あの魂の叫びとも言える「駆け込み訴え」から数週間後。
京都レース場の直線、ターフを叩きつける蹄の音は、万雷の歓声にかき消されんばかりだった。
先頭をひた走る芦毛のウマ娘、メジロマックイーンの姿は、まさに女王の風格。最後の力を振り絞り、ゴール板を駆け抜けた瞬間、スタンドは揺れた。
「勝ちましたわ…!トレーナーさん、わたくし、やりましたわ!」
ウイニングライブの後、涙でぐしゃぐしゃになりながらトレーナーの胸に飛び込んできたマックイーンを、彼は力強く抱きしめた。
「ああ、よくやった、マックイーン!最高の走りだった!君は本当に強い!」
厳しい言葉の裏にあった深い信頼と期待が、今、最高の形で結実したのだ。そして、トレーナーはそっと囁いた。
「約束の、最高のモンブランを食べに行こうか」と。
マックイーンの顔が、ぱあっと輝いたのは言うまでもない。
第一章:解禁!至福のスイーツタイム・アンリミテッド
翌日、二人は銀座の老舗パティスリーの、予約していた個室にいた。目の前に運ばれてきたのは、芸術品のように美しい、ホールサイズのモンブラン。フランス産の栗を贅沢に使ったマロンクリームは艶やかに輝き、頂には金粉が雪のように舞っている。ナイフを入れるのもためらわれるほどの逸品だった。
「トレーナーさん…これが、これがわたくしの…!」
感極まるマックイーンに、トレーナーは優しく微笑みかける。
「ああ、君が血のにじむような努力で勝ち取った、世界で一番美味しいモンブランだ」
一口食べた瞬間、マックイーンの瞳からはらはらと涙がこぼれた。
それは、禁止されていた間の悲しみの涙ではなく、純粋な感動と幸福の涙だった。濃厚でありながら上品な栗の風味、軽やかな生クリーム、サクサクのメレンゲ、そしてそれら全てを包み込む芳醇なラム酒の香り。まさに天上の味わい。
「美味しい…美味しすぎますわ…!こんなに美味しいモンブラン、生まれて初めてですわ!」
「ふふ、良かった」
トレーナーも一口もらい、その言葉に偽りがないことを確認する。
しかし、マックイーンの至福はモンブランだけでは終わらなかった。
「トレーナーさん、あのショーケースにありました、イチゴのタルトも…!それから、あちらのチョコレートムースも気になりますの!あ、あと、季節限定のマカロンセットも!」
まるで堰を切ったように、マックイーンのスイーツへの渇望が爆発した。
天皇賞(春)連覇という偉業を成し遂げたのだ、今日くらいは、とトレーナーも鷹揚に頷く。次から次へと運ばれてくる色とりどりの甘味の饗宴。マックイーンは、一口食べるごとに
「至福ですわ!」
「生きていて良かった!」
「トレーナーさん、最高ですわ!」
と歓声を上げ、その姿は見ていて飽きないほど幸せに満ち溢れていた。
第二章:止まらない食欲、加速する至福(とカロリー)
その日から、マックイーンの「ご褒美期間」は続いた。
朝食にはメープルシロップたっぷりかけたパンケーキ。
トレーニング後には特製フルーツパフェ。
夕食後には日替わりで有名店のケーキや和菓子。
オフの日には、ゴールドシップやライスシャワーたちを誘ってスイーツビュッフェに繰り出し、全種類制覇を目指さんばかりの勢いだった。
「マックイーン、少しペースを考えた方が…」
トレーナーが控えめに忠告しても、
「大丈夫ですわ! 天皇賞(春)の激走で消費したエネルギーを補給しているだけですもの!それに、わたくし、これでもちゃんと考えて選んでおりますのよ? こちらのわらび餅は低カロリーですし、こちらのフルーツゼリーはビタミン豊富ですわ!」
と、謎の理論を展開し、トレーナーを煙に巻くのだった。その瞳はキラキラと輝き、頬はほんのり上気し、まさに「幸福の絶頂」という言葉がぴったりだった。
かつて「甘味を禁じられたお嬢様」の悲壮感はどこへやら、今はただただ甘美な世界に浸ることを謳歌している。
「やはりスイーツはわたくしの活力の源ですわ! これで次のレースも安泰ですの!」
マックイーンは、口いっぱいにシュークリームを頬張りながら、自信満々に宣言するのだった。
第三章:祭りの後、そして恐怖の体重計
そんな夢のような日々が、一週間ほど続いただろうか。
URAの定期メディカルチェックの日がやってきた。
マックイーンは、どこか浮ついた足取りで保健室へ向かう。最近は、トレーニングウェアのウエスト周りが心なしかタイトになったような気もするが、
「きっと気のせいですわ! むしろ筋肉がついた証拠ですのよ!」
とポジティブシンキング(あるいは現実逃避)を貫いていた。
そして、運命の体重測定。デジタル表示の体重計に恐る恐る乗り、表示された数値を見た瞬間、マックイーンの顔から血の気が引いた。
「えっ…? う、嘘ですわ…こんな…こ、故障ですわ! きっとこの体重計、壊れておりますのよ!」
何度も乗り直すが、表示される数値は非情なまでに変わらない。
それは、天皇賞(春)出走時のベスト体重から、明らかに、そして大幅に増加した数値だった。先日の「駆け込み訴え」直前の数値すら、可愛く思えるほどに。
隣でその数値を確認した保健室のスタッフが、困ったような、それでいてどこか「やっぱりね」と言いたげな表情でカルテに何かを書き込んでいる。
エピローグ:デジャヴ・アゲイン
保健室から出てきたマックイーンは、まるで世界の終わりのような顔をしていた。その手には、しっかりと「要注意」のハンコが押された健康診断結果レポートが握られている。
とぼとぼとトレーナー室に戻ると、トレーナーは既にその結果を知らされていたのか、静かにコーヒーを飲んでいた。
マックイーンは、絞り出すような声で言った。
「トレーナーさん…あの…その…これは、その…」
言い訳の言葉も出てこない。
トレーナーは、ゆっくりとコーヒーカップを置き、深いため息を一つ。そして、あの時と全く同じ、しかしどこか諦観と、ほんの少しの面白がるような響きも含まれた声で、静かに、しかしはっきりと告げた。
「マックイーン。またしばらく……甘味禁止、ね?」
その瞬間、マックイーンの大きな瞳から、ぽろり、と大粒の涙がこぼれ落ちた。
そして、喉の奥からこみ上げてくる、あの時と同じ、いや、それ以上の絶望と抗議の言葉。
「そ、そんな…! あんまりですわああああっ!」
トレーナー室に響き渡る、メジロマックイーンの新たな「駆け込み訴え」の第一声。
どうやら、彼女と甘味を巡る戦いと、トレーナーの頭痛の種は、まだまだ終わりそうにない。
トレーナーは、頭を抱えながらも、どこかこのループする日常を愛おしく思っているのかもしれなかった。……たぶん。
「駆け込み訴え」に戻ります。