首刈コリス   作:ことのはだいり

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第14話 This is the power of symbols

「ハイ女ォ……」

 

「名作を汚すな」

 

「児ブッ!?」

 

 側溝に潜んでいた国際連続児童誘拐犯の頭に赤い花を咲かせた千束は、気絶したそれに目もくれず、げんなりしながらぼやき始めた。

 

「こいつらなーんでわざわざうちの国に入り込んでくんのさ……あいつが自分の国にいる時に狙えばいいじゃん」

 

『そりゃあの国悪モンからしたらめっちゃ怖いからな』

 

 千束が耳に着けている通信機から聞こえてきたその声は、リコリコから千束の行動をサポートしているクルミのものだ。

 

『知ってるか? この国のメディアは取り扱わんが、あの国は万引きみたいな軽犯罪にも容赦なく死刑判決出して、それを毎回公開処刑してるんだ。しかも死刑執行官はどんな相手でも同情を一切見せずに満面の笑顔で斬首する変な侍コスプレのいかれた男だ』

 

 クルミが話題に上げた国……シュタルフクス王国では、罪に対する刑罰が最も軽いものでも斬首刑となっている。

 ちなみに重いものになるとなるべく長く生かして死ぬまで拷問を続ける刑や、一族郎党皆殺しの刑などがある。

 それを自国民のみならず他国民の産業スパイなどにまで適用しているのだから、普通ならば国際問題になりそうなものだが、王女であるカリス・シュタルフクスが息を吐くように極めて有用な新発明を世に送り出し続けているおかげで他国から過度の配慮を得られているのだ。

 

『それに比べてこの国は事件自体が起きてないことになってるからな。当然、犯罪者が厳罰を受けた判例もない。公式に死刑判決が出たの何十年前だ?』

 

 犯罪者が裁判を受けることなくリコリスによって消される事実を知らない者たちに対して、この国は悪事を躊躇する理由を与えられない。

 

『無知な愚か者の目にはこの国が悪さし放題の楽園みたいな国として映ってんだろうな。まあ実際は国全体に張り巡らされた監視網とあいつが作ったとんでもない精度の嘘発見器でしっかり罪を確認してから殺してる向こうの方がよっぽど優しいんだが』

 

 DAはリコリスに殺させる相手に罪があるかどうかなんていちいち気にしない。

 仮にリコリスが落とした銃を拾っただけでそれを使う気なんて全くない善良な一般人がいたとしても、DAは自分たちの存在を隠すためにその人を平和を乱す危険因子と認定して抹殺するだろう。

 

『なんにせよ、リコリスの頑張りが裏目に出たな』

 

「くっそぉ……どいつもこいつもあんな変態に踊らされやがってぇ!」

 

『変態は変態でも頭のいい変態だからな。おっ、次は露出卿か。また大物だな』

 

 クルミがドローンで捕捉した標的の情報を千束に伝える。

 

「露出狂ぉー? 変態が変態狙ってんの?」

 

『変態界の中でもとびきりの大物だ。世界中で貴族や王族なんかの身分の高い女性を狙って裸体を見せつけてきたらしい。こいつも国際指名手配犯で、付いた渾名が露出卿。この卿ってのは狂う方じゃなくて外国の敬称の方な』

 

「どっちにしても長時間野放しにさせたくない類だなぁ……」

 

 ミカから話を聞いてこりすの意図を知った千束はリコリコをミカとミズキに任せて悪党たちを狩りに出ている。

 これはたきなの手柄を横取りするためではなく、集まった悪党があまりにも多くて早急に排除しなければ一般人に被害が及びかねないからだ。

 特に露出犯なんて存在するだけで一般女性の心に傷を負わせてしまうのだから、たきなが倒すまで悠長に待ってはいられない。

 あと、そもそも純真無垢なたきなにそんな汚れた存在を見せたくない。

 

「こりすめ……やりたいことのためなら他の人にどれだけ迷惑かけても全然気にしないとこ、ほんと変わってない。私でもその辺もうちょっと気にするのに」

 

『なんだ、その熟年夫婦みたいな妙に実感のこもった愚痴は?』

 

「夫婦じゃねぇし。熟してもいねえ」

 

『でも実際そんな感じの言い方だったぞ。殺し合った仲のはずだが、意外と深い付き合いなのか?』

 

「そりゃ一年も一緒に仕事すればね」

 

『後で詳しく聞かせろ。あいつが別人みたいになった理由、ずっと知りたかったんだ』

 

「これが終わったら……ね!」

 

 標的と接敵した瞬間、千束はその男性の剥き出しの急所に発砲した。

 咲いた赤い花がまるでモザイクのようだった。

 

          ◯

 

 井ノ上たきなは困惑していた。

 

「さあ、どうぞ捕縛なさってくださいまし」

 

 たきなの視線の先、多数の男たちが地面に転がって痛みに悶えている。

 男たちがそんな哀れな状態となったのは、こりすが指先から放った光線に肘と膝を打ち抜かれたからだった。

 そう……指先から、だ。

 

「……なんですか、さっきの?」

 

「……さっきの?」

 

「いえ、ほら、指から何か出てたじゃないですか」

 

「見ての通り、レーザーですわ」

 

「ぎぃあっ!?」

 

 こりすがたきなに見せるためだけに指レーザーで手近に倒れている男の手の甲を貫いた。

 

「貫くと同時に熱で止血できるので、不慮の失血死を防げますの」

 

「便利ですね」

 

 こりすの堂々とした態度を見て、たきなはファーストなら指からレーザーを出してもおかしくないかと納得した。

 銃弾を回避する千束も大概異常なので、たきなの知るファーストの中では人外が多数派となってしまったのだ。

 それからも戦闘のたびにたきなはこりすのファーストに相応しい実力を目の当たりにした。

 

「ぎゃはははは! 聞いて驚け! 俺様こそがあの伝説の首切り殺人鬼、ギロ」

 

「首刈りなんて今時流行りませんわよ。時代は首絞めですわ」

 

 大鎌を器用に振り回す自称伝説の殺人鬼は、こりすが間合いの外から射出した手に首を掴まれて、そのまま絞め落とされた。

 ファーストは手を分離してドローンのように自在に飛ばせるのだ。

 

「ゴロズウウウウウ!」

 

「その程度の筋力では不可能ですわよ。ポンジョルノ! 潰しなさい!」

 

 素手で自動車を持ち上げて見せた全身に血管の浮き出た緑の肌の巨漢は、こりすがたきなの知らない言語で虚空に向かって何かを叫んだ次の瞬間、謎の力で押し潰されて頭から地面にめり込んだ。

 ファーストは超能力が使えるのだ。

 

「髪の色変えたぐらいで隠れられると思ってんのか!? てめえが作った臓器培養技術のせいで俺たちは商売あがったりだ! 死んで詫びやがれ!」

 

「お生憎様。ワタクシの周囲には飛来物の慣性を喪失させる結界が常時展開されていましてよ」

 

 外見と雰囲気からおそらく外国の反社会的勢力に属していると思われる武装集団は、確実に命中するはずだった銃弾がなぜか途中で停止するという怪現象に動揺したところをレーザーに打ち抜かれて無力化された。

 ファーストは結界を張れるのだ。

 

「いやさすがにおかしいでしょう!」

 

 体力面ではリコリスの平均値未満のこりすが公園で小休止を取り始めたところで、これまで何も言わずにいたたきながついに声を上げた。

 

「さっきから活躍してるのこりすさんだけじゃないですか! 私に手柄をあげさせてくれるんじゃなかったんですか!?」

 

「えっ……気にするのはそこだけですの?」

 

「他にありますか?」

 

「いえ、たきなさんが気にしていないのであれば別にいいのですわ」

 

 この子だいぶ変な子ですね、とこりすは思った。

 

「組んで活動しているのですから、過程でどちらが活躍しようとも手柄は二人のものですわ。DAの査定係はどうせ結果しか見ませんわよ」

 

「それでファーストに昇格できても、私は自分を誇れません! ちゃんとその地位に見合った実績を積ませてください!」

 

「生真面目ですわねぇ……そこまで言うなら、次の相手とはたきなさん主体で戦わせてさしあげますわ」

 

 こりすは携帯端末を操作して次の標的を見繕い始めた。

 彼女は何らかの方法で周辺一帯に独自の監視網を敷いているらしく、それを活用してこれまでの戦いでも常に先手を取ってきた。

 標的の不意を突くそのやり方は、まさにリコリスとして理想的だった。

 

「この人にしましょう。静かなる殺し屋……サイレント・ジンですって」

 

 こりすがスマホの画面に長髪と短い眉毛が特徴的な黒コートの男性を表示してたきなに見せてきた。

 

「この人はかなり防弾性能の高い衣服を用意しているみたいですわね」

 

 それはつまり正確な射撃が強みのたきなにとっては戦いづらい相手ということだ。

 

「ワタクシ、次の戦いでは危なくなるまで手を出しませんわ。もしかしたら戦況を見誤って助けが間に合わないという事態に陥るかもしれませんけど、お覚悟はよろしくて?」

 

 だからこそ、たきなはジンという難敵を自分の力だけで乗り越えなければならない。

 相性の不利ぐらい容易く覆してみせなければ、DAの切り札たるファースト・リコリスは務まらないのだ。

 奇しくも千束に任せ切りであまり役に立てなかったブルドッグ戦の雪辱を果たす機会が回ってきたように思えて、たきなは戦意を高揚させた。

 

「望むところです」

 

 拳銃を握る手に力がこもるのを感じながら、挑発的な笑顔を浮かべるこりすに向かってたきなははっきりと宣言した。

 

          ◯

 

『ブルマニア、チョモランマッチョ、ロマンス田中、オークキング……名の知れた犯罪者だらけだったな!』

 

 興奮した様子のクルミを千束は鼻で笑った。

 

「売れてない芸人の間違いだろ?」

 

『いや本当に全員やばい奴だったんだぞ! 千束があっさり倒すからそう見えなかっただけだ!』

 

 クルミは知識をひけらかすように千束が倒した悪人たちの経歴を語る。

 

『たとえばブルータルマニアック……通称ブルマニアは複数の国で化学兵器によるテロを繰り返してた国際指名手配犯だ』

 

「んな物騒な名前を略した奴誰よ。新手の変態かと思ったわ」

 

『そういう変な渾名を考えるのは大抵ネット掲示板の連中だと思っていい。まあ僕としては略す前のかっこつけた呼び名を広めようとしたのが実は本人って話の方が笑えるけどな』

 

 他の連中も元裏格闘団体の絶対王者、百人を超える被害者を出した大物国際結婚詐欺師、スーパーの弁当用半額シール偽造グループの元締めと、異名に反してなかなか大した悪党たちだ。

 

「ちなみにたきなの方もそんなのばっかり?」

 

『向こうが捕まえたのは小規模過激派カルトグループにどこぞの殺人鬼の模倣犯、緑の大男と変な武装集団だな。よかったな千束! 人数では負けてるけど質では勝ってるぞ!』

 

「いや別に勝負とかしてねえ」

 

『なんだよ面白くないな〜。普段はふざけ倒してるくせに』

 

「こう見えて千束さんは仕事とプライベートは分けるタイプなのだよ……」

 

 今のちょープロっぽい!

 今は仕事中ではなく移動中なので、おふざけモードの千束はそんなことを考えて得意げになった。

 

『こりすも割とそんな感じだよな』

 

「あいつと一緒にすんなし!」

 

 しかしクルミの一言で千束のキメ顔は瞬時に崩壊した。

 

『そんなに嫌がることかぁ?』

 

「やだ! すっごいやだ! だって私の考え方があいつの影響受けてるかもしれないってことじゃん! 変態にされる!」

 

 ちなみに千束は昔こりすとの夜の遊びのために普通の十代女子が知らないような行為を猛勉強したことがあり、その知識は今でも消えていない。

 千束がこりすの価値観に大きな影響を及ぼしたように、千束もこりすの影響を少なからず受けてしまっているのだ。

 

『変態ねぇ……既に手遅れじゃないか?』

 

 ふざけた様子ではないクルミの真剣な声での指摘に千束が声を荒げる。

 

「どこが!?」

 

『お前この前たきなの下着穿いてたろ? あれ普通に変態レベル高いぞ』

 

 これはこりすがリコリコに復帰する前の話だ。

 ある日、諸事情によりたきなが男物のトランクスを愛用していたことが発覚し、千束はたきなに女子らしいかわいい下着を穿くように矯正した。

 そして不要になり廃棄する予定だったたきなのトランクスを、魔が差した千束は試しに自分で穿いてしまい、その現場をミズキに発見されてリコリコの皆と常連客たちの前で晒し者にされたのであった。

 

「あっ、あれは男物のトランクスってどんな感じなのか興味があっただけで、別にたきなの下着だからってわけじゃないから!」

 

『たまにニュースで見かける下着泥棒の言い訳って面白いよな』

 

 お前も同類だぞ、と暗に示された千束は顔を真っ赤に染めた。

 震えながら黙り込んだ千束に、クルミが面白がって追撃する。

 

『こりすのブリーフには興味ないのか?』

 

「えっ、いやこりすはいつもドロワーズ……あっ」

 

『ぷっ……あはははは! なんで知ってんだよ!』

 

「貴様何がおかしい! 同じ更衣室で着替えてんだから知ってるに決まってんだろ!」

 

『ほんとにそうかぁ? たきなのトランクスは気付くまでだいぶかかったろ? わざとじゃなきゃ着替えのタイミングは被らないんじゃないか?』

 

「たきなとこりすじゃ期間が全然違うし!」

 

『ほんとかぁ? 狙って見に行ったんじゃないのかぁ? なぁなぁ千束ぉ、どうなんだぁ?』

 

「…………………………知るか!」

 

 その後、クルミのセクハラ攻撃を千束はひたすら知らぬ存ぜぬで防ぎ通した。

 なお実際のところ千束がこりすのドロワーズをたきなのトランクスのように穿いてみたいと思ったことは一度もない。

 さすがの千束も確実に多量の体液を吸っているであろうこりすの下着には触れることすらしたくないのだ。

 

          ◯

 

 ジンは今日、オフだった。

 謎の女からカリス王女の暗殺を依頼されたということもなく、本当に偶然リコリコの周辺をうろついていただけなのだ。

 そんなジンを容赦なく襲ったたきなの拘束弾による背後からの不意打ちは、ジンが咄嗟に大きく飛び退いたことで空を切った。

 

「避けた!? まさか、こいつも千束と同じ能力を……」

 

『ありえませんわ』

 

 たきなの懸念をこりすが通信機越しに強く否定する。

 

『大方、たきなさんの足音なり殺気なりで勘付いたのでしょう』

 

 こりすの予想通り、ジンはたきなの足音で襲撃を察知した。

 たきなはしっかり足音を殺していたが、サイレントの異名を持つジンからすればそれはお粗末なもので、中途半端に抑えた足音は逆にたきなが一般人でないことを喧伝していたのだ。

 

『ですから安心して追撃してくださいまし。ほら、早く追わないと逃げられてしまいますわよ』

 

 ジンは応戦ではなく逃走を選択した。

 一流の殺し屋であるジンは大切な商材を安売りしない。

 仕事の標的以外を殺すのはそうしなければ対処できない場合のみで、現在のたきなはジンに殺さなければならないほどの脅威と見なされていないのだ。

 実際、成人男性と未成年女子との身体能力の差は大きく、たきな単独の追跡であればジンは簡単に撒くことができていた。

 

『たきなさん、そこを右ですわ』

 

 しかしこりすの助力が話をそこで終わらせてくれなかった。

 クルミが使うようなプロペラ式の飛行ドローンによる監視であればジンならばすぐに気付いて対処できただろう。

 しかしこりすの監視手段をジンはまったく発見できずにいた。

 薄気味悪さを感じながら、上空からカラスが見下ろし、地上にはネズミやゴキブリが這い回る薄暗い路地裏をジンは駆けた。

 

『次の分岐路でジンの右寄りを撃ってくださいまし。左に袋小路がありますわ』

 

 ついに逃げ場を失ったジンは瞬時に意識を切り替えた。

 静かに振り向いたジンが、背後から迫るたきなを敵として見据えた。

 

「うっ!?」

 

 たったそれだけの行動に凄まじい圧力を感じたたきなは、背負っている学生鞄から反射的に銃を抜き、不殺を心掛ける余裕すら失ってジンの急所に狙いを付けようとした。

 しかしその銃口がジンを捉えることはなかった。

 ジンが振り向くと同時に袖から落としていたシュタルフクス王国製の低温発煙手榴弾が爆発し、周辺一帯を満たした白煙がたきなの視界を完全に塞いでいたのだ。

 

「逃げる気!?」

 

 発煙手榴弾は逃走を補助するために使うものだ。

 そんな先入観を持っていたたきなはジンがこの期に及んでまだ逃げ回るつもりなのだと思い込んだ。

 

『後ろですわ!』

 

 そして生じたたきなの隙を突き、音も立てずにたきなの背後へと回り込んだジンは既に銃を構えていた。

 

「しまっ……」

 

 性能の良い特別な消音器を使っていたのだろう。

 発砲音はほとんど聞こえなかった。

 

『油断大敵ですわよ』

 

 代わりにたきなが聞いたのは、銃弾が戦車の装甲のような圧倒的に硬い何かに当たって弾かれた時に生じる、カンッという高い音だ。

 煙に紛れて飛び回るそれをたきなは視認できずにいる。

 その一方でシュタルフクス王国製のコンタクトレンズ型デバイスによりサーモグラフィーを使用しているジンにはそれの輪郭が見えていた。

 手だ。

 ジンが放った銃弾は浮遊する手に払い除けられたのだ。

 

『危なくなったので手を出させていただきましたわ』

 

 何も見えていなかったが、こりすの言葉を聞いてたきなは自分が守られたことを理解した。

 

「こりすさん……すみません」

 

『お気になさらず。まだ続けますの?』

 

「……やらせてくれますか?」

 

『たきなさんがお望みなら、ワタクシはお手伝いするだけですわ』

 

 先程の攻防を経て、たきなは自分の実力がジンに遠く及ばないことを認めている。

 その上で格上との実戦という得難い経験を積める機会を逃したくないと思った。

 

「では……ジンは私が捕えます。援護、お願いしますね」

 

          ◯

 

 たきなさんをサイレント・ジンの猛攻から守りながら、私はどうやったら後で千束さんに咎められることなくたきなさんを見殺しにできるか考えていました。

 当初は私を餌にして呼び寄せた悪党にたきなさんを殺させる予定なんてありませんでしたけど、サイレント・ジンとの戦いの劣勢具合を見ていたら魔が差してしまったのです。

 本当にどうしましょう……サイレント・ジンをこの街に呼び寄せたのが私で、たきなさんを連れ出したのも私である以上、どんな言い訳をしても私の責任になりますよね。

 もったいないことをしました。

 サイレント・ジンがこんなに強いと分かっていたら、裏で私がたきなさんの暗殺を依頼するべきでした。

 今からどうにかたきなさんの自己責任にする方法は……と思考に集中していた私は、遠隔操作している自分の手のエネルギー残量が残りわずかであることに気付きませんでした。

 手はエネルギーが尽きる前に自動で私のところに戻ってくるように設定されていたので、まるで私がたきなさんを見捨てたかのように手が戦場から離脱していきます。

 ……どうしましょう。

 たきなさんと違って何らかの方法で煙の中でも周囲の状況を把握しているサイレント・ジンは私の手が離れていく様子を確実に認識しています。

 今は手の動きの意図を警戒してたきなさんへの攻撃を止めてくれていますけど、戻ってこないと分かれば一気に攻勢に転じるでしょう。

 これは……死にましたね! たきなさん!

 

「たきなぁあー!」

 

 そんな絶体絶命の窮地からたきなさんの命を救ったのは、私の千束さんでした。

 大声でサイレント・ジンの狙いを自分に向けさせた千束さんは、放たれた銃弾を身体を捻って回避して、そのままサイレント・ジンの懐に入り、銃口を密着させた状態で腹部に非殺傷弾を連射してサイレント・ジンを吹き飛ばしました。

 あー駄目駄目!

 駄目です千束さん、そんなことされたらたきなさんが千束さんに惚れてしまいます!

 

「千束!」

 

 たきなさんがすごく嬉しそうな声で千束さんの名前を呼びました。

 ほらぁ!

 こんな白馬の王子様みたいな登場、女の子なら誰だって子宮がきゅんきゅんしちゃうに決まっているじゃないですか!

 あーもう手遅れですたきなさん絶対千束さんに気がありますむしろ私がおとぎ話の悪い魔女みたいに二人の仲を後押ししちゃってます!

 いえ……それでもサイレント・ジンなら!

 千束さんは銃弾を避けることはできても防ぐことはできないので、サイレント・ジンほどの腕があればたきなさんだけならどうにか殺せるはずです!

 起きてくださいサイレント・ジン!

 私と千束さんの未来はあなたにかかっています!

 サイレント・ジン!

 サイレント・ジ〜〜〜〜〜ン!

 ……。

 …………………………。

 あっ……煙が風に吹き散らされましたね。

 サイレント・ジンは……完全に、沈黙しています。

 サイレントだけに。

 ……つまらない現実逃避はやめて、今のうちに言い訳を考えておきましょう。

 

          ◯

 

「たきなさんを見殺しになんてしてませんわ〜〜〜〜〜! 戦闘が長引いたせいでエネルギー切れを起こしただけですわ〜〜〜〜〜!」

 

「言い訳すな! いらん戦いしてたきなを危ない目に遭わせやがって! ほらもう一杯!」

 

 千束によって喫茶リコリコへと連行され、義肢を四本全部取り外されて身動きが取れなくなったこりすは、たきなを守り切れなかった罰として嫌いなコーヒーを強引に口に流し込まれるという苛烈な拷問を受けていた。

 

「ゔっ!? 苦い! 苦いですわ千束さん! せめて無糖だけはおやめくださいまし!」

 

 こりすはマゾはマゾでも首絞められ専門のマゾなので、この拷問には普通に苦しめられている。

 

「黙れ罪人! ホットじゃなくてアイスにしてやってるだけでもありがたく思え!」

 

「いっき、いっき」

 

「こりすちゃんの、ちょっといいとこ見てみた〜い!」

 

 クルミとミズキが飲み会のノリでこりすを煽る一方で、こりすの四肢が取れた衝撃からようやく立ち直ったたきながおずおずと申し出る。

 

「あっ、あの千束……今回の件は私の実力不足が原因なので……」

 

「あ〜ん、もうたきなってば、こんなの庇うなんてほんっといい子なんだからぁ!」

 

 密着して頭を撫でてくる千束を押しのけながら、顔を赤くしたたきなが言う。

 

「いえ、お店の商品を無駄に消費してほしくないだけです」

 

「じゃあ後でこりすのバイト代から引いとく」

 

「ならこいつにも酒代請求しとけよ。店のだろ」

 

「……ミズキさん?」

 

「ちょっ、こら、こっちまで巻き込むんじゃないわよ!」

 

 酒瓶を持って逃げ出すミズキと、それを追いかけるたきな。

 たきなを応援しながら追加のコーヒーを用意している千束と、今にも死にそうな顔で鼻からコーヒーを垂らすこりす。

 そしてこりすから取り外した義肢を勝手に弄くり回し、誤操作で放たれたレーザーが鼻の先端をかすめて悲鳴を上げるクルミ。

 

「本当にいいんだな?」

 

 そんな騒がしい女性たちから離れた席で、ミカはジンと向き合っている。

 

「ああ」

 

「では……今日からまた同僚だな。よろしく頼む」

 

 ミカが差し出した手をジンが握り返した。

 二人が話し合っていたのはジンの処遇についてだ。

 数年前まで千束は捕まえた悪党の扱いをクリーナーに丸投げしていたのだが、最近は千束自身で責任を持って個別に対応を考えている。

 例えば今回の大捕物であれば、ブルマニアやロマンス田中のような国際指名手配犯は警察が捕まえたことにしてDAに国際裁判所送りにしてもらい、オークキングやカルト集団のような小悪党は武装を剥ぎ取った上で昨年こりすがこの国の政府に働きかけて作らせた地下強制労働施設に落とし、違法人体実験の被害者であった緑の人は治療のためにシュタルフクス王国に亡命させた。

 そんな調子でジンも地下送りとなる寸前、面白がって悪党たちの過去を掘り起こしていたクルミのおかげでジンがミカの知り合いであると発覚し、呼び出されたミカが文字通り優しく事情聴取をしたことでジンがこりすの暴走に巻き込まれただけの被害者だと判明した。

 じゃあ無罪放免で……と殺されかけたたきなも含めてほとんどの者の意見が一致する中、唯一異論を唱えたのがこりすだった。

 

「たとえミカさんのご友人であっても、この国で許可なく銃を持ち歩くような危険人物を野放しにするなんて、リコリスとして認められませんわ!」

 

 裏口リコリスが何言ってんだと誰もが呆れる一方で、こりすの過去を知らないたきなだけはこれを真に受けた。

 そこに畳み掛けるようにこりすはこんな提案をした。

 

「そこで……ジンさんの身柄をリコリコ預かりとして、たきなさんの専属教官となっていただくというのはいかがでして?」

 

 喫茶店業務など他にやることの多いミカではたきなに付きっきりで指導なんてできない。

 千束は感覚派なので指導者に向かない。

 そんな理屈を並べたこりすは、最後に費用は全て自分が持つと豪語して、最終的な決定権を持つミカにジンの処遇を委ねた。

 こりすがたきなをファーストに昇格させてリコリコから追い出すつもりだと知っていた千束は激しく嫌がったが、生真面目で上昇志向の強いたきなは望ましく思っている様子だった。

 それらの事情全てを考慮した上で、ミカはジンが受け入れるのであればこりすの案を採用すると決め……ジンは命を奪われなかった恩を返す意図でたきなの指導を快諾した。

 

「井ノ上たきなです。これからはご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

 

 ミカたちの話が纏まった瞬間、それを耳聡く聞きつけたたきなが俊敏な動きで近付いてきて、ジンに頭を下げた。

 

「……」

 

 それに対して先程まで普通にミカと会話していたはずのジンは無言で手を差し出した。

 もしかしてジンがあまり喋らないのは単に人見知りだからではないかとミカは不意に思った。

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