便利屋68:2 死神はどこで眠る   作:まーろう

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3 ヘルメットライダー団

 上昇を続けたエレベーターは廃業したゲームセンターのような部屋の南に二人を送り届けた。割れた窓から吹き込んでくる風の唸りと、室内にも関わらず砂が舞うような音が部屋に満ちている。ずいぶん高いところに来たようで、窓の外は下からの光が薄く分かる程度で後は黒一色だった。部屋の中は古ぼけたゲームの筐体が、あちこちで小山のように積み上がっている。天井からだと足の踏み場が田の字に見えるだろう。

 

「誰だ?」

 

 エレベーターから出たアルとムツキが最初に見たのは、廃物の山が四隅に作られた部屋の中央でうずくまっている黒髪の女だった。まっすぐ腰まで伸びた黒髪で、同じく黒のロングコートを着ている。問いながら振り返った女は、丸い黄金色の目をしていた。整った顔立ちは物静かな印象で、こんな廃墟よりも古図書館の方が似合いそうだった。

 

 黒髪の女はこちらに気がつくと、ハッとした顔で側にあったフルフェイスヘルメットを手に取った。

 

「お前たち、ブラックスターの手先か!」

 

 急いでヘルメットを装着すると、腰の黒いベルトに引っ掛けていた拳銃を手に取って、こちらへ向ける。

 

「あれは渡さないぞ」

 

 こいつは何を言ってるのかしら?アルは訳が分からなかった。ブラックスターなんて聞いたこともない名前だった。それよりゲッコウはどこだ?周りを見渡したが、寂れた筐体が何個か転がっているだけで、麻袋を被った人物の姿はなかった。女の発言には不審な点が多かったが、自分たちの最初の目的を達成するためには、こいつを倒して情報を吐かせる他無いように感じた。

 

「何を勘違いしているか知らないけれど、私達は可愛い社員を攫った貴方達にお灸を据えに来たのよ」

 

「クフフ、早く白状しちゃいなよ。大人しく人質の場所を言ってくれれば、ちょーっと痛い目に遭うだけで済ましてあげるよ?」

 

 今度はこちらの発言に女がキョトンとする番だった。

 

「人質?何の話だ」

 

「しらばっくれても無駄よ。ここに彼女がいることは分かってるの」

 

 女は少し考えると、何かを察したようににやりとして立ち上がった。

 

「なるほど、そういうことか。奴らのやりそうなことだ」女の指が引金にかかった。「あまり良い気分じゃないが、尚更お前たちを放っておくわけにはいかなくなった。私達ヘルメットライダー団のアジトを嗅ぎ回られては困るからな!」

 

 アルに向けられていた銃口が大きく左に向くと、ミシンのような音をさせながら撃ち出された弾幕は空間を縫うように一直線に窓へ飛んでいった。上手に穴が開かない硝子窓が何度目かの衝撃で大きく割れると、冷たい夜風の嵐がどっと室内に吹き込んでくる。細かい硝子片や埃が舞いあげられて、アルとムツキは反射的に目を瞑ってしまった。女はすぐさま近くの筐体に身を隠すと、しゃがんだ体勢のまま慣れた手つきで弾倉を入れ替える。

 

「さあ、スパイごっこは終わりだ!」

 

 アルはとっさに傍の筐体に転がり込みながら、二十メートルほど先の筐体から伸びた敵の拳銃を少しだけ目にした。転がり込んで身を守ると、射撃体勢を取るために立ち上がろうとしたアルは、羽織っていたコートの袖が筐体の底の一角に引っかかってしまった。中腰で急に背後へ引っ張られたアルが驚くと、電源のついていない黒い画面を突き破った弾丸の隊列が、頭上十センチメートルにも満たない所を飛び去った。割れた液晶画面が顔のすぐ側に飛び散った。

 

 アルはとにかく身を隠すために、部屋の隅を回るように走った。粗大ごみの山の開けた場所──くぼみになっている場所を通過するとミシンのような音がして、蜘蛛の巣を被っていた窓が粉々に砕け散った。

 

 いまアルは、部屋の北西のごみ山を挟んで、中央に陣取っているヘルメットの女と睨みあっていた。女はこちらに気を配りながらも、南東に身を隠したムツキの機関銃と撃ち合いになっている。アルは足を止めると、冷静になって考えた。相手が持っているのは完全自動の機関拳銃だ。銃を握った右手は反動で小刻みに揺れながらも、正確にムツキに狙いをつけている。このまま立ち止まっていても筐体の間から、こちらの姿は見えてしまう。それに今の位置関係では、撃ち損じた場合にムツキに被弾する可能性があった。アルは意を決すると、北の開けた通路に飛び出して女に向けて二発撃った。先に足音で察知した女は、ムツキへの攻撃の手を止めて部屋の西側へ一気に飛び込んだ。姿が隠れる直前に再びこちらへ撃ってきて、左側にあった筐体が煙を吐きながら液晶を床に飛び散らせた。アルは銃を片手で構えて、北西の山に隠れる前に一発お見舞いした。外に衝撃が広がる爆発で部屋の西側が崩れたが、南西の山に跳んで隠れる女の姿が見えた。

 

 崩れた床で落下しかけた女の狼狽する声が聞こえると、アルは少し悪い笑みを浮かべた。

 

 アルは片手で銃を構えたまま、さらに南西の山へもう一撃をお見舞いしたが、何個も積まれた筐体が破裂しただけで奥の女には届かなかった。爆風で吹き飛んだ瓦礫が通路に降り注いで、いくらか足元が悪くなっていた。

 

 今度は女が撃ち始めた。大股で走って距離を取る。後ろから窓が砕ける音とコンクリートの表面が削られる音がした。当たれば相当に痛むだろう。それにあの身のこなしは、自分たちと同じく戦闘慣れしている者の動きだった。アルは自分たち二人に拮抗した勝負をする敵の女に感心しながらも、この終わりの見えない銃撃戦を決着させる方法を探していた。どうやら相手は弾薬を無限に持っているらしい。弾切れを待とうとした最初の作戦は有効でなくなっていた。

 

「こら、白髪野郎」女は威嚇するような声で怒鳴った。「それは使わない方が良いぞ。ここには爆弾をたんまり設置しているんだ。お前らみたいなのが来ると思って、充分な数を用意したんだぞ」

 

「あちゃー。ならこれは使わない方が良いかもね」ムツキはピンを抜きかけた手榴弾を降ろした。ムツキは部屋の南東の端におり、アルからは姿が見えていた。

「お前たちが強いことは充分に分かった」女が言った。「撃たないでやる。武器を置いて、両手を挙げて中央まで出てくるんだ。ちょっと話がある」

 

「何ですって?」アルは警戒を解かないまま言った。「今の流れで応じると思うのかしら?誘い出すにも、もっと上手い文句を考えた方が良いわよ」アルは筐体に背を預けて、ムツキの顔を見た。ムツキは首を横に振ると、訳が分からないと肩をすくめた。

 

「私は口下手なんだ。だが言う通りにしてくれれば、こちらもひどい事はしない」小さい子どもに言い聞かせるようだった。

 

 アルは何と言うべきか分からずに返事を渋っていた。もちろん無策で敵の言う通りにする気はない。だが決着をつけるには、これが一番手っ取り早いのではないかとも考えていた。罠か?それともどん詰まりの展開がこれで進展するのか?

 

 南の壁にパッと明かりがついた。上に向いた矢印が淡い橙色に光っている。カヨコとハルカがこちらに向かっているんだ。ここでアルは未来に迫る危険をいち早く察知した。ハルカだって!この部屋には爆弾が満載されている。もし何かの拍子に爆発でもしたら、この高さでは無事じゃすまないぞ!最悪の未来を想像してしまったアルは、焦っていることを悟られないように声の調子を抑えて話した。

 

「……本当でしょうね」

 

 ムツキが驚いたようにこちらを見た。アルは無言で光る矢印を指差して伝わってくれと祈った。祈りはすぐ通じたようで、ムツキは指差した方向を見ると口を開けて大げさに頷いた。

 

「本当だ。私は自分で言ったことに嘘はつかない性格なんだ」

 

「あいにく私達はあなたの知り合いじゃないんだけどね」ムツキはかがみ込んで、黒いボストンバッグを音を立てないように漁っていた。「ここに居てもしょうがないから言う事聞いてあげよっかな。騙したら承知しないよー?」手に持ったスタングレネードがちらりと見えた。

 

 アルはムツキの策に頼ることにした。相手に分かるように、音を立てて狙撃銃を降ろす。ムツキも機関銃を降ろすと、閃光弾をピアノ線で腿の裏に結んで隠した。

 

「ゆっくりと出てくるんだ」女の指示に従って、アルとムツキは同時に両手を挙げて物陰から出てきた。女は満足そうな顔をしたが、こちらへ向けた拳銃は降ろさなかった。「よし、そのままだぞ」

 

「はいはい、分かってるよ」ムツキはにやけた顔を隠そうともせずに答えた。アルが横目で見ると、ムツキの靴紐がいつの間にか解けているのに気がついた。「あっ、靴紐結び直して良い?」

 

 アルが聞いても舐めているとしか思えない聞き方だった。女の表情は見えなかったが、ムツキを様々な角度から見て少し考えてから口を開く。(もっとも顔はヘルメットで隠れて見えなかった)

 

「早く結び直せよ。妙な動きをしたら痛い目を見るぞ」銃を見せびらかすように揺らす。アルは反撃の手段を持っていない事を少しだけ後悔した。今なら仕留められるのに!

 

「そんなに心配しなくても良いのにな」ムツキは息をするように嘘を言いながらしゃがみ込んだ。アルは横目でムツキを見ることしかできなかった。ただハルカが来る前に、ムツキがこの場を収めてくれるのを祈るばかりだった。

 

 耳を割くような爆発音と硝子の割れる音が響くと、アルは不意の衝撃に襲われて大声を上げてしまった。とっさに振り返ると、後ろの窓があった場所から火の光にきらきらと照らされた破片がこちらまで飛んできていた。完全になくなった窓の隣も半壊状態になっている。

 

 突然の出来事に驚いた女が窓の方を向くと、この隙を待っていたようにムツキは隠した閃光弾を取り出すと、女の足元に滑らせた。ちょうどカーリングの投手のように送り出された閃光弾は女の足元に転がった。アルが目と耳を覆ったと同時にもう一つの巨大な爆発音が響いた。

 

 瞼を貫通するほどの閃光により何も見えない状態が続く中で、アルは敵を仕留められたかだけが気がかりだった。狭い室内では影響を防ぎきれず、アルは少しの間だが目まいと耳鳴りがした。それが少しずつ取れてくると、再び古ぼけたゲームセンターが見えてきた。

 

 女はまともに食らったのか、拳銃を持ったまま背中から倒れ込んでいた。腕はだらしなく足元へ投げ出されて力が抜けている。

 

「引っかかったー!上手くいったみたいだね!」ムツキは閃光弾の影響を感じさせない調子で話している。

 

「やるじゃないムツキ!じゃあこいつは私が縛っておくから、ムツキは銃を持ってきてちょうだい」「了解!」ムツキは満足そうな笑みを浮かべながら、後ろに置いてきた銃を拾いに行った。

 

 アルが再び女を見た時には、上体が半分以上起き上がっていた。いま銃口はムツキに向いている。

 

 仕留め損ねた!ヘルメットが衝撃を軽減したのか!アルは思わずムツキへの射線上に飛び出した。「この──野郎」女はまさに引き金へかけた指を引こうとしたところだった。

 

 銃声より先に聞こえたのは、機械の滑らかな駆動音だった。次には女のヘルメットが横へ激しく傾いた。十二にあった長針が、いきなり三まで動いたようだった。女は少しだけ片足で耐えていたが、動かないまま横向きに倒れ込んだ。今度は拳銃も力がなくなった手からするりと落ちた。

 

 青い煙を立ち上らせながら現れたハルカは、倒れた女にもう一撃を見舞おうというところだった。しかも片手には取っ手のついた爆弾が握られている。アルがとっさに名を呼ぶと、ハルカは手を止めてこちらを見た。こちらに気がつくと武器を収めて駆け寄り、少し冷や汗をかいた顔を向けていた。

 

「アル様!ああアル様!いきなりエレベーターが止まってしまって、どうしようかと思っていたんです。上から大きな音も聞こえて戦闘になっていると思ったので、すぐに全員ぶっ殺せるように構えていたんですけど──とにかくアル様とムツキ室長が無事で安心しました」早口で述べると、汗が少しにじんだ額を拭った。本当に心配してくれていたのだろう。無事に爆弾を収めさせて撫ででいると、少し前から一歩引いた場所で待機していたカヨコが口を開いた。

 

「社長、あいつは一体誰?それにゲッコウは?」

 

「この部屋に待機していたの。どこにもゲッコウはいなかったわ」

 

 それからはこの部屋での出来事を振り返りながら説明する時間となった。話が進むにつれて、静かに聞いていたカヨコの顔がみるみる険しくなっていく。アルが話し終えると、カヨコは目の間にしわを寄せて情報を精査した。

 

「⋯…社長はどう思う?」アルがキョトンとしていると、カヨコは自分の問いを分かりやすく言い直した。「その子──床に転がってる子の話。集団のリーダーが人質の存在を知らないなんてある?そいつの話にはおかしな所が多すぎる」カヨコだけでなく、便利屋全員はこの感じに覚えがあった。巨大な罠がぽっかりと大口を開けて手招きしている感覚だ!

 

 アルはカヨコから目を逸らすと、いつの間にかハルカとムツキに簀巻にされている女を見た。確かにそうだ。思えばこいつはゲッコウの事を知らないようだった。ゲッコウが位置情報を間違えた?それともこちらを撹乱しようとする作戦か?

 

「もしかしてもっと上にいるんじゃない?」

 

 ムツキが示した北の壁の奥には、さらに上に続く階段がひっそりとあった。だがアルはこの突然現れた新たな通路に不信感を隠せなかった。戦闘中には、あんな階段はなかったはずだ。これだけは確信を持って言えた。「せっかくここまで来たんだし見ていかない?ひょっとしたら上に移されてるだけかもよ」ムツキはこの隠し通路に興味津々だった。

 

「そう⋯そうね。何もなかったら降りれば良いだけだし、ダメ元で見てみましょうか」ゲッコウは上に移されているという希望的観測を捨てきれずに、アルはムツキの提案に乗った。ハルカもアルが行くなら、と反対はしなかった。

 

「はあ⋯⋯分かった。警戒は怠らないようにね」

 

 そして便利屋最後の砦であるカヨコも、あえて罠に近寄ることになるであろう提案を通した。

 

 簀巻にされた女はしばらく目を覚ましそうになかった。アルは天に続く一本道の前衛をタフなハルカに任せて、その後に続いた。さらに後ろにムツキ、カヨコの順で、先の見えない虚ろに開かれた入り口に入っていった。

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