便利屋68:2 死神はどこで眠る   作:まーろう

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6 課長奪還作戦

 道端の花に興味を示さなくなったのはいつからだったっけ。小さい頃は目に映る全ての物が新鮮に思えた。花びらのように舞う蝶をいたずらに追いかけたり、無心で花を摘んでいたりしたっけ。今のように将来や今夜食べるものの悩みもなかった。こうした自然物よりも他人へのいたずらに関心を示すようになったのも、ムツキにはもう随分昔の事に思えた。一度興味を失ったこうした花や虫に関心が再び向くようになるのは、いつか満足に動けなくなった時のことと考えていた。明日の天気はどうだろう?湿度は?こういったことは、雨具を持っていくか置いていくか、髪が湿気にやられやすいかどうかを考える時くらいしか気にしていなかった。それが今では、青空をどんくさく這っている雲にさえ視線をくぎ付けにされてしまう。ムツキは少ししか弾薬と食料の入ってない買い物袋を側に置くと、メグレ公園のバラに囲まれたベンチに腰を下ろしてぼんやりとしていた。

 

 ムツキは昨晩の一幕の全てが、自分に非があるかのように感じていた。カヨコが攫われたのは自分の判断ミスと考えてしまってから、自責の念はずっとムツキの腹の中に居座っていた。いつもならいくらでも居られそうな武器販売店に行っても、心はまるでときめかなかった。メデューサのようなブラックリスタの一睨みで、心が石に変質してしまったようだった。居ても立ってもいられず、食料を調達するために別の店に入っても一緒だった。結局少ししか物を買えず、それも普段の自分じゃ選ばないようなしけたメニューだった。安い棒状の菓子パンを一袋。お茶を選ぼうとして、三人分で買うべきか四人分で買うべきか考え始めてしまうと、もう買い物なんて調子ではなくなって二リットルのものを乱暴にかごに放り込むと、さっさと店から逃げるようにして公園まで来てしまった。

 

 事務所に帰ろうにも、半ば飛び出す形で出てきてしまった手前、素直に戻りにくかった。アルからのメールは返信こそしたが、ただの文字列に自分の暗い感情を多分に含んで送ってしまった気がした。きっとアルなら普段の調子じゃないことに気づくだろう。送信したメールの内容を閉じた口の中で繰り返すと、急にアルに悪いことをした気持ちになった。だがメールの文言をもう一度見る気にもなれなかった。もういいや!ちぇ、熱いなあ。手で日差しから目元を隠すと、憎らしい顔で雲を見る。舌でも出してやりたい気分だった。

 

 カヨコちゃんはどうしてるかな。ふとこんなことが頭に浮かんだ。便利屋の中でも最年長で、とても出来たお姉さんみたいな存在だ。アルやハルカがドジを踏んでも、ほのかに笑ったり時にはため息をつきながら助けてくれる課長。前に私がへましちゃっても、すぐに手助けしてくれたっけ。ムツキは以前の仕事でのミスを思い出した。あの時は爆弾と間違えて煙幕弾を投げてしまった。危うく目標の人物を見失うところだったが、カヨコのフォローで無事に依頼を達成できたのだ。カヨコがいたから自分も好きな風に暴れることができていた。だから屋上での戦いで、ムツキは倒れたカヨコを守ろうとした。しかし勝利の見込みなんて計算してしまったことや、きっと何とかなると希望的観測をしたばかりに今の状況になってしまった。

 

 目の前を黄色い羽根の蝶がふらふらと不安定な飛び方をして、花壇に植えられた赤紫のビオラの花に止まる。一休みか?虫は疲れを感じたりするんだっけ?ムツキは止まらずに働く蟻の姿を浮かべると、先ほどの思い付きを否定した。虫はきっと無尽蔵の体力を持っているから、我々のように休んだりする必要はきっとないだろう。こいつらも生まれてこの方、立ち止まったことなんてないんじゃないか?虫は生まれてから、何も感じず考えずあくせく動いて一生を終えるのだ。生きて、死ぬだけ。不安や悩みとは無縁なんだ。何の悩みだっけ?いや、よそう!

 

 ムツキは立ち上がると、時間を確認する。二時だった。もう帰らなきゃいけない。絞首台に向かう罪人のような気分で、ムツキはオフィスへの帰路に戻った。

 

 

 

 会社の前にはハルカが立っていた。「あ、ムツキ室長……アル様が、探していましたよ」

 

「ごめんねハルカちゃん、心配かけちゃって。アルちゃんはいる?そっか、じゃ戻ろっか」

 

 二階に上がって扉を開けると、応対用の椅子から立ち上がったアルに同じようなことを言われた。

 

「何を買ってこうか迷っちゃったんだ。ごめんね」

 

 アルはひどく心配していたようだった。カヨコちゃんの件と重なって余計に気を使わせちゃったかな。「本当に良かった!ムツキまでいなくなったらと思うと心配で」そばによると、ムツキは素直に頭をなでさせた。「もう仕事に戻れるかしら?」

 

 ムツキはぼんやりと頷いた。「やっぱりアルちゃんはその感じが一番だね」

 

「もう!ムツキもしゃっきりしなさい!これから課長を取り返す手立てを話し合うわよ」

 

 アルはムツキの肩を優しくたたくと、椅子に戻って机の封筒を取った。「これは緊急の仕事よ。今夜ブラックマーケットで開かれるオークション中の護衛の依頼だわ。先に言っておくけど、今度はちゃんとした会社からの依頼よ。しっかり所在地とかも調べたから間違いないわ」

 

 向かい合う椅子にムツキとハルカは並んで座ると、目の前の意気揚々とした様子の社長を見る。

 

「その仕事とカヨコちゃんを取り戻すのと、どうつながるの?」

 

「まあ、それは話を聞けば分かるわ。でもまずは自分で読んでみて。ずいぶん突拍子もない内容だけどね」

 

 手渡しで書類を受け取ると、ムツキは手紙の方に目を通しながら、アルの調子がすっかり戻った訳を探った。隣に座っているハルカもこちらを横目で眺めている。内容を知っているらしく、ムツキが乗ってくるのを待っているようにも見えた。

 

「どう思う?」

 

「うーん。そうだねえ……」

 

 ムツキは書類を置くと、考えをまとめているかのように窓の方を見た。すでに考えていることはお見通しだったが、アルは自分を天才と認識しているかのように自信ありげだった。ハルカはそんな様子のアルに心酔している。少し考えて、社長の顔を引き立ててやることにまとまると、ゆっくりとアルの方へ向き直した。

 

「その新兵器につながる二枚のディスクの片方が今夜出るんだよね。ここがミソかな?」

 

「そうよ。ディスクは二枚が合わさって一つの情報として完成するの。なかなかよくできたセキュリティよね。ところで似たような話を他に聞かなかったかしら?」

 

 ムツキはやはり考えこむふりをすると、初めて思いついたように返す。「ヘルメットライダー団の基地?」アルはにやりとして素早くこちらを指さす。正解だった。

 

「そうよ。ヘルメットライダー団のモニター室にいた奴が言ってたでしょ?二枚揃わないと意味がないとか、オークションに出すとか、そんなことを言っていた。でも結局そのディスクはブラックリスタに奪われてしまった。あいつがケースを持っていたのを見たでしょ?その中に入っていたのが、このディスクの片割れなのよ。もう一枚の持ち主がカイザーっていうのも気になるけど、今重要なのはそこではないわ」

 

「ここまで話せばオークションが前倒しになった理由も分かるはずよ」アルは自信満々に腕を組んでいた。

 

「なるほどね。昨日ディスクがブラックスターに狙われたから、危険な物はさっさと売り払っちゃおうってことか」

 

「その通り。そしてブラックスターももう一枚のディスクを狙って、オークションに姿を現すはずよ。あいつらはまだ一枚しか持ってない。ここで私たちが上手いこともう一枚のディスクを奪い取れれば、あいつらと対等な交渉に持ち込めるはず。そしてそこでカヨコとディスクを交換する。どうよ、完璧な計画でしょう?」

 

「アル様さすがです!」

 

 確かにアルの読みは間違ってなさそうだった。この依頼に乗っかればオークション会場に忍び込んで、ディスクを押さえることもできる。だがムツキには別の心配があった。

 

「でもアルちゃん。その新兵器をあいつらにあげちゃうの?別の意味でやばいことになりそうだけど」

 

「も、もちろんただでやるつもりはないわ!ディスクに発信機をつけておいて、カヨコを取り戻したらすぐにブラックスターをぶっ飛ばしてディスクも回収する!これしかないわ!」

 

 行きあたりばったりに思えたが、アルなりに考えた計画のようだった。もともと器用な作戦を練るのも得意じゃない。

 

「うん、良いと思うよ。それじゃアルちゃんの計画で行こっか!」

 

「決まったわね。それじゃあ課長奪還作戦開始よ!」

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