「ベイカー、ちょっと良いか?」
「アトラント、何だ?」
斥候の奇襲から1週間。すっかり俺達は上官と部下、という関係を忘れていた。フェ以下五つ子達は俺達の異母妹になり、アトラントと俺は……。
「やっぱり、ちょっと恥ずかしいな。」
「だな……。」
昔から交際していたかのように振る舞っている。
「いちゃつくなら他所でやってくれよ。俺はもう1週間も家族と会えてないんだぞ?」
「それもそうだな、すまん。」
こいつは救援にやってきた親友"エイブル"。駅のホームで別れたっきりだ。
「それにしても……デカいよなぁ……。」
「だろ?」
「顔はどうなんだ、顔は!?」
「顔がなぁ……超美人。」
「何だとー!羨ましいー!」
本当は見たこと無いけどな。
「どっちから!どっちから告白したんだよ!?」
「ちょっと、私の彼に暴力は振るわないでくれ!」
「し、失礼しました!アトラント様!しかし、こいつは9等級国民ですよ!」
「そういうお前はどうなんだ?エイブル。ベイカー君と階級は同じじゃないか。」
俺の頬を手の平でなぞるアトラント。お前は内地の妻と帰ってからイチャコラするんだな!
とまあ、親友との出会いを喜びあいたかった……のだが、現実はそうもいかない。
「働けー働けー働けー!遅いぞ!チンタラするな!あ゙ぁ゙!?」
「ひぃー……ひぃー……。」
「お前ら10等級は生きてるだけで穀潰しなんだ!走れ走れ走れ!」
「……やっぱり、この国の民は酷いな。」
「……。」
内地からやってきた工兵士官は口だけ出して作業は俺たちと連れてきた部下に丸投げ、公的に人権の無い10等級は愚か、一応は国民扱いされる9等級ですら人権がないと思ってやがる。この中でマトモな扱いを受けられたのはアトラントだけだった。
「アトラント様、貴女は休んでいてください!後は私たちがやりますので!」
「……部下が作業をしているんだ、上官が黙ってみているわけには行かないだろう。」
6等級に言いより、後退りさせるアトラント。あぁ……6等級よりも上の階級の人間なのか……。
「エイブル、お前の言う通り、俺には釣り合わねぇかも……。」
「急にどうした?」
「いや、格の違いを見せつけられた気がして。」
「お前もか……恋はするもんじゃないだろ?」
「お前には言われたかぁねぇ。」
「そこー!手を止めるなぁー!」
「へいへい……。」
いけ好かない士官だ。そのうち、後ろから撃たれるぞあの様子だと……。
1週間かけて俺達は急造の飛行場を建てた。そして巨大な飛行機がやってくる。俺達のような下級国民では一生かけても乗れないような代物だな。
「明日、"救援物資"が来るらしい。救援物資が発送できたらここは用済み、撤退だってよ。」
どこで聞いたのか分からないが、遂にこことお別れなのか。アトラント達と一緒に転戦できるならそれで良い。
翌日。
幌付きのトラックがやってくる。偽装は入念に。10等級国民達はハンガーに隠した。
「敬礼!」
あのいけ好かない士官が命じると俺達は敬礼をトラックに対して行う。服装からして荷台から降りてきたのは上層部の人員のようだ。
「貴官たちの活躍により我々が停戦交渉に出発することが出来る。ありがとう。」
「はっ!ありがたき御言葉!」
きっとここに居る全員が同じ事を思っただろう。誰もそんな事は思っていない、と。
巨大な飛行機がやってきて、着陸するなり上層部の人員を乗せて離陸、消えていった。
「帽振れ!」
「アトラント様、10等級国民なんて捨てて内地に帰りましょう!」
「いいえ。そんな事をするわけには行かない。」
「ですが……!」
「まだそんな事を言うのなら貴方の部隊だけ帰って。」
「行けません、私には貴女だけを連れて帰る任務があります!」
俺達、9,10等級国民を捨て石に、6等級以上の国民であるアトラントを内地に返そうとする士官。でも、その任務もおそらくは口封じだろうな。知りすぎた俺たちを消せばプロパガンダはグッと作りやすくなる。平和省も大変だろうな。この人数を消すとなると少し骨が折れそうだ。
「そうか。ベイカー。敵襲だ。」
「え?」
警らで持っていた銃口をおもむろに上げる。照準は士官の腹部〜胸部。
「撃て。」
パパパパパパッ。
「あぁ……残念だ……えーと…………。」
血まみれになった名札をアトラントが取り上げる。
「アルバート、か。さて、忙しくなるぞ。敵は連合軍に、我らが正規軍だ。急いで築城するぞ!」
ハンガーを拠点にひたすら穴を掘る。掘る、掘る、補強する。掘る、掘る、補強する。余っていたコンクリートを塗って防弾効果を上げる。
3日たった。あれだけ残っていた食料も底をつき、エイブルがいた部隊はエイブルを残して殲滅、俺の居る部隊も辛うじて無事だが油断すれば殲滅されてしまうだろう。
「ベイカー、エイブル君、フェ達を地下に隠そうと思う。それで……エイブル君、君にはフェ達の子守を頼みたい。」
「えっ、俺がですか!?」
「そうだ、君には妻子がいると聞いた。なに、子育ての練習だと思え。それに、彼女たちはもうほぼ大人だ。」
無理やりな理由をつけて地下貯蔵庫に6人を俺とアトラント、2人で押し込む。
「ベイカー、君に言っておかないといけない方がある。」
そう言うとガスマスクを外すアトラント……そ、その髪は……!
「私は……他国民だ。」
その瞬間、俺は思い出した。幼馴染の事を全て。
「ア、アンナ……!」
「……ベイカー、思い出してくれたのかい?」
「ああ、思い出した!」
あの日、俺は……手を離してしまった。家庭の都合で国外に行くという彼女の手を。彼女は蒼い髪をしていた。彼女の声は柔らかくて、聞いていて安らかで……そうだったのか……。
「アンナ……。」
「ベイカー……んっ……ずっと……ずっと……好きだった。」
俺達は戦車の下で口づけを交わした。ずっと、心に引っかかっていたガラス片が融けていく。
「どうやら、包囲されたようだ。」
「乗りましょう。こんな時のために爆薬を詰めておいたの。」
「俺の彼女は用意周到だこって。」
「世が世なら婚約指輪と婚姻届だったんだが。」
戦闘工兵車に乗ると包囲していた敵兵達がなだれ込んできた。どうやら降伏しろと言っているらしい。どうせノコノコ出ていったら殺されるだろう。
「私に任せて。」
「お、おい……あ、あの髪、あの顔は……!」
「どなたか、上官様に会わせてもらえるかしら?」
「は、はい……!彼女だ!彼女が帰ってきた!」
車内でその会話を聞くのは普通は難しいが、この車両には一部に穴が空いていて聞き取れなくもなかった。
暫くしてちょっと疲れた様子のアンナが帰ってくる。
「移動するよ、ベイカー。」
邪魔にならない位置に引っ込むとアンナが車長席で操縦し、見える限りだと……夕方に物資の集積地に辿り着いた。
「ベイカー、私は……貴方の事をあの日、親が私を国外に連れ出す前からずっと思ってた。そして今も。」
「アンナ、俺も……好きだよ。」
車内で口づけを交わす。これが最後のキス。言葉に出さなくても分かっていた。
「ありがとう、地獄まで着いてきてくれて。」
「俺の方こそ、ありがとう……思い出させてくれて。」
砲弾の集積場所の横に止まると、急に動かなくなった車両を不審に思った連中が寄ってきた。
「愛してる。来世がもしあったら……。」
「あぁ……結婚しよう。」
「ええ。」
手の震えはもう無い。彼女の手が重なる。どうせなら2人で笑って押そう。フェ、ファイ、フォ、フム、フーイ……エイブルを頼むよ。
カチッ。
アンナ
:ベイカーの幼馴染の女性。隣国民の両親の下に生まれ、カゾルミアで十数年を過ごし……年下の幼馴染であるベイカーと想い合う関係になるも、両親の仕事の関係で隣国に帰国。後に両親が事故死したことにより若くして独り身となったアンナはカゾルミアへと両親の研究者仲間に売られ、第3戦闘工兵大隊に10等級国民として入隊、自身を残して殲滅された部隊の隊長となる。
部隊での渾名はアトラント。10等級国民は殆どが栄養失調による低身長であり、彼女のように長身であることは少なかったことに由来する。
マルフーシャが徴兵される前日、カゾルミア郊外の連合軍物資集積所にてベイカーと共に自爆。侵攻速度を遅らせた。
ベイカー
:アンナ(後のアトラント)の幼馴染。アンナの手を離した、というのは両親に連れて行かれるアンナの手を掴めなかった、ということである。彼はいつも後悔していたがアンナ本人は掴もうとしてくれたこと自体が嬉しかった。その為お互いに異性経験は皆無であったが、髪色を隠すためにアンナが偽名とガスマスクを用いていた為に気付くことは彼女がガスマスクを外すまで無かった。
マルフーシャが徴兵される前日、アンナと共に自爆。
白い腕達
:過去に散ったアンナの部下達。なかなかくっつかない2人を強引にくっつけようとした。なお、第5話では思わぬ形で姿を現す予定。
エイブルの上官
:本名"アルバート"。女性。階級は6等級。第2施設工兵大隊隊長。キツイ性格でいつ後ろから撃たれてもおかしくなかった。ベイカーに正面から撃たれて殉職。"事故死"として扱われた。
挿絵を描いていただいたのでここに掲載します。
タイトル:"アトラントとベイカー"
格納庫での一幕をイメージして依頼しました。
【挿絵表示】