首刈コリス   作:ことのはだいり

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第6話 Two people who love each other are always together

 千束は珍しく荒れていた。

 

「第十回頭のおかしい殺人鬼対策会議ぃ!」

 

 リコリコの閉店時間からさらに時間が過ぎて、居座っていた常連客たちが解散した直後、千束は唾を飛ばす勢いで叫んだ。

 

「いよいよ二桁か」

 

「あんたこれいつまでやんのよ。ここんとこ毎日じゃない」

 

「じゃあミズキがあの女なんとかしてよ!」

 

 リコリコの三人は何度も議論を重ねたが、今のところカリス関係の問題を根本から解決できる手段は見つかっていない。

 

「だから、さっさとあいつぶっ殺しちまえって言ってんでしょ」

 

「それはやだ!」

 

 殺してしまえば手っ取り早いのに、それだけは千束が頑なに拒むのだから始末に負えない。

 

「なんでよ」

 

「だって……なんか悔しいじゃん。あいつなんかのために自分で決めたこと曲げちゃうのはさぁ」

 

 しかもカリスのことだから、いざ千束に殺されるとなれば「千束さんの初めて、ワタクシがいただきましたわ〜!」などと気色の悪い言葉を遺して恍惚の表情で事切れるに違いない。

 そんなことされたら千束の心に一生残る深い傷が刻まれてしまう。

 

「だがもうそれ以外の方法でどうにかできる相手ではないぞ。愛するがゆえに殺したいなど……行動原理が常人からかけ離れ過ぎている。我々が常識的な思考で対策を練ったところで無意味だろう」

 

「愛ねぇ……まったく、どいつもこいつもこんな小娘のどこがいんだか」

 

 若者も老人も、男も女も、善人も悪人も、千束はあらゆる人間を惹きつける。

 他は別にいいけど若い男はアタシの方に来いよとミズキは常々思っている。

 

「なら今度カリスにミズキのこと紹介しようか?」

 

「いらないわよあんな物騒なの。王女じゃなくて王子なら考えたけど」

 

「えぇ……首狙ってくんのに」

 

 こいつそこまで男に飢えてんのかと千束は戦慄した。

 

「まあ誰だって欠点の一つや二つあるもんよ。それを受け入れてあげんのがいい女ってやつでしょ」

 

「あいつの場合はその一つだけの欠点が大き過ぎんだけど」

 

「でも他は完璧じゃない? 金もあるし、地位も高いでしょ」

 

「そういうとこばっか気にしてるからミズキはモテな……それだ!」

 

 千束が急に大声で叫び、ミズキとミカが肩をびくっと震わせた。

 

「いきなり大声出すんじゃないわよ! びっくりすんでしょーが!」

 

「どうした? 何か思い付いたのか?」

 

 ミカが思った通り、千束は問題を解決する名案を思い付いたのだ。

 

「嫌われればいんだよ! 好きだから殺したいって言うなら、嫌いになれば興味なくすはずでしょ!」

 

「おい待て、あんたその発想誰見て思い付いた?」

 

「ミズキのおかげ! ありがと!」

 

「ざけんな! 別にアタシゃ男から嫌われたこたぁねえぞ!」

 

 そもそも男との出会い自体がないのだから、好かれるとか嫌われるとか以前の問題なのだ。

 

「チクショー! ヤケ酒だぁ!」

 

「……で、先生。人に嫌われるのってどうすればいいの?」

 

 酒瓶に直接口を付けて飲み始めたミズキを放置して、千束はミカに相談を続けた。

 

「そうだな……いつもの千束と真逆のことをすればいいと思うぞ」

 

「いつもの私って言ったら……明るく元気で、誰にでも優しくて、話し上手聞き上手で、超美少女な喫茶リコリコの看板娘ってとこ?」

 

 文面だけ見れば凄まじくナルシズムに満ちた自己分析であったが、恐ろしいことにこれらは全て事実である。

 

「まあ、そんなとこだな」

 

「その逆だと……暗くて無気力で、優しさの欠片もなくて、一方的に自分のことばっか話すのに相手の話は何も聞かない、超ブサイクな……いや見た目は変えらんないか」

 

「アタシ的には美人で性格悪い方がむかつくわよー!」

 

 ミズキのヤジを聞いた千束はじゃあこれでいいかと納得した。

 

「よし! それじゃあとは練習あるのみ! お手本は……」

 

「四捨五入したら三十……だからなんだってのよ!? 女性の年齢を四捨五入すんじゃねえ! 二十だろうと、二十五だろうと、二十九になったとしても……実際に三十超えるまでは二十代なのよ!」

 

 千束は思った。

 悪酔いしたミズキはこの条件ほぼ全部満たしてるじゃん、と。

 

「先生、私しばらくミズキのこと見てるね」

 

「……なぜ見てるのかは本人に言ってやるなよ」

 

「はーい」

 

 涙と愚痴を垂れ流す酔っぱらいのうざ絡みを笑顔であしらう千束を横目に見守るミカは、あの様子では千束が嫌な奴となるのは難しいだろうなと思っていた。

 何よりミカには確信があった。

 たとえどんなことがあっても、愛とはそう簡単に捨てられるものではないのだと。

 

          ◯

 

 Vロボを人型にした理由は操縦者である私が自分の手で首を刈ったと認識できるようにするためであり、他人から人間として誤認されるためではありませんでした。

 そのため顔の作りには力を入れておらず、触った感触も明らかに人肌ではなく、人間からは程遠いものでした。

 しかし私が千束さんのことを愛していると自覚した今となっては事情が変わります。

 女の子という存在は好きな人に綺麗な自分を見て欲しいものなのです。

 ですから私は持てる頭脳の全てを注いでVロボを私自身に近付けました。

 女の子の柔肌の質感を再現し、人間らしい表情変化機能を搭載し、飲食と排泄も上から下に素通りさせるだけですが一応は可能としました。

 こうして完成した新型はもはやもうひとりの私と言っても過言ではない出来栄えで、試しにVロボを操縦して身近な者たちと接してみたところ、私が生身でないことに気付けたのはお父様だけでした。

 さて、これで千束さんの首を迎えに行く準備は整いましたので、あとはVロボを彼の国に輸送して次の休日を楽しみに待つだけ……となった段階で私はふと思い付きました。

 この技術を使って千束さん型のVロボを作れば、本番を前にして千束さんの首を刈る喜びを体験できるのではないか、と。

 もちろん偽物の首を刈ったところで本物の首を刈る喜びには遠く及ばないでしょう。

 それでも遠い休日に思いを馳せて溜まりに溜まった欲求を少しでも解消できるなら……そんな考えで私は千束さん型Vロボを作り出しました。

 そして試運転のために千束さんロボと同調した私は、大きな姿見の前で千束さんになりきり、自分で自分を誘惑します。

 

『さあ今回紹介するのはこちらの首! 細くてしなやかな見事なフォルム!』

 

 まあ、なんて素晴らしい首……でも、簡単には刈らせてくださらないのでしょう?

 

『それがですねお客さん! この素晴らしい千束さんの首……今ならなんと刈り放題! 持ってけドロボー!』

 

 では遠慮なく!

 私は手首から伸ばした剣を自分……千束さんの首にあてて、ひと息で刈り取りました。

 

「ん゙ん゙ん゙〜〜〜〜〜!」

 

 ああ……久しぶりです。

 下腹部が燃え上がるようなこの感覚……!

 本物の人間とは色々と違いましたが、そこは想像力で補います。

 いいですねこれ、期待していた以上の満足感があります。

 自害のような方法でこれ程なら、ちゃんと自律する千束さんロボの首を刈れたら、もっと気持ちいいはずです。

 でも、私以外の人に愛しの千束さんの姿をしたVロボを操縦してもらうのは嫌です。

 ならば、ここは……AIの出番ですね。

 

          ◯

 

 カリスを遠ざけるために嫌な奴を演じる練習をしていた千束だったが、いつまで経ってもカリスの襲撃がないので、やがて別のことに打ち込むようになった。

 千束が今熱を上げているのは、間近に迫ったハロウィンで使う仮装の準備である。

 わざわざ遠くの催しに参加する予定はないものの、その日はずっと仮装して過ごすつもりなのだ。

 

「というわけで、どんな仮装がいいか投票してってくださいね!」

 

 やりたい仮装は沢山あっても千束の身体はひとつしかなく、複数の衣装を用意するのは大変だ。

 そこで千束はいくつかの案を用意して、リコリコに来た常連客たちの投票で決めることにしたのだ。

 ちなみに候補に出されているのは『魔女っ娘(トンガリ帽子とマント!)』、『狼少女(もふもふの耳と肉球手袋!)』、『シスター(姉妹じゃなくて教会にいる方!)』の三つで、どれも近所の雑貨屋で衣装セットが販売されているものだ。

 

「ほほぉ……どれも捨てがたいねぇ」

 

「魔女っ娘良くない? デッキブラシ貸してあげたい」

 

「いやいや狼女でしょ。ケモミミだよケモミミ」

 

「この中だとシスターの仮装だけなんか浮いてない? ハロウィンだとあんま見かけないような……」

 

「でも前に調べたことがあるんだけど、ハロウィンの仮装って本来はあの世から蘇った怪物たちから身を守るために怪物のふりをしてるらしいのよ。地獄の蓋が開き、地の底より現れる怪物たち……それに立ち向かうのはひとりの美少女シスター……聖なる力で不浄を討滅! いける! これで読み切りひとつ描ける!」

 

 常連客の間でも意見は割れていたが、漫画家である伊藤が店内で描き始めた読み切り漫画が強力な後押しとなり、最終的に千束の仮装は満場一致でシスターに決まった。

 そして衣装の購入はすぐに済ませておきながら誰にも見せることなく温め続けて、ついにハロウィン当日となった。

 

「お待たせしましたぁ! みなさんお楽しみ千束の仮装、ついに本邦初公開!」

 

 配色は白と黒の二色と決して派手なものではないが、それゆえに千束自身のかわいらしさが強調されている。

 では千束の容姿に頼り切っているのかというとそうでもなく、長い布を髪のように伸ばす特徴的な被り物が神聖な魅力を放っている。

 近所の雑貨屋で購入したこちら、お値段たったの四千円だ。

 

「おー、かわいいじゃん」

 

「似合ってるねぇ」

 

「資料用に何枚か写真撮っていい!?」

 

「どぞどぞ」

 

 漫画家の伊藤が絵の資料として千束を撮影し始めた。

 それを皮切りに他の常連客たちもせっかくだからと千束とのツーショット写真を求めて、千束が快く応じた結果、この日のリコリコはなんだかいかがわしいお店みたいになった。

 

「……ちょっとあんたたち? アタシにも何か言うことないわけ?」

 

「ミズキちゃん、まだ昼だけど出かけるのかい?」

 

「今日は通行人が多いから気いつけなよ!」

 

 千束に対抗心を燃やしたミズキは、いつかハイクラスのバーで男と逢い引きする日が来ると信じて用意しておいた煌びやかで露出の多いドレスを初披露したのだが……哀れ、指名はゼロだ。

 

「チクショウ! 酒ぇ!」

 

 仕事を放棄して酒を飲み始めたミズキのせいでますます夜の店みたいになってしまった喫茶リコリコ。

 普通の店の店長であれば好き勝手する店員たちを叱りそうなものだが、ミカはとにかく千束に甘いので、彼女が楽しめているならこれもまた良しと受け入れていた。

 そんな楽しい雰囲気に水を差すように、リコリコに一本の電話がかかってきた。

 

「はい、喫茶リコリコ」

 

『楠木です。奴が来ているので、すぐに千束を向かわせてください。場所は……』

 

「いや、今は……」

 

『人の多い場所なので銃の使用は禁止、服装も私服にさせてください。では、後はお任せします』

 

 楠木は伝えるだけ伝えて一方的に電話を切った。

 ミカは聞かなかったことにしようかと考えたが、放置された厄介者が痺れを切らしてリコリコに突撃してくる展開を懸念して、肩を落としながら千束に呼びかけた。

 

「……千束。例の友人から遊びの誘いだ。あとの仕事はミズキにやらせるから、行ってきなさい」

 

          ◯

 

 AIを搭載すると決めてから、私は数日かけて千束さんロボを改修しました。

 そして完成した千束さんロボで再びひとり首刈りをしました。

 

『こっちこっち! 捕まえられるもんなら捕まえてみろ〜!』

 

『千束さんってば、お転婆ですのね!』

 

 大昔の貴族が逃げる獣を狩って楽しんだように、私も逃げる千束さんロボを追い回した末に首を刈って楽しみました。

 ……悪くはなかったのですが、本物の千束さんであれば逃げずに立ち向かってくるはずです。

 ちょっとだけ解釈違いを起こした私は千束さんロボを修理する際に制限を解除して反撃を解禁しました。

 もちろん危険なので私も自分の姿のVロボを操縦して首刈りに挑みました。

 その結果は……私の圧勝でした。

 違う。これは違います。千束さんがこんなに弱いはずありません。

 千束さんロボの強さに納得できなかった私はAIの機能向上に全力で取り組みました。

 動き回る標的に対してまったく命中させられなかった射撃能力は、標的の動きを予測した偏差射撃ができる程に高めました。

 転ばないようにぎこちない動きしかできなかった運動能力は、跳躍や回転など複雑な動きを織り交ぜながら、滑らかかつ俊敏に動ける程に向上させました。

 そして最終的に、千束さんロボは首の切断を狙った私の攻撃を必要最低限の動きで回避し、その状態から回避と同時に反撃で私に銃弾を撃ち込んでくるという、まさに私と初めて戦った時の千束さんの動きを完全に再現できるようになりました。

 そう!

 これです!

 こちらの攻撃が何ひとつ当たらないこの感じ……これこそが千束さんです!

 そして、そんな千束さんを組み伏せて首を刈り取った時、ついに私は満たされるのです!

 などと興奮していた私は現実に打ちのめされました。

 勝てません。

 刈れません。

 千束さんロボを強化し過ぎました。

 無理ですよこれ、私の攻撃はかすりもしませんし、逆に私は千束さんロボの銃撃を一度もかわせません。

 どうにか対抗策を作り出さなければと思っても、Vロボを本物の人間に近づける研究とAIの研究でちょっとお金を使い過ぎてしまったので、今月中にこれ以上の出費は無理です。

 私が自由に使えるお金は月初めにお父様から与えられるお小遣いだけで、私が開発したものによる利益は全て国庫に入るようになっています。

 私の関心は首刈りだけでしたので……お金なんてどうでもいいからお父様の好きにしてくださいと私の方から差し出してしまったのです。

 

『くっ……もういい加減にしてくださいまし! どうしてワタクシに気分良く首を刈らせてくださりませんの!?』

 

 行き詰まった末に私は自分で作り出した千束AIに向かって文句を言いました。

 

『なーに情けないこと言ってんの! そんなんじゃ本物の私に勝てないぞ〜?』

 

 そして千束AIにそんなことを言われて何も言い返せませんでした。

 千束さんロボの首を刈ることに夢中で忘れていましたが、本物の千束さんの攻略方法も未だに確立できていないのです。

 どうしましょう……お小遣いが尽きた今、使えるものは操縦式の私型Vロボ一機、そしてAI制御式千束さん型Vロボ一機です。

 他にも多少の資材の蓄えはありますが、Vロボをもう一機作れる程の量はありません。

 この状況では今から新しく何かを作るよりも、素直に私と千束さんロボの二機がかりで千束さんを襲った方が良いように思えます。

 

『確かにワタクシだけでは難しいでしょう。ですがワタクシとあなたで協力すれば、千束さんを倒せるのではありませんかしら?』

 

『無理だね。私じゃ本物には遠く及ばないし、そこにカリスが加わったくらいじゃ差は埋まらないよ』

 

『そこまでの差があるのですか? あなたの動きは既に本物の千束さんと遜色ありませんのに?』

 

『違うんだな〜。私は高性能カメラで良く見て、AIの計算力で動きを予測してよけてるんだよ。だから不意打ちには弱くて、本物と同じくらい強いのは一対一の時だけ。でも本物はカリスの護衛隊を三人同時に相手して圧勝してる。本物の私はきっと不意打ちも普通にかわせるんだと思う』

 

 ……なるほど。

 千束AIの分析はおそらく正確です。

 伝え聞いたリコリスとしての活躍と、これまでの戦いにおける様子から予想しますと、アラン機関が千束さんに見出したのは戦闘系の才能であり、現状で最も疑わしいのは回避の才能です。

 狙撃に代表される見えない攻撃ごときで当てられるようなら才能とは呼ばないでしょうし、第六感で自分に迫る全ての脅威を感知して、無意識の反射で身体が勝手に回避行動をとる、くらいのことはしていると考えるべきでしょう。

 

『だとするとワタクシが用意すべきは感知しても回避のしようがない範囲攻撃手段ですわね』

 

『でもカリスの目的を考えると、やり過ぎて頭部が傷付いたら困るんじゃない?』

 

『そうですわね……ならば傷付けずに行動を阻害するのはどうでしょう?』

 

『いいねぇ。他には?』

 

『感知しても回避できないような速度で動くのも有効だと思いますわ』

 

『うんうん、そういうのもありだよね』

 

 私は千束AIと議論を重ねて、対千束さん用の新型兵器の設計図を書き上げました。

 そして完成したものがこちら。

 両腕を私型ロボの脚と付け替えた四つん這いの千束さんロボを馬代わりにして、その背に私型ロボの上半身を接合しました。

 その名もチサタウロスです。

 

『うおー! すっご! すごいよこれ! めっちゃはやい! スーパーカーみたい!』

 

 二本脚の時に速度を制限していた姿勢制御の難しさを四本脚にすることで解決しているため、チサタウロスは人間では到底及ばないサラブレッド級の速度で自在に走り回ることができます。

 

『ふふふ……見た目がちょっと異形ですが、上半身だけ見てもらえばしっかり美しいワタクシなので、まあ問題ないでしょう』

 

 しかも都合の良いことに、ようやく決まった私の次の休日は彼の国において誰もが化け物の仮装をして街を練り歩くハロウィンなるイベントが開催される日なのだそうです。

 チサタウロスが街を歩いても大事にはならないでしょうし、衆目を集めれば千束さんは銃を使えなくなるはずです。

 これは勝てます。

 いえ……勝ちます!

 

          ◯

 

「うわっ……キモッ」

 

 カリスが待ち構えているという巨大な滑り台が名物の公園に到着したシスター姿の千束は、カリスの姿を一目見てそう呟いた。

 

『肝?』

 

 耳聡く千束の呟きを聞き取っていたらしいカリスが首を傾げた。

 

『……ああ、あちらの内臓が飛び出たゾンビさんのことですわね』

 

 そして目線を横に向けて、なぜか大勢集まっているグロ方面に全力を発揮したコスプレイヤーのうちの一人を見た。

 

「いやお前が気色悪いって意味だよ」

 

 わざわざ千束の姿を模したロボに騎乗する今のカリスはまごうことなき変質者であり、一般的な感性を持つ少女であれば例外なく嫌悪する出で立ちだ。

 

『下を見るからですわ。上だけ見てくださいまし』

 

「自覚あんのかい」

 

『このチサタウロスは千束さんを打ち倒すためにワタクシが開発した自信作ですのよ。人は己の命を脅かす存在を前にすれば嫌悪感を抱くもの……千束さんの反応は開発者冥利に尽きますわ』

 

「そういう気分の悪さじゃないから! 普通に外見が最悪って言ってんの!」

 

 千束の率直な罵倒にカリスは微笑した。

 虚勢を張る千束さんもかわいらしいですわね……と思っているのだ。

 

「んだとてめぇ! 姫を侮辱すんじゃねえ!」

 

 代わりに声を荒げたのは公園に屯しているグロ系コスプレイヤーたちだった。

 

「……こいつら何? あんぽんたんトリオの中身?」

 

『いえ、この方々は我が国の者ではありませんわ』

 

「じゃあなんなのこいつら?」

 

『知りませんわ』

 

「えぇ……」

 

 どうやらグロ系コスプレイヤーたちは一般の公園利用者らしい。

 

「……あのさぁ、私ちょっとそいつと喧嘩するから、しばらく離れててくんない?」

 

「あぁ!? てめぇもか! てめぇも俺らを追い出そうとすんだな!?」

 

 千束は一般人の身を案じて離れろと言ってやったのに、彼らは烈火のごとく怒り出した。

 

「はぁ!? 何の話!?」

 

「俺らはなぁ! このハロウィンという日にあるべき姿で出歩いてるだけなんだよ!」

 

「化け物に襲われないために化け物のふりをするのがハロウィンの仮装だぞ! 正しいのは俺たちみたいな格好だ! どいつもこいつもコミケと混同してんじゃねえ!」

 

「子供が泣くからやめろ? そんな姿で公共の場に出歩くな? 怪しいから職質させろ? ふざけんなチクショウ! 俺なんかよりもっとやべえやついっぱいいんだろ! ほとんど全裸の痴女とかな!」

 

 現在、この国におけるハロウィンは本来の在り方から大きく形を変えており、身を守るために化け物の仮装をする日というよりは、コスプレで遊ぶ日として民衆に認識されている。

 そんな風潮に負けまいと本格的過ぎる化け物の仮装をする、いわゆるハロウィン原理主義者とでも呼ぶべき者たちは、大人にはさけられ、子供には泣かれ、警察には怪しまれ……若い女子には「キモッ」だの「キショ」だの言われて心に傷を負わされてきた。

 

「うわあああああ!? やめろ、やめてくれえええええ! そんな冷たい目で俺を見るなあああああ!」

 

 ハロウィン原理主義者たちの一部がトラウマを再発して錯乱した。

 

「落ち着けみんな! ここには泣き喚く子供も、恫喝してくる警察もいない! もう俺たちを追い出そうとする奴はいないんだ! だって……姫が全部追い払ってくれたじゃないか!」

 

 そう、この公園がハロウィン原理主義者たちの楽園と化したのは、カリスがそれ以外の全てを追い払ったせいだ。

 大抵の一般人は異形のカリスを見ればすぐに逃げていくし、一度は踏み込んできてカリスに接触しようとしていた警察たちも直前でDAが手を回したことで逃げるように立ち去った。

 そしてハロウィン原理主義者はDAが「何こいつら、怖っ……関わらんとこ」と放置した結果、楽園の存在を同志から教えられてどんどんここに集まり、カリスの周りで人目をはばかることなくハロウィンを満喫していたのである。

 

「すげえぜ姫! いくら俺でもそこまでイカれたかっこじゃ人前に出らんねえってのに!」

 

「上半身はたまにテレビで見かけるどっかの国の王女のコスプレ! 作り物の下半身は人間をめちゃくちゃに繋げた悍ましい化け物! ヤバくねえ部分がひとつもねえ!」

 

「俺知ってるぜ! 美女の上半身に化け物の下半身とくりゃ、スキュラの仮装にちげえねえ!」

 

「上の王女様の名前って確かカリスだったよな? つまりカリスキュラか!?」

 

「プリンセス・カリスキュラ! 俺たちの救い!」

 

 もはや面倒な敵としか思っていないはずなのに、この時だけは千束もカリスに同情した。

 

「……なんかすっごい貶されてない? しかも勝手に変な名前付けられてるし」

 

『……構いませんわ。千束さん以外の有象無象にどう思われようと、どうでもいいことですもの』

 

 カリスが両腕を大きく振り、手首から剣を伸ばした。

 

『さあ、今日こそ千束さんの首をいただきますわ!』

 

「おい聞いたか! 姫はあのコスプレ女の首をご所望だ!」

 

『えっ』

 

「教会の手先め! 悪魔様がぶっ殺してやらぁ!」

 

『ちょっ』

 

「人間の法律がなんだってんだ! 俺たちゃバケモンだぞ!」

 

『まっ』

 

「いくぜえええええ! 打ち首だあああああ!」

 

『話を聞いてくださいまし! それはワタクシが刈るべき首ですわ!』

 

 長年の抑圧から解放され、いい気分で酒を浴びるように飲んでいたハロウィン原理主義者たちは、カリスを置き去りにして暴徒と化し、千束に襲いかかった。

 

「よっしゃあ! 来いや化け物ども! この美少女シスター千束が浄化してやんぞ!」

 

『そして千束さんはなぜそんなに乗り気ですの!?』

 

 ハロウィンの日にこんな場所で内輪でしか盛り上がれない彼らの本来の姿は間違いなく暗く無気力な陰の存在だ。

 排他的な主義主張には優しさの欠片もない。

 今しがたカリスを相手にやってのけたように、一方的に自分のことばかり話して相手の話は何も聞かない。

 そんなハロウィン原理主義者たちはまさしく千束が目指していた嫌な奴であり、彼らのノリに合わせればカリスを幻滅させられると考えた千束は、勇猛果敢に化け物の群れを迎え撃った。

 なお、武器がないので千束は拳を使っている。

 

「悪霊たいさーん!」

 

「ぶげらっ!?」

 

「悪鬼せんめーつ!」

 

「うぼろっ!?」

 

「あははははは! 素人の分際で私に勝てると思うなよ!」

 

『ワタクシはいったい何を見させられていますの?』

 

 DAとの契約でこの国の一般人に危害を加えられなくなったカリスは、攻撃をしかけたら千束に群がるハロウィン原理主義者たちを巻き添えで殺してしまうので、立ち尽くして乱闘を眺めることしかできずにいた。

 

『本物の私つっよ!』

 

『一般人とはいえ体格で勝る成人男性をあれだけ同時に、しかも徒手格闘のみで圧倒できるとは……まるで背中にも目が付いているかのようですわ』

 

「おらおら次はどいつだぁ!?」

 

『うわぁ!? こっち来たよ!?』

 

『何していますの! 迎撃しますわよ!』

 

 状況について行けずぼんやりしていたカリスの前に、いつの間にかハロウィン原理主義者たちを壊滅させていた千束が迫っていた。

 

「私さぁ! 実はずっと頭にきてたんだよね!」

 

 剣の横薙ぎを飛び越えて、千束がチサタウロスの背に組み付いた。

 

『取りつかれた!』

 

『比較的脆い接合部分であっても素手では壊せませんわ! 尾で拘束を!』

 

 千束の動きを止めるための拘束用兵装であるチサタウロスの尻尾が鞭のようにうねって千束に迫った。

 

「沢山の人を救える才能の持ち主が! こんなくだらないもの作って大切な時間を無駄にしてる!」

 

 千束は自分に向かってくる尻尾を殴り飛ばして軌道を変えさせた。

 狙いがずれた尻尾は千束ではなくチサタウロスの脚を巻き込んで絡まった。

 体勢を崩したカリスは転倒して、千束は巻き添えになるよりも早く飛びのいた。

 

『きゃっ!? 動けない……すぐにほどいてくださいまし!』

 

『待ってカリス! 前!』

 

『えっ……』

 

「さっさと家に帰って! おとなしく人の役に立つものだけ作ってろ!」

 

 ガチンと金属同士のぶつかる音が公園に轟いた。

 

『な……にが……』

 

 武器を持っていないはずの千束が使ったのはトロールの仮装をしたハロウィン原理主義者から奪い取った小道具。

 おそらく工事用に市販されていたであろう、柄の長いスレッジハンマーだ。

 

『やめっ』

 

 ガンッ! ゴンッ! ガンッ!

 ……と、まるで解体工事をしているかのような音を立てて、シスター姿の少女が異形の化け物をひたすらに殴りつけるその光景は、痛みに悶えてうずくまっていただけで特に気絶などしていなかったハロウィン原理主義者たちを戦慄させた。

 

「なんだありゃ……こえぇ」

 

 しかしその一方で、千束の活躍は凝り固まっていたハロウィン原理主義者たちの価値観に一石を投じてもいた。

 

「でも……なんかいいな」

 

「なんのコスプレだ? 漫画? アニメ? どこで見れるんだ?」

 

「俺も気になってきた。誰か何の作品のキャラか知ってるやついない?」

 

「そっかぁ、そうだよなぁ……やっぱみんな怖いもの見るよりかわいいものやかっこいいもの見たいよなぁ」

 

「俺……もう今年でこういう仮装やめるわ」

 

「俺も」

 

 ハロウィン原理主義者たちが続々と化け物の仮装を脱ぎ捨てて人の姿に戻っていく。

 その光景はまるで悪しき力で化け物に変えられていたものが聖なる力で浄化されたかのようだった。

 

『ちょいちょいちょいちょい! いったん落ち着こ! ね!? そんなものでいくら殴っても表面がちょっと歪むだけだから! それとカメラとかスピーカーとかが衝撃で不具合起こすくらい!』

 

 周囲のそんな状況を尻目に、千束は一心不乱にカリスの顔面を殴り続けている。

 

『ヂさ……ザ……』

 

 どれだけ殴られてもシュタルフクスの王宮内からVロボを操作しているカリスは痛痒を感じず、怯んで動けなくなるということはない。

 しかし首を切っても千束の頭部そのものは傷付けずに持ち帰りたいので、視界不良の状況下での不用意な反撃は控えざるを得ないのだ。

 

『……ザド……尾デ……止メ……』

 

『やってる! でも動かない!』

 

 放置されている千束AIが尻尾を動かそうとしても、Vロボと地面との間に挟まれているせいで完全に固定されてしまっている。

 この尻尾にVロボの重量を持ち上げられる程の力はないのだ。

 

『あー……もしかしてもうこれ詰んでる?』

 

『まダ……終ワ……』

 

『いや無理だってこれ。殴られてるの関係なしに起き上がれないもん。完全に設計ミスだよ』

 

 カリスがまだ諦めていないというのに、千束AIは無感情に敗北を受け入れ、合理的な敗戦処理を開始した。

 千束の首を刈るのはカリス自身でなければならないため、千束AIは上半身の腕を動かすことはできても、千束に攻撃することは制限されている。

 しかし千束への攻撃以外の目的であれば腕を動かすこと自体は可能なのだ。

 千束AIは左腕の制御をカリスから奪い、剣をカリスの首に向けて動かした。

 カリスのひとり遊びで何度も首を切られた千束AIは、戦いに敗れた者は首を切られなければならないという条件付けをカリスが知らないうちに学習していたのだ。

 

『何ヲ……!?』

 

 カリスは利き腕である右腕ほど意識していなかったために左腕の制御を千束AIに奪われたこと気付くのが若干遅れて、首をはねられる寸前でどうにか動きを停止させた。

 

『こら抵抗すんな! 負けたんだから覚悟決めろ!』

 

『覚悟……ノハ……ソチ……ワ!』

 

 カリスは「覚悟するのはそちらですわ!」と叫びながら、今もなお千束AIが制御を奪おうとしてくる左腕を停止させたまま、右腕で下半身の首をはねた。

 そんなカリスの自傷行為を不思議に思いながらも、千束はその隙をただ眺めて見ているなんてことはしなかった。 

 

「首を切るのが大好きな殺人鬼に首を切られる人の気持ちを教えられる機会が来るなんてねぇ。因果応報ってやつ?」

 

 地面に這いつくばるカリスを見下ろして、千束は見た人を怖がらせるような笑顔でハンマーを振り上げていた。

 

「これに懲りたら二度と人の首切ろうとか思うなよ〜?」

 

 千束の視線はカリス型ロボの首に剣を添えた状態で停止した腕に向けられている。

 

「打ち首だ!」

 

 千束が振り抜いたハンマーがカリスの腕ごと剣を押し込んだ。

 二つの首が天高く飛び、元ハロウィン原理主義者たちが歓声を上げた。

 

          ◯

 

「お待たせみんなー! 千束が戻りましたー!」

 

「ちょっと千束ちゃん! これどういうこと!? 資料探すためにシスターで検索かけたら急上昇に出てきたんだけど!」

 

 カリスに勝利してリコリコに戻った直後、千束は声を荒げた漫画家の伊藤に迫られた。

 伊藤は手に持った携帯端末でとある動画を千束に見せた。

 

「えっと、これって……」

 

『打ち首だ!』

 

「げっ!? 何これ私!?」

 

 その動画には美少女シスター千束がハロウィン原理主義者たちを蹴散らし、なんか現物以上に醜悪な外見のカリスキュラをハンマーで殴り倒し、ついには首を飛ばす姿がしっかり映っていた。

 

「……千束ちゃんがお友達と一緒に撮影したんじゃないの?」

 

「違う違う! 私もあいつも撮影なんてしてない! 誰かに勝手に撮影されたんだよ!」

 

 最初はカリスによる嫌がらせかと思っていたが、間もなく楠木から連絡があって、何が起きたのか判明した。

 動画の撮影者は千束を模した頭部に搭載されていたという千束AIだった。

 首を刎ねられても千束ロボの頭に搭載されたAIチップは特に破損しておらず、千束AIは人知れずネット上に逃げ出していたのだ。

 ラジアータは千束AIの存在を感知して抹消するために追撃したが、思いのほか高性能だったらしい千束AIの抵抗力は高く、敢え無く取り逃した。

 

『はい、というわけで美少女シスターチサ! 第一話はここまでー! 素人の自主制作にしては凄かったでしょ? 続きも見たいよね!? そう思ってくれたみなさんのために用意したのがこちらのボタン! 今すぐチャンネル登録よろしくぅ!』

 

 そして自由になった千束AIはこれからどうしようかと考え抜いた末に……銀幕デビューを夢見る動画配信者『チサ』として活動することにした。

 ネット上の膨大な情報を自己学習して、短い時間で自己進化を果たしたチサは、生成系AIとしての能力まで獲得し、ハロウィン原理主義者が密かに撮影していた先程の戦いの記録を奪い取り、編集して初投稿したのだ。

 なお編集の際に上半身のカリスの顔は後で怒られないよう不細工な別人に変えて、下半身の千束ロボの頭部はしっかり消した。

 千束AIが変な動画をネット上に投稿したことはラジアータ経由でDAも掴んでいるが、下手に手を出してまたウイルスを踏みたくないので、監視に留める方針なのだという。

 

「……あんの生首ぃ! 肖像権侵害で訴えてやる!」

 

「あぁあぁぁせっかく完成が見えてたのに……今から出したらこっちがパクリになっちゃうじゃない!」

 

 こうして伊藤の読み切りは出版社に持ち込まれる直前でボツになった。

 一方でチサが関係者に無断で配信した美少女シスターシリーズは個人撮影では珍しい編集技術の高さで注目を集め、それを足がかりとして躍進した動画配信者チサは、明るく元気で、誰にでも優しくて、話し上手聞き上手で、超美少女な見る抗うつ薬として将来的に多くの人から親しまれるようになるのである。

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