便利屋68:2 死神はどこで眠る   作:まーろう

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13 死刑執行命令

 持っていたコーヒーカップを皿に戻すと、カヨコは少しの間考え込んだ。

 

 そういう事か!RAXA──これが答えだったのか。つまり、こいつは第二のオアになろうというのか。アスの言う通り、力を持った奴の考えることにそう違いはないものだと今では思えた。RAXAもまたうってつけの人材を見つけたのものだ。アルもネオ・チャレンジャー基地で、オアからこういった風に野望を聞かされたのだろうか。この恐るべき人間に対して、自分はどれだけのことができるだろう?ここから飛び掛かって、あいつを倒せるか?体のいい言葉で説得して、あいつを改心させられるか?カヨコは大陰謀を目の前にして、急激な無力感に襲われた。先生ならどうする?どうにかしてくれるか?

 

「止めることはできんよ」

 

 ブラックリスタは一通り喋って満足したのか、コーヒーにミルクを混ぜるとのんびり口に含んだ。カップが口から離れると、心臓まで見透かすような鋭い目つきでこちらを見た。唇についたコーヒーを舐めとると、左手で頬杖をつく。「例えシャーレの先生でも、もう止めることはできないし、こちらの策に気づくこともないだろう。エデン条約調印式が上手くいかないことは初めから分かっていたよ。一度アリウス分校生の顔を拝みに行ったことがあるが、彼女達なら何かやってくれると信じてたからな。ゲヘナとトリニティが一時的な機能不全に陥っている今が機会だ。こういう時世では、たいていの事はもみ消すことができるし、先生がエデン条約事件の書類から顔を上げる頃になれば、私はDAを完全に配備した海上要塞に移っているだろう。用が済めばこの基地も爆破する。私は表の世界史に──突然現れた要塞国家の元首として名を残すことになるかもな」リスタは興味なさげに言った。「そうなればカヨコも連れて行く。私がキヴォトス中に向ける警告を実行しうる能力を持っていることをシャーレに認めさせるには、きっと君の助言が必要になるだろう」

 

「警告?」

 

「そう、私が世界でただ一人DAを保持していて、それをあらゆる地域に向けて放つことができるという警告だ。もちろん要求を飲まなければ警告を実行する。地上からキヴォトス人は全て消え去るだろう。ミレニアムも、ゲヘナも、トリニティも絶滅する」

 

「そうなれば地球生命も絶滅だろうね」カヨコは目の前の偏執狂に気圧されないよう必死だった。

 

「そうはならないな。きっとシャーレは降伏する。その時、私は初めて地球の全てを掌握することになる」

 

「もし思い通りに事が運んでも、全世界に向けてDAを撃ち込むには時間がかかるはず。海上に孤立した要塞なんて、その前に攻め落とされるに決まってる」

 

「そう、そうだろうな。私もその問題にぶつかったが、とっくに解決済みだ。この計画のために部下をちまちまと洗脳して訓練し、大勢抱えこんだ。君はDAをミサイルの頭につけて飛ばすつもりと考えているだろうが、そんな事はせんよ。私はCLGと違うんだ。人が持ち運べる大きさの小型DA爆弾を持たせて、全世界に拡散させる。海上要塞からの指示一つで、一つの学園を丸々消滅させられる。そうなれば連中も、私が酔狂でこんなことをやっているんじゃないと分かるだろう」

 

 カヨコは肚の中で何とか策を巡らせたが、一人で計画を阻止できるとは到底思えなかった。リスタの周到な計画は水の漏れでる穴一つないように見えた。

 

 残りのコーヒーを一息で飲むと、決心したように切り出した。

 

「なるほど。確かにあなたの計画は傷一つない完璧なもののようだね。ならばDAの事はどこで知ったの?アスが喋った?」

 

「もっと前さ。ちょうど君たちと同じくらいだ。半年前にこの基地に一通の手紙が来たんだ。中身は何だったと思う?拝啓──ブラックリスタ、から始まった手紙を見て驚いたよ。差出人名は天唯オアと名乗ってね。初めは誰かの悪い冗談に思ったんだが、内容は確かに彼女しか知らないものだった。手紙の中で私の前の名前を当ててみせたんだよ。それから近いうちにネオ・チャレンジャー基地を占拠するから、そこに合流してほしいと書いてあった。カヨコ、この時の私は文字通り胸が高鳴ったよ。期待と興奮に満ちていたんだ。また彼女と共に戦えると思うと、こんな地下基地にも居られなくなってね。すぐにでも飛んで行きたかったが、ちょうど海上要塞計画も大詰めだったから、手紙への返事をこちらからの部下と一緒に送ったんだ。片が付いたら、すぐにでも合流するとな。だが基地が完成する頃には──ここはカヨコの方が詳しいだろうな」

 

 記憶の底から苦い過去が這い出ると、カヨコの足元をがっしりと捕らえた。あの地獄のような体験──極寒の基地、スペクトル、巨大な殺人ロケットと相対した時の光景が嫌なほど鮮明に浮かんできた。亡霊(スペクトル)は半年の時を経て、再びこの世に舞い戻ってきたのだ。あの大事件の裏で、もう一つの陰謀が起こっていたとは!おそらくCLGやカイザーにも想像できなかっただろう。今度は気づける者が現れるだろうか?時間があれば状況証拠で嗅ぎつける奴もいるだろうが駄目だ!それでは遅すぎる。

 

 カヨコは口を開いた。「私たちを嵌めたのは、スペクトルの報復なの?」

 

「弔い合戦ではないと言ったはずだぞ。私はオアの生死なんかこれっぽちも興味はない。力だけが私の興味や関心を引き立てるんだ。カヨコ、お前たちを狙ったのは、いずれお前たちが厄介の種になると分かっていたからだ。海上要塞の完成まで、DAの秘密を把握しているのは私一人でなければいけない。それだけだ」

 

 リスタは退屈そうに言った。カヨコは思った──まさかこいつがここまで優秀だとは思わなかった。そして凶悪だ。なんとかしてこいつの情報をシャーレに届けないといけない。()()()()()()。カヨコはがむしゃらに頭をフル回転させて、情けないほど薄っぺらで情けないほど他力本願な台詞の詳細を詰め始めた。

 

 カヨコは言った。「どうやらブラックスターはこの計画を、とことん考え抜いたと見えるね。大変な努力だったと思うよ。ただし、一つだけ……」カヨコはわざと中途半端に言葉を途切れさせた。

 

「何が言いたい、カヨコ?」ブラックリスタの眼がぴくりと動いた。完璧な計画の思わぬ見落としを指摘されると思って、ぎくりとしたに違いない。

 

「さあ、話してしまうといい、カヨコ」リスタは話に釣り込まれたようだった。

 

「あなたにも分かるでしょ?」カヨコはこれが苦し紛れの反撃と思われないよう、おおげさに手を振って話した。「いかにも万事順調に見える──でも、あなたは自分から敵を作った。そして私をここまで攫ってきた。社長たちは、あなたの顔を知っている。あなたは私の仲間たちに追われる身だよ」

 

「なんだ、そんなことか」リスタはまた退屈そうな声を出した。「私がそんなことを織り込み済みでないと思ったのか?君が気絶した後、便利屋68はあのビルもろとも沈めた。もっともしぶとく生き延びていたがな。だが私はもう一枚のディスクの回収にブラックレイジ──強力な刺客を送り込んだよ。便利屋の仲間がいたら用心するように伝えたし、実際に陸八魔アルは会場に来ていたそうだ。私は、今度は地下会場ごと生き埋めにするよう伝えてある。そろそろ報告が上がってくる頃だと思うぞ」

 

 まるで予知でもしたようなぴったりのタイミングで、扉が開いた。携帯無線機を持ったアスが、リスタの方に近づいてきた。とても神妙な面持ちだった──まるで身内の不幸の連絡を受けたようだった。

 

「ちょうど良かった。報告が来たか?」

 

「ええ。ですが──」言い終えるより早く、無線機から不機嫌そうな雑音交じりの声が話し始めた。

 

「リスタ……やられた。すり替えられた。あの浅黄とかいう奴に違いない。私は間違いなくディスクをしまったのに」

 

「奪われたと?」リスタは少しも動揺した様子はなかった。

 

「ああ……すまない。けど会場は爆破した。掘り起こしてディスクを」「生きてるよ」

 

 アスは確信を持ったように言い放った。「彼女たちが生き埋めになるところを見たか?見てないだろう?なら間違いなく生きている。あいつは──浅黄ムツキはそういう女だよ。常に我々の予想を裏切ってくると思った方が良い。今から会場跡に戻っても、彼女たちはどこかに姿を消しているに決まってる」

 

 一定の”しーん”という音が聞こえるような沈黙の中で、カヨコは祈りが通じたかと思うと口角が上がりそうになるのを抑えた。社長たちはやってくれた!これで奴らの目論見はひとまず先送りになった。内心ガッツポーズを決めると、運命が好転し始めたような気さえした。

 

 そんなカヨコの気分に水を差したのは、声に少し怒気のこもったリスタの一言だった。

 

「分かった、戻ってこい」

 

 それだけ言うと、携帯無線機の通信を切ってアスに返した。一瞬こちらと横眼が合うと、部屋の隅で彫像のように待機していたブラックライシスを、カヨコに見せつけるように指を鳴らして呼んだ。ライシスがそばによると、リスタは短くはっきりと──やはりテーブルの向かいに座るカヨコに聞かせるように命令した。

 

「ブラックライシス、死刑執行命令だ。対象は”便利屋68”罪状、国家の敵。ブラックレイジの二の舞は断じて許されんぞ」

 

 

 

 カヨコは食堂を後にすると、アスに連れられて元の静かな牢獄へ歩いた。「殺害を命じる」ブラックリスタの命令を聞くと、ブラックライシスはヘルメットを取り上げてすぐに部屋から出て行った。あんな命令を受けたにも関わらず顔色を少しも変えなかった。社長たちはあいつとやりあって生き延びられるか?いや、それよりも逃げ切ることを祈る方が良いだろうか。

 

「便利屋68も運が尽きたかな」戸口の前まで来ると、アスはぶっきらぼうに言った。「きっと今夜は気になって寝付けないだろう。安心しろ、続報があれば真夜中でも叩き起こして報告してやるよ」

 

 戸口が開くと、カヨコは部屋の中から振り返ってアスを見た。

 

「せいぜい楽しい夢を見るんだな、鬼方カヨコ」

 

 戸口が閉まる直前、巨大な翼が空を切る轟音が遠くで聞こえた。

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