楽しい罰ゲームから一転して本格的な尋問を受けたクルミは、どうせ自白装置の前では隠せないからと素直に全てを吐いた。
「つまり……例の件には武器商人と取引相手のテロリストの他、アラン機関が関与していたと」
クルミから得た情報をミカが要約して述べた。
「そうだ! 主犯はアランだ! 僕じゃない!」
「慈善団体の代名詞みたいな連中がそんなことするわけ……なくもないのよね」
ミズキに釣られてこの場の全員の視線が床で気絶中のこりすに集まった。
「人の役に立つ機械を作るためのお金で人殺しロボット作った実例が目の前にあるもんね。うん、きっと千丁の銃も本当は人助けに使われると思って渡したに違いない」
自分の命を救ってくれたアラン機関を信じたい千束が希望的観測を口にして何度も頷いた。
顔も知らない救世主さんから銃を贈られている千束にとって今回の件は他人事ではないのだ。
「……お金ならともかく、銃なんて人を殺す以外に使い道ありますか?」
そんな千束の胸の内を知らないたきなが平然と言った。
「あるよ! えっと……猟師さんとか! ジビエ料理美味しいらしいじゃん!」
「……まあ、それは確かに」
銃と弾薬もそれなりに値が張るし、規制が厳しいこの国では合法的に手に入れようとすると手続きが煩雑で面倒だ。
猟師としての才能がありながら仕事道具が手に入らないせいで活躍できずにいる者への支援としてアラン機関が千丁の銃を贈った、という可能性も現状では否定できない。
「んで、どうすんのよ? 真意はどうあれ渡した銃が人に向けられてんのは事実でしょ。今んとこDAが上手いことやってるみたいだけど、いつ町中で無差別銃撃事件が起きてもおかしくないわけだし、その元凶をお咎めなしでほっとくわけにもいかないんじゃないの?」
「とりあえず捕まえるべきですね」
ミズキとたきながアラン機関を敵視する方向に話を進めると、千束が慌てて割って入る。
「アラン機関の人は被害者だよ! 悪いのは人の善意を悪用したこりすみたいなどっかの誰かだけ! それにそもそもアラン機関の人って探しても見つからないし! ね、そうでしょ先生!」
「む……まあ、な。ウォールナットでさえも依頼を受ける形でしか近付けなかったほどだからな」
「……その挙句、命まで狙ってきたしな。ちょっと探りを入れただけで爆破だぞ」
苦い記憶を思い出したクルミが顔を引きつらせた。
「あら、ウォールナットともあろう者がそのような些細な報復を受けた程度で諦めますの?」
いつの間にか復活していたこりすがしれっと会話に交じってきた。
「なんだお前、どこから聞いてたんだ?」
「ミカさんがあなたの話をまとめてくださった辺りですわね。おかげでおおよその事情は把握できましたわ。そういうことですから皆さん、後は全てクルミさんとワタクシにお任せくださいまし」
「おい待て勝手に話を進めるな! 僕はやるとは言ってない!」
声を荒らげて拒絶するクルミに対して、こりすは心底不思議ですわと言いたげな表情でわざとらしく首を傾げた。
「今僕が派手に動いたら苦労して死んだと思い込ませたのが台無しになるだろ! さてはお前、この機に乗じて僕を消す気だな!?」
「そんなコトありませんワー」
ちょっぴり片言気味に否定したこりすは笑顔を浮かべていたが、その目は笑っていなかった。
「ひぇっ!?」
クルミは慌てて千束の背後に隠れた。
「助けてくれ千束ー! 殺人鬼に殺されるー!」
「よっしゃ任せろ!」
意外にも千束はクルミをぞんざいに扱わなかった。
「おいこら変態殺人鬼! お前なんかにうちの大事なコンピューターの人を預けられるか! アラン機関の人を探すなら一人でやれ!」
というのも、アラン機関擁護派の千束としては有能極まるクルミが捜査に関与しないでいてくれた方が好都合だからだ。
「……千束さんはこのようにおっしゃっていますけど、ミカさんはどう思いまして?」
こりすは最初から千束の説得を諦めて、DAの支部としての喫茶リコリコにおいて最高位の意思決定権を持つミカに話を振った。
自分の感情最優先で動く千束と異なり、ミカであれば組織人としての役割を優先すると見越しての行動だ。
「……アラン機関を探るのはいいが、現時点でクルミにやらせるのはやめておくべきだろう」
しかしこりすの想定に反し、ミカの態度は異様なほどに消極的だ。
「なぜですの? 情報収集に関してはクルミさんの右に出る者はいませんのよ。出し惜しみする理由が理解できませんわ」
「現状ではアラン機関の戦力が不明瞭だからだ。戦闘能力のないクルミを矢面に立たせるのは不安が大きい。そういうわけだから、自衛が可能なこりすが単独で探る分には止めん」
こりすが食い下がってもミカは取り付く島もない。
クルミを死地に追いやれないとなるとわざわざこりすが労力を費やす理由もなく、結論としてアラン機関関連の問題は先送りにされて、これまでと変わらず銃の所持者を優先して捜索する方針となった。
◯
朱雁こりすを信用してはいけない。
こりすがどれだけこの国に利益をもたらそうとも、彼女が他国の人間であるという事実は揺るがない。
自分の祖国とそれ以外、どちらを優先するかと問われたら誰もが迷わず前者を選ぶに決まっている。
そんなことを主張して、楠木は壊滅したリリベルの代替戦力としてこりすから提供された自律式人型ロボット……リリウムの運用を渋ってきた。
それが悲劇を生んだ。
ラジアータが感知した地下鉄のホームで待ち構えるテロリストに対し、リコリスを満載した列車を突入させ奇襲するという作戦が決行された。
突入後は正面戦闘となるこの作戦において、無害な女学生に扮して標的を油断させるというリコリスの強みは全く活用できない。
であれば安全を考慮してリリウムを使うべきという意見もあったというのに、リリウムの評価が上がることを警戒した楠木がリコリスによる作戦遂行を決定してしまった。
その結果、テロリストが作動させた爆弾により作戦に参加したリコリスは全滅した。
はっきり言って無駄な犠牲だった。
楠木が判断を誤らなければ、瓦礫の下に埋もれていたのは未来ある少女たちではなく、命なき人形兵器だけで済んだ。
その事実を噛み締めてなお、楠木は方針を変更できなかった。
楠木は決してリコリスの命を軽く見てはいない。
しかしリコリスが盛大に失敗したからこそ、ますますリリウムで成功するわけにはいかなくなった。
昔から時代の流れに伴ってリコリス不要論は何度も出てきたのだ。
洗脳教育を施した少女たちに人殺しをさせるなんて世間に発覚した場合の外聞が最悪だ。
情報伝達手段の発展がこのまま続けばやがて隠蔽に失敗する時が来る。
そもそも十年も現役でいられないリコリスは費用対効果が悪過ぎる。
これが無関係の立場であれば楠木も全面的に同意していただろうが、全てのリコリスたちの命の責任を負うDA司令という立場にあるからには、不要と見なされたその瞬間にリコリスたちが隠蔽のために一斉処分されると分かっていて見過ごすこともできない。
だからことあるごとにリコリスだけの価値を……例えば未成年の少女であるリコリスは身代金目的の誘拐や性犯罪者の標的になりやすく囮として最適などといったことを示してどうにか存続させてきたが、リコリスがリリウムに勝る部分を楠木は示せずにいる。
今はまだ導入から間もないということで様子見をしている上層部がリリウムの価値を認めてしまえばリコリスは間違いなくリリベルの後を追わされる。
もはやいつそうなってもおかしくない。
それを防ぐためにも楠木はリリウムではなくリコリスに手柄をあげさせる必要があった。
そしてまたしても犠牲者を出した。
ある日、なぜか大量の凶悪犯が同時多発的に入国してくるという謎の現象が起きた。
昔であればリリベルが対処していたであろうそれらの凶悪犯に対して、楠木はリリウムだけの手柄とさせないために、リリウムを差し向ける前に単独で動いている標的に限ってリコリスによる暗殺を一度だけ仕掛けることにした。
楠木の試みはある程度の成果を出した。
国内に入り込んだ凶悪犯のうち、およそ八割をリコリスの手で始末できた。
しかしその代償として少なくない数のリコリスが死傷した。
リコリスが不意打ちによる暗殺に失敗したとして、標的が負傷に取り乱す素人であれば逃走は可能だが、冷静に反撃されると身体能力で劣る少女たちは非常に脆弱だ。
今回の作戦では標的に素人などひとりもおらず、暗殺に失敗したリコリスはひとりの例外もなく殺害された。
最悪だったのは殺せなかった標的の中に馬鹿みたいな名前のくせに高い知性と拷問の心得を有する男が交ざっていて、返り討ちにされたリコリスが苛烈な拷問を受けてDAの存在を吐いてしまったことだった。
その男……ブルマニアは何らかの手段でその情報を他の徒党を組んだ犯罪者たちに周知してしまい、共通の制服という分かりやすい目印を晒して出歩くリコリスたちは逆に狩られる立場となった。
その後は幸いにも取り返しのつかない被害が出る前に喫茶リコリコが珍しく自発的に動き、ブルマニアとブルマニアから情報を受け取った者たちを一掃してくれたおかげでDAは首の皮一枚繋がったものの、さすがにリコリスの醜態は上層部の耳に入ってしまい、現状で残っている大きな問題、つまり千丁の銃を保有する謎のテロリストへの対処はリリウムを主体に行うようにと厳命を受けた。
さて、ここまでが楠木とリコリスたちの不幸であり、ここから先は彼女たちの幸運、あるいはテロリストたちの不幸である。
「バランスをとらなくっちゃなぁ!」
今しがたベージュ色の学生服を着た少女目掛けて自動車による轢き逃げアタックを敢行したこの男の名は真島。
真島は千丁の銃を購入したテログループのリーダー的存在であり、その目的はこの異様なまでに平和な島国においてテロリストを秘密裏に消し去っている謎の存在の正体を暴き、打ち倒すことだ。
地下鉄爆破事件で少なくない仲間を失った真島は、特に誰からもリコリスの存在を教えられないまま独自に動き、ある日なぜか突如として騒がしくなった首都一帯の至る所で同一の制服姿の少女たちがテロリストたちと殺し合っている姿を目撃したことで、ついに探していた敵を捕捉する方法を知った。
そして戦力を整えた真島は単独で動いていた例の制服姿の少女に狙いをつけ、さらなる敵の情報を引き出すために襲いかかったのだ。
「よお……同業者を随分たくさん殺しやがったみてぇじゃねえか。バランス的に今度はこっちの番だ。知ってること全部吐いてもらうぜ」
真島たちは負傷したであろう少女を囲み、普通の人間では防ぎようがない数の銃口を突き付けた。
「まあ、安心しろよ。恩には報いねえとバランスとれねえからな。正直に話せば見逃してや……」
『危険分子を捕捉。排除する』
「……あ?」
勝利を確信し、相手が抵抗するなんて微塵も考えずに油断していた真島たちは、いくつもの銃口に怯むことなく少女が発砲してきたせいで手痛い被害を出した。
「ぐぁっ!?」
「撃ってきやがった!」
「クソが! 死ね!」
仲間のひとりが脳漿を路上にぶち撒けた瞬間、真島が指示を出すまでもなく誰もが反撃を開始して、多数の鉛玉を少女に叩き込んだ。
『損傷軽微、任務続行』
「うわぁ!? な、なんでこいつ、まだ動いて……ぎゃっ!?」
穴だらけになった少女は明らかに致命傷を受けたはずなのに、変わらず動いてテロリストたちを殺していく。
「チクショウ! なんなんだよテメェ!」
「ま、真島さん! こいつやべぇっスよ! 逃げましょう!」
「馬鹿言うな! やられっぱなしじゃバランスとれねえだろうが!」
真島もまた類稀なる人殺しの天才だ。
多少得体の知れない存在であっても、形が人なら壊し方は心得ている。
もはや生け捕りなど考えなくなった真島は、まず銃撃により少女の形をした何かの持つ銃を的確に弾き飛ばし、間髪入れずに足を払って転ばせ、起き上がる隙を与えることなく残弾を全て敵の首に撃ち込んだ。
そしてずたぼろになった敵の首を真島が全力で蹴り抜けば、かろうじて保たれていた頭と胴との繋がりは断たれて、少女の頭の形をしたものが地面を転がった。
「真島さぁん!」
「さすがっスね!」
敵の無惨な死に真島の部下たちが歓声をあげて騒ぐ一方で、真島だけは自分の足に残る奇妙な感触に違和感を持って黙り込んだ。
「……硬え。あと痛えな。なんだお前……機械か?」
真島が予想を口にしながら敵の首の断面を見ると、そこでは引き千切られた配線から火花が出ていた。
「はっ……まじかよ! まさかお前、ターミ……逃げるぞお前ら!」
真島は言おうとしていた単語を途中で止めて、咄嗟に別のことを叫びながら走り出した。
『損傷甚大。任務続行不可能』
人間は心臓や脳に銃弾を受けたとしてもすぐに全く動けなくなるということはないが、首を断たれてしまえば一切動けなくなる。
それは脳が出す動きの指示が胴体に届かなくなるためだ。
しかし人の形を模しているだけの機械……リリウムの動作制御機構は人よりも虫に近い構造であり、たとえ中枢制御装置からの指示を伝える配線が切断されたとしても四肢に備わる予備制御装置の指示で動かせるし、そもそも中枢制御装置の位置は頭部ではなく胴体にある。
『隠蔽処理、開始』
頭部を失ったリリウムが平然と立ち上がったかと思えば、次の瞬間には無数の金属片となって広範囲に弾け飛んだ。
火薬を内部に仕込むと戦闘による衝撃で誘爆する懸念があるので、リリウムの自爆装置は引き寄せる磁力によって重要なデータを抹消しつつ外殻を自壊させ、それから生じた破片を反発させて散弾のように撒き散らす仕組みとなっている。
細かく狙いをつけて破片を射出するものではないため運が良ければ無傷で凌げるが……逆に言えば運に頼る以外で真島たちに生き残る術はなく。
この日、たった一体のリリウムと道連れに、真島の部下が二十八人死んだ。
◯
「例の銃を所持したテロリストがリコリスを襲撃したそうだ」
リリウムに手柄を立てさせるくらいなら不良リコリスに活躍される方がましだと考えている楠木は、襲われたのがリコリスではなくリリウムであるということのみ伏せて、DAの方針を破ってまでこっそりリコリコに情報を提供してくれた。
「事の詳細までは回してくれなかったが、その一件でDAは敵の情報を掴むに至ったらしい。こいつが敵の指導者と思われる男だ」
リリウムがその目で観測する光景は常にDA本部へと送信されている。
そのため真島一味の顔情報は絵心があるかわからない目撃者に似顔絵を描かせるよりも正確にDAの知るところとなった。
ミカが楠木から送られてきた緑髪の悪人面……真島の顔写真を携帯端末に表示して、リコリコの皆に見せた。
「う〜わ目付き悪。ザ・悪役って感じ」
「ふ〜ん、まあ顔はそんなに悪くないわね」
「こいつが……」
千束とミズキが弄った真島の顔立ちをたきなが今にも人でも殺しそうな顔で睨み付けた。
「DAの情報部は既にある程度の素性を調べ終えた。外国で広くテロに携わったと目される戦争屋で、本名かどうかは不明だが真島と呼ばれている、とのことだ」
「戦争屋か。なら五百人兵隊がいるってのもあながち冗談じゃないのかもな」
「多い分にはいいではありませんの。それだけ得られる首級……もとい実績が増えますもの。ねえ、たきなさん?」
「そうですね。それだけいればファーストに必要な年間規定実績を余裕で超えます」
急所かそれ以外かは別として、たきなの頭の内では自分のキャリアを台無しにした怨敵に鉛玉をぶち込む未来が既に確定事項となっている。
「たきなは実績と能力があっても適性で落とされるだろ……あたぁ!」
余計なことを口にしたクルミがたきなにお盆で頭を叩かれ悶絶した。
「でもそれ千束が通るくらいガバガバよ?」
「おいこら、ミズキもこれいっとくか?」
千束がお盆を構えるのを見て、ミズキは慌てて逃げ出した。
「騒ぐなお前ら。楠木からの通達にはまだ続きがある」
ミカに一喝された女子供らが黙って続きを聞く姿勢を作った。
DAの仕事関連で情報を聞き漏らすと自分や仲間の命を危険に晒しかねないので、さすがにその辺りは皆しっかりしているのだ。
「敵が何者かは判明したが潜伏場所はまだ割れていない。特定後、本部のリコリスで大規模な討伐隊を編成して仕掛ける予定だそうだが、今のところ支部のリコリスまで参加させるつもりはないらしい」
「……楠木司令は私に汚名返上の機会すら与えてくれないんですね」
「たきな……」
悔しさや寂しさなどが入り混じった複雑な表情で俯くたきなをどう慰めようかと考えた千束は、名案を思い付いてぽんと手を打ち、満面の笑顔でたきなに提案する。
「今日からうちにおいでよ!」
「……え?」
「……は?」
意味がわからないといった様子のたきなと、意味がわかったからこそ理解したくなかったこりすが固まった。
「リコリスを襲うような危ない連中がどこかに潜伏してるんでしょ? ならひとり暮らしは危ないって!」
「それは……そうですね」
真面目な顔で頷いたたきなが千束の提案を前向きに検討しているのを見て、こりすが声を荒げる。
「ちょっと千束さん!? その理屈ならワタクシも誘うべきですわ!」
「いやこりすはひとりじゃないだろ。護衛いんじゃん。三人も」
「くぅ……そうですけど……そうですけどぉ!」
ここで自分が千束の家に行けば馬鹿なりに頑張っている部下たちの能力を疑っていると示すようなものなので、たとえ本人たちがそのことを理解できないとわかっていても、主としての矜持を持つ真面目なこりすは千束との同棲を諦めるしかなかった。
「というわけで! 今日の仕事が終わったらたきなを私の家にごあんな〜い! お客様だけど家事は分担な。あっ、そういや今日通販で買った良さげな映画届くから、帰ったらさっそく見ないと! あとあと、お風呂で背中……」
たきなを置き去りにして一方的に盛り上がる千束を血走った涙目で見つめるこりすは、血が出るほどに強く唇を噛みながら密かに決意する。
ちさたき同棲の原因……真島一味を可及的速やかに抹殺しなくては!
◯
もはやたきなさんの実績がどうのと言っている場合ではなくなりました。
たとえ同棲理由がなくなっても、たきなさんが延長を望めば千束さんは二つ返事で受け入れてしまうでしょう。
たきなさんが千束さんに向ける好感度は友達以上恋人未満、そうなる可能性ははっきり言って高いです。
だから一刻も早く真島たちを見つけ出して消さなければならないのに……残念ながら私が小動物型ドローンを駆使して構築した喫茶リコリコ周辺の監視網には引っ掛かっていませんでした。
人探しって意外と難しいんですよね……。
街に溶け込む範囲を超えてドローンを投入してローラー作戦でもすれば見つけられるかもしれませんけど、ドローンの形が形なだけにそこら中で大騒ぎになるでしょう。
いえ、でも背に腹は代えられないのですから、今回ばかりはやむを得ませんね。
「ちょっと! 機械の稼働音がうるさ……うひぃ!? あんた何やってんのよ!?」
そういうわけで神社の工房にこもってドローン製造装置を全力稼働させていると、そこに入室許可もなく入ってきた不躾な巫女姿の少女が悲鳴をあげました。
青髪ツインテールな彼女の名前はランコ・フルナガ……古長蘭子さん。
蘭子さんは二年前の多数のリコリスがDAに反旗を翻した事件の発端となった元セカンド・リコリスで、ファレノプシスとしての暮らしの中で他の少女たちが医療職の彼氏を作り寿退社していく中、いつまで経っても千束さんへの分不相応な想いを捨てない厄介者です。
ファレノプシス寮に残しておくと女子校の王子様への憧れから卒業しつつある他の少女たちに悪影響が及びかねないので、今はひとりだけ私の神社で住み込みの召使いとしてこき使っています。
「見てわかりませんの?」
「わかんないから聞いてんのよ! なんなのよこの大量のカラスにネズミにゴキブリは!?」
機械と生物の区別が付かないお目目節穴な蘭子さんは、普段より二割増の軽蔑がこもった視線を私に向けてきます。
「あんた……どんだけ生ゴミ溜め込んだの?」
「失礼ですわね。掃除は毎日しっかりしてましてよ」
ロボット掃除機が、ですけど。
「じゃあなんなのよこの惨状は……うわっ、こっち来んな!」
蘭子さんの鋭い蹴撃がせっかく作ったドローンを粉砕してしまいました。
「あっ……ロボット?」
粉々になって散乱した金属片を見て、蘭子さんはようやく生き物ではなくドローンであることに気付いたようです。
「そうですわよ。必要があって急ぎで増産しているというのに、よくも壊してくれましたわね」
「はぁ!? 紛らわしい見た目してんのが悪いのよ!」
蘭子さんが舌打ちしながら近くの柱に張り付いていた黒光りするものを手にとって眺めます。
なぜそんなところに……おかしいですね、床の上で整列するように指示したはずなんですけど。
「うぇ……ほんとわけわかんない再現度してるわね。この気色の悪い脚のトゲトゲとか、わざわざつける必要あるわけ?」
……いえ、一点物ではなく量産を前提とするドローンに関しては生産効率を高めるために遠目に見てわからないような細かな構造までは再現していません。
本来なら存在するゴキブリの脚の棘を、私は省略しているはずです。
つまり、蘭子さんが今手に取ったものは……。
「それ本物ですわ」
「ゔぁ゙っ゙!?」
「ひっ!?」
蘭子さんが全力投球した本物のゴキブリが飛来物停止の結界に絡め取られて私の顔すれすれで止まりました。
「危ないですわね……よくもやってくれまぁ゙ぁ!?」
安心したのも束の間、止まった後で再び飛び立つという通常の銃弾であればありえない挙動をとったゴキブリが私の顔に張り付きました。
「〜〜〜〜〜!」
「ちょっ、あぶっ、死ぬぅ!?」
私だって女の子です。
ゴキブリを見るだけならば平気でも、顔に張り付かれたとなれば冷静ではいられません。
声にならない悲鳴をあげながら、つい指レーザーを発射しながらのたうち回ってしまい……量産したドローンはもちろん、ドローン製造装置すらも修復不可能な程に損壊させてしまいました。
そしてドローン製造装置よりも遥かに価値の低い蘭子さんだけは逃げ足が速かったので無事でした。
責任取って死んでおくべきだったと思いますけど、生き残ったのであれば仕方がありません、別のことで責任を取ってもらいましょう。
「というわけで蘭子さん、ちょっとリコリス制服を着て散歩に出てくださいまし」
「は? 二度と着ないわよあんな硝煙臭いもの。だいたい、何がというわけなのか全然わかんないし」
「あなたが行動の意味を知る必要はありませんわ。今回の狼藉の償いとして、ただただ言われた通りに動けばいいのですわ」
「はぁ!? 色々ぶっ壊したのはあんたでしょうが!」
……それを言われると事実なので反論できません。
「ですけど、きっかけを作ったのは蘭子さんですわ。よりにもよってワタクシに投げる必要はありませんでしたもの」
他人の顔面目掛けてゴキブリを投げつけるなんて人としてあるまじき邪悪な所業です。
さすがに悪いと思ったのか、蘭子さんが顔を歪めて悔しげに声を絞り出します。
「……なら、こうしましょう。私にも責任の半分があると認めて、あんたの要求の半分だけ聞くわ。心底不本意だけど今日一日リコリス制服は着てあげる。ただし外には出ないわ」
「それでは意味がありませんわ」
「じゃあリコリス制服は着ないけど、散歩には行ってあげる」
「それでも意味がありませんわ」
そこまで聞いた蘭子さんは、腕を組んで一瞬だけ目を伏せた後、鋭い眼差しで私を見据えました。
「…………………………囮ね?」
誤魔化しても意味がなさそうだったので、私は観念して問い返します。
「囮が囮であることを自覚して警戒すれば敵を遠ざけてしまうでしょうし、正解に免じて今回の件は不問としますから、後学のためにどうしてわかったのか教えてくださいませんこと?」
「簡単なことよ。原則二人組で行動するリコリスが単独行動する理由なんてそれくらいしかないわ」
蘭子さんが不愉快そうに舌打ちしました。
「頬こけ毒茸にもたまにやらされたわ。あいつ、敵組織の本拠地がわかんなくて構成員の面だけが割れてる時に、わざと発信機仕込んだリコリス拉致させて探るのよ。あぁもう、嫌なこと思い出したわ」
「そんなに都合よく拉致してくれますの? ワタクシは襲われてくれれば十分と思っていましたけど、本拠地を特定できるのであればなお良しですわね」
「……あんたの方がたち悪いわね。いや、頬こけ毒茸も大概か」
蘭子さん曰く、人身売買組織や臓器売買組織、身代金目的の誘拐組織や女に飢えた変態組織などの相手を選んでやっていたので成功率はそれなりだったそうです。
ただし、囮になったリコリスの殉職率も低くはなかったみたいですけど。
「まっ、そういうわけで私は二度とやらないから、囮が必要ならあんたが自分でやんなさい」
「……仕方ありませんわねぇ」
頼れる護衛隊がいるので生身で出ても平気だとは思いますけど、敵の戦力は未知数ですし、万が一を想定してここは久しぶりにVロボの出番でしょう。
ちょうど旧式の少女型Vロボが残っていますし……あっ、いいこと思い付きました。
「うーわ、すっごい気色の悪い顔してる」
「唐突に失礼ですわね」
「だって本当に気色悪いし……今度は何企んだわけ? あんたが何しようと知ったことじゃないけど、私や千束さんを巻き込むんじゃないわよ」
「ご安心くださいまし。巻き込むのは……近頃千束さんの周りを飛び回っている、目障りな女だけですわ」
書き終えていた話はここまでです。次回投稿までしばらくかかります。
ちなみに次回のタイトルは『I'll kill you, T』の予定です。