第13話 If you believe in yourself and keep chasing your dreams, they will come true someday
「……なるほどなるほど、理解しましたわ、ええ、あなたのことはし〜っかり把握しましたわよ」
ボードゲームに興じるリコリコ常連さんたちの隣の座敷席で、机を挟んで向き合った黒髪の女……井ノ上たきなさんから、DA関連の固有名詞を使わないように気を付けて事情聴取をしました。
井ノ上たきな十六歳、およそ一年と少し前に地方の支部からDA本部に転属してきたセカンド・リコリスで、春頃にDA本部がやらかした失態の責任を押し付けられてリコリコに左遷となり……かわいい後輩として千束さんから大層な扱いを受けている、と。
なんかずるくないですか?
聞いた感じ同じ職場の後輩という立場でありながら私の時とは千束さんの接し方が雲泥の差なんですけど?
一年以上の密接な付き合いがあった私が泥の方なんですけどおかしくないですか?
「改めまして……ワタクシは朱雁こりすですわ。立場はご覧の通りで、こちらのお店では一年ほど働かせていただいていますのよ。諸事情により半年ほど離れていましたけど、また復帰いたしますので、どうぞ仲良くしてくださいまし」
心底気に入りませんけど、千束さんに気に入られているたきなさんに露骨な敵意を見せるのは得策ではありません。
私は笑顔を作ってたきなさんに握手を求めました。
「はい、こちらこそ……」
「たきなスト〜ップ」
手を伸ばそうとしたたきなさんの前に割り込んだ千束さんが、なぜか大根を私の手に握らせました。
大根が潰れて粉々になりました。
「……!?」
「こいつこんな見た目でパワー系ゴリラだから気を付けてね」
どうやら無意識のうちに力が入り過ぎていたようです。
一連の流れを見ていたらしい常連さんたちが大笑いします。
「ははっ、久しぶりに見たな! こりすちゃんの持ちネタ!」
「こりすちゃーん! またあれ作ってよ! 直搾りフルーツジュース!」
「そんなもんあるのか? 僕にもくれ」
危うく事故を起こすところでしたけど、そうと知らない常連さんたちが冗談で済ます流れにしてくれたので、私もそれに便乗します。
「ではご用意しますので、しばらくお待ちくださいませ」
◯
「……人の頭も潰せるのかな」
多種多様な果物を涼しい顔で握り潰しているこりすを眺めながら、たきながふとそんなことを呟いた。
「うぉーいたきなー? 真顔で怖いこと言うなー。ここ平和な喫茶店やぞ?」
「……すみません」
千束に注意されたたきなは隣の席の一般人たちに聞こえないよう声を落として話を続けた。
「でもそれが可能だからこりすさんはファーストなのかなって……」
「千束さんはそんなことできんからな?」
大抵のリコリスの目標はファーストへの昇格だ。
それはたきなも例外ではなく、いつかは絶対ファーストになるのだと心に決めている。
「千束はあれよりわけのわからないことができるじゃないですか。それと比べたらこりすさんみたいに身体能力を上げる方がまだ現実的です」
暗殺が本業のリコリスでありながら、正面戦闘でも圧倒的な強さを有する例外だけがファーストとなれる。
たきなは千束のように謎の力で銃弾を回避することはできないし、本部の春川フキのように身長の低さが必要なゴキブリ紛いの動きもできない。
それでも筋力ならば努力次第で……と期待を抱いてしまうのは仕方のないことだ。
「駄目駄目。私たちはかわいい女の子だからこの仕事やれてんだよ? ゴリラになったらソッコー首切られるわ」
「ゴリラって……千束なんだかこりすさんには棘がありますね」
同性のたきなの目から見てもこりすはかわいらしい外見だし、さっき差し出された手も握力に似合わず千束と同じように女の子らしいものだった。
ちょっと力が強いだけでゴリラ呼ばわりはいくらなんでも千束らしからぬ悪辣さだとたきなは不審に思った。
「あ〜……いや、あいつはねぇ……」
「お二人はオレンジとパイナップル、どちらにいたします?」
「うぉおうっ!?」
千束がたきなに何かを伝えようとした瞬間、右手にパイナップル、左手にオレンジを持ったこりすが会話に割り込んできた。
「パイナップルで」
こりすは調理用の手袋を装着しているので衛生面の不安はなく、たきなは躊躇なく注文できた。
「かしこまりましたわ」
バキバキ、メキメキ、グシャァッ!
こりすがパイナップルを素手で潰し、真下に置かれた調理用ボウルに果汁が溜まっていく。
その凄絶な光景を千束がげんなりしながら見ている傍らで、たきなはこりすのパワー系宴会芸に目を輝かせていた。
◯
「……で? なーんでシュタルフクスのお姫様がこんなとこにいるんだ?」
常連客たちに遅れて千束たち店員も出ていった後のリコリコにて、店内に居座っている小柄な女の子が同じく居残っているミカに突然そんなことを言った。
「いや、よく似ていると言われるようだが、彼女は別人で……」
「誤魔化すなよ。あんな物騒な手足つけた女なんて他にいないだろ」
「……知り合いなのか?」
「まあな。向こうは僕の顔を知らないが」
そう、この子供にしか見えない小柄な少女こそが、かつてアランチルドレンを狙う殺人鬼であったこりすに獲物の情報を提供していた世界一のハッカー……ウォールナットの正体なのである。
「どんな関係だ?」
「僕が情報を提供して、あいつはその見返りに新技術を解説する。互いを利用し合うだけのつまらん関係だ」
「……リコリス殺害犯を探した時に彼女が頼ったのはウォールナットだったのか」
「クルミな。あいつの前でその名前絶対出すなよ。僕が殺される」
「何か怒らせるようなことでもしたのか?」
短い付き合いでありながら、クルミがよく失言を口にするところを目撃してきたミカは、こりすがクルミを殺そうとするのであれば原因はクルミにあるのだろうと確信していた。
「別に何も。強いて言うなら僕が世界一のハッカーってのがシュタルフクス王国にとって途轍もなく都合が悪いんだよ」
シュタルフクス王国は軍事力の大半を自律式機械兵器で賄っている。
これは高い戦闘能力を備え、万が一破壊されても人命が失われない優秀な戦力であるが、唯一の懸念はハッキングによって敵に回る可能性があることだ。
「もちろんあいつは念入りで悪質なハッキング対策を施してる。僕の知り合いのハッカーなんてカウンターで送り付けられた電子ドラッグ映像で廃人になった」
ちなみにそのハッカーはロボ太を名乗っていた。
彼は今も精神病院の閉鎖病棟で奇声を上げながら踊り狂っている。
「だが僕なら……僕のウォールナットならどんなトラップがあっても突破できたんだ」
「……?」
険しい表情のクルミを見て、ミカは疑問符を浮かべた。
「ウォールナットは君だろう?」
「違う。ウォールナットってのは僕が使ってたAIの名前だ。今はもう手元にないけどな……あいつのせいで!」
クルミが怒りのままにテーブルを叩き、自分の手を痛めて悲鳴を上げた。
「ウイルスで破壊されたのか?」
「いや、もっと厄介なことになってる。ウォールナットは……人格を得たんだ」
そんなことあり得ないだろうと言いかけて、ミカは千束の顔をした人気動画配信者の存在を思い出した。
「なるほどな。AIに人格を形成させるプログラムを送り付けられたのか」
「いや……」
怒りに震えていたはずのクルミが一転して気まずそうに目線をそらした。
「ほら、あいつアランチルドレン殺すのやめたんだろ? それで僕に情報求めてこなくなって、同時に新技術の解説もしてもらえなくなったから……自力で解析してたら何か変な感じに……」
「ならワタクシ何も悪くないじゃありませんの」
肩を掴まれてクルミが振り向くと、いつの間にか背後に全ての元凶が立っていた。
実は店員が帰っているのに店から出ようとしない変な子供を怪しんで、ステルス装置で身を隠してこっそり探っていたのだ。
つまり、クルミとミカの会話は最初から全て聞かれていたのである。
「のわぁーっ!? 出たな殺人鬼!?」
反射的に飛び退こうとしたクルミはゴリラパワーで拘束されていたので身じろぎひとつできなかった。
「人聞きの悪いこと言わないでくださいまし。ワタクシ人なんてもう二年以上殺していませんわよ。ねえ、そうでしょうミカさん?」
「まあ……少なくとも千束の見ている範囲ではそうらしいな」
「それ見てないとこで殺ってるだけだろ!? 今すぐ千束を呼んでくれー!」
「大声を出すな、夜中だぞ」
大声で叫ぶクルミを叱りつけたミカは、続けてこりすにも苦言を呈する。
「わざわざ派手な爆発で死亡偽装してまで助けた子なんだ。殺すのは勘弁してくれ」
「ご安心を。元より殺す気なんてありませんでしたわ」
こりすはクルミの肩を手放した。
「あなたの技能がワタクシの国にとって脅威であることは認めますけど、あなたが直接人を害する行為に及ぶ性格でないことも存じていますもの」
クルミは殺されると分かっていながらアランチルドレンの情報をこりすに売り渡したり、リコリスを危険に晒すとわかっていながらラジアータをハッキングしたりとそれなりに悪辣なことをやらかしている。
しかし少なくともこりすや多くのリコリスのように直接殺人を犯したことはない。
「やるとしてもせいぜい無人兵器を機能停止させる程度で、武装を民衆に向けさせるようなことはしませんでしょう? その程度なら千束さんからの好感度を下げてまで殺すに値しませんわ」
にっこりと慈愛の笑みを浮かべたこりすは、次の瞬間鬼の形相となった。
「そう……殺すべき女の子は他にいますわ」
ぎょっとするミカとクルミを置き去りにして、こりすがひとりで白熱していく。
「許せません……許せるはずがありませんわ。ワタクシが先に千束さんを好きになったのに……後から出てきて千束さんを奪っていこうだなんて……井ノ上たきなぁ!」
「おいミカ!? こいつ千束と殺し合う関係だったはずだろ!? 何がどうしてこんなヘドロみたいな劣情を抱くようになった!?」
「……本当に、どうしてだろうな」
経緯を知っているはずなのに今なおこりすがどうしてこうなってしまったのか理解できずにいるミカが遠くを見つめた。
「あぁでも殺してはいけませんわね千束さんに怒られてしまいますものねえミカさんたきなさんを早くクビにしてくださいましワタクシが戻ってきたのですから店員は足りていますでしょう彼女もDAに戻りたいらしいじゃないですか望みを叶えてさしあげるべきですわそれがいいですわそうしましょうクビですわクビにクビクビクビクビ……切り落とさなくては」
「おいミカ……殺人鬼が墓の下から這い出てきそうだぞ」
「埋め直してやるさ。千束のためにもな」
ミカは誰も不幸にならない冴えた解決方法を瞬時に考え出した。
「聞けこりす。左遷人事とはいえお前が楠木に口利きすればたきなはDAに戻れるだろう。だがそんな強引な追い出し方をすれば千束は間違いなく悲しむ。あの子はたきなをかわいがっているからな」
「うぁ……あぁあ……」
自身の発明品で千束がたきなをどれだけ好意的に見ているか把握していたこりすは言い返せずに悲痛な呻き声を漏らした。
「千束さん……ワタクシと彼女、何が違いますの……」
涙目で弱音を吐くこりすにクルミは容赦なく真理を言い放つ。
「そりゃ年下の後輩と元殺人鬼とじゃ大違いだろ」
しかもその元殺人鬼は現変態でもある。
「がっ……はぅぁ!」
立ち眩みを起こしてこりすが床に倒れた。
仰向けに倒れたこりすはそこから赤子のように膝を抱えて体を丸めて、覇気のない声で「……千束さんとの出会いをやり直したいですわ」と呟いた。
「今度は時間遡行装置でも作る気か?」
「こりすならできそうなのが怖いな。だがそんなもの作らずとも千束とたきなを引き離すいい方法が」
「教えてくださいまし!」
ミカが撒いた餌にこりすが食い気味に食い付いた。
飛び跳ねるように起き上がったこりすは今にもカウンターを乗り越えそうな前のめりの姿勢でミカの言葉を待っている。
「簡単なことだ。たきなに手柄を立てさせて、ファーストに昇格させればいい。そうすれば楠木の方からたきなを呼び戻してくれるだろう」
「なんて素晴らしい……名案ですわね!」
「でもそれだと結局たきながいなくなって千束が悲しむことに変わりはないだろ?」
「千束はたきながDAに戻りたがっていることを理解している。別れを惜しみはするだろうが、たきなの望みを尊重して快く送り出してくれるさ」
「そうですわ! 千束さんならきっとそうしますわ!」
満面の笑みを浮かべるこりすを見て、ミカは話の裏に気付かれていないようだと安堵した。
かつてリコリス候補生たちの指導教官だったミカはたきながファーストとなるのは難しいだろうと見越している。
能力面でもまだまだ足りていないし、何より押し付けられた汚点が大きすぎるためだ。
しかも命令無視の独断専行をやらかしたのは事実なので、身内贔屓抜きで組織人として評価するならば、少なくともミカならたきなをファーストにはしない。
ここから全てを巻き返すとすれば……それこそ電波塔事件級の案件を単独で解決するような大手柄が必要となる。
もちろんそんな大事件がそう頻繁に起きるはずもなく、結果としてこりすがどんなに頑張ってもたきながリコリコを出ていくことはない。
「ワタクシ本日はこれで失礼しますわ! たきなさんを追い出……ファーストにするための準備がありますので!」
「ああ、暗いから足元に気をつけろよ」
この時、ミカは自分の目論見が上手くいくと信じて疑わなかった。
半年も間が空いたものだからミカはすっかり忘れていたのだ。
朱雁こりすは……あの錦木千束が辟易させられる程の、恐ろしく自分本位な狂人であるということを。
◯
「た〜きなさん! サイボーグと超人、どちらになりますの?」
たきながリコリコに出勤すると、右手に紙の束、左手に小さなガラス瓶を持ったこりすがいきなりそんなことを聞いてきた。
「えっ……何です?」
「だ〜か〜ら〜……肉体を機械化して強くなるのと、生身のままドーピングで強くなるのとでは、どちらが好みなのかと聞いていましてよ」
強くなる。
その言葉に反応して、たきなはこりすが提示した異常な二択を真剣に検討し始めた。
「より強くなれるのはどちらですか?」
「ドーピングの方ですわね。ただし適合できなかった場合は死にますわ」
「不適合の確率はどの程度でしょう?」
「九分九厘ですわ」
百人試して一人だけが生き残るということだが、こりすはたきなに百人試して十人も死なないと誤解させたがっている。
「んなもんたきなに勧めんな」
分の悪くない賭けだと考えたたきなが手を伸ばすよりも早く、ちょうど更衣室から出てきた直後の千束がこりすからガラス瓶を取り上げた。
「中身なんだよこれ」
ガラス瓶を揺らしながら中の泥のような液体を覗き込む千束に、こりすは平然と言い放つ。
「ワタクシのお父様の筋組織を磨り潰したものですわ」
それを聞いた千束は瞬時にガラス瓶を生ゴミ入れへと投げ込んだ。
「そんな雑に扱ってはいけませんわ! 生物災害を起こすおつもりですの!?」
慌ててこりすが生ゴミ入れを漁り始めた。
千束はその隙にたきなを更衣室へと避難させた。
「あっぶないなー。駄目だよたきな、あんな簡単に騙されちゃ」
「……強くなれるというのはこりすさんの嘘だったんですか? なんでそんなことを……」
「新人いびりってやつだよきっと」
千束がたきなに抱き着いて頬ずりをする。
「あいつ私のこと大好きだからさ〜、私にかわいがられてるたきなが気に入らないんだよ〜」
「ちょっ、ちょっと千束! やめてください!」
引っ付いてくる千束に口ではそう言っておきながら、たきなは千束を突き飛ばさずにいる。
「いーではないか〜、いーではないか〜!」
「ちょっと! 着替えにいつまでかかっていますの!?」
危険物を回収したらしいこりすが更衣室に飛び込んできた瞬間、面倒なことになる前に千束がたきなを解放した。
「別にそんなに経ってないだろ! 口うるさい姑かっての!」
「姑!? まさか千束さん、たきなさんをお嫁さんにするつもりですの!? ワタクシという者がありながら!」
「結婚かぁ……たきなとなら悪くないかも」
顔を赤らめて隣のたきなに熱い視線を送る千束を見てしまったこりすは発狂した。
「い……嫌ぁーーーーー! 千束さんの、浮気者ーーーーー!」
逃げ出したこりすの背を見送って、たきなは千束に質問する。
「もしかして……あの人って変ですか?」
「変態だよ」
真顔で答えた千束を見たたきなはそれがいつもの冗談ではないのだと理解した。
◯
もはや一刻の猶予もありません。
早急にたきなさんをファーストに昇格させる必要があります。
「たきなさん、今後リコリスのお仕事はワタクシと一緒にいたしませんこと?」
リコリコの営業時間が終わった直後、私はたきなさんに提案しました。
相応の能力だけ持たせて勝手に手柄を立ててもらえたら楽ができたのですけど、千束さんに止められてしまったので、私が補助して手柄を全てたきなさんに押し付ける方針に変更したのです。
「くぉらドロボー! たきなは私の相棒だぞ!」
「でも千束さんはリコリスのお仕事お嫌いでしょう? ワタクシとたきなさんが代わりにして差し上げますわ。千束さんは好きなことに専念できて幸せ、たきなさんは手柄をいっぱいあげられて幸せ、みんな幸せになれますわ」
「わかりました」
たきなさんは私の提案を即決で快諾してくれました。
「ちょっ、たきなぁ!? え、な、なんで? 私と組むの嫌だった?」
「いえ、こりすさんの言った通り千束はリコリスの仕事嫌いでしょうし、人員に余裕ができたのなら仕事を分担した方が合理的かと」
「うっ……いやまあ確かにドンパチやるよか他のことしたいなーとは思ってるけど……」
「なら決まりですわ。早速これから参りましょう。これから毎日、ファーストが出動しなければならないような大物の首を刈りますわよ」
「大物……!」
たきなさんは目を輝かせて首を何度も縦に振りました。
「ちょいちょいちょーい! たきな騙されてるって! ここそんな修羅の国じゃねーぞ!」
「でもつい最近全身防弾装備の傭兵と遭遇しましたよね。あれは大物だったのでは?」
「ブルドッグなぁ……いやあのレベルのは千束さんでもたまにしか見かけんて」
「そこはご安心くださいませ。既に餌は撒いておきましたわ」
私は携帯端末にダークウェブの情報サイトを表示して二人に見せました。
そこに映し出した記事の内容はシュタルフクス王国第一王女カリス・シュタルフクスがお忍びでとある島国に滞在しているというものです。
「……誰です?」
「おまっ……やりやがったな!?」
たきなさんが事態を理解できずに首を傾げる一方で、千束さんはかわいいお顔を蒼白に染めました。
「たきな! 悪いこと言わないからこいつと一緒に行動すんのはやめとけ! やべーのが群がってくる!」
「……それはこりすさんと組むには私の実力が不足しているということですか? 心外です」
「いやそういうわけじゃなくてぇ!」
「じゃあどういうわけですか!」
「近いですわよ!」
私は唇が触れそうな距離で顔を見合わせ言い争う二人の間に割って入り、たきなさんの視線を背中で遮りながら千束さんと向き合いました。
「まあまあ、落ち着いてくださいませ。たきなさんの身の安全は保証しますわ」
「それは嘘じゃないんだろうけどさぁ……貴様何を企んでいる?」
千束さんは目を細めて私を睨みました。
「それこそ心外ですわね……ワタクシは先達としてたきなさんが夢を叶えるお手伝いをしてあげたいだけですわよ。リコリスは誰でも憧れるものでしょう? この真っ赤な制服に」
私が「ねえ、たきなさん?」と同意を求めると、たきなさんは「はい!」と力強い声で返事をくれました。
「そりゃ私もたきながファーストになりたいってんなら応援するよ? でもこりすが善意だけで動くわけない。絶対裏がある」
「朱雁こりすに裏なんてありませんわよ。清廉潔白な模範的リコリスですわ」
「朱雁こりす自体が裏そのものでしょーが!」
千束さんが叫んでも、私の事情を知らないたきなさんはやはり首を傾げるばかりです。
「うるさいぞお前ら……さっきから何の話してんだ?」
千束さんの声が大きかったせいで奥の座敷の押し入れの中で寝ていたクルミさんを起こしてしまったようです。
クルミさんは現在何者かに命を狙われており、身を隠すためにリコリコで寝泊まりしています。
なお、クルミさんはミカさんに私の危険性をあれこれ吹き込んでいましたが、今回の彼女の危機に私は関与していません。
たとえウォールナットが裏切って敵対者にクルミさんの位置情報を送りつけた原因が私の作った人格模倣AI技術にあったとしても、全ては私から盗んだ技術を勝手に使ったクルミさんの責任です。
「おっ! ク〜ル〜ミ〜、いーところに来てくれたじゃん!」
「なんだよ千束。僕はお前らが静かになったら二度寝するつもりなんだ。面倒事を持ち込むな」
「だーいじょぶだって! 天下のウォールナットならすぐ終わる仕事だから!」
千束さんは私の手から取り上げた携帯端末をクルミさんに渡しました。
「それガセだって広めといて」
クルミさんはスマホと私の顔との間で視線を行ったり来たりさせました。
「……事実じゃねえか。誰か知らんがよく掴めたな?」
「この人犯人でーす!」
千束さんが私の手首を掴み、強引に挙手させてきました。
「何のために……あっ、いやそうか、たきなか」
「何? こいつが何考えてんのか知ってんの?」
千束さんに詰められたクルミさんは目を逸らしながら「発端は僕じゃない。ミカに聞け」とミカさんを売りました。
「ちょっと先生! どーいうこと!?」
千束さんがミカさんを問い詰めるべく駆け足で去っていったので、その隙に私はたきなさんを連れ出すことにしました。
「行きましょう。今から記事を消しても動きの速い者たちは既に近くまで来ていますわ。ワタクシが補助しますので、たきなさんは存分に暴れてくださいまし」