駆け込み訴え   作:灯火011

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甘味断絶、魂の叫び再び

 トレーナーさん、聞いてくださいまし!

 

 わたくし、もう我慢の限界ですの!

 

 ええ、ええ、分かっておりますわ。トレーナーさんがわたくしのことを思ってくださってのことだということは、重々承知しております。ですが、ですがですわ!

 これほどまでに過酷な仕打ちがございましょうか!まるで、わたくしの魂を半分もぎ取られたような、そんな心持ちで毎日を過ごしておりますのよ!

 

 申し上げますわトレーナーさん。わたくし、メジロマックイーンは、この度、トレーナーさんから下されました「甘味一切禁止令」に対し、断固として抗議いたしますわ!

 ええ、抗議ですの!このような理不尽な命令、到底受け入れることなどできません!

 

 あんまりですわ!

 

 あんまりですわ!

 

 ……事の起こりは、先日の定期体重測定でございました。

 

 確かに。

 ほんの少し。

 ほんの僅か、目標体重を上回っておりましたわ。

 

 ええ、認めます。ですが、それは前日にライスがお手製の、それはそれは美味しそうなおはぎを差し入れてくれまして…いえ、言い訳をするつもりはございません。

 ええ、ございませんとも。しかし、トレーナーさん、あの時のあなたの目は、まるで極悪人でも見るかのような、冷たい、冷たい眼差しでございましたわ!

 そして、言い渡されたのが、あの悪夢のような宣告…!

 

「マックイーン、しばらく甘いものは一切禁止だ。次の天皇賞(春)に向けて、ベストな状態に持っていく。いいね?」

 

 いいね? 

 

 ですって!? 

 

 よくありませんわ! 

 

 ちっとも、これっぽっちも、よくありませんのよ!

 

 わたくしにとって甘味とは何か、トレーナーさんはご存じのはずですわ!

 それは、わたくしの活力の源であり、癒しであり、そして何よりも、わたくしのささやかな、しかし、かけがえのない幸福そのものなのですわ!それを、それをいとも簡単に取り上げようだなんて!

 トレーナーさんは鬼ですわ!悪魔ですわ!いいえ、それ以上に冷酷無比なお方ですわ!

 

 ……思い出してくださいまし。わたくしが初めてトゥインクル・シリーズで勝利を掴んだあの日、トレーナーさんはわたくしを、あの街角の小さなケーキ屋さんに連れて行ってくださいましたわね。

 ショーケースに並んだ色とりどりのケーキに目を輝かせるわたくしに、「好きなだけ選んでいいよ」と、そう仰ってくださった。

 あの時、わたくしが選んだのは、大きな、大きなモンブランでしたわ。栗のクリームが幾重にも絞られ、頂には渋皮栗が誇らしげに鎮座し、ふわふわのスポンジと、さっくりとしたメレンゲの土台が、絶妙なハーモニーを奏でて…ああ、思い出すだけでも、口の中にあの芳醇な香りと濃厚な甘みが蘇ってまいります!

 あのモンブランを頬張った時の幸福感! あれこそが、わたくしが厳しいトレーニングに耐え、レースで全力を尽くすことのできる、何よりの原動力だったのですわ!

 

 それだけではございません。

 

 菊花賞を制した日には、老舗の和菓子屋さんの特製羊羹を。

 

 有馬記念を勝った後には、フランス帰りのパティシエが作るという、芸術品のようなチョコレートケーキを。

 

 そう、わたくしの栄光の傍らには、いつも甘美なる存在があったのですわ。

 

 トレーナーさんと二人、勝利の余韻に浸りながら味わう甘味は、まさに天上の味わいでした。あの頃のトレーナーさんは、もっと、もっとお優しかった……。

 

「マックイーンの頑張りには、これくらいのご褒美がなくちゃな」

 

 と、そう言って、わたくしよりも嬉しそうに、わたくしがスイーツを堪能する姿を眺めていてくださったではありませんか!なのに、今のトレーナーさんはどうですの!? まるで別人ですわ! あの優しかったトレーナーさんは、どこへ行ってしまわれたのですか!?

 

 甘味を断たれてからというもの、わたくしの日常は色を失い、味気ないものとなってしまいました。朝食のパンに、ほんの少しだけジャムを塗ることすら許されない。

 トレーニング後のスポーツドリンクも、無味乾燥なものばかり。

 夕食後の、あのささやかなデザートタイムも、今では遠い夢のようですわ。以前は、食事が終わると、

 

「今日はどんなスイーツが待っているのかしら」

 

 と、胸をときめかせたものです。小さなプリンかもしれませんし、季節のフルーツを使ったゼリーかもしれません。あるいは、トレーナーさんがこっそり買っておいてくれた、限定販売のシュークリームということもありましたわね!

 ああ、あのサクサクの皮と、とろりとしたカスタードクリームのコンビネーション! 思い出すだけで、涙がちょちょぎれますわ!

 

 先日など、あまりの渇望に耐えかねて、夜中にこっそりキッチンへ忍び込みましたの。

 

 ええ、分かっております。いけないことだと。ですが、ですが、もう限界だったのですわ!冷蔵庫の中に、以前買い置きしておいたはずの高級アイスクリームが…それだけが頼りだったのです。

 しかし、扉を開けてみれば、そこには無情にも、わたくしの名前と「摂取禁止!」と書かれたトレーナーさんの大きな付箋が貼られた、()()()()()()()()()()()()()()()しか入っておりませんでしたわ!

 

 あの時の絶望感、トレーナーさんにはお分かりになりませんでしょうね!?

 

 わたくし、その場で泣き崩れそうになりましたのよ!

 

 もちろんブロッコリーに罪はございません。鶏むね肉も、きっと栄養価は高いのでしょう。ですが、わたくしが求めているのは、それではないのです! 甘い、甘い、心を蕩かすような、あの味わいなのですわ!

 

 学園のカフェテリアも、今ではわたくしにとって針の筵ですわ。

 

 他のウマ娘さんたちが、それはそれは幸せそうに。

 

 パフェだの

 

 パンケーキだの

 

 あんみつだのを頬張っているのですもの!

 

 ライスは、相変わらずおはぎを山のように積み上げておりますし、スペシャルウィークさんは大きなショートケーキを二つも平らげておりましたわ!

 トウカイテイオーさんだって、ハチミードリンクを片手に、何やら甘そうなクッキーを齧っておりましたし、ゴールドシップさんに至っては、購買の焼きそばパンに飽き足らず、どこからか調達してきた巨大なたい焼きを、頭からがぶりと…!

 

 ああ、もう見ていられませんわ!

 

 なぜ、なぜわたくしだけが、このような苦行を強いられなければならないのですの!?

 

 不公平ですわ!

 

 あまりにも不公平すぎますわ!

 

 トレーナーさんは仰います。

 

「天皇賞(春)連覇のためだ」

 

 と。

 

「メジロ家の悲願を達成するためには、些細な犠牲も厭うべきではない」

 

 と。ええ、分かります。分かりますとも。わたくしだって、その重圧は痛いほど感じておりますわ。

 

 メジロの名を背負い、ターフに立つことの誇りと責任。

 

 お祖母様、お母様、そしてメジロ家の全ての方々の期待に応えたいという強い想い。

 

 それは、わたくしの胸の中に、常に燃え盛る炎のように存在しております。ですが、トレーナーさん、その炎を燃やし続けるための薪が、わたくしにとっては甘味だったとしたら?その薪を取り上げられてしまっては、炎はやがて消え入り、灰しか残らないのではないでしょうか?

 

 わたくしは、ただ甘いものが食べたいと駄々をこねているのではございませんの。

 

 この禁止令が、わたくしの精神のバランスを著しく乱し、結果としてレースへの集中力を削いでしまうのではないかと危惧しているのですわ。

 実際、最近のトレーニングでは、どうにも力が入らないことがございます。

 

 ふとした瞬間に、ケーキの幻影が見えたり、ドーナツの甘い香りが鼻先を掠めたりするのです。

 

 その度に、わたくしの心は千々に乱れ、走ることへの集中が途切れてしまう。こんな状態で、果たしてあの過酷な長距離レースを、最後まで走り切ることができるのでしょうか。わたくしは不安でなりませんわ。

 

 それに、トレーナーさん。あなたは、わたくしのこと、本当に信じてくださっているのですか?

 

 以前のトレーナーさんなら、こんな一方的な禁止令ではなく、もっとわたくしの気持ちに寄り添った形で、体重管理の方法を一緒に考えてくださったはずですわ。

 

「マックイーンなら大丈夫だ。少し調整すれば、すぐにベスト体重に戻せるよ」

 

 と、そう言って、わたくしの好きな低カロリーのスイーツを探してきてくれたり、あるいは、目標を達成したら、とびきり美味しいご褒美を約束してくれたりしたはずです。

 なのに、今のあなたは、ただ厳しく、冷たく、わたくしを押さえつけるばかり。まるで、わたくしが自分自身をコントロールできない、意志の弱いウマ娘だとでも思っていらっしゃるかのようですわ!

 それは、わたくしにとって、何よりも辛い仕打ちですのよ!

 

 ゴールドシップさんにも相談してみましたの。あの破天荒な友人なら、何か名案を授けてくれるかもしれないと、藁にもすがる思いで。

 

 そうしたら、あの方、何と仰ったと思います?

 

「マックイーン、そんなもん隠れて食っちまえばいいじゃねーか!バレなきゃ犯罪じゃねえんだぜ?」

 

 ですって! そして、ニヤリと笑いながら、どこからともなく取り出した、あんこがたっぷり詰まった大福餅を、わたくしの目の前で、それはそれは美味しそうに…!

 ああ、あの時のわたくしの葛藤、トレーナーさんには想像もつかないでしょうね!

 メジロ家の者としてのプライドが、ゴールドシップさんの甘い誘惑を必死に拒絶する一方で、わたくしの本能は、その白い誘惑物に手を伸ばしたくてたまらないのです!

 

「い、いけませんわ、ゴールドシップさん! わたくしは、わたくしは…!」

 

 そう叫んで、その場を逃げ出すのが精一杯でしたわ。ですが、自室に戻ってからも、あのふっくらとした大福の感触、そして、そこから溢れ出すであろう、艶やかなあんこの甘さを想像してしまい、悶々とした夜を過ごす羽目になりましたのよ!

 

 トレーナーさん、わたくしは、どうすればよろしいのですか? このままでは、わたくし、心が干からびてしまいますわ。

 

 レースへの情熱も

 

 勝利への渇望も

 

 全てが甘味への飢餓感に飲み込まれてしまいそうですの。ねえ、トレーナーさん。お願いですわ。ほんの少しでいいのです。あの、角砂糖一つ分でも構いません。いえ、パティスリーのショーケースを、ただ眺めるだけでも……!

 

 それすらも許されないというのですか? ああ、神様、仏様、ターフの女神様! なぜ、わたくしにこのような試練をお与えになるのですか!

 

 もしかして、トレーナーさんは、わたくしが甘いものを我慢できない、だらしないウマ娘だと思っていらっしゃるのではなくて?

 それで、わざとこのような厳しい試練を与えて、わたくしの意志の強さを試そうとなさっているのでは…?

 

 だとしたら、それは大きな間違いですわ!

 

 わたくしは、やるときはやるウマ娘ですのよ!ですが、その「やる気」を引き出すためには、適切なアメが必要なのです。アメとムチ、と申しましょうか。

 今の状態は、ムチ、ムチ、ムチ!

 ひたすらムチで打たれ続けているようなものですわ!これでは、どんな名ウマ娘とて、心が折れてしまいます!

 

 トレーナーさんも考えてもみてくださいまし。もし、この甘味禁止令が原因で、わたくしが天皇賞(春)で満足のいく結果を残せなかったとしたら…トレーナーさんは、その責任を取ってくださるおつもりですの?

 

 メジロ家の、そして多くのファンの皆様の期待を裏切ることになったとしたら、その時、トレーナーさんは何と仰るおつもりですの?

 

「マックイーンの自己管理が甘かったからだ」

 

 と、そう言って、全ての責任をわたくし一人に押し付けるおつもりではございませんでしょうね? だとしたら、あまりにも、あまりにも卑怯ですわ! 許せません! 絶対に許せませんわ!

 

 わたくしは、トレーナーさんを信じておりました。誰よりも、わたくしのことを理解し、支えてくださる唯一無二のパートナーだと、そう信じて疑いませんでした。厳しいトレーニングも、困難なレースも、トレーナーさんがいてくださるからこそ、乗り越えてこられたのです。

 ですが、今のあなたは…わたくしの敵とすら思えてしまいますわ。わたくしから笑顔を奪い、喜びを奪い、生きる気力さえも削ごうとしている、冷酷な支配者のように。

 

 お願いです、トレーナーさん。

 

 もう一度、わたくしの声に耳を傾けてくださいまし。

 

 わたくしの魂の叫びを聞いてくださいまし。

 

 このままでは、わたくし、本当にダメになってしまいます。レースどころか、日常生活すらまともに送れなくなってしまいますわ。朝、目が覚めても、絶望感しかありません。

 食事も、ただ栄養を摂取するための作業でしかなく、何の楽しみも感じられません。

 トレーニングも、ただただ苦痛なだけ。そんな状態で、どうして最高のパフォーマンスを発揮できるというのですか!

 

 せめて、せめて一週間に一度だけでも…いえ、レースで勝った時だけでも結構ですわ。ほんの小さな、小さなご褒美を…あの、一口サイズのチョコレートでも、小さなマドレーヌ一つでも…それだけで、わたくしは、また頑張れるのです。

 また、あの栄光のターフで、誰よりも速く、誰よりも強く、輝くことができるのです。トレーナーさん、どうか、どうか、わたくしのこの切なる願いを、聞き届けてはくださいませんでしょうか。

 

 もし、この訴えすらも聞き入れていただけないというのであれば…わたくしは…わたくしは、もうどうすればいいのか分かりませんわ!

 もしかしたら、ゴールドシップさんの言うように、こっそりと…いえ、メジロ家の誇りがそれを許しません。

 ですが、このままでは、わたくしの精神は限界です! 本当に、本当に、もう…!

 

 トレーナーさん、わたくしは、あなたを信じたいのです。あの頃のように、わたくしの隣で、共に喜び、共に苦しみ、そして共に栄光を掴んでくださった、あの優しいトレーナーさんに戻ってほしいのです。

 

 この悲痛な叫びが、あなたの心に届くことを、切に、切に願っておりますわ。わたくしの愛する甘味を、そして、わたくしの笑顔を、どうか取り返してくださいまし…!

 

 さもなくば…さもなくば、わたくし、本当にどうなってしまうか分かりませんのよ…!

 

 ええ、これは脅しではございません。わたくしの、偽らざる、心の底からの叫びなのですわ…!

 

 トレーナーさん…!

 

 

 マックイーン。その溢れ出る情熱と涙は、天皇賞(春)を連覇し、最高のモンブランを味わう瞬間までとっておけ。今は甘えを捨て、メジロのエースとしての覚悟をその走りで見せる時だ。俺は、本気になった君の底力を信じている。

 

「甘えでは…ございませんのに…っ!」




要約

マックイーン:スイーツ食べたい

トレーナー:はいはい、レースまで我慢してね
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