誤字報告はいつも確認していますし助かっていますが、私の判断で変えずに元のまま残す場合もありますので、ご了承ください。
ある日、たきなは蘭子に呼び出されて再びこりすの神社を訪問していた。
呼び出しの理由は先日の決闘の仕返し……ではなく、むしろその逆だ。
真相を知った今でも蘭子は千束への敬意を失っておらず、変わらず配信者チサの大ファンだ。
しかし千束と同棲しているたきなを妬むほどではなくなり、こりすの口車に乗って恥をかかせようとしたことを反省した蘭子は、そのお詫びとしてたきなにリコリスとして生き残るために役立つとある技法を伝授することにしたのである。
「持ってきましたけど……これで何をするんですか?」
たきなが持参したのは前に千束が熱を出した際に見舞いとして買ってきてほしいと頼まれた、とある有名店のいなり寿司だ。
「この神社の神様に奉納すんのよ。お稲荷様がいなり寿司好きなのは有名な話でしょ」
それと技の伝授がどう繋がるのかたきなには全く理解できないが、とりあえず蘭子の言う通りに動くことにした。
本殿に置かれた狐の像の前にいなり寿司を供えた後、蘭子に続いて神社の各所に点在する小さな祠を拝んで回る。
「なんとなく想像がつくと思うけど、朱雁こりすはここの神様にめちゃくちゃ嫌われてるわ」
全ての祠に拝み終えて本殿に戻る道中、蘭子が突然そんなことを言った。
「確かに、神様が本当にいるとしたら、勝手に神社の地下を開発したこりすさんには罰が当たりそうですね」
しかし実際には神様なんていないし、こりすがどれだけ好き勝手しようと天罰を受けることもない。
たきなはそう思っているのだが、蘭子はそれを強く否定する。
「神様は本当にいるわ」
蘭子が近くに落ちていた小石を拾って宙に放り投げた。
「あの女を打ち倒すために私に授けられたこの力が証拠よ」
蘭子がまるで羽虫を潰すように小石を手で挟んで叩く。
そんなことをすれば普通は硬さで劣る手の方が傷付くはずだ。
にもかかわらず蘭子が手を痛めた様子はなく、それどころか粉砕された小石が粉になって霧散した。
「今のは……」
思わぬ出来事に目を丸くするたきなに蘭子は自慢げに種を明かす。
「硬気功ってやつよ。聞いたことない?」
「映画でなら……でも現実にあるとは思いませんでした」
「私もよ。でも今の見たでしょ。この世界に気、なんていうわけのわかんない力は間違いなく存在するし、この力をくれた神様も本当にいるのよ」
「神様……」
にわかに信じがたい話でも、ここまではっきり言われると頭ごなしの否定はできなくなる。
「蘭子さんは、その、神様と会って話したんですか?」
「夢の中でね。ちゃんと神様に仕える格好して、機械を使わずに手作業だけで掃除してたのが気に入られたみたい」
こりすの嫌がらせで蘭子は掃除機や洗濯機を使えず、雑巾や箒などを用いた手作業だけで広い神社の掃除をさせられていた。
現代人の価値観ではただ非効率的なだけのやり方でも、神様の価値観では褒めてしかるべきものだったようで、蘭子は神様に神社の正統後継者として認められて、邪悪な占領者を排除するための力を授けられたのだという。
「……でもこの力、現代兵器には遠く及ばないのよね。昔なら無敵になれたかもしれないけど、人間の肌とか内臓みたいな軟らかいものを硬気功で強化したとこで石よりちょっと硬い程度にしかならないから、銃には普通に負けるわ」
元から多少の硬度があるものを強化すれば蘭子が竹箒でやったように鉄を貫通できるようになるが、銃の所持が可能ならそれで足りてしまうと蘭子は付け加えた。
「だから、この力を手に入れても私は朱雁こりすと争うなんて自殺行為は考えもしなかったわ。多少の口喧嘩ならともかく、本気の殺意なんて向けたら護衛の三馬鹿に一瞬で殺されちゃうもの」
こりすの護衛たちは銃弾を弾く肉体強度と高層ビルを垂直に駆け上がる身体能力を併せ持つ本物の怪物だ。
蘭子の硬気功で強化した肉体と磨き上げた武術をもってしても、本気を出していないタンドリーを相手にどうにか一分間殺されずに耐えるのが限界という程度には能力差があった。
それなのに三人も纏めて敵に回すのは千束でもなければ自殺としか言いようがない。
「でも神様にこりすさんの排除を命じられたなら、無視するのもまずいのでは?」
たきなの懸念を聞いた蘭子は自嘲の笑みを浮かべた。
「実際まずかったから、朱雁こりすに事情を打ち明けてこの神社の所有権を譲ってもらったわ」
「じゃあこりすさんは神様の存在を信じたんですね」
「いいえ……あの時のあいつは頭のおかしい奴を見る目をしてたわ」
当時、千束の首を刈り次第この国を離れるつもりだったこりすにとってこの神社は一時的な潜伏拠点でしかなく、今となってもわざわざ他に住居を移す必要性がないから使い続けているだけで大した愛着は湧いていない。
自分に代わる新たな管理者が見つかれば先代の管理者への不義理にもならないので、日々の疲れで頭がおかしくなった哀れな小娘にくれてやることに何も問題はなかったのだ。
「そんなわけで名義上の所有者は私にできたから、その成果でどうにか神様を説得したのよ」
神様としては神社から完全にこりすを追い出してほしかったようだが、それを試みたら争いの余波で神社が崩壊する可能性が高いと伝えて、どうにか妥協してもらった。
「とにもかくにも今の私にはこの神社の巫女として神様にお願いする権限があるわ。それでお供え物と引き換えに、私と同じ気の力を引き出してもらえるように話をつけといたから」
「さっきの硬気功……ですか」
格闘戦で役に立つ力なのは間違いない。
貰って困るものではないが……神様という大層な存在からの授かり物としてはがっかり感が否めない。
千束のような能力が貰えたら良かったのに……。
そんな思いがたきなの顔に出ていたのだろう。
「微妙って思ったでしょ」
蘭子が苦笑しながら言った。
「いえ、そんなことは」
「いいのよ。実際銃を持ってるリコリスに気功は微妙だわ。硬気功だけなら、ね」
硬気功以外の何かを貰えるかのような口ぶりだが、蘭子はこの場ではその何かの正体を教えてくれず、答え合わせは手に入れてからのお楽しみとなった。
ちなみに本殿に戻っても神様が降臨するということはなく、お供えのいなり寿司をたきなが食べるだけでこの日の儀式は終わった。
◯
「お待ちください!」
楠木は珍しく声を荒げていた。
『君がその言葉を吐くのは何度目だ?』
『我々は既に十分な猶予を与えた』
『いつになったらリコリスの価値とやらを示せるのかね?』
遠隔会議の相手は楠木よりも上の地位にある者たち……つまりはリコリスの一斉処分を決定する権限を持つ者たちだ。
『能力、生産費用、耐用年数……リコリスはあらゆる面でリリウムに劣る』
『これまでは必要だったのだろう。だがもう役目を果たした』
上はリコリスの生産を止めて平和維持の担い手をリリウムに一本化したがっている。
これはこりすに媚を売るためではなく、純粋に国益を考えての判断だ。
リリウムはリコリスよりも強く、生産と維持にかかる費用において遥かに安上がりで、成長しないために整備さえしっかりしていれば破壊されるまで永遠に使い続けることが可能だ。
さらには今後もしも平和のための暗殺行為が世間に露呈したとして、実行役が孤児から作った殺し屋であるとなれば倫理的に大きな弱みとなってしまうが、少女の形をした機械人形であれば悪評を大きく抑えられる。
昔は孤児を殺し屋に仕立て上げるのが最善だったのだろうが、代替品が手に入った今となってはリコリスを存続させることが国にとって有害ですらあるのだ。
「しかし、リリウムにはハッキングに対する脆弱性の懸念が……」
『それは我々も把握しているとも』
『事実、あのラジアータでさえも一度はハッキングを受けたのだからな』
たきなが喫茶リコリコ送りにされた直接の原因である、銃取引事件時のウォールナットによるラジアータのハッキングを知らない者など、この会議の参加者にはいない。
公文書上はなかったことにしていても、それぞれ独自の情報網を持つ上の人間たちは事実を事細かに把握している。
『ゆえに我々は判断を先送りにしてきた。だが……例のハッカーは死んだのだろう?』
「……死体は確認されていません」
『死亡情報が出てからもう半年だ。これだけの時間が経っても音沙汰がないのだから、死んだと断定してもよかろう』
「たとえウォールナットが死んでいても、ハッカーの脅威がなくなるわけではありません」
否定と抽象的な不安要素しか口にしない楠木に、ついに上の者たちの堪忍袋の緒が切れる。
『いい加減にしたまえ! それを言ったらラジアータはどうなのだ!? ハッキングで偽の情報を掴まされればリコリスが無実の民衆を殺害する事態さえも起こり得るだろう!』
『それに楠木君はハッキングによってリリウムが敵に回ることを過剰に恐れているようだが……リコリスとて言葉で扇動されて君に銃口を向けたことがあったと思うのだが、私の記憶違いか?』
『痛みによって情報を漏らした事例もあったな。ブル……なんと言ったか。そういえば奴の口は確実に封じたのだろうね?』
『錦木千束の意向で国際裁判所送りとなりましたが、護送船が事故で沈んだそうで……そういえば近頃は我が国の近海に潜水艦の外壁すら食い破る新種の鮫が出るようになったと聞きましたな。なんでも鋼鉄の歯を持つのだとか』
『ふっ、島国というのはこういう時に便利だな。ときに楠木君、リコリスの転職先に漁船の乗組員というのはどうだね?』
上の意識は既にリコリスを存続させるかどうかよりもリコリスをどうやって処分するかに向いているらしい。
もはや楠木とリコリスには一刻の猶予も残されていない。
万事休すか……と楠木が諦めかけた、その時である。
「失礼します!」
飛び込んできたのは楠木の秘書だ。
『君は部下の躾すらできないのかね?』
会議中の乱入という無作法に上の者たちが苛立つ一方で、完全に行き詰まっていた楠木は秘書の用件が流れを変えてくれることに一縷の望みをかけて彼女を追い出すことなく迎え入れた。
「どうやら緊急のようです。構わん、報告しろ!」
「はい! 例の地下施設に真島が侵入しました!」
「……! すぐにリコリスを向かわせろ!」
「はっ!」
出て行く秘書の背を目で追いながら、楠木も指揮所に向かうべく立ち上がる。
「お聞きの通り、重大案件の指揮を執りますので、会議は中断させていただきたく」
『いいだろう』
上の者たちも楠木を止めはしない。
千丁もの銃を今なお保有していると目される真島はこの場にいる全員にとって最優先で始末するべき敵だ。
『だがまたしても失敗した時には……わかっているな?』
「……もちろんです」
楠木にもリコリスにも次はない。
事実上、この戦いがDAと真島の決戦だ。
それがわかっていながら楠木が喫茶リコリコに応援を要請することはなく、千束やたきなはこの戦いを知ることも、関与することもできなかった。
これは決して楠木が愚かだったわけではない。
楠木は、ただただ無知だった。
喫茶リコリコがウォールナットの死を偽装して匿っていることを知らず。
ウォールナットの証言で銃取引へのアラン機関の関与が判明したことも知らず。
そして何より……真島が千束と同じ才能を理由にアラン機関の支援を受けていることを、楠木は知らなかったのだ。
◯
井ノ上たきなを殺す。
それを成し遂げるための準備として、まず真島は仲間集めに着手していた。
既にある程度の手の内が判明している井ノ上たきなだけが相手であれば、用意した戦場に誘い出し、真島の全力を発揮することでどうにか殺せる自信がある。
しかし取り巻きの機械人形が一体でもいれば真島に勝ち目はない。
殺し合いにルールはないのだから、井ノ上たきなが自発的に数の有利を捨てるはずもなく、真島が何もしなければ井ノ上たきなに到達することさえできずに雑兵の波に呑まれて圧殺される末路だってあり得る。
だから真島は共に井ノ上たきなと戦う仲間を欲した。
仲間が機械人形に勝てる強者である必要はない。
真島が仲間に求める役割は足止め、あるいは肉壁だ。
それは暴力団員どころかチンピラや半グレでも満たせる程度の水準で、悪党を惹きつける真島のカリスマ性と、少しばかりの暴力的な説得を持ってすればすぐにでも数を揃えられる……そんな真島の楽観的な予測は裏切られた。
「ふざけやがって……こんだけ探し回って見つかったのがこんな奴らだけってか!? どうなってんだよこの国は!?」
高架下で落書きしていた無職の青年男性。
公園を全裸で彷徨っていた肥満中年男性。
真島を強姦しようとして返り討ちに遭った、会話不能、年齢不詳の外国人男性。
以上の三人が真島の貴重な時間と引き換えに発見できた悪党だ。
この国ではどんなに些細なことであっても他者に物理的な危害を加えようと試みた者は軒並みリコリスの手で消されているため、ナイフを持ち歩くチンピラ程度であっても徹底して根絶されているのである。
武器を持たず、物的な害や心理的な害しか成さないイロモノであれば少しは生き残っているが、そのような連中を銃弾が飛び交う戦場に連れ込んだところで縮こまって震える以外のことができるはずもなく……試しに単体の機械人形を三人がかりで襲わせてみたら、当然のように瞬殺された。
「ちっ……かけた労力とバランス取れてねえぞ」
機械人形に捕捉されないよう、遠くから音だけで戦況を把握していた真島はそう吐き捨ててその場を離れようとした。
「あー、もしもしもしもし? クリーナー便一丁、いつものお届け先まで!」
しかし直後に機械人形が想定外の音声を発するのを聞き取って足を止めた。
その声音は機械人形にしてはいつになく抑揚が大きくて人間的だった。
遠くから服装だけを見てよく聴かずに機械人形だと判断したが、そういえば初めて見る赤い色の服だったし、もしや井ノ上たきなのように本物の人間だったのではないか。
そう考えて真剣に聴いてみたが、やはり他の機械人形と同様に心臓の拍動音はない。
その代わりに真島の耳に届いたのは射殺されたはずの役立たず三人の心音だった。
情報を聞き出すために敵を生け捕りにするのはおかしなことではない。
だが明らかに何も聞く必要性を感じない三人を生け捕りにして、さらに高い依頼料のかかる隠蔽業者クリーナーを呼んでどこかに運搬させるのは異常だ。
赤い服の機械人形の目的に興味が湧いた真島は、拘束した三人を放置して機械人形が去った後も息を潜めてその場に留まり続けた。
「こいつらだな」
「よし、移送するぞ」
やがてクリーナーが到着すると、真島はそこに突入して、一人を残して他のクリーナーを皆殺しにした。
「ひっ……命だけは」
「ああ、正直に話せば考えてやるよ。そこに転がってる奴らをどこに運ぶ?」
残したクリーナーの額に銃口を突き付けて真島は彼らの行き先を聞く。
「や、山奥の……地下収容所に……」
「収容所? そこに連れてかれた奴らは生きてんのか?」
「あ、ああ。詳細は知らないが、強制労働施設だと聞いている」
「へぇ……やっとツキが回ってきたな。おい、俺をそこまで連れてけ」
死体と拘束された三人を置き去りにして、真島はクリーナーの運転する車で役立たずたちが送られるはずだった地下収容所へと向かった。
「着いたぞ……この洞窟が入り口になってる」
「そうかい、ありがとよ」
到着後、同僚が死んでいるのに一人だけ生き残ってはバランスが悪いだろうからと運転手を射殺した真島は、後で車を使えるように死体を地面に捨ててから、単身で地下収容所に踏み込んだ。
強制労働施設と言うからには囚人たちはきっと劣悪な環境で酷使されているに違いない。
それを解放してやり、そんな環境に追いやった機械人形への恨みを煽ってやれば、求めていた条件に適した仲間が手に入る。
真島はそう考えていたが、収容所の実態は予想とかけ離れていた。
「ん? おいおい兄ちゃん、新入りかい? 楽園にようこそ!」
「外の世界で生きんのは大変だったろ? だがもう大丈夫だ! ここにいりゃ飯には困んねえ!」
「煙草はねえが酒は貰えるしな! でっかい画面で映画だって観れるぜ!」
「あれ……兄ちゃんは首輪つけられてねえのか? まあどうでもいいか! ぐははは!」
収容所の内部はまるで学校の体育館のような広い単体の空間になっていて、囚人たちは牢に閉じ込められることなく野放しだ。
食料の供給も潤沢なようで、軽く見渡した限りでは囚人たちは食って寝るだけの怠惰な生活を満喫しているようだ。
「……おい、なんだよここは。収容所じゃねえのか?」
「収容所なのは間違いねえよ! ここにいんのは全員悪党だしな! ちなみに俺は強盗未遂だ!」
缶ビールを片手に笑う囚人はどうやら酔っているらしく、馴れ馴れしく真島に迫ってきた。
「他にも女襲おうとしたやつや、政治家相手に自爆テロやろうとしたカルト野郎なんかもいるぜ! なあ、おい、兄ちゃんは何しようとしぼがぁ!?」
真島は肩を組もうとしてきた囚人を蹴り飛ばした。
「お前らと一緒にすんじゃねえよ。俺はまだ終わってねえ」
突然の暴力に萎縮する他の囚人を睨み、詰問を始める。
「おい、ここには看守がいねえように見えるが、どうなんだ?」
「い、いねえよ。たまにロボットが食料を届けにくるだけだ」
「じゃあいつでもここから出られるじゃねえか。俺の後ろの扉が開きっぱなしなのは見えてねえのか?」
手持ちの爆薬で吹き飛ばすまでもなく、収容所の出入り口は施錠されていない自動ドアだった。
外側から入る時だけ開いて内側からは開かないのかと思えば、入ってすぐの場所に立つ真島に反応して開いた状態が維持されているので、おそらく内側からでも普通に開く。
「おい兄ちゃん、まさか外に出るつもりか!?」
「逆に聞くが、出ない理由がねえだろ」
「やめとけよ! 今度こそあのバケモンみたいなガキにぶっ殺されるぞ!」
「銃の効かねえ奴相手に勝ち目なんてねえ!」
「俺ん時は指からビーム出してきやがった! あいつは人間じゃねえ!」
拘束もなく、監視もなく、扉の施錠もないこの雑な収容所からなぜ誰も逃げようとしないのかと不可解に思っていたが、どうやら機械人形に徹底的に心を折られたことが原因らしい。
それが分かれば後は簡単だ。
悪党たちの心に、再び欲望の火を灯してやればいい。
「よく聞け腑抜けども!」
真島は戦場帰りの伝説の兵士が不良保安官たちと戦う有名な映画が投写されているスクリーンの前に立ち、叫びながら拳銃でプロジェクターを破壊して囚人たちの注目を集めた。
そして真島は囚人たちに真実を伝える。
囚人たちを打ちのめした少女の姿をした化け物は機械人形であること。
機械人形は厄介だが、多数で囲んで飽和射撃を浴びせてやれば倒せること。
真島は千丁の銃を所持しており、武器はいくらでも提供できること。
「だからって……今さら命をかけて何になるってんだ!」
「ここにいりゃ何の苦労もねえんだ! もう放っといてくれ!」
それでも牙を折られた囚人たちの復讐心は燃え上がらず、安寧を乱す真島に罵声を浴びせた。
「バランスが取れねえんだよ!」
百を超える囚人たちの弱音の大合唱を真島はたった一人の怒声でかき消した。
気圧され静まり返った囚人たちに、真島は一転して穏やかな口調で語りかける。
「なあお前ら……今の生き方は、お前らがかつて持ってたはずの夢と、バランス取れてるか?」
夢。
真島のその一言が、囚人たちの心に波紋のように広がった。
「家畜みてえに食って寝るだけの今が、お前らが悪さしてでも叶えたかった夢か? ちげえよなぁ!」
囚人たちは思い出す。
自分にはかつて、悪に手を染めてでも叶えたかった願いがあったのだと。
「……そうだ、俺がしたかったのはこんな生き方じゃない。俺は……未成年の女の子を犯したかったんだ!」
「思い出したぞ! 俺は愚かな国賊に天誅を下すために立ち上がった選ばれし戦士だ!」
「やっぱり俺は札束の風呂で泳ぎてえ! ここを出て銀行強盗に再挑戦してやる!」
ただ生きているだけだった家畜たちが夢を追う人間として次々に再起する。
「そうだお前ら! 全員俺についてこい! 俺が歪な正義に支配されたこの国をひっくり返し、悪党が自由に夢を見られる理想郷を作ってやる。バランスを……取らなくちゃなあ!」
「うおおおおおおおおおお!」
真島を先頭に走り出した悪党たちがその勢いのままに収容所を脱出した。
扉を越え、洞窟を抜け、ついに日の下に放たれる。
そして最後の一人が洞窟の外に出た瞬間、真島を除く囚人たちは一人残らず絞首刑を執行された。
「…………………………は?」
◯
この国では新しい薬を作った場合、動物実験の後に治験の第一段階として健康な人間で薬の安全性を試します。
アルバイトの一般人を使って行うこの検証は、研究倫理の制約により被験者の自由な離脱を認めなければならず、想定する疾患への効果が高くても副作用の多い薬では何かと面倒が多くなります。
千束さんが捕まえた悪者を再利用して、そういった薬の研究に役立てるべく私が資金を提供して作った強制治験施設に、今しがた異常が発生しました。
被験者たちには健康状態を観測しつつ脱走を検知するための首輪型装置をつけています。
そして装置が脱走を検知すると私の携帯端末に通知が届くのですが……それが先程から止まらないのです。
「ちょとぉ。仕事中は切っときなさいよ」
ジンさんとたきなさんは休暇のため不在、千束さんはリコリス業務で外回り中で、ミカさんも千束さんに同行しているため、今日の喫茶リコリコの仕事は私とミズキさんで担当しています。
なおクルミさんはリコリコにいて、今日は千束さんの手伝いをしていませんが、喫茶店の仕事もしていません。
まあ、常連客が数人いるだけで全く忙しくないので構いませんけど。
「今原因を消しておきましたわ。もうかかってこないのでご安心くださいまし」
被験者たちの首輪型装置には緊急絞首刑執行機構を組み込んであります。
私の趣味でその殺害方法を選んだわけではなく、この国の死刑執行方法は絞首刑のみと定められているのでそれに従いました。
断じて、私の趣味を優先した結果ではありません。
この機構を作動させると、私の義手と同じ浮遊機構により被験者たちの首輪が宙に浮かび上がり、ほとんどの場合は急上昇の衝撃で頚椎を損傷して即死、運悪く即死できなくても首輪は電力が尽きるまで設定高度に浮かび続けるので窒息死します。
それを私は一斉に作動させました。
脱走していない被験者がいようといまいと関係ありません。
そもそも一人でも脱走者が出た時点で連帯責任として全員を処分するつもりでしたし、できれば脱走者が出てほしいとも思っていました。
だってあの治験施設、稼働してから一度も使われてなかったので……。
千束さんの前の心臓を作った人のように表沙汰にできない人体実験をしたがる人は沢山いると思っていたのに、意外とこの国の人は品行方正でした。
それに副作用の強い薬が必要になるような重病で、かつ患者数が多いものはほとんど全て私が治療できるようにしてしまったので、残っている希少疾患では薬を作っても購入者が少なくて採算が見込めないという事情もあったのでしょう。
世知辛い世の中ですね。
◯
千束の依頼で地下収容所に悪党を移送する場合、クリーナーは途中でDAの関連施設に立ち寄って囚人用の首輪を受け取ることになっている。
いつでもどこでも絞首刑を執行できる危険物を最初からクリーナーに預けておけるわけがないのだから当然だ。
そのため首輪を保管する施設の職員は今回も移送前に連絡を受けて三人分の首輪を用意していたのだが、いつまで経ってもクリーナーが現れず、これはおかしいと思ってクリーナーの本社に確認の連絡をしたところ、クリーナーを殺害した何者かが位置情報を発信している車両で地下収容所に向かったことが判明した。
さらに生きたまま拘束された状態で残されていた本来地下収容所送りとなるはずだった三人の男たちを尋問してみると、クリーナー殺害の犯人が真島であったことも分かり、楠木司令の指示によって近辺のリコリスを詰め込めるだけ詰め込んだ人員輸送バスが地下収容所へと送り出されたのである。
「いました! 真島です!」
『殺せ』
リコリスが到着したのは囚人たちの説得を終えた真島が地下収容所の外に出た直後、囚人たちが一斉処分されたのとほぼ同時であった。
さすがの真島もリコリスの接近を察知して逃げる猶予はなく、出入り口が一つしかない地下施設へと続く洞窟を背に、前方を三十近い数のリコリスに包囲されて銃口を向けられてしまった。
普通ならば、これで詰みだ。
しかし真島は普通ではなかった。
真島は人殺しの天才だ。
そして真島には聴こえていた。
己を囲む少女たちの胸の奥から発せられる心臓の鼓動が……痛みに怯み、恐怖にすくみ、殺せば動かなくなる、生きている人間のみが放つ命の音が。
足元に転がっていたクリーナーの死体を拾い上げて盾にした真島は、それでも貫通してきた一部の銃弾を防弾服で凌ぎ、リコリスによる一斉射撃を耐えきった。
銃を扱えるようになっただけの少女に過ぎず、戦場慣れしていないリコリスたちには、他のリコリスが銃弾を再装填する隙を補うために銃弾を撃ち尽くさずに温存するという発想がなく、全員が同時に弾切れに陥ってしまった。
その瞬間、真島はリコリスの包囲に突撃した。
「あっ……」
運悪く真島の進路上にいたリコリスは頭部を撃ち抜かれて絶命した。
「ひっ、なんであれで死なないのよ!?」
「な、仲間が一人殺されました!」
「真島が逃げます!」
『絶対に逃がすな! 追え!』
包囲を破った真島がそのまま逃げると考えた楠木は即座に追跡を指示した。
盲目的に上からの指示に従うことしか考えられないリコリスたちは愚直に真島が逃げた方角へと走り出した。
そこから先の展開は、もはや語るまでもないだろう。
木々が生い茂り、隠れる場所がいくらでもある山の中という環境は、音で周囲の人間や障害物の位置を把握できる真島とあまりにも相性が良かった。
リコリスたちは一人、また一人と姿を捕捉できない真島に射殺されていった。
せめて死んだ仲間の武器の回収を徹底していれば真島の弾切れを狙えたというのに、このような特殊な状況を想定した訓練など積んでいないリコリスにそれを求めるのは酷というもので……死体から銃弾を補充し続ける真島の前に、リコリスは一人を残して全滅した。
「ひっ、ひぃ……お願い、殺さないで……死にたくない……」
「俺の質問に正直に答えろ。言っとくが俺に嘘は通じねえ。心音で分かるからな」
そして最後に残されたリコリスは真島の尋問を受けた。
拷問をするまでもなく仲間の全滅に心が折れていた少女は全てを吐いた。
情報が制限されているサード・リコリスが持つ情報などたかが知れているが、それでも真島には貴重な情報だ。
この国の脅威を秘密裏に消してきたDAという名の治安維持組織も、孤児から作られたリコリスという名の暗殺者も、服の色で区別されるリコリスの階級も、DA本部やリコリス寮の所在地も、全てが真島の耳に入ってしまった。
「……へぇ、んじゃお前らリコリスと同じカッコした機械人形は何て呼ばれてんだ?」
「機械……?」
「知らねえならいい」
残念ながら一番下の階級らしい捕虜のリコリスは機械人形の存在を把握していないようだが、真島は気にしなかった。
なぜなら捕虜はもっと重要な情報を知っていたのだから。
「最後だ。井ノ上たきなって名前のリコリスはいるか?」
「井ノ上たきな……! 知ってます、仲間を殺して本部から追放されたリコリスです!」
「仲間殺しねぇ……まあ、そんくらいやっててもおかしくねえか」
何しろ井ノ上たきなは殺害した真島の仲間の死体をわざわざ木に吊るして晒す異常者だ。
捕虜からリコリスの階級について聞いて、服の色から判断すると井ノ上たきながあの強さで一番上の階級でなかったことを不思議に思ったが、それもおそらく素行不良で昇進できなかったのだろう。
「追放されたリコリスはどこに行かされる?」
「それは……どこかの支部としか」
DAとリコリスはこの国の全域で活動しているという話だ。
さぞかし支部も沢山あるのだろうし、そのどこに井ノ上たきなが左遷されたかなど末端のリコリスがいちいち知っているはずもない。
少なくとも首都近辺にいるのは間違いないのだから、あとはどうとでも探せるだろう。
そう見切りをつけて、真島は尋問を終えることに決めた。
「オーケー、十分だ。これ以上時間かけて機械人形や井ノ上たきなが来たら面倒だからな。いい話聞かせてもらった礼にお前は見逃してやる。行け」
解放されたリコリスが全力で逃げ出した。
後ろから撃たれることを恐れているのかもしれないが、真島は撃たない。
「ひっ……きゃあああああ!?」
多くの血が撒き散らされた影響か、現在この山の獣たちは酷く気が立っている。
真島も餌食となってはたまらないので、音で脅威を避けながら慎重に下山した。
「さあて……手詰まりだな」
隠れ家に戻った真島は疲れた身体を乱雑にソファに投げ出して思案する。
今回の一件で手に入れた情報の価値は非常に大きく、真島の本来の目的であったこの国の歪な平和を生み出している敵の打倒までの道筋は見えた。
制服と心音で判別できる機械人形ではないリコリスを地道に消して回ってもいい。
判明したDA本部の所在地を他のテロリストにリークしてもいい。
使い道がなくなった千丁の銃をばら撒いて、守るべき民衆とリコリスの殺し合いを引き起こしてやってもいい。
機械人形は変わらず脅威だが、所詮は機械に過ぎず、扱う人間の方を始末してやれば済む。
唯一、真島が手詰まりなのは井ノ上たきなの討伐だけだ。
一対一の状況を作るために必要だった新しい仲間はかつての仲間と同様に首を吊られて全滅した。
仲間を殺すような異常者では他のリコリスを人質に取って用意した戦場に誘い出すこともできないだろう。
「バランス……取れねえなあ」
もはや、これ以上井ノ上たきなに拘っても、それに見合ったものは手に入らない。
つまりは、ここが引き際だ。
そう考えた真島が、この国を去る決意を固めかけた、その時である。
『なら僕が手伝ってやる』
真島の持つ携帯端末が勝手に起動して、そこから幼さの残る女の声が再生された。
「ああ? いきなりなんだ……どこの誰だよ?」
『どこの、という質問には答えようがないな。僕はどこかの組織に所属しているわけではないんだ。だが、誰かという質問には答えられる』
まるで質問を受けたAIのような無駄に細かい回答に面食らう真島に、携帯端末は己が何者であるかを述べる。
『僕はウォールナット。アラン機関の依頼でお前を支援することになった、世界一のハッカーだ』
原作だと千束があっさり倒すので強そうに見えない真島ですが、アランが見出した天才なので一般リコリスと比較したら普通に化け物です。
これがたきなを本気で殺そうと狙っています。
だから、ジンや蘭子を使ってたきなを強化しておく必要があったんですね。