首刈コリス   作:ことのはだいり

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第5話 You guys are dear friends, and I'm thinking of killing you properly

 人の首を切り落としたがる頭のおかしい殺人鬼と和解するなんて、絶対に不可能だと諦めていた。

 そんな相手でありながら、その正体を知らずに接した時は確かに友達になれたと思った。

 

「だからさ……もう一回、ちゃんと友達になれないか試してみようと思う」

 

 カリスの身元を知ってから数日間に渡って悩み抜いた末に、千束はそんな思いをミカとミズキに打ち明けて協力を求めた。

 

「あんた正気? 向こうはあんたを騙し討ちするために近付いただけで、千束ちゃんとお友達になりたーい、だなんて絶対思ってないわよ」

 

「でもこの前は何もしてこなかったし!」

 

「そんなのあんたに隙がなかったから諦めただけに決まってんでしょ」

 

 憎まれ口ばかり叩いているミズキだが、これでもちゃんと千束の身を案じているのだ。

 それを理解できている千束は無理に食い下がろうとせず、続いてミカに目を向けた。

 

「……最初にカリスとの交渉を提案したのは私だ。今更協力しないとは言わん」

 

「さっすが先生!」

 

 こうなると多数決を至上とする民主主義の国で生きてきたミズキは何も言えない。

 千束から期待に満ちた視線で無言の圧力をかけられたミズキはこれ見よがしにため息をついた。

 

「……とりあえず、あいつの表の素性を洗うとこから始めるわよ」

 

 このようにリコリコの三人はカリスに歩み寄る方向に進もうとしていた。

 一方、千束が家族同然の二人に相談したように、カリスも似た相談を実の父親であるシュタルフクス王に持ちかけていた。

 

「お父様。私が首刈りをやめると言ったら、どう思いますか?」

 

「めちゃくちゃ嬉しいに決まってんだろ!」

 

 反社の親玉であり、先王から王位を簒奪したシュタルフクス王……ヘルゲ・シュタルフクスは、立場と来歴に反して非常にまともな倫理観を持ち合わせている。

 そんなヘルゲにとって娘の悪趣味は長年の頭痛の種となっていたのだ。

 

「まじでそうなったら組織の奴ら全員集めて、たけぇ店で好きなだけ飲み食いさせてやんよ。そりゃあ俺の国王就任祝いの時よりも盛大に祝うぜ」

 

「そこまで言いますか」

 

「カリスお前自分の娘が生首眺めてにやついてんの見た親が何思うか分かるか?」

 

「ルイゼットが私のコレクションを見て喜んでくれたらですか? もちろん私も嬉しくなります!」

 

 趣味や嗜好を共有できる相手がいたら普通は嬉しいものだ。

 それがなかなか他人に理解され難いものであればなおのことである。

 

「育て方間違えたかって思ったんだよ俺は! お前ルイゼットの教育には絶対に関与すんじゃねえぞ!」

 

「分かっています。ルイゼットはお父様の子供……表向きはそうなっているのですから、私は姉としての立場以上に関与するつもりはありません。それに教育がどうのと考える年齢でもないのですから……今はそんなことよりも私の趣味の話です」

 

「そうだったな」

 

 先程も言っていたように、カリスが首刈りをやめるのであればヘルゲは大歓迎する。

 しかし父親として、誰よりもカリスを知る身としては、彼女が麻薬よりも厄介なそれをすっぱりやめられるとはどうにも思えない。

 

「どうして急にそんなこと言い出したんだ? 何かきっかけがあったんだろ?」

 

「ええ。実は……」

 

 カリスは夏祭りで千束と一緒に遊んだ思い出をねっとりと事細かに語り始めた。

 

「あの日、首を刈ろうと駆け寄った私に千束さんは水の入った風船を投げつけてきたんです。最初は私が誰か知った上で応戦したのかと思ったのですが、どうやら聞くところによると偶然の事故だったらしく、千束さんは濡れた私を心配してくれて、ハンカチを貸してくださりました。冷水で頭が冷えた私は自分が生身であることを認識し、早々にハンカチをお返しして撤退しようとしました。しかし千束さんは私の前に立ち塞がり、一緒に祭りを回ろうと言ったのです。当然ですが私は断りました。それなのに千束さんってば……あんなふうに強引にされるのは初めてだったので、私は全然抵抗できませんでした。それから私は千束さんに散々連れ回されたのですが、もう……本当に千束さんは初対面の相手との距離感がおかしいのです。私に歩きながら食事をするなどというはしたない行為を強要して、さらにはお腹がいっぱいだからひと口だけ分けて欲しいと言って私が口を付けたものに横から噛りつくのですよ。射的というおもちゃの銃で的を倒す遊びをした時なんて、銃を構えて屈む私の背に密着して覗き込んできたのです。そんな姿勢で狙いの指示を出してきたものですから、千束さんの吐息が私の耳に当たってしまって……ひぅっ!? 今思い出しても身体に電流が走るような不思議な感覚が……あれはいったい何だったのでしょう。いえ、考えても分からないので置いときますね。他には破れやすい紙を枠に貼り付けた専用の道具で水に浮かべた色とりどりの小さな球体を掬い取る遊びもしました。私がやってもすぐに紙が破れてしまって球体をひとつも掬い取ることができなかったのに、千束さんは巧みな力加減と神速の手捌きで器が溢れるほどの球体を掬い取ってしまったのです。私は千束さんとの差に悔しさを感じて唇を噛みました。そんな私に千束さんは優越感を滲ませるでもなく、極めて自然な動きで獲得した球体の半数が入った袋を私の手に持たせたのです。まるで不意の雨に振られて困っている時に横からそっと傘を差し出されたような……思わずそんな光景を幻視してしまいました。いただいてしまった球体は実用性に乏しく扱いに困りましたが、普段使いしたかったので使い道を考え抜いた末に、ワイヤーで繋げて表面を透明な溶剤で包んで、今も身に着けて……いえ、この話は置いておきましょう。話を戻しますが、その後は輪投げという遊びをしまして、その結果得たものが今も私の髪を飾っているこの紐です。何の変哲もない安物ですが、千束さんとお揃い……ああ、お父様は見たことないでしょうけど、千束さんもこんな感じの紐をこの位置に結んでいるのです。残念ながら髪の長さがまったく違うので印象は異なりますけど、それでも千束さんがお揃いと言うのですからこれでお揃いと認識して問題ないでしょう。ふふっ……お揃い、なんて素敵な響き……前に回収した新品未使用のリコリス制服は胸元がきついことに加えて他のリコリスも着ているものですから、どうにも気分が乗らなかったのです。あの時感じた物足りなさが、こんな粗末な品で解消されるなんて、世の中何が起きるか分からないものですね。それからも私と千束さんは……」

 

 最初は娘が友人と血を流すことなく平和に遊んだことに感動すら覚えていたヘルゲであったが、カリスの話があまりにも長く、しかも親として聞きたくない情報が何度も出てきたものだから、途中から理解を拒んでその先の全てを聞き流した。

 

「……お父様? 聞いていますか?」

 

「ん? ああ、もちろんだ」

 

 さすがは親と言うべきか、カリスの話をほとんど聞いていなかったヘルゲだが、カリスが抱えている事情は本人以上に掴めていた。

 

「つまりお前、人の首切るよりも楽しいこと見つけられたんだろ? 良かったじゃねえか。そっちの方がよっぽど健全だぜ」

 

 カリスが首刈りに執着していたのはその行為が他の何よりも自分を満たしてくれたからだ。

 何か深刻な理由でそうしなければならなかったということはなく、本当に単なる趣味でしかなかったのである。

 

「……そうなのかもしれません」

 

「そうであってくれ。とりあえず近いうちにどうにかして休日を確保してやるから、またそのチサトとかいう娘と遊んでこい」

 

「いいのですか? いつもは私が首を刈りに行きたいとどんなに懇願しても業務が落ち着くまでは絶対に許してくれないのに」

 

「……そりゃ無意味な殺しやる暇があるなら仕事しとけよって思うだろ」

 

 事実としてカリスは他の誰よりも国益に貢献してくれているため、クソみたいな趣味があってもそれを否定しないようにとヘルゲは努めてきた。

 だからと言って応援するつもりもなかったので、これまでは容赦なく大量の仕事をカリスに押し付けていた。

 

「だが、この前の催事の準備みてえなまともな理由があるんなら話は別だ。友達と遊ぶ時間が欲しいってんなら、多少俺の負担を増やしてでも捻り出してやるさ」

 

 ちなみに普段カリスが処理している王族業務は本来なら国王であるヘルゲが単独で行うべきものである。

 カリスがもたらした技術で国が急速に発展した結果、目を通すべき書類や出席しなければならない会議が激増してヘルゲだけでは手が回らなくなったので、カリスに代行させているだけなのだ。

 なお、それならばいっそ部下にやらせてしまえとカリスが提案したこともあるのだが、王族の確認なしで重要な案件を動かせてしまう状況は好ましくないからとヘルゲは受け入れなかった。

 

「働ける王族が俺とお前しかいない現状、頻繁に休まれると困るが……週に一回……いや二週に一回……いや月に一回……」

 

「お父様、それではこれまでとあまり変わっていません」

 

「……すまん、やっぱこれが限界だ。だがひと月に一回は何としても休日を作ってやる」

 

「首刈りではなく遊ぶのが目的なら生身で行きますので、移動時間もご考慮ください。往復で一日潰れます」

 

「……善処する」

 

 こうしてヘルゲの協力を取り付けたカリスは、前回の夏祭りの日からだいたい一か月が経過した九月二十三日に再び千束のもとに襲来した。

 

          ◯

 

「来たなこりす……いや、カリス!」

 

 私が喫茶リコリコの扉を開くと、そこには腕を組んだ千束さんが力強く立っていました。

 夏祭りの時にはばれていなかった私の正体を今の千束さんは把握しているようです。

 それについてはおそらくメディアで見つけたのでしょう。

 前回も今回も髪の色を本来の銀色から血のような赤に変えてはいますけど、それ以外は手を付けていないので、夏祭りの時のこりすの顔をしっかり覚えられていたとすれば無理もありません。

 

「ワタクシが来ると分かっていたのですね」

 

「あんまDA舐めんなよ。えせ侍の時はまぬけだったけど、普段ならこんくらいよゆーだから。あとお祭り復活させるためにめちゃくちゃ頑張ってくれてありがと!」

 

 ……朱雁こりす名義で私があの神社を所持していることも調べたようですね。

 狐の石像の真下を掘って作ったVロボの格納庫までは見つかっていないでしょうけど、後で石像を動かす仕組みが使われていないか確認しなければなりません。

 

「どういたしましてですわ」

 

「大晦日からお正月にかけてぶっ通しでやる方も盛大によろしくね!」

 

「ええ、年に二度の催事を行うという契約で譲り受けましたので、必ず履行しますわ」

 

「……いい心がけだ! 座敷に上がって良し! 靴は脱げよ!」

 

「承知していますわ。ワタクシの神社の建物内にもありますので」

 

 千束さんに促された私は靴を脱ぎ、草を編んだ敷物の上に直接座るこの国特有の空間……オザシキに乗り込みました。

 

「正座でいいの? 痺れるよ」

 

 私は両足を揃えて折り畳むセイザと呼ばれる姿勢をとっています。

 対して千束さんの座り方はアグラと呼ばれるもので、両足を大きく左右に広げているためリコリス制服のスカートであれば下着が丸見えだったのでしょうけど、生憎と今の千束さんはショートパンツを着用しています。

 どんな下着を履いているのか見られなくて残念・・・ではなくて、紙紐のお揃いは素敵ですけど、はしたない座り方までお揃いにしようとは思えませんね。

 

「オザシキにおいてはこの座り方が最も上品と聞いていますわ。だから、これでいいのですわ」

 

「あー、王女様なんだよね。ってことは、その変な話し方もキャラ付けのためにわざとやってんの?」

 

「……変ですの? 夏の催事の日から練習を重ねましたので、かなり上手になれたと思っていましたのに」

 

「いや前より流暢にはなってるけどさ、なんかこう……お嬢様口調っていうのかな、そういう特殊な話し方してんのよ」

 

「でしたらこれで間違っていませんわ。ワタクシ、この国の上流階級の話し方を学びましたので」

 

 勉強する際にはVロボで使っている翻訳機を活用しました。

 ウォールナットさんから提供していただいた世界中の言語データを読み込ませて作った翻訳機は方言のような同じ言語内の差分にも対応できる優れものです。

 この翻訳機によって千束さんの国の高貴な身分の女性が話す言葉で出力された自分の言葉を録音して、それを何度も聞いて同じように話す練習をしたのです。

 

「……まあ別に伝わりはするし、カリスがそれでいいなら構わないけど」

 

 千束さんはいよいよ本題に入るつもりらしく、机に勢い良く手をついて身を乗り出してきました。

 

「で? 今日は何しに来たわけ?」

 

「千束さんと遊……」

 

「うんうん、そうだよね。相変わらず私の首を切ろうとしてるんだよね。でもね! そんなことするよりもっと楽しいことがあんのよ!」

 

「いえ、今回は首を刈りにきたわけでは……」

 

「待って! 騙されたと思ってとりあえず最後まで聞いて! いい? この前の夏祭りのこと思い出してみて? すっごく楽しかったでしょ!」

 

「はい、ワタクシもそう思……」

 

「だよね!? 楽しかったよね! あれが年頃の女の子のあるべき姿なわけですよお客さん!」

 

「喫茶店ですものね。注文した方が良いのであれば、何か甘いものを……」

 

「だからさ! もう一回試してみようよ! というわけで今日は私の誕生日! リコリコもリコリスもお休みのこの日に、朝から晩まで水族館で豪遊だ! 乗り遅れずについてきな!」

 

「甘いもの……」

 

「うおおおおお! 行くぜ行くぜ行くぜえええええ!」

 

 それから私は千束さんに強引にリコリコから連れ出され、黒塗りの大きな車に押し込められました。

 

「揃ったぜミズキ! デッパツだぁ!」

 

「あんた今度は何の映画見たわけ?」

 

「……すまんな、騒がしい子で」

 

「いえ、お気になさらず。こちらこそ、唐突に来訪した身でありながら皆様のお出かけに同行させていただけるようで、感謝いたしますわ」

 

 強引に巻き込まれた形になりましたが、目的は千束さんと遊ぶことだったので好都合です。

 

「ねえねえ、カリスは水族館行ったことあんの?」

 

「ありませんわ。我が国には存在しませんもの」

 

「うっそ!? ひとつもないの!?」

 

「内陸国ですので。水棲生物を生きたまま輸入するのは高く付きますし、採算が取れませんわ」

 

 ちなみに動物園もありません。

 シュタルフクス王国に存在する大衆を呼び込むための施設はカジノと病院だけです。

 

「なら国立で作ろうよ! 海を知らない子供たちのために! 王女様ならできるでしょ!?」

 

「ワタクシ、施設運営の権限は持っておりませんわ。そういったことは国王であるお父様の領分ですの」

 

「つまりカリスがお父さんを説得できればいいってことでしょ? 今日は私がカリスに水族館のいいところを沢山教えてあげるから、カリスはそれをお父さんに教えてあげて!」

 

「あら、それは楽しみですわね」

 

 ……ええ、本当に、心の底から楽しみです。

 千束さんと遊ぶことに首刈りを超える喜びを見出せるのであればそれで良し。

 そうでなければこれまで通り……首を貰って帰りますので。

 どうかその首にかけて、私を満たしてくださいね。

 

          ◯

 

 リコリコで待ち構えていた時の千束はカリスのことをかなり警戒していた。

 相手は千束の首を切りたがっている狂った殺人鬼なのだから無理もない。

 展開次第ではリコリコ店内で一戦交える覚悟すらしていたのだ。

 

「すっげー! 見てよカリス、これ全部クラゲだって! なんかめっちゃ光ってるんだけど!」

 

 それが蓋を開けてみるとカリスは物騒なロボットではなく生身で現れ、しかもその装いはフリル付きのブラウスにロングスカートというまったく戦闘に向かないものだった。

 歴戦の猛者である千束はカリスの姿を見た時点で戦意がないことに気付き……緊張から解放された反動でハイになった。

 

「なんということ……首がありませんわ」

 

 一方でカリスは安定しておかしかった。

 ちなみにミカとミズキは大人がいても邪魔だろうという気遣いを名目に撤収済みだ。

 今はおとなしくても急にカリスが千束を攻撃する可能性も想定しなければならないので、もともと二人は送迎だけして離れるつもりだったのだ。

 

「感想それ!? きゃーかわいー、とか! わーきれー、とか! くらげー、とか! そういうのないの!?」

 

「ワタクシがそういった感想を抱くとすれば、それは子供の小さな生」

 

「はい次いこー!」

 

 夏祭りの時のように千束がカリスの背を押して強引にクラゲエリアから引き離した。

 小さくてかわいいやつが駄目なら、今度はでかくて強いやつで勝負だ!

 そんな考えで千束はカリスを巨大なサメが泳ぐ水槽まで案内した。

 

「あれがこの水族館で一番おっきな魚! その名もシロワニ!」

 

「サメではありませんの?」

 

「私もそう思うけど、実際そういう名前がついちゃってるから仕方ない! で!? 感想は!?」

 

「大きなお口に、あのように立派な鋭い歯が並んでいるなんて……あれで人の首に噛みつけば、さぞ豪快に頭を落とせるのでしょうね」

 

「……そっかぁ! そういう映画あるよ! サメ映画っていうの!」

 

 サメ映画が一大ジャンルとして確立されている事実を思い出した千束は、犯行に踏み切らないだけでカリスと同じ嗜好の人は世の中結構いるのだろうかと頭を悩ませた。

 それからも千束はカリスが垣間見せる狂気に負けるものかとハイテンションで水族館を駆け回り、やがて疲れ果てて館内のカフェに行き着いた。

 

「カリスごめん……私もう喉が……なんか飲み物……」

 

 椅子に座るなりぐったりして立ち上がれなくなった千束が息も絶え絶えにカリスにおつかいを頼んだ。

 

「まあ喉が! それは大変ですわ! すぐに買ってまいりますのでしばしお待ちくださいませ!」

 

「……割り込みすんなよー」

 

 カフェの注文カウンター前には千束やカリスと同年代の少女たちが行列を作っているので、カリスはしばらく戻ってこれそうにない。

 そしてひとり残された千束の真後ろの席に座っていた中年の女性が千束だけに届く声量で話しかけてきた。

 

「……首尾は?」

 

「楠木さーん、見てわかんでしょ? そりゃもうばっちりよ」

 

 優先度は低く設定されているが、カリスは今でもDAの抹殺対象だ。

 仲良く遊んでいる最中に事情を知らないリコリスが攻撃してきたら、千束は騙し討ちのために友好的に接してきたのだとカリスに誤解され、二度と和解できなくなるだろう。

 そうならないようDAにカリスの身元と和解作戦を伝えて手出し無用と通達したところ、DAの司令である楠木からの返答は要約すると「デート自体は構わないが相手はいつ暴れ出すか分からない殺人鬼なんだから周辺住民避難させた上で監視するに決まってんだろバカ」だった。

 そんなわけで現在この水族館はDAの公費と公権力で急遽貸切となっており、他の客は全てリコリスである。

 

「ならいい。今回は相手が相手だ……穏便に事を運べるなら無理に争う必要はない」

 

 まだ罪を犯していなくても、ラジアータが危険人物と判定すれば容赦なくリコリスを差し向ける。

 リコリスが失敗して事件を未然に防げず、一般人の死傷者が出たとしても、事故死と報じて隠蔽する。

 そんな横暴を国家のお墨付きで行うDAであっても、相手が他国の王族ともなるとなるべく殺害は避けたいのだ。

 

「まあ大船に乗ったつもりで……せっかく水族館に来たんだから私よりも魚見ましょ! おすすめは……」

 

「魚はどうでもいい」

 

 楠木は千束の話を途中で打ち切ってこの場を離れた。

 

「お待たせいたしました……千束さん? どうされましたの?」

 

「さ〜か〜な〜見〜ろ〜よ〜……」

 

 千束のための飲み物を買って戻ってきたカリスが目撃したのは、テーブルにだらしなく突っ伏してタコのように突き出した口で楠木への不平を漏らす千束であった。

 

          ◯

 

 千束さんの艷やかな唇を目にした瞬間、私は思いました。

 誘われている、と。

 

「千束さん、お飲み物をお持ちしましたので、そのままお顔を上げてくださいませ。飲ませて差し上げますわ」

 

「んー……」

 

 私は飲み物が入ったコップにはストローがさされているので、千束さんはそれを咥えさせてもらえるのだと思ったのでしょう。

 千束さんは私の方に身を乗り出し、柔らかそうな唇を無防備に突き出しています。

 いただきます。

 

「ん!? んんー!?」

 

 両手で千束さんの頭を左右から押さえてしっかり固定した私は、瞬時に迫って千束さんの唇に自分の唇を密着させました。

 なるほど、これが接吻……くすぐったさの中に微弱な気持ち良さがあります。

 このまま舌を絡めたいところですが、千束さんが大暴れしている今はさすがに危険なので我慢します。

 

「ぷはっ! ちょっ、ちょっとカリス……?」

 

 あまり長く密着を続けると窒息してしまうので、名残惜しいですがほどほどの時間で私は千束さんを解放しました。

 

「千束さん、ワタクシ今の接吻で確信しましたわ」

 

 私が真っ直ぐ見据える千束さんのお顔は真っ赤に染まっています。

 ふふ……どうやらこういった行為には慣れていないようですね。

 

「今ので何が、分かったの……かな?」

 

 引きつった笑顔で問いかけてくる千束さんに、私は笑顔ではっきりと気持ちを伝えます。

 

「それはもちろん……ワタクシが千束さんのことを性の対象として見ているということですわ」

 

「…………………………おっ?」

 

 どうやら千束さんは私の言葉を処理できなかったようです。

 固まってしまった千束さんが再起動するまで待ってあげるべきなのでしょうけど、逸る気持ちを抑えられなかった私はさらに言葉を重ねました。

 

「千束さん、あなたはワタクシがこれまでに出会った誰よりも特別な存在ですわ。だから……どうかその特別な首を、ワタクシに刈らせてくださいませ」

 

          ◯

 

 身近に実例が存在するのでカリスが同性愛者であること自体に千束は悪い印象を持っていなかった。

 唐突に特殊な性癖を開示されて驚きはしたが、もしもカリスから恋人になってくださいと言われたら千束は冗談扱いせずにしっかり考えて返答していただろう。

 それなのにカリスの性癖は千束の想定を超えてきた。

 

「いや……いやいやいや、なんでそうなるわけ? 私のことがす……好きなんでしょ?」

 

「ええ。ワタクシは千束さんを愛していますわ。粘膜接触で不快感ではなく快感が生じたのですから、間違いありませんわ」

 

「だったらなんで殺そうとしてくんの!? わけわんないんだけど!?」

 

 恋人の浮気を知って愛が殺意に反転したというのであれば、映画やドラマでたまに見かける話なので理解できる。

 しかし愛と殺意が横並びというのはまったくもってわけがわからない。

 

「千束さんが悪いのですわ」

 

「私の何が悪いってのよ!?」

 

「ただのお友達であれば一緒に遊ぶだけで満足できましたのに……今や千束さんは他のアランチルドレンよりも特別な、世界でたったひとりの愛しい人。そんな千束さんの首を刈った時に得られるであろう喜びに比べたら、先月の催事や今日のように遊ぶことも、恋人らしく肉体を重ねることも、何もかもが遠く及ばない……そう確信してしまっただけなのですわ」

 

 千束はカリスの発言内容を理解できなかった。

 だから、ついに諦めた。

 

「楠木さんごめーん! こいつと分かり合うの無理だー!」

 

 千束が大声で叫んだその瞬間、密かにこの場を取り囲んでいたリコリスたちが一斉に銃を抜き、銃口をカリスに向けた。

 

「……まったく、何が大船だ。泥舟だったじゃないか」

 

「私悪くないし! こいつが想像以上にやべー奴だったせいだし!」

 

「いいから丸腰の小娘は早く包囲の外に出ろ。邪魔だ」

 

「へーい……」

 

 リコリスたちの包囲の輪を抜けた千束は離れて見守る楠木の隣に並んだ。

 

「……というわけで! お前は完全に包囲されている! 命が惜しければ投降しろ!」

 

「私の仕事を奪うな……だが、そういうことだ。生身で我々の前に姿を見せたのは愚かな選択だったな」

 

 Vロボと同等の頑強さを有するカリスの義肢はリコリスが扱う拳銃の銃弾程度なら問題なく防げるが……頭部と胴体は無防備だ。

 今この時カリスはまごうことなき窮地にあり、単独で突破しようとすれば命を落とす可能性も十分に考えられた。

 だからカリスは、素直に助けを求めた。

 

「護衛隊! ワタクシを守りなさい!」

 

「はっ!」

 

「おおっ!」

 

「はーい!」

 

 光学迷彩プロテクターを身に纏い、何も喋るなと厳命されてずっと付かず離れずカリスを見守っていた三人の護衛が、待ち望んでいたカリスの指示を受けて姿を現した。

 なおカリスとしては光学迷彩を切らずにリコリスの不意を突いて欲しかったのだが、カリスに自分たちの活躍を見せたくて仕方がない三人にその願いは通じなかった。

 

「あんぽんたんトリオか!」

 

「想定内だ」

 

 楠木としてもカリスが護衛も付けずに身を危険に晒すとは思っていなかった。

 光学迷彩の存在も把握していたので、ロボの一体や二体は出てくる前提で作戦を組んでいたのだ。

 正確には今回の三人組はロボではなく生身にプロテクターを装備しているだけだが、傍目には判別がついていない。

 

「人数で押してカリスを人質にとれ」

 

 リコリスの火力で対処できない護衛が隣にいても、脇をすり抜けてカリスさえ確保してしまえば無理に倒す必要はない。

 そんな楠木の作戦はカリスたちが陣形を組んだ瞬間に崩れた。

 

「……なぜ貴様が先陣を切る!?」

 

 右にアンドリュー、左にタンドリー、そして背後に身体の大きいポンジョルノを配置して、護衛対象であるはずのカリスは真っ直ぐに楠木の方へと突撃してきた。

 

「こっちに来ます!」

 

「……発砲を許可する! 殺しても構わん!」

 

 楠木の正面、すなわちカリスの進行方向に配置されたリコリスたちが発砲する。

 撃たなければ味方に危険が及ぶため千束は口を挟まなかったが、仮にも一緒に遊んだ仲であるカリスの無惨な死に様を眺めていたいとも思えなかったので、咄嗟に視線を逸らした。

 だから千束はカリスの動きを見逃してしまった。

 

「きゃっ!?」

 

「ひっ、撃たれ……なんで!?」

 

「あっ……ああ……血がいっぱい……こんな……」

 

「千束! 来るぞ!」

 

「……えっ」

 

 前衛のリコリスたちはことごとく倒れ、中には深手を負ってうわ言を呟いている者もいた。

 

「うっ……おっ!」

 

 それでも千束はその才覚によってカリスの手首から突き出た剣による首狙いの攻撃をかろうじて回避した。

 

「……やはり当たりませんのね。回避の……いえ、生存の才能でしょうか」

 

 完全に不意を突いても駄目なら、この場でこれ以上やっても千束の首は刈れない。

 そう判断したカリスは戦闘態勢を解き、身構える千束に言い放った。

 

「今日のところはこれでお暇させていただきますわ」

 

「……ここまでやっといて逃がしてもらえると思ってんの?」

 

「ええ。だって、ワタクシたちを止められる戦力なんて、もはやそちらにはありませんもの」

 

「……は?」

 

 言われて千束は周囲の状況を確認した。

 沢山いたはずのリコリスたちはひとり残らず倒れていた。

 

「これこそがVロボでは再現できない超人たちの真なる実力ですわ」

 

 カリスが千束に到達した後、散開したあんぽんたんトリオが暴れ回った結果であった。

 

「ねーねーカリス様! なんで殺しちゃ駄目なんですか!?」

 

「手加減は苦手なんですけどね」

 

「カリス様に銃を向けた奴らなんて、今からでも潰しちまいましょう!」

 

 あんぽんたんトリオは他国の言語を習得できるほどの頭がなく、ロボではないため翻訳機も使っていないので、シュタルフクス王国の言語でカリスと話している。

 

「駄目です。千束さんが嫌がりますから。愛する者の気持ちは尊重したいので……たとえ敵であっても命を大切に、ですよ」

 

 そのため千束には伝わらないはずだったのだが、再会までの一か月でシュタルフクス王国の言葉を勉強しておいた千束は内容をしっかり理解していた。

 

「そっ……そこまで分かってて、なんで私は殺そうとすんの!? 愛してるとかいうなら、まず私の命を大切にしてよ!」

 

「あら……こちらの言葉、わかりますのね」

 

 カリスが千束と同じ言葉を使えるように準備していたように、千束も同じことをしてくれていたのだ。

 相思相愛に感動したカリスは上機嫌で言葉を紡いだ。

 

「愛しているからこそ、ワタクシは首を刈るのです。たとえそれで千束さんが死んでしまうと分かっていても、首を刈らずにはいられない……ワタクシは、そういう存在なのですわ」

 

「こんの……イカれ殺人鬼!」

 

「ワタクシのことを理解してくれて嬉しいですわ」

 

 微笑むカリスは威嚇してくる千束から視線を横にずらし、立ち尽くす楠木に要求する。

 

「ワタクシ、この国とは仲良くしたいと思っていますの。皆様がワタクシと千束さんとの関係に口を挟まずにいてくださるのなら……良き国交が実現するようお父様に口利きいたしますわ」

 

「……分かった。DAはこの件から完全に手を引く」

 

「楠木さん!?」

 

 楠木はほとんど悩むことなく千束を売り渡すことを選んだ。

 楠木にとって千束はDAから逃げ出した生意気な小娘とはいえ、死んで欲しいとまでは思っていない。

 しかしリコリスひとりの、しかも諸事情により数年後には死んでいるであろう千束の命でシュタルフクス王国との友好関係を買えるのであれば、国益を考えなければならない立場の楠木が断れるはずもない。

 

「……今日で十六だろう? 残り時間はせいぜいあと四年、それほど変わるまい」

 

「大学生が社会人になるくらいの時間だよ!? めちゃくちゃ変わるって!」

 

「四年……? ああ、リコリスの退職時期の話ですわね。学生に扮して暗殺するのが仕事である以上、大人になったらお役目はおしまい。その後は友好国に出荷されると噂に聞きましたし……それなら少し早くてもワタクシが千束さんを刈り……買い取ることに何の問題もありませんわね」

 

「そういうことだ」

 

「これだから命を大切にしない奴らは……大っきらい!」

 

 千束の罵詈雑言を無視してカリスと楠木の取引はつつがなく成立した。

 こうして十六歳となった千束は、自分がプレゼントを貰えるはずのこの日に、プレゼントとしてカリスに差し出されたのであった。




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