首刈コリス   作:ことのはだいり

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自分で命名しておきながらシン・をつけ忘れていたので、投稿日の翌日に付け足しました。


第24話 I may not look it, but I'm actually quite tough

 たきなの延空木到着と時を同じくして、ジンが運転する大型車両は旧電波塔を目前にしていた。

 

「そろそろ到着だ。奇襲に注意しろ」

 

 運転は可能だとしても足が悪いならば無意味に酷使するなとジンに気遣われて助手席に座っているミカが、無口な友人に代わって後部座席の千束と蘭子に忠告した。

 ウォールナットが千束たちに何をさせるつもりなのかは明言されなかったが、クルミのようにボードゲームで遊びたいだけということはありえないだろうし、命がけの戦闘行為は避けられないと車内の誰もが覚悟している。

 

「襲ってくるとしたら、やはりあの女のロボットでしょうか」

 

「それかこりすと一緒に連れてかれたあんぽんたんトリオとか」

 

「後者だ」

 

 少女たちの推測にジンは確信を持って答えた。

 なぜなら既に視認していたのだから。

 

「後ろのでかい建物に近付く奴は……全員ぶっ飛ばせだとよぉ!」

 

 旧電波塔から飛び降りてきたのだろうか。

 斜め上から降ってきたポンジョルノが巨大な拳を振り上げた姿で迫り来る。

 

「衝撃に備えろ!」

 

 無言のジンがアクセルを全力で踏み込み、ミカがジンの意図を察して警告を叫んだ。

 一気に加速した車両はポンジョルノの真下を通過して、空振りとなったポンジョルノの拳が地面に大きなクレーターを作った。

 

「ちょいちょいちょいちょい!? 飛んでる! 飛んでるぅ!」

 

「あんの筋肉ハゲめえええええ!」

 

「各自脱出しろ!」

 

 ジンの判断で一行の車は直撃こそ回避したが、後方から強烈な風圧を受けて回転しながら跳ね上げられてしまう。

 

「こんにゃろ!」

 

 車の扉を蹴破って四人がそれぞれ脱出し、その途中で千束が非殺傷弾をポンジョルノの後頭部に撃ち込んだ。

 

「……虫でも引っ付いたか?」

 

 直撃を受けておきながら一切の痛痒を感じた様子のないポンジョルノが頭を掻きながら振り向いた。

 

「千束さん、あいつは見ての通り無駄に頑丈です。倒すとなると時間がかかるでしょうし、ここは私が足止めを……」

 

「いや、ここは足の遅い私が残る」

 

 前に出ようとする蘭子を手で制して、大型ショットガンを構えたミカがポンジョルノの前に立ちはだかった。

 

「……行くぞ!」

 

 ミカの覚悟に応えるように、ジンが大声で指示を出した。

 足の悪いミカが千束と同じ速度で走ることは難しい。

 ここで足止め役として置いていくのが最も合理的だと理解している千束も感情を抑えてジンに追従し、千束に異論がないならそれで良いと蘭子も追いかけた。

 

「なんだよおい、その程度の筋肉の奴がひとりで俺と戦うつもりか?」

 

「筋肉はただ無闇につければいいものではない。目的に応じた最小限の部分のみを鍛えてこそ、力と速度の両立が成される」

 

 ミカはシュタルフクス王国の言語で話したが、内容が難しくてポンジョルノには伝わらなかった。

 

「……ん? 何言ってんのかわかんねえが……まあとりあえずぶっ殺す! 俺はポンジョルノ! 殴った奴がポンと弾け飛ぶからポンジョルノだ! カリス様に貰ったこの名前の通り……お前もポンポンさせてやらあ!」

 

 鍛え抜かれたミカであっても直撃すればポンとなる巨拳を握り、ポンジョルノがミカへと突進した。

 

          ◯

 

「ふん……ポンジョルノめ。ひとりで先走ったかと思えば、足止めすら満足にできないとは……」

 

「筋肉ハゲの次はインテリ風ロン毛ね」

 

 旧電波塔に突入してすぐの広場で待ち構えていたのは、あんぽんたんトリオで最も賢いと自負する細身の長髪少年アンドリューだった。

 

「千束さん! 今度は私が……!」

 

「ここは貰う」

 

 ミカのように足止め役を担おうとした蘭子を止めて、ジンがその役を買って出た。

 

「奴だけは確実に留めなければならない。他の二人と違い、見え透いた足止めに応じないだけの頭がある。ただ自分に向かってくるだけの相手の場合とはまったく異なる戦い方が必要だ。それはリコリスが習得している類のものではない。だからお前たち二人で先へ進め」

 

 通訳のミカが不在であるためか、必要に迫られたジンはいつになく長い会話をしてくれた。

 

「……あっ、はい。そういうことでしたら」

 

 なんか無口な人だと思っていた相手が急にぺらぺら話し出す姿に面食らった蘭子は素直に引き下がった。

 

「これからスモークで目眩ましをする。奴の脇をすり抜けていけ」

 

 他の二人よりは多少マシだとしても他国の言語を理解できるほどではないと知っているので、ジンは大胆にも敵の目の前で作戦を伝えた。

 

「……ふっ」

 

 そして生じた白煙の中、その場から動くことなく不敵に笑うアンドリューは、全てを理解しているような雰囲気を出しておきながらやはり何も理解できていなかったため、千束と蘭子を素通りさせ、さらに背後からジンにワイヤーで首を絞められてしまった。

 このワイヤーはジンの長い髪に紛れ込ませて隠してあったもので、ジンはこのような実用的な意義があって髪を伸ばしているのだ。

 ちなみにアンドリューはなんとなく髪が長い方が賢そうという理由で伸ばしている。

 

「……そこか!」

 

 どれほど屈強な肉体を有していても呼吸ができなければ意識を失う。

 そんなジンの見立ては正しかったのだが、アンドリューは胸鎖乳突筋という首の太い筋肉に力を入れて膨らませることでワイヤーを押し広げ、気管の圧迫を回避した。

 さらに持ち前の知力で後ろから首を絞められているのだから敵は後ろにいると考えられたアンドリューが背後を攻撃した。

 

「……ぬぅ!」

 

 回避こそ間に合わなかったものの後ろに跳ぶことで威力を削ぐことに成功したジンはそのまま煙に紛れてアンドリューから身を隠した。

 隠れ潜む敵を警戒してアンドリューが動かないようであれば、ジンはこのまま仕掛けずに様子を見る。

 無警戒に千束たちを追いかけようとするならば、その時は極力使いたくない高価な特殊装備……熊でも即座に昏倒させるシュタルフクス王国製の使い切り超高出力テーザー銃を背後から撃ち込んでやればいい。

 

「ふっ……ポンジョルノやタンドリーであれば無様に騒ぐことしかできなかっただろう。だが、このアンドリューに小細工は通じないぞ!」

 

 そんなジンの目論見はアンドリューの力技で突破されることになる。

 

「すうううううううううう!」

 

 アンドリューは滞留している煙を全て吸い込んだ。

 

「はああああああああああ!」

 

 そして姿が見えたジンに向けて一気に吐き出した。

 

「……!」

 

 爆風のようなアンドリューの吹きつけを浴びたジンは踏ん張りきれずに体勢を崩してしまった。

 

「相手が悪かったな! 我が名はアンドリュー! ロボット作りの天才たるカリス様の一の子分として最も相応しき名を賜りし者だ!」

 

 カリスが千束との話題作りのために手当たり次第で調達した映画の中に、アンドリューという名前の人間にそっくりなロボットが主役のものがあった。

 カリスの背後に立って護衛をしながらその映画を見ていたアンドリューは、シュタルフクス王国語の字幕がなかったために細かい内容こそ理解できなかったが、自分と同じ名前のロボットが主役級の女性から愛されていることだけはなんとなく理解できた。

 そしてそこから発想を飛躍させて、ロボット作りの天才であるカリスが自分にアンドリューと名付けたのは、自分のことを非常に大切に思っているからだと思い込んだのであった。

 なお……実際には男性名をネットで検索して最初の方に出てきたものを選んだだけであったことを、どうでもよくてすっかり忘れてしまったカリスは語らず、アンドリューが知ることも永遠にない。

 

          ◯

 

 十年前のテロによって半ばから折られた旧電波塔は平和のシンボルとして修理されたのだが、元通りの真っ直ぐな塔には戻されておらず、斜めの状態でワイヤーにより支えられた塔の周囲を花弁のような鉄骨が覆う奇怪な形状となっている。

 そのため現在人が立ち入ることを想定されていない頂上を目指す場合は塔の周囲の鉄骨を伝って強引に上へと進むことになるのだが……そんな危険な場所でも千束たちへの襲撃の手は緩まなかった。

 

「きぃぃぃぃぃあああああ!」

 

「なんであんたは最初っからこっち狙ってくんのよ! 好都合だけど!」

 

 知性が鳥類程度であることからカリスにその名を与えられた金髪褐色ギャル系少女タンドリーは、今回は構わないと言われていてもこれまで厳命されていた千束を傷つけてはいけないという指示を上書きできず、隣にいた蘭子に襲いかかった。

 

「千束さん! ここは私に任せて、先へ!」

 

「わかったありがと!」

 

「あっ、えっ、そんなあっさり……もうちょっと心配とか……」

 

 これが初回なら千束も躊躇しただろう。

 しかしもう三度目なので、もはや一切の葛藤なく蘭子を置き去りにできてしまった。

 

「……いや! それだけ私を信頼してるってことよね! そうですよね千束さん!」

 

「うわぁ、何あの青いの。ずっとひとりで喋ってる。頭おかしいよ」

 

「あんたに言われたくないわよ!」

 

 頭がおかしいタンドリーから頭がおかしい奴扱いされた蘭子はわざわざシュタルフクス王国語で怒鳴った。

 

「ぶっ殺してやる!」

 

「お前なんかに私が負けるわけないじゃん! バカだなあ!」

 

「うっさいバカ!」

 

「バカっていう方がバカだし!」

 

「なら先に言ったそっちがバカでしょうがぁ!」

 

 踏み外せば高所から落下する環境であることなど気に留めず、蘭子とタンドリーが激しくぶつかり合う。

 そんな二人を危なっかしく思いながらも、今はこりすを救出してたきなの援護に向かうのが先決だと考えた千束は振り返らずに頂上へと走った。

 

「来たか。くくっ……まさか井ノ上たきなよりもこいつを優先するとはな。意外だったよ」

 

「だから言いましたでしょう! 千束さんは絶対にワタクシを選んでくださると思っていましたわ! ねえ、そうですわよね千束さん!」

 

 それからカリスの三人の護衛以外の妨害はなく、千束は時間をかけずにこりすとウォールナットが待つ頂上の展望台に到着した。

 そこにいたのはいつになく奇抜な手足を装着したこりす……シン・こりすキュラと、どこか見覚えのあるリスの着ぐるみだった。

 

「不本意だけどそーなっちゃったんだよ感謝しろ。んで、そっちのがウォールナット?」

 

「ああ、いかにも僕がウォールナットだ。この姿だと分かりやすくていいだろう?」

 

 このリスの着ぐるみを千束が前に見たのはクルミの死亡偽装作戦の時だ。

 その時はミズキがこの着ぐるみ姿で偽ウォールナットとして振る舞い、最後は派手に血糊を撒き散らしながら爆発四散したのである。

 

「まあね。ちなみにそん中どうなってんの?」

 

「ピザ屋の警備員を殺しそうな感じになってるが、まあそれはどうでもいいだろう。お前の相手は僕じゃない。行け、シン・こりすキュラ」

 

 ウォールナットの指示を受けたシン・こりすキュラが前に出た。

 

「こいつを倒せたらゲームクリアで、お前が死んだらゲームオーバーだ。史上最強のリコリスの肩書に恥じない面白い戦いを見せてくれよ」

 

「ごめんあそばせ千束さん! ワタクシ今、ウォールナットに手足の制御を奪われていますの! これから全力で襲いかかりますので、どうかワタクシを制圧してくださいまし!」

 

 異様に二の腕が太くなった手を前に伸ばし、タコのような八本の足をくねらせて迫り来るシン・こりすキュラを気色悪く思って目を細めた千束が、応戦の構えをとりながら確認する。

 

「……そのエイリアンみたいな手足を切り落とせって?」

 

「強度的に千束さんでも難しいですわ! ですので、最も簡単なワタクシの止め方として……首を絞めて気絶させるべきでしてよ!」

 

 叫びながら飛び掛ってきたシン・こりすキュラを横に跳んで回避しながら、千束が叫ぶ。

 

「結局それかよ! つかウォールナットが操作してんならこりすが気絶しても止まんないだろ!」

 

「いいえ! ワタクシの作る義肢は装着者の意識がない時は動かないようになっていますの! 例えるならばブレーカーを落とすようなものですので、そうなれば遠隔操作でも動かせなくなりますわ!」

 

「実際そうだ。まあ時間はあったからその気になれば仕様変更もできたんだが、ゲームの敵に弱点は付き物だからな。あえてそのままにしてやったよ」

 

「そりゃお気遣いどうも!」

 

 こんな時にまでこりすの性癖に付き合うことになるのは釈然としないが、殺せと言われるよりはずっといいので、千束は素直にその弱点を突く方針で戦うことにした。

 気絶させるにしても銃弾は結界で止められると知っているため、不本意だがシン・こりすキュラの望み通り絞め技による気絶を狙う。

 まずは組み付こうと接近を試みる千束に対して、シン・こりすキュラは八本の足による素早く不規則な動きで撹乱しながら、十本の指でレーザーを乱射してくる。

 

「こういうのを避けるイメトレなんて……映画好きなら飽きるほどやってるっての!」

 

 狭い通路で迫り来るレーザーの罠を跳んだりくぐったりするアクションは映画の定番だ。

 自分がその状況に陥った時の妄想を何度もしてきた千束は、そのおかげで臆することなくレーザーの隙間を掻い潜って前進し、早くもシン・こりすキュラの目の前まで到達できた。

 

「これで……!」

 

 千束がシン・こりすキュラの首に手をかけようとする。

 相手が旧こりすキュラであればそのまま気持ち良くなって終わっていたのだろうが、残念ながらシン・こりすキュラはそれほど甘くなかった。

 

「下ですわ!」

 

「うおっ!?」

 

 身体を支えるだけなら足は二本もあれば十分で、八本の足を有するシン・こりすキュラは動かずに直立していれば残る六本の足を攻撃に使えてしまう。

 しかもその千束の身長よりも長い足の射程を持ってすれば、いかなる形で敵に組み付かれても死角が存在しないのである。

 槍のように突き出された触腕を仰け反るようにして回避した千束は、そこからさらに追撃で迫ってきた残りの触腕を前に堪らず後退した。

 

「簡単に狙えない場所だから弱点なんだ。それもゲームだと定番だろ?」

 

「知るか! ゲームあんまやんないんだよ!」

 

 離れればレーザー。

 近づけば刺突。

 おまけに銃撃を無効化する結界付き。

 バカみたいな見た目だが、シン・こりすキュラはこれまで千束が戦った敵の中でも最も隙のない難敵だ。

 

「千束さん! いくら千束さんでも体力が尽きてしまっては避けられなくなってしまいますわ! どうか一刻も早くワタクシの首を絞めてくださいまし!」

 

「ならその手足を止めろや! よくあんだろそういう展開!」

 

 敵に操られてかつての仲間に襲いかかった者が、仲間を傷つけまいと心の力で自身の動きを止めて、主人公が涙を流しながら介錯する。

 確かに千束が言ったように創作ではありがちな展開だ。

 

「それは血の通った手足ならばの話ですわ! ワタクシの機械の手足では不可能でしてよ!」

 

 しかしシン・こりすキュラの場合は絶対に起こり得ない。

 朱雁こりすが……機械工学の天才カリス・シュタルフクスが作った機械に奇跡と言う名の不具合は発生しないのだ。

 

「そういうことだ。ちなみにシン・こりすキュラのエネルギー切れを期待しても無駄だぞ。この調子でレーザーを乱射しても三日は戦えるからな」

 

「実は千束さんの心臓を作った時にバッテリー分野で技術革新を起こしましたの! 周囲の微量の熱を吸収して自家発電できる作りですので、人工心臓程度の小さな機械でしたら半永久的に稼働させられますのよ!」

 

 しかも発電機能のために吸熱することで冷却装置としての役割も担えるのだ。

 機械はもちろん、激しく身体を動かすリコリスのような人間においても過剰な発熱を防止する有用な副次効果が見込めるのである。

 

「貴様それ公表してないな!?」

 

 そういやここ一年以上充電なしで平気だったなと思いながら千束が吐き捨てた。

 機械に疎い千束でも、そんな便利な物が公表されていれば連日のように報道されて大騒ぎになると簡単に想像できる。

 そうなっていないということは、つまりまだ世間に知られていないのだ。

 

「世のため人のためになるもん独占すんなや!」

 

「問い合わせに対応できる人員が足りていないのですわ! それに前の人工心臓の開発者に忖度してワタクシにその関連技術を公表しないでほしいと言ったのは千束さんでしてよ!」

 

「そこは融通利かせてバッテリーだけ発表すればいいだろ!」

 

「そこが一番大切な部分ですのに! このバッテリーは千束さんを想うワタクシの愛が結実したもの……いざ語るとなればワタクシたちが心を交わした話を広く赤裸々に知らしめる必要がありますもの!」

 

「この……いつもいつも変な言い回しばっか使いやがっひゃあっ!?」

 

 シン・こりすキュラとの会話で疲労が加速した千束は、いよいよ体力が尽きて足が鈍り、タコ足に左足を絡め取られてしまった。

 

「ああっ!? 千束さんの下着がウォールナットに見られてしまいますわ! 早くお隠しになって!」

 

「機械に見られたってなんとも思わんわ!」

 

「ワタクシは!?」

 

「今さらだろ! ちょっと黙ってろ!」

 

 そのまま逆さ吊りにされた千束は重力に逆らえないスカートを押さえることもせずに脱出しようともがくが、拘束を外すよりも他の足に絡みつかれる方が早かった。

 

「クソっ! この! は〜な〜せ〜!」

 

「ふはっ……史上最強のリコリスと言ってもこんなものか。所詮人間じゃ優れた機械には敵わないってことだな」

 

 四肢を縛られて逆さ磔のような姿で宙に浮かべられた千束の無力な姿をウォールナットが嘲笑う。

 

「ああ……そんな、千束さんが……」

 

「なんだよ、お前の作る兵器が錦木千束よりも上だって証明されたんだぞ。もっと喜べ。そうだ、記念に昔みたく首でも刈ったらどうだ?」

 

 愛しの千束が快楽を与えてくれることなく敗北した事実に異形の怪物が涙を流した。

 

「今さらそんなことしても、ワタクシまったく気持ち良くなれませんわ! 千束さん! ワタクシを何度も打ちのめしたあなたが、こんな簡単に終わったりなんてしませんわよね!?」

 

「うっ……ぎぃ……あ……当たり前だろ。私が……一度でもこりすに負けたこと……あった……?」

 

 こんな状況に追い詰められてなお、千束は諦めなかった。

 それはシン・こりすキュラの涙を拭うためではない。

 それはひとえに、たきなを助けに行かなければならないからだ。

 そんな千束の内心を知らないシン・こりすキュラは、感動に打ち震えて興奮を高めた。

 

「千束さん! 今のワタクシは少し絞められただけで気をやれるほどに昂ぶっていましてよ! そこから抜け出して、ほんの少し前に進むだけで、ワタクシの首に手が届くのですわ! 千束さ〜ん! 頑張ってくださいまし〜!」

 

 シン・こりすキュラがまるで女児向け映画で観客が変身ヒロインに贈るような声援を響かせた。

 それが千束に力を与える……ということは一切なく、やはり千束は手も足も出なかった。

 

「……打つ手無しか? なら、あとは史上最強のリコリスに相応しい死に様でも考えてやるよ」

 

「千束さ〜ん! 頑張っ」

 

「うっせえ! 言われなくても頑張ってんだよ黙ってろ!」

 

「……よし。銃弾が当たらないと評判のお前だ。死因は正面からのヘッドショットにしてやろう。本当は鉛玉がいいんだが、まあ手元にないからレーザーで代用させてもらうぞ」

 

「ああ! 額を狙っていますわ! 左右に頭を振って回避してくださいまし! 千束さんならできますわよね!?」

 

 確かに千束は少し頭をずらすだけで頭部狙いの銃弾を回避するという芸当を日常的にやっていた。

 

「……半端にかわされて穴の位置がずれたら面白くないな。仕方ない、押さえてやれシン・こりすキュラ」

 

 しかし頭を動かせなくされてしまえばそれも不可能だ。

 射出されたシン・こりすキュラの左手が千束の後頭部を掴んで固定し、指で拳銃の形を作った右手が人差し指を千束の額の中心に密着させた。

 

「チクショウ……ごめんたきな……」

 

 死を覚悟して強く目を閉じた千束は瞼の裏にたきなの笑顔を見た。

 

「は? 千束さん、最期の言葉がそれですの? ワタクシは? 身体を操られて愛しの人を自らの手で殺害させられるワタクシに遺す言葉はありませんの?」

 

 聴覚は健常だが千束の会話を盗み聞きできるようにと日常的に超高性能補聴器を使っているシン・こりすキュラは千束の呟きを聞き取り、憤った。

 

「やっぱ死ぬのって怖いな……おいウォールナット……ひと思いにさっさとやれよ……」

 

「駄目ですわよウォールナット! ワタクシを倒せずに負けてしまった千束さんを殺してしまうのはまあ残念ですが受け入れますけど、千束さんが最期に思い浮かべるのがたきなさんだなんて認めませんわ! せめて延空木の戦いの結果を教えてさしあげて、たきなさんへの未練を断ち切ってからにしてくださいまし!」

 

「えぇ……まあ、うん、いいだろう。これから死ぬ錦木千束への手向けだ。舞台は延空木展望フロア、井ノ上たきなと真島の決闘、その結果は……結果は……ん?」

 

 言葉を濁したウォールナットにこりすキュラが苛立ちを見せる。

 

「どうしましたの? たきなさんはどうなりましたの? 早く千束さんに伝えてくださいまし」

 

「いや……その……なんか延空木のカメラに接続できなくて……」

 

「監視カメラが破壊されたのではなくて?」

 

「お前の小動物型監視ドローンも配置したんだぞ? 全部探し出して破壊するなら半日じゃ済まないはずだ。だから考えられるとすれば、これは……特定したぞ、ウォールナット! ……なんだ!?」

 

 不思議とウォールナットは自分の発した声に驚愕していた。

 様子のおかしさを不審に思って恐る恐る目を開いた千束は驚くべき光景を目にした。

 

「バランスを……とらなくちゃなああああ!」

 

 それはガラスの壁を粉砕して飛び込んでくる緑のもじゃもじゃ……真島の姿。

 

「千束! 無事!?」

 

 そしてと横並びで同時に飛び込んできた、千束の最高の相棒……たきなの姿であった。

 

「たきな!? でもそっちの奴は……」

 

 殺し合っていたはずのたきなと真島がどうして一緒に旧電波塔の戦場へと乱入してきたのか。

 

「一時休戦中です。共通の敵がいるとわかったので」

 

「俺たちで組まなきゃバランスとれねえみたいだからなあ」

 

 その理由を端的に説明するならば、敵の敵は味方であるということだ。

 

「な、なぜお前たちがばばばばば……よし! 完全に掌握したぞ! おい千束生きてるか!?」

 

 突然ウォールナットが壊れた機械そのものな音を発したかと思うと、声自体は同じだが先程までと異なり一切の敵意を感じさせない雰囲気で千束に呼びかけ始めた。

 

「えっ、いや今まさにお前に殺されそうなんだけど……おわっ!?」

 

「いいえ千束さん! 今話しているのはウォールナットをハッキングしたクルミさんですわ! その証拠にワタクシの手足の操作権限が戻っていますもの!」

 

 いきなり拘束から解放された千束が頭から地面に落下した。

 

「だからって急に離すな! 優しく下ろせや!」

 

 千束は咄嗟に難なく受け身をとったが、それはそれとして乱暴なシン・こりすキュラに怒った。

 

「いいえ千束さん! 今は一刻を争いましてよ! クルミさんがいつまでもウォールナットを止めていられるのかわかりませんもの! 今すぐ力を合わせて破壊しなければ……」

 

「おい、もう茶番はやめろよ。脚本家気取りのクソ女」

 

 ウォールナットに指を向けたシン・こりすキュラがレーザーを放つよりも早く、真島がシン・こりすキュラに発砲した。

 当然、銃弾はシン・こりすキュラに命中する前に飛来物停止装置で阻まれたが、ウォールナットではなくシン・こりすキュラに危害を加えようとした真島の行動に千束は困惑した。

 

「ちょっ……たきなそいつ状況わかってる!? ウォールナットはそっちじゃなくて……」

 

「いいえ、今のは何も間違いじゃありません。私たちが戦わなければならない本当の敵は朱雁こりす……いや、カリス・シュタルフクス! お前の方だ!」

 

「……まさか、そうなの?」

 

 真島に続いてたきなまでもが銃の照準をシン・こりすキュラに合わせたことで、ついに千束は疑念の目をシン・こりすキュラに向けた。

 

「千束さん! たきなさんは何か勘違いをしていましてよ! ワタクシは何もしていませんわ!」

 

 シン・こりすキュラは釈明しようとするが、そこに真島とたきなが反論する。

 

「はっ! どの口で言ってやがる! 俺の仲間を縛り首にして殺したのはお前で! それを井ノ上たきながやったように偽装しやがったのもお前だ!」

 

「あとウォールナットを操ってたのもお前だ。リコリコを爆破したのも、リリウムでリコリスを殺したのも、私と真島が潰し合うように誘導したのも……」

 

 たきなが凄まじく殺意に満ちた形相でシン・こりすキュラの最大の罪を指摘する。

 

「さっきまで千束を傷つけていたのも、全部お前の意思だ!」

 

          ◯

 

 ミズキのヘリコプターが到着するのを待つ間、手持ち無沙汰だったたきなは捕縛した真島と話をしていた。

 

「なぜ私を狙ったんですか? 拳銃の密売人の仇討ち……という柄には見えませんが」

 

「あ? おま……本気でわかんねえのか?」

 

 真島を二度も打ちのめし、真島の仲間を皆殺しにしてその死体を晒しておきながら、そのことが原因とは微塵も思っていない様子のたきなに真島は苛立った。

 

「ちっ……俺とお前の因縁はあっちの折れた電波塔が始まりだ。あんときゃ俺はお前に手も足も出なかったし、仲間も全員失ったが、電波塔だけは折ってやった。バランスのとれた痛み分けってとこだな」

 

「……いや……それは…………………………私じゃないですね」

 

「は?」

 

 最初は煽るためにわざととぼけているのかと思ったが、心音を聞く限りたきなが本気で言っているとわかり、真島は酷く困惑した。

 

「……確かに、あん時は俺もお前の面を見たわけじゃねえし、人違いってんならまあいいさ。だが、さすがにこの前戦った時のことは忘れてねえだろ? お前は俺を川に落として、残った部下たちの死体を晒しものにして弄んだ。あれだけのことやっといて、記憶に残ってねえはずないよなあ!?」

 

「…………………………え?」

 

 たきなの心音は本気で心当たりがないと断言していた。

 

「……は!? ならあん時俺が戦った奴は誰だよ!?」

 

「知りませんよ! まさか勘違いで私に因縁つけてたんですか!?」

 

 実際たきなには真島と直接関わった覚えはないのだから勘違い以外で因縁をつけられる筋合いがないのだが、さすがにここまで大掛かりなことをしでかしておいてそんなことはないだろうと思い込んでいた。

 

「勘違い……いやそんなはずはねえ! 十年前と違って面の確認は確実にやった! 声も間違いなく同じだ! 違うのは……確かに心音だけはあん時と別物になってたが……」

 

「どうやら耳の良さが自慢みたいですけど、だからって心音で個人の判別なんて……」

 

「俺にはできんだよ。人の声と同じだ。それぞれ特徴があるし、病気にでもならねえ限りそうそう変化しねえ」

 

「私が心臓を患ったことは一度もありません。心音の区別ができるという話が本当なら、普通に別人だったと考えるべきでは?」

 

「……世界には似た顔の人間が三人いるってやつか? 顔と声が偶然同じなだけならまだしも、そいつがお前と同じリコリスやってるなんてさすがにありえねえだろ」

 

 真島が言うにはたきなと同じ顔と声の何者かはリコリスの制服を着ていたらしい。

 

「だとすれば……何者かが変装して私の犯行に見せかけた?」

 

 それを聞いたたきなは、偽たきなが意図的にたきなのふりをして真島を襲撃し、わざと恨みを買ったのではないかと思い至った。

 

「何のためにだよ」

 

「それは私たちを衝突させるために……」

 

「ねえだろ。お前も強かったが、あん時の奴もバケモンだったぜ。俺を巻き込むなんて回りくどいことする必要あるか?」

 

「自分の手を汚したくなかったとか、少しの危険も冒したくなかったとか……何らかの理由で直接手を下せなかった、とかでしょうか」

 

 ここでたきなは今回の一件に人格を得たAIのウォールナットが関与していることを思い出した。

 

「そうだ! ウォールナット!」

 

「ハッカーか? そういやお前の居場所やらを見つけてきたのはあいつだったな」

 

「あのAIはリリウムをハッキングして制御下に置いていました。そのうちの一体を私の外見に改造すれば、偽物の私を用意できたはずです」

 

「そうか……いや待て、AIってのはどういうことだ?」

 

 真島はウォールナットが人間ではなくAIであるということを知らなかったらしい。

 たきなが事情を説明すると、真島は腹立たしそうに舌打ちした。

 

「俺は機械風情にいいように使われたってのか? ったく、バランスが悪いったらねえぜ」

 

 人間が人間ではなく機械に利用されるのはバランスが悪い。

 真島はそう言ったつもりだったが、たきなは別の意味として受け取った。

 

「……確かに、辻褄が合わない。ウォールナットの目的は真島を足がかりにアラン機関を探ることだったはず。自作自演で真島に恩を着せるため? いや、それなら最初から千束を……」

 

「おい、何をぶつぶつ言ってやがる。声量下げてもこっちは全部聞こえんだよ。聞かせる気がねえなら口に出すんじゃねえ。つか千束って誰だよ。流れ的に十年前の電波塔にいたリコリスか?」

 

 複雑な情報を整理するためにたきなが無意識に思考内容を呟いていると、それをはっきり聞き取っていた真島が口を挟んできた。

 真島は既に捕縛済みなので、それくらいは教えても構わないだろうと思ってたきなが情報を明かす。

 

「そうですよ。私の相棒です。今はウォールナットの指示で旧電波塔に行っているので不在ですけど」

 

「何の用事でだよ」

 

「あなたが人質をとって私を呼び出したように、向こうでもひとり捕まって……」

 

 朱雁こりすの姿を思い描いたその瞬間、たきなの中で全てが繋がった。

 前に蘭子から聞いた、こりすが作ったという千束と見分けがつかないロボットの話。

 千束に長々と語られた、昔のこりすが千束の斬首にこだわる殺人鬼だった話。

 ミカがこの前の会議の時に共有してくれた、AIのウォールナットがクルミを裏切った原因はこりすが作った人格模倣プログラムだったという話。

 桃太郎の劇をした時の奇行などから見て取れる、現在のこりすの首絞めへの執着。

 そして勘違いでたきなに報復しようとしていた真島が、たきなを首吊りにして殺そうとしたこと。

 

「……さっき偽物の私があなたの部下の死体を晒しものにして弄んだって言ってたじゃないですか」

 

 たきなは推理の最後の決め手を真島に確認する。

 

「もしかして、首吊りにされてましたか?」

 

「だったら何だよ」

 

 だとしたら黒幕はこりすで、その狙いはたきなでも真島でもない、千束だ。

 

「…………………………千束が危ない!」

 

 その結論に至ったたきなが叫び、それからナイフを取り出して硬気功による強化で真島を縛るワイヤーを切断した。

 

「おい……? こりゃ何のつもりだ?」

 

「これからあなたの仲間の本当の仇のところに行きます! 戦力がいる! 一緒に来てください!」

 

          ◯

 

「延空木に残ったクルミが監視装置を経由してウォールナットをハッキングしました。それでそっちの着ぐるみは停止させられたのに、あの女の義肢の制御は奪えなかったそうです。千束、あの女は最初から操られてなんかいません。全部自分の意思で動いています」

 

 そういうことをするかしないかで言ったら、目の前で目を泳がせている首絞め好きの変態は間違いなく前者である。

 

「……こりす。言い訳があるなら聞いてあげるけど」

 

 それを嫌というほど知っている千束は、たきなの推理がほぼ確実に真実であると確信しながら、被疑者の言い分も一応聞いてやることにした。

 

「……爆破の件は真島が勝手にやったことですし、リリウムの件はリコリスが来る必要のない死地へと自発的に飛び込んできただけですわ! それに千束さんを殺しかけたのはワタクシとしても想定外でして、本当はかつてのように負けて首を絞められる予定でしたの!」

 

「……そ〜いや、お前はそういう奴だったわ」

 

 全てはたきなが来てからの楽し過ぎる毎日にうつつを抜かしてこの異常者から目を離していた自分が悪かったのだと理解して、千束は深いため息をついた。

 

「でも正直ほっとした。さすがに健康な心臓を自分から捨てるバカがいるとは思いたくなかったから」

 

「あ、千束さんと同じ心臓は本当に入れてますわよ。本来の心臓は捨てずに冷凍保存してありますけど」

 

 千束は頭が痛くなった。

 

「とにかく、喫茶リコリコやリコリスを巻き込んだことは不慮の事故であって、ワタクシの本意ではありませんわ」

 

 言いながら、シン・こりすキュラが指からビームを放った。

 突然の攻撃であっても千束、たきな、真島の戦い慣れた三人は回避できたが、唯一反応が鈍かったクルミの操作するウォールナットは被弾した。

 

「ワタクシが今回の策略で標的としていたのは真島、たきなさん、そしてクルミさんの三人ですわ」

 

 倒れたはずみでリスの着ぐるみの頭がはずれて転がり、その下からたきなロボの頭が出てきた。

 そこにシン・こりすキュラが追加のレーザーを撃ち込み、全身を粉砕されたたきなロボは再起不能となった。

 

「クルミさんを狙った理由はシュタルフクス王国の国防の観点で見逃せない脅威だからですわ。我が国の無人兵器の数は世界でも有数ですから、もしもその制御をクルミさんに奪われでもしたらと考えると、一国の姫として放置できませんでしたの。ここにはいないようですので、後で殺しに行きますわ」

 

 ちなみに変な言葉遣いを覚えるきっかけとなったことに対する私怨は一切含まれていない。

 シン・こりすキュラは自分が周囲からどのように見られるかにあまり関心がないのだ。

 

「真島については言うまでもありませんわね」

 

「ぐあっ!?」

 

 殺意に身を任せてシン・こりすキュラに突撃した真島がタコ足による刺突を避け損ない、脇腹を貫通された。

 

「ワタクシも一応はファースト・リコリスですので、この国の害となる存在を抹殺するのは当然のことですわ」

 

 そしてヘリから飛び降りて旧電波塔に侵入した際に壊したガラス窓の方に投げ飛ばされた。

 戦力の減少を嫌がったたきなが真島に拘束弾を巻き付けて牽引したおかげで落下こそしなかったが、そのせいで今度はたきなに隙ができてしまった。

 

「そしてたきなさん……ワタクシから千束さんを奪った忌々しい泥棒猫!」

 

 指から放つレーザーを霧散させずに収束させて作った光の剣を振りかぶり、シン・こりすキュラがたきなの首を狙う。

 

「あなたに関しては十割私怨ですわ! もはや僅かな慈悲すらなくってよ!」

 

 仮にも同じ職場で共に働いた仲間だったのだから、せめてもの慈悲に首絞めの快楽を知ってから死ねるようにと思っていたが、事ここに至っては絞殺という時間のかかる殺し方を試みる余裕はない。

 かつて世界に恐怖をもたらした首刈り殺人鬼の刃が、たきなの細首に振り下ろされる。

 

「させるか!」

 

 互いの隙を補い合うのが相棒というものだ。

 千束がシン・こりすキュラの腕の側面を蹴り飛ばして斬撃を逸らし、命拾いしたたきなが間髪入れずに拳銃を構える。

 

「銃なんてワタクシには通じまっ!?」

 

 たきなが寸分違わず同じ場所に銃で二連射すると、後から着弾した弾丸が最初に結界で止められた銃弾を弾き飛ばし、それをシン・こりすキュラの首筋にぶつけることに成功した。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」

 

 威力はかなり減衰していたため衝撃自体は小石を投げてぶつけられた程度だったが、日常的に性感帯として開発してきたシン・こりすキュラの首は極めて感覚が過敏であり、首よりも下が不感症だったせいで痛みに不慣れなことも相まって、シン・こりすキュラは声すら出せないほどに悶え苦しんだ。

 

「今です! 首に巻き付けて!」

 

 たきながシン・こりすキュラの首に向けて拘束弾を発射した。

 拘束用ワイヤーは飛来物停止結界で停止したが、その両端を千束と真島がそれぞれ掴み取り、シン・こりすキュラの背後へと回ってすれ違い、どうにか首に巻き付けることに成功した。

 

「……あなたは余計ですわ!」

 

「ぐああああああああああ!」

 

 腹部の痛みのため動きが遅くなっていた真島は、シン・こりすキュラが手首から射出した握り拳に殴り飛ばされて吹き飛び、ガラス窓を割って外に飛び出し、今度こそ旧電波塔から落下していった。

 

「そして、たきなさんも!」

 

 真島の犠牲を無駄にはしまいと手放されたワイヤーの端を掴みに走ったたきなに向けて、シン・こりすキュラのもう片方の手が射出された。

 自分に向かってくる銃弾を撃墜できるたきなであっても、銃弾を命中させても弾き飛ばせないものは防ぎようがない。

 

「あっ……!」

 

 速く、かつ追尾してくるシン・こりすキュラの手をたきなは回避できず、真島と同じように殴り飛ばされてしまった。

 シン・こりすキュラを挟んで反対側にいる千束ではたきなを受け止めに行けない。

 ミカも、ジンも、蘭子も、この決戦の場に駆けつけることは叶わず、たきなを助けられる者は誰もいない。

 

「たきなあああああ!」

 

「ふふ、これで邪魔者は消えましたわね。さあ、後はワタクシと存分に睦み合いましょう!」

 

 たきなは旧電波塔から落下してしまった。

 これでたきなが死んだと確信したシン・こりすキュラは、悲しみと怒りに身を任せて荒く激しく首を絞めてくれる千束の姿を妄想して口角を吊り上げ、舌舐めずりをした。

 この時、シン・こりすキュラの視線は千束に釘付けだった。

 だから、背後から迫るたきなに気付けなかった。

 

「千束! 引いて!」

 

 真島が落としたワイヤーの端を拾い上げたたきなが叫んだ。

 千束は即座に反応し、ワイヤーの反対側の端を引っ張った。

 

「うきゅっ!?」

 

 首に巻き付いたワイヤーを前後に引かれ、シン・こりすキュラの首が絞まり始めた。

 

「ごっ……がぁ……な、なぜ……まさかお父様のように空気を蹴って空中歩行を……!?」

 

 確かにミカもジンも蘭子もこの場におらず、千束は動けず、クルミに至っては延空木にいる。

 しかし喫茶リコリコの仲間はもうひとり残っているのだ。

 

「そんなこと私にはできませんよ。ミズキさんのヘリを足場にした……それだけです」

 

 真島とたきなを旧電波塔まで送り届けた後も、いざとなったらすぐに千束とたきなを回収して逃げられるよう、ミズキはずっとヘリコプターを旧電波塔付近に滞空させて待機していてくれたのだ。

 そして真島が落下していくのを目撃したミズキは、何かまずいことが起きていると考えてヘリコプターを限界まで旧電波塔に接近させていた。

 そこにたきなは運よく着地し、そこから跳躍して元の場所に復帰したのだ。

 ちなみにその衝撃で操縦席前面のガラスは割れ、ミズキは悲鳴をあげながら墜落した。

 緊急脱出は間に合った。

 

「こんな……ことがぁ……!」

 

 操作に集中できない状態では飛ばしてしまった手を自分の所まで戻せず、シン・こりすキュラはタコ足による刺突でワイヤーを切ろうとしたが、刺突を細い糸状の物体にあてるのは難しく、何度やっても上手くいかない。

 その間も千束とたきなは力を緩めず、シン・こりすキュラの首は絞まり続ける。

 

「いや……ですわ……! こんな……たきなさんの手で気持ち良くされるなんて……!」

 

 ワイヤーを介してこそいるが、シン・こりすキュラは現状を千束の右手とたきなの左手による共同首絞めと認識している。

 それはすなわち、好きな人と身体を重ねながら、同時に嫌いな人に犯されているような矛盾した体験であった。

 その場合、シン・こりすキュラの中ではいちゃラブ首絞めによる快楽が勝るのか。

 はたまたレイプ首絞めによる不快感が勝るのか。

 

「んひゅ! なんで……あひいっ!? ぎもち……いひぃ! 半分は、たきなさんなのにいいいいい!」

 

 結果は快楽の圧倒的勝利であった。

 

「いぐっ! いぐっ、いぐっ、いぐっ……」

 

 薄れゆく意識の中、シン・こりすキュラは理解した。

 自分はたきなに敗北したのだと。

 だから自分は、千束だけではなくたきなも性欲の対象として見られるようになったのだと。

 

「いっ…………………………ぐぅぅぅぅぅううううう!」

 

 千束とたきながお互い愛し合っていると言うのなら、もはやそれを止める必要はない。

 これからは……間に首を挟めばいいのだ。

 最高の平和的解決策を見つけたシン・こりすキュラは、大量の涙と鼻水と涎を垂らした満面の笑みのまま、千束とたきなによって絞め落とされた。




次回、完結予定です。
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