厄災はキヴォトスでも変わらない 作:導師ンョ゛・ハー゛
風がさらさらと砂を撫でる音だけが、無音の闇を満たしている夜の砂漠。月は高く昇り、淡い光を砂丘に差し込む。影の輪郭は曖昧になり、砂は銀色の絨毯のように広がっている。
そんな神秘的な景色が広がるアビドス砂漠を、一つの淡い青色の光が光跡を残しながら今日も爆速で空を進んでいた。
『謎の光、キヴォトスを横断!!』という記事が、先月の月刊キヴォトスに掲載されていた。記事の内容は以下の通り──
「なんか光ったと思ったら、もういなかったんだけど……」 そんな証言が相次いでいるのは、今月初めからキヴォトス各地で目撃されている“謎の光”。場所も時間もバラバラながら、共通しているのは「とにかく速い」「音がしない」「淡い青色」──そして「マジで怖い」という声多数。
目撃者の一人、ミレニアムサイエンススクール、サイエンス部所属のS.Uさんは、「飛行物としては通常ありえない速度が出ている」と証言。科学のプロが言うなら、これはただごとじゃなさそう?
一部では「誰かが改造した超速ドローン説」や「極秘兵器のテスト説」、果ては「ついにUFO来たんじゃね?」なんて説まで浮上中。連邦生徒会に問い合わせたところ、「コメントできる情報はありません」とのこと。これはますます怪しい……?
現時点ではその正体はまったくの不明。だが、夜空を横切るその閃光は、確かに誰かに見られている。次に目撃するのは、この記事を読んでいるあなたかもしれない。
見つけたら、くれぐれも変なスイッチとか押さないように!
──何の変哲もない記事だ。いっときのネタにはちょうどいいだろう。実際、この月刊キヴォトスの売り上げはいつもより伸びていた。
しかし、それも今は昔の話だ。
数日後、キヴォトス全体を揺るがすニュースが飛び込んできた。
『連邦生徒会長、行方不明――校内放送・全チャンネル一時中断』
その一報は、あっという間にすべての話題をさらっていった。
「光? ああ、そんなのもあったな」
「連邦生徒会長がいないって、マジ?」「いないどころか、“いなくなった”らしい」
「え、これって戦争とか起きるやつじゃないの……?」
連邦生徒会という超巨大権力の長の失踪。しかも、その詳細はいっさい不明。情報統制が行われているのか、学園間での正式な説明もなかった。
その代わりに、噂が暴走を始めた。
「最後に目撃されたのは中央区の地下施設らしい」
「いや、シャーレ本部で異常なエネルギー反応があったらしい」
「連邦生徒会の施設の一つが一晩で消えたって噂もあるぜ」
──そして追い打ちをかけるように、次なる衝撃が走った。
『連邦捜査部「シャーレ」、再起動──外部顧問“先生”就任』
やってきたのは、キヴォトスのどの学園にも所属しない“外部から来た大人”。
生徒たちから見れば、ほぼ“異物”とすら言える存在。
それでいて、どこか不思議な安心感を放つその人物は、連邦生徒会長自らが任命した最後の人間だという。
まるでドラマのような出来事に、話題は一瞬で“先生”一色になった。
「大人ってだけでも珍しいのに、ガチで連邦の顧問だってさ……」
「厄災の狐を懐柔させたって言われてるけどホントに何者よ!?」
「先生に会って人生変わった、みたいな子が何人も出てるって話、ガチだと思う?」
そして──『謎の光』はというと。
「そういえば、前にそんなのあったね」
「え、なんの話?」
「夜空飛んでたってやつだよ。なんか青い光が~って……」
都市伝説。かつての記事を読んだ生徒たちは、それをそう呼ぶようになった。
話題の流行は早い。そして、忘却の速度も同じくらい速い。
だが。
それでも、わずかに残る者たちがいた。
「……あの光、どう考えても普通じゃなかった」
「飛行機やドローンの軌道じゃなかったよな。物理法則が違う」
「いや、あれは人だった。……私は“誰か”を見た」
誰も真に受けない。証拠も記録も残っていない。
だからこそ、数人のマニアと一部の陰謀論者だけが、その正体に執着し続けていた。
しかし、その声すらも、やがて表舞台から消え去った。
連邦生徒会長失踪の混乱のさなか、外部から派遣された「先生」は、アビドス学園で長らく未解決だった内部問題の多くを短期間で処理した。
治安悪化、物資の流通難、財政の破綻、学園運営の不透明性。
それらは次々と整理され、アビドスは再建に向けて動き始めた。
“問題の多い辺境学園”というレッテルも見直されはじめ、中央からの支援体制も整備されつつある。
その結果、かつて報道の隅に残っていた“謎の光”への関心は、自然と人々の記憶から薄れていった。
記録には何も残らず、誰も振り返らず、やがてただの出来事の一つとして埋もれていく。
そうして、“謎の光”は、静かに忘れ去られていった。
──まるで、初めから存在しなかったかのように。
※※※
D.U地区にそびえる、二十数階建ての商業ビル。
その屋上に、ひとりの少年が立っていた。
赤いTシャツにベージュの長ズボン、足元には革のロングブーツ。どこかで拾ったらしいキャップを深くかぶり、顔の半分は影に隠れている。
背中には
夜のビル街にぽつんと佇むその姿は、どう見ても場違いだった。
しかし、彼の動きは迷いがなかった。
腰につけたデバイスに素早く触れ、光る青白い立方体を目の前に展開させる。
構えるは鍋蓋。続けて弓を引き出し、立方体を掲げる。弓を片手に立方体を掲げたまま──その場で軽く跳ねる。
瞬間、空気がきしむような違和感が彼の全身を包んだ。
着地と同時に、鍋蓋は
しかし彼は止まらない。光の立方体を掲げたまま、再び弓を引き、矢を構える──と見せかけて、すぐに力を抜き、構えを解く。
……その右手には、先ほどの矢にくっつくように、なぜか立方体までもが吸い寄せられていた。
彼はその“立方体”が押し返してくるような不思議な感覚を受けながら、排気ダクトのちょっとした段差へと向かう。
そして──一歩。
足が段差にかかった瞬間、彼の身体が宙へと弾け飛んだ。
無音の発射。
それは常人には到底再現できない、
彼は固定された高度のまま、音もなく、都市の空を滑るように飛んでいく。
ビルとビルの隙間を縫い、光のトンネルを突き抜ける。
耳をかすめるのは、かすかな風切り音と、雲の切れ間から差し込む月光の光線。
その光が、矢のように彼の姿を照らしていた。
街を抜け、広い空へ出た彼は、一度身体をくるりと反転させ、空中でケツを振るような奇妙な動きを繰り返す。
滑るようなその動きのたびに、わずかずつ後方への慣性が積み重なっていく。
そして──臨界点。
音速に迫る速度まで加速した彼は、前を向いたまま、夜の空を疾駆する。
残した風の痕跡すらかき消す勢いで、そのまま夜の闇の中に消えていった。
※※※
夜更けのシャーレは、静かだった。
作業机には資料と端末、マグカップ。背後では空調の低い唸り声だけが聞こえ、街の喧騒は完全にシャットアウトされている。時刻は午前3時を回っていた。
先生は、カップの底にわずかに残った冷めきったコーヒーを見つめながら、小さくため息をついた。
眠気はとっくに過ぎ、目の奥がじんじんと痛む。タイピングのリズムも徐々に鈍り、同じ書類を三回も確認していることにようやく気がついた頃だった。
気分転換でもしようと思い、ふと、窓の外に目をやる。
──何かが、飛んでいた。
目にも留まらぬ速さで、ビルとビルの間を滑っていく影。蒼白い軌跡を描きながら、ありえない角度で空を切り裂き、そして月明かりに照らされたその一瞬──先生は“それ”が、弓を構えた人影であることに気づいた。
……人、か?
目をこすり、再び窓の外を見やる。だが、もう何もいない。
シャーレの入る高層ビルの上階。こんな時間に飛行訓練が行われるはずもないし、ドローンにしては速度も滑空も異常すぎる。
“……幻覚かなぁ”
思わず声が漏れた。徹夜明けの頭は、自分でも信じられないものを見せてくる。
この時間まで寝ずに書類整理を続けたツケだ。合理的な説明は、それしかない。
先生は書類をパタンと閉じた。
明日──いや、今日のシャーレ当番はユウカだったはずだ。念のため、例の光の話でもしてみよう。
あれが現実だったなら、セミナー所属である彼女はなにか知っているかもしれない。
“……無駄だと、思うけどな”
そう呟きながら、椅子を引いて立ち上がる。
疲労が一気に足にのしかかり、フラつきながらもソファへと向かう。
ブラインドを下ろし、灯りを落とす。
闇に沈んだオフィスに、再び静けさが戻ってきた。
その中で先生は、ゆっくりと目を閉じた。
──彼の見た光景が幻だったのか、現実だったのか。
その答えは、飛んでた本人しか知らない。
便利な移動手段だね!!