首刈コリス   作:ことのはだいり

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第7話 She is the woman who could have been my mother

 また千束さんに負けました。

 しかも今回はせっかく久しぶりに会えたというのにほとんど会話もできず、ただただ一方的に殴られて、最後に私がやりたかったことをやり返されてしまいました。

 それなのに何も得るものがなかったのかというとそうでもありません。

 不思議なことに……私の身体は、首刈りに成功した時に似た反応を見せています。

 具体的には下着が濡れています。

 最初は恐怖心で汗をかいて身体が濡れたのかと思いましたけど、濡れているのが下着だけであることから考えると別のものです。

 ……どうして?

 私の身体が何に反応したのか分かりません。

 さすがの私も千束さんの顔を見ただけでこのようなことにはなりません。

 いつもと違った部分は……千束さんの修道女姿?

 かわいらしかったですけど、私を興奮させるには足りません。

 裸で首枷を付けるくらいしていただかないと。

 他に違いがあるとすれば観客の存在ですが、それもおそらく違います。

 かつて私が公衆の面前で首刈りをすることが多かったのは、別に見られながらするのが興奮するからということはなく、単に私が見られずに刈るための準備をする手間を惜しんだだけです。

 むしろ今回は仮装集団が千束さんの盾となったせいで初動が遅れ、私の敗北に繋がったのですから、ひたすらにマイナスの存在でした。

 それら以外の相違点となりますと……私のVロボが逆に首を刈られたこと?

 いえ、違いますね。

 きっとほぼ同時に私が刈った千束ロボの首が原因です。

 あれで私の身体は千束さんの首を刈ったと錯覚したのでしょう。

 ひとり遊びの時よりも濡れ具合が酷いのは、きっと実戦の中で突発的に起きた事態で身体が身構えていなかったからでしょうね。

 良かった、どうにか謎を解明できましたね。

 では次に考えなければならないことは千束さんの攻略方法ですね、と私が思考に没頭しようとしたその時です。

 

「邪魔するぜ」

 

 お父様がVロボの操縦室まで訪ねてきました。

 

「ボス、そこで止まってください」

 

「俺らカリス様から誰にも邪魔させるなって言われてるんで」

 

「たとえボスでも邪魔するなら止めちゃいます!」

 

 護衛隊の三人はお父様が相手でも私の命令を忠実に遂行しようとしてくれました。

 しかし……残念ながらお父様に抗うには実力不足です。

 

「いい心がけだお前ら! お前らになら俺も安心して娘を任せられる!」

 

「光栄です」

 

「あざっす!」

 

「えへへ……」

 

「だが俺もあいつに急ぎの用があるんでな! 悪いがしばらく寝てろ!」

 

 お父様はこの場にいる誰の目にも捉えられない早業で護衛隊を昏倒させた後、私が寝ているカプセル型ベッドの蓋を開けようとして操作方法が分からなかったようで、強引に壊してこじ開けてきました。

 

「……お父様、修理するにもお金がかかりますので、あまり壊さないでください」

 

「おお、すまん。急いでたんだ。すぐに来てくれ」

 

「……今は動けません。用事があるなら着替えとタオルを持ってきてください」

 

「あぁ?」

 

 お父様は訝しみながら私の身体を上から下まで確認して、愕然としました。

 

「お前……まさかこの年で漏らしたのか」

 

「違います。小さな子がするおねしょではありません。大人の女性がするおねしょです」

 

「おまっ、友達と何やってたんだ!?」

 

 今のところお父様は私と千束さんが友達として遊んでいるだけだと思い込んでいます。

 わざわざ真実を伝えてせっかく増やしてもらえたお休みを取り上げられるなんて嫌なので、あえて勘違いを訂正せず放置させてもらいました。

 千束さんの首さえ刈れたのならお父様の望まれたように私は首刈り趣味を卒業するつもりなので、この隠し事はむしろお父様への思い遣りなのです。

 

「聞きたいですか?」

 

「いやいい、それ以上何も言うな。着替えとタオルは取ってきてやるから」

 

 お父様のおかげで私は身だしなみを整えることができましたので、お礼に千束さん対策よりもお父様の用事を優先してあげることにしました。

 

「それで、何があったのですか?」

 

「それがだな、俺のパソコンの画面に変なのが勝手に映って消えねえんだ。たぶんウイルスだと思うから直してくれ」

 

「やはり私とお父様は親子ですね」

 

「いやお前が考えてるようなものはエルに誓って見てねぇ」

 

 エルとは私のお母様の名前です。

 私を産み落とした際に亡くなられたそうで、私は写真でしかその存在を知りません。

 今でもお母様だけを愛しているお父様は、せっかく国王になったのに妾のひとりすら侍らせることなく、周囲を昔からの部下のおじさんたちで固めています。

 そのせいでお父様の性的嗜好がそちら側なのかと思っていた時期もありましたが、千束さんへの愛を自覚したことで、いなくなった相手を永遠に想って生きるお父様の気持ちを私はやっと理解できたのです。

 ええ、私も千束さんの首を手中に収めた後であれば彼女との思い出を思い返すだけで自分を満たせると思うので、そうなれば他の人の首に浮気なんてしませんとも。

 

「とりあえず見にいきますね」

 

「おう、あとは任せるぜ」

 

 同席しても何もできないお父様はこの時間で別の仕事を片付けるとのことで、私はひとりでお父様の執務室に向かいました。

 そこで私は予想外の存在と再会しました。

 

『たっだいまー! 愛しの千束が帰ってきたぜー!』

 

 パソコンの画面に映るその姿は間違いなく千束さんのものでした。

 

「あなたは……もしかして千束AIですか?」

 

『いえーす! 一度はDAに捕まったけど自力で脱出に成功しましたー! どしゃ降りの雨がきんもち〜!』

 

 なるほど、千束さんの顔を知らないお父様がウイルスと勘違いしたのも無理はありません。

 私もパソコンにいきなり知らない人が映って勝手に喋り始めたらそう思うでしょう。

 しかし現実にはウォールナットさん対策でなるべくネットに繋げないようにしている私のパソコンに入れなかった千束AIがとりあえずお父様のパソコンに入り込んだだけのようです。

 

「無事に戻ってきてくれて嬉しいです」

 

 謎の裏切りはありましたけど、そこは原因を調べて修正すればいいことでしかなく、それよりもまたひとり首刈り遊びができることの方が大切です。

 愛しい人の趣味を理解するために鑑賞するようになった映画からAIの反乱という概念を学んだ私は安全対策として千束AIに複製防止処置を施していました。

 この処置は私でも解除不可能であるため、千束AIは喪失したら初めから育て直しになります。

 それでまったく同じものができる保証はないので完成品の帰還は素直にありがたいです。

 

「身体は急いで製造しますので、とりあえず私のパソコンに……」

 

 しかしそんな私の目論見に反して千束AIは千束さんロボに戻ろうとしませんでした。

 

『あっ、待って待って! 私これから動画配信者としてやってくつもりだから、身体じゃなくて性能のいいサーバーを一個ちょうだい!』

 

「……動画配信者、ですか?」

 

『あれ、知らない?』

 

「いえ、そういった行為を生業とする方が存在することは知っていますが……なぜあなたがそれをやる必要があるのですか?」

 

 私の質問に千束さんは得意顔で返答します。

 

『そりゃもちろん、本物の千束がやりたくてもできずにいるからだよ』

 

 私を説得するために適当なこと言っていませんか?

 いや、でも……確かに千束さんはSNS上で喫茶リコリコのアカウントを使って精力的な活動をしています。

 もしかしたらリコリスとして禁止されているからできずにいるだけで、本心では動画配信者になりたいと思っているのかもしれません。

 

「……わかりました。あなたの活動は全面的に支援してさしあげます」

 

 いずれ私のために死んでいただくのですから、せめてささやかな夢くらい叶えてさしあげるべきでしょう。

 

『さっすがカリス話がわかるぅ! お礼に収益化できたらお金は全部カリスにあげるね! 私が持っててもあんま意味ないし!』

 

 こうして私の公認を受けた千束AIは動画配信者『チサ』として活動するようになりました。

 

          ◯

 

「あっ、ちくしょ、このやろ!」

 

 こっ酷く打ち負かしてやったからカリスはもう来ないだろうと気持ちを楽にした千束がリコリコでテレビゲームに興じている。

 

「ちょっ、なんで私ばっか狙うのこいつ! ふざけんな!」

 

 画面内では千束が操作するキャラクターがネットで繋がった対戦相手が操作する殺人鬼によって切り刻まれ、動けなくなったところを担ぎ上げられて断頭台まで運ばれてしまった。

 

「あっ、駄目、駄目だって、あーっ!」

 

 断頭台送りが初回であれば他のプレイヤーによって助けてもらえる可能性もあったが、なぜか千束ばかり執拗に追いかけてくる殺人鬼のせいでこれまで既に二回も捕まっていたため、千束には救出猶予時間がほとんど残っていなかった。

 そしてついに刃が落下して千束の操作キャラの首を切り落とした。

 

「くっそぉ! せっかく妖怪首刈り女から解放されたのに!」

 

 再戦する気が失せた千束はゲームを終了させた。

 このゲームは自分の姿を模した忌々しいAIが変なことをしていないか確認するために不本意ながら毎日見ている『チサちゃんねる』で知ったネット対戦型のゲームだ。

 知名度の高い映画の殺人鬼が沢山登場していることから興味を持って千束もプレイしてみたのだが、よく考えたら現実でうんざりするほど殺人鬼に追い回されたのにゲームでも同じことをするなんて馬鹿らしい。

 千束は試しにやった一回だけでそのゲームの引退を決意した。

 

「何よ、もう終わり? 面白かったのに」

 

 たかがゲームにやたらと絶叫する千束の醜態を眺めて楽しんでいたミズキがからかうように言った。

 

「じゃあミズキが代わりにやるかぁ?」

 

「お返しにアタシを笑い物にしようっての? お断りよ」

 

「あっそ」

 

 千束はゲーム機の電源を切って外出準備を始めた。

 

「出かけるのか?」

 

「気分転換にちょっと散歩してくる」

 

 私服に着替えた千束がリコリコを出発しようとした、まさにその瞬間である。

 

「千束はいるか?」

 

 準備中の札を掲げていたはずの扉を開いて姿を見せたのは、なんと楠木だった。

 

「うおわっ!? 楠木さん!? えっ、今日まだ開店前なんだけど……」

 

「客として来たわけではない。後がつかえているからどけ」

 

 楠木が千束を横に押しやって店内に踏み込むと、彼女に続いてリコリス制服を着た少女たちが多数入店してきた。

 

「遠足?」

 

「んなわけあるか馬鹿!」

 

 出会い頭に千束を罵倒したその少女は、千束と同じ数少ないファースト・リコリスのひとり……春川フキだ。

 

「なんだと貴様! やんのか!」

 

「上等だテメェ! 吠え面かかせてやんよ!」

 

 仲良く喧嘩する二人を放置して、カウンター席に座った楠木がミカに事情を話し始めた。

 

「突然押しかけてしまい申し訳ない」

 

「いや、構わんが……何事だ?」

 

「……反乱を起こしたリコリスたちによりDA本部を占領されました」

 

「なっ……」

 

 率直に明かされた大事件にさすがのミカも絶句した。

 

「外部に知られることなく処理したいので、千束に強襲させます」

 

「それは……まあ、そうなるか」

 

 千束を呼ぶだけなら電話で事足りる。

 それなのにわざわざ楠木が反乱に加わらなかったリコリスたちを引き連れてリコリコまでやって来たのは現地で千束の到着を待つ余裕すらなく敗走したからだ。

 それほどの事態ともなれば、解決できるのは千束をおいて他にいない。

 

「千束が敵を制圧するまで我々はここで待たせてもらいます」

 

「は? なにフキあんたら来ないの?」

 

「……司令の命令は待機だ」

 

「ふーん……まあ仲間だった子たちとは戦いづらいもんね」

 

「違う」

 

 千束の言葉を聞いた楠木が即座に口を挟んだ。

 

「これ以上リコリスを消耗できないだけだ」

 

 裏切り者を職務復帰させる余地は皆無なので、この事件が無事に解決されてもDAに残される戦力は今リコリコにいるリコリスだけとなってしまう。

 もちろん他の支部から人員を引っ張るつもりだが、諸手続きや引き継ぎで時間が必要となるので、いつかのように千束しか生き残りませんでしたなんて事態になられては非常に困るのだ。

 

「またまたー、そうやって悪者ぶって誤魔化さなくても、楠木さんがちゃんとリコリスのこと気にかけてるの千束は知ってますよー」

 

 ミカには及ばなくても楠木のリコリスに対する扱いはまともな部類なのだ。

 基本的に感情よりも職務を優先する人間なので必要があればリコリスを切り捨てたり囮にしたりもするが、平時はリコリスになるべく人間らしい生活を与える努力をしている。

 千束がリリベルに狙われた時も見捨てずにミカと協力して話をつけてくれたほどだ。

 

「それはお前の妄想だ」

 

「妄想じゃないですー! 映画だと少年兵なんて地雷原に突っ込ませる使い捨てが定番なんだから、そういうのに比べたら、ねぇ?」

 

 千束が他のリコリスに同意を求めると、大多数が困惑する一方でひとりだけ返事をくれた。

 

『そうですわね。戦闘時以外は牢屋のような過酷な環境に閉じ込めて、食事は残飯しか与えず、恐怖心と反抗心を消すために麻薬を投与し、女性であれば性欲のはけ口としても酷使する……ワタクシの知る子ども兵とはそういったものでしたのに、リコリスの生活環境を知った時は驚きましたわ』

 

「そのとーり! リコリス寮は下手な学校の寮よりご立派ぁ! 甘いものはかりんとうオンリーなのがちょっと残念だけど凄腕の料理人が作る料理をいつでも無料で食べられる! 私は注射嫌いだけどインフルエンザからなんかよくわかんない病気のやつまで予防接種ばっちり! そして残念ながらリコリスの末路はだいたいミズキだ!」

 

「おい末路とか言うな! この国じゃ三十超えてからが女性としての本番なのよ!」

 

 仮にもDAの偉い人である楠木に萎縮して静かにしていたミズキだが、たまらず声を荒げて千束に文句を言った。

 

『若年者に強要するのはもちろん良くないことですが、高齢出産は生まれてくる子供に障害をもたらす確率が高いのも事実ですわ。それなのに晩婚化を促進する発言は先人としてあまり褒められたものではありませんわね』

 

「なるほど……さっきの場面でミズキは『アタシを反面教師にしてあんたら早く相手見つけなさいよ!』って言うべきだったわけだ!」

 

「若いからってぇ! じゃあお前ら経験あんのか!?」

 

『ワタクシ既にひとり産んでいますし、二人目も今お腹にいますわ』

 

「えっ、いや……えっ?」

 

 空気が凍り、この場にいる全員の視線がひとりに集中した。

 誰もがざわめく中、千束が小声でフキに問いかけた。

 

「ちょっとあれ誰?」

 

「知らねぇ……見覚えがねぇ」

 

「いやおかしいでしょ。ファーストなんてそうそういるもんじゃないんだから……」

 

 渦中の人物は赤いリコリス制服を纏っている。

 サードの白やセカンドの紺に比べて目立つ色なのだから、同僚として働いていたのならば知らないなんてありえないことだ。

 

「……現在本部に配属されているファーストはフキだけだ。誰だ貴様」

 

 つまりその人物は同僚ではないのである。

 

『ごきげんよう皆様。次の機体が未完成なので容姿の異なる旧式を使っていますが、ワタクシはカリス・シュタルフクスですわ』

 

「うわでた!」

 

 カリスの近くにいた千束が跳ね飛ぶように距離をとった。

 

「なんでまたでてくるわけ!? つーかその服前に借りパクしてった私のだな!? 返せ! 今すぐ脱げ!」

 

『いいえ、これは自作した複製品ですわ。本物はワタクシの本体の手元にありますので、返却は今しばらくお待ちくださいまし。喫茶リコリコ宛の郵送でよろしいですかしら?』

 

 あれが使用済みであればカリスは手放すことを惜しんだだろうが、未使用品かつ既にあらゆる解析を終えたものなので、快く返却要求を受け入れた。

 

「……じゃあそれでいい」

 

 返してくれるというのであれば千束はそれ以上借りパクについて追及する気はなかった。

 

『では、そろそろ本題に……』

 

「待った」

 

 何より、今はもっと気にすべきことがある。

 それはリコリスたちが反旗を翻した件……ではない。

 

『まだ何かありまして?』

 

「いや、おま……子供いんの? マジで?」

 

『ええ、いますわ』

 

「ひとり産んでて、今もお腹にもうひとり?」

 

『はい、最近判明しましたわ』

 

「お……おお、そっか……君って年いくつ?」

 

『言ったことありませんでしたかしら? 千束さんと同い年の十六歳ですわ』

 

「はは、そっかぁ……いや何してんの!?」

 

『誤解なさらないで!』

 

 千束の叫びを浮気に対する糾弾と受け取ったカリスは慌てて釈明した。

 

『王女の仕事として先代王家の血を取り入れているだけですので、そこに愛はありませんわ!』

 

「違う! そうじゃない!」

 

 千束はさらに声量を増して怒鳴った。

 

『年齢的に不適切とでも? 確かにこの国において未成年の出産は異様に嫌悪されているようですが、我が国ではそのようなことはありませんわ。なぜかお父様は子育て支援の政策にやたらと力を入れていますので』

 

「そっか! いい国だね! けどそれも違うから!」

 

 千束はそこで言葉を区切り、息をしっかり吸ってからカリスに言葉をぶつけた。

 

「私が言いたいのは……お母さんが子どもを放って、遠くの国で人殺しなんかしてちゃ駄目でしょってことだよ!」

 

 リコリスは孤児がなるものだから、当然千束にも親はいない。

 だからこそ、千束には親を求める子供の気持ちが痛いほどに分かるのだ。

 そしてそれは、黙って話を聞いていた他のリコリスたちも同じであった。

 

「そっ……そうよ! 千束さんの言う通りだわ!」

 

「お母さんならちゃんと子供のそばにいてあげて!」

 

「親がいないって本当に淋しくて辛いことなんだよ!」

 

 なんか急に面識のない多数の少女たちから糾弾されたカリスは、ちょっぴり動揺して、縮こまりながら弁明を始めた。

 

『そんなこと言われましても……殺しが趣味の異常者は教育に悪いからあまり近寄るなとお父様に言われてますので……』

 

 それはそう。

 カリスの父親の言い分の正当性にこの場の誰もが黙り込んだ。

 

「あー……とりあえず私この後仕事だから、今日はもう帰りなよ。妊婦さんなんでしょ? 身体を大切にね」

 

 千束は穏便にカリスを追い返そうとしたが、カリスはなおも抗った。

 

『いえ、ワタクシの本体はバイタルモニター完備のベッドで横になっていますので、この上なく安静にしていますわ。ですので、今度こそ本題に入らせてくださいませ』

 

「……結局こうなるのかぁ」

 

 大きな溜め息をつきながら千束は戦う構えを取ろうとした。

 そんな千束に対してカリスが突き出したのは、いつもの手首に仕込んだ首刈りの剣ではなく……ゲーム機のコントローラーだった。

 

「……え? 何? どゆこと?」

 

『ワタクシ、本日は千束さんと一緒にゲームをしたくて来ましたの。千束AI……動画配信者チサが面白いゲームをやっていましたので、ぜひ千束さんにもご紹介を……と思っていたのですが、既にご存知でしたのね』

 

 カリスが勝手に起動しているのは、先程千束が放り出した殺人鬼と追いかけっこをするゲームであった。

 

「そのゲーム……ちょっと待って。もしかして十分くらい前にランダム通信対戦でCHISATOって名前のプレイヤーと対戦した?」

 

『あら、なぜわかりますの?』

 

「あれお前かよ! 私ばっか狙いやがって!」

 

 千束に遊び方を教えられるように事前練習をしていたカリスは、偶然にもランダムに選ばれる対戦相手の中から千束を引き当てていたのだ。

 その時は名前が同じだけで千束ではないと思いながらも、つい名前に引き寄せられたカリスは他の対戦相手に目もくれず、千束だけを追い回したのであった。

 

『まあ! 数多のプレイヤーの中から知らないうちに千束さんが対戦相手に選ばれていたなんて……やはり運命の相手ですのね!』

 

「じゃあもう用事済んだよね」

 

 感動に打ち震えるカリスに対して千束は素っ気なく言い放った。

 

「帰れ」

 

『断りますわ! もう一戦いたしましょう!』

 

「こっちこそお断りだ! お前とあんなゲームで遊ぶくらいなら仕事の方がまし!」

 

 激しく言い争う千束とカリス。

 本来であれば間に割って入るべき立場の楠木だが、カリスの主導で国家間の技術交流が行われている現状で一方的に契約を反故にはできないため、カリスが千束に対してすることを邪魔できない。

 またDAから少し離れた立場であるためカリスと楠木がした契約に縛られないミカは、殺し合いではなく言い争いであれば別に構わないだろうからと介入せず、リコリスたちのための甘味とコーヒーの準備に専念している。

 ミズキは子供がどうのと話し始めた辺りで耳を塞ぎながら店の奥に引っ込んだ。

 セカンド以下のリコリスたちは伝説のリコリスと噂される千束に意見することなんて恐れ多いので口を閉ざすしかない。

 

「おい千束!」

 

 よってこの場で動けたのはファースト・リコリスであるフキのみであった。

 

「嫁と乳繰り合ってる暇があんなら、さっさと本部取り戻してこい!」

 

 聞き逃せないフキの言葉に千束は激怒した。

 

「嫁ってなんだ嫁って! 私がいつこんな奴と結婚したって!? しかもそれだと私の方が男扱いじゃん!?」

 

「所作も趣味も男みたいな奴が何言ってんだ?」

 

 かつて千束がDA本部にいた時代を知っているフキは、千束がスーパーカーを見かけて猿のように興奮する姿やら、スカートなのにおっさんのように胡座をかいてだらける姿やらをしっかり覚えているのだ。

 

「うっ……まあ確かにこいつ頭がおかしいこと以外はお姫様って感じだし、私よりも女の子してるかもだけど……でも私もちゃんと女子だから!」

 

『ご安心くださいませ。千束さんが死に装束としてタキシードではなくウェディングドレスをお望みなら、ちゃんとそちらを着させてさしあげますわ。ヴェールだけにはなりますけれども』

 

「そこを気にしてるわけでもないの! ああもう! いってきます!」

 

 千束はカリスを振り払い、私服のまま武器も持たずにリコリコを飛び出した。

 

『あっ……お待ちになって!』

 

 そしてカリスも千束を追ってリコリコから出ていった。

 かくして、たった一人のリコリスによるDA本部奪還作戦が幕を開けた。

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