…ああ、君か。
…うん、ボクだよ。トウカイテイオー。
…さっきぶり、かな?
…ちょっと、声、小さいって?
…そりゃあ、そうだよ。だって、ボクは…ボクは、戦い抜いてきたんだから。あの、恐怖の…注射と。
…終わったよ。うん、終わったんだ。
…見てくれよ、この腕。
…まだ、ちょっとジンジンする。
…あの人が、トレーナーがさ、
「ほら、もう終わったぞ。大丈夫だったろ?」
なんて、ケロっとした顔で言うんだ。
…大丈夫なわけないじゃないか!
ボクの心臓が!
どれだけバクバク言ってたか!
トレーナーは知らないんだ!
…でさ。
「チクっとしますよー」
って、お医者さんは言ったけどさ。…チクっ、じゃなかったよ。もっとこう…ズーンって感じで…。痛いのは、ほんの一瞬だったかもしれない。でもね、その一瞬が、ボクには永遠に感じられたんだ。針が…針が刺さる瞬間、ボク、目、つぶっちゃった。情けないだろ? 帝王なのにさ。
あの人は、ボクの頭をポンポンって叩いて、
「よく頑張ったな、テイオー」
って。…その言葉、ちょっとだけ、嬉しかったけど…でも、やっぱり許せないよ! なんでボクが、こんな思いをしなくちゃいけないんだ! ボクは、ターフを駆けるために生まれてきたんだぞ! 注射針に怯えるためにいるんじゃない!
手元のそれは何だって?
…ハチミー、トレーナーがくれたんだ。スペシャルなやつだって。…でも、なんだか、いつもの味と違う気がする。…美味しいはずなのに、喉を通っていかない。…まだ、胸がドキドキしてるのかな。
「来年もまたあるからな」
だって。…聞こえたかい? トレーナーの悪魔みたいな囁きを。来年も!?
また、この恐怖をボクは、また、味わえって言うの!?
…もう、やだよ。ボク、もう、注射なんてこりごりだ…。
マックイーンに、この姿、見られたくないな。きっと、
「何をだらしない顔をしているのですか」
って、眉をひそめられちゃう。カイチョーなら…カイチョーなら、どうだったんだろうな。きっと、平然と注射を受けて、涼しい顔でトレーニングに戻るんだろうな。…ボクは、ダメだな。やっぱり、ボクは…ボクは…。
…でもさ、それでもボク、逃げなかったんだ。
ちゃんと、腕を出して、歯を食いしばって…耐えたんだ。
…えらいだろ?
…うん、えらいって言ってくれよ。
誰か、ボクを褒めてくれよ。
じゃないと、この、心の傷が、癒えないんだ。
…ああ、なんだか、眠くなってきた。…疲れたのかな。…そうだよね、あんなに緊張したんだもの。…今日はもう、何も考えたくない。…ただ、静かに眠りたい。
…でも、夢に、あの注射針が出てきそうで怖いな…。
…聞いてくれて、ありがとう。…君がいてくれて、よかった。…少しだけ、ほんの少しだけ…楽になった気がする。…また、明日からは、いつものボクに戻れると…いいな。
…うん、きっと大丈夫。
ボクは、トウカイテイオーだからね。…うん…。