ハルカは愛用のショットガンを突き立てて、爆発にも近い発砲音を響かせた。命中した赤いヘルメットは機関銃を落として、後ろにいた仲間を巻き込み倒れてしまう。今ではムツキの爆弾の力によって四方八方に素早く散らばるヘルメットライダー団たちの真ん中に、ハルカは飛び込んでいった。もう一人、ハルカの前で倒れる。偶然横に薙ぎ払ったショットガンが、彼女のヘルメットに強く当たったのだった。そいつはあわてて逃げようとして、行き掛けの駄賃にハルカに数発の銃弾をお見舞いしていった。鋭い弾がハルカの脇腹に強く当たり、ハルカは痛みと、強く押されるような衝撃を感じた。もう一発飛んできた弾を回避すると、手近な距離にいた奴の頭を、銃床でひどく殴った。続けざまに一撃、ヘルメットが固まった集団に食らわせた。さすがに勢い余りすぎたため、少し引いて銃弾を補給している間にも、自分の銃を取り戻したカヨコとムツキはハルカのわきを抜けて、あっちこっちで乱闘になり、地面一面にヘルメットライダー団たちが倒れていった。
カヨコは倒れたヘルメットたちの上を走り抜ける。同時に、空港の影から出てきた奴の軽機関銃が火を吹きだす。慣れた手つきで、立て続けに撃ちまくる。カヨコは硝煙の中をそっちに向けて走った。軽機関銃の奴は、カヨコに気づいて激しく撃ってくる。弾丸がカヨコの周りをかすめ飛び、仲間のヘルメットに当たるとカーンと音を立てた。
カヨコはすっかり伸びてしまったヘルメット団を楯にして隠れると、じりじりと近づいていった。弾丸がヘルメットの女にぶすぶすと刺さる。ぎりぎりまで前進すると、この小楯から右か左に飛び出す決心をしなければならない。
頭の上で続けざまに轟く、何かが地面に落ちて、爆発する音。ムツキが戦場に手当たり次第に、煙幕弾をばらまいたに違いない。軽機関銃の奴から、こちらの姿は隠された。
カヨコにとっては、チャンスだった。ぱっと左に飛び出す。軽機関銃の射手は、重い銃の頭を動かすのに手間取っていた。がっしりした銃口が光り出す前に、カヨコは二発立て続けに撃った。倒れた射手の引き金にかかった指が引きつると、ねずみ花火のような渦を描いて、機銃が手から離れるとガチャンと落ちた。
ムツキの耳元をかすめて、ヒューンと一発、弾丸が空を切った。ムツキは機関銃に持ち直すと、倉庫からバイクで突っ込んでくる女を見つけた。右手には拳銃が握られている。ヘルメットののぞき穴から、こちらをぎらぎらと睨んでいた。
ムツキは膝をついて、両手でしっかりと機関銃を構えた。相手のバイクを狙って一発。バイクの足元に、ぱっとえぐれた小石が飛ぶと同時に、グワーンという爆発音。バイクは前輪で倒立のような姿勢になり、騎手はさらに上へ放り投げられた。バイクは一度がくんと前にひっくり返ると、ヘルメットたちの中へボウリング玉のように突っ込んでいった。
ブラックライシスが戦場に戻ると、もう撃ち合いはまばらになっていた。ライシスはバイクにまたがったまま、よろよろと立ち上がったスナイパーライフルを持つヘルメットの尻を機関拳銃でひっぱたいた。海老反りになると、女は尻に手を当てて、うつぶせに倒れる。硝煙の中で止まると、敵のほとんどを片付けた便利屋の三人が急いで駆け寄ってくる。
ライシスは有無をいわせずに言った。「あの倉庫に入るんだ。着いたら、シャッターを左右に限界まで開けてくれ。こっちは裏口に回るからな」
返事も待たずに、ギアを入れると倉庫の角を曲がって止まる。
倉庫は奥行五十メートルはありそうだった。ライシスは奥の角でバイクを止めると、そっと歩いた。波形トタンの壁に身を寄せて、すばやく覗いてみる。誰もいなかった。本来ならここで機体の整備をしていただろう人員は、おそらく全員が空港の事故の収束に駆り出されているのだろう。ライシスには好都合だった。小型飛行機に燃料が入っていることだけ確認すると、すぐさま操縦席に飛び乗って、操縦桿とペダルの動作に問題がないことを確認する。倉庫に遅れて追いついて、ハルカとムツキがシャッターを開ける間に、カヨコは助手席から尋ねた。
「ブラックライシス、今は味方ってことで良いんだよね。操縦は分かるの?」
「問題ない。シャッターが開いたら、すぐにでも出発するぞ」
後ろに二人が乗り込んで、ライシスがエンジンをいれていると、つなぎのヘルメットがこちらにおずおずと近づいてくる。
カヨコは言った。「出して!早く!撃たれたら飛べなくなる」
ライシスはブレーキを外すと、さっさと飛行機を滑走路へ進める。目の前ではプロペラが、ミキサーの刃のような回転を始めた。無線機がやかましく音を立てていた。ゆっくりと操縦桿を倒し、小型機はうなりを上げてアスファルトの上を速度を上げていく。がたがたと左右にゆれて、やがて最後のひとはずみ、機は滑走路に開いた大穴を飛び越えて上昇。無線機がガーガー言っている。ライシスは手を伸ばして電源を切った。
カヨコは海図を膝の上に広げていた。機は西に向かって飛んでいる。海上要塞の位置は、ブラックライシスが把握していた。このまま飛ばせば、やがてジェット機の姿が見えてくるはずだった。高度はあっという間に千メートルを超えた。足元は緑の木を生やした茶の山肌が、大きく広がっている。
「ご搭乗の皆様、左手をご覧ください」ライシスはおどけた声で言った。「今日は雲一つない快晴だから、地上がよく見えるよ。ほら、あの毛みたいのが見えるか?あれがサンクトゥムタワーだよ。ここからなら全てちっぽけに見えるだろう。あの洋風の建物は、トリニティの校舎だよ。ゲヘナは多分分かるだろうな。地に足をつけてると感じないが、二つの校舎は意外と近くにあるものだなあ!ここなら天下無敵の風紀委員長も追って来られないさ。つくづくブラックスターが、いかに周到な連中なのか思い知らされるよ。ガサ入れをしようにも、時間と手間がかかるのは間違いない。ところで、そろそろ例のジェット機を本格的に追跡することにしよう」
地平線までは、まだしばらく陸が続いていた。機は僅かな森林地帯を抜けて、荒涼たる砂漠の石ころだらけの表面になった。ときどき生えているサボテンは、緑の毛穴のように小さく見えた。ニ十戸くらいの建物がごたごた集まっているのが出てくると、西部劇でおなじみの街並みが見えてきた。広大な砂漠の海には、あちこちに髪の毛のように線路が伸びていて、その上を線香みたいな煙を上げて機関車がのろのろ泳いでいる。
ムツキは空の旅に、すっかり夢中になっていた。地上の特徴的な建物を見つけては、あれは何の学園だとか、ハルカと話し合っている。
カヨコは海図を広げながら、機が西に動いてさえいればジェット機にはいずれ追いつくと考えると、顔を上げてライシスに話しかけた。
「騒がしくてごめんね。操縦もして貰っちゃって、ありがとう」
ライシスは目線を動かさずに答えた。「社長さんが、困った時はお互い様だと言ってたからな。これくらいお安いものさ。それに便利屋は、良いチームだな」羨ましそうな声だった。
「……あなたの仲間たち、ヘルメットライダー団は?」
「あいつらは、ただのチンピラだよ。たまたまバイクが好きな奴らが固まってできたグループでな。私は単純に腕っぷしが一番だったから、リーダーに抜擢された。でも、メンバーは交通違反やら騒音やら違法改造やらと、とにかく問題児の集まりでね。しかも維持に金がうんとかかるから、グループはずっと金欠だった。私は速度を求めるよりも、のんびり走らせるのが好きだったから、今にして思えば相性が悪かったんだろうな。向こうも私のことは、しけたリーダーくらいにしか思ってなかったはずだ。グループでも一人だったから、すっかり孤独には慣れたがな。アル社長が、私を臨時社員と認めてくれてから、久しぶりに誰かと一緒に行動したよ。ずっと忘れていた感覚だ。懐かしい──つかの間だけど、楽しませてもらっているよ」
ムツキが二人の間から顔を出した。「もー、そんな遠慮しなくてもいいって。私たちはライちゃんのこと気に入ってるし、アルちゃんにも認められたんだから、ライシスちゃんはこれからも便利屋の一員だよ!カヨコちゃんも、そう思うでしょ?」
「そうだね。皆がここまで信頼しているなら大丈夫だと思う。これが終わったら、お互い少しずつ知っていこうか」
「わ、私なんかでよければ、便利屋の事を色々お教えしますので、遠慮なく聞いてください」
「そっか!ライちゃんが仲間になったからハルカちゃんも先輩になるのか。くふふっ、なら私からもこれから便利屋の流儀を教えてあげるね!」
「ムツキ、あまり変な事は吹き込まないでね」
全社員のコンセンサスが取れると、機内は新しい仲間を迎えた喜びで、すっかり賑やかになっていた。ライシスは変わらず視線は前に向けたままだったが、顔には屈託のない笑みを浮かべていた。
「ああ、皆よろしく。とてもすっきりした、いい気分だ」
まだ停電と滑走路爆発の二重の混乱が収まらぬスワン空港の管制室は、目も当てられない騒ぎだった。先に制止を振り切ってジェット機が離陸したかと思うと、後を追うように小型機も勝手に飛んでいってしまった。管制室内の人々の間では、今では怒号のようなやり取りが飛び交っている。すっかり行方をくらました二機の追跡と、この空港に止まりに来る飛行機たちを捌くことで精一杯だった。
巨大なダーツ盤の形をした電子地図には、赤い光点で飛行機の大まかな位置が示されている。先程離陸した二機は、間もなく西の大海に飛び出そうとしていた。無線班の必死の呼びかけには、いずれの機からもまだ応答はなかった。
ここに勤務する管制官の一人は、先月新しい自家用車を融資で買ったばかりだった。仕事は尋常じゃなく大変だったが割は良く、そろそろ身を固める頃かと考え始めていた。大きく狂ったダイヤと人生設計に頭を抱えた管制官が、ふと身を乗り出して外を見ると、黒煙と火の上がっている空港の一角と陥没した滑走路、そして信じられないことだが飛行機模型として展示されているはずの機体が空中に静止しているのが見えた。
思わず目をこすって二度見るが、機影はその場で徐々に上昇している。レーダーを見たが、光点は出ていなかった。思わず隣りに居た同僚に知らせると、話は狭い機械詰めの部屋に一気に広がり、次々と窓に張り付いてくる同僚たちに押しつぶされそうになった。
機影の鋭い鼻が、こちらを向く。プロミネンスみたいに渦を描く白い気流が、両側に伸びた翼の後ろに見えると、かもめは一瞬で灰色の鷲になった。切り裂くような音を立てて管制塔を掠め飛ぶと、機影はあっという間に西に消えていった。
あっけに取られて管制室は静まり返った。いち早く情報を飲み込んだ管制官は、口元に伸びたマイクに見たままの光景をぽつりと呟いた。
「