DAは千束によって破壊されたギロチンの残骸を解析した。
内部構造が完全に粉砕されていたため通信元を追うことはできなかったが、ほぼ原型を残していた表面装甲の防御性能を調べることはできた。
それにより特殊な合金で作られた装甲は対物ライフルでも持ち出さなければ貫通できないと判明し、ギロチンが次に入国した時の対処はリコリスを擁するDAではなく別の組織が担うこととなった。
「ただしギロチンの標的となっている千束は引き続き囮役として協力しろ……とのことだ」
ミカからDAの方針を聞いた千束は口を尖らせて不満を口にした。
「別の組織ってリリベルのとこでしょ? あいつら絶対私ごと撃つじゃん」
リリベルとは簡単に言えばリコリスの男の子版である。
リコリスの仕事を暗殺とすれば、リリベルは戦闘、あるいは戦争担当だ。
犯罪組織の拠点を正面から制圧できるだけの過剰な火力を運用するリリベルが国内で活躍できる機会は少なく、その原因のひとつとも言える仕事泥棒のリコリスをリリベルは良く思っていない。
「手を出して立場を悪くするのは向こうだが……」
いかに関係が悪くても、リコリスとリリベルは同じ国に属しているのだから、通常なら同士打ちなんてしない。
しかし千束は諸事情によりDAから距離を置いているため、一時的にリリベルから襲撃を受ける身となっていたのだ。
「いーや、あいつらはやるね。誤射とか現場の暴走とか、言い訳はいくらでもできるでしょ」
現在はミカと楠木が何らかの対処をしてくれたおかげでリリベルからの襲撃は止まっているものの、何度も返り討ちに遭って顔に泥を塗られたリリベルが今回のような好機を捨てるとは思えない。
「……確かに人の感情とはそういうものだな」
千束よりもずっと長く世界の闇に触れてきたミカは反論できなかった。
世間には善良な存在として知られるアラン機関であっても、殺しの才能を持つ千束がリコリスとして活躍して多くの命を奪うことを是としているのだ。
それに比べたらリリベルが休戦協定を一方的に破り千束を背後から撃ったとして何ら不思議はない。
「だが、どうする? リリベルとは関係なしにギロチンの標的は千束だ。プロファイリングによると奴は一度失敗したからといって標的を変える奴ではない。遠からず、再び襲撃されるだろう」
ギロチンはアランチルドレンであれば誰であっても標的とするわけではない。
同じ地域に知名度の高い複数のアランチルドレンがいてもひとりしか殺されなかった事例も確認されており、何らかの基準で標的を厳選していると予想されているのだ。
ただでさえ少ないアランチルドレンの、さらに一部の者しか標的にできないのであれば、基準を満たしてくれた貴重な獲物を諦めるようなことはまずありえないだろう。
「それなんだよねー……頑丈な防弾装備を着ただけの人間ならやりようはあるけど、あいつの場合は中までぎっしり金属の塊だからさすがの私も手を焼くっていうか……リリベルに背中狙われながら戦うのは正直ちょっときつい」
げんなりした様子の千束が弱音を吐いた。
そんな姿を珍しいと思いながら、ミカは提案する。
「やはり今回の任務は断った方がいい。楠木には私から言っておく。リリベルだけでどうにか対処してもらおう」
「……駄目だよ。それだとリリベルとギロチンがどこで衝突するか分からなくなっちゃう。あいつらのやり方はリコリスに比べて雑だし、下手しなくても巻き添えで一般人に被害が出る。やっぱ私が囮になって用意した戦場に誘導するのが一番安全だと思う」
千束は誰彼構わず全ての命を救いたいといった傲慢な考えは持っていない。
しかし仕事の範疇であれば誰も死なせない、死なせたくないと思っている。
今回の場合、ギロチンに対する囮役は正式な仕事として依頼されているのだから、自分で決めたルールに従って死人が出ないように頑張るべき……千束はそんな覚悟を決めていた。
「そうか……なら今後は常にこれを持っておけ」
千束の表情を見て止められないと悟ったミカは、用意しておいた実弾入りの弾倉を千束に渡した。
「うぇぇ、またぁ? 人を殺せるもの持ち歩きたくないんだけど」
実は前回のギロチン討伐作戦の時も千束はミカに殺傷力のある装備を押し付けられたのだ。
他人の命を奪うものを持ち歩きたくなかった千束と、千束の身の安全を最優先したかったミカとの口論の末、お守り代わりに実弾一発と手榴弾一個だけ持ち込むことになった。
そしてそれらがギロチンを倒す決定打となったのである。
「相手がロボットなら構わないだろ? しかも今度のは特別性だ。反動を抑えつつも貫通力に特化させた」
「あいつにも効くってこと!?」
「いや、それはさすがに無理だ」
「ありゃ……」
早とちりして身を乗り出していた千束がずっこけた。
「電波の受信機のように破壊されると致命的なものが収まっていたであろう胴体の装甲は特に厚く作られていたそうだ。そこに何発当てても無意味だろう。だから狙うなら目だ」
「あいつ目ぇあるの?」
「頭部からカメラが発見されている。それを覆っている仮面は他の部分の装甲に比べたら薄い。しかも仮面には切れ込みまで入っている。試算では五発ほど同じ箇所に命中させれば破壊可能だが……狙えるな?」
ミカの問いに千束は不敵に笑った。
「とーぜん。私、ファーストだよ?」
◯
私にとって首刈りは趣味であり生き甲斐ですが、仕事ではありません。
私の家と先代王家との抗争で相当数の官僚が死んでしまった我が国は慢性的な人手不足ですから、姫である私が遊び呆けるわけにもいきません。
書類仕事をして謁見希望者に対応して会議に出て機械義肢の製作方法を技術者たちに指導して死刑執行に立ち会って娘に会って先代王家の遺児を襲って睡眠をとって夜が明けて書類仕事をして、といった生活を十日ほど繰り返した末にようやく趣味の時間を一日確保できます……運が良ければ。
さっきの話は今のところの最短記録で、基本は一か月働き続けて一日首刈りに使える程度なんですよ……。
ちなみにこれまでで一番酷かった時は三か月間も首を刈れませんでした。
ああもう……これじゃあ自分が何のために生きてるのかわからなくなってしまいます。
私の人生は仕事をするためにあるのでしょうか?
私は働くために生まれてきたのでしょうか?
いいえ、そんなはずはありません。
私は凄い人の首を刈るために生きているのです!
首!
首! 首!
首! 首! 首!
「首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首首」
「うわあああああ!? おじょ……姫様が壊れた!?」
「ボス……じゃなかった、陛下! そろそろ発散させてやらんと限界ですぜ!」
「バカ言ってんじゃねぇ。今カリスにいなくなられたら俺が死んじまうぞ……過労でな」
「首首首千束さんの首刈りたいです刈らせてください千束さんを手に入れ損ねてからもう二か月も経っています前の首から四か月です実質最高記録です限界です千束さんの首千束さんの首千束さんの首千束さんの千束さん千束さん千束さん千束千束千束千束千束……」
「陛下ぁ! 姫様泡吹いて痙攣してますぜ!」
「お前らカリスを冷えた水に投げ込んで正気に戻してこい。仕事の手が止まってる」
そんな感じで欲求不満が限界を超えてしまい、無意識のうちに醜態を晒してしまった結果、非常に困った事態に陥りました。
反社だった頃から私の家に仕えてくれている若い衆が余計な気を利かせて……私を差し置いて千束さんを殺しに向かってしまったのです。
◯
ミカから対ギロチン用の特殊弾頭を貰い、喫茶リコリコの地下にある秘密の射撃場で精密射撃の訓練を積むこと二か月。
その間ギロチンは一度も姿を見せず、ついに我慢できなくなった千束は叫んだ。
「ギロチンがこねぇ!」
射撃場の防音は完璧なので千束の叫びはリコリコの店内には届かなかったが、たまたま地下に降りていたもうひとりのリコリコ店員……中原ミズキの耳には届いていた。
「うっさいわねぇ」
「だってあいつ全然こねぇし! いい加減に練習すんの飽きたわ!」
「じゃあナイスタイミングね。DA経由で緊急の依頼が来たから、今すぐ出られるように準備しなさい」
「えー、今からぁ?」
射撃練習に飽きたのは確かだが、今から別件というのは対ギロチン戦に向けて練り上げてきた気持ちが緩みそうで気が進まなかった。
例えるならば数学の試験のためにしっかり勉強している時に外国語の小テストをやると言われたようなものだ。
なおリコリスである千束は学校に通ったことはないため、この例え話はあくまで想像である。
「実戦がお望みなんでしょ? 何が不満なのよ」
「あーはいはい、そうですね。準備するからちょっと待ってて」
このまま訓練を続けるよりはいいだろうと考えて、投げやりな態度で千束は承諾した。
射撃場から地上に出た千束は手早く出撃準備を済ませて車に乗り込んだ。
この時、ギロチン以外に殺傷力の高い特殊弾頭を間違って使うと大変だからと千束はそれを持ち出さなかった。
「お待たせセンセ」
「おう」
ミズキが運転する車での移動中、助手席に座るミカが任務の内容を説明する。
「今回の任務はシュタルフクス王国から来た亡命希望者の護衛だ」
「シュタルフクス……あー、あの変な国ね」
かつてその国は千束が名前を聞いたことすらないような知名度の低い小国だったが、数年前に起きたクーデターで国の指導者が代わりシュタルフクス王国と名を改めて以降は頻繁にメディアで取り上げられるようになった。
反社会的勢力が国を支配するようになったというだけでも大事件なのに、そこに世界一巨大なカジノが建設され、さらには最先端の医療用機械義肢技術まで存在するというのだから、今では知らない方がおかしいというほどに存在が知れ渡っている。
「護衛対象はあの国の先代王家の生き残りだ。手土産としてあの国の技術に関する機密情報を盗み出してこの国に亡命を求めたらしい。もちろんあちらが見逃すわけもなく、抹殺のために暗殺部隊が追いかけてきたそうだ」
「いやそんなもん盗んだらそうなるでしょ。そこは手ぶらで来なって」
「身ひとつでは亡命を拒否されると思ったんだろう。実際、その土産のおかげでこの国は亡命を二つ返事で受け入れた」
千束としてはそんなお土産なんてなくても助けてやるべきだと思うが、現実はそうもいかないのだろう。
国家規模の謀略ともなるとリコリスのひとりでしかない千束には立ち入れない領域だ。
だから千束にできることはただひとつ……どんな理由があろうと、それが敵だろうと味方だろうと、仕事の範囲内であれば誰も死なせない。
「オッケー、とにかく私は暗殺者を返り討ちにすればいいわけね。それで、護衛対象はどこで待ってんの?」
『ここっス』
「うおっ!?」
誰もいないはずの千束の隣の席から声が聞こえてきた。
身元を隠すためだろうか、機械による合成音らしき抑揚のない声だ。
「え? は? 何これどゆこと? オバケ?」
千束は隣をまじまじと見つめたが、やはりそこには誰もいない。
『光学迷彩っス。身を隠すためなんでご了承くださいっス』
「まじかよすっげぇ! 映画みたい!」
「シュタルフクス王国の機密技術のひとつらしい」
『開発されたばっかの最新技術っス』
千束は目を輝かせて横に手を伸ばし、護衛対象を触ろうとした。
「おいよせ」
『いや、いっスよ』
さすがにミカが止めたものの、本人から許可が出てしまったので千束は遠慮なく透明人間に触り始めた。
「おおっ……おお! ほんとにいるんだけど! なのに全然見えない! なんで!?」
『わかんねっス。作ったの俺じゃないんで。すごいっスよね』
興味の対象を沢山見つけてしまった千束は、子供のように、というか事実子供と言える年齢なので年相応に、大はしゃぎで護衛対象を質問攻めにした。
「ねぇねぇねぇ! 王族って普段どんな生活してんの!? あなたの国には他にもこういう面白い技術あるの!? かなり遠いのに亡命先にこの国を選んだのは何で!? あとそのチンピラみたいな話し方はわざとなの!?」
「おい千束!」
『いっスいっス。黙ってても退屈っスから』
そう言って護衛対象の透明人間は千束の質問にひとつずつ答えていく。
『まず王族の生活っスけど、うちの国の場合はめちゃくちゃ仕事に追われてるっスね。書類にハンコ押したり、会議で意見纏めたりっス』
「えー、なんかふつー。もっとこう王族だけの特別な仕事ってないの?」
『そっスね……子作りとかっスかね?』
ミズキが吹き出し、千束の笑顔が固まった。
数秒間の沈黙の後、千束に代わって話を繋いでくれたのはミカだった。
「やはり王族ともなると血を絶やさないことが何よりも大切……ということですか」
『そうなんスかね……正直俺にはよく分かんねっスけど、親父が言うことなんで、きっと必要なことなんスね』
「はは……話は変わりますが、シュタルフクス王国はその光学迷彩のように医療以外の技術の開発も進んでいるのですか?」
『スんません。大事な手札なんでさすがに言えねっス』
「そうですか。無理を言って申し訳ない」
話の切れ目でミカがこっそり千束に合図を送った。
そして千束からの質問攻めが再開する。
「それじゃ、どうしてもっと近い国じゃなくて、この国まで逃げてきたの?」
『あんたがいるからっス』
再び空気が凍った。
「え? ナンパ? あたしじゃなくてその小娘に? どいつもこいつも……そんなに若さが大事かー!?」
そしてミズキがキレた。
「えー……いやそのー、さすがにまだ会ったばかりですしー、そもそもこっちからは顔すら見えてないんでー……」
ナンパを受け入れるつもりはまったくないが、ナンパされるという珍しい経験そのものに千束は浮ついた。
『それと話し方がおかしいのは自動翻訳がうまくいってないからっスね。この国の言葉は特殊なんで……じゃ、全部答えたんでそろそろ始めるっス』
「ん? 始めるって何を……」
そして油断していた千束は襲撃の初動を見逃してしまった。
車の左右から発砲音が聞こえて、車の動きが急激にふらつくようになった。
「タイヤをやられた!」
ミズキが叫びながらブレーキを踏んだ。
ろくに真っ直ぐ走れないこの状況で無理に走らせても危険なだけなので、停車はやむを得ない。
「いったぁ……大丈夫ですか!?」
前の座席に軽く身体を打ち付けた千束が、自分よりも護衛対象を優先して声をかけた。
『あざっス。心配してくれるなんていい人っスね。でもそれはそうと死んでほしいっス』
「は?」
再び発砲音が鳴った。
しかも今度は外からではなく、車の中から。
「千束!?」
「大丈夫!」
ミカの声に千束は間髪入れず応じた。
なぜか護衛対象の透明人間から脇腹に見えない銃を突きつけられたその瞬間、千束は透明人間から離れようとするのではなく逆に押し倒す勢いで接近した。
そうすることで透明人間の腕は千束の脇の隙間を通り抜け、銃口の位置は千束の背後にずれた。
『まじっスか……見えてないのは間違いなかったはずなんスけど』
平坦な声音でそんなことを呟きながら透明人間が今度は手首を曲げて千束の背後から発砲しようとしたが、それよりも早く千束は透明人間を乗り越えて車外に脱出していた。
そして誤射の心配がなくなった車内で、助手席から後部座席へとミカが非殺傷弾を乱射した。
『うおっ……ペイント弾っスか』
千束も使っているミカの特製非殺傷弾は着弾時に血糊に似た赤い塗料を撒き散らす。
それが大量に付着したことで透明人間の輪郭が浮かび上がった。
「その顔……ギロチン!?」
カメラとスピーカーを遮らないように目元と口元に三日月の形の切れ込みが入った特徴的な顔面を見間違えるはずもない。
護衛対象としてずっと隣に座っていた透明人間の正体は……なんと千束の首を狙う連続殺人鬼だった!
「途中まで恋愛ものだったじゃねーか! 急なホラー展開やめろ!」
文句を叫びながら千束が練習通り顔面の切れ込みに銃弾を命中させた。
塗料が透明人間のカメラを汚し……すぐにクリーニング機能で取り除かれた。
「やっぱ完全に破壊しないと駄目か!」
前に回収したギロチンの頭部はかなり形が残っていたので、カメラにクリーニング機能が備わっていることも判明済みだったのだ。
予算の都合とかで省かれていたら好都合だったのだが、ギロチンは随分と資金に余裕があるらしい。
万年赤字経営のリコリコとは大違いだ。
『お嬢が変な話し方してるとか思われたくないんで言っとくっスけど、前にあんたが戦ったの俺じゃねっスよ』
「は? ギロチンって単独犯じゃなくてグループだったわけ?」
透明人間がなぜか戦意を見せずに話しかけてきたので、ミズキとミカが逃げる時間を稼ぐ目的で千束は会話に応じた。
『違うっス。お嬢が趣味でやってることなんで、いつもは俺ら関わってないっス』
「そのお嬢とかいう奴に趣味で人殺すんじゃねえって伝えてよ」
『嫌っス。俺らお嬢をマジリスペクトしてるんで……お嬢が望むなら全部叶えてあげたいんス』
「……それでそいつが欲しがってる私の首を代わりに取ろうってわけ?」
『そうなんスよ。だから頭が傷付かないうちに早く死んで欲しいんスけど……駄目っスか?』
「それ了承する奴いねえだろ……」
『そりゃそっスよね。じゃ、そういうことなんで殺らせてもらうっスよ!』
千束の正面に立つ透明人間が銃を構えて発砲する……よりも早く千束の左右から別の透明人間たちが放った銃弾が千束に迫った。
会話による時間稼ぎを企てたのは千束だけではなかったのだ。
「うおわっ!?」
完全に不意を突いたはずの銃弾は千束が咄嗟に一歩身を引いたことで外れた。
さらに遅れて放たれた正面からの銃弾も千束が半身をずらしただけで何も傷つけることなく通り過ぎていった。
『おいアンドリュー! どうなってんだこいつはよお!?』
『あっ、馬鹿!』
着色されていなかった二人のうち片方が大声で自分の場所を喧伝してくれたので、そこに千束は容赦なく非殺傷弾を撃ち込んだ。
『あーもう、丸見えっスよ。間抜けなのは名前だけにしてほしいっス』
『んだとぉ!?』
「ちなみにあいつなんて名前なの?」
『ポンジョルノっス』
人の名前を笑うべきではない。
そう思っていても口調と名前の乖離具合が面白くて千束は軽く吹き出してしまった。
『てめぇ!』
『ちなみに俺がアンドリュー、もうひとりはタンドリーっス』
つまり三人合わせてあんぽんたんトリオだ。
千束は咳き込み、そこに姿の見えないタンドリーから銃撃を受けて慌てて回避行動をとった。
『タンドリー! 位置がばれるから喋っちゃ駄目っすよ!』
『おけまる! あっ』
タンドリーもしっかり着色された。
「やっぱあんぽんたんじゃん」
『言い返せねえっス……でも頭が駄目な分、俺らの腕っぷしは一級品っスよ!』
『囲んでぶっ殺すぞ! タンドリーそっち回れ!』
『りょ!』
原理は分からないが千束は銃弾をよける。
ならば組み伏せて動けなくしてやればいい。
そんな脳筋で単純な発想から三人がかりで格闘戦をしかけてきたあんぽんたんトリオだったが、そのやり方は千束にとってはひたすら銃撃されるよりもずっと厄介だった。
「あっぶ、ちょ、三人がかりとか卑怯だぞ!」
いかに千束であっても攻撃が通じない三人を相手に掴まれたら人生が終わる命懸けの鬼ごっこを強制されているこの状況は肉体的にも精神的にも負担が大きい。
しかもあんぽんたんトリオは馬鹿だが、体術は素人ではない。
その腕っぷしは確かに一級品で、リコリスやリリベルであれば余裕でファーストになれるレベルだ。
『こっちだ!』
『こっち!?』
『あっちっス!』
『あっちか!』
「違うそっちだ!」
『そっち!』
『馬鹿! 今のは敵の声だ!』
『……翻訳機通すと誰の声か分かんないっスね。二人とも、機体間の通信機能使うっス』
ただしやっぱり馬鹿なので何かと付け入る隙があり、千束はどうにか逃げ切れていた。
これで相手がギロチン本人であれば、さすがの千束もとっくにお陀仏になっていただろう。
『手間かけさせやがってぇ……だがようやく追い詰めたぞ!』
それでもいよいよ逃げ場のない壁際にまで千束が追い詰められて、もはやこれまで……とあんぽんたんトリオが勝利を確信したその時である。
『死ぃねえれれれ?』
ポンジョルノが操る首刈りロボットの胴体に大穴が空いた。
『ポンジョルノ!』
『馬鹿! Vロボが壊れただけっス! それよりも狙げべらぼご』
『アンドリューまで!?』
続けてアンドリューが操る首刈りロボット……製作者が付けた正式名はヴォーパルロボ……も胴体を破壊されて崩れ落ちた。
「先生さすが!」
千束が遠くのビルの屋上からスコープ越しに見ているであろうミカに向けて親指を立てる。
かつてリコリスの教官だったミカは足を悪くしているため前線での近接戦闘こそ不可能だが、対物ライフルによる狙撃であれば問題なく行える。
『きゃうっ!? ひっ!? わっ、わ〜〜〜〜〜!?』
二体のVロボを呆気なく破壊したミカは、最後に残ったタンドリーのVロボだけは胴体を狙わず、手足を撃ち抜くにとどめた。
自分だけは馬鹿じゃないという態度を取りながらも、やはり馬鹿なのでシュタルフクス王国の名前を出してしまったアンドリューのおかげでもはや必要ない気もするが、正確を期するためにVロボの胴体を無傷で確保して通信元を辿るつもりなのだ。
「形勢逆転だねぇ?」
仰向けに倒れて動けなくなったタンドリーを千束がいい笑顔で見下ろした。
『ひっ』
「さてさて、君には色々と喋ってもらうよー? 私の拷問はおっかないぞー? すっごく痛いんだぞー?」
ロボット相手に拷問しても意味ねーだろ何言ってんだ私と思いながらも、こいつは馬鹿っぽいから脅しになるかもしれないと考えてそんなことを千束が言ってみると、目論見通りタンドリーはめちゃくちゃ真に受けた。
『やだー! 痛いのやだよー!』
「じゃあきりきり吐かんかい! まずは……アンドリューがマジリスペクトしてるお嬢って誰?」
『カリス様……そうだ! カリス様! 助けて! カリス様!』
「カリスぅ……?」
どこかでその名前を聞いた気がするのだが、千束はこの場で思い出すことができなかった。
◯
『助けてカリス様ー!』
「……ロボの接続切ればいいじゃないですか」
タンドリーの悲鳴を聞いた私は外部の端末に緊急コードを入力して彼女とVロボとの接続を強制的に遮断しました。
「カリス様ー!」
「タンドリー。もう戻っているので大丈夫ですよ」
そしてカプセル型のシェルターベッドの蓋を開けて、タンドリーの頬に軽く触れます。
「あっ、カリス様……カリス様だぁ!」
私は飛び付いてきたタンドリーを優しく受け止めました。
「はい、カリスです。ところで……あの国に搬入しておいたVロボを私に無断で動かした挙句、全て破壊されたというのは本当ですね?」
前回の私の失敗であちらに装甲の性能が知られてしまったはずなので、Vロボを破壊できる装備を用意しているのは想定内です。
だから予備と予備の予備で三機も用意したというのに、まさか私が使う前に全て失うことになるとは……さすがの私も想定外です。
「ゔっ」
できれば否定してほしかったのですが、やはり全滅していますね。
……過ぎたことは仕方がありません。
手早く後始末して仕事に戻りましょう。
「とりあえず三人とも、横並びで整列しなさい」
タンドリーが駆けていき、眼鏡をかけた髪の長い少年……アンドリューと、逆に髪を全部剃った筋肉質な少年……ポンジョルノの間に収まります。
「おい! なぜお前が中心に立つ!?」
「えっ!? 駄目なの!?」
「この並びだと君が我々のリーダーみたいじゃないか」
「えっ!? 違うの!?」
「どうでもいいので、黙りなさい」
私に叱られて口を固く結んだおバカさんたちに、私は沙汰を下します。
「あなたたちはVロボを無断で使用し、さらには一機残らず破壊されてしまいました。それだけでなく私が千束さんの不意を突くために考案した偽装亡命作戦まで使い潰しました。私は部下でありながら幼馴染でもあるあなたたちに甘いことを自覚していますが、今回ばかりは厳罰を与えます」
怯える三人に私は冷たく言い放ちます。
「三人とも……私が千束さんの首を刈るまで、私の手作りおやつはなしです!」
「嘘だあああああ!」
「あんまりだあああああ!」
「やだあああああ!」
三人が崩れ落ちて泣き出しました。
泣きたいのはこっちだというのに……!
Vロボは私がパーツの段階から全て自作しているため、かかる費用は材料費だけです。
それでも三機も破壊されたとなると戦車が一台買えるくらいの金額がゴミとなったも同然です。
……光学迷彩の研究でだいぶ使いましたから、次のVロボは来月の私のお小遣いが入ってからでないと作れませんね。
あぁああぁ……また千束さんの首を取る日が遠のきました。
「……タンドリーが使っていたVロボはまだ接続可能でしたね?」
「え? あ、うん……なんか手足しか撃たれなかったから」
Vロボでは本来の実力を発揮できないとはいえ、タンドリーたちは決して容易く打倒できる相手ではなかったはずです。
それなのに鹵獲のために手加減する余裕まであったとは……千束さんの戦闘能力は凄まじいですね。
そんな千束さんの首を刈りたいのは山々ですが、今は手が届かないので、せめて私の言葉くらいは届けることにしましょう。
「私はこれから千束さんとお話してきます。その間、あなたたちはいつものように私の身体を守ってください」
◯
「おーい? 何か話せよー? ……怖がりすぎてショック死したとかじゃないよね?」
泣き喚いていたタンドリーが突如として沈黙した。
叩いてみたり揺さぶってみたりと色々試していた千束は、やがて電源切って逃げやがったなと察してロボから離れようとしていた。
『……千束さん、そこにいますかしら?』
「うおっ!?」
そうやって油断していたところに背後から声をかけられて千束は跳び上がった。
「不意に声かけてくんな!」
『あら、こちらに背を向けていましたの? 残念ですわね。腕が残っていれば声ではなく刃を首にお届けいたしましたのに』
「その変な喋り方……お前ギロチンだろ。いや、カリスっていうんだっけ?」
千束がタンドリーから聞き出した名前を呼ぶと、ロボットのスピーカーから大きなため息が聞こえてきた。
『……ええ。ワタクシはカリスと申しますわ。どうぞ、お見知りおきを』
「安心しなよ。身元を特定するまでその名前忘れてあげないから」
『光栄ですわね』
「……で? そのロボットもう使い物にならないけど、何しに来たわけ?」
『今後に活かすためにこの機体と戦った千束さんの感想を聞きたいと思ったのですわ。新作の光学迷彩機能はどうでしたかしら?』
「大して意味なかったよ」
なぜならあんぽんたんトリオが有効活用できていなかったから。
『そうですか……』
機械音声なので分かりづらいが、千束にはカリスがすごく落ち込んでいるように思えた。
実際、ちゃんと活用できていればとても厄介な機能だったので、カリスは千束に通じる自信があったのだろう。
『……次回は別の戦法を検討しますわ。ワタクシが時間と機体を用意できたのなら、近々またお会いしましょう』
「あっ、ちょっと待って」
Vロボとの接続を切ろうとしたカリスを千束が呼び止めた。
『なんですの?』
「他の機能の前に、まず音声なんとかしなよ。前回のデスゲームの司会者みたいな声よりましになってるけど、かなりかっこ悪いよ」
カリスは標的と長く会話することがなかったため、これまでVロボの会話関係の機能は必要最低限で良かった。
千束と会話するために沢山使った経験から新型では初号機の時よりも性能を向上させたが、それでも電子書籍の読み上げ機能のような感じだ。
『……それ、大切ですの?』
「いや大切だろ」
千束は映画を観る時に内容が良くても音質が駄目だと微妙な気持ちになるよねと思っていた。
一方のカリスは音波で敵の平衡感覚を破壊する音響兵器を思い描いていた。
将来的に兵器としての運用は大事な頭部を傷付けてしまうからと断念されるが、この時の音の伝達に関する研究は将来的に多くの難聴患者を救う新型補聴器の開発へと繋がるのである。
『……分かりましたわ。音の研究は近い内に手を付けることにしますわ』
「あとお嬢って呼ばれてたから女性なんでしょ? ちゃんと女性の声にしときなよ。私ずっとオカマだと思ってたよ」
『……それでは、ワタクシはそろそろお暇いたしますので』
あんぽんたんトリオの情報漏洩量に苛立ったのか。
あるいはオカマ扱いに腹を立てたのか。
『この機体は機密保持のため三秒後に爆発しますわ』
カリスは千束への嫌がらせとして、最後にこんなことを言い残した。
「ふざけんな!」
千束は全力で逃げ出した。
なお爆発は嘘だったようで、重要機構が詰まったVロボの胴体は無事にDAの手で回収された。