異世界転生したので無双できると思ったら既に現地転生者が無双していたんだが?   作:萬屋久兵衛

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ターキッシュリーフ 1

 

「……これは由々しき事態だな」

 

 街道から外れた小道を歩きながら俺がつぶやいた言葉に、セーラが首を傾げる。

 

「何か問題でもあったかしら?」

 

「ああ、大問題だ」

 

 俺は厳めしい顔を作りつつ頷いた。

 

「場合によっては今後の冒険者生活の大きな障害になる」

 

「そんなに……?いったい何が?」

 

 俺の深刻そうな様子に、いつも余裕有り気なセーラも表情を引き締めて問うてくる。

 だから俺は、真剣な声音でそれに答えた。

 

「ロザーヌの宿で食った飯が上手すぎて他で食べる飯じゃ満足できねえ」

 

「……」

 

 セーラは無言で俺をぺしぺしと叩き始めた。

 ぱっと見は少女の細腕で叩かれているだけのはずなのになんか滅茶苦茶痛い!?

 

「ちょ……やめ……!いった!?悪かった!悪かったって!」

 

「もう!思わせぶりなこと言って!」

 

 ぷりぷりと可愛らしく怒りながらエグいダメージを与えてくるセーラに、俺は必死で言い訳をする。

 

「そうは言ってもさあ!世の中にあんな美味い飯があるのを知ったら、そこらの飯の味じゃ耐えられねえって!」

 

 ロザーヌから移動すること半日程度。

 ターキッシュリーフ最寄りの街で馬車隊と別れた俺たちは、宿を確保し馬車隊護衛のお駄賃で昼食にありついたのだが、まあいまいちな味であった。

 実家の村で食べていた塩スープや硬いパンに比べたら良い味であったが、ロザーヌの高い宿で食べた食事と比べてしまったら天と地の差がある(その宿の食事もセーラに言わせればまあまあといった出来だったらしいが)。

 無論、前世の日本で食べていた食事とは比べることすら出来ないのだが、それを言ったら何も食べられなくなるのでノーカウントだ。

 

「もう!そんなこと言っていたら冒険者なんてやってられないわよ!場合によっては何週間も都市から離れなければならないことだってあるんですからね!」

 

 俺の泣き言を聞いたセーラは腰に手をあてて説教をしてくる。

 小さな女の子に怒られるというシチュエーションに趣を感じなくもないが、お説教自体は嫌なのでなんとか話を逸らすことにする。

 

「それぐらいわかってるって。だから粗食にも慣れなきゃなって話だよ。……それよりほら。もうそろそろターキッシュリーフに到着だぞ」

 

 俺は小道の正面に見えてきた森林地帯を指さした。

 

「むう。なんだか誤魔化されたような気がするのだけれど?」

 

「気のせいだって。それより、大丈夫なんだろうな?」

 

 ジト目で睨め付けてくるセーラに惚けてから、俺は確認する。

 初仕事にターキッシュリーフでの間引きを提案したのはセーラの方からだった。

 よほど火縄銃のことが気になるらしい。

 俺としても警備やら巡回やらの下積みをちまちま続けるのは面倒だと思っていたし、ドブ浚いなどやりたくもなかったので渡りに船な提案であるのだが。

 

「魔獣がどれだけ襲ってきても対処できるってセーラが言うから信じてここまで来たんだからな。俺の自衛能力なんて今のところほぼ無いに等しいから、マジでお前が頼みの綱だぞ」

 

 俺の念押しに、セーラは呆れたような表情をみせる。

 

「アクシア君もしつこいわね。何度も言ってるでしょう?何があってもちゃんと守ってあげるから大丈夫よ」

 

「別にお前を信じてないわけじゃないんだがね……」

 

 これは半分ぐらい嘘だ。

 火縄銃の()()()を考えれば、確実に守ってもらわなければ死ぬ。

 何十回と転生を繰り返しているセーラがこれだけ言っているのだから自信はあるのだろうし、信じられると判断したからこそこうして間引きの仕事についてきているのだが、恐いものは恐いのだ。

 セーラは何度も死んでいるから慣れきっているかもしれないが、俺は一度だけしか死に直面していないからこそそれを恐れる。

 そもそもセーラの実力を実際にこの目で見たわけではないし、セーラの話が真実だという保証もない。

 セーラの年齢に対して類い希な知性と恩寵授与の儀式で見た強烈な光だけが、彼女を信じられる材料なのである。

 俺のそんな危惧を察してか、セーラはやれやれと肩を竦める。

 

「アクシア君の懸念は結果で払拭するしかないわね」

 

「俺としてもそうなって欲しいね。切実に」

 

 俺たちはターキッシュリーフの入口で立ち止まった。

 生い茂る木立が道に影を作っていて、日向(こちら)日陰(あちら)ではまったく別世界のように感じがする。

 その様は中身現代っ子の俺にフィールドマップとダンジョンマップの切り替わりを想起させた。

 境界線の向こう側を眺めていると、横から視線を感じる。

 隣を見下ろすと、セーラがジッとこちらを見上げていた。

 その目は早く覚悟を決めろと訴えている……ような気がする。

 俺は大きく深呼吸をし、両手で頬を叩いて気合いを入れる。

 たかが森に入るぐらいでビビっていたら冒険者なんてやってられない。

 

「よし、それじゃあ行こうぜ。見せてやるよ。火縄銃の性能ってやつを」

 

 そう見栄を切ってターキッシュリーフへ侵入した俺は、十歩も歩かぬうちに木陰から飛び出してきた魔獣に襲われた。

 

「──!──!?」

 

「うおぁああああ!?」

 

 なす術もなく絶叫……というか悲鳴を上げるしかない俺目掛けて突進してきたその魔獣は、俺に身体ごとぶつかる直前に塵となって消えた。

 後に残るのは紫色の小さな石ばかりである。

 

「……へ?」

 

 尻もちをついたまま状況が飲み込めないでいる俺に、セーラが声をかけてくる。

 

「大丈夫?」

 

「あ、ああ……」

 

 見ると、セーラの手にはいつの間にか杖が握られていた。

 恩寵授与の儀式でセーラが授けられた樫木の杖だ。

 

「もう!ここから先は視界も悪くなるし魔獣がどこから飛び出してくるかわからないんだから気をつけなきゃだめよ」

 

 めっ、と指を鼻先に突きつけてくるセーラにぐうの音も出ない。

 俺は地面に転がる紫色の石──魔石を拾うと、痛む尻をさすりつつ身体を起こす。

 

「わ、悪かったよ。まさかこんなに早くエンカウントするなんて思わなかったんだ」

 

「そう思うのは勝手だけれど、魔獣はこっちの都合なんて考えてはくれないわよ」

 

 いや、いちいちごもっとも……。

 

「ほら、早速次が来たみたいよ」

 

 セーラに促されて彼女の視線の先に目を向けると、木々の合間からいくつかの陰が飛び出してきた。

 

「おいおい、団体様でご登場かよ……ん?」

 

 出てきた魔獣たちを視認した俺は、思わずセーラに質問した。

 

「なあ、セーラ。あれって、魔獣だよな?」

 

「ええ、そうよ」

 

「本当に?」

 

 しつこく聞き返す俺に、セーラは怪訝な視線を向けてくる。

 

「こんなことで嘘なんて言わないわ。なんでそんなこと聞くの?」

 

「いやあ、けどさあ」

 

 俺はどうしてもセーラの言葉が信じられずに、魔獣の群れをもう一度よく確認してから彼女に問うた。

 

「あれって……たぬきじゃねえの?」

 

 俺たちの目の前に立ち塞がったのは、毛並みのふわっふわしたたぬきだった。

 特に身体が大きいとか大きな牙や爪を持っているとか額に鋭い角が生えているとかそんなことはない、前世のテレビで見たような可愛らしい生物である。

 見た目もさることながらたぬきは臆病で基本的に人を襲わないと聞いたことがあるし、とても危険な存在には見えない。

 たぬきに似たような動物はけっこう多いので、もしかしたらアライグマとかハクビシンとかそういうやつの可能性もあるが、目の周辺の黒さとかつぶらな瞳を見た限りやっぱりたぬきだと思うのだが……。

 

「いいえ。たぬきがどんな生き物かは知らないけれど、あれは違うわ」

 

 俺の問いをセーラは否定した。

 

「あれはラクーンドッグよ」

 

「やっぱりたぬきじゃねえか!」

 

 思わず叫ぶ俺に驚いたのか、低く唸るような鳴き声を上げるたぬきたち。

 しかしただ唸っているだけで犬歯をむき出しにするようなことも威嚇するような動作もしないのでいまいち迫力がない。

 

「な、なんか思ってたのと違うな……もっとゴブリンとかスライムとか、せめて野犬みたいなのが出てくると思ってたんだが……」

 

 いや、たぬきもイヌ科なんだっけ?ラクーン『ドッグ』だし。

 

「ゴブリンもスライムも、出てくるのはもっと奥の方よ」

 

「あ、一応存在してるんだなそういうやつら」

 

「そんなことより気をつけないと噛み千切られるわよ。さっきだって私が助けなかったら危なかったわよ」

 

「えっ!?さっきの魔獣ってたぬきだったのか!?」

 

「ええ、そうよ。身体が小さいけれど顎の力は強いんだから。物陰から襲われて不覚を取る新米冒険者が毎年けっこう出るのよ」

 

 マジかよ……たぬきこわ……。

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