首刈コリス   作:ことのはだいり

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第4話 That's my Inari shrine

「これより……第一回『頭のおかしい殺人鬼対策会議』を始めます」

 

 閉店後のリコリコ店内で、神妙な顔をした千束が突然そんなことを言い出した。

 訝しむミカとミズキに構わず千束は話を進めた。

 

「はいそれじゃミズキ! 私があのやべー奴の顔を二度と見ないためにはどうすればいい!?」

 

「ぶっ殺せばいんじゃない?」

 

「座布団全部没収!」

 

 などと言ったがミズキは座敷ではなくカウンター席で酒を飲もうとしていたので、千束が引っこ抜ける座布団はなかった。

 

「なによー、一番確実な方法じゃない」

 

「命大事に! このルールを守れない人は座布団全部没収です! じゃあ次は先生どうぞ!」

 

 ミカはしばらく真剣に考え込んで、それから回答した。

 

「カリスは意外と話が通じるように思えた。交渉次第で千束を諦めてもらうことも可能なんじゃないか?」

 

「さすが先生! 座布団一枚!」

 

 千束が座敷から座布団を持ち出してミカに渡した。

 立ち仕事中だったミカは座布団の置き場に困り、最終的に千束に返却した。

 千束は座布団を元あった場所にそっと戻した。

 

「……えっと、なんだっけ?」

 

「カリスと交渉する」

 

「そうそれ! 交渉! 話し合い! 言葉を持つ人間だけに許された最も平和的な争いの解決手段!」

 

 千束がびしっとミズキを指差す。

 

「さあミズキ! 汚名返上のチャンスだ! あいつにどう言えば悪いことをやめさせられる!?」

 

「やめないと千束があんたを殺すわよって脅す」

 

「ざんねーん! ミズキは怒り狂った殺人鬼に殺されてしまった!」

 

「なんでアタシが交渉してんのよ。当事者はあんたなんだから自分でやりなさい」

 

 付き合ってらんねー、とぼやきながらミズキが酒に口をつけた。

 

「先生はどう? リリベルの襲撃を止めてくれた先生なら、今回もいい感じにあいつを言いくるめられない?」

 

「……現状では難しいな。交渉を成立させるためには相手に呑ませる不利益と等価以上の利益を提示しなければならない。リリベルの時は私と楠木が多少なり向こうの都合を把握していたから上手くいったが……カリスに関しては千束を殺して何を得るのか見当もつかない」

 

 人を殺して得られるものなんて何もない。

 千束はそう言いかけて口を閉ざした。

 なぜならこの国の平和はリコリスが人を殺すことで得られたものなのだから、千束は否定していい立場にないのである。

 千束とミカが黙り込んでいると、空気を読んだのかミズキが助け舟を出してくれた。

 

「あんた殺人鬼ものの映画なんていっぱい見てんでしょ? そいつらは何で人殺してたわけ?」

 

「んー、動機があるタイプの奴だと……シンプルに恨みがあるからだったり、カルト宗教の儀式的なやつだったり……家具とか料理の材料にするためだったり」

 

「ちょっとやめなさいよ! 酒が不味くなるじゃない!」

 

 持ち去った頭部を割って脳を啜る殺人鬼の姿を想像してしまったミズキが怒鳴った。

 

「……提案しておいてなんだが、奴と交渉するのは不可能な気がしてきた」

 

「……そういえば殺人鬼と和解して終わる映画は見たことないかも」

 

 千束とミカは何も言えなくなって顔を見合わせた。

 結局この日は答えが出ないままお開きとなり、三人は翌日のリコリコ営業時間に再び集まった。

 その時には店内にちらほらと客がいるため物騒な殺人鬼の話題を口にするわけにもいかず、常連客が持ち込んだご近所ニュースで盛り上がっていた。

 

「あの神社のお祭り復活すんのー!?」

 

 店員と客との距離感が異様に近いのがリコリコの特徴だ。

 この日も注文された品を机に運んだ千束がそのまま座敷に居座って常連たちの話に参加していた。

 

「あそこの神主さん、後継者見つけられたんだ」

 

「ああ。他の部署の奴らから聞いた話だと、どうやら外国の人みたいでな」

 

 常連客の中には警察官や記者といった情報通もいるため、時にはこうして興味深い話が舞い込んでくることもある。

 

「それあれでしょ。宗教法人だと税金かからないからって、どっかの国の人がこぞってお寺とか神社買ってるってやつ」

 

「表向きは何の変哲もない神社……しかしその正体は武器弾薬を貯蔵する侵略拠点だった!」

 

「きゃー! こわーい!」

 

 んなことになってたらDAがとっくにカチコミかけてるわな。

 漫画家の妄想にノリノリで付き合う千束は、心の内で冷静にそんなことを考えていた。

 

「ははは、そうだとしたらおっかないが……あの国がうちの国を狙うことはないだろう。距離的に」

 

「阿部さんはどこの国の人か知ってるの?」

 

「シュ……おっと、さすがに警察が個人情報漏らすのはまずい。とにかく、そんなに心配するような人じゃないさ。先代さんとの約束だからってちゃんと祭りを復活させようとしてくれてるしな」

 

「そうそう! 私的にそっちの方が大事! 屋台出る!? 花火大会は!?」

 

「屋台は組長さんとこがやるらしい。こっちに話通してきた」

 

「えっ。組の人って警察に話通すもんなの?」

 

「そりゃ通しとかなきゃ後で問題になるかもしれんからねぇ。安心しなよ、警察お墨付きのクリーンな屋台だ。久しぶりだから気合入れて盛大にやるってさ」

 

「さいっこうじゃん! 花火は!? そこまでやっといて花火無しとか言わないよね!?」

 

「もちろん、そっちの申請も来てる」

 

「うおっしゃあ!」

 

「さっきから申請すること多くないですか?」

 

「……規模の大きい催しともなると、火薬の使用とか通行止めとか露店とか、警察や消防が監督しなきゃならんことが沢山あるからねぇ。先代さんが祭りをやらなくなった理由がやっと理解できたよ。あんな仕事量じゃあ年寄りにはちときつい」

 

「じゃあなおさら、頑張ってくれた新しい神主さんのためにもぉ……お祭り! 全力で! 楽しみましょー!」

 

 腕を勢い良く突き上げた千束は同時にこう思っていた。

 カリスお前その日は絶対来んなよ、と。

 

          ◯

 

 千束さんに再び敗れることを考慮して光学迷彩搭載型のVロボを予備も含めて三機作り上げた私は、もしも一機目が破壊された場合に千束さんを休ませることなく二機目、三機目と波状攻撃を仕掛けられるように、千束さんの行動範囲付近にVロボを保管しておける拠点を用意することにしました。

 そんな時に見つけた物件こそがイナリという名の神を祀る神社でした。

 適度に敷地が広く、普段は人があまり訪れず、税金制度面で優遇措置があり、なによりシュタルフクス家の紋章である鋼鉄の身体を持つ狐を思わせる立派な狐の石像がある……そんな素敵な場所が、管理人の高齢化を理由に買い手を探していたのです。

 他の人に先を越されないようにと、私はすぐに所有者のご老人と連絡を取りました。

 そしてご老人の出した神社の運営に関するいくつかの条件を全て承諾して、あちらの言い値で神社を購入しました。

 ……介護施設の終身利用料だけでいいなんて無欲な方でしたね。

 Vロボの製作費と同じくらいは出すつもりでしたのに、まさかその程度で済むなんて……とその時は驚いたものです。

 ですが今になって思うと、あのご老人が重要視していたのは金額を吊り上げることではなく、神社の運営に関する条件を通すことだったのでしょう。

 夏と年末年始の二回、神社で大きな催事を行うこと。

 それが私に出された条件でした。

 一国の姫としての職務に日々忙殺されている私にとって、かつて一般人がこなしていた催事の準備なんて息抜きにしかならない……そう思っていたのに!

 どういうことですかこの国の諸手続きの煩雑さは!?

 今時になってネットからの申請不可で現地に本人が行かないといけないのも!

 順番待ちの時間が無駄に長いくせに順番が回ってきたら連絡してくれるようなサービスがなくて現地で待ち続ける必要があるのも!

 窓口担当者が珍しい申請への対応の仕方を知らなくてあちらこちらに問い合わせた挙句、受理しましたの一言で終わるのも!

 こちらが生身の状態で睨み合う警察と反社との間に挟まれるのも!

 シュタルフクス王国であれば絶対に、ぜーったいにありえないことです!

 そんな感じでシュタルフクスの姫としての職務をリモートワークでやりながら、リコリスが蔓延る千束さんの国を口の動かないVロボでは不可能な諸手続きのために生身で走り回り、どうにか無事に夏の催事を開幕できたのがつい先程のこと。

 この段階まで漕ぎ着けられたのであれば神社の管理者がやるべき仕事はないので、前回破損しなかった少女型Vロボで千束さんの首を取りに行こうと思っていたのですが……もう無理です疲れました何もしたくないです。

 

「カリス様!」

 

「今の私はコリス・シュカリー、もしくは通名で朱雁こりすです。なんですかアンドリュー?」

 

「向こうの方でヤキソバが売っているそうです! 老婆を売るだなんて、この国では奴隷売買が許されているのでしょうか!?」

 

「ヤキソ・婆ではありません。焼き・蕎麦です。おそらくこの国の食べ物である蕎麦を焼いたものです」

 

「なんと! 食べ物でしたか! では買ってきます! 二つ!」

 

 護衛であるはずのアンドリューが護衛対象の私を放置して人混みに消えていきました。

 まあいいでしょう、他に二人もいるので。

 

「カリス様!」

 

「こりすです。なんですかポンジョルノ?」

 

「あっちでタコヤキやってるってその辺にいる奴らが言ってましたぜ! この国では口減らしやってんですか!?」

 

「多・子・焼きではありません。タコ・焼きです。きっと悪魔の使いと言われる赤くて足が多くて気持ち悪い海の生き物を火刑に処しているのでしょう」

 

「カリス様のもんになった土地に悪魔が侵入するだとぉ……! 許せねぇ、ちょっと行って皆殺しにしてきやす!」

 

 護衛であるはずのポンジョルノが護衛対象の私を放置して人混みに消えていきました。

 まあいいでしょう、まだ一人いるので。

 

「カリス様!」

 

「こ・り・す! なんですかタンドリー?」

 

 今度は林檎の雨が降っているとでも言うのでしょうか。

 それとも狸が大量発生したとでも言うのでしょうか。

 ……面倒なので遊びに行きたければもう行ってしまって構いませんよ。

 この表面上の平和を取り繕った国で護衛が必要な事態になんて、こちらからリコリスに仕掛けない限り陥りませんから。

 

「あっちの方にあいつが歩いてくの見えました! えっと、ほらあの……チート?」

 

「……誰でしょう。私の知っている人ですか?」

 

「カリス様絶対知ってるよ! だってあいつだもん! 私のおやつ奪った奴!」

 

 千束さん!?

 その名前に思い至った瞬間、私は近くにあった木に登り、遠くの方に今の私と同じようにユカタを纏った千束さんが歩いているのを見つけました。

 

「何をしているのですか置いていきますよ!」

 

 千束さんをひと目見ただけで気怠かった身体に不思議と活力が湧いてきました。

 金属の塊のように重くなっていた……実際金属の塊なので重い……私の足が軽やかに動いて前へ前へと身体を押し出します。

 

「あっ! 待ってカリス様……わー!?」

 

 人混みに突入した途端にタンドリーの声が遠ざかっていきましたが、そのことを気にする余裕はありません。

 ここで会ったが四回目!

 今日こそあなたの首を私のものに!

 

          ◯

 

「わたあめたこ焼きチョコバナナ、かき氷焼きそばりんご飴、フランクフルトにベビーカステラ……いやぁ、組長さんたちいい仕事しますなぁ!」

 

 目についたものを片っ端から飲み食いして、腹ごなしに射的や型抜きといった遊戯系の屋台を荒らし回った千束は、ベンチに座って小休止を取っていた。

 ちなみにミカとミズキも一緒に来ていたが、足の悪いミカは千束に付き合って広範囲を歩き回るのが辛いため花火大会に備えて場所取り中で、ミズキは千束を放ってビール売り場に居座っている。

 

「ヨー! ヨー! チェケラ! ヨー!」

 

 祭りでテンション爆上げの千束(十五歳)がじっとしていられるわけもなく、屋台で手に入れた水ヨーヨーをラップのリズムでぺしんぺしんと叩いていた。

 そうしている内にさらにテンションが上がった千束は水ヨーヨーを激しく振り回し始めた。

 

「フ〜〜〜〜〜! イェアアアアア!」

 

 そんなことをしたら水ヨーヨーのゴム紐が耐えられるはずもなく、遠心力をふんだんに蓄えた水風船はゴム紐から解放されて吹っ飛んでいった。

 

「あっやべ」

 

「首を……きゃっ!?」

 

 さらに悪いことに水風船は千束と同年代と思われる女の子の顔面を直撃した。

 そして走っていたらしい女の子は派手に転倒した。

 

「ごめーん! 怪我してない!?」

 

 千束はすぐに女の子に駆け寄って助け起こそうとしたが、女の子はそれよりも早く立ち上がり、千束を警戒するようにじりじりと後ずさった。

 

「こんなもので私の奇襲を防ぐとは……さすがですね」

 

 女の子は長い深紅の髪から水を滴らせながら何かを言っているが、残念ながら知らない言語だったので千束には理解できなかった。

 整った顔立ちも明らかに人種が違うと分かるもので、おそらく外国から来た観光客だろうと千束は思った。

 

「ほんっとごめん! このハンカチ使って!」

 

 もしかしたら千束の言葉も相手に伝わっていないかもしれないが、だからといって謝らないわけにもいかない。

 千束は女の子に頭を下げて、両手でハンカチを差し出した。

 

「どういうつも……今は自動翻訳されていないのでしたね……ナニを考エていルでスかしラー?」

 

 どうやら女の子はこの国の言葉を理解できるし、発音や口調が変ではあるが話すこともできるようだ。

 

「何って……そりゃ私のせいで濡れちゃったから、これで顔を拭いてもらおうと思って」

 

「……私に気付いていない? 先程のは偶然……?」

 

「えっと……何て?」

 

「……ハンカチ、借りマス、ワー」

 

 千束からハンカチを受け取った女の子は、それで手早く濡れた顔や髪を拭いた。

 

「水をかけられたおかげで頭が冷えましたね……生身で仕掛けるなんてなんと愚かなことを……終わリましたワー。ソレでハ、さよナラですワー」

 

「あっ、待って待って!」

 

 千束はハンカチを返却して足早に立ち去ろうとした女の子を追いかけ、すぐに追い抜いて立ち塞がった。

 

「なっ……なんのつもり……何デスノー?」

 

「さっきのお詫びに屋台で何か奢りたいから、一緒にお祭り回ろ!」

 

「イイデスワー」

 

「よーし! それじゃ、しゅっぱーつ!」

 

「不要と言ったはずなのにどうして……!?」

 

 千束は女の子の背後を取り、ぐいぐい背中を押した。

 

「あっ、私は千束だよ! あなたは?」

 

「……こりす」

 

「かわいい名前! この国にはリスって名前の動物がいてね、尻尾がふさふさで、ちっちゃくて、食べ物をいっぱい口に入れてほっぺた膨らませるの! もうちょーかわいくて、そこに子が付くと子供のリスってことだからもっとかわいくなるんだよ!」

 

「……アッはいデスワー」

 

 最初は抵抗しようとしていたが、千束の圧に負けたカリスはおとなしく屋台巡りに付き合うことになった。

 

          ◯

 

 私は何をやっているのでしょう……。

 

「次あれやろあれ! 輪投げ!」

 

 せっかく手の届く場所に千束さんの首があるのに、掴むものといったら食べ物が刺さった木の棒だったり、軽い箱すら吹き飛ばせないような威力の低いおもちゃの銃だったり、濡れるとすぐに破れる薄い紙を枠に貼り付けた謎の道具だったり……そして今度はプラスチックの輪っかを手渡されました。

 

「……コレは何するデスカシラー?」

 

 今私が握っている輪っかは滑らかな表面をしていて、小さな子供が手に持っても怪我しない安全なものですから、武器としての運用はできません。

 この輪っかに刃があれば千束さんの首に投げつけるのに……チャクラムとか言うのでしたっけ。

 

「ここから投げて向こうの棒に通せたら得点! 高得点なら豪華景品をゲットだぜ!」

 

 豪華と言っても子供のおもちゃしかありませんけど。

 

「あー駄目駄目! そんな野球ボールみたいに投げたら明後日の方向に飛んでっちゃう! 構えはこう! 手首の動きだけで飛ばすの!」

 

「こうデスノー?」

 

 言われた通りにやりましたが、五回も投げて棒に通せた輪っかはひとつだけでした。

 そして渡された景品は最初に支払った代金よりも安いであろう紫色の髪紐でした。

 

「やったね! つけたげる!」

 

 私の手から髪紐を奪い取った千束さんは、素早く私の髪に結び付けました。

 

「めっちゃ似合ってる! ちょーかわいいよ! 色違いだけど私とお揃い!」

 

 ……なぜでしょう?

 私自身の容姿なんてどうでもいいことなのに、千束さんからの賞賛を受けて悪い気はしないと言いますか……。

 好みの首を見つけた時のように心臓の鼓動が早くなったような……。

 

「……アリガトウゴサイマスワー」

 

 考えても自分に何が起きたのか分からないので、とりあえず適当にお礼を言ってその場を乗り切りました。

 

「どういたしまして! それじゃ次つぎー!」

 

 それからも千束さんは私を連れ回しました。

 

「ぷっはー! たまんねー! ささっ、こりすも一杯!」

 

「……ワタクシ十五歳、お酒ダメデスワー」

 

「おおーん? 私の酒が飲めないっての……あっ、阿部さん……いやいや違いますってほらこれラムネ!」

 

 お酒ではない甘い飲み物が入った瓶で乾杯をしたり。

 

「いっせーので同時にだからね! いくよ! いっ、せー、の……ぎゃあああああ! かっら! 水! み〜ず〜!」

 

 ロシアンたこ焼きなる十個ひと組でハズレがひとつ混ざったものを交互に食べて、最後に残った二個から千束さんが見事にハズレを引き当てて悶絶したり。

 

「うおっ、それ本物……!? あっ、駄目駄目! 全部買ったら後の人が楽しめなくなっちゃうでしょ! あとそれ人前で出しちゃ駄目!」

 

 くじ引きで全て買えば当たるでしょうと百枚綴りの札束を出そうとしたら、独り占めしてはいけないと叱られたり。

 

「次はあれで、次の次はあれで、次の次の次はあれで、次の次の次の次は……」

 

 なんて騒がしい人……。

 それなのに不思議と鬱陶しさを感じません……。

 長く首を刈れずにいたストレスのせいで私は本当にどうにかなってしまったのでしょうか。

 そんなことで頭を悩ませているうちに、気付くと日が沈んでいました。

 

「しまったもうこんな時間! 花火始まっちゃう! 走るよこりす!」

 

 酷く慌てた様子の千束さんが私の義手を掴みました。

 

「……ん? なんか硬いな……ってそんな場合じゃなかった!」

 

 千束さんに手を引かれて走り出した瞬間、私は逡巡しました。

 これはこの上ない好機です。

 義手の仕込み刃を飛び出させれば、密着状態の今なら確実に千束さんを刺せます。

 しかし……そんなことをしたら、この時間も終わってしまう……。

 ……いえ、違いますね。

 私が躊躇している理由は間違いなく別のものです。

 私にはこの催事を無事に完遂する義務があるのです。

 それなのに傷害事件なんて起きたら中断されてしまいます。

 一国の姫として、そんな無責任な真似は許されません。

 だから……今は、まだ、このまま……千束さんと一緒に……。

 

「あーもう浴衣走りづらい! うおおおお間に合えええええ!」

 

「……きゃっ!?」

 

 思考に没頭しているところを強く引っ張られたせいでしょう。

 私は石に足を引っ掛けて体勢を崩しました。

 

「千束さんよけて!」

 

 私はどうにかバランスを取ろうとしましたが、転ぶのが少し先送りになっただけでした。

 

「えっ、なんか言っ……たぁ!?」

 

 咄嗟に振り向いた千束さんは突っ込んでくる私を認識して、避けずに受け止めようとしてくれました。

 ですが……義肢を含めた私の重量は、女の子の細腕では到底押し返せるものではありません。

 転倒した私は巻き込んだ千束さんを押し倒しました。

 幸いにも千束さんは受け身を取り、私も身体を打ち付ける前に両手を地面について減速させることができましたので、お互いに怪我はありませんでした。

 しかしうつ伏せの私と仰向けの千束さんは完全に密着してしまい……その、私の唇が千束さんの同じ部分に当たって……。

 

「んっ……こり……むぐぅ!?」

 

 早く離れるべきなのに、私の身体は動きません。

 それどころかさらに深く沈んで行きました。

 ああ……なんだかとても心地良い……。

 この温もりは……まるで羽毛布団に包まれているような……。

 ね……む……。

 

          ◯

 

 あまり運動をしないせいで体力面は人並み以下だというのに、過労状態で千束に散々振り回されて限界を迎えたカリスは、横になった弾みで気絶するように寝落ちした。

 

「ちょっとこりす……駄目だよこんなの、私たち女の子同士なのに……こりす?」

 

 どうにかカリスの頭を横にずらした千束は、彼女が安らかな寝息を立てていることに気付いた。

 

「……寝てる!? ちょっ、ちょいちょいちょい! これから花火だよ!? 今寝ちゃうなんてもったいないよ! 起ーきーてー!」

 

 千束はカリスを揺さぶるが、起きる気配はまったくない。

 しかもカリスは異様に重くて、倒れた本棚にでも押し潰されているかのように千束は身動きがとれない。

 

「ぐぎぎ……! 女の子にこんなこと言いたかないけど、君いくらなんでも重すぎ!」

 

 カリスをどかそうとして色々な部分に触れた千束は、ついに彼女の手足の真実に気付いた。

 

「……ん? なんか叩くと金属みたいな音が……もしかしてこれ、義手ってやつ? あっ、まさかこれ足も? そりゃ重いわ!」

 

 カリスが生来の四肢を失っていることについては、千束自身も大切な部分が機械化されているので、まあそういうこともあるのだろうと取り乱すことなく受け入れた。

 それはそうと、いよいよ自力脱出は不可能と悟った千束は周りに助けを求めた。

 

「誰かー! 手を貸してくださーい!」

 

 千束の周囲には少ないながらも人がいた。

 しかし花火が始まってしまったせいで誰もが空を見上げていて、千束の声も花火の打ち上げ音でかき消されてしまい、地面で絡み合う少女たちに目を向ける者はひとりもいなかった。

 

「……わー、花火きれー」

 

 結局、千束はそのまま花火を眺めることしかできなかった。

 千束を心配して探し回っていたミカが千束たちを発見したのがそれからおよそ三十分後のことで、ミカと千束の二人がかりでどうにかカリスを動かすことができた。

 

「……ゔっ!? なんですかこれは!? 誰ですか私に泥水を飲ませたのは!? 苦い……吐きそう……いえ、それよりもここは……?」

 

 それからミカが水筒に入れて持ち歩いていたリコリコのコーヒーをカリスの口に流し込むと、嫌いなコーヒーの苦味に反応して彼女は飛び起きた。

 

「いよっし! さすが先生のコーヒー!」

 

「……ああ」

 

 千束は褒めるが、ミカはちょっぴり落ち込んでいた。

 カリスが何を言っているのか理解できずとも、表情から不味いと思っているのが明らかだったのだ。

 コーヒーが苦手な子供は珍しくないので仕方のないことだが、それでも自慢のコーヒーを飲んで吐きそうな仕草を見せられるとさすがに傷付く。

 

「……千束サン、何が起キタのデスカシラー? ワタクシ、記憶が曖昧デスワー」

 

「えっ……もしかしてこりす、あれ覚えてないの?」

 

「あれ……? どれデスノー?」

 

 どうやらこりすは先程の大事件を覚えていないらしい。

 事実をありのままに話すのが恥ずかしくて、千束は咄嗟に嘘をついた。

 

「あー、その……こりすは転んで頭打って気絶しちゃってたの」

 

「なんですって!? くっ、まさか千束さんの前でそのような隙を晒すなど……その前に気絶するほどの頭部外傷は拙いですね。後から血腫などできようものなら致命的……私が意識を失っていては治せるものも治せない……」

 

 頭を打ち付けた直後に何事もなくても、実は頭蓋骨の下で緩やかに出血していて、数週間から数か月後に大きくなった血の塊が悪さをする場合がある。

 その知識を持っているカリスは今のうちに精密検査を受けなければならないと焦った。

 

「……頭の怪我、良くナイデスワー。ワタクシ病院行きマスワー」

 

 実際のところカリスは頭を打っていないので無用な心配であったが、それを知っている千束が嘘を撤回するわけにもいかず、彼女を送り出すことしかできなかった。

 

「あっ、うん。念の為そうした方がいいと思うよ」

 

 カリスが千束に背を向けて離れていく。

 遠ざかっていく背中になんとなく寂しさを覚えていると、カリスは途中で立ち止まって千束の方に振り向いた。

 

「……千束サン、また会いマショウ、デスワー」

 

 新しくできた友達が、また会いたいと言ってくれた。

 それが千束にはたまらなく嬉しかった。

 

「……! うん! 私は喫茶リコリコっていうお店で働いてるから、いつでも遊びに来てね!」

 

          ◯

 

 夏祭りは終わったが、今年の夏はまだまだ終わらない。

 夏の定番といえば海だが、日々の仕事がある千束はあまり気軽に遠出できないため、他の娯楽を考えた。

 

「というわけで、今日はこの後ボードゲーム大会じゃなくて怪談大会を開催しまーす! 背筋がぞわっとするような、とびっきりの怖い話を持ってきてくださいねー!」

 

 リコリコでは閉店時間を迎えた後の店内で常連客と店員が一緒に遊ぶ光景が稀に良く見られる。

 千束が主導するこの集まりでは基本的に多人数で遊べるボードゲームをやる場合が多いが、たまに千束の思い付きで違うことをやったりする。

 

「おいおい平気か千束ちゃん? 夜にそんなことしたらトイレに行けなくなるぞ?」

 

「わたしゃ小学生か! いやいや、さすがにこの年でそんなことにはなりませんて」

 

「いいじゃない怪談大会! いいネタがあったら漫画にできるし!」

 

「ほう……そういうことならとっておきの話で皆さんを失禁させてみせますよ」

 

「ちょっとあんたら、店を汚すんじゃないわよ。誰が掃除すると思ってんのよ。ねえ店長……店長?」

 

 ミズキが話を振っても無反応だったミカは、どうやら手元の端末で見ている何かに集中していたようで、ミズキから再度声をかけられてようやく反応した。

 

「……いや、すまん。ちょっと気になるニュースがやっててな」

 

「なになに? 何のニュース?」

 

 好奇心に突き動かされた千束はミカに駆け寄り、背後から端末を覗き込んだ。

 そしてそこに映っていた人物を認識して、千束は驚愕した。

 

「こりす!? いやでも髪の色……?」

 

 そう、記者会見で報道関係者たちの質問に対応しているその銀髪の少女は、髪の色こそ深紅から銀に変わっているが、それ以外の容姿は先日千束と一緒に遊んだ少女のものと完全に一致しているのだ。

 

「先生これ何のニュース?」

 

「シュタルフクス王国が新しく発表した新型MRIについて、開発者にインタビューが行われているところらしい」

 

 MRIとは磁力を使って人体の断面図を描出する医療用の検査機器だ。

 レントゲンやCTなどの放射線を利用した機器と違って人体に安全で、さらに他の検査方法よりも高い解像度で撮影できるのが強みだが、従来品は撮影にとても時間がかかるという欠点があった。

 それをシュタルフクス王国で開発された新型は解消しており、なんと頭のてっぺんから足の先まで全身を撮影したとしても十分ほど、頭部だけなら一分もかけずに検査できるらしい。

 また、磁力を使うためペースメーカーなどの機械を体内に入れていたり、鉄分を含む入れ墨が入っていたりすると検査を受けるのは危険なのだが、そこも弱い磁力で狙った範囲だけを検査できるようにして改善したのだそうだ。

 

「……それってすごいの?」

 

「……医療分野における影響は相当なものだろう」

 

「何かの病気の特効薬が見つかったみたいな感じ?」

 

「治療ではなく検査に使うものだからな。比較するようなものではないが……ある意味、ひとつの病気だけを治す特効薬よりも、あらゆる患者に影響を及ぼすこちらの方が凄いと言えるかもしれない」

 

 MRIは病気を見つける能力が高いが、時間がかかるせいで一日に検査を受けられる患者の数には限りがあり、さらには救急患者には使っていられない。

 MRI非対応のペースメーカー使用者などは時間の猶予に関係なくその恩恵を受けられない。

 それをいつでも、誰でも気軽に使えるとなれば……どれだけの人の命を拾えるようになるのか見当もつかない。

 

「まじか……そっかぁ、あの国の義手とか開発してるのってこりすだったんだ。そりゃ金持ちなわけだよ」

 

 シュタルフクス王国の言葉を使うこりすと記者たちの会話は理解できないが、字幕があるので内容は分かる。

 映像の中のこりすは、記者から『医療用機械義肢の第一人者であるあなたがなぜ急にMRIを?』と問われて、『つい最近頭部を強打して、定期的な検査が必要なのに従来品では時間がかかり過ぎて日々の仕事に差し障るため、仕方なく』と答えていた。

 

「ぷっは! それで作れちゃうの天才じゃん!」

 

 映像の中のこりすは『従来品をほんの少し改良しただけです。大したことではありません』と言って記者たちをざわつかせている。

 医療とか機械とかは良く分からない千束でも、こりすが天才であることだけはこの短い時間で良く分かった。

 そして、そんなすごい子と友達になれて、また会いたいと思われてるなんて……とっても嬉しい!

 千束がそんなことを思ってにやついていると、記者会見は終了時間となったらしく、中継が切れた後で最後にアナウンサーが締めの言葉を述べた。

 

『以上、シュタルフクス王国で行なわれた、カリス・シュタルフクス王女へのインタビューでした』

 

「………………………………は?」

 

 千束の背筋はめちゃくちゃぞわっとした。

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