「今日からリコリコの経理は私が担当します!」
ある日、これまでずっと誰も触れずにいた喫茶リコリコの赤字経営問題にたきなさんが切り込みました。
「ああ、頼んだぞたきな」
「あたしたちの生活はあんたにかかってるわ」
たきなさんの唐突な乗っ取り宣言に、長年リコリコの経営を担っていたミカさんやミズキさんは文句を言うどころか全面的に協力する姿勢です。
「はい。とりあえず千束の赤字パフェはメニューから消しましょう。いいですね?」
たきなさんが千束さんを見据えて言いました。
「…………………………はい」
普段であれば「ちょ〜いちょいちょいちょい!」などと騒ぎ立てて拒絶するはずなのに、千束さんはたきなさんの横暴を素直に受け入れました。
「ま、当然だな」
「……」
基本的に喫茶店の仕事には関与していないクルミさんとジンさんは少し距離を置いて成り行きを見守っています。
「必要でしたらワタクシが援助してさしあげますわよ?」
私は生活に困窮して余裕をなくした千束さんに首を絞められながらお金の無心をされる素敵な家庭内暴力を思い描きながらも、千束さんはどうせそこまで暴力的にはなってくれないと確信しているので、あまり期待せずに一応の提案をしてみました。
「ありがとうございます。でも大丈夫です。そうなったら諦めて閉店しますから」
千束さんに向けて言ったつもりでしたが、なぜかたきなさんに断られました。
「えっ、いやたきなそれはさすがに……」
「借金してまで続けることじゃありません。これまでが恵まれていたことを自覚してください」
「国の金が赤字の喫茶店を維持するために使われてたんだもんな。よく十年も見逃してもらえてたな」
たきなさんとクルミさんが指摘したように、喫茶リコリコの維持には千束さんのリコリス活動費という名目でDAから支給された公金が投入されていました。
そして、先日それがついに打ち切られました。
理由は説明されませんでしたが、どうせDAに反抗的な千束さんの日頃の行いが原因だろうというのが私を除く喫茶リコリコの皆さんの認識です。
ちなみに本当の原因はリコリスという職業そのものがなくなる予定だからです。
その辺りの事情を深掘りされるとリリウム関連のあれこれで私に飛び火しそうなので、ここではあえて黙っています。
「……まったくだな。世間一般の喫茶店経営者は国の補助金などなしにそれぞれの努力で店を守っているんだ。いよいよ続けられなくなったら潔く店を畳むべきだろう」
店長であるミカさんが覚悟を決めたことで、赤字が改善しなかった時の喫茶リコリコ閉店は決定事項となりました。
「……仕方ない! もうこうなったらこの喫茶リコリコを知る人ぞ知る名店から誰もが知ってる超有名店にステップアップさせちゃるわ! というわけでさっそく新商品の開発を……」
「やる気があるのは結構ですが、千束はまず支出を減らすことから始めてください」
こうして喫茶リコリコが一丸となった経営立て直し大作戦が始動しました。
たきなさんの厳しい監視の下、千束さんによる無駄遣い、ミズキさんによるお店のお酒の横領、クルミさんによる大量の電力消費などを切り詰めて支出を減らし、手の空いている者が積極的に割のいい裏仕事をこなして収入を増やします。
「終わったら帰るアル!」
「アル!」
「あら、他者に銃を向けたら殺されても文句は言えませんわ……ませんよ」
地下治験施設を閉鎖した今、悪党を生け捕りにしても受け入れ先がありません。
その関係で面倒なことにならないよう、荒事に発展しそうな依頼は私の方でたきなさんロボを使って処理しておきます。
千束さんに任せると高額な弾を乱射して依頼料の高いクリーナーまで使ってしまうので、たきなさんは喜んで私に任せてくれました。
「さあ! 爆弾解除の代金に躾のなっていない用心棒二匹の迷惑料を上乗せして、当初の依頼料の二倍をこの井ノ上たきなに耳揃えて払ってもらいます! それともあなたも死にますか?」
「ひぃっ!? わっ、わかった! 払うよ!」
「払うよ? 払わせてください、でしょう?」
「はっ、払わせてください!」
「よろしい」
たきなさんへの恨みを買いつつ、当初の予定よりも多く稼げたのですから、私の仕事ぶりもなかなかのものです。
しかし……残念なことに、ここまでやっても喫茶リコリコの経営状況は改善しませんでした。
「……お客さん、今日も全然来ませんね」
いくらマイナスを減らしてもゼロになるだけでプラスにはできません。
裏仕事による不定期な収入だけでは食材の仕入れなどで毎日継続的に支出が発生する喫茶店を維持するには心許なく、やはり赤字の根本的な問題である客入りの少なさをどうにかしなければなりません。
「ここはやっぱインパクトのある新メニューが必要だと思うのよ」
「……そうですね。ちょっと考えてみます」
そしてたきなさんが生み出したものがこちら。
「おっ……お排泄物ですわ」
とぐろを巻いた蛇のごときそのホットチョコパフェは、まさしくこの国において最も知名度の高い排泄物の形状そのものでした。
「おい馬鹿言うな!」
思わず漏れた私の呟きをクルミさんの叫びがかき消しました。
「……何か?」
「何でもありませんわ」
飲食店で口にするべき言葉ではないからと無意識に限界まで声量を下げていたおかげでしょうか、幸いにもたきなさんには聞こえなかったようです。
「てかお前、外国人なのにどこで知った?」
「千束さんに連れられてこの国の幼い子供と交流した時に知る機会がありましたの」
「……まあ子供はあれ好きだよな」
そう、幼い子供は下品なものが大好きです。
しかし大人は違います。
飲食店でこんなものを出しては不衛生、不謹慎などと忌避されてしまうのでは。
そんな懸念をたきなさん以外の全員が抱きながら、結局たきなさんを止められずに発売にまで漕ぎ着けてしまったこのホットチョコパフェ……これが驚くことに大当たりしました。
「ワタクシこのお店に順番待ちの列ができる光景なんて初めて見ますわ」
「私もだよ! だからはよ手ぇ動かせ!」
たきなさんのホットチョコパフェを目当てに蝿のように一見客が群がった結果、喫茶リコリコは連日満席となり、忙しさに慣れていない私たち店員は大慌ての大騒ぎです。
「あ、ごめんなさいワタクシ一介のバイトですので写真は困りますわ」
「こりすさんは写真無理なら裏で皿洗いをお願いします! 給仕の代わりはクルミにやらせます!」
本来のカリス・シュタルフクスの姿から髪の色を変える程度の変装しかしていない私の写真が世間に出回ると、いつかのように大量の犯罪者がこの国に押し寄せる事態を引き起こしかねないので、私は裏方に回りました。
本当は調理を手伝えると良いのでしょうけど、私が手を加えると味が良い意味で変わり過ぎてしまいます。
材料の仕込みがミカさん、盛り付けがミズキさん、お会計がジンさん、配膳が千束さんとたきなさんとクルミさん……やはり現状、ミカさんの負担が大きいですね。
そういうわけなので激務を乗り切った営業時間終了後、私は皆さんにとある提案をします。
「料理人をもう一人雇いませんこと? ワタクシ、ちょうど失職したばかりの腕利きの料理人さんをひとり、確保していましてよ」
「人件費は増えますけど……今日の回転率を考えると調理の効率化は必要ですね。店長、いいですか?」
「ああ、正直助かる」
「そう言ってくださると思って、既にここに呼んでおきましたわ。入っていらして!」
私の呼びかけに応じて、扉の前で待機していた料理人さんが姿を見せました。
「な……あなたは……」
料理人さんの顔を見たミカさんが驚きを顕にしました。
「ん? どこかで見たことあるような……ど〜こだったっけなぁ」
「グルメ番組で見たとかじゃないですか? だとすれば心強いですね」
さらに千束さんまでもが既視感を持っている様子を見て、たきなさんは料理人さんがテレビに出るような有名な人ではと勘違いしたようです。
「……料理の腕は間違いないだろう。だが、失職したとはどういう……」
料理人さんの素性を理解しているらしいミカさんが険しい顔で悩む素振りを見せました。
「おいミカ、知ってるならもったいぶらずに教えろ。こいつはどこの誰だ」
「ああ、そうだな……」
クルミさんに促されて、ミカさんが料理人さんの正体を明かします。
「この人は元宮内庁の料理人で、千束やたきなも世話になったリコリス寮の料理長だ」
◯
「なんであーしらが料理なんか……こんなのサードの連中にやらせればいいじゃないっすか」
「うるせえ。黙ってやれ」
料理人や清掃員といった生活の補助要員が突然いなくなったDA本部のリコリス寮では、寮内で最も階級の高い春川フキとその相棒の乙女サクラがリコリス全員の料理を作っている。
「理解してねえならもう一度言ってやる。正式に通知されたわけじゃねえが、今の状況はおそらくリコリスのストレス耐性を計測する抜き打ち試験だ。この先、食料の供給は当分ないと思った方がいい」
「だから食料の管理は一番偉いあーしらが厳密にやらなきゃならない……ってもう耳にタコができるほど聞いたっすよ」
「ならいちいちぼやくんじゃねえ」
「だぁってぇ……そもそもストレス耐性がどうとか自体、仲間がちょっと減っただけでメソメソしてるサードの奴らのためじゃないっすか。あーしら関係ないっすよ〜」
こんな試験の結果が良かったところでファースト昇進の足がかりにはならないと思っているサクラの不満は尽きない。
「てかパイセンはよくそんな真剣にやれるっすね」
「立場相応の責任感ってもんがあんだよ」
一方のフキは今しがた述べた通り、重大な責任感によって突き動かされている。
それはファーストとしてセカンド以下のリコリスが知ることのない情報を知っているがゆえの重責だ。
リコリスと似た立場にあったリリベルの一斉処分も、上層部に気に入られている機械人形リリウムの存在も、度重なる失態でリコリスの存続までもが危ぶまれていることも、フキは全て知っている。
だから連絡のつかない楠木から明言されずとも、本部に所属する全てのリコリスが実質的にリコリス寮に軟禁されているこの状況は上層部がリコリスの処分を決定したことで引き起こされたものだとフキには予想できた。
そうなると本来であればすぐにでも処刑人が送られてくるはずだが、その処刑人を担うはずだったリリベルは既に存在しない。
そして本部のリコリスに総数で劣るリリウムでは正面衝突すれば無視できない損耗が生じると上層部は懸念したのだろう。
そこで一斉蜂起を誘発しない範囲で段階を踏んで生活環境を劣化させ、理想は内乱による自滅、最低でも弱らせてからリリウムを送り込むというのが上層部の意図なのだとフキは考えている。
「言っとくがお前も他人事じゃねえぞ。セカンド以上は現場指揮官やることもあんだろ。この試験でサードが散々な結果出したら部下のストレスケアもできない無能ってことでお前の評価もたぶん下がるからな」
「げっ、そりゃ勘弁っすね」
「わかったら飯ちゃんと食わせて、できるだけ体力残させろ。限界まで負荷かけた後で極限状態での戦闘能力を評価するための実戦試験があると思っとけ」
リコリスとして任務中に殉職する覚悟はあっても、人間ですらない機械の手でゴミとして処分される末路なんてとてもじゃないが受け入れられない。
だからといって千束のような隔絶した力のないフキにできることは、試験という偽りの予想を他のリコリスたちに吹聴して、食料を巡った内乱を防ぐと同時にやがて来る襲撃に対する心構えをさせておくことだけだ。
「マジっすか!? うわ〜、さすがにきついっすね」
「……本当にな」
戦闘に備えさせておくことで無防備に奇襲を受けるよりは健闘できるようになるだろう。
それでも厳しい戦いになることは間違いない。
フキ自身も、隣に立っている相棒も、死ぬ可能性の方が高いのだ。
「こりゃ終わったら思いっきり羽を伸ばさなきゃっすねぇ……あ、そうだ! あーし、パイセンが前話してたリコリコのバカみたいにでかいパフェを食ってみたいっす! 一緒にいかないっすか!?」
「リコリコ、か……」
それは普段のフキであればあれこれ理由を付けて即座に却下する提案だ。
しかし今回だけは前向きに検討してもいいと思えた。
「……いいぞ。この戦いが終わったら、リコリコに甘いもんを食いに行こう」
「いいんすか!? やったー!」
もしもリコリコにサクラを連れて行けたのなら、その時はバカが考案したバカみたいな名前のバカでかいパフェを注文しよう。
そして時間をかけてパフェを食べながら、密かに思いを寄せている男性と仕事以外の話をしよう。
嬉しそうに笑う相棒の顔を目に焼き付けながら、フキは心の中で密かにそんなささやかな願いを抱いた。
◯
料理人を含めて生活の世話をしてくれる人員がいなくなったDA本部のリコリスたちは今頃大変な思いをしていることでしょう。
それと時を同じくして、喫茶リコリコは排泄物の話で盛り上がっています。
「どうして駄目なんですか!? ケーキやパフェなんかにはチョコやクッキーがよく刺さってるじゃないですか!」
「そこまでやったらさすがに狙い過ぎだって!」
正しくは排泄物みたいな形のホットチョコパフェに排泄物みたいな形のかりんとうを添えるかどうかで紛糾しています。
「かりんとう一本で追加料金は確かに利益を狙い過ぎてるかもしれませんけど、トッピングするかはお客さんの自由ですから、顰蹙を買うことはないはずです」
たきなさんが主張する追加料金はゲームセンターでゲームを一回遊べる金額です。
安いものなら同じ金額で袋詰めのかりんとうが買えてしまうので、もしもそれで売れたら利益率は非常に良くなるでしょう。
「いやそういう話じゃなくってぇ!」
「じゃあどういう話ですか!?」
喫茶リコリコの皆さんは心優しく、自分が生み出してしまったものが何に似ているのか理解していないたきなさんに、これまでにかいた恥に気付かせることなく、さらなる恥の上塗りを止めてあげようとしています。
そのため言葉を慎重に選ばなければならず、説得は難航しています。
「たきなさん、ワタクシ納得がいきませんわ」
別にたきなさんが恥をかくのは構いませんが、なんとなく今回も謎のブームを引き起こしそうなので、これ以上たきなさんが手柄を立てないように私も止める側に加わります。
「何がですか?」
「いくらこの店では新人だからと言っても、経験豊かな腕利き料理人が最も得意とする至高のかりんとうを他の料理の付属品として扱うなんて、あまりにも酷い侮辱ですわ」
「う……それは」
反論できずに言い淀むたきなさんに、私はさらに罪悪感を抱く話をしてあげます。
「知っていまして? リコリス寮の食事でデザートにかりんとうしか提供されなかった理由は、明日死ぬかもしれない少女たちが最後に食べるものは自分が最も美味しく作れるものにしてあげたいという気遣いでしたのよ」
「そう……だったんですか」
たきなさんに見つめられた料理人さんが優しく微笑みます。
「マジか……あれ深い理由あったのか。てっきりかりんとうしか作れないのかと」
「宮廷料理人になれる程の方に限ってそんなわけありませんわ」
宮廷での礼儀作法が抜けないためでしょうか、料理人さんはジンさんのように静かに控えて自己主張しないので、私が千束さんのぼやきに答えました。
「さて、ワタクシの不満をご理解いただいたところで、改めて代わりの提案をさせていただきますわ。かりんとうを既存のホットチョコパフェの付属品として使うのではなく、かりんとうを主体とした新たな商品を開発いたしませんこと?」
「こりすにしてはいい提案するじゃん! ね、たきな!」
千束さんを筆頭に、たきなさんの案を止めたい皆さんが次々と私に賛同します。
「……そうですね。ホットチョコパフェだけだと一過性のブームで終わってしまうかもですし、今の勢いをさらに強められるような新商品が必要かもしれません」
「よっしゃ決まり!」
たきなさんが検討する様子を見せた瞬間、千束さんがすかさず後押しして私の案を決定事項としました。
「明日までの宿題な! それぞれかりんとうを使った新商品を考えとくこと! んじゃ解散!」
◯
この日、ネットで話題のホットチョコパフェを目当てに喫茶リコリコに初来店した客の意識を最初に惹きつけたのは、他の客が注文した遠くからでも目に付く例のパフェではなく、甘く香ばしい揚げ菓子の匂いであった。
「いらっしゃいませー! 喫茶リコリコは本日かりんとうフェア開催中でーす!」
元気に大声を出しながら新しく来店した客に駆け寄った千束がフェアメニューの書かれた紙を差し出した。
「評判が良かったらレギュラーメニューになるかもしれないんで、よろしかったらぜひ! ちなみに私のおすすめはこの……」
「千束!」
自分が考えた商品を売り込もうとした千束にたきなから叱責が飛んだ。
「……おすすめは全部です」
なんとも言えない表情の客に見送られながら、しょんぼりした千束が厨房に引っ込んだ。
「まーた怒られてやんの」
「やかましいわ」
茶化すミズキに軽口を叩き、千束は配膳待ちのお盆を受け取る。
「えぇ……またこれぇ」
千束に渡されたお盆に載っているのは、たきなのホットチョコパフェと、これまたたきなが考案した揚げたてかりんとう饅頭だ。
驚くことにこのかりんとう饅頭、他の何かに見えるということはなく、至って普通の形の饅頭なのだ。
そしてこの普通の饅頭がフェアメニューの中で最も売れているのである。
「なぁんでこんなちっちゃいやつばっか売れて、私が考えたかりん塔は一個も売れないんだよぉ」
口を尖らせた千束が愚痴を垂れた。
かりん塔は千束が考えた商品で、近日完成となる新電波塔、延空木の形を模してかりんとうを組み立てたものだ。
かりんとうだけでなく多種多様な果物やアイスクリームなどを崩壊しない絶妙なバランスで盛りつけなければならず、作るのも大変、食べるのも大変なこのかりん塔は、驚くことに値段もホットチョコパフェ以上の一品となっている。
「そりゃ客の目当てはホットチョコパフェだからな。追加で食うには千束のはでかすぎる。その点たきなのは小皿サイズでちょうどいいんだろ」
同じく配膳担当として駆り出されているクルミが千束の愚痴を拾った。
たきなのかりんとう饅頭は一個単位で注文できて、値段はホットチョコパフェの十分の一程度とお手頃だ。
「そう言うクルミのかりん棒も大して売れてないじゃん」
クルミ考案のかりんとうにきな粉をまぶしたかりん棒は小皿サイズでありながら大して売れていない。
「僕は競争に興味はない。何か考えろと言われたからAIに適当なものを考えさせただけだ」
「負け惜しみだ」
「千束には勝ってる」
一瞬だけ千束とクルミの間に火花が散ったが、すぐに二人とも落ち着いた。
「……やめよう。下位同士でどっちが上とか競っても惨めなだけだ」
「……そうだね」
現在のフェアメニューの売れ行きはたきなのかりんとう饅頭が独走状態だ。
千束もクルミも、もはや奇跡が起きても追いつけないということに違いはないのである。
「あとはもう、このままたきなが逃げ切るか……こりすが追い上げるかだな」
今回のフェアメニュー競争の参加者は、あとひとり、こりすだけだ。
ミカは子供たちのやることを邪魔したくないので不参加、ジンは料理は専門外であるため不参加、そしてミズキはかりんとうを酒に浸したかりんとうボンボンを作ってみたが見た目が酷すぎて酔いが覚めたという理由で棄権した。
「でもあれやっぱずるいだろ」
千束が目を向けた先には、ジンに代わって会計を担当しているこりすがいる。
「お土産にかりんとうはいかがでして? フェアメニューの味がおうちでも楽しめましてよ」
千束はかりんとうを使った料理を考えて来いと言ったはずなのに、こりすが持ってきたのはかりんとうをスーパーマーケットのお菓子コーナーの棚に並んでいても違和感のない立派なパッケージで包装する装置だった。
現在、店の奥では会計役を追われたジンが装置でかりんとうを袋詰めする作業に従事しており、量産された持ち帰り用かりんとうが会計台の上にこれ見よがしに並べられている。
客がどのフェアメニューを食べようと、かりんとうそのものの美味しさには必ず触れることになるため、帰宅直前に視界に入ってしまう持ち帰り用かりんとうの魅力に抗える者はほとんどいないのだ。
「あれに優勝されるくらいならたきなに逃げ切ってほしいよねぇ」
「そうだな……素直にたきなの運ぶか」
こうして気合いを入れ直した二人によりたきなのホットチョコパフェとかりんとう饅頭は次々と客に届けられ、回転率が向上した喫茶リコリコはますます繁盛した。
「……私の負け、ですか」
そして営業時間終了後、今日の結果を集計してみると、こりすの持ち帰り用かりんとうはたきなのかりんとう饅頭の販売数を僅差で上回っていた。
これは胃の容量という限度がある店内での飲食と違って大量に買っても保存しておける持ち帰りの強みが発揮され、営業時間終了間際で一気に追い上げた結果だ。
「ですわね。でも、だからと言ってたきなさんのかりんとう饅頭の販売を中止する理由にはなりませんわ。あれで味を知ったからこそ、人々は持ち帰り用に手を伸ばしたのですわ」
今回の企画では別に優勝した商品だけを残すとは言っていなかった。
評判の良い商品が二つあるなら、どちらもレギュラーメニューに昇格させればいいのだ。
「大切なのは喫茶リコリコの売上……違いまして?」
「そうですね。看板商品はいくつあってもいい」
純粋に店の成長だけを考えているたきなと、反則寸前の売り方でひとり勝ちしては千束からの印象が悪くなるのではと今になって恐れたこりすの思惑が一致し、ここに二人の和解が成立した。
「……えっ、なら私のかりん塔も」
「一個も売れてないやつは残す価値ないだろ」
こうして喫茶リコリコは新たな看板商品を確立した。
敏腕経理井ノ上たきながいる限り、リコリコはこれからも躍進していくことだろう。
たとえリコリスの未来が閉ざされようとも、リコリコの未来は明るく輝いているのだ。
◯
そんなバランスの悪い結末をこの男は決して認めない。
「お前は……!」
「よぉ。お前、井ノ上たきなの大事な護衛対象なんだってなぁ」
笑顔でう◯こ、もといホットチョコパフェを持つたきなの画像が呼び寄せたのは客だけではない。
「まさかこんな喫茶店がDAの支部とはなぁ。井ノ上たきなが写ったあの写真がなきゃ信じられなかったぜ」
『奴は迂闊だったな。売れてない喫茶店のままでいればこんな形では見つからなかっただろうに』
「あれで売れちまったのが想定外だったんだろ。何にせよ運が向いてきたなぁ」
夜遅くなって少女店員たちが帰宅し、酒を飲める大人たちが企画成功のお祝いと新人の歓迎会を兼ねてハイクラスのバーへと向かった後で、ここ数日ずっと店を監視していた真島は喫茶リコリコに侵入した。
そして唯一店に残っていた井ノ上たきなを誘き出すための人質となり得る女児を手早く気絶させて小脇に抱え、地下の弾薬倉庫に爆薬を設置してから店を離れた。
「さぁ戦争を始めようぜぇ! 井ノ上たきなぁ!」
真島が起こした爆発は保管されていた武器弾薬を巻き込んで喫茶リコリコの地下施設を完全に破壊し、その余波で倒壊した地上の喫茶店は地下施設があった空間に飲み込まれた。
この大崩落は後日、破損した下水管に土が引き込まれて地下が空洞化したことによる陥没事故として報道されることになる。
こうして人気を爆発させていた喫茶リコリコは、物理的な爆発によって一夜にして潰れたのであった。
執筆時間はあったんですけど例のチョコパフェを上手く扱ったネタが思いつかなくてこんなに間が空いてしまいました。
その結果が爆発オチです。サイテーですね。