「ベイカー、大丈夫か?元気出せよ……。」
「あぁ……大丈夫だ。いつかは死ぬ、誰だってな。」
俺の事を本名で呼ぶこいつは……そうだな、エイブル、と呼ぶべきか。同じ9等級で歳は俺と同じ、徴兵前に彼女と出来ちゃった婚した親友だが……まあ、世が世だから明日には死んでいるかもしれない。俺たちはそうやって生きている。
十分なまでに辺境の駅のホームで分かれ、俺は更に辺境へと向かう。どうして配属先はこんなに遠いんだ。宿舎はあるんだろうな?
数時間してようやく到着する。列車から降りると1人、ヘルメットを被り、ガスマスクを着けた軍人が立っていた。
「貴官が新兵か?」
「はい、そのとおりですが。」
「着いてこい。」
ガスマスク越しになぜか聞いたことがあるような女性の声がする。見てみれば胸の膨らみがあってそれなりのモノをお持ちで……あでっ!
「……貴官は死にたいのか?上官へのセクハラは言語道断だぞ。」
「す、すいません……。」
鉄拳制裁されてしまった。
1時間歩いた。テントが4……6張り?とハンガーらしき建物が見えてくる。
「貴官の宿舎はそこだ。」
テントを指差す軍人。
「は、はぁ……。」
「自己紹介がまだだったな。私は……アトラント、第3戦闘工兵大隊の隊長をしている。貴官は?」
ガスマスクを外すことなく真っ直ぐに俺を見る隊長。
「お、俺は……ベイカーです。徴兵されたばかりで何もわからなくて……。」
「まあ、そうだろうな。貴様、新聞は読むか?」
「え?」
急に貴様呼び……ですか?
「え、あっ、はい。」
「なら話は早いな。我々、戦闘工兵大隊の、今、生きている人員はこれで全員だ。覚えておけ。」
誰も居ない。
「へ?」
「あとは戦闘工兵車だけだ。残念ながら、な。」
新聞では"極めて少ない犠牲"と書いてあったのに……。
「私は整備で忙しい、あとはわかるな?そうだ、自分のものには名前を書いておけ、まれに持っていこうとする阿呆がいるからな。」
そう言うと隊長はスタスタとハンガーに消えていった。俺を置いて。
テントに行くと荷物が整然と配置されていた。ベッドはざっと数えて10はある……が、一つ一つに名前が書いてあった。
列車に乗る前に徴兵係に言われたことを思い出す。
「シャベルはよく研いでおけ、掘った穴が命を救う可能性がある。」
「武器は必ず点検しろ、こまめな清掃が生死を分ける。」
「クリーニングロッドは……あった。名前は……書いてないな?書いてないな。」
無記名の荷物が置かれたエリアを3つ目のテントで見つけて、おそらく支給品の銃と、おそらく支給品の掃除道具を手に取る。親切にも取扱説明書が同封されていたからそれに従う。これはサブマシンガンらしい。
背後から足音。さっきの上官か?
「武器の整備か。感心だな。」
さっきの上官だ。
「自分でやれるか?」
「自分のものは自分でやります。」
「そうか、なら終わったら教えてくれ。見てやる。」
なんて失礼な上官だ、と思いながら去っていく背中を見送る。
整備は数十分で終わった。これは明らかに新品ではない。部品は真っ黒で長らく掃除せずに使っていたような汚れもあった。隊長に報告しよう。
サブマシンガンを持ったままハンガーに行くとガスバーナーを手に戦車を整備しているところだった。俺が来るなりすぐに振り返って銃を一瞥する。
「終わりました、えーと……。」
「アトラントだ。ゆっくり覚えてくれ。」
見せてみろ、と言われて差し出すと机の上に置き、目にも留まらぬ手つきで分解していくアトラント隊長。
「……ふむ。筋は悪くない。少なくとも、今日明日で死ぬような奴じゃあない。」
褒められているのだろうけれど、俺には感謝して良いのかわからなかった。
分解するときと同じように銃をあっという間に組み立てるアトラント隊長を見ていると、なぜか急に年上の幼馴染を思い出した。彼女は開戦前に両親に連れられて、今は隣国に居る、と噂に聞いた。元気にしているだろうか。
「返すよ、ベイカー。」
「あ、ありがとうございます。」
「君に指示を出そう。明朝、5名の10等級がやってくる。」
「はぁ……。」
「君は新兵と訓練を受けてもらう。リーダーに相応しい立ち回りを期待する。」
「え、俺がですか?」
「そうだ。不満か?」
「い、いや……。」
「君は初対面で私の(自主規制)を見るような男だ、それくらいは出来るだろう?」
そう言われると何も言い返せない。
「では、明日からの君に期待する。夕食は各自で用意しろ。材料は宿舎にあるが使い過ぎるな。解散。」
気がついたら夕方だった。夕食を食べよう。
「えーと……これか。」
一人あたりの割り当ては……徴兵前より酷いな。カプセルとビスケットと……食べた気がしない。また足音。
「……ベイカー、貴官に赴任祝いだ。」
振り返るとアトラント隊長が鍋を持ってきていた。
「こ、これは?」
「しーっ。黙って食え。」
鍋を開けるとじゃがいも料理だった。
「私の両親は研究者だったんだ。今はもう居ないが、な。」
それだけ言うとアトラント隊長は鍋だけ置いて帰っていった。両親が研究者……まさか貴女は……。
「うまっ。」
料理は美味かった。
ベッドは空きのベッドを使わせてもらう。隊長はまだ寝ないらしい。ハンガーの電気がまだ点いている。
ちょっとトイレへ……。
トイレついでにハンガーに寄ると隊長が戦車にもたれ掛かって倒れていた。
「隊長?」
今日会ったばっかりとは言え流石に不安になる。
肩を叩く。起きない。
「隊長、大丈夫ですか?」
「んっ……。」
「隊長?」
「……ベイカー君か。すまん……手を貸してくれ。」
隊長の手を掴むと異様に軽い。
「肩も貸してくれると助かる。」
肩を貸してテントまで歩き始める。
「私は……隊長として仲間の死を背負って生きてきた。生意気なやつも居れば、君のように親切なやつも居た。彼はヘクターという名前でな。失うには惜しいやつだった……君は居なくなってくれるなよ。」
今にも泣きそうな、震える声を出す隊長。俺はただテントまで支えながら歩くことしかできなかった。
ベイカー
:9等級国民。男性。女性経験は仲の良かった幼馴染がかつて居たくらい。身長168cm。
アトラント
:第3戦闘工兵大隊長。女性。常にガスマスクを装備している為、素顔は分からない。身長175cm。ベイカーの記憶に残る幼馴染に声が似ているらしいが……。死んでいった隊員一人一人を記憶している。
ヘクター
:第3戦闘工兵大隊員。男性。故人。3ヶ月前の戦役において自爆兵の特攻から仲間を庇って戦死。アトラント曰くベイカーに似て良いやつだった、とのこと。