厄災はキヴォトスでも変わらない   作:導師ンョ゛・ハー゛

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あんた、どうやって下に!?



対面

 

先生が意識を取り戻したのは、ミレニアムの一角にある散らかった部室の床の上だった。目の前にいたのは、ピンクの猫耳ヘッドホンを付けた少女、才羽モモイ。

 

「気づいたか?君は運がいいな!」

 

「急に変な喋り方しないで、先生が戸惑ってるでしょか」

 

モモイを冷静なツッコミを入れるのは、緑色の猫耳ヘッドホンを付けた少女の才羽ミドリ。

 

どうやらモモイがうっかり窓から放り投げたゲーム機が、空を飛び、まさかの直撃をかましてしまったらしい。唐突な始まりだったが、先生はそのままゲーム開発部の廃部騒動に巻き込まれていく。

 

しばらくして部室のドアが勢いよく開かれ、菫色でツーサイドアップの髪の少女──早瀬ユウカが姿を現した。手にタブレットを抱え、何か書類を確認していたようだが、先生の姿を認めた瞬間、眉をひそめて足を止めた。

 

「……先生? えっ、なんでここに……?」

 

珍しく戸惑いをあらわにしたその表情は、先程までシャーレで一緒に作業していたばかりの人物がこんな場所にいるとは思いもよらなかった証拠だった。

 

「……まさか、またモモイが何か……?」

 

彼女の視線が静かにモモイへと移る。モモイはそっぽを向いて笛でも吹きそうな勢いで目を逸らした。

 

先生が事情を説明すると、ユウカはしばし沈黙した。額に手を当て、深いため息をつく。

 

「……な、なるほど。モモイが窓からゲーム機を投げて、それが先生に直撃して、そのまま連れてきたと。……はぁ、呆れて物も言えませんね」

 

視線は相変わらず鋭かったが、すぐに本題に戻る。

 

「それはともかくとして、先程モモイが言った通り、ゲーム開発部が廃部の危機にあるというのは本当です」

 

ユウカはタブレットを操作しながら、合理的かつ端的に現状を説明した。部の規定人数に満たないこと、そして活動実績が認められないこと。それが廃部の理由だ。

 

「活動実績のない部に予算を割くわけにはいきません。セミナーの会計として、合理的に判断した結果です」

 

その冷静な語り口は、個人的な感情を排した“事務”そのものだった。

 

しかし、それに対してモモイは食い下がる。

 

「でも! 私たちの作った『テイルズ・サガ・クロニクル』は“賞”を取ったよ! ゲーム開発部の立派な実績でしょ?」

 

その“賞”の内容をユウカが明かしたとき、部室に再び沈黙が訪れる。

 

「“今年のクソゲーランキング1位”ですね。……非常に目立つ結果ではありますが、実績として認めるのは難しいです」

 

ミドリが項垂れる中、モモイだけはまだ諦めていなかった。

 

「だったら、次こそ本物の賞を取る! 次のミレイアムプライスで『テイルズ・サガ・クロニクル2』を出して、みんなに実力を証明する!」

 

その宣言に、ユウカはわずかに目を細めて告げた。

 

「運動部がインターハイに出場するよりも難しい挑戦ね。でも……二週間。ミレイアムプライスまでの間だけ、廃部を保留にしておくわ」

 

その言葉に、モモイの顔がぱっと明るくなる。ミドリはまだ半信半疑のようだったが、猶予をもらえたことだけでも前進だった。

 

先生はそのやり取りを見守りながら、胸の奥に微かな不安を覚えていた。

何かが、ただの部活の話では終わらない気配を、感じさせる空気があった。

 

ユウカが去ったあと、部室の空気はどこか取り残されたように静かだった。先生が様子を見ていると、モモイは唐突に問いかけた。

 

「先生……G.Bibleって、知ってる?」

 

その言葉だけを残し、モモイは意味深な笑みを浮かべると、端末を手に部室を飛び出していった。ミドリがあわてて追いかけ、先生も流れるようにその後を追った。

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

向かった先は、かつて厳重に立ち入りが制限されていた区域──ミレニアムの旧研究区画の廃墟。連邦生徒会長の失踪により警備が撤収され、今では忘れ去られたまま荒廃している場所だった。

 

コンクリートが崩れ、電力の途絶えた廊下には静寂だけが満ちていた。先生と二人の少女たちは、その不気味な静けさを裂くように足音を響かせ、薄暗い通路を進んでいく。

 

「……それでお姉ちゃん、ここに来た理由は?」

 

ミドリが不安そうに尋ねると、ようやくモモイは口を開いた。

 

「この廃墟にはね、すっごい“お宝”が眠ってるんだよ」

 

彼女が言うには、かつてミレニアムに在学していた伝説のゲームクリエイターが、最高のゲームを作るために遺した極秘資料――G.Bible。それが、この場所に眠っているというのだ。

 

証拠は二つ。

 

ひとつは、ヴェリタスの部長であるヒマリがかつて廃墟について語った言葉──

 

「キヴォトスから消えて忘れ去られたものが集まる、時代の下水道みたいな場所なのかもしれない」

 

もうひとつは、ヴェリタスに解析してもらったG.Bibleの最終起動地点。それが通常の地図に存在しない地点、まさにこの廃墟を指していたという。

 

「つまり……ここにあるの。G.Bibleが!」

 

「またお姉ちゃんの思いつきじゃないの?」とミドリは呆れ顔だったが、モモイは真剣なまなざしを崩さなかった。

 

奥へ進むうちに、三人は異様な光景に足を止める。そこには、破壊されたロボットの残骸が山のように積み上がっていた。

 

金属が焼け焦げ、装甲は融解し、頭部には矢のような何かが突き刺さっているものもある。明らかに通常ではありえない破壊痕――何か、特殊な方法で破壊したような痕跡だった。

 

「うわ……これ、絶対やばいやつじゃん……」

 

とモモイが身をすくめたそのとき。警戒態勢に入ったロボットの群れが廃墟の奥から現れ、こちらを発見する。

 

「見つかったっ!」

 

ミドリの声と共に、三人は全力で逃走を開始する。瓦礫の山をすり抜け、崩れた鉄扉をくぐり抜け、ようやくたどり着いたのは、ひときわ大きな工場施設のような構造物だった。

 

中に駆け込むと、背後から追ってきたロボットたちはぴたりと停止し、それ以上追跡してこなかった。

 

「助かった……?」

 

三人が息を整える間もなく、施設内に無機質なアナウンスが響く。

 

〈接近を確認〉

〈対象の身元を確認します。才羽モモイ、資格がありません〉

〈対象の身元を確認します。才羽ミドリ、資格がありません〉

〈対象の身元を確認します……“■■先生”〉

〈……〉

〈資格を確認しました。入室権限を付与します〉

〈才羽モモイ、才羽ミドリの両名を先生の“生徒”として認定。同行者である“生徒”にも資格を与えます。承認しました〉

〈下部の扉を開放します〉

 

唐突に告げられる“認定”“資格”。三人全員が困惑している中、足元が音を立てた。

 

“ガチャン”

 

何かが外れる音と共に、三人の立っていた床が真っ二つに割れた。何の前触れもなく、機械的に整然と、あまりにも唐突に。支えを失った身体が重力に引かれ、一斉に下へと落下していく。

 

「ゆ、床が無くなっ……落ちるっ!?」

「うわわわっ!」

 

足元が抜け、視界が反転する。モモイとミドリの悲鳴が交錯し、天井がどんどん遠のき、視界の中から消えていった。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

かつては最先端の研究施設だったのだろう。今は瓦礫と静寂に満ちたその地下空間に、少年は一人腰を下ろしていた。

 

天井の亀裂から差し込む光が、円形の中央部を柔らかく照らしている。その光の中、白く無機質な椅子に項垂れるように座っていた、人形のように動かない長い髪の少女──その身体には、彼がそっと自分のTシャツを掛けていた。何もできないのがもどかしいが、せめてもの慰めに。

 

少女から視線を外すと、彼は空間の隅に戻り、即席の焚き火を囲うようにして腰を下ろす。傷んだ身体を火のぬくもりで癒すように、彼は静かに目を閉じた。

 

だが、その静寂は突然破られる。

 

──ガチャン

 

何かが外れる音がしたと思うと、天井が真っ二つに割れた。

 

「きゃああああっ!!」「うわあああっ!!」

 

甲高い音と共に、三人の人影が焚き火の向こう側に叩きつけられる。火の粉が散り、リンクは反射的に立ち上がった。鉄パイプ(棍棒)には手をかけないまでも、戦闘態勢に入る一歩手前。機械兵の急襲か──そう思った彼の目に、見慣れぬ人間たちの姿が映る。

 

「……?」

 

落下してきたのは、少女二人と一人の男性。全身を打ちつけたはずだが、男がクッションになったのか、ピンク色の方の少女が、うめき声を漏らしながら身を起こす。

 

「……ん、いたた……。ミドリ、先生、だいじょ──」

 

モモイが上体を起こしながら、皆の安否を確認するためにあたりを見回したその瞬間──

 

少年が落ちてきた三人の安否を確認するため、一歩、近づいた。

 

焚き火の揺らめく炎に照らされて現れたのは、上半身裸の青年。鋭く澄んだ目に、異国の雰囲気を纏い、腰には武器らしきものを携えている。言葉を発さず、ただ静かに、確かめるようにこちらを見ている。

 

モモイの動きが止まる。

 

「……は?」

 

目の前に現れたその姿を理解する前に、彼女は叫んだ。

 

「えっ、あっ……だ、誰!? うそっ、裸!? 変質者!?!?」

 

ミドリも同じように目を覚まし、起き上がりざまに即座に銃を構えた。

 

「誰!? 動かないで! 変態!」

 

彼は鍋蓋()を構え、しかし敵意のかけらも見せずに、じっと彼女たちを見つめていた。その姿は妙に落ち着いていて、不思議と不安をあおるような印象はない。

 

やや遅れて、先生が呻くように声を漏らした。

 

“う……っ……こ、ここは……?”

 

周囲を見渡すと、天井の開いた穴、瓦礫、焚き火、そして中央の椅子に座る少女──そして、目の前にいる上裸に尖った耳の少年。

 

──少年。

 

その姿に、先生は一瞬、目を細めた。

 

(……どこかで、見たことがある……?)

 

記憶の底をくすぐるような既視感。それが何かはまだ思い出せない。ただ、確かにこの長い耳と、鉄パイプを背負った姿を見たことがある気がした。

 

警戒するモモイとミドリ。沈黙のまま動かない少年。三人と一人の間に、重たい空気が静かに流れていた。

 





少年はアリスの脈がないと思ってます。
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