便利屋68:2 死神はどこで眠る   作:まーろう

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19 地獄の玄関口

 トンボの目のように大きな防塵ゴーグルの下から、満月のような目は道路の先を見据えていた。時速七十で飛ばすスポーツスターと名付けられたオートバイのスピードに、髪や服は踊っていたが目は静かに落ち着いている。ハンドル中央の上から、道路のずっと先を見つめる目は、至って冷静沈着のようだった。

 

 ゴーグルをつけた女の髪に隠されるようにして、すぐ後ろに乗っているジェットヘルメットをつけた少女は、振り落とされないように背中にくっついて腰に手を回していた。時々左右に首を振っては、次々に追い抜かされる大型トラック達に一瞥をくれている。白いヘルメットはエンジンの唸りや風の切る音を、ほどよく軽減してくれる。少女のジャケットはボタンを留めておらず、ウエストの辺りには小さな拳銃が差し込まれていた。

 

 どっしりと腰を落としながら握りやすく曲がったハンドルを掴んで、足はペダルに落ち着けている。時々手首のスナップを効かせて捻ると、バイクの唸りがそのたびに一段と高くなった。

 

 朝の十時過ぎ。わざわざ地面から高い場所に設けられた大型の直線道路は、登ってきた日の光を受けて滑らかに舗装されたアスファルトは黒く光っていた。道路の左右はジオラマのように小さな建物が所狭しと並べられている。この道路はスワン空港とキヴォトス中心地を結ぶ高速道路で、すでに空港に荷物を運ぶ大型トラックによる混雑が始まっていた。

 

 ブラックライシスはハンドルを捻ると、速度を八十に上げた。腰に回したムツキの腕が固くなる。こちらの道路を飛び越えるように伸びた陸橋が、前方に浮かび上がってきた。陸橋の下のトンネルが、大口を開けて迫ってきて、二人を飲み込む。排気音がやかましくなり、トンネル内のひんやりした空気が袖から腕周りを冷やした。すぐにまた日差しの下に出ると、今度はエンジン音が小さくなったように聞こえた。

 

 行く手はつややかに光る一キロメートルの直線道路。赤い丸い標識は制限速度が八十であることを伝えている。ライシスは左右のミラーを見た。後ろにはトラック以外何も映ってない。見えるのは上半分に広がる青空と、下半分を塗りつぶす黒いアスファルトだった。追手の影は見えない。

 

 しかし、ここでミラーの中央に小さな黒い点が現れた。小さな虫のような点は、みるみる大きくなっていく。大きな一つ目のヘッドライトの上で、グローブをはめた両手の間にヘルメットが来るように低く伏せていた。

 

 すごいスピードだ!

 

 ライシスの目がちらっと前方を確認すると、再びバックミラーに向く。そいつの右手が隠してあるだろう拳銃に伸びた。

 

「ムツキ、お出ましのようだ」

 

 ライシスが少し速度を落として言うと、ムツキはエンジンに負けない声で返事をした。片手が離れると、ウエストの拳銃を掴む。

 

 行く手の先には何も見えなかった。素早くバックミラーに目をやる。追手の右手がハンドルから離れた。フルフェイスヘルメットのバイザーが、日光を受けて巨大な横一本の白線に見えた。

 

 今だ!

 

 ムツキはいきなり後ろを振り向くと、ライシスの服を掴む力を強めた。後ろのオートバイに狙いを定めた。ムツキの拳銃が唸る。その瞬間、リアバンパーにかーんと銃弾が当たった。追手とオートバイは、馬が突然立ち上がったようなウィリーの体勢になると、右にそれて壁に激突し、追手はそのまま道路の外へ飛び込んでいった。がらがらという金属音の断末魔は、すぐに遠くなって消えていった。

 

「あっけなかったね」

 

 ムツキはウエストに拳銃をしまうと、再びライシスの腰に手を回した。「さすが」という短い賛辞だけで、それ以上のやり取りはなかった。目の前にアンテナが何本か生えた巨大なおもちゃ箱のような建物が見えると、バイクは少しずつ速度を落とした。七十五……七十……六十八……

 

 ガラス張りの壁の向こうから、旅客機の翼が伸びて出てくる。建物の上部には巨大な名札のような看板に、電球を仕込んだ文字で”スワン空港”と書かれていた。

 

 

 

 キヴォトス都心の停留所に、黄色く長いバスが入ってきた。頭上の電光掲示板には「スワン空港行無料連絡バス」と出ている。屋根のついた停留所のすぐそばにエアブレーキの大きな音を立てて停車すると、空気が抜ける音と共に自動ドアが開いた。到着の五分前に列に並んだアルとハルカは、人の流れに沿って車内に入ると二人掛けの座席に落ち着いた。列の一番後ろに並んでいた白と青のセーラー服を着た少女は、肩に学校指定の紺色の鞄をかけてバスに乗り、乗客の顔をじろじろ見ながら中の方に入っていった。彼女は二人のゲヘナ生徒が乗っているのを見ると、目をぱちりとさせてそのまま歩き続けて、そのすぐ後ろの席に座った。

 

 彼女は鞄を天井の棚にしまおうと立ち上がって、二人の髪と服装、横顔をじろじろ見た。アルは窓際に座っていた。セーラー服の女は、よく磨かれた窓ガラスに反射した顔を見て、懐から一枚の名刺を取り出した。

 

 彼女は席に座ると、それ以上前の席にいる二人を見ずに、スマホを取り出した。バスのドアが閉まると、ゆっくりと低い唸りを上げて走り出す。空港に着くまでの間、セーラー服の女は絶えずメッセージでやり取りをしていた。

 

 アルとハルカが、スワン空港の大きな自動ドアをくぐってから、一部の従業員たちが二人を監視したり、監視しようと待ち構えるようになった。彼女たちは裏へ引っ込むと、自分のスマホから監視仲間に連絡しては、次から次へと情報が回されていった。当然空港内での二人の居場所は、常に監視の的になっていたが、アルもハルカもそういった隠された監視の目に気づいてないし、そもそもずっと見られているものとして考えていた。

 

 この有名な空港で、アルとハルカは喫茶店の壁際の小さなテーブルを挟んだ席に滑り込んだ。

 

 二人は、コーヒーとオレンジジュースを注文した。こういった店の飲み物は普段は中々手が出せないが、今回ばかりは別だった。「空港内で一時間近くぶらぶらしてるなんて手荷物検査の格好の的だぞ。隅々まで調べられて、こう問い詰められるんだ。このディスクは何ですか。あなたたちはずっと店にも入らず搭乗もせずに、ぶらぶらと施設を歩いて回ってましたね。ちょっと調べさせてもらってもよろしい?いえいえ、保安上の問題ですよ。おや、このデータはなんだろう。然るべき人物に見せるべきですね。こうしてブラックスターに中身を送信されたら、ディスクはもう用済みになって一貫の終わりだよ。時間まで、これで一杯やってれば搭乗待ちの客だと説明がつくさ」こういってブラックライシスからお小遣いを渡されたおかげで、二人はめったにありつけない空港での一時を味わう事が出来ていた。

 

 飲み物が来た。アルのコーヒーは見たことがないほど濃いものだった。少し口をつけると、すぐに受け皿に置いた。

 

「さて、ハルカ。この後の段取りを復習しましょうか。といっても、あまり深く考えることはなさそうだけどね」

 

 アルはそう言うと、耳栓のように埋め込んだ無線機を指で軽く叩いてから、胸のポケットに忍ばせたマイクを確認した。

 

「マイクチェック、マイクチェック。こちらは謎の旅人ムツキちゃんです。応答願いまーす」

 

 緊張感のない冗談が聞こえてきて、思わず吹き出しそうになる。

 

「こちら陸八魔アルよ。ちゃんと聞こえてるわ。ハルカも大丈夫ね」

 

「は、はい。問題ありません」

 

「こちらも問題なく聞こえる。連絡手段は大丈夫だ」ライシスは歩いたまま話しているのか、服の擦れる音が少し入っていた。

 

「全員いるわね。ムツキはもう席についてる?」

 

「雑誌と新聞と飲み物を置いたから大丈夫だよ。あと一時間以上は粘れるね」

 

「こちらブラックライシス。ムツキが見えた、問題はなさそうだ」

 

 二人はすでに計画通りの配置についていた。約束まであと三十分だ。

 

「分かったわ。カヨコが来たら、そちらから連絡してちょうだい。それまではハルカと店にいるわ」

 

 そう言うとコーヒーにミルクを入れて一口含んだ。まだ熱かったが、うまかった。

 

 ハルカは少し飲み物を口にして、周りを見るを繰り返しており、落ち着きがなかった。アルは緊張をほぐしてやろうと口を開いた。

 

「そういえばハルカと二人きりでどこかに出かけるって、ほとんどしてなかったわね」

 

「あ……普段はカヨコ課長やムツキ室長も一緒で、四人ですからね。確かに、新鮮です」

 

 ハルカはにへらと笑って見せた。その不器用な笑顔もアルには可愛らしく思えた。

 

「そうね、四人揃ったら、またラーメン屋に行きましょ。ところで、この後のことだけど、交渉は万事私に任せて、ハルカは何かあった時にすぐ動けるように準備しておいて。何をしてきても不思議じゃないわ」

 

「わ、分かりました」

 

 それからしばらくはハルカの育てている雑草について、じっくり腰を据えて話していた。やがて野生で生えている猫じゃらしのような植物も雑草の一種という話になった辺りで、ムツキの声を殺した囁きが聞こえてきた。

 

「こちらムツキちゃん。カヨコちゃんが来ました」

 

 この一言でアルとハルカは電流が走ったように硬直した。遂にやってきた。勝負の時だ。二人は残りを一気に飲み干すと、会計を済ませて店を後にした。自然と歩幅が大きくなって、早歩きのようになる。ハルカは小走りで後について行った。

 

「こちらライシス。白い傘のテーブルに座った……ブラックレイジも一緒にいる」

 

 アルは大して驚かなかった。最初からブラックリスタが出てくるとは思えなかったし、来るとすればレイジかアスのどちらかだろうと考えていた。空港の人々はあちこちに、それぞれの目的のためにせわしなく動き回っている。アルは仲間を救うため、それだけを考えて、三つある丸テーブルのそばまでやってきた。

 

 真ん中のテーブル──白い傘が真ん中から立っていた──には、椅子が三席設けられていた。一つは空いており、もう一つには黒い帽子を被った人物が座っている。杖型の武器も一緒だった。そして最後の一席。ずっと会いたかった少女の白黒髪と黒い角の後ろ姿が、そこにあった。

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