便利屋68:2 死神はどこで眠る   作:まーろう

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14 黒の終焉

 ブラックマーケット郊外のレイブン・ストリートの角に、街頭の光を受けて三人の生徒が静かにたむろしていた。三人とも面に表情はない。この夜中に緊急の呼び出しを受けても、悪態一つ吐かずにずっとレイブン・ストリートの往来を監視していた。

 

「今度はお前だよ、イア」

 

 トランプの手札を大事そうに両手で持っていた女が、順番にもかかわらず手を出さない仲間に言った。

 

「あたしか、すまないねアイ」

 

 黒い学生服を着崩した女は、隣の手札からそっと一枚奪った。小さく舌打ちをすると、ぶっきらぼうに手札を差し出す。アイと呼ばれた彼女はカードの束に手を伸ばしても、目線は絶えず人気のない往来に向けていた。彼女は武器を持った三人組が小走りで通るのを見ると、目をぱちりとさせた。適当にカードを一枚つまむと中身を確認しないまま、三人の後ろ姿、服装、装備、髪色などを子細に観察した。彼女は自分の手札を置くと、仲間に軽い詫び言を言って、足元に置いたヘルメットを被った。

 

 インカムのスイッチをぱちんと上げる。

 

「見つけたか」力強い声が出た。

 

「ボス、やつらがレイブン・ストリートをやってきました。角のある桃色髪の女です。仲間を二人連れていましたが、いずれも人相がそっくりでした」

 

 監視(アイ)は三人の服装と装備を詳しく説明した。「三人とも、西の発電所へ向かっています」彼女は見えなくなるまで、三人の走り去った方向を伝えた。

 

 しばらく沈黙が続いた。

 

「よし」静かな声が伝えてきた。「他の通りの監視(アイ)諜報(イア)を呼び出せ。西の発電所付近の警戒強化だ。発電所に身を隠したら、位置情報をブラックライシスに伝えて……」

 

 しばらく命令は続いた。

 

「分かったか?復唱してみろ」

 

「はい」電話口に聞こえた内容を少しのよどみもなく、すらすらとインカムに囁いて見せた。

 

「よし」通信は切れた。

 

 監視は目を輝かせると、周波数帯を変更して伝令を伝え始めた。

 

 

 

 発電所は人がいないにも関わらず、明かりはつけっぱなしになっていた。アルとムツキとハルカは、朝になるまでこの鉄の城でやり過ごそうという話でまとまった。ブラックスターへ交渉を持ち掛けようにも手段はないし、向こうから接触してくるのを待つしかなかった。だが平穏に交渉に臨むはずがない。おそらくあらゆる手段を使って、こちらからディスクを奪おうとしてくるだろう。三人はくすんだミント色のよく滑りそうな床を注意して歩いては、配管の隙間からこちらを窺う敵がいないか常に気を配っていた。

 

 発電所内はひんやりとしていた。迷路のような配管は天井を伝って壁に伸びたり、建物を支える柱のように床に伸びたりしている。壁に何列も連なった白い箱には黄色と赤文字で「危険」と書かれていた。よく光る白熱電球のおかげで、発電所内は昼のように照らされて見通しが良くなっている。遠くの方では、事務所の部屋にも収まりきらなそうな巨大なエンジン機構が絶えずぶるぶる鳴っていた。

 

「ああもう──あいつは仲間に連絡したかしら?こっちは早くカヨコを取り返さなきゃいけないのに」

 

 アルは発電所に向かう途中から、ずっとそわそわしたままだった。いつ連絡が来るか、もしくは使いが寄こされるか、それだけがずっと気がかりだったのだ。手段のディスクは、大切に懐のポケットに収めてある。ときどき体に当たる固いディスクの感覚に意識を向けては、自分を安心させる事を繰り返していた。

 

「アルちゃん緊張しすぎだよ。立案者なんだから、もっと堂々としないと!」ムツキはアルに励ましの言葉をやると、すぐに周りに目線を戻した。オークション会場での一幕を経験してから、もうムツキはどこから奴らが襲ってきてもおかしくないと考えるようになっていた。

 

「アル様──アル様に手を出す奴は私がぶっ飛ばしますから、私もちゃんと役に立ちますからご安心ください」

 

 ハルカもショットガンを構えながら、絶えず気を配っていた。先の戦いに参加できなかったからか、余計に勢い込んでいるようだった。

 

 アルは警戒を怠らないようにしながら、通路を渡る足を早めた。もし私たちの抵抗でカヨコがひどい目にあっていたらどうする?奴らならそんなことも平気でするだろうか?それとも?

 

 旗が激しい風になびくような音が聞こえた時、真っ先に銃を放ったのはハルカだった。天井近くにまばらに当たったが、黒くなびく人影は後方倒立跳びのように宙を舞うと、アルたちの目の前三メートルほど先に片膝を立てて着地した。一斉に銃口を向けたが、黒髪の女は全くひるまずにゆっくりと顔を上げて立ち上がる。黄金色のレンズのような瞳が、こちらを覗いた。その風貌にアルは見覚えがあった。

 

「お前たちが便利屋68か」声には何の感情もこもってなかった。

 

「あなたは──確かヘルメットライダー団のボスね。仕返しに来たのかしら?」

 

「ああ、確かに私はヘルメットライダー団のボスだった。だが今は違うみたいだ。私はブラックライシス」

 

 簡潔にそれだけ言うと、手に持ったヘルメットを顔にやって、ゆっくりと被った。最後にぱちんと止め具をつける。「ブラックスターの使者」

 

 ゆっくりと力を込めるようにして拳を下ろすと、電源が入ったように輝く黄金の目でまっすぐアルを睨んだ。

 

「やはり来たわね、こっちはずっと待ってたのよ。すぐに監視が集まってくるのも分かってた。あなた達の欲しいディスクは、私達が持っているわ。そしてあなた達は私の仲間を攫った。ねえ──一つ取引といかない?」

 

 アルの提案に、すぐに返事はなかった。ライシスは時間が止まったように動かない。乗ってきてくれる?アルは心の中で、相手が交渉に釣られる事を願った。どうしたの、早く乗りなさいよ!これが欲しいんでしょう!それとも自分一人では決められないとか言うのかしら?アルはヘルメットの奥で、何らかのやりとりがされている事を切に願った。

 

 沈黙の後で、ブラックライシスは一度体をゆすると、およそアルには想像できないだろう返事を口にした。

 

「残念だが、私はディスクを回収しろとは命令されてない」

 

 一瞬時間が止まったようだった。今何て言ったんだ?言葉がすぐには理解できなかった。やがて時が動き始めると、段々とアルの体に凄まじい悪寒が立ち上ってきた。ここまでの自分たちを支えてきた唯一の頼りだった策が、足元からばらばらと崩れる感覚だ。あまりに予想に反した一言に、返す言葉が見つからなかった。

 

 ブラックライシスはこちらの動揺を見て取ったようだった。にやりとすると、一歩一歩踏みしめるように近づいて来る。

 

「動かないで!」

 

 アルの咄嗟の一言でライシスは止まったが、思考は一切読ませないといった様に至って落ち着いていた。何なら通じる?アルは知恵を絞って、何とか交渉の場に引き摺り込もうと言葉を選んだ。

 

「それ以上動いたら、ディスクは破壊するわよ。ほ、本当にいらないの?これは二枚ないと意味を成さないのよ?あなた達の計画も水の泡になるのよ?」

 

「それで本当に困るのはお前たちだろう」ライシスの指摘は鋭かった。「どうも良い気持ちはしないが、お前たちを殺せとの命令だ。なので」

 

 ライシスは手刀をつくって両手を軽く曲げると、戦闘態勢に入った。「勝負願おうか」冷酷な声だった。

 

「どうやら逃げられそうにないね。アルちゃん、どうする?」普段通りのムツキの調子が、ここではとてもありがたかった。

 

 戦場になりそうなこの場は閉鎖的で、戦闘が始まれば分が悪いように感じた。発電所から逃げきるのは無理だと分かっていたので、せめて広い空間で撃ち降ろせる場所に移りたかった。

 

「ここじゃ本領を発揮できないか?ならば、そちらが有利な場所に変えて構わない。全力で抵抗できない奴を倒しても、それも良い気分はしないからな」

 

 ブラックライシスは意外な提案を持ち掛けた。アルにはありがたい申し出にも、死刑宣告にも思えた。こいつは私達三人に勝つつもりでいる。相手の底知れなさと絶対の自信、そして喉元にナイフを突きつけられたようなものだったが、少なくともここでやられるよりは手があるように思えた。

 

「ただしディスクは紫髪に預けろ。お前だけ逃げる可能性がある」

 

 この一言にアルは思わずかちんときて、怒ったように言った。「何ですって?いいわよ、受けてやるわよ!こっちが仲間を見殺しにするような奴じゃないってことを、しっかり教え込んでやるわ!」

 

 雲一つない夜空は、明日は快晴になるだろうことをはっきりと伝えていた。ちょうど満月を遮るものもなく、発電所内の中庭らしき開放的な空間は、月明かりが満遍なく差し込んでいて明るかった。

 

 アルは全員の目の前でポケットからディスクを取り出すと、ブラックライシスによく見えるようにしながらハルカに差し出した。ハルカはいつの間にか自分が課長を取り戻す鍵を預かることになったため、ひどく狼狽えていた。

 

「わ、わわわわ、私ですかっ……」足から腕まで緊張で小刻みに震えている。「そ、そんな重大な任務を私なんかに……」

 

「大丈夫だよ、ハルカちゃん強いもん!」ムツキは背中に手をやって、ハルカを一歩押し出した。ハルカの眼前三十センチメートルに、便利屋68の運命を決めるディスクが近づく。

 

「ハルカ、命令よ。あいつを必ずぶっ飛ばして、ディスクを守り抜きなさい。そして課長を助けるわよ!」

 

 アルの指示を聞くと、ショットガンを抱える手に力がこもった。俯いた顔が少しずつ上がってくると、ハルカの目に迷いはなくなっていた。「は、はい!命に変えても守り抜きます!」

 

 そう言うとディスクを受け取り、腰につけたポーチに仕舞い込んだ。もう後戻りは出来ない。アルはハルカの肩を掴むと、真剣な顔で語りかけた。

 

「それからハルカ。絶対に無理はしないって約束して。なんだか、嫌な予感がするの。あいつがさっき言った事──とても冗談には聞こえなかった。カヨコを助ける事も大切だけど、そのためにあなた達が重大な怪我をしたらカヨコは責任を感じるに違いないわ。あの子は、そういう子だから」

 

 優しく話すと、ハルカはしおれそうな声で一言返事をするだけだった。手を離すとスナイパーライフルを構えて、目前の敵に銃口を向けた。

 

「待たせたわね。それじゃ始めるわよ!」

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