続かないと言ったな。あれは嘘だ。
「落ち着いて下さい鵠沼さん。何もこうやって話すためだけにあなたの魂を抽出した訳ではありませんので」
「それじゃあ一体どんな理由で俺はここにいるんですか……」
女神様はニコニコしながら飄々とした態度で俺を諭す。まるで全て女神様の掌の上のような……いや、まあ女神様なんだし事実そうなのだろう。
「ところで鵠沼さんは、異世界の存在を信じますか?」
なんだか怪しい宗教勧誘みたいな切り出しで女神様は聞いてくる。
「えっと、俺はそういうのはファンタジーの世界だけであまり信じたことはないですね」
ゲームや映画で見たことがあるだけで、それが現実に存在するなんて考えたことは無かった。まあそもそもがフィクションを謳っている訳で、信じる信じないなんて無いと思うが。
「たしかに鵠沼さんの世界ではフィクションとして語られています。しかし、異世界も魔法も神秘も、そして世界を滅ぼそうとする魔王も、それを討伐する勇者も、実際に存在するのです」
「それはまたなんていうか……なんともゲームチックな話ですね。ですが、その話と俺がここにいる理由とは関係があるんですか?」
今の女神様の話を聞いても、俺の質問に対する答えが見えてこない。まるでワザと回り道をして、本題に入るのを遅らせようとしているような……
「えっと、ですね。実は、魔王討伐の為に勇者を異世界に召喚するのが私の仕事の一つなのですが、少し問題が発生しまして……」
「問題、ですか」
女神様は初めてその笑みを曇らせ、バツの悪そうな顔をする。
「勇者には加護を授けて送るのですが、贈れる加護の数には上限がありまして、魔王を討伐する為の加護のみを授けていたら……日常生活がままならない状態になってしまったのです」
「本末転倒じゃ無いですか」
そういったこと含めて加護を授けるべきだと思うのは俺だけだろうか。人間如きがなんだとは思うが、女神様にも抜けているところはあるんだな。
「そこで、鵠沼さんには勇者のサポート、もといお世話役をお願いしたいのです」
「なるほど、それで最初の話に戻る訳ですか」
「一応似たような説明をしていたのですが、鵠沼さんが聞いていなかったようなので……」
「うっ、申し訳ないです……」
今度は俺がバツの悪い顔をする。俺が聞き逃してしまったばかりに女神様にもう一度話させてしまっていたのだ。そして改めて女神様の話を聞いていて、疑問に思うことがあった。
「でも、なんで俺だったんですか?俺、そんな女神様に選ばれるようなすごい人間じゃないですよ」
「もちろん、適当に選んだ訳ではありません。勇者には勇者の素質があったように、あなたにはその素質があるからです」
素質……そう女神様は言うが、俺にはパッと思いつくものは無い。俺が誇れることといえば、世話を焼くことぐらいだが……
「見知らぬ地、見知らぬ種族、見知らぬ法則がある異世界に人間は飛ばされると、たとえ不屈の精神を持つ勇者でも、不安感と魔王討伐の重圧に押し潰されてしまうこともあります。ましてや命の危険がありふれる中で、他人に重きを置ける人間は僅かです」
女神様はそこで話を区切ると、俺に優しく微笑みかける。人の心を溶かすその笑みには慈愛が多分に含まれていて、目の前にいるのが女神様だということを再認識する。
「そして鵠沼さん。その僅かの中にあなたは居るのです。お世話という形で人を支えられるあなたが」
「俺が……」
「そして、それらを踏まえて改めてお聞きします……鵠沼さん、異世界で勇者のお世話役、引き受けて下さいますか?」
女神様が俺に期待してくれている。なにより、異世界であろうと困っている人が居るのだ。俺の中で答えはすでに決まっている。
「はい。俺に出来ることがあるなら、やらせて下さい」
「あなたの献身に多大なる感謝を。鵠沼さん、私はそう言っていただけると信じていました。それではさっそく、と言いたいところですが……」
女神様は俺の体の上から下まで視線を滑らす。なにか俺の体に問題でもあるのだろうか。
「鵠沼さん、今あなたには自分の体はどう見えていますか?」
「はい?別に、いつもどおりってえええ?!」
体が、無い。比喩とかでもなんでもなくて、無いのだ、体が。今まで普通に話せてるし感覚もあるのに見えるのは胸元で淡く光る丸い球体だけ。手で顔を覆ってみようとすると、なにもないから隠せてる訳でもないのにその感覚だけはある。
「め、め、め、女神様?!これって一体どういうことですか?!」
「今鵠沼さんは魂だけの状態なのです。当然肉体はすでにありませんので、鵠沼さんの感じているその違和感は、厳密には違うのですが幻肢のようなものです」
取り乱す俺を傍目に女神様はスラスラと説明する。もしかして、俺のこの状態を知っていてそれを言わずにいたのだろうか……?
「女神様……そういうことはびっくりするので先に言っておいて下さい……」
もし俺に顔があったのなら、ゲッソリとした表情をしていることだろう。あまりに心臓に悪すぎる体験だった。もう心臓どころか体も無いけど。
「ふふっ、善処いたしますね」
そんな俺の様子を知ってか女神様は悪戯っ気に笑う。その笑みはさっきまでの超然としたものじゃなく、俺はそれに人間味……というと変かも知れないけど、親近感を覚えた。
「そういう訳で、異世界へ行ってもらう前に肉体を創ってもらいます。その際にもし要望など無いのでしたら私の方で創らせていただきますが、どうします?」
どうと言われても……正直、前の体に未練とかは無い。だからといってムキムキにして欲しいとかイケメンにして欲しいとかも無いし……
「じゃあ、お願いしてもいいですか?」
俺がそうお願いすると、女神様はニコニコしながら「分かりました」と言い、俺に手を向けて何かをいじるような仕草をする。すると、こそばゆいような感覚が全身を襲い、ぐんぐんと視点が下へ下がっていって……ん?
「はい、出来ました。我ながら完璧の仕上がりですね」
「あの、女神様。これ……えっ?」
鈴が転がるような、人を虜にする澄んだ声が俺の口から漏れる。一瞬、それが自分の声だと分からなかった。まさかな……と思いながら手を前にだして見る。そこにはさっきとは違いたしかに自分の腕があったが、それは男のものとは思えない白磁の肌をしていた。
「女神様……鏡って、あります?」
「はい、どうぞ」
女神様は笑みをより深くしながら、どこからか手鏡を取り出し俺に差し出す。俺はそれを手に取り恐る恐る覗いて見ると……
「何してくれちゃってるんですか女神様ぁ……!」
本日三度目の頭を抱えてテーブルに突っ伏す。鏡の中には肩まで伸ばしたミルク色の髪をカールさせた、女神様を少し幼しくしたような顔をした女の子がいた。もちろん俺は男だし、元の姿とは似ても似つかない。やはりというべきか身長も縮んでいる。
「なんでわたし女の子になってるんですかぁ?!」
「ええ、可愛らしくなりましたよ鵠沼さん」
「会話が成り立ってない!」
さっきから女神様はニコニコとしながら俺の体を満足気に見ている。確信犯だ。この人、絶対ワザと女の子の体にしたんだ……!
「これで肉体の創造は終わりです。必要な加護も付与してあるのでいつでも異世界に行くことができますよ。ちなみにその姿は私の趣味です」
「うぅ……趣味って……わたし、男なのに……」
今気付いたけれど、なんか口調も女の子らしくなってしまっている。もう戻れないところまで来てしまったのか……。でも、俺は一度死んだ身だし、とやかく言う資格は無いよな……でもやっぱりショックだ。
「お気に召しませんでしたか?」
「そういう訳では無いんですよ……ただ、前の自分との差異に混乱してるというかショックっていうか……うー、だけど女神様が創ってくれた体ですし、わたし、これで頑張ってみます!」
なってしまったものはしょうがない。ウジウジと悩んでいるくらいなら吹っ切れるのが一番だ。
「それと、最後にわたしがもらえる加護って何か聞いてもいいですか?」
「いいですよ。鵠沼さんに授ける加護は、あらゆる言語を理解し話せるようになる『言の葉の加護』、異世界での知識を好きな時に引き出せる『知識の書の加護』、私とお話出来るようになる『神託の加護』。この三つになります」
「なるほど……あれ?女神様これ、わたしって戦えるんですか?」
女神様が挙げた三つの加護は、どれも非戦闘向きだ。いくら勇者のお世話が主だとしても、まったく戦えないとなったら問題にならないのだろうか。
「……実は、加護を与えた人間を複数送るのは御法度なのです。鵠沼さんに与える加護を絞ることで許されていますが、結構スレスレの行為になるんですよ」
「えっ、それって大丈夫なんですか?」
「それはまあ……なにかあったら私の方で対処しますので、鵠沼さんは心配しなくても大丈夫ですよ。ちなみに、召喚される場所は勇者の近くですので、着いてすぐ危険な目に合うことはありません……たぶん」
たしかにそれなら大丈夫なの……か?
「それでは鵠沼さん、準備はいいですか?」
「はい、お願いします」
俺がそう返事をすると、女神様は胸元で祈る形に手を組む。すると、女神様が纏っていたオーラみたいなものが一際大きく溢れ出した。
「それでは鵠沼さん、良い結果を心待ちにしております」
女神様の言葉を最後に、ふわりとした浮遊感に包まれ下へ下へと落ちていく。終わりの見えない永遠にも感じるそれに、俺は不思議と恐怖心を抱くことはなかった。そして、次第に意識が遠くなっていき、気付けば俺は……
「ここ……どこ……?」
森の中で一人佇んでいた。なんでやねん。
純粋な百合もいいけど、TS百合もいいですよね……あっ、ちなみに続きません。