駆け込み訴え   作:灯火011

4 / 5
『予防接種』

トレーナーの言葉に

トウカイテイオーも、駆けだした。


駆け込み訴え ~トウカイテイオー、注射の刻~

 聞いてくれよ!

 

 ああ、誰にって、そりゃあ君にさ!

 

 君しかいないんだ、こんなボクの、心の叫びを聞いてくれるのは!

 

 あんまりじゃないか?ひどいじゃないか?あの人――そう、ボクのトレーナーさ!あの人が何を言ったと思う?耳を疑ったよ、本気でね!

 

「テイオー、明日は予防接種だからな。朝イチで頼むぞ」

 

 だってさ!

 

 予防接種!

 

 予防接種!!

 

 予防接種だってぇ!?

 

 聞こえたかい、ボクの今の言葉!

 

 あの、鋭くて、冷たくて、ちくっとする、アレ!ボクがどれだけ、どれだけアレが苦手か、あの人は知っているはずなんだ!知っていて当然だ! ボクのトレーナーなんだから! それなのに、なんだい、あの他人行儀な口ぶりは!「朝イチで頼むぞ」だってぇ!?まるで、ニンジンを一本多くお皿に乗せるみたいに、簡単に言ってくれるじゃないか!

 

 ボクはトウカイテイオーだぞ!

 

 奇跡の復活を遂げた帝王だぞ!

 

 ターフの上では誰にも負けないはずなんだ!

 

 なのに、それなのに!あの小さな、小さな針一本に、こんなにも心が震えるなんて!恥ずかしい?ああ、そうかもしれないね!でも、怖いものは怖いんだ!理屈じゃないんだよ!

 

 あの人は言うんだ。

 

「テイオーのためなんだ。病気になったら大変だろ? レースにも出られなくなるかもしれないんだぞ」

 

 って。分かってるさ、そんなこと!ボクだってバカじゃない。健康が第一だってことくらい分かってる。でもね、でもだよ!ボクのこの、胸の奥で暴れる黒いモヤモヤは、どうしてくれるんだい?「テイオーのため」っていう言葉で、何もかも正当化されてたまるもんか!ボクの気持ちは、どこへ行っちゃうんだい!?

 

 思い出しても身震いがする。小さい頃、まだトレセン学園に来る前だったかな。一度だけ、ひどい風邪をこじらせて、お医者さんに太っとい注射を打たれたことがあるんだ。痛くて、熱くて、涙が止まらなかった。その時の恐怖が、今でもありありと蘇るんだ。針が皮膚を突き破る、あの鈍い感触!液体が体に入ってくる、あの異物感!ああ、もうやめてくれ!思い出すだけでも鳥肌が立っちゃうよ!

 

「大丈夫、すぐ終わるから」

 

 って、あの人はきっと明日も言うんだろうな。でもね、その「すぐ」が、ボクにとっては永遠みたいに長いんだ!まな板の上のコイってこういう気持ちなのかな?いや、ボクはコイじゃない、ウマ娘だ!帝王だ!なのに、どうしてこんな惨めな気持ちにならなきゃいけないんだ!

 

 ハチミーを三杯飲んだって、この憂鬱は晴れやしない。マックイーンにだって、こんな弱音は吐けないよ。彼女ならきっと、

 

「何を甘えたことを言っているのですか、テイオー」

 

 って、冷静に言い放つんだろうな。カイチョーだって、きっと涼しい顔で注射を受けるんだよ。シンボリルドルフだもん、あの人は。…ボクだけなのかな? ボクだけが、こんなに臆病で、情けなくて、注射の一本くらいで大騒ぎする、ちっぽけな存在なのかな?

 

 違う!

 

 断じて違うはずだ!ボクは特別なんだ!だから、この恐怖も特別なんだ!…なんてね、強がってみたって、膝はガクガク震えてる。

 

 ああ、誰か、誰か助けてくれよ!明日の朝が来なければいいのに!時間が止まってしまえばいいのに!トレーナーが急に、「やっぱり注射はやめだ!」って言ってくれればいいのに! そんな奇跡、起きないって分かってる。分かってるから、苦しいんじゃないか!

 

 あの人は、ボクを最強のウマ娘にするって言ってくれた。その言葉を信じて、ボクは何度も立ち上がってきた。あの人のためなら、どんな厳しいトレーニングだって耐えてみせる。

 

 でも、注射は別だ!これは、これはボクの魂への冒涜だ!…なんて言ったら、大げさだって笑うかい?でも、ボクにとっては真剣なんだ!

 

 もうどうすればいいんだか分からないよ!逃げ出したい。どこか遠くへ。注射針の届かない、安全な場所へ。でも、そんな場所、どこにもないんだろうな。

 

 聞いてくれてありがとう。

 

 少しだけ、ほんの少しだけ、胸のつかえが取れたような気がする。

 

 でも、明日になったら、やっぱりボクは、あの冷たい診察室で、恐怖に震えるんだろうな。

 

 それでも、ボクは…ボクは、トウカイテイオーだからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …ああ、やっぱり嫌だ!

 

 嫌だ

 

 嫌だ!

 

 嫌だ!!

 

 

 

 誰か、トレーナーを説得してよぉ!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。