守衛は過剰な装甲を搭載した巨躯の機械人だった。サイズの合う服がなかったからか何も身にまとっておらず、樽のような上腕やボンネットみたいな胸部を惜しげもなくひけらかしている。アルは守衛の機械人の腕に開閉式機関銃が飛び出してくるであろう蓋の仕掛けを見つけた。典型的な裏社会のギャングだ。こういう相手を長いこと見てきたアルにとって、こんな脅しは芝居がかっているようにしか見えなかった。きっとスリラー小説や映画を見すぎたのね。
「陸八魔さん」ずるそうだが覇気のない声だった。
「はい」
「便利屋68という会社で間違いないですか」
「そうね」
守衛は顔を少し上げるとモニターに浮かぶ水色の目でこちらの顔を確認したが、すぐにまた書類に視線を戻す。「ペーパーカンパニーではないですね?」
「当たり前よ」
目つきが若干険しくなると、守衛の機械人はそそくさと右手を耳元へやって誰かと話し始めた。門前で待たされている間、アルは良い気持ちはしなかった。半分ほど振り返ってムツキとハルカに肩をすくめて見せる。ムツキもやれやれと言いたげだった。ハルカはショットガンを抱えたままきょとんとしていた。
通信が終わると、守衛はこちらの装備を気にしていた。「荷物はそれだけですかい?」
「ええ。これだけよ」
「分かりました。ではこちらへ」
入り口を塞いでいた赤と白の踏切が上がると、今度は普通の体格の機械人が無言で前を歩き始めた。後に着いていきながら、アルはこの報連相の行き届いてない使用人たちに早くも呆れてしまった。大した会社じゃなさそうね。こういう裏商売をする組織にとって、情報網というのはそのまま血管のような生命維持装置となる。便利屋で言うならアルが心臓で、ムツキやハルカ、カヨコへ網が貼られている。仕事を寄越した会社の行く末を案じていると、エレベーターで別の使用人──やはり機械人だった──が待っていた。「八階だ」
ここまで案内してきた使用人が伝えると、エレベーターで待っていた方は無言で頷く。便利屋の三人が乗り込むと、こちらを振り向きもせずに扉を閉めた。
上昇による微妙な重力を受けながら、アルは自分たちが何となく歓迎されてないように思った。ここまでの間、労いの言葉がなかったどころか大した興味すら持たれていない。それがアルには好都合だった。どうやら私達はただの一介の傭兵程度にしか思われてないらしい。ポケットに仕込んだ名刺を使う機会はほとんどないだろう。どうせ最後はディスクを奪うことになるんだ。こいつらは宝箱までの案内人に過ぎない。つい先程までアルの腹の奥は依頼人を裏切ろうとすることへの罪悪感で小石をたらふく詰められたように重かったが、すっかりアウトローらしい振る舞いが出来ることへの高揚に満ち溢れていた。到着したエレベーターを後にしながらアルは、幹部のMという人物が裏切っても心が痛まないような悪人であることを願い、善人でもなければ──それ以上に始末が悪い性質だが──澄んだ心の持ち主でもないことを祈った。
深紅の絨毯を踏んで反対側の扉のところへ行く。使用人がノックして、扉を開けると道を譲った。アル達が部屋へ入ると、扉を閉めた。
四角い古テレビのような頭の機械人が机の向こうに座っていた。机にはフェルト製の帽子とケースが置いてある。便利屋が部屋へ入ると、Mらしき人物が立ち上がった。六つボタンのストライプジャケットは真ん中だけ止めてあり、首元には目の色に合わせた鮮やかな青のネクタイを締めている。シャツはあつらえたものらしく、太い首を通す余裕が取ってあった。アルは恰幅の良い機械人は見たことがなかった。こういうところで働く下っ端には、会社で書類仕事ばかりしている証とも取れる恰幅の良さはさぞ脅しが効くだろう。あの腹の中身は脂肪か、それとも膨れ上がったバッテリーか?
Mらしき人物はゆっくり机をまわって、アルの立ってるところへ寄ってきた。便利屋の三人をぐるっと囲うようにまわりながら、それぞれ頭のてっぺんから足の先まで仔細に見回す。一周すると、アルの前に戻って顔を眺めてくる。アルは負けじと、水色の二本線で描かれた目を見返した。これはきっと何かの検査だろう。怪しい者じゃないか、暴力が必要な時に使えるか品定めしているんだ。「便利屋68さん。私は雇おうと思ってる人間は、よく見ておきたいのでね」
篭ってたがよく響く声だった。アルは少し笑顔を見せた。
「噂はかねがね聞いてます。カイザーPMCの理事長を飛ばしたそうですね。間違いなさそうだ。君たちなら、そのくらいはやれるでしょう。我々の依頼を受けてくれますね?」
「いくらくれるかによるわ」アルはそう言ってから、あまり高圧的にならないようにしながら、「私達の目的はあくまで金よ。あなた達が何をしたいかは問題じゃありません。ところでこっちは門番にペーパーカンパニーを疑われたのよ。部下の情報伝達を指導し直した方が良いんじゃないかしら」
Mらしき人物は、ほうと相槌を打った。それから短い詫び言を言うと、後ろに控えていた使用人に声をかけた。「サム。聞いていた通りだ、車を用意しなさい」
「はい、ただいま」
てきぱきとしたやり取りが済むと、部下は外へ出てばたんと扉を閉めた。「改めて、私はM。すぐに出発しますよ。報酬は後で指定の口座に全額振り込みましょう」
机に置いてあったケースと帽子を取ると、Mは開かれたままの扉に向かう。アルも後に続いて、部屋を後にした。
送迎用の黒い高級車はすでに建物の正面に止めてあった。ぴかぴかした背の低い車だった。スナイパーライフルをぶつけないように身を屈めて乗り込むと、車は低い唸りを立ててゆっくりと動き出す。正門を右に出ると、ライバルが寝静まっている静かな道路をぐんぐん突き進んでいた。
Mは旅行にでも行くみたいにくつろいでいた。革のケースは後ろの荷台に預けている。M曰く、オークション会場は目立たないところにあるらしく、しかも予め登録してあるナンバーの車ごと地下の会場へ乗り込むということだった。年に三回開かれるこのオークションでは、過去にも似たような兵器や貴重なオーパーツがたびたび出品されているらしい。渡された出品一覧には大海賊時代の金貨やダイヤモンド鉱山の所有権など、およそ自分たちには縁遠い代物が名を連ねている。しかしどれもアルの欲するディスクと比べると、いくらか見劣りしてしまっていた。お目当てのディスクは茶色のアタッシュケースに入った写真が載せてあった。
「面白い催しでしょう。しかし勘違いしないで欲しいのですが、このオークションは決して違法なものではありませんよ。確かにブラックマーケットのオークションで、おまけに地下でこそこそやるようなものですが、オークション自体はキヴォトスのどこでも禁止にされていません。禁止する法律もないですしね。品物は勿論楽しみの一つですが、いかにも悪いことに手を染めているような体験も魅力なんですよ」
「悪党気取りの集会ってことね」
「そうですとも。ブラックマーケットでは畏怖される事が、どんな勲章よりも名誉なことなんです。あなたもそうでしょう?この世界で商売をしている限り、だれでも本質は悪党気取りで本当の大悪党なんて一パーセントもいないでしょうな。だが、そんなことを会場に着いたら言わないでもらいたい。本当の大悪党というのは、どこで聞き耳を立ててるか分かりませんからね」
車は町の外れで速度を落とすと、一軒のトタン造りの倉庫にぐっと頭を寄せた。倉庫の影から門番の機械人が出てくると、運転手は窓から名刺を差し出す。門番はそれを見ると車の中にいるアルたちの顔を一人ずつ見た。すぐに車から離れると、正面のシャッターを上にやった。中は地下へなだらかなスロープになっていた。門番が腕を振って合図すると、車はゆっくりと倉庫の大口へ乗り入れていった。
アルたちは狭い空間をゆっくりと飲み下されるように進んでいた。眩しすぎる電灯が、いくつもの白く光る手で黒い車の表面をてらてらと撫でている。底へ向かう間の高揚感は、アルも認めないわけにはいかなかった。目の前の舞台装置を見て、昔の秘密基地に向かう時の感覚を思い出すと、自然と口元に悪い笑みが浮かんだ。
やがて車は底へたどり着くと、似たような黒い車がたくさん並べられた駐車場の一角に止まった。車から出ると、すぐ目の前に劇場のような堂々とした舞台が広がった。真鍮の手すりで囲まれており、舞台下には警備員が十名ほど立っている。その外にはクロスの敷かれた丸いテーブルと、片手サイズのビール瓶が3本ずつ置かれていた。会場は駐車場との垣根がなく、繋がって一つの巨大な空間になっており、人もまばらに入っていた。精巧な装飾がされたシャンデリアは、中心から放射状に広がると先端の豆電球を天井に向けて突き上げるように伸びている。床には複雑な模様の赤い固いカーペットが敷かれて、会場の奥には食堂らしきスペースもとってあった。それから不思議な事だが、壁には窓らしき場所にえんじ色のカーテンがかかっていた。地下でも星空は見えるのか?
アルはスナイパーライフルのショルダーストラップを肩にかけると、楽に背負い直した。ムツキもボストンバッグを背負うと、あちこち目をやっている。ハルカは縮こまってしまい、すっかりアルの背後に収まってしまっていた。Mに着いて会場に上がると、Mは派手な白いジャケットを着た長身の機械人の元へ近づいて、陽気に挨拶をした。「やあ、スパングさん」
スパングと呼ばれた機械人はこちらに気づくと、被っていた白い帽子を取った。
「おお、これはこれは、あなたか」
ゆったりと手を差し出すと、固い握手──アルはこのしゃれを内心気に入った──をかわす。
「便利屋68さんを紹介しよう。便利屋68さん。今回の急な招集に応じてくれた何でも屋さんです。例のカイザーPMCの時の会社ですよ。あなたのところの傭兵リストには乗っていませんでしたね」
スパング氏は手を差し伸べた。「よろしく、便利屋68」
アルはその手をとった。固く冷たい手だった。「あの件は、私達も半信半疑でね。どうも関わった人間が多すぎたんだな。会えて光栄だ」スパング氏の青い目がアルを捉えた。写真でも撮っているのだろうか。手を離すと、スパング氏はアルから目を逸らした。きっと写真を脳内の人相保管室に整理しているのだろう。
「しかし大所帯だな。ここで戦争でも始めるつもりか?」
「まさか!私の目的はあくまでもディスクだけですよ」Mは豪快に笑いながら言った。
「それはそうと、まだ目当てのものまでは時間があるらしいですな。私はそこのレストランで時間を潰してきますよ。ここで話しすぎると、うっかり軍資金の情報を漏らしてしまいそうですからね」
Mが話している間、アルは忙しなく動き回るポーター達を見ていた。全員が機械人で、客側にもキヴォトス人は見当たらなかった。ロボットの集会をこっそり覗き見ているような感覚で、油断していると自分も機械の体に改造されてしまいそうな気がした。後ろを誰かが早歩きで通り過ぎる風で髪が揺れても、アルはMや周りの人物たちに眼を配っていた。いくら安全管理を徹底しても、虫が入るのを完全に防ぐことはできない。自分たちが良い見本だった。振り返ってみると、帽子を被った華奢な女性の背中が人混みへ消えていくのがちらっと見えた。白いシャツに濃紺のサスペンダーを着けていて、サーカスのスタッフのようだった。女は杖を持って、黒いリボンのついた中折れ帽を被っていた。
逸れた注意を戻すと、アルはポケットの中身がすられているのに気がついた。名刺が全てなくなっている。ムツキとハルカもびっくりしていた(「ひょっとして、アルちゃんのファンじゃない?」)
スパング氏と別れてからレストランに向かうまでの間に、アルは何食わぬ顔で聞いてみた。「ところでMさん──これだけ金を持つ人が多ければ、すりとかも起こるんじゃないですか?見たところ強盗対策はしっかりしてるようだけど、そこのところはどうなってるんです?」
「すりだって?」Mはこの質問の真意を探ろうと横目で見たが、アルはアウトローの皮を守るため無表情を貫いた。「聞いたことがないですね。ここではかなり珍しいことだからね。まあ仮に何か取られてたとしても、オークションで負けた腹いせの鬱憤晴らしでしょう。ここには生粋の泥棒が入り込むことは不可能ですし、警察を呼ぶわけにもいかないですからね。オークションの途中でも、色々質問ばかりしてくるし、あまり役に立たない。それにこれだけ人がいるから犯人を見つけるのも無理でしょう。帽子やらマスクやらをポケットに隠せば、見分けはつきませんよ。ここで何かすられても、残念ながら諦めるしかないということですね」