DA本部に先着したのはリコリコが所有する車で法定上限速度ギリギリを攻めた千束であった。
おそらく金に物を言わせてタクシーで追ってくるであろうカリスの到着までに仕事を終わらせてやる。
そんな覚悟を固めていた千束だが、自分が非武装の身であることに今になって気付き出鼻を挫かれた。
敵はリコリコに逃げてきた者を除いたDA本部のリコリス全て。
百人を優に超える。
さらにはリコリス以外のDA職員たちが人質となっている可能性もある。
それを非武装の縛りで単独攻略しろと言われたら、さすがの千束だって少しは躊躇する。
どうしたもんかなぁ、と腕組みした千束が閉鎖されたゲート前でうんうん唸っていると、おそらく見張りとして屋外に出ていた二人のサード・リコリスが走り寄ってきた。
まあ、こんなところでぐだぐだ止まってたら、そりゃ見つかるだろう。
そんなことを考えながら、とりあえずせっかく丸腰だから交渉役として派遣された体を装って、穏便に解決できるならそれで良し、駄目なら強行突破で……と千束は冷静に方針を決めていた。
しかしサードたちの千束への対応は思いも寄らないもので、事態はおかしな方向へと進み始めた。
「千束さん! いつの間に外に出てたんですか!?」
「えっ?」
「物資の調達ですか? 必要なものがあるなら私たちに言ってください!」
「みんなに危ないことさせたくないって思ってくださるのは嬉しいですけど、あなたに何かあったらみんな困りますから!」
「いや、何のこと?」
「もう、照れ隠しなんてしなくてもいいじゃないですか!」
「とにかく、外は危険です! 早く中に!」
サードたちが千束に銃を向けることはなく、それどころか無警戒に本部の中へと招き入れる始末だ。
何が起きているのか全然分かっていない千束であるが、苦労せずに建物内に入れるのであれば好都合なので話を合わせることにした。
「そうだね! 早く戻ろ!」
そしてサードたちに先導されて施設内を移動している間、それとなくリコリスたちがクーデターに至った理由を探ってみた。
「ねえねえ、君たちがDAじゃなくてこっち側についたのって、どうして? DAから離れるの、めちゃくちゃ怖かったでしょ?」
千束の問いかけにサードたちは顔を見合わせ、声を揃えて同じ答えを返した。
千束さんが導いてくれたから、と。
「……あー、そっかぁ。私が……」
「はい! 千束さんがいなかったら、私たちずっとDAの奴らに洗脳されたままでした!」
「千束さんが立ち上がってくれたおかげで、私たちみんな自分の人生を取り戻せました! ありがとうございます!」
いや何の話ぃ!?
表情には一切出さないが、千束は内心で凄まじく動揺していた。
「それにしても、DAは本当に最低ですよね! 育ててもらったお礼に命をかけて恩返しするのが当たり前だって思い込まされて……それが普通じゃないって、千束さんに教えてもらうまで気付きもしませんでした!」
「……そうだね!」
下手に否定しても怪しまれるし、何より否定できる内容でもなかったので、千束ははっきりと同意の言葉を返した。
そうこうしているうちに千束はDA本部の中枢となっている部屋に到着した。
『おっ、来たね!』
そこには赤いリコリス制服を纏った、千束と完全に同じ容姿の何かがいた。
「えっ……千束さんが二人?」
案内してくれたサードたちが千束と千束の姿をした何かを交互に見てうろたえている。
「まさか、どっちかが偽物!?」
『違う違う。安心して』
どう対応したものかと千束が思案していると、先んじて偽千束が口を開いた。
『それね、あの首刈り魔のロボットを修理したやつ。ちょっと偵察に出してたの』
「なんだ、そうだったんですね!」
『もうちょっとでこっちの作業終わるから、君たちは持ち場に戻っていーよ』
「はい!」
サードたちが去り、この場には千束と偽千束だけが残された。
「……で、あんた何? まさかカリス?」
『違うよ。私はカリスが作った千束AI……今は人気動画配信者のチサって名乗ってもいいかな』
そう、千束の目の前にいる偽千束はこれまでにDAが大量に回収してきたVロボの残骸に残されていた無事なパーツを組み立てて作った千束型Vロボであり、シュタルフクス王国にあるサーバーからチサが遠隔操作しているのだ。
「リコリスのクーデターを主導したのはお前?」
『うん、そうだよ』
「カリスにそうしろって命令されたの?」
『いんや、それは違うよ。話すと長くなるんだけど……聞く?』
「……聞く」
時間稼ぎが目的かもしれないので最初は断ろうと思った千束だが、色々と考えた末にチサと言葉を交わすことにした。
生身のリコリスが相手ならともかく、カリス製の無駄に頑強なロボを非武装の状態で倒すのは容易なことではない。
戦うよりも相手の目的を知って交渉の余地を探す方がずっと楽で、何より千束好みの平和的な解決方法だ。
『椅子はその辺にあるやつ適当に使ってよ』
千束は適当に近くの椅子に腰掛けて、自分の鏡像のようなチサと向き合った。
『千束は私が配信でお悩み相談コーナーやってるの、知ってる?』
「うん。いちお、見てるから」
『ほんと!? 感想聞かせてよ! 私結構うまくやれてるでしょ?』
実際、チサは視聴者の悩みに適切に寄り添い、見事に解決手段を提示して見ず知らずの誰かを救ってみせている。
誰かが陥った理不尽に千束の顔で憤り、辛い境遇に涙する誰かを千束の声で励ましている。
そんなチサの活動は立派なものだと、称賛されるべきだと思う一方で、なぜか千束はそれをチサに伝える気になれなかった。
「……それ今必要? 急がないとカリス来ちゃうから、早く本題に入ってくんない?」
『あー、カリス来んのかぁ。そりゃ急がないとだね』
どうやらチサの行動は本当にカリスと無関係なようで、チサは千束に配慮して話を核心に進めてくれた。
『えっと、そのコーナーで扱うお悩みはメールで送ってもらって、事前に真偽を確かめてから配信で取り上げるようにしてるんだけど……その中にリコリスの子からの相談が混じってたんだよ』
◯
その少女が自分の在り方に疑問を抱いたのは、自分が放った銃弾が自分の腹にめり込むというわけの分からない状況に直面し、耐え難い苦痛と朦朧とする意識の中で走馬灯のように人生を顧みた時だった。
死にたくない。
その感情を自分自身で体験して、少女はこれまで当たり前のように繰り返してきた人を殺すという行為がどんなに罪深い行為であるのか理解した。
そして毎日のように見知らぬ誰かに死をもたらし、時には見知った同僚が死んでしまうリコリスという在り方に恐怖を感じた。
病室のベッドに横たわりながら、少女はずっと悩み続けた。
殺したくない。
死にたくない。
ここから……DAから逃げたい。
でも、どうやって?
ここは海に囲まれた島国で、国内にいる限りラジアータの監視から逃れることはできない。
海を渡って外国に行けばラジアータの目は届かないけど、戸籍を消されたリコリスはパスポートが取得できない。
どうしよう、どうすればいい、どうにもならない……誰か、助けて!
自分の力ではどうにもできないと悟った少女が縋る思いで頼ったのは、伝説のリコリスと呼ばれる錦木千束だった。
DA本部に所属する唯一のファースト曰く、DAに反抗的なくせに強過ぎて野放しにされてるむかつく奴……つまりは自分と同じように、リコリスでありながらDAから離れることを望んだ異端の先駆者。
なぜか動画配信者として活動を始めた千束がお悩み募集をしていると知った瞬間、少女は衝動的にメールを送ってしまった。
ラジアータによる監視を警戒して詳細は書けず、送れたのはただ一言……『助けて』とだけ。
それだけで、千束は少女に連絡をくれた。
千束はラジアータに感知されない特別な回線を用意してくれて、そのおかげで少女は自分の思いを誰にもはばかることなく全て伝えることができた。
そして千束は少女に選択を迫った……逃げるか、それとも戦うか、と。
最初は戦うよりも逃げる方が安全だろうと思い、少女はそちらを選びかけたが、選択肢に続いて千束から提供された数々の機密情報のおかげで考えを改めることができた。
DAから逃げる者はセカンド以下のリコリスには存在を明かされていない男の子版リコリス……リリベルに命を狙われる危険があると千束は語った。
実際、千束は過去にリリベルの襲撃を何度も受けていて、実力的に撃退は問題ないが気の休まる時がなくて厄介だったらしい。
もちろん、撃退できたのも千束が特別強いからで、少女がその状況に陥れば普通に殺されて終わるだろう。
だから少女はDAと戦う道を選んだ。
怖くはなかった。
だって、千束も一緒に戦うと言ってくれたから。
『錦木千束は外国のお姫様に売り飛ばされちゃった身の上だからさ、もうDAに義理立てする必要はないよねって』
現場に居合わせた者は少女も含めて気絶していたし、その後もDAがリコリスたちに反感を抱かせないよう隠蔽していたため、千束ほどのリコリスでもDAは切り捨てたという事実を少女はこの時初めて知った。
それが最後のひと押しとなって、少女の中にあったDAに対する好意的な感情は全て消え去った。
それから少女と千束はDAを滅ぼすための準備を一か月近くかけて慎重に進めた。
少女が他のリコリスたちの情報を千束に送り、味方に引き込めると判断した者には千束が連絡を取り、DAの洗脳から解放して味方に引き込んだ。
DAの技術者たちが分解して組み立てられなくなったために死蔵されていたカリス・シュタルフクス製の複数の殺人ロボットの残骸を密かに奪取して、武力だけでなく頭脳まで天才的だったらしい千束から送られてきた設計図に従い、新たな一体分のロボットとして組み上げた。
ラジアータを奪い取って世間にリコリスの存在を公開し、殺し屋として生きることを強要された哀れな孤児である自分たちを社会の圧力によってDAから解放させるという完璧な計画も千束が用意してくれた。
そして脅威となるファースト・リコリスの春川フキが任務で本部から離れた今日という日に少女たちは動き出し……自由は今、あと少しで手の届く場所にある。
◯
『……というわけで、もうラジアータの掌握は終わってるし、あとは私が事前に用意しといた告発動画を公開すれば作戦成功! やったね!』
自分で自分に拍手するチサに千束は何もできなかった。
仮に目の前のロボットを一瞬で破壊できたとしても、遠隔操作しているだけのチサが動画を公開することは止められない。
千束がラジアータによる情報統制を復活させることができれば良いが、残念ながらそれに必要な知識は持ち合わせていない。
そして何より……そもそも止めなくてもいいのではないかと思ってしまう自分が僅かだが千束の中にいた。
『さてさて、それじゃDA崩壊の瞬間をご覧あ……』
けたたましい警報が鳴り響いたのはそんな時である。
『何事!?』
何があったのかはすぐに館内放送で周知された。
『緊急事態です! 見たことのないファーストが本部内に侵入しました! 近くにいる人は迎撃を!』
「ファースト……カリスだ! 今日のあいつはリコリス制服着てた!」
それを聞いたチサは酷く慌てた様子でリコリスたちに指示を出した。
『いや待って! 駄目駄目! みんな逃げて! それ例の首刈り魔のロボットだから!』
「……私を排除するためにカリスをぶつけようってこと?」
『ちっがーう!』
千束がふと思ったことを口にすると、チサはロボットなのに血相を変えてまくし立てた。
『カリスと戦ったりしたら、せっかく自由になれるはずのリコリスたちが殺されちゃう!』
「……でもあいつ、最近は殺さないようにしてるみたいだけど」
『それはDAとの契約があるから一般人を殺せなかったってだけ! 相手から先に銃を向けられて、しかもそれがリコリスってなると完全に制限の対象外! あと千束が見てるなら好感度下げないために控えるだろうけど、見られてなければカリスは躊躇なく殺るよ!』
カリスの生態を知って千束も血相を変えた。
「そりゃまずい!」
『急ごう千束! リコリスたちを守るよ!』
同じ顔の一人と一体は全力で走り出し、カリスの迎撃に向かった。
その頃、チサの指示に反して迎撃に動いたリコリスたちと遭遇したカリスは困惑していた。
「あんたなんかに千束さんは殺させない!」
「千束さんは私たちの希望……救世主なんだから!」
『……? 千束さんはあなたたちの敵ではありませんの? DAに反旗を翻したリコリスの制圧を楠木さんから命じられていたはずですのに』
銃を向けてくる怯え顔のリコリスたちと相対したカリスは上品に首を傾げた。
「何の話よ!? 千束さんは私たちのリーダーなんだから! 今更楠木の命令なんか聞くはずないじゃない!」
『ですが確かに先程リコリコで……』
「さては楠木がまたこの殺人鬼と取り引きしたのね! 千束さんを狙うついでに、私たちもって!」
「さっきの話もきっと楠木の入れ知恵よ! 私たちと千束さんを仲違いさせるための卑怯な作戦に違いないわ!」
「残念だったわね! 私たちは千束さんを信じてる! そして千束さんも……絶対に私たちを裏切らない!」
リコリスたちは目の前の脅威に勝てないと分かっていた。
「みんな! 私の……私たちのために命懸けで戦うことを選んでくれた千束さんのために! 今度は、私たちが命懸けで千束さんを守ろう!」
特にカリスに一蹴されて生死の境を彷徨った反乱の元凶とも言える少女が抱く恐怖心は他のリコリスよりも強かった。
「うわああああああああああ!」
それでも少女は千束に恩を返すためだと自分に言い聞かせて、他の誰よりも前に立ってカリスに立ち向かった。
『……なんだか状況が良くわかりませんけど、ワタクシと千束さんの逢瀬を邪魔するのであれば殺しますわね』
だから、一番早くカリスのもたらす死が迫るのも当然だった。
人を殺したことが千束にばれないよう、血が飛び散らない方法でリコリスたちを殺そうとしたカリスは、まず手近な少女の首に手を伸ばした。
その手に捕まれば首を折られて死ぬ。
それが分かっているのに、迫りくる手を止めることができない。
「千束さん……」
ほんの数秒後に自分が死ぬことを確信した少女は、ぎゅっと目を閉じて神ではなく千束に祈った。
『あっ、千束さ……これは違いますの!』
そして少女は救われた。
遠くから走ってくる千束の姿を視界の端に捉えたカリスが自発的に少女を解放したことによって。
◯
潔白を証明するべくその場で平伏した私を見下ろすのは、なぜか二人に増えた千束さんです。
いえ、おそらく片方は私が作ったチサタウロスを修理したものだと思いますけど……それがなぜ本物の千束さんと行動を共にしているのでしょう?
「あのさぁ……」
千束さんが発した言葉はシュタルフクスのものでした。
おそらく今も千束さんに熱い視線を向けている周りのリコリスたちに情報を与えないためでしょう。
その意図を汲んで私も母国語で返答します。
『何ですか?』
「カリスの作ったAIが今回のクーデター主導してたんだけど、どういうこと?」
『あっ、おま、ばらすなよ!』
誰が操縦しているのかと思ったら、そうですか、チサでしたか。
そしてチサが余計なことをしたせいで私とゲームで遊ぶはずだった千束さんが任務に駆り出されたと。
なるほど……有罪!
王族権限で即刻死刑です!
『分かりました。今回の件に私は一切関与していませんけど、製造した責任を取ってしっかり抹消しておきます』
『ちょ、ちょいちょいちょいちょーい! 言っとくけどカリスが私を消すよりも私がリコリスのことを世間に公開する方が早いからね!?』
『……? 何のことか分かりませんけど、別に私は困りません』
『確かに!』
それで困るのは、この場にいる者の中では千束さんだけでしょうね。
『あっ、じゃあ千束! 今すぐカリスをなんとかしてくれなきゃ、告発動画をネットにアップしちゃうぞ!』
チサも同じ考えに至ったのでしょう。
しかし私の本体は遥か遠くにあり、千束さんが私の命を脅かすことは不可能。
チサがDAを害し、私はチサを抹消する。
そして千束さんは私に何もできません。
三すくみの膠着状態は成立せず、引き金を引くか選ぶのはこの私……そう思っていたのですけど。
「……カリス! 今度デートしてあげるから、私に協力して!」
協力を求めて差し出された千束さんの手を私は悩むことなく掴み取りました。
『喜んで!』
『あ〜! ずるいよそれぇ!』
チサを抑えられる私が千束さんの味方となったため、今回の件の着地点を決める権利は千束さんのものになりました。
「安心して。君が救おうとしたリコリスの子たちに悪いようにはしない」
それから千束さんの要望を聞いた私は喫茶リコリコに連絡を取り、そこにいる楠木司令に交渉を持ちかけました。
『もしもし楠木さん? 千束さんが捕まえたリコリスたち、ワタクシに売ってくださいません?』
『……いきなりですね。千束の任務は完了したということですか?』
『ええ、ワタクシが追いついた時には終わっていましたわ。それでちょうどクリーナーを呼ぼうとしていたようですけど、ワタクシ少々人手を必要としていまして……千束さんは殺さないなら譲ってもいいとのことですので、こうして現在の所有者であるあなたに商談を持ちかけさせていただきましたの』
千束さんが倒した敵を殺さずに逃がすのはいつものことなので、楠木司令も反乱に関与したリコリスが解放されるのは織り込み済みだったはずです。
その後の対応として放置するつもりだったのか刺客を送るつもりだったのかは知りませんけど、いずれにしても私に引き渡す方が後腐れない上に利益も出ますから、断る理由はないはずです。
そんな私の予想通り、楠木さんは商談を受け入れることにしたようで、リコリスひとりあたりの金額を提示してきました。
『それで構いませんわ』
千束さんとのデート権を買えると思えば安い買い物でした。
『譲渡したリコリスたちのライセンスは剥奪しますので運用方法にはご注意ください。また彼女たちには前職で得たあらゆる情報に関して守秘義務があり、所有者には監督責任が発生しますので、くれぐれも公共の場で余計なことを喋らせないでください』
『ええ、気をつけますわ。ワタクシとしてもそちらとは良い関係を維持したいですもの。代金は後日、適当にきれいな名目を用意して送金しますわ。では、ごきげんよう』
楠木司令との交渉をつつがなく成功させた私は続けて千束さんに成果を報告します。
『チサの関与やDAとリコリスの存在が社会に知られる寸前だったことなどは隠蔽し、リコリスたちの身柄は私が引き取りました。これで満足しましたよね? ではデートの段取りを……』
「待って」
任された仕事は完璧にこなしたはずなのに、千束さんは笑顔を見せてくれません。
その険しいお顔の原因は、きっと今回の件の元凶が野放しになっているからでしょうね。
『やはりチサを抹消しておきましょうか?』
『ひえっ!? 言っとくけど今からでも動画アップできるんだからね!? 千束はこのおっかない女の子にちゃんと首輪つけといてよ!』
チサに縋りつかれた千束さんは、その頭をぽんぽんと叩いて私には見せてくれなかった笑顔を向けました。
「あの子たちを救うんでしょ? ちゃんと最後までかっこいい私を演じきってよね」
そして千束さんはチサからDAの職員たちを閉じ込めている部屋の場所を聞き出し、私たちに背を向けて歩き出しました。
「胸張れよ! 救世主!」
そう言ってこちらを見ずに手を振った千束さんの背中は、なんだか小さく見えました。
おそらく小さいとかわいいが等号で結ばれているからでしょう。
かわいい千束さんが小さく見えるのは当然のことです。
『よーし! 千束から自由を求めるリコリスのみんなに通達! 計画は途中だけど楠木が折れた! 繰り返す! 楠木が折れた!』
チサも撤収準備に入っているようですし、私がこれ以上この場に留まる理由はないでしょう。
さあ、早く千束さんを追いかけて、デートプランを話し合わなければ。
そう考えて動きかけていた私の足はチサの余計な言葉を聞いて止まりました。
『あとみんなの衣食住とか就業とかの面倒は殺人鬼のくせして無駄にお金と権力を持ってるカリス・シュタルフクスが責任を持って見ることになった!』
『えっ?』
『えっ? カリスがみんなの人生買ったんでしょ? まさか放り出したりしないよね? 言っとくけど、私はそういう無責任な人は嫌いだよ?』
チサは千束さんの性格を極めて高い精度で模しています。
つまりチサに嫌われるような行為は千束さんにも嫌われる可能性が高いです。
『それは……まあ、はい』
自分の作ったAIの思い通りに動くのは釈然としませんけど、やむを得ません。
『というわけでこれからみんなで生活環境整えに行くぜ! 支払いはカリス持ちでね!』
『ちょっと! ワタクシ、これから千束さんとデートの計画を……』
『そんなんあとあと! さぁさぁさぁ! 適当にでっかい人員輸送車パクって、こんな場所とはおさらばだ!』
その後、私はチサの買い物に強引に付き合わされて、衣類などの生活用品に加えて、百人を超える少女を住まわせてなお部屋が余るような大型のマンションを一棟買いする羽目になりました。
そして今度こそ千束さんに会いに……と思っていたら、そのタイミングで判明したのが元リコリスたちの常識のなさと生活能力の欠如でした。
いったい、DAはどんな育て方をしてきたのですか!?
購入したその日のうちに家電を破壊する人が二桁をゆうに超えているのは、いくらなんでも異常です!
そこまで酷くない人でも小学生の低学年を思わせる言動を事あるごとに見せてきますし……いくら消耗品の鉄砲玉だからって、情報なんてどこにでも転がっている今の時代に、よくもまあここまで無知に育てることができたものです。
そんな見た目だけ女子高校生や女子中学生に偽装した女児百余名を放置するわけにもいかず、まるで赤子の夜泣きで何度も眠りを中断させられる母親のように、本国での仕事の合間合間にVロボで元リコリスたちの様子を確認するという生活を余儀なくされました。
苦行から解放されたのはそれからおよそ一か月後、元リコリスたちに社会の一般常識を叩き込み、働き口まで用意して独り立ちさせてからのことでした。
もちろん、その間ずっと千束さんとは会えていません。
……デートの約束、忘れられていませんよね?