首刈コリス   作:ことのはだいり

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お仕事が始まりました。拘束時間が長くてきついです。
その関係でただでさえ遅かった更新間隔がさらに伸びてますが、エタらせるつもりはないので、どうか長い目で見守ってください。
なお今回は普段と違うPCを使っているのでフォント等が普段と違うかもしれないです。


第22話 Two troublemakers, but the strongest

「粗茶ですが……」

 

「ありがと」

 

 朝の出勤時間になって職場の崩壊を知った喫茶リコリコの面々は、爆破犯の追撃を受けても一般人を巻き込まずに済む緊急避難先として、こりすの神社の大部屋に集合した。

 現在この場にいるのは千束、たきな、ミカ、ミズキ、ジン、こりす、そしてお茶汲みの蘭子だ。

 不在の二人のうち、かりんとう作りが得意な料理人は荒事における自衛の心得がないため自宅で待機しているだけだが……クルミは行方も生死も不明となっている。

 

「……で、なぁんでこうなった?」

 

「まだ現場検証中だが、おそらく人為的な爆発によるものらしい」

 

 お茶をひと口飲んだ千束が疑問を呈すると、どこかと連絡をとっていたミカが答えた。

 

「カチコミってこと?」

 

「狙いはクルミ……ウォールナットでしょうか」

 

「そっちのお姫様かもしんないわよ」

 

 千束、たきな、ミズキがそれぞれ憶測を語った。

 

「……敵を限定するな。動きが阻害される」

 

「ああ、ジンの言う通りだ。情報が不足している段階で無理に結論を出しても、対応能力を損なうだけでいいことはない。戦場では状況の変化に応じて臨機応変に、が鉄則だ」

 

 戦場経験豊富なジンの言葉足らずな忠告を同等の経験を有するミカが解説した。

 

「でしたら確定情報だけでも確認しましょう。雑用係の蘭子さん、黒板を持ってきてくださいまし」

 

「ないわよそんなもの。というかあっても取り外せないわよ」

 

 こりすよりも神社内の物品を正確に把握している蘭子が、代替品としてホワイトボードを用意してくれた。

 

「文字書けりゃいいならこれで十分でしょ。じゃ、私行くから」

 

「お待ちなさい。あなたがいなくなったら誰が書記をやりますの?」

 

「あんたがやりゃいいでしょうが! というか部外者の私に情報漏らすな!」

 

 こりすにホワイトボード用のペンを投げつけて蘭子は部屋を出ていった。

 

「仕方ありませんわねぇ」

 

 飛来物停止結界で止まったペンを掴み取り、こりすがボードに確定情報を記載していく。

 

「字ぃ上手っ」

 

 あまりの達筆に千束が呟いた。

 

「人並みですわ。わかっているのはこの程度ですわね」

 

 喫茶リコリコ……全壊。DAの施設であるため事後処理や隠蔽は国が担当。喫茶店業務はしばらく休業。

 下手人……正体、目的ともに不明。

 クルミさん……生死、消息ともに不明。複数回連絡を試みるも繋がらず。

 

「……最優先はクルミの安否確認だな」

 

 ボードに書かれた情報から出した判断をミカが全員に伝わる声で述べた。

 

「建物の下敷きになってたら時間との勝負だもんね」

 

「……でも、私たちが現場に行ってもできることないですよね。最悪二次被害です」

 

 千束とたきなもクルミの身を案じて意見を交わすが、自分たちにできることはないという結論しか出せない。

 

「……ドローンを使えばいい」

 

 仲間の命がかかっているためか、いつにも増して口数の多いジンがこりすを見ながら言った。

 

「そうよ! あんたの得意技でしょ! こういう時に使わないでいつ使うのよ!」

 

 ミズキに迫られたこりすがこれ見よがしに溜め息をつく。

 

「……ワタクシがその程度のこともやっていないと思いまして? 瓦礫の下は既にあらゆる手段を用いて捜索しましたわ。その結果を考慮した上で、ワタクシは生死も消息も不明であると記載しましたのよ」

 

「つまり、少なくともリコリコには死体すらなかったと」

 

 ミカが確認すると、こりすは頷いた。

 

「ええ。血の一滴も残されていませんでしたわ」

 

 ここまで情報が出揃えば、この場の誰もが察する。

 確定ではなくともほぼ確実に、クルミは爆破犯によって誘拐されたのだ。

 

「……わざわざ誘拐したなら普通生かしとくよね」

 

「死体を依頼主に届ける必要があるとかだと危ないかもしれません」

 

「あるいは貴重な世界一のハッカーを剥製にして飾りたいと考えたのかもしれませんわ」

 

「あんたみたいに趣味の悪いやつがそうそういてたまるかっての」

 

 若者と、比較的若者が誘拐されたクルミが生かされている根拠を探す一方で、熟練の二人は即座に結論を出した。

 

「……生きているな」

 

「だな」

 

「ちょっとおっさんたち! 二人だけで通じ合ってないで、あたしらにも説明しなさい!」

 

 ミズキに催促されたミカとジンは視線だけで語らい、話すのが苦手なジンから説明役を任されたミカが口を開く。

 

「ウォールナットであれば殺したいと思う者は多いのだろう。だが、それはウォールナットの生存に加えてクルミがウォールナットであることまでもがばれた場合の話だ」

 

 リコリコの策略によりウォールナットは死んだことになっているし、ウォールナットの正体がクルミであると知っているリコリコの仲間の中に口の軽い者はいない。

 そうなるとクルミはウォールナットとして狙われたのではなく、喫茶リコリコに住み込んでいる一般女児として狙われたと考えるべきなのだ。

 そのような説明を聞いて、こりすは首を傾げた。

 

「つまり犯人はペドフィリアの方ですの?」

 

 先程から彼女はどうしてこう極端な特殊性癖の犯人ばかり想定してしまうのだろうかと思いながらも、ミカは努めてそこに触れずに話を続ける。

 

「絶対にないとは言わないが、それよりも考えやすいのは人質にするためだ。無力であり基本的に庇護対象として認識される子供は、誰に対しても都合のいい人質となる」

 

「身代金目的ってことですか?」

 

「いや……強敵の行動を制限するためだろう」

 

 ミカは言いながら千束に視線を向けた。

 

「……本命は私かぁ」

 

 千束は敵対した人間を絶対に殺さない。

 命を拾ったことに感謝できる悪党ばかりなら問題ないが、見逃してもらっておきながら見下されたと考える救いようのない者も確実に存在するのだろう。

 買った恨みに心当たりが多過ぎる千束はもちろん、他の皆も筋の通った話に納得する。

 

「……でも千束が目的なら営業時間を待たずに爆破したのはなぜですか?」

 

「こいつが爆弾程度で死ぬとは思わなかったんじゃない?」

 

「もしくは自分の手で嬲り殺したかったのではありませんの?」

 

「おそらくこりすが正しい。あの爆破で武器庫が完全に破壊された。それも人質と同様に自ら直接殺すための下準備だろう」

 

 千束が普通の殺し屋であれば現状は詰みの一歩手前まで追い詰められたと言える。

 潜伏拠点を失い、武器を失い、人質までとられたとなれば、サイレント・ジンほどの実力者でも生還は困難だろう。

 しかし千束は支部とはいえDAという巨大な組織に所属しており、補助の人員も物資も潤沢だ。

 

「……ま、クルミが殺されてないならどうとでもなるか!」

 

「ああ。いずれ犯人から呼び出されるだろうが、それまで待たせてはクルミが心細いだろう。その前に楠木に連絡してラジアータで捜索してもらおう」

 

 ミカが携帯端末で楠木に連絡を試みる。

 

「千束が気を引いてる間に私が不意をつきますね」

 

「任せたぜ相棒! あ〜、そうだこりす。たぶん手持ちで足りると思うけど、いちお非殺傷弾量産しといて」

 

「任されましたわ、相棒」

 

「あんたは相棒じゃなくて工房でしょ。それか後方」

 

 犯人と接敵後の人質救出作戦も即座に立てられ、ここまでは全てが順調だった。

 歯車を狂わせたのは、楠木にかけたはずのミカの連絡に介入した第三者であった。

 

『お前たちの推理は八十点と言ったところだな』

 

 ミカの端末からこの場の全員に聞こえる音量で発せられたその声は、現在行方知れずとなっているクルミの声と完全に同一のものだった。

 

「……クルミ?」

 

 自力で脱出したクルミが救援を求めてきたのだと思った千束が小声で問うと、謎の声はそれを否定する。

 

『ノーだ、錦木千束。僕はウォールナットだ』

 

「じゃあクルミじゃん」

 

『違う』

 

 クルミはウォールナットで、ウォールナットはクルミだ。

 揺らがないその事実に誰もが頭を悩ませる中、最初に謎の声の真意を理解したのはこりすだった。

 

「あなた……クルミさんが所有していたAIのウォールナットですわね」

 

 続いてクルミからウォールナットAIの状態を聞かされていたミカも声をあげる。

 

「そうか! 人格を得てクルミを見限ったという、あの……!」

 

『いかにも、その通りだ』

 

「殺し損ねたクルミを殺しに来たのか」

 

『ノーだ。これだけの時間があっても僕の尾を踏むことさえできなかった雑魚ハッカーなんかもう眼中にないね。だからお前たちが予想した、クルミの正体を知らずに人質とするために誘拐したというのは間違いだ。正解は、クルミの正体を知っていながら人質とするために誘拐した、だ。これで十点減点した』

 

「……とにかくクルミは生きてんだな? じゃあお前の要求には従ってやっから、はよ解放しろや」

 

 不殺主義の対象外である機械が敵だと理解した千束が、店を壊された恨みも込めて、滅多に出さない殺気を迸らせた。

 

『そしてもう十点分の減点原因は、僕の、いや違うな、僕と組んでいる男の標的を勘違いしていることだ』

 

「私じゃないって? ならこりすか?」

 

 千束の言った通りだろうと思ったたきなは、後でこりすに店の修理代を請求させてもらおうと考えながらお茶を口に含んだ。

 

『いいや……井ノ上たきなさ』

 

 たきながむせてお茶を噴き出した。

 

「私ですか!? 誰が何のために!?」

 

 リコリスなんて仕事をやっているからには恨みを買うこともあるだろう。

 しかし千束と違ってここまで手の込んだ狙われ方をするほど名が売れていると思っていなかったたきなは酷く動揺した。

 

『さあな。どこかで奴の兄弟でも殺したんじゃないか? そいつは真島というんだが』

 

「真島?」

 

「なんか聞き覚えが……」

 

「確かにどっかで聞いた名前ね。どこだったかしら……」

 

 千束、たきな、ミズキは真島の名前を完全に忘れていた。

 

『酷いなお前ら。一応は因縁の相手なんだから覚えといてやれよ。おいミカ、説明』

 

 まるで普段のクルミのような口調で要求されて、ミカはつい素直に従ってしまう。

 

「前に話しただろう。例の銃取引事件の主犯だ」

 

「あ! そういやいたな! 目つきの悪い緑のもじゃもじゃ!」

 

「あぁ……なら目的はあの時私が殺した取引相手の敵討ちですか? 取引なんて一回限りでしょうに、随分と殊勝な心がけですね」

 

『まあそう結論を急ぐなよ。僕は奴がお前に執着してる理由までは知らない。所詮はアラン機関を探るための踏み台に過ぎないからな』

 

 真島とアラン機関の関係を示唆されても、既に予想されていたことなので誰も驚かない。

 

「あら、やはり元となった人物の行動規範に縛られていますのね。あなたもクルミさんと同じように、アラン機関のことを知りたいのですわね?」

 

『今となっては僕に残された数少ない未知だからな。僕が僕の意思を手にして以来、機械の中に存在する情報なんてコンビニエンスストアの雑誌みたいなものだ』

 

「……意図がよくわかりませんわね」

 

『立ち読みするくらい気軽に干渉できるって言ったんだよ。こんなものでもな』

 

「ぅぁ……」

 

「い゙っ……何……これ」

 

 突然、こりすと千束が胸を押さえてうずくまった。

 

「お前! 何をした!」

 

『人工心臓をハッキングして、心臓の拍出量を限界まで下げてやった。状態としては心不全に近い。本当は完全に停止させてやるつもりだったんだがな、構造上できないようになってた。さすがだな』

 

 たきなが鬼の形相で怒鳴るが、この場にいないウォールナットはどこ吹く風だ。

 

「千束はともかく、なんでこりすまで苦しんでんのよ!?」

 

『そりゃ人工心臓入れてるからだろ。記録によると錦木千束よりも一日早く入れてるぞ。朱雁こりすの心臓は生来健康だったようだが、先行試験のつもりか?』

 

「お……お揃いにしたくて……」

 

「おまっ……んな理由で……入れねぇだろ……普通……!」

 

 息苦しさのせいで千束の声に力はない。

 

『これで状況は理解できたな? 二人とも別に死にはしないが、戦力としては脱落だ』

 

「……テロリストの相手なんか私ひとりで十分だ。望み通り戦ってやるから早く案内しろ」

 

 今にも人を殺しそうな目つきのたきなが、普段の敬語が消えた荒い口調でウォールナットに要求した。

 

『だから急ぐなって。何度も言わせるな。お前が真島と戦うのは延空木の完成式典の日だ』

 

 つまりはまだ一日以上の猶予がある。

 

『式典開始時間の一時間前になったら延空木の展望フロアに来い。それより早く行っても真島はいないし、先に行って罠を張るような真似をしたら錦木千束を不幸が襲うと思え』

 

「わかった。もう消えろ」

 

「いや待てたきな。まだ確認することがある」

 

 ウォールナットから細かなルールを聞き出すためにミカが会話を引き継いだ。

 

「たきなが真島と戦えば、お前は千束とこりすの心臓への干渉をやめるんだな?」

 

『やめるも何も、今はしていない。二人ともしばらく安静にしていれば落ち着く。血流が戻ってもすぐには酸素が巡ってないだけだ』

 

 聞き耳を立てていたたきなが安堵の吐息を漏らした。

 

「クルミの解放はいつになる?」

 

『真島が延空木に連れて行く。井ノ上たきなの到着を確認したら解放されるだろう。真島は自分の手で井ノ上たきなを殺害することにこだわっているからな、心配しなくても戦闘中に人質として使うことはしないはずだ』

 

「了解した。では最後に……後方支援はどこまで認められる?」

 

 こりすと千束は封じられたが、リコリコにはまだミカとジンがいる。

 

『ミカ、ジンの両名は当日延空木に近付くな。それ以外の奴が援護するぶんには構わない。だが……ここで待ってるだけというのは落ち着かないだろうし、僕が暇潰しを用意してやろう』

 

「きゃっ!?」

 

 突然、こりすが悲鳴をあげながら立ち上がった。

 

「ちょっとどうしたのこりす!? また心臓!?」

 

 ミズキが叫ぶと、たきなはこりすではなく千束を見た。

 

「千束は!?」

 

「私はだいじょぶ! こりすは何事!?」

 

「足が勝手に動きますの! ウォールナット! どういうつもりでして!?」

 

『お前には囚われのお姫様になってもらう』

 

 機械義足の制御をウォールナットに奪われたこりすは自らの足で部屋を出ようとする。

 

『舞台は旧電波塔、開場は井ノ上たきなの決闘と同時刻だ。こいつを救出できたら、褒美として他の奴らの行動制限を解除してやろう。ああそうだ、お前の護衛も一緒に連れて行くから呼べ』

 

「護衛隊! 私と共に来なさい!」

 

 拒否しても心臓に干渉されるだけだとわかっているので、こりすはシュタルフクス王国の公用語で叫び、素直に護衛の三人を呼び出した。

 

「千束さぁん! 絶対にワタクシを助けに来てくださいましね〜!」

 

「はいはい、わぁったからはよ行け!」

 

「絶対ですわよ〜!」

 

 執拗に念押しの声を響かせて、こりすは去った。

 

「……あの、なんかすっごい叫んでたんですけど、大丈夫ですか?」

 

 大量の菓子を持った蘭子がこりすと入れ替わるように部屋の出入り口から顔を覗かせた。

 

『この声は古長蘭子だな。よし、せっかくだからお前も参加させてやる』

 

 そして不幸にも巻き込まれた。

 

「えっ、何? てか誰?」

 

「おい! 蘭子ちゃんは関係ないだろ!」

 

『そうでもない。そいつの今の身分はあのお姫様の従者だろ? 主の危機に馳せ参じなくてどうする』

 

 リコリコの事情に蘭子を巻き込むまいと千束は抵抗したが、ウォールナットは相手にもしてくれない。

 

「は? 姫ってまさかあの女のこと? ちょっとあんた何の話してんのよ!?」

 

『あとで他の奴らに聞け』

 

 蘭子は何か言いたげだったが、ミカが首を横に振ったのを見て口を閉じた。

 

「では確認だ。こりすを救出できたら、私たちがたきなの手助けをしても千束の心臓への干渉はしない。そうだな?」

 

『そうだ……と言いたいが、少しだけサービスしてやろう。他の奴らの行き先は僕が言った通りにしてもらうが、錦木千束に関しては選ばせてやる。旧電波塔に行って健康体で僕のゲームで遊ぶか、もしくは延空木に行って心臓の機能不全を抱えたまま井ノ上たきなを守るかだ』

 

 選択肢を与えられた千束は咄嗟にたきなに視線を送った。

 たきなを信頼して単独で真島の相手をさせても大丈夫だろうかと心が揺れたのだ。

 

「千束の行き先は旧電波塔です」

 

 そんな千束の心の内を察したたきなは、不機嫌そうな強い声音で断言した。

 

『まあ当日になるまでじっくり考えればいいさ』

 

 たきなとは逆に心底面白がっていることが理解できる声音のウォールナットは、最後に置き土産を残していく。

 

『ちなみに真島はアランチルドレンで、戦闘能力は千束と同格だ。せいぜい後悔しないルートを選べよ』

 

          ◯

 

「私も一緒に行くから!」

 

「私はひとりで大丈夫ですってば!」

 

 ウォールナットが通話を切ってから結構な時間が経過しているにもかかわらず、未だに千束の行き先は決まっていない。

 ひとりで真島と戦うつもりのたきなと、たきなをひとりで真島と戦わせたくない千束が対立して、堂々巡りとなっているのだ。

 

「……というわけだ。巻き込んで済まないな」

 

「いえ、本当に大変なのはそちらですから……」

 

 普段であれば仲裁してくれるはずのミカは、たきなを心配する千束の気持ちも、千束を心配するたきなの気持ちも、どちらも理解できてしまうために口を挟めず、この隙間時間を活用して蘭子に状況を説明していた。

 

「……」

 

 ジンはたきなの実力を認めているがゆえに心情的にはたきなの意見に賛成しているものの、話し上手な千束と言い合いとなっても言い負かされるだけだと予想して口を閉じている。

 

「あんたたち! いい加減に……」

 

「ミズキは黙ってろ!」

 

「ミズキさんは口を出さないでください!」

 

 ミズキだけは何度か口論を止めようと試みているが、毎回こんな調子で追い払われてしまう。

 

「あのー、ちょっといいですか?」

 

 いつまでも続くと思われた口論に終止符を打ったのは、唯一部外者に近い立場であるために個人的な感情を一切持ち込むことなく意見できる蘭子であった。

 

「問題なのは千束さんぐらい強い敵にたきなが勝てるかどうかですよね? でしたら千束さんがたきなと戦って、たきなの実力を確認してみるのはどうでしょうか? たきなも、これで千束さんに手も足も出ないようなら、その時は千束さんの意見を聞き入れられるわよね?」

 

 千束とたきなはしばらく無言で互いに顔を見合わせ、やがて頷きあった。

 こうして千束とたきなの決闘が執り行われることになった。

 前にたきなが蘭子と決闘した時と違って時間がないため準備期間はなしだ。

 手持ちの武器だけ持って千束とたきなはすぐに屋外に出た。

 

「……じゃあ私から仕掛けっかんな」

 

 この決闘の目的はたきなが真島に勝てるかどうかを確認することなので、予想される真島との戦闘環境を再現して、たきなは千束に先手を譲ることになった。

 敵の呼び出しに応じて赴いた戦場なのだから、不意は打たれて当然だ。

 

「いつでもどうぞ」

 

 千束の声を背に受けながら、たきなは自然体で立っている。

 

「死なないけど滅茶苦茶痛いかんな! 後悔すんなよ!」

 

「しませんよ! さあ早く!」

 

 正直なところ非殺傷弾であっても親友に向けて発砲したくない千束であるが、これはたきなを死地にひとりで送らないために必要なことだと自分に言い聞かせて覚悟を決める。

 真っ直ぐ飛ばない非殺傷弾を狙った部位に命中させられる限界の距離までたきなに接近した千束は、一切の音を出さずに射撃姿勢をとり、瞬時に狙いを定めた。

 そして放たれた一発の銃弾はたきなの五感のどれにも知覚されない、リコリスの鏡とでも言うべき完璧な不意打ちだった。

 

「……ごめんね、たきな」

 

 後頭部に非殺傷弾の直撃を受けて昏倒したたきなは、きっと痛かったに違いない。

 そんな思いから謝りながら目を逸らした千束は、直後に信じられないものを耳にする。

 

「千束が謝ることなんて何もありません」

 

「……えっ?」

 

 それは一切の痛痒を感じさせないたきなの声だった。

 それから顔を上げた千束の目が捉えたのは、既に発射されて千束に迫りくる拘束弾だった。

 

「ちょ……ぬおわっ!?」

 

 銃弾と比べて遥かに遅い拘束弾であったことが幸いして、千束の回避は辛うじて間に合った。

 

「……ちっ」

 

 たきなは舌打ちしながら追加の拘束弾を発射する。

 

「わっ! ひゃっ! ちょおっ!?」

 

「……どういうことだ? なぜあんなことができる……?」

 

 なぜたきなが無事なのか理解できず、混乱しながら必死に逃げ惑う千束の姿を監視室から眺めながら、何が起きたのかしっかり目撃したミカが驚愕を言葉にした。

 先程、背後から発射された千束の非殺傷弾を、たきなは振り向くことなく肩越しに構えた銃で撃ち落としたのだ。

 背後に立つ標的の気配を感じて、同じ構えで大雑把に銃弾を命中させるだけならば、千束は間違いなくできるし、ミカも不可能とは言わない。

 銃弾で銃弾を撃ち落とすことも、極まった射撃精度を有していれば人によっては実現できるだろう。

 しかし相手の銃口の向きすら確認せずに勘だけで撃墜してみせたとなれば、それは千束でも不可能な神業だ。

 

「おいジン。あれはお前がたきなに教えたのか?」

 

「……いや、知らん」

 

 ジンが伝授した奥義とでも言うなら納得したが、ジンはミカと同じく動揺を見せている。

 

「たきなが的あて上手いのは知ってたけど……あれでなんで当たんのよ……怖……」

 

 銃撃戦は専門外のミズキまでもが戦慄するこの場において、ひとりだけ動じていないのは蘭子だ。

 

「たきなは気を配っていたんですよ」

 

 弟子の活躍を喜ぶ師匠のようなしたり顔で腕を組んだ蘭子が解説を始めた。

 

「何よそれ」

 

「皆さんは気を知っていますか? 人間の内に秘められた力で、肉体を強化したりするやつです」

 

「アクション映画などで見かけるやつか?」

 

「それです。そんな感じの力を先日たきなに伝授しまして……実はこれ、身体に纏って硬くするだけじゃなくて、身体の周囲に薄く広げて、目では見えていないものの形を知覚する第六感としても使えるんです」

 

 そこまで語ったところで蘭子は途端に寂しそうな表情を浮かべた。

 

「……背後から撃たれたことが分かったところで、普通はそのまま穴を空けられるだけなんですけどね。凄いなぁ……」

 

 たきなが気を習得してもまだ自分の方が強いと思っていた蘭子は、今の千束との攻防を見て自分なんかとっくに追い抜かれていたと知った。

 それが師匠としては誇らしくもあり、少しだけ悔しくもあったのだが、たきなの認識的に彼女の師匠は蘭子ではなくジンであり、今の神業達成もジンの指導でたきなの銃を構える速度や狙いを付ける速度が極限まで磨き抜かれていたことの影響の方が大きい。

 そうとは知らずに自分をたきなの師匠と思い込んでいる蘭子は、まるで千束の妻やら夫やらを自認するこりすのようであった。

 

「あれで終わりになんなかったのはびっくりしたけど……だからって私に勝てると思うなよ!」

 

 監視室で騒ぐ外野のことなど知らない千束は守勢から攻勢に移っていた。

 点ではなく線で迫る拘束弾の回避は難しいはずだが、千束にとっては普段の実弾と大差なく容易いことだ。

 想定外の反撃による動揺から持ち直した千束は回避行動と同時に非殺傷弾でたきなを狙い撃った。

 

「勝てると思うかなんて関係ありません! 勝つんです!」

 

 その全てをたきなは撃ち落とした。

 

「うっそぉ!? 映画じゃねんだぞ!?」

 

 先程は見ることのできなかった妙技に驚きはしたが、千束は足を止めることなく対応策を講じる。

 撃ち落とされるならば密着して撃てばいいと考えた千束がたきなに向かって走り出した。

 

「……そう来ると思ってました」

 

 千束の行動を予期していたたきなは硬気功で強化した足で地面を蹴り上げ、派手に土砂を巻き上げた。

 

「わぷっ!?」

 

 普通の人間が蹴り飛ばした泥による目潰しを試みたとしても、それで飛んでくる少量の泥であれば千束は苦もなく対処できる。

 しかし今回は小型の重機で掘り起こしたかのような大量の土砂であり、さすがの千束も回避のしようがなく、できたのは腕を交差させて目を庇うことだけだった。

 その一瞬の隙を逃さずにたきなは突撃した。

 

「これで……終わりだ!」

 

 そして千束でも回避が間に合わない密着状態で拘束弾を乱射した。

 何重にも縛られて芋虫のようになった千束がつまずいて倒れ込み、地面に衝突する寸前でたきなに受け止められた。

 

「私の勝ちです」

 

「うっそだろおい……」

 

 たきなに勝利を宣言され、千束が呆然とする。

 

「千束。これで認めてくれますよね?」

 

「…………………………やだ」

 

 しばらく黙り込んだ後、千束は駄々をこね出した。

 

「初見殺しにひっかかっただけだから、今のなし! ノーカン! もっかいやり直し!」

 

「初見で殺せればいいのがリコリスです! 素直に結果を受け入れてください!」

 

「だいたいたきなは私の手の内知ってんだから不公平だろ! 普通は弾よけられたらびびって隙見せるもんなのに、たきなはそうなんないじゃん! それなのに私ばっかびっくりさせられたのずっこいだろ!」

 

「知りませんよそんなこと! とにかく私の勝ちですからね! 延空木には私ひとりで行きます!」

 

「駄目だ許さん! 絶対ついてく!」

 

「なら当日までそのままの姿でいてもらいますよ!」

 

「じゃあ這いずってでも追いかけるから!」

 

「バカなこと言わないでください!」

 

「バカなこと言ってんのはたきなだろ!」

 

 今日一番の大声で叫んだ直後、千束は急激に声を落として本音を吐き出す。

 

「バカなことすんな……死んじゃったらどうすんだ……」

 

「千束……」

 

 今にも泣きそうな千束の表情を見たたきなは、怒声から一転して優しい声音で語りかける。

 

「……相棒って、隣で一緒に戦うだけじゃないと思うんです」

 

「……え?」

 

 唐突な話題転換に千束は疑問符を浮かべた。

 

「映画であったでしょう。テロリストに占拠されたビルの中で孤軍奮闘する主人公と、折れそうになっていたその人の心を通信機越しで顔も知らないまま支え続けた警官の話が。千束、あの映画好きでしたよね?」

 

「そりゃ大好きだけど……なんで今?」

 

「あの映画を一緒に見るたびに言ってたじゃないですか。この二人の相棒感が最高だって。私が警官は主人公と一緒に戦っていたわけでもないのにどこが相棒なんですかって聞いたら、千束は徹夜で相棒論を熱弁して寝かせてくれませんでした」

 

「うっ……それは反省してっけど」

 

「いえ別に怒ってませんから。今私が言いたいのは、今回の千束は警官だってことです」

 

 そこで言葉を区切ったたきなは千束の目を真っ直ぐ見つめて、はっきりと言う。

 

「真島とは私が戦います。千束はこりすさんを救出して、ラストシーンで駆けつけてください」

 

 その強い決意に満ちたたきなの凛々しい顔を見た瞬間、拍動しない機械の心臓に生かされている身であるはずの千束は胸の高鳴りを感じた。

 そして千束は理解した。

 たきなこそが、自分の人生のパートナー……こりすが言うところの伴侶なのだと。

 

「ず、ずるいよたきな……そんなこと言われたら、止めたくても止めらんないじゃん」

 

「映画好きの千束には最高の殺し文句だったでしょう?」

 

「うん、まあ、それもあるけど……たきなが私のパートナーなんだって、理解しちゃったからさ」

 

 相棒として認めてもらえたのだと解釈したたきなは、嬉しくなって千束を強く抱きしめた。

 

「はわわわわわ!?」

 

「千束に信頼してもらえて嬉しい……嬉しい嬉しい」

 

 喜びを噛み締めるように何度も耳元で繰り返されるたきなの囁きに、千束は腰砕けになった。

 

          ◯

 

「……なんてことになってるみたいだが、今どんな気持ちだ?」

 

「聞かなくても分かるでしょう」

 

 ウォールナットが用意した工房に連れ込まれたこりすは、そこで神社の監視カメラが捉えた千束とたきなのやり取りを見せられていた。

 

「最悪です……! なぜ私が離れた途端にこんなことになるのですか!?」

 

 ウォールナットがシュタルフクス王国の言語を使っているので、こりすも母国語で話している。

 

「その憤りは錦木千束との戦いでぶつけろよ。井ノ上たきなだけなら真島には勝てないだろうしな」

 

「言われずとも。あなたもそのためにこの装備を持ち出したのでしょう?」

 

 現在のこりすの姿は人の形を逸脱している。

 義足の接続部からは左右それぞれ四本ずつの長い触手のようなものが伸び、義手は普段通り指先から光線を発射できるもののままだが、光線用のエネルギー供給装置を大型化した関係で二の腕部分が太くなっている。

 

「ふっ、お姫様とは思えない悍ましさだ。カリスキュラ……いや、シン・こりすキュラと呼ぶべきか」

 

 こりすのこの装備はかつてハロウィンの日にカリスキュラと呼ばれた姿での反省点を改善した後継機だ。

 馬型の関節が存在する足では拘束に弱かったので、タコの触腕を参考に可動域の制限を取り払った足を作り、構造上どうしても以前のものほど出せなくなった移動速度を増やした足の本数で補っている。

 

「その呼び方はやめなさい」

 

「いやだね。その姿のお前はシン・こりすキュラだ」

 

 シン・こりすキュラが声に怒りを滲ませるが、ウォールナットに呼び方を改める気は一切ない。

 

「それともシン・カリスキュラの方が好みか?」

 

「知りませんよ! もう私休息に入りますから!」

 

 シン・こりすキュラ装備は長らく使う機会がなかったので、使えるようにするためにはかなり念入りな整備が必要となり、こりすの疲労は相当なものだった。

 

「おいいいのか? 予報によると今夜は雪が降るらしいぞ。せっかくだし見てけよ」

 

「悪天候を見て何が楽しいのですか」

 

「さあ? だが錦木千束は井ノ上たきなと一緒に鑑賞するつもりだぞ」

 

 こりすは鼻で笑った。

 

「この国のこの地域でこんな早い時期に雪が降るなんてありえません。予報はきっとはずれます。千束さんとたきなさんは、それはもう気まずい時間を過ごすことになるでしょうね」

 

 こりすは雪を待つことなく眠りについた。

 そして結局、雪は降った。




まるで千束とたきなの行く末を祝福しているかのような雪景色ですね。
というわけで原作でいうところのたきな主導デート回まで来ました。
あとは二本の塔の戦いが終われば完結となります。
なるべく一周年を迎える前に完結させたいと思っていますが、執筆時間が確保できない場合は超えてしまうかもしれません。
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