便利屋68:2 死神はどこで眠る   作:まーろう

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2 上へ、上へ

 正面口から堂々と中へ入ったアルの目に止まったのは、規則正しく並んだバイクの列だった。サイドスタンドを倒したバイクの大きな単眼は、首を傾げながら床全体を視野に入れるようにして眠っている。同じ体勢で並んだものが、ぱっと見た限りでも三十台はあるだろう。どっしりと地面すれすれに大きな体を伸ばしたもの。目の荒いタイヤに長いスプリングと嘴のような泥除けがついた軽やかに走れそうなもの。空気抵抗を小さくするためにフレームで体全体を覆ってハンドルだけが出ているものなど個性があったが、全ての車体の色は黒で統一されていた。また燃料が込められるタンクの側面には、アルミで出来た銀色の馬の横顔のエンブレムが付いていた。左を向いた馬の頭頂部から首に伸びるたてがみが、反り上がって円を描きながら口元に届かない距離で収束しているもので、ちょうど「の」の字を左右で反転させたようになっている。これも全ての車体に例外なく付いており、この集団のまとまりを示しているようだった。

 

 バイクの格納庫として使われているこの階は微妙に電気が通っており、よく磨かれた黒と銀の無骨なボディラインが鈍く輝いている。アルは騒音を撒き散らす暴走族に何度も睡眠を妨害されたことで良いイメージを持っていなかったが、こうして静かに鎮座しているのを見ると素直に美しいと思った。

 

 思わず感嘆の声が洩れていたようで、隣りに居たムツキが察したようににやりとした。アルはこの物言わぬ鉄の塊たちに惚れていた。特に列から一体だけ前に出ているリーダー格のものが気に入っていた。自分の腕よりも太そうなタイヤは大きく前に突き出しており、大皿のような複眼のライトが負けないように大きく見開いているものだ。燃料タンクの下には銀色のVツイン型エンジンがうまいこと収まって、濃茶の革張りシートの下を銀色の排気管が車体後方までぐっと二本伸びている。スピードと騒音狂い達の乗る奇形と違う、基本を踏襲した癖のない一品だった。アルが昔見た映画でもたびたび登場していたやつだ。主人公が革のジャンパーに大きなサングラスをかけて、走りながら銃を撃つ場面が脳裏を過ぎる。あれはどんな内容だったっけ?

 

 アルははっとすると、思わず仲間達を見た。「クフフ、なになにアルちゃん?ひょっとしてバイク欲しくなっちゃった?」ムツキはこちらの考えていたことが分かったようだった。「確かにアルちゃんの見てた映画に、こういうのってよく出てたもんねー」

 

「アル様⋯バイクも奪っていきましょうか?」ハルカの提案をムツキは気に入ったようで、自分ならあれがいいとか品定めをし始める。

 

「た、確かにすごく惹かれるけども、今回は目的が違うわよ!私達はゲッコウを助けに来たんだから、早く探しにいくわよ」

 

「社長、待って」振り返ると、カヨコは人差し指を立てて口元に添えた。その指が次に示した場所は、天井の一角に設置されたカメラだった。緑色の小さな光を放つ監視の目は、バイクの収まった部屋を俯瞰し続けている。

 

「監視カメラ⋯?」

 

 アルが声を抑えて呟くと、カヨコも同じくらいの声量で返す。

 

「バイクと監視カメラ。ここを根城にしている連中がいるのは間違いない。モニター室みたいなのがあれば、そこからゲッコウを探せると思う」

 

 カヨコがこちらの目を見つめる。頷いて返事を返すと、部屋の東側にある階段口に向かった。

 

 埃とネズミだらけの階段に監視の目はなく、アルは遠慮なくずんずんと歩を進めていく。「⋯…何か、書いてあるわね」階段の途中で壁に貼られていたダンボールは、定規の目のように左に数字と線、右に大まかな振り分けが手書きされていた。その内、4と書かれた線の右に「モニター」とあった。後ろに続いていた仲間に伝えると、親切な案内板に最後の一瞥をくれてさらに上へ登っていった。

 

 階段は相変わらずひっそりとしていて、とても人がいるようには感じられなかったが、遠くから独り言が耳に入るとアルはこの認識を撤回した。注意深く聞き耳を立てると、声はアルの左側の扉の奥から聞こえている。白くメッキのされた扉は遮音効果が高いようだが、少しだけ風と音の通り道が開いたままだった。不用心なことね。

 

 軋む音を立てないように少し開くと、隙間から光の柱が見えた。何台も置かれた液晶画面の灰色と白の光は、部屋の中で独り言を呟くヘルメットを被った少女の姿をはっきりと写している。木製の硬そうな椅子に座って、動きのない画面をぼんやりと見つめているヘルメットは、すぐ後ろの侵入者たちに気づかないまま気怠そうに文句を垂れている。アルからは影絵のヘルメットが喋っているように見えた。

 

「⋯…オークション。オークションだって?確かに一つじゃ役に立たんかもしれんけどなあ。何もすぐ売りに出そうとしなくてもいいよなあ。せっかく命からがら持ち帰った戦利品だってのに」手柄を横取りされたのが気に入らないような口ぶりだった。誰かと通信している気配もない。アルはショットガンを抱えて中に飛び込もうとしたハルカを手で止めると、再び話に耳をすます。「資金難ではあるけども、あれ一つだけじゃ大した金にもならないのになあ。リーダーが大変なのも分かるが⋯…」

 

 大きな独り言を五分ほど盗み聴きしたが、出てくるのは文句ばかりでゲッコウの情報はなかった。時間を無駄にした!アルはハルカに向けて、手を横にして手刀のジェスチャーをした。

 

 無言の指示を理解したハルカは、扉を少しずつ開いていく。扉から漏れた光が、暗い階段に徐々に広がっていった。

 

 ハルカは腰を少し屈めながら、ゆっくりとヘルメットに忍び寄る。距離が縮まるに連れて、階段に写ったハルカの影は徐々に輪郭がぼやけていった。

 

 ヘルメットは差し迫る危険に気づかなかった。ハルカはショットガンの銃床を先にして棍棒のように持つと、がら空きのうなじの辺りに重い一撃を振り下ろした。

 

 ショットガンは正確に首筋の下部に襲いかかり、ヘルメットはガツンと机に倒れると、缶ジュースが床に落ちて軽い金属音を立てる。ヘルメットの体が腕の力で机から離れると半分ほど振り返った。すぐに下から突き上げるように放たれたハルカの右膝がヘルメットの腹に突っ込んだ。

 

 体を折り曲げたまま篭った咳をすると、ヘルメットはハルカの顔を見てはっとしたようだった。しかしすぐに体が床に崩折れると、眠ったように動かなくなってしまった。

 

 危険がなくなったことを確認すると、アルは部屋に入って碁盤のように並んだ映像を一つ一つ確認した。様子の変わらない大量の映像の中で、一つの画面が切り替わると麻袋を被されて椅子に座っている人物の姿があった。

 

「この映像、これに違いないわ。十五階に監禁されてるみたい」

 

「それじゃ後はパパッと助けるだけだね」

 

 ムツキはいつも通りの飄々とした調子で、ハルカを撫でていた。お目当ての人物を見つけたにも関わらず、声には不満の色が混じっている。「でも十五階まで階段登っていくのはやだなー。アルちゃん、エレベーター使っていこーよ」言いながらムツキが指さした先には、暗闇で目立つよう青い電飾が施された上下の矢印が付いていた。すぐ隣には、エレベーターの入口もあった。

 

 アルも目的地まで階段で登るのは、正直気乗りはしなかった。ヒールを履いてきてしまったアルは、以前靴擦れしたことを思い出して激しく後悔していた。しかし敵地の中をエレベーターの密室で四人乗って移動するのは危険が大きい。決めあぐねていると、察したカヨコが口を開いた。

 

「社長とムツキは先に乗って。私とハルカはここで何かあった時に備えて待機しておく。中の様子もモニターで見られるから、何かあったら駆けつけるよ」

 

「アル様は安心して上まで上がってください。私も後から向かいます」

 

 社員たちの気遣いが、今回ばかりは心臓まで沁みた。

 

「二人ともありがとう、お言葉に甘えさせて頂くわ……」

 

「ありがとね!それじゃお先にゲッコウちゃん探しておくよ!」

 

 ちょうど定員が二人しかなさそうな狭いエレベーターに乗り込むと、アルは外の二人の姿が見えなくなるまで感謝の言葉をぽろぽろとこぼしていた。ハルカが許容量を超える前に、扉が言葉をせき止めてくれたのは幸運だったかもしれない。エレベーターはアルとムツキを乗せると、目指す部屋へぐんぐん登っていった。

 

 もしカヨコが二人を見送るのに気を取られていなかったら、十五階のモニターに映る女に気が付いただろう。小柄な体格で、黒の短いマントを肩にかけた女だった。麻袋を被った人物の姿はなくなっており、監視カメラの向こう側を見通すように翡翠色の目を向けていた。やがて映像が一瞬乱れると、姿は消えて代わりに麻袋を被った人物が再び映っていた。

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