便利屋68:2 死神はどこで眠る   作:まーろう

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12 黒の鉱石

 テーブルを挟んで向かい合うように、カヨコとリスタは席に着いた。リスタは座高よりも背もたれが高い椅子に座って、虎の威を借りているようだった。部屋に給仕が二人入ってくると、二人の前に絹のナプキンと銀器にグラスを置いていく。食器たちは和やかに光っていた。

 

 リスタが給仕に何か指示を飛ばしている間、カヨコはここまでの一幕ですっかり抵抗の気力をそがれると、この敵勢力がかえって面白く見えた。危険な人間兵器に改造人間という組み合わせは、さながら百鬼夜行のようでおかしく思えた。だんだんと化けの皮ははがれている。今度の話では、皮の中に潜む悪魔の顔を拝むことになるだろう。

 

 二人の給仕はいずれも丸く短い黒髪の女で白い上衣を着ていた。リスタの話に頷くようにして、おだやかに手際よく料理を並べていった。

 

 最初の料理は玉ねぎをなくなるまで煮込んだようなスープだった。リスタは左手で器用にスプーンを持つと、手ずから口に運んだ。カヨコはリスタからいつ大陰謀が出てくるか気が気でなかったが、悟られないようにスープに手を付けた。

 

「このコーラのシロップをやってくれ。君の口に合うと思うんだ。自分で炭酸と一緒に注いで、自由にやってくれ。四対一くらいがちょうど良いだろう」

 

 カヨコの前に、氷バケツに入ったほっそりしたピッチャーがあった。シロップと一緒にレモンや八角が入っている。リスタは手を出しかねているカヨコに言うと、手本を見せるように深いグラスにシロップと炭酸を注ぐと、少し混ぜた。カヨコも倣って飲み物を作ると、味を見る。香辛料の効いた控えめな甘露だった。

 

「驚いたね──私の知ってるコーラとはだいぶ違うみたい。どこのものなの?」

 

 リスタは控えめな笑い声を立てた。「売り物と思って貰えるとは光栄だ──実は……私の手製だよ。これも私の楽しみの一つでね。今まで色々と試したが、私が求めるのは量がたっぷりで、刺激が強く、とことん冷たく、見事な出来の一杯が良いんだ。名ばかりの高級品をありがたがってちびちび飲むのは嫌いだし、味が好みでなければ目も当てられない。このコーラは私の完全オリジナルだ。良い名前を思いついたら特許を取るつもりだよ」

 

 リスタが鋭い目で得意げに話す間にも、淡い黄金色のグラデーションがかかった液体は下にいくほど濃度が上がり、グラスに霜がおりていた。

 

「すばらしい」カヨコは素直に褒めた。「見えるのはレモンとシナモンと八角に黒胡椒だね。後に残る辛みはジンジャーかな」

 

 リスタは静かに頷いた。「正解だ。他にも細々としたものは入っているが、この複雑な味を言い当てられるのは相当食に精通した人物だけだろうな」

 

「なるほど、あなたが考え抜いた一品なんだね」カヨコはこの意外な一面と目の前の不思議な飲み物に興味津々だった。

 

「いっそこのコーラを”熱光線(フレイムコーラ)”と名付けたらどうかな──あなたの武器になぞらえて」

 

 二人の給仕が皿を片付けると、小鴨のローストを持ってきた。リスタは笑った。

 

「あれも私の手製だ。私は技術屋と傭兵を兼ねているんだ。必要な道具は自分でそろえる。扱いにくいやつを扱う方法も持っている」右手の義手を少し上げて見せた。

 

 カヨコは謎が解けたといったように切り出した。「ブラックリスタ。私の推理が間違っていなければ、あなたはゲヘナの人間じゃないね。どこか別の所──そう、ミレニアムサイエンススクール辺りの出身じゃないかと思うんだ。違うかな?」

 

 ブラックリスタの目が少し大きく開いた。すぐにまた元の鋭い目つきに戻る。「見事正解だよ、カヨコ。私の見立ては間違ってなかったな。では君に話そうと思っていた話に進もうか。教養のある聞き手を得るというのは、めったにない喜びだし、これから世界で最も優れた人間の一人の身の上話をする楽しみを味わわせてもらおう。そう退屈はさせないし、君なら喜んで聞いてくれるだろう──」リスタは次の一言を意味ありげに言った。「それに君ならこの話を誰かにしたりしないだろう」

 

 やはり、そうだったか。カヨコは廃ビルでブラックリスタと出会ってから、ずっと引っかかりを覚えていた。カヨコは彼女をただの傭兵か殺し屋だと思っていた。今までもそういった相手と便利屋は戦う事はあったし、ほとんど負けることはないという自負があった。ところが今、その自信が揺らぎ始めた。この女は力も装備も、こちらより一枚も二枚もうわ手なのだ。

 

 ブラックリスタは鴨の足にうまそうに横からかぶりついた。「事実は小説より奇なり。君も聞いたことはあるだろう、私はまさしくそれを経験してきた」ナプキンで口元を拭くと、コーラのお代わりを作りながら、カヨコの後ろに飾られている絵画を見つめていた。グレイの目をした白い長髪の人物を正面から捉えた絵だった。

 

「私はミレニアム校区で生まれ、中等部を卒業するまでそこで育った。学校では技術の授業がえらく気に入って、その頃から技術屋を目指したんだ。試験はいつも技術は満点だったよ。他はどうだったか覚えてないがな」リスタはここで一息ついた。「ところが私には持って生まれた才能の他に、どうしようもない本能をかかえていたんだ。さっき握手をした時に気づいただろうが、骨が太かっただろう。私は骨密度が通常の数倍あるんだよ。そしてどうしようもないことに暴力への欲求──力への執着が根を張ってたんだ。何か欲しいものがあれば拳骨で取り上げた。学校では一貫して恐れと憎しみの対象だったが、ミレニアムで開催されていたボクシングの試合で名を挙げた。一度も負けたことはないし、時には対格差のある上級生を負かすこともあった。この時の私の戦いに目を付けたのが、ミレニアムの動向を監視するために送り込まれていたゲヘナ学園の工作員だった。中等部を卒業した後は、ミレニアムからゲヘナに転学して万魔殿の用心棒になった。私自身もゲヘナの自由な校風に惹かれていたからな。この組織も気前の良い報酬は払ったが、出来る限り私と目を合わせないようにしていた。転向してゲヘナのボクシング部に入ってからは、暴力欲求はしばらくは収まったよ。合法的に相手を叩きのめせるからな。だがここでも生徒は私に近づこうとしなかった。転入生だし、やたら血の気が多すぎたのはゲヘナでも受け入れられなかった。そんな時だった、彼女と出会ったのは」オアは懐かしそうに絵画の人物を見ていた。「ゲヘナと他校の境界にあるヴァルカンで分割管理を巡ってトラブルが勃発したんだ。私はその戦場に送り込まれた。この身一つで戦場を歩いたのは普段通りだが、それ以外はひらすら観察に徹した。傭兵会社について耳にしたすべての事が気に入っていて──残忍さ、人命の軽視、権謀術数とか──やがて傭兵集団に入りたいと思うようになった。しかしどうやって?手土産には何を持っていけばいい?連中が欲しがるものはなんだ?そんな私の退学を後押ししたのは、ヴァルカンの件が人員交代となった後のボクシングの試合だった。私はチームを組まず単独で出たが、そこで相手をひたすらなぶった。警告を受けてもしつこく乱撃を続けた結果、相手を半殺しに追い込んで失格になった。リングを後にする私に観客中から罵声が浴びせられた──特に激しく非難したのは万魔殿護衛の同僚だった。翌朝、万魔殿は私を呼び出して、次回の人員入替時に解任すると申し渡した。だが誰も私と仕事をしようとしなかったから、私は郵送係に配置換えされた。それで良かったんだ。これは私にはまたとない好都合でね。数日経ってから、私は万魔殿の金庫からありったけの金をかっさらうと、単身ヴァルカンに舞い戻った。まだ傭兵会社の人間は残ってたから、私はかつての同僚を片端から潰して回った。あの時の連中の真っ青な顔と来たら!そのうちに日が暮れてから、私は傭兵会社の拠点近くの衛兵のところへ引き込まれた。この時私に問答をしたのが、後にスペクトルの一員となるアスだよ。私は金を持ってきた事と、トップに会いたいという事を伝えた。私の持ち物から金を発見すると、アスはスカウトの際に使うだろう質問が列挙された長い書類を出した──氏名、所属、職業などを尋ねる質問だ。記入を終えると拠点に案内された。拠点内の仮設デスクの反対側に座っていたのは、巨大なライフルを持つグレイの目をした白髪の人物だった」

 

 すばらしいチーズスフレが来ると、リスタは口をつぐんだ。二人はしばらくデザートに専念すると、やがてコーヒーがきて食事は終わった。

 

 ブラックリスタはカップをそっと受け皿に置いた。両手をテーブルの上に置いている。気持ち居ずまいを正すと、カヨコの方を見た。表情はかすかに上気している。思い出に酔っているようだった。

 

「どうかな?退屈してはいないか?」カヨコは笑みを浮かべて続きを促した。「彼女──天唯オアと出会ってから、私の人生は急転換したよ。何にも縛られず戦場を渡り歩いて、誰のためでもなく自分のために戦った。戦場では派閥も思想も過去も関係なくなる。それに傭兵会社の仲間は私を受け入れてくれた。ようやく自分に適切な場所に巡り合えたんだ。オアは素晴らしい指導者だったよ──とても同年代とは思えないほど大人びていたし、会社を経営できるだけあって統率力もあった。私はこの人物のためになら心血を捧げてもいいとさえ思えたよ。盲信に近いといってもいい。だが社会はそんな不安因子である傭兵会社を見逃さなかった」リスタの表情が気持ち暗くなった。「戦場では派閥がなくなるというのは本当だったな。連合軍によって会社は壊滅した。万魔殿からも指令は飛んでいたんだ。私も見つかって、夜中に殺し屋が来た。拷問にかけられたが、金のありかは白状しなかったよ。一晩中私を責め立てたが、そのうちに口を割りそうにないと知ると、爆弾で右腕を根こそぎ吹っ飛ばした。泥棒の死体として見せしめにしようとしたんだ。そのうえ私の顔面から足先まで銃弾をありったけ撃ち込んで帰っていった。しかし奴らは私の体を知らなかったんだよ。私は頑丈だった。ただし目まで頑丈ではなかったがな。だが私は生き延びて、まったく意志の力だけで手術と数ヶ月の潜伏生活を生き抜いた。その間も絶えず策を巡らせていたよ──どうやって再起を図るか。それだけを考えて生きていた。ブラックスターが明確な方針として出てきたのは、この頃だよ。私は裏社会に身を隠して、殺し屋家業をしながら地道に金をためた。そのうちに見た目も変えてしまったんだ。翡翠色の眼に取り換えて、義手をはめた。身長は変えようがなかったから、背を高く見せる靴にした。名前もブラックリスタと変えた。ブラックは黒い世界で生き抜くことの決心を表して、リスタは身体的特徴のクリスタルから取ったよ。やがて充分な金がたまると、その時まだミレニアムに在籍していた旧友の力を借りて、オンライン受講生として技術部に入った。図書館、技術室、教室という世界に身を隠したんだ。私はそこで兵装技術について夢中に学んだよ。なぜだか分かるか?私のもっとも信頼できる道具としての肉体をさらに強固なものにするためだ。あらゆる危険に脅かされずにすむためだ。それさえできれば、自分の肉体は堅固な基地となるのだよ。戦争論でも、まず基地を強固なものにせよと言ってるからな。力を手に入れるんだよ、カヨコ。決定し裁く力だ。生殺与奪の権を握るんだ。ここで私は再び力に執着するようになった。力への偏執狂になったと言えるな」

 

 カヨコのコーヒーカップはすでに茶色のしみをつけるだけになっていた。ブラックリスタはコーヒーのお代わりを持ってくるように言うと、穏やかに言った。「すまないなカヨコ。ちょっと我慢してくれよ。話は簡単に切り上げる。そこで、覚えてるな。私はミレニアムに行った。やがて技術屋としての力を身に着けると、キヴォトス中を巡っては兵器開発技術を遺憾なく発揮して、殺し屋家業以上の金をため込むようになった。それに技術屋と名乗れば、表の社会でも人々の信用を買う事が出来るし、疑われずに色々な情報を手に入れることもできる。私は自分の本拠にふさわしいところを探し始めた。学園の全面戦争が起こっても、安全なところでなければいけない。島でなければならないし、それにある程度の自給自足が出来るところでなければならない。そのうちに有用な海上プラントを見つけたんだ。元はカイザーが昔海底資源の採掘のために建設したが、技術面の不安と高い採掘費用で断念した後放置されてたんだな。私はその基地の所有権を格安で買い取って、本気で仕事にかかった。造作もなかったよ。ハイドレートというエネルギー資源だが、これがまたえらく高く売れるんだ。事業としては理想的だったな。ガスは勝手に湧いてくる。需要は固定されている。何の問題もないよ。唯一の問題は働き手の賃金をどうするかということだけだった。だがこれも簡単だった。少々手荒だが、ヘルメットに洗脳装置を付けたものを使うんだ。後はそれを被ってもらうだけで、傀儡の完成だよ。賃金の代わりに食事と住む所を提供すれば、誰も文句も言わずに働いてくれる。こうして巨万の富を約束されたおかげで、私は資金を気兼ねなく運用して、兵装を整えたりこうした贅沢な基地を手に入れることが出来たし──こうして来客を丁寧にもてなすこともできるようになった。私の城は着実に完成に近づいている。地球が生み出す海底資源の上にな。カヨコ、これでも苦労したよ」リスタの表情は賛辞を求めているようではなかった。「しかしその城もつい半年ほど前に完成したんだ。堅固で強力な基地ができたんだ。次の一歩を踏み出す用意はできた──私の力を世界へ伸ばすんだ」リスタはすっかり上機嫌になると、演説でもしているように義手で作った握りこぶしを顔の高さまで上げた。

 

「どうだったかな。これが私の長い面白い身の上話の第一章だよ。まあ、こうして私は世界に手を伸ばす力を持った。そして次は世界を掌握する力が欲しくなったんだ」

 

「面白い」カヨコは言った。「本当に面白いいきさつだったよ。なら世界を掌握する力っていうのが、私たちを襲った時に持ってたケースに入ってるってことかな」

 

「やはり鋭いな。そういうことだ。もうじきもう一つも手に入ったという報告が飛んでくるだろう。そうなれば私はすぐにでも世界に向けて動き出すよ」

 

 カヨコはなんとか答えを引き出そうと必死だった。「でもキヴォトスにはあなたの他にも、強者なんてごまんといる。どんなに強力でも一つの兵器なんて問題にはならないんじゃない?その所はどう考えてるの?」

 

「逆だよ、カヨコ。この新兵器は他の生徒たちが持っている銃とは一線を画すものだ。これにかかればどんなに強力であったとしても、一人の生徒なんて問題にならないな。この兵器は私が世界へ伸ばす手に持つ権力という名の銃になるんだよ──権銃とでも言おうか」

 

 カヨコは熱を込めて言った。「分かったよ、リスタ。それでその新兵器であなたは一体何をしようというの?世界征服でもやろうというの?」

 

「そうだ」ブラックリスタは言った。「まさしく、そいつをやろうというんだ。新兵器は殺人兵器だよ。あのケースの中身は、殺人兵器”Death for Angel(天使に死を)”の技術情報だ。私はこれを掌握して、海上要塞国家RAXAを完成させる」

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