才であれば、美術の天才であれば……明らかに戦いとは無縁の者たちであっても、カリス自身がそんなこじつけをしていることに無自覚であったため、不幸にも殺人鬼の標的となってしまったのである。

 だから結局、千束への執着もそんな性癖由来だ。

 Vロボを正面から返り討ちにできる戦闘能力に加えて、夏祭りの日に見せた強引な迫り方が決め手となり、カリスの隠された性癖は千束への思いを恋愛感情として出力した。

 そして首から上を除いて不感症のカリスは、首刈りを超える可能性が残されていた千束との接吻を試しても過去の首刈りほどの快楽を得られなかったために、千束の首を刈ることこそが最上の喜びを得る唯一の方法であると確信したのだ。

 実際、千束の首を刈ればカリスは今までの人生で一番の幸せは得られるだろう。

 アランチルドレンの首を刈った時の満足度が百点満点中の五十点だとすれば、愛する千束の首は八十点にはなるだろう。

 しかし、それは満点ではない。

 では、ここから百点満点を取得するにはどうすればいいのか。

 その答えは……今から千束が身体に教えてくれる。

 

          ◯

 

「カリス!」

 

 死んだと思っていたカリスが目の前に出てきた瞬間、千束には確かに一瞬の硬直による隙が生じていた。

 それはカリスがVロボを操縦していれば千束の首を落とすのに十分な隙であったが……腹が少し膨らんできていたカリスは腰の捻りによる腕の加速をVロボで練習した時と同じようにはできなかったため、本当に極めて僅かな差で千束の再起動が間に合った。

 カリスを認識した千束は、溢れ出る感情に身を任せて彼女に飛び付き、全力で抱き締めた。

 

「よがっだあ~~〜〜〜!」

 

「きゃっ!? ちょっと千束さん、離れ……」

 

「ロボット使ってたなら言えよも~~〜〜〜! 死んじゃったかと思ったじゃん!」

 

「ひぃ!? 鼻水を擦り付けないでくださいまし!?」

 

「こら逃げんな! 今度はちゃんと本物か確認させろ!」

 

「やめ……そこは首、絞まってます、絞まってますわ!」

 

 揉み合った末に千束は背後から両腕でカリスの頸部を抱き締める形になった。

 

「んぐぅ!? なっ、こ、これは……!?」

 

 その瞬間、カリスはこれまでに感じたことのない快楽が、自身の脳の奥から吹き出てくることに気が付いた。

 それ自体は別におかしなことではない。

 細かい仕組みの説明は控えるが、人間はなぜか首を絞められると気持ち良くなることがあるのだ。

 

「君が生きててくれて嬉しい!」

 

「あひっ……千束さん駄目……くひゅっ……何かが……んふぅ……何かが来て……おほっ!」

 

 そこに首フェチとマゾヒズムという二つの性癖を加えたらどうなるか。

 肉体的な快楽に心理的な快楽が上乗せされた時、人はどうなってしまうのか。

 

「嬉しい! 嬉しい!」

 

「駄目です……あっ……これは、あっ、あっ……知っちゃ駄目なやつぅううん!?」

 

 その答えを知るのが怖くて、カリスは必死に助けを求めた。

 喉を圧迫されている現状では大声を出せないため、大きく手を振って護衛隊に危機を知らせようとした。

 

「ピィィィィィギャアアアアアアアアア……あっ! カリス様が手を振ってる!」

 

「一瞬死んじまったのかと思ったが、俺の見間違いだったんだな! よかったぜ!」

 

「あっ! カリス様がニシ……ニシ……ニシンに何かされてる! 助けなきゃ!」

 

「待つんだタンドリー! カリス様のご命令を忘れたのか!?」

 

「忘れた! 何だっけ!?」

 

「あの女がカリス様に何をしても手を出すなと言われただろう!」

 

 護衛隊はしっかりカリスの救援要請に気付いたが、カリスからの命令を忠実に守り、千束に手を出すことなくリリベルの駆除を継続した。

 

「あれ、いつの間にか生き返ってる」

 

「千束さんが捕縛しようとしてるね。私たちも手伝った方がいいかな?」

 

「やめときなさい。私たちじゃ千束さんの足手まといになるわ」

 

「そうよ。それにあの化け物みたいな三人組のおかげでもうほとんど終わってるとはいえ、まだ逃げ隠れしてる敵がちょっといるみたいだから、私たちはこのまま千束さんの周りを守りましょう」

 

 ファレノプシスの四人はたとえ雇い主であってもカリスのことが好きではないため、距離を取って見て見ぬふりをしている。

 こうして誰にも助けてもらえなかったカリスは……ついに。

 

「おっ……お゙っ…………………………! ん゙お゙お゙〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♡」

 

 涙、唾液、汗、尿、羊水……上からも下からもありとあらゆる体液を吹き出しながら痙攣して、やがて白目をむいて糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 そう。

 カリス・シュタルフクスという少女は。

 この日、人生で初めて。

 身体だけではなく、心で……というか脳で。

 真の頂に、達したのであった。




勝者   錦木千束
決まり手 首乄リーゴーランド
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