状況が落ち着くまで待つといつになるか分からないので、できてるやつだけ出します。
じゃんけんで無法な強さを誇る千束の策略により家事が全てたきなに押し付けられるという事件こそあったものの、千束とたきなの同棲生活はそれ以外では特に問題もなく、奇跡でも起きなければ自然な破局は望めないというほどに順風満帆だ。
「今日も天気で私も元気! おはようたきな朝だぞ起きろー!」
「……おはようございます。千束は朝から血圧が高そうですね」
「そりゃもう最高潮よ! 朝からたきなの顔が見れるんだもん!」
ベッドこそ別だが同じ場所で朝を迎える。
「ごっはん! ごっはん! 今日のたきなモーニングはな〜にっかな!」
「千束が昨日食べたいって言ってましたから、焼き鮭とごはんとお味噌汁を用意しましたけど……朝からすごく食べますね」
「たきなの手料理が最っ高においしいからだよ! これから毎朝たきなのお味噌汁が飲みたいなぁ!」
「血圧上がりますよ」
一緒に朝食をとって、一緒に職場に向かう。
「たきなたきなー! ボドゲやるから来てー!」
「まだ仕事中ですよ」
「いいってぇ。どうせ今日もう誰も来ないからさぁ」
「ここの経営大丈夫ですか?」
母国で大切な仕事があると言い残してバイトがひとりいなくなったにもかかわらず、これといって忙しくならない喫茶店で仕事をする。
「さぁ本日も千束ロードショーの時間がやってきましたぁ!」
帰宅して夕食を楽しんだ後は、もはや日課となっている映画鑑賞の時間だ。
ちなみに昨日は激しい濡れ場シーンのある映画をそうと気付かずに観てしまい、たきなは平然としていたが千束は自分の家なのに居心地が悪いという稀有な体験をした。
「いやぁ、実は私気付いちゃったんですよぉ。年齢一桁から訓練漬けのリコリスは女の子の義務教育を受けてないじゃん! って」
それに懲りた千束は絶対に大人限定の描写が入らないであろう子供向け映画を急遽調達してきた。
具体的には埋立地の上に建造された夢の国のお姫様に関する映画だ。
「……? むしろリコリスは幼少期から義務教育よりも高度な教育を受けているはずでは?」
「いやいや、確かにそういう部分もあるけどさ、そのせいで逆に普通なら知ってるはずのものがリコリスには欠けてんのよ。たきなこの中に知ってる話ひとつもないでしょ?」
千束が机の上に並べた映画のパッケージをたきなが真剣な目で端から順に見ていき、最後まで確認を終えてから頷いた。
「そうですね。どれも私は知りません」
「でしょぉ!? いやこれ真面目な話、結構やばいよ? この国の女の子なら普通これ見て育ってきてるはずだから、咄嗟に話振られて知らないってなったら絶対怪しまれる……というか私ならこれひとつも知らない時点でお前リコリスだなってなる」
「なら一応リコリスの千束はどうして知って……あっ、もしかしてこりすさんの一件の時に勉強したんですか?」
「えっ? いや違うけど、なんで?」
この時千束は世界中の女の子が憧れる美しい姫たちと変態との関連性が本気でわからず首を傾げた。
「こりすさんも外国の王女だって話ですし、関連資料として用意したのかなって」
千束は頭を抱えた。
夢の国の姫の中には王子様と愛し合い、婚姻によって王女の地位を手に入れた者がいる。
そして朱雁こりすは先代王家を虐殺し、簒奪によって王女の地位を手に入れた女だ。
つまりこりすも大雑把な括りで捉えれば夢の国の姫の同類と言えなくもない。
「ような気もするけど私は絶対認めない! あんな生臭いのが女の子の憧れだなんて認めてたまるかー!」
「何を言ってるんですか? 不都合があるなら今日は映画やめても……」
「あぁー待って待って! 見る見る見るから! 綺麗なもので記憶を上書きさせて!」
◯
真島は行き詰まっていた。
テロリストを秘密裏に排除していた敵の正体が少女に擬態した機械人形であると暴いたところまでは良かったが、相手が痛みを感じない機械では尋問して所属組織やその本拠地を聞き出すこともできず、ハッカーの知り合いなんていない真島ではどれだけ量産されているかもわからない機械人形を一体ずつ減らしていく以外にできることがなくなってしまったのだ。
しかも厄介なことに敵の機械人形が強い。
拳銃でいくらか穴を開けた程度では平然と動き続けるし、やっと行動不能に追い込めたと思えば金属片を高速で撒き散らしながら弾け飛ぶ。
虎の子のロケットランチャーを使えば一撃で撃破できるものの、街中で大爆発を起こせば酷く目立ってしまい、すぐに多数の機械人形が駆けつけてくる。
「クソが! こっちは血ぃ流しまくってんのに、向こうは一滴すら流しやがらねぇ! んなバランスのとれねぇ話があってたまるか!」
隠れ家にて、ひと口かじっただけの軽食を怒りに任せて机に叩き付けながら真島が喚き散らす。
「真島さぁん、もういっそ撤収しません?」
「この仕事マジで報酬とバランスとれねっすよ」
泣き言を口にした部下たちに、荒ぶっていたはずの真島は意外にも穏やかな口調で返答する。
非のない部下に当たり散らすのはバランスが悪いからだ。
「……まあな。それも考えなきゃなんねぇ。なんねぇが……死んだ奴らへの手向けに、せめて新しい電波塔ぐらいは折ってやろうぜ。両方折れてなきゃバランス悪いしな」
「わかりやした。爆弾の準備しときます」
「おう。完成式典の日にやるから、それまでに頼むぜ」
そのようなわけで十年前のテロで破壊された旧電波塔の後継として年内に完成予定の新電波塔……延空木を破壊して引き上げると決めた真島だが、完成前に破壊しては工事中の事故で片付けられてしまうだろうからとかなりの待ち時間が生じてしまった。
その間ずっと息を潜めていられるほど気が長くない真島は、暇潰しとして敵に機械人形を破壊する以上の損害を与える方法がないかと模索していた。
「真島さん、例の機械なんすけど、なんかいつもと色の違うやつを見つけやして……」
「色違いだぁ?」
真島の部下が見慣れた白ではなく黒の服を着せられた機械人形を発見したのはそんな時だった。
「はい。これまで白い服のやつばっかだったのに、そいつはなんか黒かったんすよ」
「……夜戦仕様か?」
「いえ、昼間からその色で出歩いてました」
「だとすると……エース機ってとこか? 何にせよ面白ぇ」
他とは違う個体に興味を持った真島は、すぐに部下たちを集めて襲撃の段取りを立てた。
機械人形は機械のくせに索敵が目視頼りで、先に発見すれば高い確率で不意をつけるとわかっている。
そのため破壊だけを考えた場合の最適解は初撃でロケットランチャーを叩き込むことだが、今回の色違いの個体に関しては他の個体との違いを探りたいので、危険を承知で轢き逃げアタックから始めることに決めた。
「お前らぁ! 準備はいいな!? いくぜえええええ!」
夜道を単体で歩いていた黒髪少女の形の機械人形に、真島自ら運転する車が法定速度を大きく超えて突撃した。
そして衝突事故まで数秒という距離に迫ったその瞬間……機械人形と思っていたそれが振り向き、真島と目を合わせた。
「てめ……うぉっ!?」
その場で跳躍したそれは真島の車を飛び越え、空中で体を捻って逆さまになりながら背負っている学生鞄から拳銃を抜き、正確に車の後輪を撃ち抜いた。
操縦が利かなくなった車はあらぬ方向に暴走し、回転し、最終的にひっくり返ってしまう。
「やりやがったなテメェ!」
吠えながら扉を蹴破って脱出した真島を黒の機械人形が容赦なく追撃する。
胸の中心を狙って放たれた銃弾を、真島はあえて回避せずに防弾服で受け、痛みに耐えながら黒の襲撃者に接近した。
「そぉら、お返しだ!」
「きゃっ!?」
そして真島は拳銃を出すことなく、金属の肌を持つ機械人形に効くはずのない剥き出しの拳を敵の顔面に叩き付けた。
その一見すると無駄に思える攻撃は真島に生身の人間を殴った時に生じる痛快な感触もたらした。
「はっ! やっぱお前機械じゃねえな!」
真島は特別な聴覚を有している。
普通の人間が聴診器を用いて聞き取る内臓の音さえも素の聴力で捉えてしまう真島の耳には、向かい合ったその瞬間から黒の襲撃者が発する心臓の鼓動が聴こえていた。
実際、機械人形ではなかった物証として、黒髪の少女は殴られた鼻から血を垂れ流している。
「痛いですわ……ですね。この井ノ上たきなに……井ノ上! たきなに! 傷を負わせるなんて、大したものです」
黒髪の少女は手の甲で鼻血を拭いながら異様な大声で自分の名前を明かした。
「そうか。嬉しいぜ。名前まであるってんなら、お前は機械じゃねえみてぇだなぁ」
「この井ノ上! たきな! が機械なわけないじゃないですかー!」
やたらと機械じゃないアピールをしてくることに一瞬不安を抱いたが、真島の耳は間違いなく井ノ上たきなが人間であると認識している。
まさか真島のような特殊な聴覚を持つ相手を騙すためだけにわざわざ呼吸音や心音などを再現した機械人形を用意するはずもないのだから、もはや疑う余地はないだろう。
「まさか生身の人間まで自爆しねぇだろうなぁ!? お前が何者か、洗いざらい吐いてもらうぜぇ!」
「残念ですけど無理ですよ。だってあなたは……井ノ上! たきな! が殺しますから!」
◯
井ノ上たきなを名乗る者が真島一味と戦闘を開始したのと時を同じくして、錦木千束もまた、井ノ上たきなの名を持つ少女と共にいた。
「くぁ〜! 最っ高! 超楽しい! さっすがパスポートいらずの夢の国!」
興奮のあまり語彙が乏しくなった千束が言ったように、ここは国内にある別の国……夢と魔法の王国と呼ばれるテーマパークだ。
「千束! はしゃいでないで、すぐに移動しますよ! アトラクション全制覇を目指すんでしょう!?」
秒単位で設定された行動予定表を見せつけながらたきなが千束を叱った。
一見して落ち着いているため千束と違って夢の国の魔法にかかっていないように思えるたきなだが、頭に千束とお揃いのネズミの耳のカチューシャをつけ、次のアトラクションも楽しみで仕方がないと言わんばかりにその場で素早く足踏みしている様子から分かるように、実は千束と同じくらいに浮かれている。
「い〜〜〜〜〜やっほぉ〜〜〜〜〜!」
「きゃ〜〜〜〜〜! あははははは!」
絶叫系のアトラクションに乗れば、悲鳴と笑い声を交互にあげた。
「デデデンデンデデデンデンデデデンデンデもがぁ!」
「千束、他のお客さんの迷惑になりますから」
テンションが上がり過ぎて千束が無意識のうちにアトラクション関連の音楽を大声で口ずさめば、あけっぴろげの口をたきなの手が塞いだ。
「たきなたきな! あの子と写真撮ろ写真!」
「またですか……データ容量なくなっちゃいますよ」
「い〜じゃん。せっかく夢の国に来たんだから、思い出で埋め尽くしちゃおうよ!」
テーマパーク内の至る所で夢の国の住人たちを見つける度に一緒に記念撮影をした。
なんなら夢の国の住人がいないところでも色々なものを背景にツーショットを量産した。
「たきなたきな! たきなは〜、おはなー!」
「……お花? 咲いてませんけど」
前に水族館でたきなが見せたさかなポーズをとりながら千束が映画の名台詞を叫び、まだその映画を知らないたきなが意味を理解できずに首を傾げた。
「私もあの中で一緒に踊りたいな〜! ねぇ駄目かなぁ〜?」
「駄目ですよ! 子供ですか!」
「ぐぁ、ちょっ、じょうだ……」
目を輝かせながらパレードの列を指差して不穏なことを言った千束をたきなが背後から羽交い締めにした。
そしてついにテーマパークが閉園時間を迎えると、入退場ゲートから手を繋いだまま出てきた千束とたきなは、テーマパークに隣接して建っているホテルに向かって歩き始めた。
喫茶リコリコからの距離的に日帰りは可能だが、帰りの時間を気にしていては十全に楽しめなくなるからと、初めから一泊する予定で来ているのだ。
「楽しかったね、たきな!」
「はい……とっても。それだけに他のみんなが来れなかったのは残念でしたね」
「いやぁ、あの顔ぶれじゃあねぇ……」
ミカとジンのおじさん組は夢の国を楽しむような年ではないからと千束の誘いを断り、今頃はミカが紹介した会員制の高級バーでお高い酒を味わっている。
中原ミズキ二十代後半独身は「行くなら男と行くわよ、ガキどものお守りなんて御免だわ」と拒絶し、今頃は「おっさんどもですら逢引してるのにぃ!」と嘆きながら、ひとり淋しく安酒に溺れている。
筋金入りのインドア派ハッカーであるクルミは長時間の順番待ちに耐えられる気がしないからと嫌がり、今頃はバーチャル空間に再現したアトラクションを待ち時間無しの乗り放題で楽しんでいる。
そして千束が誘えば絶対に同行したであろうこりすは……なんか急に自国に帰ってしまったので、そもそも声すらかけられなかった。
「まあ、その分お土産いっぱい買ってあげたし、帰ったらここで撮った写真と一緒に渡してあげよ」
「自分が写ってない写真なんて見せられても困りません?」
「それが困らないからSNSのいいねボタンはあるんだよな〜」
こうして千束とたきなは二人っきりで夢の国を満喫し、帰りの電車に乗る頃には沢山のお土産と思い出を抱えていた。
その重みがひとりの少女を圧し潰し、血反吐を吐かせるまで、もう間もなく。
◯
かつて私は千束さんに死んだふりからの不意打ちを仕掛ける目的で生身の人間と区別の付かない完全擬態型のVロボを作り出しました。
その時の技術をさらに発展させ、自律式ではなく遠隔操作式に切り替えて新造したたきなさん型Vロボを使って私は真島一味を釣り出すことにしました。
なぜわざわざたきなさんのふりをして戦うのか。
それはもちろん真島の恨みを買って、たきなさんにけしかけるため……ではありません。
だって本来の目的はリコリスの脅威となっている真島一味を排除して千束さんとたきなさんの同棲を終わらせることですから、真島を生かして逃がさなければならないその策略は残念ながら両立しないのです。
「終わりですね」
「がはっ……クソっ……」
真島が思いのほか強く、さらに私が慣れないたきなさんの戦闘スタイルに合わせる必要もあって手間取ってしまいましたが、どうにかなりました。
おそらく真島は現在のたきなさんよりも格上でしたけど、私はジンさんに鍛え抜かれてファーストの域に達した未来のたきなさんを予想してロボを作ったので問題ありませんでした。
ファーストたきなさんともフューチャーたきなさんとも呼ぶべきこのロボは、千束さんとは異なる技で敵の銃撃を完璧に凌ぎながら、精密かつ高速の射撃で急所を執拗に狙い続けるという、私から見ても相手にしたくない性能を誇っています。
「真島さぁん!」
「今助け……ぎゃあ!?」
真島以外の雑兵は真島と戦う片手間に拘束弾を撃ち込むだけで処理できる程度の雑魚でした。
戦争屋を標榜するのであればミカさんくらいの屈強な兵を揃えておくべきでしょうに、揃いも揃って女を押し倒すことすらできそうにない下っ端感満載の細身の男共しかいないのですから、よくもまあこれまで食いつないでこれたものです。
まあ、彼らについては井ノ上たきなが真島を討ったとDAに伝えて貰わなければならないので、生け捕りにしやすい弱さというのは好都合でした。
「さて……何か言い残すことはありますか?」
リコリスの標準装備である小口径の拳銃では真島の防弾装備を貫通できず、ヘッドショットだけは妙な勘の良さで真島が避けてしまったせいで、痛みで動けなくなるまで身体に銃弾を叩き込むという面倒な作業になってしまいました。
しかしそれもようやく終わります。
窮鼠に噛まれる猫にならないよう、接近して脳天に銃口を突き付けるなんてことはしません。
中距離から急所を貫いて確実に仕留めるつもりです。
「バランスを……取らなくちゃなんねぇ……」
遺言くらいは聞いてあげようと思ったのに、真島は意味不明なことを呻くばかりです。
これ以上は時間の無駄ですね。
「そうですか。では、さようなら」
私は容赦なく真島の頭部目掛けて発砲しました。
真島が動かなければ彼の命を脳漿諸共地面にぶち撒けていたはずの銃弾は、真島が咄嗟に飛び退いたせいで地面のみを穿ちました。
「まだ足掻きますか。銃弾の回収が面倒なので無駄に弾を撃たせないでほしいのですけど」
いつもみたいにレーザーを使いたいですねぇと辟易しながら、改めて真島の頭部に狙いをつけようとした、その時です。
さっき真島が激しい動きをしたことで服の中から飛び出たらしいフクロウのチャームが私の目に映り込みました。
「あなた、まさか……アランチルドレン!?」
アラン機関が真島を支援したという話は把握していたのですから、その可能性を考えておくべきでしたのに、真島への関心が薄かったために全く想定していませんでした。
「だったら……ガハッ……なんだよ……」
不測の事態です。
千束さんに浮気は絶対にしませんと誓った手前、私は他の有象無象は殺せても、アランチルドレンだけは殺すことができません。
「考え事かぁ!? 俺はまだ、終わってねぇぞぉ!」
どうしましょう……と思考に没頭して隙を晒してしまった私目掛けて、真島が何かを投げ付けようとしました。
たきなさんロボの自動迎撃により真島の手を離れた直後に撃ち抜かれたそれはどうやら爆弾だったらしく、盛大な爆発により私はもちろん、より爆心地の近くにいた真島が吹き飛びました。
「きゃあ!?」
「ぐわあああああ!」
私は地面を数度転がりはしましたが、すぐに体勢を立て直せる程度の衝撃を受けただけでした。
一方の真島は空高く飛ばされて、しばらく滞空した後で近くの川に頭から落下し、そのまま浮かび上がってきませんでした。
「うわあああああ! 真島さあああああん!」
「てめぇ! よくも真島さんを殺しやがったな!」
……違うのです。
これは事故、というか真島の自爆です。
決して私が手を下したわけではありません。
ああ、もう……どうしてこう、予定通りにならないのですか。
千束さんには全然首を絞めて貰えませんし。
たきなさんはいつまで経ってもリコリコからいなくなりませんし。
真島はアランチルドレンですし……なんか勝手に死にますし!
あぁああぁイライラしてきましたなんかもう色々面倒です気持ちいいことしてストレスを解消したいです千束さんに首を絞められたい首を絞められたい首絞められたい首絞められたい首絞め首絞め首絞め首絞め首絞め……はっ!?
やってしまいました……首絞めのことを考える傍らで、私がアランチルドレンの真島を殺したことが誰にも伝わらないように目撃者の口を封じなければとわずかに残っていた理性が身体を動かしたせいでしょうか、いつの間にか真島の手下たちを近くにあった木にワイヤーで吊るしていました。
一本の木にミノムシのような首吊り死体が沢山飾られたその光景は、少し早いですけどなんだかクリスマスツリーのように思えて、ちょっと楽しくなりました。
いいですね首吊り……私も自慰行為としてやりたいと思ったことはありましたけど、加減を誤って死んでしまったら大変なので、実は試したことが一度もありません。
……せっかくの機会なので試しちゃいましょうか。
いえ、駄目です私、さすがに危険過ぎます。
どうせ千束さんの温もりを感じる美しい手で絞めてもらわなければ最高の快楽には至らないのですから、ひとり首絞めは致死率と快楽とのバランスがとれません。
それをやるくらいなら……そうですね、首絞めプレイもののAVでも探してみましょうか。
今しがた他人の首吊りでも少しは興奮できるとわかったことですし、かつて首切りが趣味だった頃に探しても見つからなかった特別な地位にある人間が斬首されるスナッフフィルムと違って、俳優が誰でもよくて死人が出る必要もない一般的な首絞めAVであれば調達は容易でしょう。
そうと決まれば……さっそくAVを取り扱っているお店に寄り道して帰還しましょう!
こうして制服JKたきなさんの姿のまま大人のお店に向かった私は、当然ながら何も買えずに店を追い出され、収穫ゼロで帰る羽目になりました。
それどころか死体を川に流してしまったせいでDAに真島討伐を確認してもらえず、たきなさんが千束さんと同棲する理由の排除という本来の目的すら達せていなかったと翌日判明するのですが……その時には私を差し置いて千束さんとたきなさんが遊園地デートに行っていたという事実の衝撃が大きすぎて、真島のことなんて頭から吹き飛ぶことになるのです。
◯
暗く冷たい水底に沈みながら真島は夢を見た。
それは十年前、真島が仲間のテロリストたちと一緒に電波塔を占拠した時の記憶だ。
あの日、真島たちはたったひとりの小さな怪物に敗北した。
電波塔内で真島たちと殺し合った敵は他にも大勢いたが、脅威となったのはその小さな怪物だけだった。
自分の武器である聴覚を最大限研ぎ澄ますために目隠しをつけていた真島はその小さな怪物の色も形も知らない。
十年も時間が経ってしまうと聴覚で捉えた敵の輪郭なんて思い出せるはずもない。
それでも、真島は確信した。
かつての真島が手も足も出なかった、どんなに銃弾を放っても足音を絶やさなかったあの小さな怪物が十年の時を経て成長した存在こそが……井ノ上たきなを名乗った、あの黒い髪の少女なのだと。
真島がこの苦い記憶しかない島国に戻ってきたのは単なる金銭目的ではない。
かつて敗れた怨敵を探し出し、一勝一敗にしてバランスをとらなければならないという使命感に駆られたからこそ、真島は今回の仕事を引き受けたのだ。
だからこそ、まだ終われない。
勝利と敗北は交互でなければならない。
バランスを、とらなくてはならない!
「ごっ……ぉぇ……」
溺れ死ぬ寸前で覚醒した真島は、痛む身体を必死に動かして川から脱出し、血の混ざった水を吐き出した。
「はぁ……はぁ……俺は、まだ……生きてんぞ……井ノ上……たきなぁ!」
緩慢な歩みで井ノ上たきなとの交戦地点までどうにか戻った真島は、そこで見つけたとある奇怪な物体を前にして立ち尽くした。
「おい……なんだよお前ら……」
井ノ上たきなは既に立ち去ったようで、残されているのは変わり果てた部下たちだけだ。
真島の部下たちは皆、首をワイヤーの輪で締め付けられて、絞首刑のような状態で一本の木に吊るされている。
しかも彼らは死後に死体を晒されたのではなく、生きたまま首吊りにされて死んでいったようで、誰もが苦悶の表情で固まり、今でも足元に汚物を滴らせている。
「くっ、ははは……俺一人になっちまったか……いいぜ……一対一ならバランスとれてるからな」
真島は怒りに狂って叫ぶことも、悲しみに暮れて嘆くこともせず、ただ真っ直ぐに仲間たちの亡骸を見据えて報復を誓う。
「延空木の天辺に吊るしてやるよ。バランスとらなくちゃあなぁ……井ノ上たきなぁ!」
次回は現実の問題が片付いてから書き始めるので未定です。
なるべく待たせないよう頑張ります。