ただ、すまん……とだけ言い残して事切れるように眠った隊長に毛布をかけた翌朝。
少し気まずそうな隊長に起こされる。
「ベイカー、起きろ。朝だ。新兵が来る。」
「んっ……おはよう……ねむ……。」
「寝ぼけている場合かっ……!」
ビンタで。
「いてぇ……。」
「起きないお前が悪い。」
一晩の恩はもう忘れられたのか、とは思ったが、上官に楯突いて階級を下げられたら終わりだ、とようやく思い直して気を引き締める。
「おはようございます!」
異口同音の挨拶が飛んでくる。4人分。隊長は点呼を取っていた。うーん……みんな背が低いな……。
「フェ。」
「はい!」
「ファイ。」
「はい!」
「フォ。」
「は、はい。」
「フム。」
「……はい。」
「フーイ。」
「はい!」
「しっかり5人だな。彼は今回、訓練のリーダーを担当するベイカー君だ。皆を生かすも殺すも君次第だ、頼むよ。」
「お、俺ですか!?」
「そうだよ。」
目線が痛い。
「よろしくお願いします!」
こうして過酷な訓練が始まった。
「まずはオリエンテーションから始めようか。ベイカー、ほれ。」
アトラント隊長から小包を渡される。
「こ、これは?」
「梱包爆薬だよ。大丈夫、ここで死んでも誰も知らない。ここに居るのはこれで全員だからな。」
「ひぃっ!」
「おっと、フェ、元気だねぇ。時計回りに渡して回って1周したらそこの穴に放り込むんだ。分かったら開始。」
お、落ち着け……せーの。
「はい!」
「わ、わわ!」
フェが危なっかしく受け取る。そして梱包爆薬はファイの手に。ファイの手からフォ、フォからフム、フムからフーイへ。
「フ、フーイ!」
「は、はい!」
梱包爆薬を受け取って穴に放り込む。
「伏せろー!」
全員が伏せると同時に爆発する。
「いやはや、素晴らしいよ。よし、次に行こう。」
的が並ぶエリアに来た。
「射撃訓練だ。うっかり味方を撃つなよ?よし、ベイカー君、誰か1人と組め。」
「え、えぇ……。」
「フ、フォと組みませんか!」
少しおどおどとした子にペアを誘われる。組むか。
「じゃあ、お願いしようかな。」
「は、はい!」
ルールは単純でいかに素早く正確に高得点の的の中心を撃ち抜くか。ペアを組むのは交代で行うから、だという。
フォちゃんの武器はスナイパーライフルだった。
「降格される前は狩りをしていました。ベイカーさんは何を……?」
「え?」
「もしかして、何かをなされて降格された訳では無いのですか?」
「生まれも育ちも9等級だけど……。」
「たたた、大変失礼いたしました!わわわ、わたくしめがこんな汚くてどうしようもないような減らず口を叩いてしまい申し訳ありませんでした!どうか!皆は!お願いです!殺すのは私だけでお願いします!」
「お、落ち着いて!俺は誰も殺さない!フォちゃん!」
俺よりも小さくて若い女の子なのにスナイパーライフルを持って……彼女は一人で灰を被ろうとしている。俺にそんな権限はないのに。
「ベイカー君、問題発生かな?」
「い、いえ、そんな!」
「ふーん?10等級国民が何かをやった、というわけでは?」
どうする……庇うか?庇おう。
「お、俺のミスです!なっ?な?」
フォちゃんは緊張しているのか、処刑を覚悟していたのか固まっていた。
「そうか。」
隊長が俺に表情の読み取れないまま、近寄ってくる。終わったか?終わったかもな。
「私の前でなら、それで良い。他の上官の前だと今頃6人兄妹の棺桶だ。」
隊長がぼそっ、と俺の耳元で呟いてそして元いた場所に戻っていく。し、死んだかと思った。
射撃訓練の方は特に問題なくできた。フォちゃんは射撃の名手で確実に高得点エリアを素早く撃ち抜いていくので俺の出番が無かった。こればかりはしょうがない。サブマシンガンは制圧用であって精密射撃には向かない。
「そこまで!」
隊長から射撃中止が下令される。的を回収するとかなり良い評価が言い渡される。
「うむ。フォ、選抜射手になれるな。」
その直後に、10等級国民でなければ選抜射手として推薦していたほどだ、と付け足したのを俺は聞き逃さなかった。
「梱包爆薬を君たちには作ってもらう。まあ……模擬の粘土製だがな。」
梱包爆薬の製造は思ったより簡単そうに見える。
「フォちゃん、これ、忘れてるよ。」
「え?あっ本当だ!ありがとうございます!」
俺の担当は20kg梱包爆薬。彼女の担当は5kg梱包爆薬だった。
「おっも……。」
粘土製の模擬とはいえ落としたりしたら大事である。扱いが慎重にもなる。
「よーし、こっちだ!さて、本当のことを伝えよう。粘土製の模擬爆薬というのは嘘だ。ベイカー君、君が持っている爆薬はここに居る全員を殺すには十分な殺傷力がある。慎重に扱ってくれよ。」
恐ろしいことを隊長も言う。
「よーし、駆け足、着いてこい!戦闘工兵大隊に貧弱な者は要らない!着いてくるか矯正施設に送られるかだ!」
梱包爆薬をやっとの思いで置いた直後に駆け足の指示が出る。
「ひぃー……ひぃー……。」
走る上で平常時ならそんなに辛くはない速さだが、さっきまで梱包爆薬を運んでいた俺たちには少し辛い。
「戦場では落伍したものから死ぬ。戦闘工兵車もなかなか止まれないからな。死ぬ気で着いてこい。」
隊長はガスマスクを着けているのに元気だ……。
「ま、待って……。」
フォちゃんが目の前で倒れる。
「フォちゃん!」
迷わず背負うことにした。軽い。本当に生きているのか?俺は骸骨を運んでいるとかいうオチじゃないよな?
「ごめん……なさい……私のせいでこんな……。」
「無理に喋るな。」
「はい……。」
背中の苦しそうな声が少しだけ落ち着いて、段々と寝息に変わる。
ハンガーの周りを10回回って駆け足の終了指示が出る。
「……落伍者1名か。栄養状態の改善が急務だな。」
「すぅ……すぅ……。」
「ベイカー、背負ったまま動けるか?」
「は、はい!」
「ならその爆弾役を背負ったまま動くぞ。」
え?
フォちゃんを背負ったまま今度は全員で塹壕を掘る。
「真一文字には掘るな。ジグザグに掘れ。」
フォちゃんを支えるベルトを身体に巻いてシャベルで穴を掘っていく。粘土質の土は重く硬い。ツルハシでもあれば……。
周囲を見渡すとツルハシが……無いな。諦めて掘る。掘る。さらに掘る。5人がかりで膝丈位まで掘れた。
「よーし、ある程度掘れたな。本当はここから補強作業があるが……休憩と行こう。1時間後に再開だ。解散。」
「すぅ……むぅ……あれ……?」
「おはよう?」
「えっ……!あっ……えぇっ!」
背中に背負っていたフォちゃんが起きた。暴れるな!危ない!見かねた隊長が近寄ってくる。
「ベイカー君、お疲れ様。」
ベルトを解除してフォちゃんを分離。
「各員、私について来い。取っておきを見せてやる。」
ハンガーに連れられて行くと戦車の下の整備用の空間に鉄板が敷いてあるのが見える。隊長がハンガーの入り口を塞ぐと暗くて見えづらい。
「ベイカー君、鉄板を退けてくれ。」
「あっ、はい!」
あまりにも続く雑用に、雑用ですかなと内心思いつつ命令だからと従う。鉄板を退けると穴が空いていてはしごが下に続いているのが隊長の手持ちライトのお陰で見えた。
一人ずつ降りるとそこは食料庫だった。
「我々の配給は雀の涙だ。さらに給料も税金で殆どが消える。理不尽な世の中だ。」
隊長がリンゴを手に語る。
「かつてここに居たアラベラが言っていた。食べられなくなったら終わり、だと。食えるうちに食べれる量を食え。」
一人一人、少しだけ食料を手に地上に戻って加熱してから食べる。
訓練は夜まで続いた。試作型暗視装置のテスト、銃火に慣れる訓練、池での着衣水泳もやった。殺す気かと思ったのは事実。
「今日の訓練はこれで終わりだ。明日からは作戦会議形式の訓練を行う。解散。」
ハンガーに併設されたシャワーを浴び、身体についた泥を落とす。流れていく湯は真っ黒だった。
「隊長、本当に最後で良かったんですか?」
「ああ。自分が1番長いからな。」
そう言って隊長はガスマスクを外さずにシャワー室に入っていった。
10分後。ガスマスクを着けて出てきた隊長は多少くたびれて見えた。
就寝時間になって、5人姉妹(休憩中に聞いた)は自分で展開したベッドで寝ていた。俺も自分のベッドで眠ろうとする。ふと昨日のことがよぎってまたハンガーを覗くとまた隊長が倒れていた。今度は砲塔のハッチに半身を突っ込む形で。
「昨日、今日とすまないね……ベイカー君。」
隊長も隊長で身長の割に異様に軽い。もしかして生きているのは俺だけで、皆死んでいるのか?それとも……俺を含めて死んでいるのか?
「その……隊長。1つ質問が。」
「なんだい?」
「実は……。」
思わず言い淀んでしまった。実は砲塔に半身を突っ込んだ隊長を引き出す時に無数の血塗れの白い手と、隊長を離せ、という声が聞こえたのだった。
「何でも話してみろ。今だけは聞かなかったことにしてやる。」
「実は……。」
隊長を引き出した時のことを話した。隊長は黙って頷き、話し終えるのを待ってくれた。
「そうか……。あの戦車には死んでいった仲間達の思いが、無念が、憑いているのかもしれんな。」
まあ、私はそれに乗っかって生きてきたのだが、と笑う隊長。
「私には沢山の妹や弟達が居た。血の繋がりは無いから義妹達、義弟達と呼ぶべきか。私の上にも指揮官が居て……いけ好かないやつだった。私が10等級国民だった頃の話だ。」
アトラント隊長の身の上場が続く。俺は一字一句を頭に記憶しようとした。
「私がこの部隊にやってきたのは……いつだったかな……忘れてしまったがあの頃はまだ皆生きていて、皆死んでいた。指揮官以外は全員10等級国民で、死んだところで戦死扱いにすらならない便利な駒だった。」
「転機になったのは……そうだな、ベイカー君、君も新聞で読んだだろう?人質救出作戦の成功と犠牲の話は。」
国境沿いの小さな町で市街戦となり、籠城する敵に人質として拉致された旅行中の高級国民の救出作戦。
「あの作戦で私たちは殲滅された。指揮官の代わりに車内に閉じ込められた私を除いてな。今考えてもあの指揮官は何がしたかったのか分からない。ただ……そうだな、アイツは死にたかったのかもしれない。いくら正規の国民としてカウントされない10等級国民と言えど、口を開けば同じ言葉を使って感情を表現する。指揮官は部隊員の感情を背負っていた。今日は誰が死に、誰が入ってきたのか、いつも背負っていた。苦悩していただろうな。苦痛に沈む部下を看取っていたのだから。」
車内から聞こえる声と伸びる手についての話に戻そう、と背中の上の隊長が言った。
「少なくとも君は歓迎されてなさそうだ。だが落ち込むものではない。お前は死地にはまだ早い、そう言われているだけだ。苦悩するものではないし、むしろ誇ったほうが良い。」
そして俺の耳にガスマスクの側面をピッタリと着けて隊長が囁く。
「……もし、私と一緒に死んでくれる、というのなら大歓迎だ。戦車に乗せてやっても良い。何なら……いや、これは止めておこう。君には早すぎる。」
そう囁くと隊長は黙ってしまった。
何とか隊長のベッドに隊長を転がして毛布をかける。立ち去ろうとすると白く細い腕が俺を掴んだ。
「!?」
白い腕は増えて両手で数え切れないほどになると俺を隊長の方へと引っ張っていく。
「ぐっ……。」
辛うじて対抗できる力加減に何かの出来レースではないかと思いながら、なんとかテントを出る。安心するのも束の間、結局俺は引っ張られて隊長のベッドの傍にいた。
「俺にどうしろと?」
空虚に対して静かに問い詰めるも返答は無い。白い腕達は静観して、逃げようとすると捕まえここに連れ戻してくる。
「うぅ……ベイカー君……待ってくれ……置いていかないで……。」
隊長が寝言でうなされている。まさか……これを?白い腕は右腕を引っ張って隊長の頭に手を伸ばさせる。
「待て待て待て!流石に昨日の今日だ!早すぎる!」
静かに喚くと腕は止まって、代わりに隊長のものではない声が俺の脳内に響く。
「思い出せ、蒼い髪の少女を。お前が手を離したあの娘を。」
古い幼馴染の髪色は……髪色は……思い出せない……。誰かの手を離した覚えもない……なぜだ……なぜ思い出せない?
「思い出せぬか。ならばさすれ、撫でよ。今はそれで良い。」
声のままに隊長の頭をガスマスク越しに撫でた。
白い腕は消えていった。
アラベラ
:第3戦闘工兵大隊隊員。女。故人。リンゴ農家の娘。指揮官と誤認した敵の選抜射手に頭を撃たれ戦死。
Q:隊長は寡黙である、と事前情報にあったけれど隊長は本当に寡黙?
A:今は饒舌ですが戦場に出ると寡黙になりますよ。