便利屋68:2 死神はどこで眠る   作:まーろう

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8 地下オークション

 会場内の隅にある食堂に入るとMはつかつかとテーブルの間を抜けて、カウンター近くの丸テーブルについた肘掛け椅子に腰を下ろした。手で示されてアルはMから見て左側、ハルカは右側、ムツキは正面の席についた。

 

 給仕頭はすでにMの後ろに控えていた。本型のメニューをMに渡すと、全員に配る。表面には金の洒落た筆記体で何か書かれている。中はメニューの筆記体がびっしり。しかも名前ばかりで、値段はどこにもなかった。

 

「あなたたちも何か頼むといい」Mはメニューを少し見たが、すぐに閉じた。「ここの食事は全てオークションの儲けの一部から出るんですよ。もっとも我々はこの料理を提供するために、何度も資金をはたいている事になりますけどね。とにかくそういうことだから、何でも好きなものを頼むといい」慣れたように左手で給仕係を呼んだ。

 

「オイルソーダを」

 

 給仕係はMとアルの席の間から頭を下げて挨拶した。

 

「東ハイランダーものは入ってるかい?」

 

「今朝上質なものが届いております。貴方様がお見えになると聞いて、取っておきました」

 

「では、それを貰おう」

 

 アルはお言葉に甘えてコーヒー、ムツキはミックスジュースに炒り卵とトーストを注文した。最後に遠慮していたハルカもミックスジュースを頼むと、給仕係は下がった。

 

 アルはこのタイミングで、不審に思っていた事を尋ねてみようと思った。「ところで、肝心なことを聞きそびれていたわ。なぜ今回に限って私たちに依頼をしたの?聞いたところでは、さっきのスパングさんの傭兵リストにも、私たちは載っていなかったみたいだけど」

 

 Mはすぐには答えなかった。「そうですね」一言だけ言うと、ぼんやりと会場の方を眺めていた。そうしているうちに飲み物が来た。給仕が下がると、Mは炭酸が入った泥水のようなものを口に運ぶ。アルも火傷をしないようにして、少しだけ口に含んだ。コーヒーは沸騰したままのように熱かった。

 

「私は外に出る時には、必ず護衛をつけるようにしていましてね。この帽子とケースと護衛は必需品ですよ。お守りみたいなものです。それが今日に限って緊急の事で、すぐに動ける傭兵が見つからなかった」

 

 Mはグラスを置くと、テーブルに身を乗り出して肘をついた。「だが貴方たちはこれでは納得しないでしょう。そこでもう一つの理由について話すには、少々我が社の事も話さねばなりませんな。よろしいですか?」

 

 アルが頷くと、Mは楽に座り直した。

 

「一カ月ほど前に、我々の会社に大量の警備ドローンの注文が入ったんです。注文してきたのは、当時のミレニアムサイエンススクール会長。少し前に引退報道が出たことはご存じでしょう?なんでも学校の資金を横領していたとかね。とにかく、その時の私はすぐにありったけのドローンを送ろうとしました。ミレニアムほどのマンモス校に貸しを作れることは、後の利益に繋がりますからね」

 

 トーストが来た。ムツキはバターと炒り卵を乗せると、皿に盛ってアルに渡した。軽く礼を言うと、ムツキはハルカの分も作ってやっていた。

 

「ところが大量の注文はすぐにキャンセルされました。もちろん後で謝罪文は貰いましたがね。しかし部下の調べでは、どうやら会長の引退にはシャーレの先生が関わっていたみたいですよ。そこから先生の事を身元も含めて調査しているうちに、二ヶ月前にアビドスで便利屋68と共に動いていたという事実まで突き止めたんですよ」

 

「ずいぶん詳しいのね」

 

「ここまで先生が話題になれば詳しくもなりますよ。しかし貴方たちの慧眼には敵いませんがね。キヴォトスに来て間もない頃の先生に接触して風紀委員会よりも先に関係を築くとは。とても先を見る力があるようで」

 

「とんでもないわ!あんなのは運が良かったに過ぎないもの」アルはすっかりご機嫌だった。「それで私たちに依頼をしてくれたということね」

 

「そういうことですね。貴方たちを敵に回したのは、カイザーPMCにとって悪手だったと思いますよ。あの人は必要以上に敵を作りすぎたんですよ──そう──あの性格が仇になったんでしょうな。頼むから私たちを裏切って爆破するような真似はしないで頂きたいですね」

 

 冗談めいたように話すMの一言で、ここまでご機嫌だったアルの笑顔がひきつった。ばれた!いやばれてない。腹の中を見透かされたような発言に、思わずどきっとしてしまった。乾いた笑い声をたてると、ハンカチで顔を拭く。危ないぞ!もっと注意しろ、危うくボロを出すとこだったぞ!横目で見ると、ムツキがにやにやしながらこちらを見ていた。

 

 流れてきた会場のアナウンスで危機は去った。会員が全員そろったので、順次開始するということだった。

 

「さて、ここを片付けたら向かいましょうか。これからは危険も多くなるでしょうから、よろしくお願いしますよ」

 

 アルは皿のトーストを平らげると、ブラックのままのコーヒーを一飲みした。苦さで顔が引きつるのを必死に堪えると、ムツキ、ハルカと共に食堂を後にした。

 

 会場はすでに人が多くなっていた。アルは壁際の長いソファに陣取っていた。Mのも一緒に座っており、ムツキは肘掛けに寄りかかるようにしていた。やがて司会の長い詫び言と挨拶が済むと、舞台の中央以外の照明が少し暗くなった。遂に始まったのだ。

 

 アルは深く座ると、しばらくは聞くだけでくらくらしそうな額を下品に叫ぶ客たちを見ていた。舞台袖からポーターに連れられてくる商品たち。一人、また一人と叫ぶ者が少なくなっていくと、今度は司会の煽りが熱を帯びていく。遂に誰も口を開かなくなると、やがて司会は木槌を手に取って叩きつけた。重なるように耳障りな歓喜の声。富豪の一人が席を立つと、はやる気持ちを押さえるように舞台に上がり品物を受け取っていく。

 

「今のはマスコットキャラクターの会社ですね」Mは顔を動かさずに言った。「生徒たちからの評判もいい。マスコットはいるだけで会社のイメージアップに繋がりますからね。しかし看板の裏はこんなものですよ」

 

 Mはここまでの五回の競りで全く手を出さなかった。舌を巻くほどの慎重さだった。アルはディスクが出てくるのを今か今かと待っていたが、なかなか出てこないので少し焦り始めていた。いつもならこういう催しを楽しむ余裕もあったが、今回はさっさとディスクを回収して空気のこもった地下から夜風を吸いに出たかった。

 

「次の商品です!」司会の何度目かの合図があると、舞台に白い塊のようなものが運ばれてきた。よく見ると明後日の方を見ている目と長く垂れた舌がついている、かなり不細工な人形だった。「これはご存じペロロジラのぬいぐるみ、しかも幻のエラー品です!皆様よくご覧ください──なんとこの人形は特徴的な目の焦点が、合ってるんです!この我に返ったような表情から、実はペロロジラ人形は少しずつ自我を取り戻し、やがて完全体になって大暴れするという都市伝説まで作り上げました」

 

 人形は百万から始まった。二百万。三百万。五百万。アルには正気に思えなかった。会場の金持ち全員が司会に洗脳でもされているかのように、金を吐き出していく。金額は六千万まで登ると、そこで止まった。

 

 司会の型通りの煽りが始まった。他に誰かいないか!地下というのも相まって、音楽クラブの司会にも見えた。前職はきっとそうだろう。アルがぼんやりと眺めていると、白くすらっとした腕が伸び「一億」

 

 手を挙げたのはスパング氏だった。会場からどよめきの声があがった。

 

「スパングさんお得意の戦法ですよ。ライバルが誰も出なくなると、ああやって桁の違う金額を出して戦意を失わせるんです。これは決まりましたね」

 

 Mの言う通り、一億を超える数字が出る気配はなかった。時間はゆっくりと過ぎていく。

 

「さあさあ」司会は酔っているようだった。「誰か、何か言ってくださいよ。一晩中こうしている訳にもいきませんよ?」

 

「どうだ?誰もいないのか?」スパング氏もすっかり上気していた。「いつの勝負でも、こっちは気のすむまで勝ち越してるんだ。今度は誰か、少しは張り合ってくれよ。私ばかり注目を浴び続けて、疲れたぞ。これじゃ全く、情けない勝負だ」一同にかなり応えそうな冷やかしを吐き散らしている。

 

 アルはMを見た。どうやら出る気はないらしい。潤沢な資金さえあれば、自分が勝負に出て正面から打ち負かしてやりたかった。

 

「どうだ」スパング氏は言った。「いないのか」

 

 すっかり上機嫌な顔を見上げるようにして、すぐ傍に座っていた女が白い手袋をはめた手を挙げた。

 

「一億五千万」あの中折れ帽を被っていた女が、はっきり言った。「私が相手になろう」

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