厄災はキヴォトスでも変わらない 作:導師ンョ゛・ハー゛
最近忙しくって 全然進まなくてェ……
緊張が限界に達しようとするその瞬間、沈黙を破ったのは、先生だった。
“……ミドリ、銃を下ろしてくれる?”
その声は静かで、優しい響きを持っていた。しかし、その響きには確かな決意もあった。ミドリはまだ銃を構えたまま、じっと先生と目を合わせた。
「でも、先生……!」
“大丈夫。彼は敵意を持っていない”
一瞬の迷いがミドリの顔に浮かぶ。それでも先生の言葉を信じ、彼女はゆっくりと銃を下ろした。
それを見た少年も、鍋蓋を構えていた手を引いた。鋭い視線は残るものの、彼の肩の力が少し抜けたように見えた。
静かな空気が戻り始めたその刹那──
「あっっ!! それ!!!」
爆音のような声が響いた。モモイだった。
彼女は両手で顔を隠しながらも、指の隙間から上半身裸の少年をちらちら見ていた。だが、その腰に携えられた奇妙なデバイスに気づくや、声を張り上げて全力でその元へと駆け出した。
「それ! 絶対G.Bibleでしょ!! 見せて!!」
完全に無防備な突進に、少年は彼女の動向を読み切れず、一瞬だけその接近を許した。
だが、その身体がわずかに傾く。モモイの手が触れようとした刹那、彼は見事な回避行動で彼女の手を躱した。
「わわっ……っつぅ!!」
勢いを殺しきれなかったモモイは、そのまま地面に倒れ込む。すかさずミドリが飛びかかり、モモイの両腕を背後から押さえ込んだ。
「やっぱり無茶すると思った……!」
「は、はなしてーっ! G.Bibleなんだってばーっ!」
「落ち着いてよ、お姉ちゃん!」
再び騒然とする空気の中、リンクは警戒を強め、背中から鉄パイプを手に取った。焚き火の炎が、その金属の表面を照らし、静かな殺気を漂わせている。
“待ってくれ!”
先生が一歩、リンクの前へ出る。
“彼女は……ただ、少し興奮していただけなんだ。君に害意があるわけじゃない”
リンクは鋭い眼差しで先生を見つめた。数秒の沈黙──やがて、彼はため息のように小さく息を吐き、鉄パイプを背中に戻した。
「……わかった」
その反応を受け、先生は言葉を選びながら口を開く。
“まず……君の持っているそのデバイス。それがG.Bibleなのか、教えてくれないか?”
焚き火の明かりが少年の青い目を照らす。その瞳は鋭くも、どこか遠くを見るような寂しさがあった。
「……これは、G.Bibleじゃない」
「えっ?」
モモイが思わず声を上げるが、リンクはそれ以上言葉を続けなかった。かわりに彼のほうから、静かに提案が飛ぶ。
「次は、こちらからの質問も答えて欲しい。その後で、そちらの質問に答える」
先生は、その申し出を受け入れるようにうなずく。
“わかった。それで構わないよ”
少年は焚き火を一瞥し、改めて彼らを見た。
「ここは……どこ?」
先生は少し間を置き、答える。
“ここは、キヴォトスのミレニアムサイエンススクール……その旧研究区画。今では廃墟と化した場所だ”
その答えを聞いた少年の表情がわずかに動く。目を細め、かすかに眉をひそめる。
「キヴォトス……」
先生はそのつぶやきを聞いて、内心で推測を確信に変えていた。彼もまた、キヴォトスの外から来た存在なのだろう。
“……じゃあ、次の質問だ。君の名前を教えてくれない?”
焚き火の炎が静かに揺れた。
少年は、わずかに間を置いてから口を開いた。
「……リンク」
その名が部屋に落ちた瞬間、不思議な響きが空間を支配した。先生は、その名前にどこか頼もしさを感じてうなずいた。
“よろしく、リンク”
今度はリンクからの問いが飛ぶ。
「……君たちは、何者なんだ?」
先生は短くうなずき、自分たちを順に紹介していった。
“私はこのキヴォトスの“先生”で、連邦捜査部S.C.H.A.L.Eっていう部活の顧問をしてるよ”
“あそこの彼女たちは、ミレニアムサイエンススクールの生徒でゲーム開発部のメンバー。押さえつけられてる子がモモイで、押さえてる子がミドリ。彼女たちは双子の姉妹だよ”
「さっきはお姉ちゃんがごめんなさい!!ほら!お姉ちゃんも!」
「ご、ごめんなさい!! でも絶対G.Bibleだと思ったから……」
「お、ね、え、ちゃん!!」
モモイとミドリの慌ただしいやりとりを、リンクは静かに見つめ、ゆっくりとうなずいた。
先生は、三つ目の質問をしようと口を開きかけたが、それを遮るようにリンクが言葉を重ねた。
「その前に……」
リンクの視線が部屋の中央、台座に座る少女の方へと向く。
「彼女について、話をしないか」
──焚き火の陰影に白く浮かぶ、動かない少女。Tシャツに包まれ、人形のように静かなその横顔が、再び三人の視線を引きつけた。
※ ※ ※
焚き火の光が、リンクの表情を柔らかく照らしていた。
「彼女を見つけたのは……ここに来たときだ」
リンクはそう切り出し、少女を見つけた時の状況をゆっくりと語り始めた。
「この部屋に入った時から、彼女はあの椅子に座っていた。服を着ていなくて、呼吸をしていなかった」
彼の目が静かに揺れる。
「それでも……そのままにはしておけなかった。せめてものつもりで、自分の服をかけた」
焚き火がぱちり、と音を立てる。
「それから、少し休むために焚き火を作った。そうしていたら、君たちが落ちてきたんだ」
リンクは淡々と語ったが、その言葉の端々には確かな思いが宿っていた。
「……だから、上に何も着ていないんだ。状況を見てくれれば、分かるはずだ」
先生はゆっくりと頷いた。ミドリはモモイから無言で手を放し、少女へと近づく。
「う〜ん。この子、怪我とかじゃなくて『電源が入ってない』みたいな感じがしない?」
モモイは立ち上がるなり、真っ直ぐ少女の方へ歩き出した。その顔には、興味と好奇心が渦巻いていた。
「そう?確かに言われてみれば、なんだかマネキンっぽいね。どれどれ……」
彼女は慎重に台座へと近づき、少女の体を触る。そして、ふと目を留めた。
「すごい、肌もしっとりしてるし柔らかい……あれ?ここに何か、文字が書かれている」
少女の座る台座の側面。そこに、金属に刻まれたような文字が浮かんでいた。
“AL-1S”
「……AL-1S……」
モモイの声が、静かな部屋に響いた。
「……アル、イズ……エー、エル、アイ、エス? どう読むのか分からないけど、この子の名前?」
モモイは首をかしげる。続けて、ふと思いついた様子でつぶやく。
「……アリス?」
ミドリが台座に刻まれた文字を再確認し、指でなぞる。
「ちょっと待って、よく見ると全部ローマ字なわけじゃなくて……AL‑1S、じゃない?」
モモイが眉を上げる。
「え、そう?」
ミドリは視線を巡らせながらつぶやく。
「いったいこの子は……それに、この場所、いったい何なんだろう?」
モモイはミドリに目を向けて、冗談めかして言った。
「この子に聞いた方が早いんじゃない?」
ミドリは少女に向き直り、小声で続ける。
「起きて、話してくれればいいんだけど……とりあえず、このままじゃ可哀想だし、ちゃんとした服でも着せてあげようか」
「リンク……さん?も、風邪ひいちゃうしね」
ミドリは持ってきた服を取り出す。
「へえ、予備の服なんて持ってきたんだ……って、それ私のパンツじゃん!」
モモイが慌てて確認する。
「違うよ、これは私の。猫ちゃんの顔が違うでしょ?」
ミドリは、そっと少女を台座から下ろして服を着せる。
「……よし、これでいいかな。リンクさん、Tシャツ返しますね」
リンクは礼を言うようにゆっくりと頷き、モモイからTシャツを受け取り身につけた。
そのとき、微かな電子音が焚き火のそばで鳴り響く。
「ピピッ、ピピピッ……」
ミドリが耳を澄ませる。
「ん?」
モモイが大きな目を見開いた。
「な、何この音!?」
ミドリは辺りを見回し、不安げに言う。
「警報音みたいだけど……もしかして近くにロボットが?」
モモイが少女の方を振り返り、慎重に言った。
「ううん……『この子』から聞こえた気がする」
ミドリが息を呑む。
「え? ま、まさか……」
突然、少女の体から無機質な声が流れ始める。
〈状態の変化、および接触許可対象を感知。休眠状態を解除します〉
三人が固まる中、リンクは少女に再び目を向け、構えをせずとも警戒を緩めない。
少女が、小さく身じろぎし、目を開ける。
ミドリが震える声で言った。
「め、目を覚ました……?」
少女はゆっくりと周囲を見渡し、さっきのシステム音とは違う声つぶやく。
「状況把握、難航……会話を試みます。説明をお願いできますか?」
モモイは呆然としたあと、慌てて前に出る。
「え、えっ? せ、説明? 何のこと?」
ミドリもすぐに追い打ちをかける。
「せ、説明が欲しいのは私たちの方よ! あなたは何者? ここは一体何なの!?」
少女は一点を見つめたまま答えた。
「本機の自我、記憶、目的は消失状態であることを確認。データがありません」
ミドリは顔色を変えつつ問う。
「ど、どういうこと……? いきなり攻撃してくるとかじゃないよね?」
少女は首を微かに横に振り、はっきりと言った。
「肯定。接触許可対象への遭遇時、本機の敵対意思は発動しません」
ミドリが小声でつぶやく。
「接触許可対象って、あの上の部屋で言われてた“資格”ってやつかな? リンクさん、あなたは持ってるの?」
リンクは首を横に振る。
モモイが感嘆混じりに言った。
「それにしてもすごいよね。ロボットの市民ならキヴォトスにもいるけど、こんなに私たちに似てるロボットなんて初めて見たよ」
ミドリは先生を見つめ、問いかける。
「先生、どうしましょう?」
先生は静かに問い返した。
“「接触許可対象」って、どういう意味か教えてくれる?”
少女はやや戸惑ったように答える。
「回答不可。本機の真相意識における第一反応が発生したものと推定されます」
ミドリは首をかしげた。
「深層意識って、何のこと?」
モモイは眉を寄せつつ天井を見上げる。
「……工場の地下で、ほぼ全裸の女の子。おまけに記憶喪失……」
小声でつぶやくその言葉に、モモイの目が光る。
「ふふっ、いいこと思いついちゃった」
ミドリは呆れた声で言う。
「いや……今の言葉の羅列からは、嫌なことしか思い当たらないんだけど……」
少女が首をかしげるが、そんなことお構いなしに手を引くモモイ。
廃工場の通路へと歩き出す二人。ミドリが慌ててその後を追い、先生も続く。
先生は振り向きリンクに声をかけた。
“リンクも、ついてきてくれる?”
リンクは頷き、先生たちと共に廃墟の奥へと進んでいった。
いっちょまえに盾構えてるリンク君ですが、キヴォトスでの対人戦闘は未経験です。