首刈コリス   作:ことのはだいり

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第23話 Do you not have a human heart?

「もう限界っすよ!」

 

「うっせえ! 泣きごと言ってないで戦え!」

 

 たきなが到着するよりも早く、延空木ではリコリスとリリウムの戦闘が始まっていた。

 現在DA本部の情報統制AIラジアータはウォールナットにより完全掌握されており、そこから連鎖的にハッキングを受けたリリウムはこりすを救出した千束がたきなの援軍に来た時の足止め役として延空木内に配置された。

 それを放置できなかったのがDAの上の者たちであり、それを好機と見たのが楠木だった。

 どうせリリウムに処刑させるつもりだったのだから、リコリスと衝突させることに何の問題があろうものか。

 もしもリコリスの手でリリウムを鎮圧できたのなら、その時はリコリスの存続を認めてほしい。

 そんな楠木の申し出を上が認めたことにより、リコリスは軟禁から解放され、そのまま延空木に投入された。

 

「ここで逃げても先はねえ! あいつらをぶっ壊さねえとどのみちリコリスは生き残れねえんだよ!」

 

 生活の補助を受けられない状況はストレス耐性を調べるためのものであるなどと嘘をついた理由も含めて、リコリスたちは任務開始前にフキから真実を教えられている。

 

「それはわかってるっすけど! リコリスの代わりって言う割にこいつら強すぎなんすよ! あーしらじゃあんなでかいの使えないのに!」

 

 フキとサクラのペアは回転式機関銃を装備した一体のリリウムに苦戦していた。

 少女の細腕で成人男性を遥かに超える腕力を発揮するリリウムは巨大な装備を軽々と振り回す。

 

「……本来はリリベルの代替品って話だからな。鍛えた男が使うような装備も当然のように使ってきやがる」

 

 障害物に隠れて銃弾の雨を凌ぎながら、フキはリコリスの主装備である小さく頼りない拳銃でリリウムを撃った。

 

「……ちっ。やっぱ通らねぇか」

 

 製造費用削減のため軽装甲のリリウムであるが、暗殺を目的とせず少女に偽装する必要のない今回は追加の防弾装甲を纏っているため、フキの弾丸は呆気なく弾かれてしまった。

 しかし、それで構わなかった。

 フキは初めから自分の攻撃でリリウムを仕留めようとは思っていないのだから。

 

「今だよ! みんな撃って!」

 

 フキとサクラが正面から引き付けている間に迂回してリリウムを包囲したリコリスの部隊が、セカンド・リコリスである蛇ノ目エリカの合図で一斉に拘束弾を放った。

 リコリスに支給される拘束用ワイヤーはかなり頑丈で、リリウムの腕力をもってしても簡単には切れない。

 生身の人間と違って痛みを感じないために多少は関節の制限を無視して無茶な動きができるとしても、人の形を模してしまったからにはどうしても構造的にできない動きがあるため、軟体動物のようにすり抜けることも不可能だ。

 

「……よし、進むぞ」

 

 無力化したリリウムを放置してフキは部隊の先頭に立った。

 一斉に襲いかかって千束に間をすり抜けられては困るので、リリウムはそれぞれ離れた場所に配置されている。

 そのおかげでこれまでリコリス部隊は単体のリリウムとしか遭遇することがなく、どうにか被害を出さずに数体のリリウムを倒せている。

 

「おいサクラ! さっさと来い!」

 

「せっ、先輩……ちょっと休憩を……」

 

 この戦法はリリウムの銃口に身を晒して囮となるフキとサクラの負担が大きい。

 ここしばらくの少ない食事の影響もあり、サクラはもう限界だった。

 

「……エリカ。サクラと代われ」

 

「わかった。任せて」

 

「部隊の指揮はヒバナに」

 

「了解」

 

 動きが悪くなったサクラが無理に囮役をやっても死ぬだけだ。

 そう判断してフキはサクラを休憩させ、代わりとしてエリカを囮役に選んだ。

 

「……そいつで、いいんすか? 前に大ポカやらかした奴っすよ」

 

 かつて蛇ノ目エリカは敵に捕まってフキたちへの人質にされるという失態を犯している。

 サクラの言葉は嫌味に聞こえるが、この状況で囮役が失敗するとリコリスの全滅もあり得るのだから、必要なことを確認しているだけで悪意はない。

 

「……こん中で一番私の動きわかってんのがエリカなんだよ」

 

 この場にエリカよりも優秀なリコリスはいるが、エリカほどフキのペアとして向いているリコリスはサクラを除けば存在しない。

 

「たきなの代わり、私がちゃんとやるから」

 

 それはたきなに並々ならぬ感情を抱いているエリカが、いなくなったたきなの影を追い求めてDA本部に残されていたフキのペアだった頃のたきなの記録を執拗に読み込み、その影響を強く受けた結果だ。

 

「ならいっすけど……お前! 今度はヘマすんなよ! 人質になったら纏めて縛っからな!」

 

 サクラの巻き添え宣告にエリカは微笑む。

 

「うん。そうなったら私のことは見捨てて」

 

「決まりだ! 進むぞ!」

 

 フキの号令でリコリス部隊の進軍が再開した。

 

          ◯

 

「いい? 向こうが終わったらすぐに千束たちを運んでくるから! 無理だって思ったら隠れてやり過ごしなさいよ!」

 

 延空木まで車を出したミズキがたきなに念を押した。

 この後、ミズキは人員輸送のためにいつでもヘリコプターを動かせる状態で待機する予定だ。

 

「わかりました。けど……こっちが先に終わって私が千束を助けに行くことになるかもしれません」

 

 これは強がりではなく、生真面目であるがゆえの本気の確認だ。

 

「それならそれでいいわよ! とにかく……あんた絶対死ぬんじゃないわよ!」

 

 たきなの両肩を掴んでミズキが激励した。

 いつもの悪酔い姿からかけ離れたミズキに苦笑しながら、たきなは強く返事をする。

 

「はい!」

 

 それから延空木に単身で突入したたきなが最初に目にしたのは、大量のワイヤーで縛られて床の上でもがいているリリウムと、多数の弾痕だった。

 自分以外の何者かが既に戦闘を開始している。

 その何者かがリコリスであると察したたきなは体力の温存をやめて移動速度を上げた。

 

「後ろだ防御しろぉ!」

 

 やがてたきなが前線に追いついた時、リコリス部隊は窮地に陥っていた。

 死んだり捕縛されたりすれば味方に情報を伝達できなくなる人間と違い、リリウムは完全に機能停止するまで情報をラジアータに送り続ける。

 リコリス部隊の囮戦法をラジアータ経由で把握したウォールナットは、これ以上リリウムを減らされては千束の足止めに支障が出ると判断し、分散していたリリウムを集結させてリコリスにぶつけることにしたのだ。

 その結果、囮として先行したリリウムを相手にこれまでと同じように包囲を試みたリコリスたちは背後を別のリリウムに襲われた。

 即座に襲撃を察知したフキが声を張り上げて防御の指示を出したが、それに反応できたのは一部のリコリスのみであった。

 機関銃による乱射を浴びせられて、防御も回避もできなかった多数のリコリスが即死し、防御できたリコリスもほとんどが負傷した。

 

「ぁっ……」

 

「サクラぁ!」

 

 乙女サクラは鞄に仕込まれた防弾エアバッグの展開こそ間に合わせたが、エアバッグの防御効果は一瞬であるため、運悪く効果時間後に飛来した銃弾を受けて深手を負ってしまった。

 

「フキ! こっちも狙われてる!」

 

「なっ……ぐあっ!?」

 

 立っているのがフキとエリカだけになれば、リリウムの狙いも当然そちらに移る。

 地を這うような低い姿勢での回避行動を得意とするフキに対し、取り回しの悪い巨大な機関銃で狙いをつけるのは難しいと判断したウォールナットの操作により、リリウムは機関銃を鈍器代わりに叩きつけてきた。

 鞄を割り込ませても小柄で体重の軽いフキは吹き飛ばされ、壁に衝突して崩れ落ちた。

 

「フキぃ!」

 

 そして最後に残されたエリカにも、もう一体のリリウムが迫った。

 銃弾を回避できるほどの能力がないエリカに対して、リリウムが機関銃の銃口を突き付けた。

 

「あっ……たき……な……」

 

 死を確信したエリカは、迫る恐怖に目を閉じて、自然とたきなの名前を呼んだ。

 

「エリカ! 伏せて!」

 

 そこに、たきなは駆けつけた。

 それが夢にまで見たたきなの声であったためか、エリカは咄嗟に反応して床に伏せることができた。

 さっきまでエリカの頭があった空間を通り抜けて、機銃掃射による大量の銃弾がリリウムを襲った。

 拳銃で数発撃たれた程度ならば戦闘を続行できるリリウムも、完全に粉砕されてしまえばそれまでだ。

 

「……これやるの、二回目だ」

 

 フキを襲っていたリリウムから奪い取った機関銃を放り捨て、自分が喫茶リコリコに行くきっかけとなった行動を懐かしみながら、たきなが微笑んだ。

 

「たきな……? たきななの?」

 

 エリカは床に座り込み、縋るようにたきなを見上げた。

 

「DAに戻って来てくれたの? 私を……私たちを助けるために……!」

 

 動けずにいるエリカの横を通り過ぎて、たきなは何も言わずに前へ出た。

 それは既に新たなリリウムが迫っていたためだったが、結果としてエリカの問いかけを無視することになった。

 

「たきな……? どうして何も言ってくれないの?」

 

 エリカが見つめる先で、たきなは次々とリリウムを打ち倒していった。

 時に拘束し、時に奪い取った機関銃で粉砕し、時に蘭子から手ほどきを受けた発勁で内部の制御機構を破壊した。

 

「何……それ……」

 

 それはエリカが知っているたきなの戦い方ではなかった。

 それはエリカと同じリコリスの戦い方ではなかった。

 

「知らない……私そんなの知らないよ……」

 

 同じ教育課程を通過し、同じ色の服を与えられ、少し前までは同じ場所で生活していたはずなのに、今のたきなは明らかにエリカの知らない誰かの影響で変えられていた。

 

「何ぼーっとしてんだよ! 今のうちにサクラたちの手当てすっから手伝え!」

 

「いなく……なっちゃった……」

 

「ああ!?」

 

「私のたきながいなくなっちゃった! うぁ……ぁあぁあああ!」

 

 フキに怒鳴られても頭の中がぐちゃぐちゃになったエリカは動けず、ただ泣き叫ぶことしかできない。

 

「行かないでよ……戻って来てよぉ!」

 

 エリカがどんなに手を伸ばしても、たきなの背中はどんどん遠ざかるばかりだ。

 やがて集まってきたリリウムを全滅させたたきなは、あまり真島を待たせてはクルミに危害を加えられるかもしれないと考えてそのまま速やかに先へと進み、後に残ったのは大勢の負傷したリコリスと、放心して動かなくなったエリカと、救護作業のためにたったひとりで忙しなく駆け回るフキだった。

 

          ◯

 

「よぉ……待ってたぜ」

 

「たきなぁ! 来てくれたか!」

 

 待ち合わせ場所に到着したたきなを真島は攻撃することなく出迎えた。

 

「……意外ですね。会話なんてせずにいきなり攻撃されると思っていましたが」

 

 気を配ることで視界に捉える前から真島が臨戦態勢にないことを認識していたたきなは、真島が連れて来たクルミを巻き込まないように、銃を構えることなく真島の前に姿を見せた。

 

「それじゃバランス取れねえだろ。よーいドンで始めようぜ」

 

「そちらがその気なら私もそれで構いません」

 

 たきなは真島の隣に立っているクルミに視線を送る。

 クルミは特に拘束されておらず、暴行を受けた様子もなく、食事もしっかり出されていたのか顔色も悪くない。

 状態次第で護衛しながらの戦いになるかと思っていたが、この様子ならば真島に睨まれてさえいなければクルミは自力で延空木から脱出できそうだ。

 

「ですが、その前にその子を解放してもらいます。私が来たら解放するって話でしたよね?」

 

「ああ、わかってるさ。お前がこれを着けたら解放してやる」

 

 真島が手に持って揺らしたのは首輪だった。

 それは前にこりすが着けていたような革製のものではなく、金属製の機械らしい外見をしている。

 

「安心しろ。爆弾なんかじゃねぇ」

 

 真島が首輪を投げて渡した。

 本当に爆弾でないか疑わしかったが、今の段階で危害を加えるつもりなら先程たきなが到着した瞬間に攻撃されていたはずなので、たきなは覚悟して受け取った。

 

「首に着けろ。隙間からはめれば勝手にロックされる」

 

 視力検査の輪のような隙間を通してたきなが首輪を装着すると、真島が言った通り自動で隙間が埋まって外せなくなった。

 

「よーし、それでいい。おい、お前はもう行っていいぜ」

 

 もしかしたらたきなを挑発するために背後から撃ってくるのでは。

 そんな懸念からクルミはまるで臆病な小動物のように真島の方を向きながら少しずつ後退して、ある程度離れたところで一気に走ってたきなの背中に隠れた。

 

「おいおい、まさかそいつを背負いながら俺と戦うつもりか? 待っててやるから、どっかにやれよ」

 

「……クルミ。このスマホでミズキさんに連絡できます。外に出て、迎えに来てもらってください」

 

 たきなはクルミに自分の携帯端末を手渡した。

 ひとりで逃げろと言われたクルミは、不安そうにたきなを見上げた。

 

「たきなは一緒に来ないのか……?」

 

「私は奴を倒してから追いかけます。さあ、行って!」

 

「……わかった! 死ぬなよ!」

 

 クルミが展望フロアから逃げ出して、たきなは真島と二人っきりになった。

 

「さて……始めましょうか」

 

「ああ……と言いたいとこだが、その前に確認させろ」

 

 真島は怪訝そうな顔でたきなを見ている。

 

「お前、ここ最近で心臓の病気にでも罹ったりしたか?」

 

「は? 突然何を……」

 

「……思い当たる節はねえってか。いや……だが明らかに音が……」

 

 呼び出しておきながら理解できない独り言を垂れ流すばかりの真島にたきなは苛立った。

 

「おい……いい加減にしろ。こっちも暇じゃないんだ」

 

「……そうだな。見た目と声は間違いねえんだ」

 

 真島は懐からスイッチのようなものを取り出して、躊躇なく押した。

 延空木の展望フロアは輪の形をした足場の中央にガラス張りの穴があって、そこから地上を見下ろせる構造だ。

 そのガラスが真島によって起爆された小型爆弾で砕け散った。

 

「……何のつもりですか?」

 

「舞台作りさ。お次はこれだ」

 

 真島が指を鳴らすと、展望フロアの出入り口から夥しい数の自走式掃除機が入り込んできた。

 

「そいつらは接触で起動する爆弾だ! 足場を壊したくなきゃ、お前もこっちに来な!」

 

 真島が落下防止柵を跳び超えて床の抜けた中央の穴に身を投げた。

 一見して投身自殺のような行為だったが、真島は落下することなく空中に立った。

 

「これは……糸!」

 

 よく見ると穴の上には落下防止柵に結ばれたワイヤーが蜘蛛の巣のように張り巡らされており、真島はそれにバランスよく乗っているのだ。

 

「乗ったら切れるハズレの糸なんか用意してねえから、安心して跳び乗れよ! それともバランスに自信はねえか!?」

 

 おそらく真島はバランス感覚に自信があるのだろう。

 この不安定な足場の戦場こそ、真島がたきなを仕留めるために用意した罠なのだ。

 

「……まさか! 余裕ですよ!」

 

 たきなはその罠にあえて飛び込んだ。

 綱渡りの練習などしたことはないが、足元を見なくても気を配ってワイヤーの位置を把握できるたきなであれば十分に戦えると判断しての選択だ。

 

「っは! それでこそだぜ! さぁ……せいぜいバランスを取らなくっちゃあなぁ! 井ノ上たきなぁ!」

 

 銃で撃たれても、爆発に巻き込まれても、意識を失った状態で川に沈んでも死なない、異次元の生存能力。

 音で周囲の全てを把握し、嘘すらも見抜く人外の聴力。

 そして聴力と同様の神経が関与するためか、これもまた非凡の域にある平衡感覚。

 天より与えられし三つの才能を余すことなく活用して、人殺しの天才がたきなに襲いかかった。

 

「……その技、やっぱり井ノ上たきなで間違いねえな」

 

 挨拶とばかりに真島がたきなの額を目掛けて撃った銃弾が、遅れて発射されたたきなの銃弾に相殺された。

 

「だが! 自分の身は守れても、こっちならどうだぁ!?」

 

 たきなが足場としているワイヤーが真島の銃弾に撃ち抜かれて千切れた。

 自分に向かってくる銃弾ならばどうとでも撃墜できるたきなだが、自分から離れた場所に撃たれた銃弾の場合は遅れて撃った銃弾では追いつけないため干渉のしようがない。

 

「くっ!」

 

 たきなは落下する前に他のワイヤーにどうにか跳び移ったが、揺れる足場の上でバランスをとるのが難しく、すぐには動けない。

 そこに再び真島による足場破壊が行われた。

 

「逃げてばっかかぁ!? ならお前が落ちるまで続けてやんよぉ!」

 

「……させるか!」

 

 着地直後の揺れる足場では狙いが定めづらくても、跳躍して空中にいれば安定する。

 たきなは極まった早撃ちで真島の銃に命中させ、その手から弾き飛ばした。

 本当は銃よりも頭に撃ち込むべきなのだが、いのちだいじにという千束の望みに加えて、銃取引の主犯として重要な情報源でもあるため、自分の身が危険に晒されるまでは極力生け捕りを目指すつもりなのだ。

 

「ちぃっ! だがこんなもんならいくらでもあるんだよぉ!」

 

 吹き飛んで地上に落下していく銃に目もくれず、真島が新しい銃を取り出した。

 そこからはその繰り返しだった。

 千丁の銃の一部であろう真島の銃は何度吹き飛ばしても新しいものが取り出され、ついに身に着けていたものが尽きたかと思えば飛行型ドローンが運んでくる。

 一方で足場のワイヤーには限りがあり、やがて真島とたきなは最後に残ったワイヤーの上で相対した。

 

「……お前、もしかして頭撃ってりゃとっくに終わってたとか思ってねえか?」

 

「……実際その通りでしょう。殺すだけならいつでもできました」

 

「舐めんな。一対一で狙われたのが自分の身体だったら俺は避けられんだよ。それをお前はしつこく武器ばっか狙いやがって」

 

「確認してみたいところですけど、残念ながら今回は生け捕りにすると決めているので」

 

 小休止に挑発の応酬を終えた二人は、この状況であれば銃よりも格闘戦の方が有効だと考えて同時に銃をしまった。

 

「リコリスってのはバランスの悪い存在だな。悪モンなんざ大抵は大人の男だぜ。女子供じゃ殴り合いなんてまともにできやしないだろ」

 

「大半はそうですね。でも、中には例外だっていますよ」

 

「そうかい……なら、お前がそうか試してやんよ!」

 

 不安定な足場をものともせずに、真島がたきなに飛び掛かった。

 真島ほどのバランス感覚を持たないたきなは、その場から下手に動くことなく迎撃の構えを見せた。

 そして二人がぶつかり合おうとした、まさにその時である。

 

「……は?」

 

「……え?」

 

 突然一斉に爆発した自走式掃除機が落下防止柵を粉砕し、二人が足場にしていたワイヤーが支えを失った。

 こうなってしまうと、もはやバランス感覚など関係ない。

 たきなと真島は同時に落下を開始した。

 延空木の展望フロアは頂上ほどの高さではないが、人が落下すれば間違いなく即死する。

 およそ十秒か、それ未満の時間で何らかの対処をしなければ、待っているのは確実な死だ。

 このまま行けば地面に激突すると考えたたきなは、硬気功で身体を強化して、着地の直前に鞄に仕込まれた防弾エアバッグを膨らませることで衝撃に耐えようと試みた。

 一方で真島はたきなに掴みかかった。

 

「道連れにする気……!?」

 

 真島の行動が回避行動を妨害して自分ごと地面に衝突させるためのものだと考えたたきなが焦りを見せた。

 

「ちげえよ。死ぬのはお前だけだ!」

 

 エアバッグの展開ができないまま地面が迫り、衝突する寸前でたきなの身体は上向きに引っ張られた。

 

「ぐぅ!?」

 

 たきなを引っ張ったのは真島に着けさせられた首輪だ。

 この首輪はこりすの地下収容施設の囚人たちが着けていたものと同じで、起動するとこの星そのものに反発して設定高度まで浮かび上がる。

 囚人たちの首輪と異なるのは、起動条件が収容施設からの脱走ではなく、高度が急激に下がることだった点だ。

 

「くくく……ははははは! 俺の勝ちだぜ! 井ノ上たきなぁ!」

 

 たきなの身体が浮かび上がると知っていた真島は、たきなに掴まることでバンジージャンプのように落下途中で停止し、再び上空に戻る前に手を離した。

 まだ少し高さはあったが、真島の身体能力であれば十分に受け身をとれる。

 地面に降りた真島は、今頃は首が折れた死体となって延空木の展望フロアの真下に吊り下げられているであろうたきなを見上げながら大いに笑った。

 遠くてたきなの死に顔は見えないが、協力者のハッカーがこの国の情報統制を停止させている今ならば、間もなく延空木を登る一般人たちがネットに流出させてくれることだろう。

 

「しっかし……なんだって爆発しやがった?」

 

 真島がたきなと一緒に落下する予定などなかった。

 爆弾掃除機の操作はウォールナットに任せていたのだから、それが爆発したということは裏切られたのだろうと真島は思い至った。

 ウォールナットはアラン機関の依頼で真島を支援するという話だったので、裏切りがウォールナットの独断なのか、あるいはアラン機関の指示なのかは不明だ。

 しかし真島にとってはどうでもいいことだ。

 

「くく……両方潰してやんよ。そうしねえとバランスとれねえからな」

 

 とはいえ通信でしか話したことのないハッカーも、支援対象への接触を避けているアラン機関の人間も、まずは見つけるところから始めなければならない。

 さてこれからどう動いたものかとその場で立ち止まって考えていた真島は、ふと奇妙な音に気づいて上を見上げた。

 

「……あぁ?」

 

 そこにあったのは白くて大きな風船のようなものが真島を押し潰そうと迫り来る光景であった。

 

「おいおいおいおいおい!」

 

 真島は慌てて風船の着弾地点から飛び退いた。

 大きな破裂音と共に風船が割れて、砂煙が巻き上がった。

 

「……まじかよ。あれやられたら普通死ぬだろ」

 

 まだ姿を目視できない段階で、真島の耳は砂煙の中から立ち上がる者を捉えていた。

 

「……ぶづゔば……やめだので」

 

 やがて視界が明瞭になると、そこには満身創痍の井ノ上たきなが立っていた。

 喉が潰れたためか声は嗄れ、着地の際に負傷したのか額からは血が流れ、曲がってはいけない方向に折れ曲がった左腕は力なく垂れていた。

 それでも、確かにたきなは生きていた。

 

          ◯

 

 落下の衝撃に備えて硬気功で全身を強化していたたきなは、そのおかげで首輪に引き上げられた時に首の骨が折れずに済み、骨に守られている脊髄も傷つかなかった。

 しかし上昇後も首輪ははずれなかったので、脳に血液を送る血管が潰された影響で気を失い、気管が潰されて窒息死を待つ状態となっていた。

 そんなたきなを救ったのは、延空木を降りようとするも途中でリコリスの一団を見つけて上に引き返したクルミであった。

 状況を見て首輪が浮遊する首吊り装置であると理解したクルミはたきなから貰った携帯端末でハッキングを試みた。

 それと同時にたきなの意識がない状態で首輪が外れても落下死が確実だったので、真島に銃を運んでいた飛行ドローンを操作してたきなを受け止めようともした。

 最終的に首輪の解除には成功したものの、クルミはドローンでたきなを受け止めることができなかったのだが、真島に負けたままでは終われないという執念のためか、あるいは絶対に千束のもとに帰るという誓いのためか、たきなは自力で意識を取り戻し、こうして真島の前に立ちはだかっている。

 

「げっぢゃぐを、づげまじょう」

 

「……ああ。その聞くに堪えねえ声を今度こそ永遠に消してやるよ」

 

 真島とたきなは同時に銃を抜き、撃った。

 そして次の瞬間、真島は拘束弾の直撃を受けていた。

 

「…………………………は?」

 

 縛られて地面に倒れながら真島は見た。

 井ノ上たきなが真島の弾丸を相殺するために使った右手の実弾銃とは別に、折れていたはずの左手で拘束弾の発射装置を真島に向けている姿を。

 

「軟気功。人間の自然回復力を高める力です」

 

 たきなは折れた左腕を動かせる程度までならすぐに治せるとわかっていた。

 それをあえて治さずに真島に見せることで、警戒心を緩めさせて奇襲したのだ。

 

「映画じゃねえんだぞ……!」

 

「ええ……この敗北は、現実ですよ」

 

 たきなは一切の慈悲なく追加で拘束弾を放ち、真島を完全に拘束した。

 リリウムとリコリス、そして真島とたきなが入り乱れた延空木の戦いは、こうしてたきなの勝利という結果に終わったのであった。




バンジーやらエアバッグやらを使った程度じゃ電波塔から落下して死なないはずないと思うかもしれませんが、原作アニメからして無策で落下して生き残る人がいるので、この世界では大丈夫ということでお願いします。
ところで、こりすを助けて延空木に来るはずだった千束は……?
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