便利屋68:2 死神はどこで眠る   作:まーろう

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26 慰労

 公園のバラの周りを飛び回っていた小さな蜜蜂たちが、仕事を一段落させて、上品な芳香を漂わす赤い花弁の中に潜り込み、仕立ての良い毛布にくるまって眠るように動かなくなった。

 

 外の木製ベンチに座る女子生徒二人を見て、鳩は害がないと判断すると地に足をつけて歩き始める。照り返しが強いアスファルトの上を行く車たちは、何事もなく目的地へたどり着けることが当たり前だと言うように、公園には目もくれず走り去っていく。

 

 澄んだ青空の様子を見ると、今日はずっと快晴のようだ。少し日光が熱いくらいだったが、外へ出ていくには申し分ない天気だった。

 

 ムツキは鉄板を簡単に組んで作られた階段を音を立てて登ると、事務所の扉を開けて中に入った。簡単な朝食が五人分入った袋を持っている。彼女はアルが横たわっている応対用ソファの前の低いテーブルにそれを置いた。

 

「ただいまー。アルちゃんは調子はどう?」

 

 アルは彼女の方に顔を起こした。もう九時を過ぎようというのに、アルは楽な桃色のパジャマを着ている。額には絆創膏が貼ってあり、至る所に軟膏が塗りたくられて、首を挟むようにして肩に氷嚢まで使っていた。日の光が、軟膏を塗った肌を照らした。

 

「天国にいるような気持ちよ。すっかり元気も戻ってきたわ」

 

 ムツキはそれを聞くと笑った。「アハハッ!その見た目で言われても説得力ないよ、ほら安静にしてて」アルのそばに駆け寄ると、背中を支えて優しく寝転ばせた。目をつむって恥ずかしさに耐えている様子が、さらにムツキにはおかしく思えた。

 

 向かいの席に座っていたカヨコは、やり取りが終わると細々とした契約書とパソコンから顔を上げた。「皆、さっそくニュースになってるよ」パソコンをアルの方に回すと、ハルカとブラックライシスも作業の手を止めて画面を覗いた。

 

 

 

 スワン空港で恐怖の爆発事故

 通信、電源、滑走路に甚大な被害

 消息不明のジェット機、捜索続く

 

 

 

 そこから先は、エデン条約事件の続報が続いていた。真っ先に苦い顔をしたのはアルだった。彼女は、もう飛行機なんて見たくもないと、ぷいと天井を向いてしまう。

 

「大変な事故だな」ライシスが言った。「おおかたガス管の辺りだろうが」

 

 カヨコはじっとライシスを見つめた。「そうだね、私もやっぱりガス管だと思う」と、興味のない声で言う。

 

 アル以外の四人はしばらく顔を見合わせていたが、やがてカヨコはパソコンを閉じると、軽い書類の束を社長机に置いた。それからアルの側に寄ると、彼女は右手で髪を弄びながら、五人はしばらく窓から太陽が昇っていくのを見守っていた。

 

 昨日は傷の手当と、事の始末でつぶれてしまった。

 

 ライシスが少ない燃料でスワン空港に着陸させると、カヨコがアルを抱えるようにして、空港から事務所まで逃げ帰ってきた。浴槽を湯で満たし、彼女の髪と体を石鹸をつけて洗ってやったのである。アルは百くらいの生傷があって顔には血が流れていたため、消毒風呂に入ったように洗われている間ずっと歯を食いしばっていた。浴槽から出て体を拭かれると、今度は傷に消毒液を塗られ、軟膏を塗りたくられてしまった。パジャマを着て布団に転がされると、ハルカがブラインドを閉めているうちに、彼女はもう眠りに沈んでいた。

 

 ようやく目覚めると、アルは仲間たちから少しずつ事の顛末を聞いた。ジェット機は海上要塞に命中して、完全に沈んだ。陸から離れている上に目撃者がいないことから、この事が世間に知れ渡るにはもう少し時間が要るはずだ、とカヨコは言った。ブラックリスタの行方は分からない。空港に置いて行かれていたブラックレイジには、すぐに空港でテロを起こした容疑がかかるだろう。警察が事情聴取で便利屋にたどり着く可能性があることから、しばらく表立った依頼を受けるのは控えた方が良いと、ムツキは事務所の前に”臨時休業”の張り紙をした。アルは反対しなかった。今の体で出来る仕事なんて、せいぜい書類に目を通すくらいだ。滞っていた分はカヨコが立候補して片付けてくれている。今だけは彼女に任せよう。今だけは。

 

「ところで、アスはどうなったの?」アルは尋ねた。

 

「行方は分からない」ライシスが答えた。「ブラックリスタがジェット機の上から、こちらを狙ってきていたんだ。機を下に潜り込ませたりして何とか躱していたが、とうとう戦闘機と挟まれてお終いかと思ってね。全員でお祈りを捧げようとしたところ、追撃が来なくて目を開けると、戦闘機が突然こっちを追い抜いて行ったんだ。リスタのいる辺りからアスが戦闘機に飛び移ると、少しの間二人で何か言い合っていた。そのうちにアスがコックピットに乗り込むと、相手はさっさと逃げてしまって、その後ですぐに飛行機も大爆発、という次第さ」

 

 ムツキは何気ない疑問を口にした。「あいつの目的、何だったと思う?」

 

「分からない。でもあの時、アスは確かにこう言ったわ。”ディスクは我々の元へ返ってきた”とね」ムツキが口を開こうとすると、アルは止めた。「皆まで言う必要はないわ。今回の事で、私たちはDAを巡る一連の事件に深く関与してしまった。敵が誰なのかも分からないし、背後関係も不明のままよ。でも、これからは私たちだけで何とかできるとは思えない。この件は、すぐ先生に報告しましょう」

 

 ムツキはいつも通りの笑顔になった。「これでちゃんと椅子に座っていれば、かっこよく決まったのにね」

 

 アルが不意を突かれたように唸ると、ぱっと起き上がろうとすると痛みがぶり返して、ゆっくりソファに頭を下ろす。ハルカはその様子を見て動揺したように、救急用品を目いっぱい抱えてアルの側に行くと、手当たり次第に使おうとするのをアルが何とか制していた。カヨコは滅多に見せない、ちらっと顔に明るさと温もりを浮かべる微笑を見せた。ライシスも笑った。アルはソファに落ち着きながらも、仲間とまた笑い合える事に感謝してもし足りないくらいだった。

 

 

 

 一週間後、ブラックライシスは新品のヘルメットを片手にオフィスを出て扉を閉めた。

 

 道路に面した歩道には、あの馬のエンブレムが入った一台の黒い大型バイクが止まっていた。二人乗りのシートの後ろに荷物をくくりつけた駿馬の前には、便利屋68の社員が勢ぞろいしていた。

 

「いつ帰ってくるの?」アルは尋ねた。

 

「さあ」ライシスは楽しそうな笑みを浮かべた。「いつになるかな。節目で近況報告はするよ」

 

「クフフッ、こっちはまだやることがあるからね」

 

「全くよ!あの会社、振込額が見積もりから桁三つも下がってるのよ。遅くなっちゃったけど、後でハルカに挨拶と計算をしにいって貰わないと……」アルが頭を抱えている横で、ムツキは楽しそうに笑った。

 

「じゃそういう事だから、お土産はたくさん買ってきてね!」

 

「お、お待ちしてますので、いつでも帰ってきてくださいね」ムツキもハルカも餞別の言葉をやった。

 

「ライシス」カヨコは一歩前に出た。「この件では、本当に世話になったよ。あなたと知りえて良かった」

 

 ライシスはヘルメットを左手で持つと、右手で固い握手を交わした。

 

「こちらこそありがとう。それに新しいヘルメットまで買って貰ってしまったな。本当にありがとう。暖かい、優しい気分だ」

 

 彼女がバイクにまたがると、アルは思い出して笑顔で尋ねた。「そうだ、最後に名前教えてくれる?本当の名前」

 

 ライシスは短い笑い声を立てた。「ハヤテだ。立花ハヤテ」

 

 彼女はヘルメットを被った。「それじゃ皆、また会おう。先生にはよろしく、用心しろと言っといてくれ。こっちは東行きだよ。近頃は西は物騒だからな。不定期で居所は知らせるが、招集は緊急の用の時だけだぜ」

 

「緊急ってどの程度のこと?」

 

「なりすましの怪しいご招待ならそうだよ」

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